がらんどうのマッチ箱

「行き先は地獄ですよ」

アノヨから響くような声が鼓膜を刺激する。
そして、胸を、自分の胸を赤黒い腕が貫く。
刺すような痛み。どろり。身体が、意識が溶けていく。

「アイエッ!」

アーソンは己の叫び声とともに目を覚ました。
ベッドのシーツがぐっしょりと濡れている。すごい寝汗だ。

「……フーッ、フーッ!」

アーソンはそう呻くとまた布団を被った。
今日に入って五度目の悪夢である。

「マスター、マタ、アノ夢、見タカ?」

アーソンの隣に座って林檎の皮を剥いているのは、チャールズ・ダーウィン。
筋骨隆々で毛むくじゃらの身体、類人猿のような顔、そして少し漂う獣臭さ。
どう控えめに見てもゴリラだが、彼は正真正銘ランサーとして現界した、アーソンのサーヴァントらしい。
ダーウィンは太い指を器用に動かしてナイフを使っている。

「コレ、食ベテ、元気出シテ。林檎、体ニ、良イカラ」

ダーウィンはフォークと一緒に皿に綺麗に盛った林檎を差し出した。

「ああ、ドーモ……」

アーソンはそう言うと受け取った林檎を少し齧った。

ダーウィンと言えば「進化論」で有名だ。アーソンも名前とその概略ぐらいは知っていた。
しかし、ゴリラと言うのはどういうことだ? 実際、ダーウィン自身も何故自身がゴリラになってしまったのかは分からないらしい()。
だがサーヴァントがゴリラになってしまったのは仕方のないことだ。アーソンは若干の戸惑いを覚えながらも、日が経つにつれそれを受け入れつつあった。
そんなことより問題はこの悪夢の方だ。あの、あのネオサイタマの死神に殺された後にこの京都に転移して来たアーソンだったが、どうしても「あの光景」が忘れられないでいた。あの、ジゴクのような一方的な虐殺を。
幸いにもメンタルケアを習得していたダーウィンに、ぽつりぽつりとあの時のことを打ち明けてカウンセリングを受け、白昼夢を見る頻度は少しずつ減ってはいるのだが、依然ダーウィンの介護無しでは外にも出られない有様だった。

――このままでは、また殺されてしまう。

「二度目の生を得た」などと喜んでいる暇は無いし、もちろんそうは思えない。
アーソンは聖杯戦争に巻き込まれたのだ。

地獄のような、戦争に。

アーソンは皿の林檎を拳で包み、力を込めた。
林檎は瞬く間に松明めいて燃え、塵と化した。
アーソンのニンジャとしてのジツである「カトン・ジツ」も、心が折れた今となっては宝の持ち腐れだ。ベッドの脇に置かれたメンポもすっかり埃を被ってしまっている。

「ウウッ、クソッ、クソッ……!」

この京都はアーソンが知っているキョートとはどうやら別物のようだ。
ザイバツ・シャドーギルドのニンジャは暗躍していないようだし、日本から独立した自主国家でも無いらしい。
ザイバツのニンジャに襲われる心配は一先ずないが、それでも百戦錬磨のサーヴァントたちが己の命を狙ってくるのだ。それを考えただけでもアーソンは身震いがした。

そんなアーソンを見て何かを察したのだろう、ダーウィンは「心配、イラナイ。私、マスター、守ル」と言ってくれた。
実際、ダーウィンは頼りになった。外出する時は霊体化して常にアーソンの周りに付いていてくれ、この世界に転移する前はヤクザやメンターにやらせていた食料の買い出しやコインランドリーでの洗濯など、不慣れなことは何でも教えてくれた。
――だが、夕飯を食べている時も、テレビを眺めている時も、何をしていても、あの男の、例の瞳が頭に去来する。あの、赤黒い狂人の瞳が。

アーソンは手袋を外し、自身の手の甲を見つめた。
そこには「火」を象った紅蓮の令呪がしっかりと刻み込まれている。

アーソンはそれを見ながら、「やはり逃れられないのか……」と嘆息した。

――すると。

「生キ残リタイカ?」

ダーウィンが突然アーソンに尋ねてきた。

「マスター、私、策、アル」

「ほ、本当か……?」

アーソンは一縷の希望をダーウィンの言葉に見出した。

「本当、私、嘘ツカナイ」

するとダーウィンは椅子から立ち上がり、部屋の窓を開けた。
この部屋は崩れかけのアパートの三階に位置している。
窓の近くの電線には、カラスが一羽止まって鳴いている

「モシモシ、チョット、オ願イ」

信じられないことにダーウィンはカラスに向かって話しかけ始めた。
アーソンはそれを見て、ついにダーウィンの頭が野生に帰ってしまったのかと思った。

――が、なんとカラスはダーウィンの呼びかけに応答する素振りを見せたのだ。
そう言えば以前に一度聞いたことがある。
ダーウィンは『動物会話』というスキルを持っており、少しだけなら動物と話せるのだという。

「――ウン、ジャア、オ願イ」

何やらカラスと話し込んでいたダーウィンはそう言って窓を閉めた。

「今、カラスト、交渉シテタ」

「交渉だと?」

「エサヲアゲル代ワリニ、町中ヲ、見張ッテテクレル」

「なるほど……」

「コノ辺デ、戦イガアレバ、スグニ分カル。明日ニハ、モット沢山ノカラスガ来ルカラ」

そう言うとダーウィンは自分の胸をドンとドラミングした。アーソンは太鼓の音を聞いた時のように、腹が響くのを感じた。

「ソレカラ、コレ……」

ダーウィンは、懐の毛の中から白い錠剤のようなものを一つ取り出した。

「これは?」

「私ノ、宝具デ作ッタ薬。向精神効果ト、疲労回復効果ト、催眠効果ト……諸々アル。体ニ、負担ガナイヨウニ、弱イ効果ニシテアルカラ、一回デハ、アマリ効カナイカモシレナイケド、良カッタラ飲ンデ」

ダーウィンはコップに水を注ぎながらそう言った。

「……ドーモ、アリガトウゴザイマス」

アーソンはソウカイヤ時代には心から謝意を表したことなど一度もないな、などと自嘲しつつ、錠剤を一気に飲み干した。


【CLASS】ランサー

【真名】チャールズ・ダーウィン@史実

【性別】男性

【身長・体重】180cm・180kg

【属性】秩序・中立

【ステータス】
筋力:A+ 耐久:A+ 敏捷:C 魔力:E 幸運:D 宝具:C

【クラス別スキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【固有スキル】
頑健:EX
耐久のパラメータをランクアップさせ、攻撃を受けた際の被ダメージを減少させる。
複合スキルであり、対毒スキルの能力も含まれている。

動物会話:A
言葉を持たない動物との意思疎通が可能。
動物側の頭が良くなる訳ではないので、あまり複雑なニュアンスは伝わらない。

星の開拓者:EX
人類史のターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキル。
あらゆる難航・難行が「不可能なまま」、「実現可能な出来事」になる。
ダーウィンは生物の種の起源を解き明かしたことにより、このスキルを高ランクで有している。

【宝具】
『種の革命(パンゲネシス)』
ランク:C 種別:対肉宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
肉体の各部・各器官の細胞に「ジェミュール」と呼ばれる自己増殖性の粒子を魔力によって生成し、それの組成を変化させることで、筋力を増強したり、内臓の位置を移動させたりと肉体を強化・変形させる宝具。
ジェミュールはダーウィンの肉体内部でのみ生成されるが、血液等に混ぜて外部に取り出したものを他の生物に摂取させることにより、摂取した生物も同様の効果を得ることが出来る。
なお、ジェミュールとはダーウィンが唱えた形質遺伝に関する仮説「パンゲネシス」の中に登場する物質のことである。

【Weapon】
棍棒

【マテリアル】
イギリスの自然科学者。卓越した地質学者・生物学者で、種の形成理論を構築した。
全ての生物種が共通の祖先から長い時間をかけて、彼が自然選択と呼んだプロセスを通して進化したことを明らかにした。
進化の事実は存命中に科学界と一般大衆に受け入れられた一方で、自然選択の理論が進化の主要な原動力と見なされるようになったのは1930年代であり、自然選択説は現在でも進化生物学の基盤の一つである。
またダーウィンの科学的な発見は修正を施されながら生物多様性に一貫した理論的説明を与え、現代生物学の基盤をなしている。

【外見的特徴】
どこからどう見てもゴリラ。片言で話す。
「森の賢者」と呼ばれるためか、はたまた生前学者であったためか、外見に似合わず非常に思慮深く、様々な学問を修めているようだ。

【サーヴァントとしての願い】
特に無いが、強いて言うならば人間に戻った上での受肉。


【マスター】
アーソン@ニンジャスレイヤー

【マスターとしての願い】
特になし。元の世界へは絶対に帰還したくない。

【Weapon】
無し

【能力・技能】
カトン・ジツ
殴った相手を超自然の発火現象で燃やして殺す実際危険なジツ。

【人物背景】
痩身の男性ニンジャ。ソウカイヤ所属。
普段はヤクザめいた灰色のスーツ姿だが、その下にはダークオレンジ色のニンジャ装束が隠されている。
金属製メンポ(面頬)を使用している模様。スーツ姿の際にもメンポはそのまま。
参戦時期はニンジャスレイヤーに殺された後。薄れ行く意識の中で掴み取った無記名霊基により京都に転移した。

【方針】
圧倒的暴力に敗れ去って死亡した直後なので既にマスターの心が折れている。
当面はランサーにメンタルケアを行ってもらいつつ潜伏する構え。

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最終更新:2018年01月13日 21:21