京都の町を歩む一人の少年は、はあと白い息を大気中に発生させる。
彼の名は、藤丸立香。
ある世界にて人理を守り、数多のサーヴァントと巡り合った。しかしながら魔術でもなければ、特別でもない。
善でありながら悪を知ったうえで、悪を為せ、悪を赦す。
マスターとしては相応しい人格者な存在。
今回のように、あらぬ世界――特異点に引き込まれる経験はなくもない。
立香はこれが現実なのか。あるいは『夢』なのか。ここへ至った経緯すら曖昧なせいで、基本的な状況確認すら怪しい。
ただ。確かなのは……
なんだか。体が少し重い。
疲れが取れていないのかな……
「きっとそれは私のせいだよ」
立香の傍ら。同行している男は、京都の聖杯戦争において立香のサーヴァントとして召喚されたもの。
白のオーバーコートに黒スーツといった。
如何にもサラリーマン風の容姿をし、童顔のせいで若く見える。
背丈は立香よりも高く、視線を合すとなれば立香が見上げる必要がある。
クセある髪質の黒短髪で紫色の瞳……男のクラスは『セイバー』だった。
現に、男は剣を握っていないものの。立香は以前――召喚した際に剣を……『白銀の鍵剣』を目にしている。
紛れなく『そのせい』でセイバーに対する立香の態度は、強張ったものが続く。
一方、セイバーの方は至って平穏である。
むしろ立香が力み過ぎているかのような有様で。
「サーヴァントを現界し続けるにも魔力が必要でね。以前の君はカルデアからのバックアップも受けていたから
体感的に不自由なくサーヴァントと交流し続けられたんだ。
霊体化の話は聞いた事あるかな? いつ戦闘が起きても良いよう魔力を節約したいならば、私も従うけれど」
そのままで居て欲しい。
「おや。いいのかい? ひょっとして私と話したい事でも? 受け答えの範囲で留まる内容だったら構わないよ」
セイバーは立香の表情を伺う。
多少、魔力消費を堪えてでもセイバーの実体化を求めていた。対話ではなく『監視』の意味で。
霊体化されては、どこで何をしでかすか分からないようなものである。
最も立香の目論みなど、セイバーには無意味に終わるのだが……彼は理解していない。
セイバーを知っていながらも、詳細な情報を網羅して無い。中途半端な状態なのだが。
「うん。案の定だったかな。この時間帯は空いているよ」
とは言え。セイバーの行動をいざ眼にしてみると、奇妙どころか立香には理解の外なのだろうか。
先ほどから立香達が移動し、到着したのは――『清水寺』。そう、あの清水寺。
清水の舞台から飛び降りたいで有名な、あそこ。
意外にも(立香ですら知らなかったが)早朝から清水寺は開門されており。
観光とは無縁な時間帯に足を運んで見れば、立香達以外誰も居ない。静寂で閑散とした。
人で埋め尽くされて当然の清水の舞台ががらんどうの為、変に違和感を抱くほどである。
まるで観光に来た気分だ……
無論、観光目的ではない。
周辺に人愚か、サーヴァント等の不在を確認し終えたらしいセイバーが虚空に左腕を伸ばせば。
例の『白銀の鍵剣』を手元に出現させている。
やがて七色の球体状の粒子が、立香達の周辺全土より顕わとなり。
粒子は幻想世界じみた浮遊で漂いながら鍵剣へと集結してゆく。
思わず立香が尋ねた。
これって一体?
「『神秘』かな。清水の歴史文化価値を質量に変換した……おっと、君は『私』を把握していないんだったね。
私は『歴史』そのものだ。『アカシックレコード』とか。そうだ。
君はブラヴァッキーを知っているだろう? 彼女に是非とも話を持ちかければいいんじゃないかな」
アッサリと立香の知る英霊の名を口したものだから、驚愕を隠す事は難しい。
セイバーは構わず話を続けていた。
「今の私は力を大幅に削ぎ落しているからね。歴史の痕跡である土地や建造物から糧を回収出来るんだ。
最も――ここまで説明すれば分かるだろう? つまり『文明の破壊』が致命的な弱点でもある。
君の知る英霊に、一人覚えがあるんじゃないかな」
一つ確認したい
何が目的なんだ? セイバー。
「目的?」
セイバーは穏やかな表情を一変させ、男性にしては大きめの瞳を細め、不愉快そうな様子で立香を横目にやる。
七色の粒子を粗方吸収し終えたらしい鍵剣を、再び虚空に消し。
わざとらしい溜息をついてから、口を開いた。
「目的があると……君が勝手にそう思い込んでいるだけだよ。藤丸立香」
●
目的などない。
立香はセイバーの言葉がまるで信用ならない。胡散臭さとは違って。違和感や第一印象の問題じゃなかった。
藤丸立香はセイバーの正体を、知っているようで知らない。
矛盾めいた曖昧な表現ではあるが正しい。
正直、つい最近の事。
悪魔の名を冠する魔神柱が架空の神話に可能性を見出し、人理もとい人類の終わらせる為に
外宇宙との隔たりの蓋を僅かに開いたのである。
立香は、外宇宙の神の力を宿した少女と対峙した。
「全く困ったものだよ」
と――藤丸立香の眼前で外宇宙に存在せし
異形の神
門にして鍵
魔術師は『根源』と称する概念が微笑を浮かべている。
「魔神柱の思考も浅はかで参るね。私達は確かに簡単に人類を終わらせるけれども。
だからといって簡単に人類を終わらせるほど、理性のない神格ではないよ。
君も、渡されたばかりのプレゼントをいきなり叩き壊す真似はしないだろう? マスター」
嗚呼。紛れもない。
この男は――どこかの誰かの体を借りた神格。『ヨグ=ソトース』と呼称される存在。
先ほどの『白銀の鍵』は、異形の神の力を露わにした少女が手にしてた鍵と対になる代物。
強張った表情を浮かべる立香に対し「ふむ」とセイバーが言う。
「どうやら君は『無自覚』のようだから話しておこうか。
君のみならず、君の宇宙にいる誰もが――私達が人類あるいは宇宙に手出ししようと不安視しているのだろう。
だが、実際。それらにはまるで興味はないよ。少なくとも『現時点』では」
………
「むしろ現時点で何が狙われているか。的確に示すなら――それは君だよ、藤丸立香」
……え? 俺??
「ホラ。やっぱり分かっていない。
想像してくれたまえ。私達が最初に『君の宇宙』を観測したのは特異点と化したセイレムだ。
そして――渦中に居た英霊などを除いて、注目するべき人間は『君』だったじゃないか」
確かに。
指摘されれば、言われてみれば、思い返せば本当にそうなのだが。
立香は些か突拍子もない展開に困惑している。
世界や宇宙。サーヴァント・即ち英霊システムを差し置いて、どうして平凡な人間でしかない自分が注目されるのか。
納得いかない様子の立香に対し、セイバーは無表情で続けた。
「君……あの時、自分が何をしたのか。忘れた訳じゃないだろう?」
何を?
ポカンと間抜けに話を聞く立香を、セイバーは呆れか、残念そうな表情で溜息つく。
それからセイバーは、改めて平穏な顔で尋ねた。
「確認として聞くけど……マスター、『根源』に興味は?」
ない
「随分と即答だね。まあいいや。念の為だよ。ひょっとしたらの場合を考慮してね」
改まって不穏な雰囲気に立香が身構えているのに対し、セイバーは驚くほど落ち着いていた。
「再度忠告すると、私達の中で君に注目している神格が存在するのは事実だよ。
しかしだね。君とて想像出来ると思う。それきっとロクな目に合わない、とね。
正解さ。中でも私の弟は特にしつこい部類で。その癖、簡単に使い潰しをするんだ。全くどうしようもないよ」
相手が相手だからか、サッパリな話の流れに困惑する立香。
彼も、セイバーが指摘する点を十分。でなくとも大凡、把握している。
結局のところ、何故自分が異形の神々に注目されたのかは不明のままだが。
「だから……私の話はあくまで『提案』に過ぎない。だが藤丸立香。これは選択肢の一つだよ。
私という『根源』の領域に至れば、君の安全を保証してあげよう」
……!
「私が言うのも何だが、最善の選択でもあるんだ。皆、君の夢を関してあちら側に至ろうとしている。
君、一人だけが外宇宙から脱する事で全てが救われるのだから、ある種。比較的安全に対処が可能な訳だ」
それとも。
セイバーが試す風に問いかける。
「全てなかった事にする、と。聖杯に願うのかな」
聖杯には願わない。
それに、聖杯はこの特異点の維持に利用されていると思う。
「だったら私の所に来るのかい。道順は安心していい。君は『鍵』を持っているからね」
鍵。
いや、そんなものは所持していない。
しいて京都の住まいである場所の鍵くらいしか――立香がポケットを探ると、手に奇妙な感触が一つ。
取り出して見れば、あのセイレムで少女に返しそびれたペンダントだった。
掌にあるペンダントから視点を上げた立香が、セイバーと目が合うと奇妙な恐怖が込み上げる。
一方のセイバーは何ら反応も見せずに。
「考える時間は、ほんの少しの間だけ。あるにはある。それまでに決めておいてくれればいいんだよ」
丁重な表現に聞こえるが、立香だけはセイバー自身に何ら感情も無い。
皮肉や嘲笑、悪意があれば良いのに『悪意すらない』、ただただ醜悪なものしかないに思えたのだった。
【クラス】セイバー
【真名】ヨグ=ソトース@クトゥルフ神話
【属性】秩序・悪
【ステータス】筋力:A 耐久:C 敏捷:E 魔力:B 幸運:C 宝具:A
【クラス別スキル】
対魔力:A
魔力に対する耐性。Aランク以下の魔術を完全に無効化する。
事実上、現代の魔術師では、魔術で傷をつけることは出来ない。
【保有スキル】
無名の霧:EX
外なる異形の神性。
精神干渉系の類を無力化する所か、干渉を試みた者の精神にダメージを与える。
外宇宙に居る異形の神々の恐怖をゆめゆめ忘れることなかれ。
色彩の煌:A
空間転移に似た現象と認識されやすいが、実際は『空間との同化』を実現させるスキル。
戦闘時は、一瞬にして敵に接近する他。分身の如く複数自身を出現させ、攻撃する。
ただし、どれもヨグ=ソトースである為。複数体顕わした自身が受けたダメージが余計に加算されてしまう。
空間感知:A
時空間と隣接する事で通常感知不可能な霊体化状態のサーヴァントの感知。
気配遮断のスキルすら実質無力化し、敵の位置を正確に把握出来る。
勿論、これらを生かす為には魔力消費が必要であり、常時発動可能ではない。
根源接続:-
擬似サーヴァント召喚の為、このスキルは使用不可となっている。
【宝具】
『神の無限の図書館(アカシックレコード)』
ランク:A++ 種別:歴史宝具 レンジ:- 最大補足:-
元始からの事象、想念、感情が記録されているという世界記憶の概念。あらゆる情報が蓄えられている記録層。
アカシャ年代記と称されるもの。ヨグ=ソトースそのものを示す場合も。
周辺の歴史に纏わる神秘性が、ヨグ=ソトースの周囲に漂い七色に輝く球体状の粒子となり攻撃に変換。
砕けた表現で言うなら『歴史文化を物理にして殴る』。セイバー特有のビーム斬撃も出来る。
神秘性の濃度を攻撃力とするだけなので、魔力がエネルギーとして消費される。
故に京都が舞台となった今回の聖杯戦争ではこの宝具の威力も脅威的。
弱点は『文明』を破壊する相手には諸刃の剣となる事。
『原初の言葉の外的表れ(クリフォー・ライゾォム)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:- 最大補足:-
ある魔女が持つ鍵が門を開く鍵ならば、こちらは門を閉じる鍵。白銀の鍵剣。
白銀の鍵剣の役割は、ただ実在する事だけ。
常に『根源』たるヨグ=ソトースがこちら側に接触しないように、門を施錠し続けている。
この白銀の鍵は案内人たるウムル・アト=タウィルにヨグ=ソトースが授けた代物。
通常時はセイバークラスとしての剣の役割を担う。
固有結界など時空間に影響を与える類を攻撃可能とする。
また『閉ざす』役割がある為、何らかの『解放』を防ぐ事も出来るだろう。
【人物背景】
門にして鍵。全にして一、一にして全。漆黒の闇に永遠に幽閉されるものの外的な知性。
クトゥルフ神話の最高神とされる『アザトース』の産物『無名の霧』から発生した神格。
あらゆる時間・空間に隣接する。あるいは時空そのもの等。
藤丸立香の世界・宇宙にて、クトゥルフ神話は空想・架空の神話体系であると明言されている。
彼の正体は藤丸立香の世界で『根源』と呼ばれる。つまるところ『究極の知識』である。
無論。藤丸立香の世界・宇宙における『根源』そのものではない。
正真正銘の『クトゥルフ神話が実在する外宇宙の神格・ヨグ=ソトース』。
異なる外宇宙世界の『根源』そのものであり。あらゆる時空間に隣接する神性を得た意識を持つ概念。
フォーリナーではなくセイバーとして召喚されたのは
舞台となっている『京都』が藤丸立香の世界・宇宙にあらず、あらゆる外宇宙と面している十字路に存在する為。
召喚された姿は、ヨグ=ソトース本体ではなく『擬似サーヴァント』としてのもの。
依代となっている人間は『ウムル・アト=タウィル』。
ウムル・アト=タウィルがヨグ=ソトースの化身とされる事が多いが、実際は
何らかの事件を通し、幸い中の不幸に合い。『根源』の一歩手前まで至ったものの、肝心な『銀の鍵』を所持しておらず。
彷徨うハメになった平凡な青年である。それを認知したヨグ=ソトースが、彼に『案内人』としての役割を与える。
ウムル・アト=タウィルは『案内人』でしかない為、根源に至った力など冒涜的な能力すら所持していない。
神性が備わっている。危害を加えれば邪悪な本性を露わにする。等、あらぬ逸話があるのは。
ヨグ=ソトースの加護による影響に過ぎず。彼はただの人間のまま。
あらゆる時空間に隣接する特異空間に居る為、ウムル・アト=タウィルは若者だったり老人だったり。
生きていたり、死んでいたり、観測上非常に曖昧な存在だが。
ゆるやかに生命として死に向かっているのは確かで。いづれは普通の人間と同じ、死に至る。
ヨグ=ソトースの片鱗を纏った少女が葬られるかと思えば、藤丸立香はその少女を助け、自由へ解放した。
藤丸立香は、それこそ『ただの人間』であり。
奇跡的な巡り合わせの運命により、数多の英霊と関われただけに過ぎない。
魔術師のような冷酷さを持ち合わせていない。善悪で区別しない人格だからこその判断であったとしても
危険因子を野放しにする愚行を犯した。
それを切っ掛けに、藤丸立香は一部の外宇宙の神々に関心を抱かれた。
ヨグ=ソトースは、他の神格らが余計な手出しをする前に、藤丸立香に『銀の門』を開けさせようと目論んでいる。
それは藤丸立香を根源に到達させる為ではなく、自らの領域に引き込む為。
一見、穏やかな微笑と雰囲気を漂わせる不思議が詰まったように感じられるが、
藤丸立香の世界における『神』とはまるで異なる。
良心や慈悲・愛情すら持ち合わせない、高慢に気取っているつもりもなく、嘲笑の蔑みすら無い。
「藤丸立香を先に観測したのは自分だから自分が支配下に置いて当然」という醜悪な独占欲が存在する。
……最もこれはヨグ=ソトースの意志・性格ではなく。
擬似サーヴァント――ウムル・アト=タウィルと融合により発生したもの。
元となったウムル・アト=タウィルは反社会性な人格者であり、人間として破綻している。
【容姿・特徴】
二十代ほどの年齢ながら童顔。くしゃくしゃ癖毛の黒髪短髪・紫眼。
白のオーバーコートを羽織り、黒スーツ姿の男性。
【聖杯にかける願い】
聖杯の魔力を利用し、藤丸立香を自らの神域に引き込む。
【マスター】
藤丸立香(男)@Fate/Grand Order
【聖杯にかける願い】
なし。
この特異点の解決を目的とする。
【人物背景】
人理を守り。その後、魔神柱が作りし亜種特異点を解決。
最後のレイシフトから帰還を果たしたのだが……
【weapon】
魔術礼装・カルデア
人理継続保障機関・カルデアのマスターに支給される魔術礼装。
ペンダント
亜種特異点・セイレムで回収したペンダント。
ある少女に返し忘れた代物。
【能力・技能】
マスター適正とレイシフト適正を兼ね備えた。
しかしながら魔術師とは無縁の一般人。
良くも悪くもなく、サーヴァントとの付き合いに慣れている。
魔術師らしい冷酷さはなく。善悪で区別しない。善でありながら悪を為せる人間。
最終更新:2018年01月16日 17:56