「ははは! 凄いなあ。こいつは凄い! 幾ら時間があっても足りない奴だ。聖杯戦争をしている暇が惜しいぞ」
召喚されたサーヴァントは酷く感動していた。
現代日本の京都だけではない、世界情勢や英霊本人の過去も含めれば、彼らの反応は様々あるが。
中でも。
カラスを連想させるような漆黒のファーが襟袖にあるコートを着た装いで、中はタートルネックニット。
皮ズボンまで黒で染められている装い。
茶髪のポニーテルと、三十前半の年齢ながら中性的な整った顔立ちの男性。
彼のクラスは『アサシン』にも関わらず、子供じみたはしゃぎようだった。
アサシンが感動していたのは京都の町並み……じゃない。
自動車、電化製品、公共施設、家具や衣服類、書籍から情報媒体まで。
本に至っては、ちゃんと眼を通しているのか怪しいほどパラパラ捲って流し見。
また次の本へと手を伸ばす有様。
折角の由緒正しき日本伝統の和室にごちゃごちゃと物が乱雑されている中。
ポツンと着物の少女が、まるで場違いのように存在していた。
少女こそアサシンのマスターなのだが、御覧の通り。彼女は困惑……混乱状態に陥っている。
アサシンは、そうだと現代社会必須のスマートフォンを一台、懐から取り出して少女に差し出す。
「マスターは持っていないと聞いて驚いたぞ。色が気に食わないなら、後で交換してやる」
「ちょ……ちょ、ちょっと! こ、これ」
「スマホだ。ス・マ・ホ。俺の連絡先は既に登録済みだ。なんだったか……連絡アプリの――」
「そうじゃないわ! そうじゃない!!」
少女・春日野椿は取り乱して叫んだ。
「一体――どうやって用意したのよ!!? これ『全部』!!!」
そうなのだ。
これら全部が全部、マスターの椿はまるで知らない。
京都にマスター候補として招かれた彼女は、何の立場もない、弱視で生活に支障を来している少女でしかない。
金なんて絶対ある訳ない。
本やスマホも、パソコン、ゲーム機器、小型の電化製品。
盗んだのか? それとも『御目方教』とは無縁となった京都に点在する椿の家の金を勝手に使用したのか?
本を流し読みしながら、アサシンは全く椿と視線を合わせずに。
「知り合いに頼んだ」
と、簡潔に説明したのである。椿は呆然とし、脱力感で畳に座り込んだままだった。
元気のないマスターに、アサシンが溜息をついて本を閉じる。
「俺は悪運が良い。悪運と言っても『悪を引き寄せる』意味でな」
「何とでも言いなさい」
椿は最早投げやり気味だった。水を得た魚のようにアサシンはベラベラと述べる。
「贅沢だ、本当に贅沢だぞ。マスター。『こんな世界がクソ』だ? 本気でクソな世界を視たこと無いから言えるんだ。
俺の生きてた時代と比べて見ろ。本当の本当に『何も無い』のさ。
ちょっとした現象をタタリだの天罰だの恐れ、飛躍や進化を追求せず、土で誰がセンスの良い器を作れるか
アホみたいに競っている退屈でくだらない世界が『クソ』と呼ぶべきだ」
おい、見ろ。と皮肉る様にスマホであるページを検索する。
弱視の椿に分かりやすく、限界まで液晶画面を彼女の顔に近付けた。
アサシンの顔は、本気で不愉快そうだった。
「ローマ帝国の歴史は凄いだろう? 凄いよなあ。それと比べて俺の――『俺達の国』は……なんだこれ。泣けるぞ」
日本でいう『弥生時代』の欄には僅かな情報。比較してローマ辺りは圧倒的情報量。
確かに悲しい。
「………そうね」
アサシンのスマホを押しのけ、椿は咳払いする。
「私もよく理解できたわ。貴方の事が」
「ほう。具体的には?」
「貴方は―――紛れも無く『詐欺師』という事よ」
当初。椿がアサシンの真名を知った時『ありえない』と『嘘に決まっている』と、完全にアサシンを信用せずにいた。
けれども、どうやら事実らしい。
サーヴァントらしい非現実能力を行使せずに、アサシンは自らの話術や知識と経験を用いて現代社会に適応した。
時間を惜しむ声も関係なく、一般常識の範疇……それ以上を網羅するのにさほど時間はかからないだろう。
総合したアサシンの評価が『詐欺師』の称号。
多少の間を開けてから、少々機嫌よくアサシンは答えた。
「素晴らしい響きだな。如何にも。俺こそ日本――世界全てを欺き続け、大国の『女王』を演じた『詐欺師』さ」
弥生時代に実在したとされる邪馬台国の女王――『卑弥呼』。
そんなものは『いなかった』のである。
◇
日本、弥生時代にある無銘の男が居た。
男はまるで神など信じて居なかった。
何故なら、彼は天候もある程度、空模様を眺めれば予想が出来た。
現代の人間が怪奇現象を科学的に証明するかの如く、人々が不可思議と恐れる現象の原理を何となく分かった。
紛れも無く生まれて来る時代と国を間違えた人間。優秀な数学者・科学者・芸術家への道。
そういった可能性を、国柄と時代で棒に振らざる負えなかった。
男は退屈だった。
狭い世界、小さな島国だけであっても男は全知全能に等しく。あらゆるものに目ぼしさを感じられず。
ただただ時を過ごしていた。
そこで男は退屈凌ぎで、大国を築き、支配しようと考えた。
神聖なる神の使いであり、様々な奇跡のような術を統べる美しい女性を演じ、人々を妄信・洗脳し。
あっと言う間に『女王』の座に君臨した。
無論、奇跡も神話もなく。古典的な話術と手際よいトリックを用いて、さも妖術かのように『見せかけていた』だけである。
女王の名を――『卑弥呼』と呼ぶ。
卑弥呼となった男は、最初だけ国造りを楽しんだが、直ぐに飽きた。
何か新しい発見や優れた人材が現れるかと待ち望んだが、どれもこれも卑弥呼に関心を抱かせるものじゃなかった。
再び、退屈な日々が訪れる。男にとっては地獄に等しかった。
ある日。月と太陽が重なり合い、世界が暗黒に包まれた。皆既日食である。
これは不吉の予兆じゃないかと人々は恐怖で恐れ慄く一方。
卑弥呼はそれが月によって太陽が覆われているだけだと理解していた為に、何の恐怖もなかった。
そこで予期せぬ出来事が起きる。
日食の漆黒より現れる強大な三本足のカラス――アマテラスの使いとされる『八咫烏』が降臨したのだ。
八咫烏は人々に、卑弥呼などという聖女は実在しておらず、男が神を蔑んだ罪人であると告発した。
事実を知り、国中が途方も無く混乱する中。
当事者たる卑弥呼は、本当に神を信用しなかった為、三本足のカラスが生まれる確率とカラスが人の言語を理解出来うるか。
一体どういう現象なのかと探っていた。
八咫烏は、男が時代に似つかわしくない知識と才を持った因子だと察し。
人々に男に関する全てを消すよう告げ、男を皆既日食の漆黒へと連れ往き、実質『卑弥呼』は没した。
統治者のない国は、一時期混乱状態に陥るものの。やがて怒りの冷めた人々が、卑弥呼の一族をでっちあげ。
次の世代への架け橋を産み出す。
以上の顛末により「卑弥呼は邪馬台国の女王」という残された歴史が『事実』として語り継がれている………
■
「あのカラスは俺にこう告げた。――お前は産まれる時代を間違えた、と。
改めて実感したさ。俺は、マスターがクソだと罵る『この時代』に産まれるべきだった」
確かに事実だ。
この男――虚偽で形作ったとはいえ、大国の国民全てを騙した途方ない詐欺師が、現代に君臨すれば。
必ずや、善悪が逆転しまうような時代の動乱を巻き起こすだろう。
しかしながら。椿は不思議にもソレを赦しがたく感じた。
こんな世界。どうしようもない腐った世界。どうなろうと知ったこっちゃないのに。
アサシンが聖杯で受肉を願い、世界を蹂躙すれば一体……自分のような人間が、どれほど犠牲になるのか。
恐らく、アサシンは弱者の犠牲など関心や同情を抱かないのだろう。
天性の悪は、自らの退屈をなくす為だけに、踏み潰すのだ。
今更、アサシンは顔を上げて、椿と視線が合う。
「マスター。『共犯者』として俺が受肉した際には、聖杯を使わずとも俺が手を貸してやる」
「まさか『御目方教』を利用するつもり……?」
椿の握り拳に力が籠る。
虚空を眺めつつ、アサシンは息を吐いた。
「冗談はよせ。宗教は『飽きた』。邪馬台国で散々やりつくしたからな。
化学兵器はどうか? 遺伝子組み換えを用いた新種の生物兵器も中々味あるぞ。
最新鋭の技術を用いた第三次世界大戦でも、人工衛星を利用した大規模サイバーテロでも」
嗚呼。ついでの如く、アサシンは加える。
「個人的な『復讐』に付き合ってもいい」
復讐。
平然とどうしようもない陰謀ばかり口にするアサシンの絵空事よりも、そちらの方が椿には魅力的な言葉だった。
自らを貶めた者たちへの復讐。
『御目方教』という柵に縛られ続ける自分。
もしかしなくとも、椿が願う世界の滅亡などアサシンが並べたプランを実行すれば他愛ない事なのだ。
だとすれば……だとすれば、聖杯には何を願うべきか?
もっと……もっと……絶対に叶えられない願いを…………
「まだ考えさせて」
一人の少女が抱え込む葛藤は、かつて失われた善と今に迫る悪の狭間の彷徨いだった。
【クラス】アサシン
【真名】卑弥呼@史実
【属性】秩序・悪
【ステータス】筋力:E 耐久:E 敏捷:A 魔力:D 幸運:B 宝具:A
【クラス別スキル】
気配遮断:EX
太陽もしくは月によって生じる影に同化する事で気配を消す。
実体化した状態でも、擬似的な気配遮断が実現される。
人工の明かりによる影では適応されない為、注意されたし。
【保有スキル】
邪智のカリスマ:A-
通常の『カリスマ』とは異なり、醜悪なる者としての魅了を示す。
悪はもちろん、善ですら悪へ陥るほどの誘惑を漂わす。
一個人のみならず、卑弥呼の場合は大国全土相手にしても尚、最後の時まで欺き続けた。
ただし、卑弥呼の時代背景を考慮すれば、詐欺の才にとって恰好な餌食だった
国民の知識の低さも相まっての結果と言える。
蜘蛛糸の果て:A+++
経験・叡智・教養等の情報材料を蜘蛛の巣状に広げ、最終的に中央一点に集束し、解答を導き出す。
擬似的な『直感』『心眼』に近い天性の発想・ひらめき。
卑弥呼は文化・学問が乏しい時代ながら、そこで至れるだけの最大限の知識を得られるほどだった。
人間観察:A
人々を観察し、理解する技術。
ただ観察するだけでなく、名前も知らない人々の生活や好み、
人生までを想定し、これを忘れない記憶力が重要とされる。
【宝具】
『漆黒ノ皆既八咫烏』
ランク:A 種別:対人・対軍宝具
漆黒ノ皆既八咫烏(しっこくのかいきやたがらす)。
太陽神・アマテラスの使い『八咫烏』の断片的な能力。日光もしくは月光の影を操作する事が可能。
通常攻撃の演出は『影』をカラスに変化させ、相手を攻撃したり、カラスを使い魔として使役できる。
また、相手が影に踏み居れば、底なし沼のように相手を沈め、密度の高い影による爆発的ダメージを圧かける。
条件として『影』は日光と月光で生じるものに限られ、人工的な光源の『影』は操作出来ない。
【人物背景】
魏志倭人伝などに存在が明記されている倭国・邪馬台国の女王。
その名を知る日本人が多いだろうが、卑弥呼に纏わる文献等は皆無に等しく。
人前に姿を現すこと無く、弟が主に統治の指示を告げに現れていた。
鬼道なるものを使用し、夫は持たず。謎めいた生涯は誰にも明かされず、そして彼女の正体も様々逸話がある。
しかし、それら逸話を差し置いて結論から述べると――卑弥呼は実在しなかった。
厳密には「女王・卑弥呼」は実在しなかった。
女王の弟とされていた男性こそが卑弥呼の正体であり。邪馬台国全土を欺いた詐欺師である。
太陽と月の狭間に生じる漆黒に導かれた卑弥呼は、八咫烏に時代を間違えた人間だと宣告される。
そして「いづれ、お前を満たす時代が訪れる」と予言され。
卑弥呼は八咫烏によって、封印もとい眠りにつかされたのだった。
そして、卑弥呼が導かれた聖杯戦争の幕が上がる。
【容姿・特徴】
襟・袖にカラスを連想する黒ファーがつけられた黒基調のコート。
黒のタートルネックニットと皮ズボン。
全然卑弥呼の欠片もないが、女装趣味はないし、季節が冬だからあの時代の服は寒いとのこと。
茶髪ポニーテールで、中性的な顔立ちの釣り目。瞳の色も茶。年齢は三十前半の男性。
【聖杯にかける願い】
受肉し、現代社会を自らの才を以て掻きまわしたい。
【マスター】
春日野椿@未来日記
【聖杯にかける願い】
???
【人物背景】
新興宗教『御目方教』の教祖。亡き彼女の両親が設立した教団を継いでいる。
教団のNO.2に両親は事故死させられ、さらにはその人物の陰謀により、信者から凌辱された。
世界に絶望し、世界を滅ぼす為に神の座に至ろうとし。
あらゆる手段もいとわない非道さを垣間見る事もあるのだが、本来は真面目で明るい性格。
神の座へ至る『未来日記』の殺し合いに参戦していない。
未来日記も所持していない状態のただの少女。
【能力・技能】
弱視。生まれつき視力が良くない。
最終更新:2018年01月19日 23:09