敗北の味は甘苦く

夜の繁華街。四条河原町一帯を見渡せる建物の屋上に、彼ら二人の姿はあった。

一人は年端もいかない少女。
濃い紫にも見える長髪を腰まで流し、スポーツウェアの上から黄色い上着を羽織っている。

少女は地上の喧騒も届かない屋上で無心に拳を振るっていた。
拳闘競技でいうところのシャドーボクシング。仮想の敵を思い浮かべて行う鍛錬法だ。
脳裏に浮かぶ仮想敵はただ一人。網膜と記憶に焼き付いた動きをトレースし、ただひたすらに四肢を動かし続ける。

もう一人は長身の青年。
金色の髪に時代錯誤な軽装の鎧、そして顔の上半分を覆うバイザー。
頭頂から爪先まで現代の京都には似つかわしくない風貌だ。

青年は屋上を囲むフェンスの上で屈み込み、バイザー越しに市街地を見渡していた。
二人の間に会話らしい会話はなく、冷え切った屋上には少女の拳撃と蹴撃が空を切る音と、鋭い吐息だけが聞こえている。

「……っ!」

唐突に顔を歪め、少女は拳を止めた――








――傷んだのは体じゃない。心の方だ。

少女、キャリー・ターセルはイメージ上の仮想敵とのスパーリングを中断し、額に滲んだ汗を腕で拭った。
あの相手に勝てるビジョンがどうしても浮かばない。
それどころか、こちらを強敵と認めて本気の目を向けてくる姿すら想像できなかった。

聖杯戦争なる大儀式に招かれる以前、キャリーは挑戦者として試合のリングに立っていた。
対戦相手はリンネ・ベルリネッタ。DSAAのU15ワールドランク1位。
同ワールドランクの8位にランクインし、U15枠において無敗を誇ったキャリーにとっても名実ともに格上の相手であった。

結果は惨敗である。
機先を制されて初撃を食らい、ただひたすらにラッシュで翻弄され、頭からリングに投げ落とされるという完膚無きまでのKO負けだ。

敗北したこと自体は、まだいい。
格闘家として誰もが経験することだ。生涯無敗なんて滅多にあるものじゃない。
キャリーの心を砕いたのは、試合前後のリンネの言動だった。

試合開始寸前、リンネはキャリーから目を逸らした。
これから戦う相手ではなく観客席にいる誰かに意識を向けたのだ。
そして試合後、ダメージから身動きの取れないキャリーに対し、リンネは平然とこんなことを言い放った。

『良い試合にはなりませんでしたが、良かったです。あなたを壊さずに済んで』
『お疲れ様でした、8位の人』

……他所に気を散らしているリンネにこっちを向かせてやりたかった。
たとえ勝てなかったとしても、手強い相手だったと記憶に刻んでやりたかった。
なのに、リンネはキャリーの名前すら覚えていなかった。

それだけではない。リンネは試合後に、特別室で観戦していた別のジムの選手達に対戦を要求するマイクパフォーマンスを行った。
キャリーが担架で医務室に運ばれた後の出来事だったが、知らずに済むような自体ではない。

リンネにとって、キャリーは最初から眼中にも入っていなかった。
試合が始まる前にも、終わった後も、ひょっとしたら試合の最中にだって。
彼女の意識はナカジマジムの選手達に向けられていて、自分はその片手間に片付けられる存在でしかなかったのだ。

あの時の気持ちを思い出すだけで拳が鈍る。
敗北をバネにするなんて言葉があるが、バネそのものが折れてしまったような感覚だ。

 ――ボン、と目の前で何かが跳ねる。

「……?」

この世界のスポーツドリンクが入った透明なボトルだ。高いところから放り投げられたのか、底が少しへこんでいる。
ボトルが投げられたであろう方向に目をやると、金髪の青年が今も変わらずフェンスの上でしゃがんでいた。

「ランサー……ありがと」

金髪の青年――ランサーのサーヴァントを召喚したのは半日ほど前のことだったが、未だに必要最小限の会話以外は交わしていない。
それでもこれは彼の好意なのだろう。キャリーはキャップを外して甘い液体を煽った。

「おい、マスター。リンネって餓鬼をブチのめしてぇのか」
「ぶふーっ!」

思わずドリンクを噴き出してしまう。
リンネのことはランサーには話していない。この世界に来た理由だってそうだ。
ランサーはデバイスに似たバイザーを上げて目元を露出させると、首だけを傾けてフェンスの下のキャリーを見やった。
一言で言うなら四白眼の悪人面。それでいて、友達が持っていた雑誌のワイルド系男性モデル的な雰囲気もある。

「説明してなかったか? マスターとサーヴァントってのは、お互いの過去を夢で見ることがあるんだよ。お前はまだ見てねぇのか」
「……そ、そういえば、凄いショッキングな夢を見たことがあるような……」
「どんな夢だ?」
「ええと……」

――銀髪の青年がランサーと戦っている夢だった。
自分やリンネが身を置いている格闘技の世界の戦いとは違う。
使えるものは何でも使う、まさに殺し合いとしか呼びようのない死闘だった。

リンネがそのことを伝えると、ランサーはボトルを握るリンネの手が震えているのを一瞥し、バイザーを元の位置に戻して「あっそ」とだけ言い捨てた。

「聖杯戦争は問答無用の殺し合いだ。『俺達』みてぇないっぺん人生ゲームオーバーした過去の幻影だけじゃなくて、今を生きてる人間だってぶっ殺すしぶっ殺される。そこまでして叶えたい願いがあるのか?」
「それは……その……」

キャリーの声が少しずつ小さくなっていく。
聖杯戦争への参加権だというオブジェクトがキャリーの前に現れたのは、医務室のベッドで涙に暮れているときだった。
悔しさと哀しさと虚しさに打ち震え、勝ち残れば願いが叶うという甘言に、一も二もなく飛びついた。
だから、心構えを問われても即答することができなかった。

「餓鬼に命(タマ)の取り合いの覚悟を問うほど無駄なこともねぇか。とりあえず、だ。どんな願いを聖杯にふっかけるつもりなのかくらいは教えてくれや。それくらいは把握しとかねぇとな」
「分かん……ない」
「あぁ?」
「あんな風にされて悔しくって、どうにかしたいって思って……でも、どうしたらいいのか分かんなくって……」

だからこそ、キャリーはがむしゃらにシャドーボクシングに打ち込んでいた。
ああやって体を動かしている間は、目指す先が自分でも分からないという現実から目を背けられたから。

「ったく。餓鬼のお守りをしに現界したわけじゃねぇんだがな」

ランサーが音もなくキャリーの隣に降り立つ。
そしてサイズの合わないバイザーをキャリーの顔に押し付けた。

「うわっぷ……」
「せいぜい視野を広く持つことだ。聖杯戦争を通じて腕を磨くも良し、聖杯でそいつに勝てるくらいにパワーアップするも良し、いっそ聖杯の力でダイレクトにぶっ潰すも良し。自分自身が後悔しない結末を考えな」

――ランサーのバイザー越しに見た風景は、視野が広いなどというレベルではなかった。

あらゆる障害物を遥か彼方まで透過し、夜の暗さを物ともしない超絶の視界。この世の全てを一望できるのではと錯覚するほどの大パノラマ。

「あっ、あの!」
「何だ?」
「……ランサーは、どうして聖杯が必要なの?」

そう問いかけると、素顔のランサーはどこか遠い目をした。

「俺はな、自分が死んだときの戦いに納得がいかねぇんだ。お節介な神様の余計な横やりを食らっちまった」
「その人に、勝ちたいから?」
「いいや」

 即答だった。キャリーが精一杯の想像力で考えた問いかけを、ランサーは一秒の間も置かずに否定した。

「勝ちだの負けだのは重要じゃねぇ。俺はただ、今度こそ納得のいく戦いをしたいだけだ」

ランサーの肉体が金色の粒子になってほつれていき、やがて跡形もなく消えてなくなった。
霊体化、というのだったか。何回見ても不思議な気分になってしまう。

「納得したい……だけ……」

夜の屋上にキャリーとバイザーだけが残される。
ただそれだけのために、ランサーは命を賭けているのだという。
キャリーにとっては、命のやり取りそのものが非日常でしかないというのに。

「私は、どうしたら……」
『おおっとぉ? 悩むのも青春の一幕ではありますが、こんなところで考え込んでたら風邪ひきますよ?』
「うわわっ! 喋った!?」

バイザーからいきなり声が聞こえ、キャリーは思わずバイザーを放り投げた。
堅牢なバイザーがコンクリートの屋上でバウンドしてコロコロと転がっていく。

『あいたたたた……』
「インテリジェントデバイス、だったのかな……ごめん、大丈夫?」
『いけませんねぇ、いけませんいけません、これはいけません。骨が五本か六本は真っ二つになったかも知れません』
「ほ、骨? どこに!?」
『心の目で視るのDeath! レッツ落とし前! まずはその上着を悩ましげにキャストオ――』

混乱するキャリーの目の前に突如としてランサーが実体化し、プロゴルファーじみた見事なフォームで槍を振り抜いてバイザーを弾き飛ばす。

『ドメスティィィック・ヴァイオレンスッ!』

バイザーが奇天烈な悲鳴を上げながら屋上の階段室の壁に激突し、盛大にクレーターを作った。

ぽかんとしたままのキャリーを尻目に、ランサーは人相の悪い目を余計に細め、片手でがりがりと髪を掻いた。

「リュンケウスだ。あんなナリだが俺の弟でな。今回は俺の宝具ってことになってる。アホだが仕事はきっちりこなす奴だから安心しろ。アホだがな」
「(二回言った……!)」
『まぁ冗談は置いときまして』

ランサーの槍の穂先に引っ掛けられて回収されつつ、バイザーが――リュンケウスが平然とした様子で再び喋りだす。

『私やイダス兄さんと違って、貴女はまだ"終わっていない"のですから。ゆっくり考えることをお勧めしますよ』
「いいからさっさと部屋に戻れ。この世界じゃお前は中学生って奴なんだろ」
「むっ。全部終わったら元の世界に帰るんだから、別に気にしなくていいでしょ!」
「宿題も済ませとけよ」

抗議を無視してさっさと屋内に戻っていくランサー。
キャリーは急いでその後を追い掛けた。

――何もかも分からないままだ。自分はリンネに何をしてやりたいのか。聖杯を手に入れたとして何を願いたいと思っているのか。胸に重々しく残る悔しさをどうやって跳ね除ければいいのか。

けれどランサー達の言うとおり、、焦る必要はないのかもしれない。キャリーは何となくそう思った。


【CLASS】ランサー

【真名】イダス

【出典】ギリシャ神話

【性別】男性

【身長・体重】

【属性】中立・悪

【ステータス】筋力A 耐久C 敏捷A 魔力D 幸運D 宝具C

【クラス別スキル】
対魔力:C
 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

【固有スキル】
神性:D
 神霊適正を持つかどうか。
 海神ポセイドンの息子とされるが、本人は否定している。

心眼(偽):C
 直感・第六感による危険回避。

コンビネーション:A
 特定の人間と共闘する際に、どれだけ戦闘力が向上するかを表すスキル。
 生涯共に戦ってきた兄弟の間にはアイコンタクトすら不要。
 互いが互いの肉体の一部であるかのような連携を容易く実行する。

【宝具】
『万象見通す山猫の眼(リュンケウス)』
ランク:C 種別:対人(自身)宝具 レンジ:- 最大補足:-
 顔の上半分を覆うバイザー型宝具。
 形を変えて現界した弟のリュンケウスそのものであり、千里眼によって得た情報を装着者に提供する。
 ランサーで召喚された場合は遠方知覚よりも動体視力と未来予測に比重が置かれ、正確な先読みを交えた白兵戦を可能とする。
 心眼や直感スキルで対抗可能だが、攻撃を凌ぎ切るには最低でもAランクが要求され、心眼(偽)を交えた防御を確実に崩すには更にワンランク上の能力が求められる。

 全くの余談だが、リュンケウスがサーヴァントとして召喚された場合はイダスが攻撃用宝具となって現界するという。

『人は土に還り、神は天に還る(カストール)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:2~4 最大補足:1人
 かつて討ち取った英雄の名を冠した槍。
 不死なるポルックスの半身(きょうだい)を奪ったように、この宝具は神性を帯びた英霊から神ならぬ半身を削ぎ落とす。
 神性またはそれに準じるスキルを持つサーヴァントに攻撃を加えるたび、霊基のうちに占める「神ならぬ属性」の割合が低下し、それを補うように「神としての属性」が増大。
 やがて神性がサーヴァントの器に収まりきらなくなり、自壊する。
 神性を大幅アップさせる特性は欠点にもなり得るが、増大と自壊のペースは神性が高まるほどに加速していく。

 効果の発動条件は肉体に攻撃を当てること。傷を与える必要はない。
 神性を帯びた相手に対しては防御力も再生力も無視できる確殺手段だが、そうでない英霊にとっては単純威力のCランク宝具に過ぎない。

【マテリアル】
 アルゴナウタイの一人。弟のリュンケウス共々『アパレティダイ』と称された。
 ポセイドンの息子という説もあり、娘の求婚者に戦車競走を挑んで勝利しては殺害していたエウエノスという男に勝負を挑み、ポセイドンから借りた有翼の馬が牽く戦車を駆ってこれに勝利。エウエノスの娘マルペッサを妻とする。
 その直後、前々からマルペッサに目をつけていたアポロンがマルペッサを奪おうとして出現し、イダスはこれに対して弓を構える。この一人と一柱の対立はすぐさまゼウスが仲裁に入り、マルペッサが自分と同じ寿命を持つイダスを選んだことで終結する。
 これらのエピソードから、アーチャーとライダーの適正もあると思われる。

 アルゴナウタイとしては、予言者イドモンがイノシシに殺されたという有名なエピソードにおいて、そのイノシシを仕留める役目を担っている。また、カリュドーンの猪狩りのメンバーの一人でもある。

 物語においては、ディオスクロイ、即ちカストールとポルックスのライバルとして描写されている。
 ディオスクロイとの対立は、神話においては彼らがアパレティダイの婚約者達を略奪したことから始まるとされている(マルペッサの件よりも以前のエピソードである)
 しかし、その後もアパレティダイとディオスクロイが表立って衝突することはなく、共にアルゴナウタイのメンバーとして航海を成功させ、航海を終えてからも共同で事に当たることがしばしばあった。

 だが、それからしばらくして両兄弟は決定的な対立を迎える。
 リュンケウスの千里眼によってディオスクロイの動向を把握していたイダスは、先手を打ってカストールを殺害。リュンケウスがポルックスに殺されるなど激戦を繰り広げた末、ポルックスのみが生き残って双子座誕生の神話へと繋がるのだった。

 ――しかし、イダスは自分がポルックスに敗北したとは考えていない。
 ポルックスの父であるゼウスの介入があり、自分はそれによって命を落としたのだと確信している。
 故にイダスは聖杯を求める。もう一度、ポルックスとの決闘を果たすために。納得のいく決着を迎えるために。

【外見的特徴】
 ワイルドな風貌で金髪の勇士。目元をバイザー型の宝具で覆っている。
 バイザーの下の目付きはかなり悪く、四白眼気味なのもあって結構怖い。

【聖杯にかける願い】
 生前に殺し損ねたポルックスと満足の行く決着をつけること。
 あくまで再戦の機会が重要なのであって、聖杯でのパワーアップは望んでいない。


【マスター】キャリー・ターセル@Vivid Strike!

【マスターとしての願い】リベンジを果たしたい

【Weapon】
■名称不明のデバイス
 スマートフォン型と思われるデバイス。
 本来の年齢は15歳以下(U-15の選手のため)だが、試合のときはこれを用いて大人の姿に変身する。

【能力・技能】
 作中に登場する格闘技のU-15ワールドランキング8位。
 U-15枠では無敗を誇り、パワー、スピード、テクニックの三拍子が揃っている。
 ランキングだけ見れば前作主人公のヴィヴィオ(7位)に肉薄する実力者……

【人物背景】
 ……なのだが、ランキング1位にして今作主人公のライバルであるリンネ・ベルリネッタとの試合において、ただの一度も攻勢に転ずることができず完膚無きまでの秒殺を喫する。

 しかも相手からは(本人の真意はともかくとして)慇懃無礼で侮辱的な言葉を投げかけられたうえ、名前すら覚えられず「8位の人」とだけ呼ばれる屈辱的な扱いを受け、人目も憚らずに泣き崩れたまま担架で運ばれていった。

 本編ではその後立ち直ったようで、最終話ではリンネにビデオレターを送り、主人公とリンネの(全力の)練習試合の賞賛と、リベンジ宣言とも取れるメッセージを送っている。

 しかしこの聖杯戦争に招かれた彼女は、敗北して間もなくの段階でありまだ立ち直っていない。

【ロール】市内の中学校に通う中学生

【方針】
 ランサーとともに聖杯戦争を戦い抜く。
 それを通じて、自分が目指す先を見つけたい。
 そのために聖杯が必要なら……。



【オマケ】
【宝具】リュンケウス
【人物背景】イダスのマテリアルを参照。ポルックスに殺された。
【特徴】抜け目がなく能力を巧みに使いこなすがウザい。兄曰くアホ。一番性格の近い原作キャラは人工天然精霊マジカルルビー。

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最終更新:2018年02月02日 20:44