龍血による物質の変質、即ち
光臨
については既に#3
龍霧曝露において述べた通りだ。不可逆的な性質の上書きであり、龍血が人類にとっての毒である最大の要因。それが光臨である。
では、実際に人類に対して光臨が及ぼす影響には幾つの種類があるのだろうか。
二十年前、『罅縫軌跡(ネルフ・ライン)』の開通によって十一の檻が繋がって間も無く、『淵越の釣舟(ヴェルーリヤ)』は一つの報告書を編纂し、『終末世相』で一般に公開した。
光臨大全
バルサのみならず各檻のデータを加えた上で再編された、『罅縫軌跡』開通後の光臨研究における'原典'とも称される研究資料。
光臨症例や希少事例を総括し、初めて学術的文献として全檻に公開された、龍霧曝露理論における金字塔。
当該資料の書き出しには、以下の一文が綴られている。
光臨の原義や理論は未だ白紙だ。
そういう法則の一つなのだと、
投げやりに謂うのが定説であり。
散逸した各個の檻で、そう在る概念こそが光臨なのだと。
然し、最低限の共通項はある。
斯くして、ここに新たな概念が誕生した。
僅か十に満たない項目に区分される
症例
。
排斥の対象とされた光臨者に与えられた記号。
現在、医学用語として広く知られるこの区分を我々は『光臨分類』と呼ぶ。
《光臨分類》
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『淵越の釣舟(ヴェルーリヤ)』が確立した、今現在最も普及している光臨症例の区分法。詳細は前述の通り。
前提として、光臨の一部は遺伝する。
それを踏まえた上で、この『光臨分類』はオリジナルの光臨症例と遺伝した光臨症例とを区別しない。これによって、『光臨分類』は各檻に分布している異形人種の症例区分を可能としている。
例を挙げるならば、監房八番に分布する階獣の身体変異は分類1番『妖精』にカテゴライズされる。正確には分類1番の亜種遺伝型だが。
なお、監房三番に分布する『天使』に代表されるように、非人類は光臨分類の対象外である。彼らは疾患を備えた人類ではなく、人類に仇なす外敵であるが故に。
また、各光臨分類は併発する可能性がある。
所謂複合型というもので、一度の光臨で複数の光臨分類が発症することは極めて稀(同時に複数発症した時点で基本的に死亡するため)。そのため併発型は複数回の光臨を経験した人物に見られる特徴である。
ただし一部の分類区分は他番との併発が確認されなかったり、同番の光臨分類の併発が確認されていない、といった特徴をもつ。
また、1番の併発に関しては基本的に同一の『モチーフ』となるため、部位ごとに変異がバラバラという事例は数少ない。
◯分類1番:『妖精』
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筆頭症例。
発現は『異形化(エルファイズ)』。
実に、今日のイルミナで曝露光臨した大半が光臨分類1番に該当すると言っても過言ではない。
中でも「耳」「角」「翼」「尾」「体毛/鱗」といった部位(謂わば身体の表面及び末端部)の変貌は非常に有り触れており、彼らは「獣人」や「鬼」などと呼ばれ、大凡その名からイメージされるようなヴィジュアルを有している。
加えて、それぞれの異形化部位は外見的/機能的 特徴に(ときにデフォルメされた)既存の生命種を参照したものが殆どで、『モチーフ』と呼ばれる参照元を持つ。
ないしはヒトの想像上に生きる『幻想種』のモチーフもそれなりに存在するが、完全にモチーフを持たない"1番"に関しては極めて稀有。
というよりはその場合、別の分類にカテゴライズされることが大半。
他の光臨分類との大きな違いとして、外観に反映される光臨である、という特徴が挙げられる。このため、光臨者に対する差別の格好のターゲットとなることが多い。
十一の檻が繋がったことで、現代では身体的差異による差別意識は急速に薄れつつある。ただし一部の地域や組織、階級においては未だに根強い差別意識があることには注意が必要である。
また、外見の変異に際して人体としての組成までもが組み替えられてあり、筋肉や感覚器の処理系統が最適化される他、珍しい例にはそもそも内部を中心に"光臨"する場合も。
例えば、手首の静脈付近に糸の生成器官を保有する特撮スパイダーヒーローはこれに当たる。
◯分類2番:『軌道』
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被曝による集団発現。
発現は『相互接続(コネクト)』。
「魂の形質変化」ともされ、同時期、同条件に曝露することである程度全体の変化の方向が似通ってしまう現象。
『相互接続(コネクト)』の発現が浅層意識と龍血の波長にバイパスを築くので、結果的な念話を可能としたり、血統の混渉反応『共鳴』を引き起こしたりする。
尚、古い定義において『淵征隊』という言葉には「2番を発現した集団」という意味合いが大きく、"結合が深い"隊ほど強く、そして長く潜っている証明として扱われた。
今日の『探索隊』においても同様の文化は残存しているが、既に2番は絶対的な存在ではなくなっており、先時代の覇権として扱われている。
また、個人において「2番は重複発現する」ため、その際には一個単位の2番に『識別銘〝(漢字二文字)〟』を与え、二組織間の中継役として運用する場面も多かった。
概ね良性の症例と思われがちだが、相応の期間捕虜との行動を強いられる状況などでは身内以外と繋がってしまうことになるため、ある意味で最も避けたい分類と称されることも。
オリム繊維の眼帯等で多少の"隔離"は可能なようだが。
その一方で、位相が深まるにつれ〈源流共震〉の効果を受けるという弱点も存在する。〈源流共震〉によって個々の繋がりが揺らぎ、酷い場合は切断されてしまうケースすら存在するためだ。
位相深度3でも『相互接続』が成立する隊は、すなわち異常なレベルの結合の
深み
を有していることとなる。古き時代において、彼らは英雄と称された。
◯分類3番:『魔眼』
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最も'深い'とされる光臨分類。
今日の学会では、『血統』の能力維持が"脳"に依存しているとの見方が主流である。
対して、"眼"は「脳とイルミナ」に最も近く、加えてスピリチュアリストの観点に造詣を持つ器官である。
発現は『瞳染(メラニオス)』。
虹彩の色が極端に変わり得り、紋様が刻まれることさえある。
『魔眼』にはある程度独立した神秘が内包されるが、「見るという行為をトリガーとする」「意識と術式の指向投射」という点を共有している。
例えば、『凍結の魔眼』は見た対象を直接凍らせるし、『看破の里眼』は嘘や物理的な障壁を暴露する。
尚、この際「視界に収める」と「見る」の解釈的な違いについては区別しておかねばならず、"それ"が何であるかを明確に認識していなければ基本的に発動は望めない。空間そのものに作用/投影 する代物には特に注意が必要である。
上記のように『〇〇の魔眼』といった表記・呼称もそれなりに有り触れているが、殆どの場合は『登録銘〝(漢字二文字)〟』を所有している。後者は比較的正式な場で用いられるイメージだろうか。
視認性の悪い『
白夜の匡(イルミナ)』においてはその凶悪さを半減させるが、檻内部や霧の薄い位相深度1などでは数多くの活躍の場に恵まれる。
また、3番の完全制御を成し遂げた人物は歴史上1人しか存在しない。基本的に3番の術式は常に解放され続け、時に己の瞼をも傷つける。
睡眠中は視覚内の物体を認識することがないため無害だが、起きている間は常に3番の術式に悩まされることだろう。
オリム繊維の眼帯による術式攪拌・封鎖が主な対処法として挙げられるが、物質に影響を及ぼす3番の場合、オリム繊維すら時間経過によって摩耗するケースが多い。
上位の探索者などは専用の遺物などを装着している。
◯分類4番:『不定変態』(※プレイアブル未開放)
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周囲の環境に合わせ、「自身という存在」の概念ごと変性/適応させる、極めて希少な分類。
発現は『幽体(フレクサー)』。
カメレオンや蛸の『モチーフ』とは似て非なり、己の生命情報そのものをリアルタイムに改竄するという、生命としては凡そ逸脱的な状態。
それこそ『種』という垣根を往々にして度外してしまうため、光臨分類において前提とされる「人間性の保持」を満たせないような欠陥の4番の何と多いことか。
現代に確認される"完全な4番"は片手で数えられるほどしか存在しない。
◯分類5番:『融液』
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『龍血特性』とも呼ばれる、刻印された血統の実体部『異能配盤』が体内龍血中に融け出した例。
発現は『血還(プラズマ)』。
この光臨分類は血統保持者にしか発現しない。
そして発現したが最後、血統の一つを喪失する。
液体基板──と言えるほどの、以前に見られた複雑な処理能力は最早持たないが、代わりに基となった血統の性質をある程度活性状態のまま保持出来る。
即ち、炎熱系の血統が5番を発現したのであれば、血統の喪失の代わりに「龍血そのものが炎、ないしはそれに酷似した性質を帯びる」など。
単に龍血を排出するだけで小規模の炎焼を構築出来、『邂化』まで経たのなら血統に追随する出力を獲得する。
ただし、体外においては原則『凝血反応』等の龍血単体で完結する操作能力に限定され、その際の燃費効率も依然として悪辣。
以上の要素から、戦力適性としての観点からは近接戦闘か、"元素使い(タイプ・ユース)"らに分がある。
また、1〜3番とは異なり、1人が保有出来る『融液』の性質は例外なく一つのみ。5番の併発はすなわち、『血還(プラズマ)』の暴走による死を意味する。
龍血という溶媒が単独のものであることを考えれば当然とも云えよう。
呼称は『登録銘〝(漢字二文字)〟』或いは『特性・(漢字)』。
◯分類6番:『機躰』
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『人体化合(ゴーレミア)』の発現例。
分類1番の定義が「有機的な異形化」であるのに対し、当該類番は「無機的な変異」を包括する。
「鉱人種」や「躯鋼(レプリカント)」などに始まる、無機物〜人体間での異種化合。
本来、生体として融和する筈のない両者は6番において文字通り"一体化"しており、その形質が遺伝する事例すら存在する。
進行の"深度(侵度)"が光臨者にどれ程の人間性を残すか、即ち無機部と生体部の最終的な比率を大きく左右し、重篤なものでは肉体の6割以上、ないし脳脊髄への侵蝕を許してしまう事例も。
それでも最低限は生命として成立する、成立させてしまうのが6番の最たる特徴であり、異形化という"臨む方向"を同じくしている1番と比べ「差別意識の対象」となる場面が圧倒的に多い最大の理由。
また、一つの末期的なステージに至った際、ヒトは『遺物』に酷似した"再構築"を経ることが確認されており、これは意識や人間性といった要素の残存が前提とされる光臨分類にとってグレーゾーンとなる、イレギュラーを極める事例と言って良い。
或いは、『遺物』こそが光臨の行き着く極致なのか。
上記のようなヒトが直接成った遺物は総じて高い『位格』に位置付けられる傾向にあり、中には血統に比肩/限定的に上回る性能を見せたりもする。
また、
再構築
の際に生じうるイレギュラーとして「意識だけが残される」例も確認されており、この場合「人殻(パペット)」等と呼ばれる、無機物や付随する神秘そのものを肉体とすることでの精神の"移し替え"や受動憑依の特性が発現する。
こちらについては明確に「人間性の残存」が認められるため、分類の定義としては然程異常ではないものの、やはりヒトとは何かを考えさせられる分類である。
○分類7番:『再演』
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死霊種(アンデッド)、或いは
黄泉孵り
とも。
発現は『死者変生(プルートゥ)』及び『黒府』。
死後に光臨を経ることによって屍体が
かくあるモノ
として変性、新たな一生命として固着・再定義された例。
或いは未知の「對幻冠水(ロスプラグ)」に呑まれた探索者の末路とも言われる、最も謎多き光臨分類。
発現確率は死亡直後が最も高く、死亡から長時間が経過した個体に7番が発現するケースは非常に稀。
また唯一、檻内部で発生する光臨分類でもある。
当該類番は更に内部で「幽魂(ゴースト)」「不死者(アンデッド)」「古霊(リッチ)」の三種に大別される。
「幽魂(ゴースト)」は魂のみがイルミナに固着した個体を、「不死者(アンデッド)」及び「古霊(リッチ)」は屍体に霊体が固着した個体を指す。
7番の正体は一種の光臨におけるバグとされている。そのため、
完全な7番
である「古霊(リッチ)」は
完全な4番
に次いで希少。反対に、中途半端な7番である「幽魂(ゴースト)」は檻内部にも数多く存在している。
なお、魂-肉体間の接続を前提とした2番とは異なり、
魂の固着
である7番は光臨に必要な龍血濃度が非常に低い。このため、檻内部の龍血濃度であっても死亡時に低確率で7番が発現しうるとされている。
ただし龍血濃度が高いほど発現しやすいことには変わりがなく、基本的な原理は1~6番の光臨分類と共通している。
肉体の欠損によっては死亡せず、仮に肉体が消滅しても「幽魂(ゴースト)」となって存在し続けることが最大の特徴。元から肉体を持たない「幽魂(ゴースト)」には物理干渉そのものが通じない。
その一方で龍血の干渉に対しては脆弱であり、特に「幽魂(ゴースト)」及び「不死者(アンデッド)」の再光臨は固着の解除、すなわち存在の消滅を意味する。
また、一度死亡したところで龍血精錬器官である『鴻臓(アビス)』が失われると龍血を操作できなくなる弱点は据え置きであり、7番を発現したところで基本的に大した変化は生じない。首を斬られても平気なのは大した変化と言えるかもしれないが。
────ただし、蘇る際に
冥府ごと引き連れてきた
とされる「古霊(リッチ)」においてはその限りではない。
最終更新:2025年04月24日 17:31