私がトーキョーに送ってあげる ◆xmy4xBA4UI
魅力的な鞄だった。
見た目はごく普通、いや、むしろ若干趣味が悪いと言っていい。
少なくとも良家のお嬢様であるルイズが、人参のアップリケ付きの鞄を喜んで持ち歩こうとは思わない。
デザインセンスに優れた鞄なら、実家に帰ればいくらでも手に入るし、その意味で、この鞄は全く魅力的ではない。
しかしながら、その見た目を補って余りあるモノが、これには付いていた。
名前は『秘密バッグ』と言うらしい。何とも投げやりな名前だが、機能は投げやりじゃない。
ルイズが鞄の中に手を入れると、手はどこまでも入っていく。
小さな鞄で、大きさはルイズの膝に乗るぐらいでしかない。
外から見たらどう見ても肘まで入るかどうかも怪しいサイズだが、そんな外見を無視していくらでも腕は入っていく。
腕の付け根、肩のあたりまでどっぷり腕を差し込んだルイズはそこから、ぐるぐる腕をまわして鞄の中を漁る。
鞄の中、と言っても正確にいえば中ではなく外だ。
鞄の中に入ったかと思えば、外に出ていた。何を言っているのか分からないと思うが、まー、そんな鞄だ。
とまれ、鞄の中だか外だか分らない奇妙な空間から、ノートを一冊取り出してみる。
まだ使ってない真新しいノートを一冊、鞄の中から取り出した。
「…………特に不思議なところはないわね」
ざっと見まわしてみると、やたら上質な紙を使っていて手触りや透き通るような白さが特徴的なこと以外、目立った特徴はない。
もっとも、その白さや手触りもルイズが住んでいたハルケギニアの工学技術が低いから特別に見えただけで、使い魔の
平賀才人が見れば、どっからどう見ても普通のノートにしか見えなかったろう。
「他には何かないかしら」
再び、鞄の中をまさぐってみるが、大したものはなさそうだ。
小さな鞄を開けて、中を直接覗き込んでみると、そこには女の子の部屋があった。
どうして、女の子の部屋だと思ったかというと大きめの勉強机と、可愛らしい人形がそこに置いてあったから。
とりあえず、殺し合いに役立ちそうなものはかけらも見当たらない。
それに、不思議なことに、いくら鞄の中を探っても部屋の外には行けないのだ。
どうもこの鞄は『ルイズのいる場所』と『名も知らぬ女の子の部屋』を繋ぐ機能しか持っていないらしい。
「不思議な鞄よね……」
不思議なことは他にもある。
なんと、取り出したアイテムを戻すことが出来ないのだ。
説明書には確かに「アイテム取り寄せ」と『だけ』書かれているから、まぁ間違いではない。
しかし、それにしたって不思議すぎる。
一度は向こうから取り出せたアイテムではないか。戻せてもよさそうなものだ。
「ますます不思議ね」
人が殺されたばかりだというのに、ルイズの好奇心は高まるばかり。
いや、むしろ人が殺されたばかりだからこそ、ルイズの好奇心は高まっているといってもいいかもしれない。
なぜなら、このアイテムは……
「でもさ、これって……要するに空間を移動できるマジックアイテムってことよね?」
剣と魔法の世界に住む少女らしい理解の早さ。
そう、だからこそ、ルイズはこの鞄に魅力を感じたのだ。
今自分たちは、殺し合いを強制されている。
自分は、そんなものに参加するつもりなどさらさらない。
幼い子供を殺しておいて、偉そうに命令する……あの所業、あの態度、全てがルイズの癇に障った。
かといって、彼女には何もできない。
本当の意味で何もできない。
もしも彼女が、素直な少女ならば、ここで怖がることもできただろう。
泣き叫び、狂い、人殺しにでも走ろうか。あるいは、感情を狂わされ、笑い叫びながら自殺でもしてやろうか。
しかし、ルイズにはそんなことさえできなかった。
『残念なことに』彼女は非常にプライドが高かったのだ。
だからこそ、人が殺される瞬間、首輪が爆発される瞬間を見ても、悲しみと怒りが湧いてくるだけだった。恐怖は湧いてこなかった。
しかし同時に、矛盾しているようだが、彼我の戦力差も自覚した。
首輪をはめられた状態では、自分には何もできない。飼い主と飼い犬の関係が、今の自分と
V.V.のそれだ。
この状態ではとても、戦えたものではない。
許せない、でも戦えない。
そんな中ルイズが考えたのは、外の世界へ応援を要請することだった。
「これがあれば、それも難しくない」
ルイズは大きな危機の中に立たされ、同時に物凄いアイテムを渡されたことで、危機感にも負けないほどの正義感を芽生えさせていた。
そう。
このアイテムの原理を解明できれば、殺し合いを止める決定打を放つことになるのだ。
首輪をつけて、変な場所で殺し合わせる。
しかし、そこにトリステイン魔法学院の先生方が来たらどうなるだろう。
当然、止めてくださるに決まっている。トリステインのメイジたちは、こんな殺し合いに負けるほど誇りを失ってない。
「そうよ、あんなの絶対、絶対に許さないんだから!!」
自分には戦う力がない事ぐらい自覚している。
サイトに守ってもらえば、何とかなるかもしれないけど、それだってなんか悔しい。
絶対、絶対、絶対に自分の力で解決してみせる。
そして、この鞄の仕組みが分かれば、それは決して難しい事じゃない。
鞄をよく見れば、人参のアップリケが付いていて、その近くにヴィオラートと書かれている。
どうやら、これはヴィオラートという持ち主がいた鞄らしい。
それにいかにも手作り感漂うアップリケを見るに、おそらくはヴィオラート本人が作った鞄だろう。
人が作った鞄ということは、必ず人が理解できるメカニズムをもって制御されているに違いない。
だとしたら、姿知れぬヴィオラートに出来て自分に出来ない理由があるだろうか。
いやない。
ルイズはかぶりを振って、高まってきた正義感を強く持ちだす。
「そうよ、もう……もう、これ以上殺し合いなんて絶対に許さない。首輪をつけて、殺し合えなんて貴族を何だと思ってるのよ!!」
「そうそう、許しちゃいけないよ!! アハハハハッ」
「え??」
高ぶりも最高潮に達した正義感。
そのルイズのそばに、一人の男が現れていた。
(気付かなかったわ……)
鞄漁りに夢中になりすぎた。
気がつけば、白紙のノート以外にも鉛筆やらボールペンやらが地面に転がっている。
慣れていないとはいえ、殺し合いの中、不用心すぎたとルイズは後悔する。
「君、名前なんて言うの? あ、俺は三木」
「る、ルイズよ……」
大柄の男・三木は半袖シャツとジーパン姿。
ハルケギニアに来たばかりのサイトとほとんど同じ格好をしている。
もちろん、サイズはまるで違うのだが、それでも恰好から彼も日本から来た人間なのだろうと推測できる。
いやしかし、それよりも正義感高ぶるルイズには、一つだけ気になることがあった。
「ナハハハ、ルイズってのか。変わった名前だなァ」
「ミキの方が変わってると思うけど……、ってか、アンタさっきから何ずっと笑ってんのよ」
「ナハハハ、ネがカルいからね」
「だから笑うな! ひひひひ人が死んでるのよ、分かってるの? 事件なのよ!!」
「あぁ、そういえばそうだったね」
顔はいい男だ。
筋肉質の体も悪くない。きっと、ツェルプストーならすぐにでも手を出すだろう。
しかし、笑うとは不謹慎すぎやしないか。湧き上がる不快感を抑えつつ、ルイズは念のため、男に確認する。
「い一応聞いておくけど、あんたは殺し合うつもりなんかないわよね?」
見た目、男は武器を持っていない。半袖の服は肘から上を完全に露出させており、彼が武器を持っていないことを示している。
持物と言えば、背中に背負ったデイパックのみ。その中に支給品の武器があったとしても、すぐには取り出せないだろう。
「少なくとも『殺し合う』つもりはないよ」
『殺し合う』の部分に若干強調がかかっていたことにルイズは気づくこともなく、単純に男が殺し合いに参加しない人間だと解釈した。
(そう……なら笑いすぎなのは、精神をやってしまったからなのかしら? 当然よね、あんなのを見たら誰だって……)
「ルイズちゃんだったね? 君は殺し合うつもりあるの?」
「ある訳ないじゃない!!」
「あれま、そうなんだ」
何を当たり前な。
この男は、笑ったり、当然のことを言ったり、どうにも要領を得ない。
よほど混乱しているのだろう。それに、この男、どうにも見た目に違和感がある。何とも言えないのだが、何かがルイズと違う気がする。
「と、とにかく、アンタ殺し合うつもりがないのなら、今すぐこの場から逃げなさいよ」
「どーやって?」
「それはね……、このバッグを使えば出来るわ」
「へぇ、すごい」
男はルイズの行動にイチイチ、大げさなリアクションを取ってくる。
いい顔をしているのだが、表情の作りがオーバーすぎて、どことなく不自然で、何となく不気味だ。
「このバッグはね、遠くにあるものを取り出すことができるのよ」
「すごいね」
「だから、アンタを今すぐ元の場所に戻してあげることができるわ。殺し合いなんかない日常にね」
「すごいね」
目が笑ってない。
顔と口だけで笑顔を作って、男はルイズに笑いかけている。
(なななんなのよ、コイツは……せせせっかく、日常に戻れるのよ)
もちろん、秘密バッグの仕組みが分かってないのだから『今すぐ』戻ることなんか出来やしない。
ほんの少し、見栄っ張りのルイズが嘘を吐いてしまっただけのことなんだが、それでも、男の不自然な笑顔は無性に腹が立つ。
「あ、アンタねぇ……」
「アハハハッ、ごめんねェ。でもさ、ルイズちゃん少し勘違いしてるよ」
「何を勘違いしてるってのよ?」
「俺は『殺し合う』つもりはないって言ったんだよ」
そう言った瞬間だった。
男の両腕がダラリと伸び、まるで箸から滑り落ちた餅のように地面にボトりと着いたのだ。
「な、何よそれ……」
人間の腕が、粘土のような質感を持ち、突然のびて地面に届く。
ルイズの目の前で、あり得ない現象が展開されている。三木はそれを気にする風もなく、笑顔のまま話を続けてくる。
「俺や後藤さんが、人間たちと『殺し合う』ことなんて出来るわけないんだよね……
ま、田村さんなら分からなくもないけどさ……あの人頭よさそうだし」
「な、何突然言ってるの? アンタ帰りたくないわけ?」
「帰るってどこに?」
「アンタの家よ、帰る場所ぐらいあるでしょ!!」
「うーん……、どうかなぁ……別にどこにも行く必要ないしねェ」
言うや否や、男の右腕が突然持ち上がり、一瞬のうちにルイズを叩きつけた。いや、斬りつけた。
先ほどまで粘土だったそれは、ルイズの見ている前で、ルイズの目にもとまらぬスピードで、いつの間にやら剣に変わっている。
顔の皮一枚を掠ったその攻撃に、ルイズは瞬き一つすることも出来なかった。
「あアンタ…………」
続けざまに降りかかる刃は、ルイズの動体視力を優に超えている。
やわらかい粘土のような質感を持った腕が一瞬のうちに硬質化してルイズを切り刻んでいく。
(あ、ああぁあ、熱い……、あつい、あついよ…………)
理不尽すぎる突然さ。
ルイズは恐怖心も、戸惑いも、何一つ感情らしきものを動かせない。
いきなり斬りつけられて、感じるものと言えば、単純な痛みのみ。
男の攻撃は、文字通り雨のようにルイズに襲い掛かかり、その表情は先ほどまでとうって変わって能面のような無表情だ。
(ああぁあ、何、何………………何なの、さっ……きまで……)
まるで別人という表情を見せる三木だが、元より表情豊かな外見は作りものにすぎない。
『餌』を食べる時にニコやかな笑顔は必要ない。
「……さァて、そろそろ食べるかなァ?」
(…………、な、何、ねェ……なにが…………)
斬り刻まれすぎて、痛みを感じすぎて、何が何だか分からない。
(なに、なに、いったい…………)
恐怖すら感じることなく横たわるルイズに三木が近づいてくる。
すでにルイズを死体と思っているのか、攻撃の手は止まり、ゆっくり近づいてくるのみ。
そんな、三木の顔が、両腕と同じく粘土細工に変わり、大きく変形する。
まるで、『口だけ頭』
頭全体が口になり、ルイズをゆっくり飲みこもうとする。
と、その時。
三木の目の前、ルイズの背中に背負われたデイパックから一筋の光があふれ出した。
「えェ…………」
あふれ出した光の束の中央。
1瓶の壺が、ルイズの頭の上にくる。
全自動で動く壺、ルイズの理解も、三木の理解も超えている。
唖然とする三木。
全身血まみれで動けないルイズ。
一匹と一人が見つめる中、壺から一筋の液体が降り注いできた。
「な、何が…………」
降り注ぐ液体は、ルイズの全身を覆い、瞬く間にその傷を治していく。
その様に、ルイズも三木もただただ動きを止めて見守るだけ。
気がつけばルイズの傷はまるで無かったかのように癒え、破れて原形をとどめていない服の下に、彼女の白い素肌が覗くようにまでなっていた。
「う、嘘…………」
「な、何だよそりゃ……」
お互い理解できていない。
しかし、ルイズにとっては幸運以外の何物でもない。
そう思って、ルイズは面をあげる。
するとそこには、三木が……いや、人間ではない、何かがいた。
(何コレ? 口だけ頭…………)
(触手だけ頭? ………ああぁあああああ、何、何なの……)
「いやあああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああ!!!」
逃げた。
一目散に。
何も考えずに、ただひたすらに逃げた。
貴族の誇りだとか、ゼロの二つ名だとか、ガンダールヴを使役しているだとか。一切関係なかった。
ただひたすらに、走っていた。
「なに、何、何なのよ……」
自分が話していた男だと思った生き物は、人間ですらなかった。
しばらく走り、ルイズは一軒の民家の二階に走りこむ。
ガクガクふるえながら、先ほどの男を思い出す。謎の壺で助かったものの、突然殺されそうになったのだ。
何が何だか分からない。助かったことさえ理解できないのだから、素直に喜ぶこともできない。
「何、あれは……何、一体何なの…………」
ただひたすらに怖かった。
人間でないものと、人間同士の殺し合い。どうあがいても、ゼロの自分には勝ち目はない。
「サイト…………」
民家の二階から、恐る恐る外を覗く。サイトさえいれば、あいつにも……
いや、ダメだ。サイトだって敵わない。だって、あれは化け物なんだから。
そんなとき、窓の外に化け物が走っているのが見えた。
ほっほと、鈍重な動きを見せながら、三木と名乗っていたころと同じ頭を見せながら。
「こ…………こわい、…………」
相手は気づいていないのに、ルイズは恐怖で体が動かない。
カーテンを閉めるのも忘れ、目を背けることすらできず、ただじっと三木を見つめるばかり。
「…………やっぱり、俺と人間じゃ『殺し合い』にならなかったかァ……」
外から化け物の声が聞こえる。
そういえば、最初に会った時『殺し合う』つもりはない、と言っていた。
あれはこういう意味だったのだ。殺し合いではなく、虐殺をするつもりだと。
「しっかし、あの娘も最初は強そうにしてたけど、突然逃げるんだもんなァ……
殺し合いは許さないんじゃなかったのかな、言ってることが違うじゃないか」
そのつもりだった。
しかし、自分には無理だ。相手は化け物なんだから、どうしようもないじゃないか。
自分だって、サイトだって、タバサだって、殺されてしまうんだ。
どうしようもないじゃないか、あんな化け物。
「でもま、人間にしちゃよくやった方か、あの壺が無かったら食べられたと思うんだけどねェ……」
そうだ。あの壺のおかげで、自分はかろうじて命をつないでいる。
一体あれは何だったのだ。
ルイズは恐怖に震える体を無理やり動かしながら、命の恩人を確認すべくデイパックを再びまさぐった。
何も分からない支離滅裂な状況を、せめて1つだけでも理解しよう。
あの壺が自分の支給品なら、説明書ぐらい付いているはずだ。
そういえば、殺し合いが始まった直後は『秘密バッグ』の性能に驚かされて、他は名簿ぐらいしか確認していなかった。
ルイズは、デイパックの中にある壺の説明書を見つけ、それを読んでみる。
『エリキシル剤×2:HP超回復、MP超回復、LP超回復、生きている』
という表題の説明書。
中を読んでみると、どうやらこの支給品は使用者の傷を全快してくれるらしい。
さらに、これは『生きている』ものらしく、使用者の体力が20%以下になったとき、自動的に発動するのだそうだ。
個数は二個。さっき一個使ったので、残りは一個。
窓の外を見れば、化け物がまだうろついている。
これがあれば勝てる?
これをサイトに使わせたら勝てる?
(…………ば、馬鹿……私ったら何考えてるのよ)
無茶に決まっている。いくらサイトでも、回復アイテム一個では勝ち目がない。
もう一つの支給品、『秘密バッグ』にしたって、戦闘では使えない。
駄目だ。
(助けてサイト…………)
矛盾するような祈りを込め、ルイズは部屋の中でガタガタと震えている。
そんな時だった、ルイズの目の前に最後の支給品が飛び込んできたのは。
それは、彼女も一度だけ見たことがあるもの。
それは、彼女の使い魔が一度だけ使って見せたもの。
それの前で、彼女は一度、貴族の誇りを見せたもの。
「こ、これは……まさか……」
異世界トーキョーから来たアイツの前で、一番最初に見せた自分の勇士。
「さ、サイト……」
自分の最後の支給品は、サイトと共に闘った初のミッション。その時に、決め手となった武器。
サイト曰く、ロケットランチャー。伝承曰く、破壊の杖。
そうだ、あの時自分は叫んだではないか。
『魔法を使える者を貴族と呼ぶんじゃない。敵に後ろをみせない者を貴族と呼ぶのよ!』
と。
巨大なゴーレムにもひるまず、立ち向かって行ったではないか。
破壊の杖を手に取り、ルイズは思い出す。
そうだ。
自分はメイジだ、自分は貴族だ。
相手が人食いの化け物だろうと関係ない。だからどうしたというんだ。
メイジの杖は、貴族の誇りは、そんなにも容易く折れてしまうものだというのか。
(いいえ、違うわ)
破壊の杖を右腕に、秘密バッグを肩に、エリキシル剤を背中のデイパックに背負い。
ルイズは再び叫ぶ。
「そうよ、『魔法を使える者を貴族と呼ぶんじゃない。敵に後ろをみせない者を貴族と呼ぶのよ!』」
◆ ◆ ◆
民家を出たルイズが、三木を見つけたのはすぐのことだった。
もう逃げるつもりはなかった。究極のマジックアイテムと、サイトがくれた誇りが自分にはある。
「あれま、逃げたんじゃなかったんだ」
「……」
「まぁ、その方が都合いいけどね」
「…………アンタに一つ言っておくわ」
「?」
「アンタは一時とは言え、私の誇りを砕いてくれた。貴族の私が、敵に背中を見せて逃げ出してしまった。
でももう逃げない。貴族としてメイジとして、殺し合いに参加した化け物を見過ごすことはできない!!」
「殺し合いじゃないって、ただの食事だよ」
「問答無用!!」
破壊の杖を右肩に乗せたのが、戦闘開始の合図。
変形する三木の両腕が、幾筋もの刃となりルイズに襲い掛かってくる。
ルイズはその攻撃を無視し、できる限り三木へ近づこうとする。
(破壊の杖は単発。避けられたら終わり)
両腕と違い、三木本体の動きはきわめて鈍重である。
ロケットランチャーの弾を避けられるとは思わないが、それでも慎重を期したい。
避けられなくとも、すばやい両腕で防がれたら一巻の終わりだからだ。
ランチャーの砲身を盾に、三木の攻撃をかわしながら、ルイズはフーケ討伐に向かった頃のサイトを思い出す。
あの頃のサイトといえば、まったくなってなかった。
自分の使い魔だというのに、ツェルプストーに手を出したり、給仕の女の子に手を出したり。
おまけに自分の事をゼロのルイズと大笑い。
使い魔の取替えがきくなら、すぐにでも追い返してやりたいと思っていたものだ。
タバサみたいなドラゴンは無理でも、せめてツェルプストーと同等のサラマンダーぐらいは欲しい。
みすぼらしい服を着て、無礼な平民なんて、使い魔にふさわしくない。
何度も何度も思った。
でも違った。アイツは凄くいい奴だった。
いくつものミッションをこなした今だからこそ分かる。
フーケの時も、アルビオンの時も、アイツは誰より活躍してくれた。
ルイズの、自分の体よりはるかに大きなプライドは、彼の力によって優しく守られていた。
(……でも、アイツは………………)
伝説のガンダールヴだなんて言われても、やっと信じられるようになったばかり。
どこから、どう見ても自分と同年代の普通の男の子。
いくら、伝説の力を持っていても。
場違いな工芸品を操り、並みのメイジを遥かに凌ぐ戦闘力を持っていても。
それでも、アイツはただの男の子。
ルイズだって、考えたことがないわけじゃない。アイツは…………
三木の攻撃は激しさを増し、ルイズはまったく近づけない。
ランチャーを盾にして、攻撃を防ごうと思っても、そもそも三木の攻撃はほとんど見ることすら適わないので、実質防御率は0だ。
でも、不思議と恐怖はなかった。
背中に背負ったエリキシル剤はまだ発動していない。
三木の攻撃は本気には程遠く、だからこそルイズにも耐えられる。
寄生生物にも、かすかに存在する警戒心がルイズへの攻撃を緩めている。
しかし近づけない。この距離と、刃の雨では、ランチャーの照準を合わせることさえできない。
(だ大丈夫、チャンスは来るわ……アイツがエリキシル剤を警戒している限り)
ルイズはたった一度だけ、それでも確実に来るチャンスを待つ。
そして、その時は唐突にやってきた。
背中のデイパックから光が漏れる。
その光に三木がギョっとして、一瞬動きを止める。
そのチャンスをルイズは逃さず、一気に三木との間を詰めた。
背中のエリキシル剤が、光に遅れて飛び出してくる。
全自動『生きてるエリキシル剤』はルイズを追尾するが、標的は無視して突き進む。
三木はそんな一人と一個をみて、一瞬どちらを攻撃しようか迷ってしまった。
その迷いこそ、ルイズが求めた天文学的に低い確率の、だがしかし確実に来ると信じたチャンスだった。
「チェックメイトよ」
間合いをつめ、三木の首にランチャーを当てる。
このまま撃てば、首輪は暴発し確実に倒せる。
ルイズはそう信じて引き金を引いた。
◆ ◆ ◆
首を破壊された化け物は驚くほどあっけなく死んでしまった。
ルイズは右手に残る確かな感触をギュッと噛みしめるように握りしめる。
「やった……勝った………………」
弾きとんだ場所から、噴水のように湧き上がる鮮血。
人間と同じ真紅のそれを見ても、ルイズに悲しみはなく、大きな達成感のみが彼女の体を纏っていた。
ルイズにはそう、やらねばならぬことがある。秘密バッグの解明だ。
このバッグの仕組みさえ明らかになれば、殺し合いから解放されることも夢じゃない。
ここに連れてこられた、自分やサイト、タバサと言った罪なき人々を救いだすことができる。
その所業は、ヴァリエール家にとってもかつてないほどの偉業。
化け物を除いても50人近くいるであろう被害者たち全員を救済するのだ。
それだけじゃない。
空間を転移するとはすなわち、別の問題の解決をも意味する。
そこまで考えたとき、ルイズの目の前にサイトが現れた。
「さサイト……」
サイトはにこやかに笑ったまま答えない。
「あああアンタね、何やってたのよ、わわ私がヒドい目にあってたのよ。
とんでもない化け物でさ、両腕がこーーなってね」
ルイズの一生懸命なジェスチャーはオリジナルを全く再現していない。それでもサイトは笑顔を崩さずにいた。
「ああそうだ、あアンタ、トーキョーに帰りたがってたでしょ? 帰りたいわよね、そうに決まってるよね!!」
サイトがいくら伝説の使い魔でも自分と同じ年頃の少年。
ルイズだって、考えたことがないわけじゃない。
自分が家に帰りたいと思うことがあるように、サイトだって、時々はそう考えているはずなんだ。
「感謝しなさい、すっごい手掛かりを見つけたんだから」
いや、サイトの場合は、時々ではないかもしれない。
自分は会ったこともないけれど、優しそうな家族が彼にはいたはずなのだ。
そして、その家族はハルケギニアから遠く離れたトーキョーという別世界にいる。
連絡を取ろうにも、全く繋がらない異世界。
学院から実家に戻るとか、そんなレベルではない隔絶感が、孤独感となり、サイトに襲い掛かっているはずなのだ。
「このバッグよ、これの仕組みが分かればね……」
もしも自分が、サイトと同じ立場になったらどうなるだろう。
見たこともないトーキョーの街に、突然放り込まれたらどうなるだろう。
実家に帰ることもできず、学院に戻ることもできず。
会いたい友達もいない。常識さえ通用しない。お金もない、食べ物もない。
ないない尽くしの世界に放り込まれたら、自分はどうなるだろう。
「ねぇ、サイト喜びなさいよ。もうすぐ帰れるのよ、私がアンタを帰してあげるんだから!!」
だけどもう、そんな悩みからも解放される。
「ねぇ、喜びなさいよ。アンタもうすぐトーキョーに帰れるのよ…………」
サイトの表情は笑顔で、しかしどことなく哀しみをたたえたものだった。
【ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール@ゼロの使い魔 死亡】
◆ ◆ ◆
ルイズの放ったロケットランチャーは、確かに三木の首を弾き飛ばしていた。
しかし、その結末は彼女の望むものとは大きく異なっていた。
吹き飛んだ三木の首には、参加者全員にあるはずの首輪がなかったのだ。
ルイズは最初から、彼の違和感に気づいていたものの、最期まで首輪がないことは見抜けないでいたのだ。
そしてもうひとつ、首に接近しすぎたため、被弾面積が小さくなり、実質的に三木が受けたダメージが少なくなったことも、彼女の敗因となった。
舞い上がる血しぶきと、打ち上げ花火のように飛び上る首。
それを見て彼女が勝利を確信したとき、『三木』の右腕にいた『後藤』が、三木の支配を逃れ、ルイズの心臓を突き破った。
遅れてやってきたエリキシル剤も、心臓が破られ生命活動を停止した体には効果がなく、ルイズは結局息を吹き返すことがなかったのだ。
「それにしても酷い出血だ……、おい『三木』戻って来い」
右手にいた後藤はすぐさま頭部に移動し、三木を呼び戻す。
「いやぁ面目ない」
「話にならんな、やはりお前は右手でいるのが分相応のようだ『三木』」
「いやでも、あの壺凄かったんだよ」
「壺などどうでもいい、当分は眠っていろ」
そもそも、三木が壺を必要以上に警戒しすぎたことが今回の原因だ。
最初から自分が出ていれば、出血もなく食事に取りかかれただろうに、どうにも三木は信用できない。
まぁ、何事も慣れだと思っているので、いずれは自分と同等の存在になれるだろうが、それはずっと先の話だ。
「…………ふぅ、少し、だるいな」
右手の支配権を取り戻したことを確認し、後藤は体の様子を確かめる。
出血がひどい。前回も三木に任せた時、同じようなことがあった。
とりあえず、手元にある餌を食べ、落ち着くこととしよう。
彼は、かつてルイズと呼ばれた肉塊を口に運ぶ。
それは決して、満足できるものではなかった。
「とてもじゃないが、足りないな……」
ルイズの体は小さい。後藤は寄生生物の中でも図抜けた大食漢である。
おかわりが欲しいな。そう思って彼は、深夜の街を歩くのだった。
【一日目深夜/F-10 地図にない民家の前】
【後藤@@
寄生獣】
[装備]なし
[支給品]支給品一式、ランダムアイテム×3(本人未確認)
[状態]軽度の疲労
[思考・行動]
1:餌が足りないので、おかわりが欲しい。
[備考]
1:後藤には首輪が付いていません。体のどこか別の場所に同等の機能を持つものが付いています。
2:F-10近くにルイズの死体と秘密バッグ@
ヴィオラートのアトリエ、破壊の杖@
ゼロの使い魔(残弾0)が落ちています。
3:エリキシル剤@ヴィオラートのアトリエはすべて消費しました。
時系列順で読む
投下順で読む
後藤 |
055:少女と獣 |
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール |
|
最終更新:2010年06月12日 01:27