「ちょっと!アンタそれ卑怯でしょ!」
「ふ、ハンデまであげてるのに何を言ってるのかしら。」
「ハァ?こんな技使われたら勝てるわけないじゃん!」
「じゃあ使われる前になんとかしなさいよ。」
ぎゃーぎゃーわーわー
休日の昼下がり、受験生の俺・高坂京介の部屋は、とても勉強しようとは思えない喧騒に包まれていた。
ゲームを振り回して大騒ぎしている妹・高坂桐乃と俺のベッドに寝転びながらその罵詈雑言を受け流す妹の友達で俺の後輩の黒猫、
そしてそんな二人に挟まれてもωみたいな口で涼しい顔をしている同じく妹と俺共通の友人である沙織・バジーナ。
机に座り、頭をかかえる。
えっと、なんでこんなことになってるんだっけ?
今日は確か―――
「ふう…。」
俺は一息ついて、数学を解く手を止めた。
両腕を伸ばすと、ゴキっという大きな音が鳴る。
桐乃が帰国して最初の土曜、今日は黒猫や佐織が遊びに来るらしい。
帰国してから桐乃は手続きやらなんやらで毎日大忙しだったようだ。
俺は俺で学校を土日を挟んだとはいえ結局丸々2日間サボってしまい、ノートやら課題やらで大変だったのだが、
「たった数日で付いていけなくなるなんて日頃きちんと勉強してない証拠じゃん」などと桐乃に言われた。
まったく、誰のためにこんなことになってると思ってるんだ。
立ち上がり階段を下りると、桐乃がリビングのソファーに座っていた。なにやらソワソワとしている。
なにをしているわけでもなく、落ち着かない様子だ。
「おい、あいつら来るんだろ?まだ来ないのか?」
台所で麦茶を取り出しながらそう声をかけて気づく。しまった、こんなこと言ったら…
「うざ……、あんたには関係ないでしょ。」
いかにもめんどくさそうに振り返り、桐乃は言った。
あのなー、関係ないってわけはないだろ、大体あいつらは俺にとっても大切な友人なんだぞ。
などとはもちろん口には出さない。
あれほど力なくうなだれていた人間とは思えないほど急速に元気になっていった桐乃。
やっぱりこいつはエロゲーやって、オタ仲間に囲まれてワイワイしてるときが一番活き活きしてるんだよな。
多芸でいろんな才能に恵まれてるやつだが、本当に好きなことを封印して突っ走れるほどの求道者じゃねえんだ。
「へいへい、受験生は二階で一人勉強してるよ。」
久しぶりに集まる妹の仲間達の邪魔をしたりはしねーよ。
俺は麦茶を手に階段を上る。
「なによ、ニヤニヤして、気持ち悪い。」
そんな悪態を背中で受けても俺はもう平気なもんだ。
おい、慣れたわけじゃないぞ。
子一時間ほどたっただろうか。
「ピンポーン♪」
インターフォンがなった。
どうやら二人が到着したようだ。
階下から沙織の声が聞こえる。桐乃との再会を心から喜んでいるようだ。
一応挨拶だけでもしとくか、黒猫はともかく、沙織は俺にとっても結構久しぶりだしな。
寝転がっていたベッドから起き上がり、ドアを開ける。
まあ受験生の集中力なんてこんなものだよ。
「よお、久しぶりだな。」
階段を降り、声をかける。
「やや、京介氏、久しぶりでござるな!」
桐野を抱きしめたまま顔をこちらに向ける佐織。
相変わらずの特大ぐるぐるメガネをかけていたが、はっきりと分かる笑顔。
こいつ本当に桐乃のこと大切に想ってくれてるんだな。
「ちょ、ちょっと、離しなさいよね。」
沙織の胸でもがく桐乃。
ホントに嫌だったら力ずくで引き剥がすだろうに、素直じゃない。
俺は全力で再会を喜ぶ沙織の背後に目を向ける。
空港で見た時と同じようなゴスロリファッションに身を潜め、静かに立つ黒猫。
実は俺は帰国してからまだゆっくり黒猫と話せていない。
事の顛末はすべてメールで知らせていたものの、学校では忙しくて全然話せていなかった。
バイトのない日は毎日ゲー研に顔を出しているらしいが、帰国後一度顔を出したときには黒猫はいなかった。
ん?こいつ、また緊張してるような……。
「よ、よう。」
あれ、なんで言葉が詰まるんだ?
黒猫は視線をこちらに向け小さく会釈する。
その瞳を見るだけで、なぜか頬が熱くなり、あの柔らかな感触が蘇り――
「二人とも、今日はゆっくりしていけよ。」
俺は誤魔化すように背を向けた。
なにやってんだ俺は。
「はぁ…。」
参考書の内容もまったく頭に入ってこない。
無意識に頬を触っていることに気づく。
なにやってんだ俺は、これじゃあまるで恋する乙女じゃないか。
今の今まで頭の片隅に追いやられていた疑問が再び脳裏を巡る。
あの時、なんで黒猫はあんなことをしたのか。
ただ背中を押してくれただけなのか。
「あーーーー!」
わかんねーわかんねーわかんねー。
単にあんな感じのシーンがあいつの好きなアニメであっただけなのかもしれない。
ってか今時の女の子って簡単にあんなことできんの?
麻奈実とかもあんなことするんかね。
俺にはもうわかんねーよ。
ドン、ドン、ドン……
慌しい音が階段から聞こえる。
これから桐乃の部屋でまた大騒ぎなんだろうな。
まあ沙織がいるなら大丈夫だろ。
今はあまり色々考えたくない。
ツッコミとかもしたくない。
ガチャ
「邪魔するでござるよ、京介氏。」
「ってなんで俺の部屋なんだよ!」
やべ、つっこんじゃった。
お前ら桐乃の部屋で遊ぶんじゃないの?
なんで俺の部屋に普通に入ってきてんの?
「はっはっは、何を今更。拙者と京介氏の仲ではござらんか。」
お前とそんな仲になった憶えはないぞ。
って黒猫も普通にベッドに座ってるし、お前らにそんなにくつろがれたら
「……あんた、人が海外行ってる間に、なにやってたわけ?」
ほら見ろ、妹さまがお怒りだ。
そりゃ桐乃からしてみれば自分の友人を取られたように思うよ。
とはいえ、桐乃がいなかったからなんとなく俺の部屋に集まってたなんてのも言いづらい。
「別に何もしてねーよ。ほら、お前らふざけてないで……」
「あら、今日は先輩の部屋で遊んではいけない日だったのかしら。」
そういうわけじゃねーよ。黒猫お前くつろぎすぎだ、もうノーパソ取り出してるし。
「まあまあ、いいではござらんか。とりあえず今日は京介氏の部屋で遊ぶということで。
きりりん氏もそれでよかったでござるな?」
いや、桐乃がいいって言うわけがないじゃん。
「別に、いいケド……。」
え?あれ?
そんな感じで、かつてない人口密度となっている俺の部屋。
俺の枕に身体を乗せ、ベッドに寝そべっている黒猫。
そして部屋の真ん中でくつろぐ佐織の奥、入り口のところで座っている桐乃。
うーん、俺の部屋にあの桐乃がいるなんて、なにやら落ち着かない。
ってか桐乃の部屋のほうが広いじゃん、なんでこんな狭い部屋で遊ぼうとするんだよ。
どうやら落ち着かないのは桐乃も同じのようで、黒猫と言い合いながらも床にへたり込んだ足を先ほどからそわそわさせている。
まあこいつにとっては大嫌いな兄貴の部屋で遊ぶことになって気に入らないんだろうな。
とりあえず三人で最新のゲームを交代で対戦してたみたいだが、
ただでさえ格ゲーが弱い上、帰国したばかりでこのゲームはまだあまりやってないらしい桐乃は負けっぱなし。
しかも黒猫のやつは(これでも手加減してるらしいが)遠慮なく桐乃の使うキャラを瞬殺している。
最終ラウンドで自キャラを秒殺され、桐乃はゲームを放り投げ立ち上がった。
「あーもうやってらんない。アンタちょっと自分がゲームが得意だからってやること暗すぎ。」
「フッ、海外留学から逃げ帰って以来ずいぶん負け犬根性が身に付いたみたいね。
諦めのよさには関心するわ。」
「得意分野で相手をフルボッコにして憂さ晴らしなんてして、そんな根性じゃどうせ学校でも友達もロクにいないんでしょ。」
そんな桐乃の悪態には答えず、黒猫は視線をこちらに向け、俺と目が合うとかすかに赤面して、視線を外す。
そうだよな、お前がんばって友達作ったもんな。
お前だって桐乃が逃げ帰ってきたなんて思ってもいないくせにな。
ったく、お前らホント素直じゃねーよ。
「まあまあきりりん氏、ゲームはこれぐらいにして、そろそろ本題に移りましょう。」
「本題?」
「そう、せっかくきりりん氏も帰国されたのですから、今年の夏は盛大に楽しみましょうではありませんか。」
「それって、夏コミのこと?」
「はいでござる。きりりん氏は冬コミは参加できなかったので、去年の夏以来でござるね。」
そうか、もうすぐあの夏コミから一年になるのか。
去年はあやせと揉めて大変だったが、今ではいい思い出、ってほど綺麗にはまとまってないな。
なんせ俺まだあやせには嫌われたままだしなー。
「フン、去年の夏みたいなお守りはうんざりだわ。」
「またまた~、黒猫氏は冬に一緒に参加できなくって寂しそうでござったよ。」
「適当なことを言わないで頂戴。呪い殺すわよ。」
「ハッハッハ、それででござるな、今年は……」
沙織の話をまとめるとこうだ。
沙織が黒猫とサークル参加するため、今年はみんなで本を出そうということらしい。
俺は同人誌についてはまだよく分からないのだが、
一冊の本を何人かで作ったりすることはよくあることだそうだ。
どうやら沙織と黒猫は桐乃にもせっかくだから売り手側を経験してもらいたいと考えてたようだ。
「えーそんなのあたしやったことないしぃ、絵は自信ないっていうかぁ。」
「別にあなたの画力に期待なんてしてないから、何を書いてくれても構わないわ。
でもあんまりスイーツ臭いのはやめて頂戴。」
「アンタのオサレ系厨二マンガみたいなのを真似しろっていうわけ?」
ったく、すぐに言い争いになるなこの二人は。話が進まん。
「あーもうケンカするなって。それで沙織、これは本当に好きなものを書いていいんだな?」
「もちろんでござるよ。自分の好きなものを創り出すことが同人の一番の楽しみでござる。」
なるほど。確かに去年夏コミに参加したとき、参加者達はみんな好きなように作品を創ってたな。
最初はなんでこんなにエロ本ばかりって思ったが、実際はエロ以外もたくさんあったし。
「だってよ。桐乃、お前メルルのマンガとか描いたらいいじゃねーか。」
「はぁ?なんであんたに何を描くか指定されなきゃいけないワケ?」
あーウザ、桐乃は呟く。
でもお前メルル描くんだろどうせ。
「まあまあ京介氏。ちゃんと京介氏の分のスペースもありますから、メルルが描きたければ描いてくだされ。
もちろん、エッチなのでいいでござるよ。」
「描かねえよ!」
「え!?エッチなの描かないのでござるか?」
「そっちじゃねえよ!俺も参加決定してんのかよ!」
俺、一応受験生だよ。
そんなこんなでその後は何を描くか、どうするかで大騒ぎ。
結局俺も2ページ描くことになってしまった。どうしようマジで。
夕方になり、とりあえず今日はお開きで各人来週までにどうするか決めることになった。
「ではきりりん氏、京介氏、期待してるでござるよ。」
「……。」
玄関で二人を見送る。黒猫は先ほどから無言だ。
いつもの寡黙さとは違うような気がする。
こういう時のこいつは、何かあるんじゃないのか?
「おい黒猫、どうかしたのか?」
「…なにかしら?」
「いや、何か言いたいことでもあるんじゃねーの?なんかそんな気がしたんだが。」
肩をわずかに震わす黒猫、分かりやすいやつだ。
「別に、何もないわ……。」
「そうか、ならいいんだが。」
まあ話してもらえないのなら仕方がない。
それに、そもそも今の黒猫にはもう俺のおせっかいなんていらないだろうしな。
「じゃあまたな。」
娘を嫁に出す父親の一抹の寂しさってこんな感じなんだろうな。
黒猫と沙織は俺達に会釈すると、そのまま二人ならんで帰っていく。
「………キモ。」
そんな俺に一瞥し、桐乃もさっさと階段を上がっていってしまった。
なんだよその捨て台詞。
二人が帰った後の俺たち兄妹に会話はない。
桐乃はあのまま部屋に篭ったままだし、俺も自室で勉強だ。
これが普通なのだし、おかしいとも思わない。
アメリカでの一件でどうとか、そんなもんで何かが変わったりすることなんてない。
俺たちは互いが大嫌いなんだからな。
~♪~~♪
ケータイが鳴る。
誰だ、って黒猫か。
「もしもし。」
「あ……」
「ん、どうした?忘れ物か?」
「さっき、その……、言えなくて………」
なにやら歯切れが悪い。
さっき?さっきっていつだ?
「あの先輩……、実は、
お願いが、あって………」
「あぁ。」
「その……同人誌の資料で、頼まれてて、それで……その……デ、デッサンをさせてほしいの………」
「デッサン?って何をだ?」
「先輩の……か、身体……」
え?なんだって?
「俺の、身体を、デッサン?お前が、俺の?」
「…うん。」
ええええええええええええ
続く
最終更新:2010年01月26日 01:25