5-116



部屋は心の鏡とはよく言ったものだ。
どこの部屋にも置いてるであろう生活用品以外に特筆して目立つ物のない俺の部屋は、俺の心をよく現している。
自室というものは、自分の有り体であり、心そのものであると俺は思うわけだ。
妹の部屋は俺の部屋なんかより、より心の有り様が見て取れる。
一見すると、なるほど近頃の女子中学生らしくぬいぐるみや、可愛らしい柄のカーテンが窓にひかれ
本棚には参考書や陸上の本が陳列しており、部屋はよく片付いている。やるべき事はキッチリとやり、
他人に負い目を見せない妹の性格がよくよく現れている妹の部屋。
そう、それは間違いなく俺の妹・高坂桐乃らしい空間であり、妹を普段からよく知る人間がこの部屋を見て
「高坂桐乃の部屋」だと言われたら、誰もが信じて疑わないだろう。
でも他人の心なんて実は誰もわからないものだ。妹は確かにそういう人間であるけれども、それは一面でしかない。
妹の部屋は和室を無理やり洋室にリフォームした為か、洋室には不似合いな押入れが存在する。
そしてそこには、桐乃の普段は見る事のできない、オタ趣味満載の面が詰め込まれている。
オタ趣味を理解してくれて、なおかつ信用の置ける人間にしかそれを公にしない桐乃の心を
その部屋は如実に物語っているわけだ。まあ俺がその秘密を知っちゃったのは奴にとってイレギュラーの事態が起こり
仕方なく公開した訳で、俺をまるごと信用して見せてくれた訳じゃないと思うんだけどね。
つまりその、なんだ、部屋が心であるなら、そこに土足でズカズカ踏み込むような真似は慎むべきだってことを俺は言いたいんだね。
特に思春期の少年少女の部屋なんて注意しなきゃ駄目なんだから‥‥
ここまで言って俺の言いたい事の分からない人間なんていないだろ??え?いるの?
だからさあ‥

人の部屋に入る時はノックをしろってことだよ!!!

「~~~~~~~~!!」
「あれ?アンタこのくそ暑いのに毛布かぶって何やってんの?」
季節は夏―――外ではセミがにぎやかに鳴いており、間違っても頭から毛布なんてかぶる事のない心躍る季節‥
「な、何でもねえよ。いや、何でもない事はなくて、凄まじい寒気と悪寒が俺を襲ってるんだよ!」
ああ‥我ながらなんて苦しい言い訳なんだろう‥
俺、高坂京介は何も予定のない夏の休日、この日は朝からやる気を出してひとり勉強に励んでいたのだが、
途中でちょっと調べたい事があったので、妹から借りたノートPCを起動したのが全ての間違いだった。
いや、違うんだよ?もちろんWINDOWSが起動した後はプラウザを起動しようとしたさ!
でも、プラウザの横に昨日寝る前にダウンロードしたアダルト動画のファイルが燦然と輝いていたんだよ。
あれ?何でこんなファイルが?と思ったけど、何の事はない。いつもは見終わったら消去するんだけど、
これがなかなかどうして上玉の眼鏡ッ子AV女優の動画でね‥うへへ!昨夜は二回も抜いちまった。
だから消すには惜しくて、もう一度見てから消そうと思ってたのさ。ああ、その時からもう地獄へのカウントダウンは始まってたんだ。
ベッドの上で横向きに寝ながら自家発電に励んでいたところ、妹がノック無しに部屋に入ってきやがった。
こういう事態に陥ったことが無いわけではない。でもそれは相手が母親の場合だ。
母親だったらこんな時は俺が何をしていたかすぐに察知して撤退してくれるのだが、いかんせん今回は相手が違う。
「え?なに、夏風邪にでもかかったの?どうなるの?死ぬの?」
「死なねえよ!」
絶対に見つかりたくねええ!何でかわからんが、桐乃には絶対に見つかりたくない!
ベッドの上で饅頭のように毛布にくるまった俺を見て、桐乃はさぞ訝しげに思ったのか、不審そうに色々伺ってくる。
「何でそんな丸まった体勢で寝てんの?」
「それはね、こうすると気分転換になるからだよ」
「何で毛布の中にコードが繋がってんの?」
「それはね、電気湯たんぽで暖をとっているからだよ」
「何でそんな声が震えてんの?」
「それはね、あまりの寒気に発声もままならなくなってきたからだよ」
赤頭巾ちゃんのようなやり取りを、外の世界からシャットアウトされた半ケツ状態の俺と交わす妹。
俺は毛布にくるまっているので、外の様子が確認できないのだが、桐乃は俺の様子が尋常じゃないと見てさすがに心配になってきたようだ 。
「ちょっと大丈夫なのそれ?」
「だ、大丈夫だ。何の問題もねえ」
「キモ!全然大丈夫そうに聞こえないんですけどー!?声がガタガタしてるよアンタ!?」
「だ、だから大丈夫だっつってんだろ!寝てれば治るから出てけよ!ゴホゴホ!!」
ぐぅぅ‥‥!いつもは俺がどうなろうと心配のひとつもしねえくせに、どうしてこういう時だけ‥!
ちょっと演技が迫真に迫りすぎちまったみたいだ。声がガタガタしてるのは本当に恐怖におののいているからだけどね!
とりあえず何とかして桐乃を外に追い出さなくては。一瞬で良いんだ。十秒あればパンツを履いて、
PCの電源を落として、その後はどうにでもなる。この現在の毛布の中の状況だけは知られる訳にはいかない。
何か上手く桐乃を外に追い出す方法はないものか‥そうだ!
「うう‥‥どんどん調子が悪くなってきた‥桐乃、悪いが体温計を一階から持ってきてくれないか」
なんというナイスアイディア。幸いなことに、今日の桐乃は柄にもなく俺を心配しているようだし、これぐらいは聞いてくれるだろう。
まったく、普段からもう少しこの兄を気にかけてくれるようならいいんだが。
「そ、そうね。ちょっと待ってて。今持ってきてあげるから」
はあ‥‥何とかこの場を切り抜けられそうだ。さて、とりあえずパンツを履かないとな。
毛布の中でひとり勝利を確信していた俺だが、桐乃が部屋から出ていく気配が感じられないので、毛布越しに見えない妹に声をかける。
「‥‥桐乃?どうした?早く体温計を‥」
やっぱりろくな作戦じゃなかったか?ぐぅ、確かにこんな時にまず熱測ってる場合じゃないか‥
と、思っていたらいきなりベッドの上に自分以外の人間の体重がかかり、ギシッと音を鳴らした。
「お、おい!桐乃っ!?」
「ね、熱、測ってあげるからちょっと出てきて!」
なんと桐乃が俺の毛布を剥がしにかかってきた。もはや俺の最終防衛線といえる毛布を、だ。
もちろん俺は最大限の抵抗を試みる。亀の子のように丸まり、四肢で毛布を巻き込む。
「はぁ?何言ってんだよ!熱測るなら体温計があるだろ!どうする気だよ!」
「い、一階のどこに体温計あるのか忘れちゃったの!あ、あああたしが測ってやるって、言ってんの!」
何言ってんだ!陸上の大会の日の朝に欠かさず熱測ってんじゃねーかよ!それに測るって、どうやって!?
「ほ、本当は死ぬほどイヤなんだけどね??緊急みたいだからおでこで測ってあげる!」
何だと!?いや、ヤバイってっそれはヤバイって!それもヤバイって!
全力で俺の毛布を引き剥がしにかかる桐乃。
「し、仕方ないじゃん!?アンタ、けっこーヤバそうなカンジだし!?ふ、不可抗力っての!?」
ヤバいのはこの状況なんだよ!毛布にくるまりながらPCを抱え込む体勢では、両手で毛布を引っ張る桐乃に対し、
だんだん分が悪くなってくる。俺、風前の灯火。もはや最後の牙城は崩れ去ろうとしていた。
「やめろ!この毛布を剥がすと恐ろしいことになるぞ!」
俺の必死の抵抗もむなしく、桐乃は鼻息をフンフン鳴らしながら毛布をめくりさろうとする。
「う‥るさい!いいから出てこいっ!」
やめろ、いま毛布を剥がすと本当に恐ろしいことになる。何故なら、お前の位置から毛布をめくると――。
「え‥‥えっ?」
俺の半ケツが出てくるからだ。

「ぎゃ、ぎゃぁあああ!!何してんのアンタ!!へ、変態!露出狂!!」
「い、いやこれは‥!」
桐乃は俺の半ケツを見るや否や、悲鳴をあげながら俺と逆方向のベッドの端まで退いた。パンツ見えてるぞ。
涙目でパンツを上げる俺に、同じく涙目で顔をゆでダコのようにした桐乃が真っ赤にしながら抗議する。
俺が何をしていたのか、こいつもどうやらようやく、ようやく分かったらしい。
「あ~最悪!今日の夢に出たらどうしてくれんの!?最悪最悪最悪最悪‥‥」
あああ、俺だって最悪だよ。今日は何て最悪な日なんだ。よりによって、妹にオナニーの現場を抑えられるなんて‥
その後も、桐乃はブツブツと俺に批難をぶつけていたようだが、放心状態の俺の耳にはもう何も入ってこない。
ただ俺は目の前の虚空を眺め、この後の人生の身の振り方を考えていた‥もう死にたいよぅ。
いやいや‥ただオナニーを見つかったことぐらい、どうだと言うんだ‥そうだよ、世の中にはもっと辛い事だってあるさ。
「ね‥ねえ」
そうだ、こんな事は苦じゃないんだ。親父にぶん殴られた時に比べれば
「ねえってば」
あ~そうだ、今日は麻奈美と図書館に行って勉強しよう。うん。もうそうしよう。
「ねえ!!」
「何だよ!!」
うるせえな、こいつまだいたのかよ。俺をどこまで追い詰める気なんだ。もう頼むから部屋から出て行ってほしい。
俺はそうお願いするべく、横から声をかけてくる桐乃様のほうを見やった。
「‥‥‥」
はて?こいつはどうして、俺の服の裾を掴んで顔を赤らめているのだろう。
俺も細かいことを思考するのをやめ、妹と間近から見つめ合う事にした。何だこの状況。
しばしの静寂の後、妹の方が先に口を開いて聞いてきた。
「で‥どうだった?」
「は?何が?」
こいつは一体何を聞いてくるんだ?Tシャツとパンツ姿の俺は、訳も分からずただ妹と見つめ合う。するとさらに妹は聞いてきた。
「だから‥どうだった‥って聞いてんの‥!やってて、こ、興奮してたの?」
ああ?エロ動画のことか?そりゃあもう赤フレームの眼鏡のAV女優は俺のストライクゾーンを捉えたね。
こうなればヤケだ。もうどうにでもなぁ~~れ♪
「ああ、興奮した!」
俺は心中涙目ながら胸を張ってそう答えた。すると桐乃は「ふ、ふうん‥」とつぶやいて顔を赤らめたまま目を伏せる。
おいおい、何だその態度は。そりゃ目も伏せたくなるだろうけどさ、そろそろ勘弁してくれよ。
顔を上気させたまま俯いていた桐乃だったが、数瞬の後、意を決したようにいきなり顔を上げ、再び詰問してくる。
「やっぱり、兄貴は‥ああいうの好きなの?」
「――す、好きだよ。好きなんだから仕方ないじゃんかよ」
「い、いつもああいうので‥その、ひとりで‥してるの?」
「ぐっ!ああ、そうさ!いつも同じようなジャンルでオナニーしてるよ!!」
「ほんとに?ほんと?」
「本当の本当だよ!」
ああもう何を聞いてくんのコイツ!?しかもそれにことごとく答えちゃう俺って何なの!?
それに、こいつはこいつで「へ、へ~‥そうなんだ‥」とか言いながら頷いてるし‥
ふと気付くと、桐乃の視線が俺の視線と交わらず、俺の顔より下に向けられている。んん?俺の体に何か‥?
「なんかパンツに染み出来てるけど‥何それ?」
桐乃がそう言って指をさした先には、良い所でオナニー中断された為か、悲しそうに小さくカウパー汁が先っちょに染みている俺の股間のテント。
「こ、これはお前が途中で入ってくるから!」
もうこれ以上の恥はないと思っていたが、さらに恥の上塗りをされた。
きゃあとかキモいとか言いながら顔を両手で隠す桐乃。もう耳は真っ赤である。もちろん俺も真っ赤っ赤。
ぐう!もう泣いてもいいよね?頑張ったよね俺?もう完走(ゴール)してもいいよね?
はあ‥もう今日は厄日だ。これ以上まともに桐乃と顔を合わせられる気力はない。
俺は今度こそ、桐乃に部屋から出て行って欲しいと頼むべく、桐乃の方を見て、たまげた。
股間から顔を上げると、鼻息のかかりそうな距離に桐乃の顔があったからだ。
その刹那、電流のような感覚が俺の下半身に走った。月並みだけど、本当に電気が走ったかと思ったよ。
桐乃が俺の股間に手を置いていたからだ。口をパクパクさせてる俺に、桐乃が顔を紅潮させたまま言った。
「途中で中断されるのって、辛いんでしょ?よ、よかったらあたしが抜いてあげよっか?」
「な、何言ってんの!?そんなのダメに決まってんだろ!!」
こいつは何て事を言い出すんだ。いま自分が何を言ったのか分かっているのだろうか。
我が耳を疑ったが、桐乃の方は大真面目なようで、俺の股間をさすり始めていた。
「だ、だって確かにノックしなかったのはあたしがほん~~~~の少しだけ悪かったかも知れないし‥」
ほんの少しどころじゃねーよ!お前さえ気を付ければこんな事にならずに済んだんだよ!
実の妹に股間を触られてドン引きしている俺とは裏腹に、桐乃は顔をうっとりさせながら体を密着させてくる。
いくら実妹とはいえ、ティーンズ誌のモデルをやっているような妹だ。そんな奴が
俺のチンチンをさすりながら俺を押し倒してるときたもんだ。たまったもんじゃない。てかヤバいでしょこの状況?
気付けば俺は完全に桐乃に組み伏せられていた。いつかと同じ状況だ。
「それに、あたしの貸したやつでオナニーしてくれてたのって、う、嬉しい‥かな?」
何が嬉しいの?え、自分のPCをオナニーに使われると嬉しいって、ごめんぜんぜん意味わかんねえよ‥
俺の妹はとんだ変態ということなのだろうか?どこの世界に自分のPCを貸し出して、
オナニーに使われたら興奮する性癖の輩がいるというのだろうか。いや、目の前にいるんだけどさ。
これが俺の立場だったら、嬉しいどころかキレる場面だと思う。だが、妹は嬉しいと言う。

「あのね、本当にしてくれてるとは思わなかったんだ。もしかしたら‥もしかしたら、してくれてるかなって
そんな風に期待してたの――。あ!でも今日のは本当に事故だよ??わざとオナニーの現場を見ようって思ったわけじゃなくて‥
その‥ちゃんとやってるかな~って思って。だって、アンタ言わないとやらないじゃん?で、ちょっと様子見にきてあげたら‥
や、やっぱり兄貴ってそういうの好きだったんだね‥?あたしだけ思い込んでたワケじゃないんだ‥」
なんて奴だ。俺にPCを貸し与えて、それでオナニーしてるかどうか期待していたというのかよ。
桐乃は俺にのしかかりがら、俺の胸の上に指を置いて、のの字を書きながらもじもじしている。
やべえ‥やはりこの状況は不味い。さっきから桐乃はいつになくしおらしいもんだから、俺もちょっと調子が狂う。
「そ、それで!どんなシーンで抜いてたの!?」
何聞いてくるんですかアンタ!?しかし、その勢いを留めぬままに俺のフィニッシュシーンを聞き出そうとしてくる桐乃。
「今回貸したやつって、いわゆる『おしかけもの』ってやつだからさ、そ、その‥例えば今のあたし達みたいな状況の
シーンとか沢山あったでしょ??それで凄い興奮したんだよね!?や、やっぱり今みたいな状況って興奮しちゃうの‥?」
「‥は?そんなシーンなかったけど‥」
「え?」
俺の見ていた動画は、眼鏡ッ子AV女優のハメ撮りもので、物語仕立てであったり、シナリオのある作品ではなかったのだが。
桐乃は自分の期待していた返答と、俺の返事の内容がかなり違っていたようで、とたんに表情を曇らせる。
「そ、そ、それじゃ何ちゃんを攻略したの!?それだけでいいから言ってみて」
「こ、攻略って!えっと‥鈴木ありすって娘だけど‥」
「鈴木ありす?そんな子いたっけ?」
「いや、お前は知らないと思うよ。そもそもそのAVダウンロードしたの昨日だし‥」

『ビシッ』という音がどこからか聞こえた気がした。一瞬にして部屋の空気が張り詰めた。
そして、気のせいじゃなければその緊張の発信源は、おそらく目の前の妹である。

「え、‥AV‥?」
「借りてたPCをオナニーに使ってたのは謝るよ‥けど、お前も嬉しかったんだろ?俺もさっきのお前のことは忘れるからお前も―
ん?どうした桐乃?ノートPCなんて持ち上げてどう‥」

「嬉しいわけ‥あるかーーっ!!死ね!」

ガシッ!ボカッ!俺は死んだ。





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最終更新:2010年05月21日 09:12
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