人生相談、最後だから。
あいつがそういってから一週間。
俺達の関係は今までと変わらないままだった。
相互不干渉。
休日の図書館の勉強会、
麻奈美と別れて帰宅したが、相変わらず妹様はリビングのソファを占有していらっしゃる。
どうやら話し方から察するに電話の相手は「表の友人」の様だ。
形式程度にただいま、と呟くと、親父譲りの鋭い眼光で俺を睨み返しやがる。
俺の声が電話の向こうに伝わるのも嫌そうに眉をひそめる。
なんだよ。
最後、なんだから、一刻も早く俺を解放してくんねーかな。
ちっ。
こういう時に限って、両親とも久し振りの夫婦水入らずの温泉旅行だそうだ。しかも、桐乃からのプレゼントだとか。
出立前のお袋の嫌味を思い出し、げんなりした俺はさっさと自室に引き下がる。
やることも無いので、桐乃が無理矢理貸したままのパソコンで、シスカリのオンライン対戦に挑む。
なんで妹物のエロゲーなんかやらなくちゃならないんだ?と呟きながら、次々とオンライン対戦者に挑んでは……負け続けた。
まったく、ゲームでも俺は妹様に勝てないのかよ?
そうこうしているうちに、夕食時になる。
我が家の親父様は7時には帰って来て、一家で食卓を囲むのが習わしとなっている。遅れると、夕食抜きだ。
ヤバい。
つい、階段を駆け降り、テーブルについたが、
……考えてみたら両親とも出掛けてるじゃん。
軽く脱力した俺は微妙な違和感に包まれたが、その時はあまり気にしないでいた。
テーブルには、二人分の食事、のようなもの、が並んでいた。
のようなもの、
ってなんだよ、って感じだが、他に表現しようがない。
少しゆるい感じのご飯に、味噌汁、軽くコゲた……これはアジの干物、だったものか?
それと、お袋が作り置きしていったのだろう、きんぴらごぼうと、菜物のおひたし。
それと水切りの甘い冷や奴。
おそらく、この製作者とおぼしき唯一の人物の姿が、そこには見受けられない。
なにやってるんだ、桐乃は?
風呂場の洗面台の辺りで、なにやら水の流れる音がする。
ん?
なにやってんだよ?夕飯だろ?
呼び掛けるが、
返事がしない。
慌ててドアを開けると、水の流れ続ける洗面台の前にに桐乃が、居た。
顔面蒼白で、へたりこみながら。
妹の手首から先は水面に浸かっていた。
鮮やかな緋色の中に。
おい!桐乃!
冷静さを失った俺は桐乃に駆け寄る。
青息吐息とはこういうことか、と、言わんばかりの妹の体温は少し、低い。
ますます落ち着きを失った俺は、桐乃!桐乃!と、妹の名を叫ぶ。
ふっ
と、桐乃が薄目を開いて、
兄貴…
と、呟いた。
ほっ
とした俺はまず、妹の手を水の流れから現世に引き戻す。
リストカット
ではない。
単なる包丁傷だ。
なんだよ。
思わず口をつく、安堵と怒りとない交ぜになった言葉。
見ると、桐乃は薄いキャミ一枚。
さっきまで袖を通していたブラウスと、丈の短いスカートが血塗れで脱ぎ捨てられている。
抱き抱えた妹の身体は、濡れそぼり、少し甘い匂いと、
それから血の臭いがした。
げし!げし!
衝撃音と共に、みぞおちと股間にに痛みが走る。
いってえええ!
なに?なんなんだ?
……どうやら妹様が意識を取り戻した様だ。
開口一番、俺に罵声にならない罵声を浴びせた桐乃は、もう一度自分の姿を鏡の中に認めると、実にあられもない姿を晒していた事に漸く気付いたのか、
早く出ていけバカ兄貴!
と、何時もの元気?を取戻し、俺を洗面所から叩き出す。
まったく、なんだっていうんだ、いったい。
かぶりを振りながら、桐乃が、おそらくは、食卓に並んだ料理と呼んで良いのか少し悩む物を作りながら、包丁の扱いを誤って怪我をしてしまったのであろう事に思い至る。
まったく
どうやら、我が家のスーパー妹様にも、苦手なものがあるらしい。
翌朝、いつものように麻奈美と登校するために、田村家に向かう。
「おはよう、きょうちゃん!」
ほんと、こいつはいくつになっても変わらないよな。
あいかわらずゆるい笑顔で俺を迎えた麻奈美が、
すこし技とらしくふふん、と言って、ちょっと得意げにしている。
「ん、なにかあったのか?」
おそらく、なにか俺に話したいことがあるのだろう。
多分、何の変哲も無い、本当に普通のことなんだろう。
だけど、それが俺には心地良いのだ。
特に昨日のようにドタバタした日のあとは。
「えへへ、きょうちゃん、昨日、桐乃ちゃんの手作りのお夕飯だったでしょ?」
え?
なに?
なんでお前、俺の昨日の夕飯のこと知ってるの!?
軽くぱにくりつつ、麻奈美から事情聴取をする。
なんでも、昨日、麻奈美の自宅に置きっぱなしの携帯に桐乃から電話があったそうだ。
もちろん、
人生相談、
ではない。
いわく、桐乃は料理、というか、家庭科全般が比較的苦手らしい。
もっとも、「なんでもできる」と、周囲から期待されている桐乃は、
それなりにコンプレックスのようなものを感じていたらしい。
もっとも、我が家では専業主婦のお袋が家事全般を取り仕切っている。
そんなわけで桐乃の出番も無く、また、学業や読モの仕事で忙しい桐乃は、
ついぞ料理などをする機会に恵まれず、今に至ったわけだ。
とはいえ、両親不在の中、宅配ピザや店屋物というわけにもいかず、
仕方なく、家事全般が得意そうな麻奈美を頼ってきた、というわけだ。
確かに、麻奈美の家は和菓子屋で麻奈美も良く家業を手伝っている。
もちろん、両親が忙しいときは祖母と一緒に料理を作ることも多く、
自然、料理の腕も磨かれてくるというもの。
この間田村家に泊まった時には麻奈美手作りのささみのカツを振舞われたが、
実際、美味かった。
まあ、確かに昨日の夕飯はやたら和風の料理?だったものな。
味は散々たるものだったが。
「ねえ、きょうちゃん。桐乃ちゃんって忙しいんでしょ?
もし良かったら、お夕飯、私が作りにいこうか?」
ちょっと下のほうから俺を見上げるようにして、麻奈美が提案をする。
ほんと、こいつは俺に懐いてる、なんていうか、こう。
「あ?うーん、それは助かるんだが。。。」
事実、昨日の一件で俺は桐乃の後始末をさせられて、ずいぶん大変な思いをした。
絆創膏に着替え、それも妹の部屋には入るな、ということで、
俺のTシャツを奪われ、さらには料理が美味く食べられないからと。
実に、大変だったのだ。
「そうだな、そうしてくれると助かるな。あいつ、料理ぜんぜんダメだし。
今朝の朝飯は俺が作ったんだが、桐乃の奴、美味くないからって食べようともしねーし」
どうやら妹様には俺の作った目玉焼きとトーストにはご興味を示していただけないようで、
また、今日は具合が悪いので、と、少し遅れて出て行くといっていた。
本当は包丁傷を他人に見せたくないからだろう。
「それでね、この間、きょうちゃんと約束、したでしょ?
今度、きょうちゃん家に泊まりに行くって?
丁度ご両親も居なくて、いろいろ大変でしょ?
だから・・・だからね、えへへ。」
……どうやら麻奈美はそのままお泊りしていきたいらしい。
「いや、まずい、それは、すっごーく、まずい」
さすがに妹が居るとはいえ、若い男女が同じ屋根の下、枕を並べるというのは、ひっじょーにまずい。
「えー、
だって、この間きょうちゃんと一緒に寝たじゃない。」
うわあああああ、何を言い出すんだ。
そりゃま、確かに、俺、お前の家に泊まって行ったよ?
だけど、あれ、おまえの爺さんの死ぬ死ぬ詐欺や、
ばあさんの要らぬ気づかいのせいだよ?
俺、そんなにやましいことしてないよ?
「わ、ちょ、っちょ、まて、麻奈美」
思わずあわてる俺の背中に、なにやらプレッシャーを感じる。
そこには、桐乃が、居た。
一瞬俺を蔑む様な眼で見た後、麻奈美に気づかれてはならないと、
すこしつんと澄ました様相をつくっていた。
さすがに陸上部の朝錬は休みをもらったが、
いくら怪我をしたとはいえ、桐乃は優等生で居なければいけない。
無遅刻無欠席程度は親父と桐乃の間の当然の取り決めだ。
両親不在の間とはいえ、それを破ることは桐乃にはできないのだ。
本当に、こういうところは親父譲りなんだよな、こいつは。
「おはよう、桐乃ちゃん」
そんな桐乃に物怖じせず、というか、気づかないのか、麻奈美は桐乃に声を掛けた。
「ねえ、お魚、美味く焼けた?あれはね・・・」
と、おばあちゃんの料理教室の時間が始まる。
笑顔で麻奈美に答える桐乃。
でもこいつ、ほんとは麻奈美のこと、嫌いじゃなかったのかな。
いつも俺が麻奈美と一緒にいる様子を見ては、キモいだの何だの文句をいうんだが。
その後、急ぐからと、桐乃は俺達を残して、さっさと学校に向かっていった。
俺と麻奈美も、遅刻するわけにも行かないので、学校へ向かった。
いつもの教室、いつもの風景、普通の生活、普通の俺。
何事も波風たたず、平穏であることが一番だ。
考えてみれば、桐乃の人生相談。
あれは俺の人生に立った波風そのものだった。
わざわざ、その最後の人生相談に、こっちから踏み込んで、
嵐に流されることはない、そうだろう?
そして放課後、いつものように図書館で麻奈美に勉強を教わった帰り道、
俺と麻奈美は珍しく独りで帰る桐乃の姿を見ることになった。
なにか、すこし、思いつめた様子で、すこし、肩を落として。
指先の絆創膏が、
痛々しかった。
「きょうちゃん、桐乃ちゃん、元気、無いみたい」
それは、俺にだってわかる。
あいつ、指の怪我で料理ができないことがばれたか何かで、落ち込んでたりするのか?
誰からも、何でもできると、思われている、妹。
両親からも、殆どの友人からも。
確かに、そうだ。
あいつは、何だってできるし、そのための努力も欠かさない。
ただ、あいつの特殊な趣味と同様に、数少ない、どうにもならないこともあるのだろう。
それを、
俺だけが、
知っている。
俺はまた、いつの間にか下唇をかんでいた。
「なあ、麻奈美。」
「なぁに、きょうちゃん」
「悪い。お泊りは無しだ。また今度、お前ん家に行くよ」
いつかと同じ「ん、わかった」という麻奈美の声に送り出されて、俺は桐乃を追いかけた。
いつかと同じ「がんばってね、お兄ちゃん」という、麻奈美の声を背に。
「桐乃!」
元気がないとはいえ、あの桐乃だ。
意外に追いつくのに時間がかかり、気がつけば家の前に居た。
俺の声に一瞬びくついた桐乃が、ふ、と、振り返る。
一瞬、
本当に一瞬、
桐乃の頬に、喜びとも哀かしさとも取れない表情が浮かんで、
そして消えた。
「は?」
「なに?どうかしたの?」
あ、あっれー?
「え、お前、料理ができなくて、落ち込んでたんじゃないの?」
つい、思ったままを言ってしまった俺に、切り返す桐乃。
「は?
誰が?
なんで、このあたしがほんの些細なとるに足りない失敗をしただけで落ち込むっていうの?
たかが料理じゃない?それくらい、
それくらい、
ちょっと
練習すれば、
練習すればできるようになるんだから。
なによ!
そんなに女の手料理が食べたいなら、あの地味子にでも作ってもらえばいいじゃないの!
そんで、
そんで、
そのままお泊りとかして、
そのまま、
せ、せ、セックスでも何でもしちゃえばいいじゃないの!!!!!」
おおおおおおおい!!
俺の心の声を余所に、もはやとどまることを知らない桐乃は、言葉を続ける。
「なによ、大体、朝から盛りのついたカップルみたいにいちゃいちゃしていやらしい!
今朝だって、あの地味子がお泊りにくる相談していたんでしょう?
そうでしょう?
そうなんでしょ!
あたしが居るのにぃ!
あたしだって、料理くらい、できるんだから。
そりゃ、ちょっと下手だし、ちょっとお魚だって焦がしちゃったり、そりゃ・・・」
「おいちょっと、落ち着けよ、桐乃。ご近所さんの手前・・・」
もはや収集がつかない状態に陥りつつある俺、じゃない、桐乃、じゃない、俺。
「な、桐乃、ちょっと落ち着けって」
ご近所さんが出てきている。
もっとも、どうやら俺達を見て、というわけではないらしい。
春雷と共に、やってくるかもしれない、にわか雨から、洗濯物を取り込むためのようだ。
空は、どうやら、桐乃の心を写して雨を落とすつもりなのだ。
ぽつ、
ぽつ、と、落ちる、雨。
そんな中、妹の手を引き、なんとか家まで引っ張っていこうとする俺。
だが、全力で抗おうとする桐乃。
少しずつ、空は雨を落とす。
「いや!汚らわしい!
さわんな、バカ!
あの女とつないだ手であたしに触れんな!
あの女の髪に触れた手であたしに触れんな!
あの女を抱いた手であたしに触れんな!!!」
桐乃の心を表すように、雨は落ち、そして桐乃の涙を覆い隠す。
雨なのか、涙なのか、
もう
わからない。
だけど、俺にはわかるんだ。
俺の妹が、今、泣いてるってことが。
雨は全てを流し去る。雨は全てを覆い隠す。
「……くちゅっ!」
まだ、春先、雨が桐乃の体温を奪ったのか。
聞き覚えのある、小さなくしゃみをする。
「雨で・・・・・・・
雨でずぶ濡れになったアタシを、
あんたは、どうする
……くちゅ!」
デジャブに似た感覚。
もう、わかっている。
寒さからか座り込んだ桐乃を、俺は抱き起こす。
「シャワーで、温める、だろう?」
さすがにラブホ、というわけにはいかない。
ここは住宅街だし、
大体において、我が家の前だ。
「一緒にお風呂、入ろう、な」
「……うん」
言葉すくなになる二人
さて。
我が家のお風呂は、24時間風呂になっている。
元来は親父が一番湯につかる、というのが、我が家の風習だったが、
桐乃が陸上を始めて、良く汗をかいて帰ってくることが多く、
お袋が娘のためと、意外に経済的と近所の奥様方に聞いて、
親父を説得して導入したものだ。
せっかくなのでと、機能の多いものを買ったため、
ジャグジーのように使うこともできる。
そんなわけで、お風呂、といったら、すぐに入ることもできるのだが、
ひとつだけ、問題がある。
桐乃が手に怪我をしていることだ。
お湯がしみるらしく、やっぱり痛い、とこぼすのだ。
「そうだよなあ。ぬれないようにするのがいいんだけど。」
そこで、桐乃から提案されたのが、家庭用のサランラップで防水する、というもの。
桐乃はあまり縁が無いのだが、陸上競技で擦り傷をつくってしまうことがある。
そういうときに、簡単な防水対策として結構活用されているというのだ。
確かに、これは便利だ。
ただ、一点だけ問題があって、
つまりこれ、桐乃は自分の身体を自分で洗えないんだよね。
「あんたがさっさとつれてかえってくれなかったから、アタシが濡れる羽目になったんじゃない。責任取りなさいよね?」
……俺の妹はずいぶんと過酷な要求をしてくださる。
「わーったよ、ちょっと待ってろ」
仕方が無いので、キッチンからサランラップを持ってくる。
「くちゅ!」
ちょっと真剣に震えている桐乃。
まだ絆創膏に血がにじんできている。
痛々しい。
まず、妹の着ている服を脱がさないことには、どんどん体温が奪われていくことになる。
「……脱がすぞ」
妹様は、こく、っと、頷くだけで、
俺を受け入れているのか、
それとも、
下男を見る高貴な女性なのか、
判別つけ難い目で俺を見る。
俺にとっては、ただのかわいい「妹」に違いない。
だから、彼女の服を一枚一枚、剥ぎ取る。
スカートが、ブラウスが、俺の手で一枚ずつ取り除かれる度に、
俺の手の中の冷たさが、妹の身体からはぎ落とされる。
「んっ……」
恥じらいとも、くしゃみを我慢するとも判別つかない音が妹からする。
寒さから開放されてほてっているのか、上気しているのかわからない熱で妹の耳が赤くなる。
「寒いか?」
ちょっと間の抜けた言葉を掛けないと、やっていられない。
俺は、こいつの、兄貴なのだ。
「ちょっと……寒……い……くちゅ!」
ゆっくりしていると、風邪を引きそうだな、と、
ちょっとピントのずれたことを考えて、いそいそと妹の服を脱がす。
ブラを、ショーツを。
全てを剥ぎ取った妹の肢体に思わず見ほれてしまう。
だって、仕方ないだろう?
こいつは、丸顔ってことを除けば、昨今女子人気No.1の読モ様だ。
おまけに、学業優秀、スポーツ万能、品行方正。
そんな女の露わな姿を見て、感じない男は居ないだろう?
いつか妹が恋をして、いざ相手がこいつのことを見て、何も感じないなら、
そいつは聖人君子であると言いたいね!ここに居るけどね!
だってそうだ、俺はこいつの兄で、つい最近まで、俺の妹がこんなにかわいいわけが無い、って信じていたくらいなんだから。
桐乃の服を脱がせた後、やらなければいけないことがある。
まず、彼女の身体から、雨をぬぐってやることと、
雨で濡れて汚れた手指を洗ってあげることだ。
服を脱がせたとはいえ、身体が濡れていれば濡れているだけ、雨は体温を奪い続ける。
また、絆創膏で覆っているとはいえ、指先に染みた雨のせいで傷口にばい菌が入るかもしれない。
ちょっと、かわいそうだな。
「桐乃、ちょっと身体拭くぞ。くすぐったかったら言うんだぞ」
と、つい、アホなことを言ってしまったが、桐乃の目が、なにか懐かしいものを見るような目で、俺を見ている。
ふかふかのバスタオルで、桐乃の身体をふいてやる。
まず、いまどきの女の子を演じるために染めた長い明るい茶色の髪。
濡れそぼって、少し重い色になった彼女の髪。
「なあ、桐乃。」
「なに?」
「俺が女の髪を触るのって、お前が初めてなんだぜ」
「……そう?」
「ああ」
彼女の湿り気を移したバスタオルで、続いて、顔と、肩と、背中と、拭いてやる。
ちょっとくすぐったそうにしている妹に、なぜかノスタルジックなものを感じる。
むかし、こんなことがあったっけ。
彼女の足を拭いてあげる。
ちょっとくすぐったそうにしている。
かわいい。
いやいや、まてまて、こいつは、そんなかわいいもんじゃない。
案の定、俺をこづくようにする。
何だよおまえ。。。
「ね……ちょっと、お願い」
「……な、何だよ?」
「ふ、拭けてない、じゃないっ!」
「あ?」
「お尻とか、ま、前とかぁ!」
そうですね、確かにそうですね。
でもね、兄としてちょっと自重してしまったんですよ。
お風呂に入れば一緒じゃない、って。
「あ、ああ」
大分妹の水気を吸ったバスタオルを変えて、
新しいタオルで桐乃の繊細な部分を拭く。
もちろん、繊細な部分だから、優しく拭いてあげないといけない。
「ぅ…」
フェイスタオルで胸元を拭いたときに、あまったるい匂いと、あまったるい声を上げる。
ヤバイ。
おれは、
桐乃の
お兄ちゃんだ。
OK,OK.落ち着いたぞ。
しかし、こいつ、結構綺麗な身体してるんだな。
陸上部で読モってなれば、多少控えめとはいえ、
やっぱちょっといいおっぱいしてるんだな。
年間通して、軽い小麦色の肌も、外での活動のため。
乳首もピンクから薄いピーナツバターっぽい色で、
ちょっと見ほれてしまう。
つい、丁寧に拭いていたら、妹様からクレームが来た。
「ちょっと、いつまで人のおっぱい触ってるの?」
「うわああああ」
つい、後ずさった後、今度は動揺しないように、
お尻と、あとその、
前のほうを、なるべく見ないように拭いてあげる。
どうしても見ないようにすると、桐乃の肌に触れてしまう。
やわらかくて、すべすべしてる肌に。
そのつど、小さく声を漏らすのは、俺の精神衛生上よくない。
続いて、手指の処置だ。
まず、こういう傷は、清潔にしておかなければならない。
雨で濡れてそのままってなったら、やっぱり、よくない。
特に桐乃はモデル業もやっている。
傷になったらかわいそうだ。
なるべく綺麗に直すために、まずは、絆創膏をはがして、綺麗に洗ってあげないとならない。
ちょっと痛いかもしれないのがかわいそうだが、そうすることを告げると、こく、とうなづいた。
ただ、面と向かってというのが恥ずかしいらしいのと、
少し寒いのとで、後ろからやってくれ、という注文だ。
それと、自分だけ脱ぐのはフェアじゃないので、
お前も脱げ、とのことで。
数秒間悩んだ挙句、自分の理性を信じて、半裸になった。
手指を洗うために、洗面台の前に立つ。
桐乃の背中側から手を伸ばし、彼女の手元を洗う。
ただ、この姿勢をとるためには、どうしても密着しなければならない。
妹になにを言われるかわかったものじゃないが、せめて後ろからということで納得してもらっている。
ふと、触れ合う妹の背中と、俺の胸。
俺の鼓動と、妹の鼓動。少し妹のほうが早い。
俺の胸も同調するように鳴りそうだが勤めて平静を装い、
「痛くないか?」と、声をかける。
ちょっと痛いのか、一瞬表情を厳しくするが、どうも身体が触れている安心感から、
痛くても大丈夫と思ってくれているのだろう。
傷口を洗い、また清潔な絆創膏をはって、こんどはラップでくるであげないと。
そう考えていた矢先、妹が「きゃ・・・」と、女の子のような声を上げる。
どうやら、鏡に映った俺達の姿が、ちょうど、その、後ろからやってるように見えてしまったらしく、
みるみる顔が真っ赤になっていくとともに、少しだけ、女の匂いを立ち上らせていた。
なんとも言えず淫靡な愛液の匂い。
桐乃はそれも恥ずかしいらしいのだが、もはや言い訳も利かず、なされるがままだった。
彼女の傷口は両手だ。ラップで覆ってあげる。多分これで防水はばっちり。
ただ、問題は、風呂で妹が手が使えないんだよね。
「……じゃあ、ちゃんとお風呂に入れてよ。
あ、でも、前からはやだから。
前からだと見えちゃうからやなの。」
へいへい、もう、仰せのままに。
ここまでくればもう覚悟は決まっている。
それに、少し冷えたようなので、後ろから抱きかかえるように、浴室に連れて行く。
終始上気した表情をした桐乃だったが、一緒にお風呂に入る、というところで、
ちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけ、幼さを取り戻したようにも見えた。
「ねえ、お兄ちゃん、桐乃のこと、ちゃんと洗ってちょうだい」
「ああ」
一瞬と惑いつつも、なぜか、思い出の中にある言葉。ノスタルジーなのかもしれない。
もしかしたら、昔仲が良かったころ、一緒にお風呂に入ったりしたのかな、俺達。
いつもより幼い表情で、前からは禁止だからね!という桐乃
なので、後ろからまずシャワーを浴びせるのだが、どうしてもくっつかなければならない。
まず、長い髪、肩、背中と洗い、見えないように前のほうを洗わなくちゃならない。
「ちょっと前から洗うぞ?」
「ん」
後ろから桐乃を抱きかかえながら、
シャワーで彼女の繊細な肌をたたく。
乳首を、足を、内股を、陰部を。
「……んーっ、ん」
「おい、変な声だすなよ?」
「だって、仕方ないじゃない。」
こんなところでも(多少)強気なのは、妹様のいいところなのだろうか。
一通り、体中を洗った後、上気した桐乃を抱えるようにして、湯船につかろうとする。
こけても大丈夫なように、俺が後ろについて、妹の体重を支えるように、ゆっくり湯船につかる。
妹のやわらかさで、どうしても俺の男性の部分が軽く反応してしまっているが、
そこにあえて触れないのは、桐乃の優しさなんだろうな。
まあ、手先を保護するために、ちょっとだけ万歳ポーズをしなければならなかった桐乃がちょっとだけかわいそうだったが。
二人とも、湯船につかる。
ちょうど妹を後ろから抱くように、湯船につかる。
あ、なんかこれ、懐かしい。
そうだ、桐乃とこうするのって、いったい何年ぶりだろう。
そういえば、昔はおにいちゃんっ子で、なにをするにも一緒だった。
遊びに行くにも、なにするにも。
でも、俺も家だけじゃなくて、そのうち、幼馴染ができた。
麻奈美だ。
もしかしたらそれ以来、少しずつ桐乃との壁ができてしまったのかもしれない。
俺がよく麻奈美のことを話すから、やがて桐乃はもっと目だって、
話題の中心になりたかったのかもしれない。
確かに、桐乃は我が家でも、どこでも、話題の中心になった。
優れた娘だと、誰からも賞賛された。
だけど
だけど、俺は、そんな妹を、まるで違う生き物のように扱い、
ずっと逃げるようにして、放って置いたのかもしれない。
たまらなく
堪らなく妹がいとおしくなった。
桐乃がいとおしくなった。
お互いの表情が見えないから不安になった。
だから、俺は妹を抱きしめた。
そして、こころから、言った。
ごめんな、俺、お前を見てなかった。見ようとしてなかった。
お前はできすぎた妹、おれは平凡なやつ。
だから、別物だ。兄妹でも別物だ。そう言い聞かせていた。
でも、そんなのは、間違いだった。
桐乃を抱きしめる腕に力が篭る。
い、痛いよ、と、言う声も、心なしか、艶っぽく、そして、拒む声ではなくなっていた。
桐乃、好きだよ。
振り向いた妹が、やおら俺の顔を見つめる。
やっと、言ってくれた。
湯あたりのためか、それとも。
少し上気した身体が俺に覆いかぶさる。
でも、手が使えないので、必死で桐乃を抱きとめ、抱き寄せる。
そしてキスをする。
いままでできなかっただけ、それだけ、たっぷりと、熱く、キスをする。
キスをしたまま立ち上がり、俺は桐乃を抱きしめる。
強く強く抱きしめる。
女の子を抱くのも、お前が初めてなんだ。
そうして、おれは、見たんだ。
頬を伝う、桐乃の涙を。
大好きだよ、おにいちゃん、と言う言葉と共に。
もう、否定しない。
桐乃は、可愛い俺の妹なんだと。
最終更新:2010年06月27日 23:24