「なろっ!!」
高坂がムキになって俺のボールを奪いにくる。
言っておくが、ボールはサッカーボールのことだからな?
近々球技大会があるんで、俺はサッカー担当の高坂にトレーニングを付けてやっているんだ。
「高坂、お前ディフェンダー向きだと思ってたんだけどな」
「あん?」
普段から結構醒めた感じで周りを見てるし、目立ちたがりって訳でもなく、どっちかっていうと粘り強い、守備向きのタイプだと思ってた。
「夢中になると、周り見えなくなるタイプなのな」
サッカー部の俺は球技大会じゃサッカーに参加できないんで、クラスのコーチ役なんだが
俺はコイツをクロスの練習させてサイドバックに添えようと思っていた。
状況に応じてフィールドを上がって攻撃に参加するサイドバックは、冷静さも必要だ。
が、今のコイツを見てると、とてもじゃないが冷静さは期待できなかった。
「サイドハーフな、お前。とにかく走って周りを生かせ。汗かき役だ。後、ごっつあんでもなんでもいいからゴールへの意識も忘れんなよ」
後で清水エスパルスのビデオでも見せてやろうか。
コイツが前にいるなら、サイドバックはもうちょっと守備の意識が薄くても飛びだしが上手い奴が欲しいな。
「んな体力俺にはねーぞ。つーか素人に注文つけすぎだ」
「でも俺に個人特訓
お願いするぐらいにはやる気があるじゃんか」
「それは、陸上部のエースである妹様に馬鹿にされたからだよ……けっ」
うんうん、妹の為なら頑張っちゃうよなぁ!
「お兄ちゃんと先輩が個人特訓……うへへへへ……」
「……あと、アレも何とかしてくれ、赤城」
「瀬菜ちゃんが応援してくれたら、練習にも身が入るだろ!」
「あれは応援じゃねぇ! もっとおぞましい何かだ!!」
きったねぇ! おい、高坂、唾飛ばすんじゃ……って、雨かよ?
「げ、本格的に降り出してきたぞ!?」
「ちっ……お前は兎も角、瀬菜まで濡らす訳にはいかねぇな」
「お邪魔ーッス」
「お兄ちゃん、ちゃんと挨拶しなきゃ駄目でしょ!」
いきなりの雨でずぶ濡れになった私達は高坂先輩のお家にお邪魔することになりました。
雨に濡れたお兄ちゃんと高坂先輩……うへへ……抱き合って暖めあったりしないかなぁ……げへっ
「ああ、別に畏まらなくても親父もお袋もいねーからさ。
桐乃は……家にいた筈なんだけどな、どこに行ったんだか……
瀬菜、お前の服乾くまで俺のシャツでいいか? 勝手に桐乃の借りる訳にはいかねーしよ」
「私よりもお兄ちゃんに先輩のシャツを貸してあげてください!」
うへっ…うへへへ……高坂先輩のシャツにお兄ちゃんドキドキしないかなぁ……「これが高坂の……」とか……えへっ
「瀬菜ちゃん、お兄ちゃんの事をそんなに心配してくれてるんだな!
でもお兄ちゃんは鍛えてるから大丈夫だぜ! それよりも瀬菜ちゃんの方が心配だ!
高坂なんかのシャツより、俺のシャツを使ってくれ!!」
「なんかとはなんだ、なんかとは。つーか、お前のシャツも濡れてるだろーが。
大事な妹に風邪ひかせたいのか。あと、どう考えてもお前の心配をして言った発言じゃねぇ」
「なんだよ高坂、ツッコミ厳しいぞ」
そうかーお兄ちゃんに突っ込まれているんだー。やっぱり先輩×お兄ちゃんだよね!! うへっにゃへへへ……
「なんならシャワー浴びていくか?」
「お兄ちゃん、先輩の好意に甘えたら? やっぱりボディソープで滑りをよくしておかないと痛いと思うし……」
「いや、お前に聞いてるからね? 誰が赤城にシャワー貸すかっての!
もう後半の発言はつっこみすらしないからね! 聞き流すからな!」
というわけで、高坂先輩とお兄ちゃんの薦めで、私はシャワーを借りることになりました。
ふへへ…きっと二人ッきりになりたいんだよね、先輩とお兄ちゃんは……うへへへ……
そういえば洗濯カゴの中に、土に汚れた先輩のジャージがあったなぁ。
お兄ちゃんは殆ど汚れてなかったけど、先輩は転んだりしていたから……
そうか、きっと先輩の擦りむいた膝の傷をお兄ちゃんが舐めて……ぐへっ……
いけない、涎、涎……
シャアァァァァァァァ……
お湯が私の冷えた身体をゆっくりと解していくのが分かる。
冷たかったお風呂場も、シャワーの湯気で充満し始めて……
ふと、私がお風呂場の外を見ると、入り口の磨りガラスに人影が映ってました。
高坂先輩?
でも着替えのシャツやバスタオルは先輩に貰ったし、先輩がここに来る理由はない筈。
影はしゃがんでモゾモゾと動いています。
もしかして、私の服を探しているのかな? 乾かす為に……
でも、今私はシャワーを浴びている。下着を着たままシャワーを浴びる人は居ない。
つまり、そこには服だけじゃなくて、下着もあるはずで、それを先輩に見られている……?!
ちょ、ちょっと待って! 先輩とは限らないよね。
私の服ならお兄ちゃんが持っていく事だってあるだろうし、お兄ちゃんなら下着を見られても大丈夫だ。
高坂先輩だってお兄ちゃんは兎も角、私には興味がない……のかな?
それはそれで少し寂しいような……
でも、高坂先輩が私の下着泥棒をしようとしたら、お兄ちゃんが絶対に許さないと思うし
きっとあの影はお兄ちゃんだ。
お兄ちゃんに違いない。
シャアアァァァァ……
影は立ち去ることなく、しゃがんだまま小刻みに動き続けている。
私は不安になって、シャワーのお湯を流したまま、そっとお風呂場の入り口を開けた。
「ゴオォォォォリュゥ!! ゴォォォルゥゥゥンンッ! 兄貴の臭い、あたしにゴールッ!!!
スンスン……兄貴の汗まじりのジャージィィィ……兄貴がサッカーして盛った雄の臭いつきっ!
兄貴ってば何時の間に汁ケ04に所属してたの? 来年には汗ーナルに移籍決定?!
はぁ…はぁ……久々の上下セット……着ちゃうよ? あたし兄貴のジャージ着ちゃうよ?
あたしのフィールド始まっちゃうよ? だってもう我慢できないもん。兄貴帰ってくるってきいて
洗濯機の中に隠れてたんだもん。ぜ、全部兄ジャージ嗅ぐ為ッ!あたしシャドーストライカーッ!
……ゴソゴソ……はぁぁ……きたぁぁぁ……兄貴に囲まれたぁぁ……ラピッズ!
11人の兄貴に囲まれたぁぁ、あたしゴールtoゴールしちゃう!アストラッ!
……ハフゥ…軽く飛んだぁぁ……大空に翼ったぁぁ……兄貴のファントムドリブル食らったぁぁ……
兄貴の臭いファンタジスタすぎ! トップ下? トップ下が一番濃厚な臭いなの?!
違う、実はトップ脇。トップ脇こそ兄貴ジスタが自由になれる最高のポジショニング!
……スンスン……キタコレあたし天才! 兄貴の脇濃厚すぎ! 兄貴汁凝縮!!
兄貴活かせるのはあたしだけ! あたしレジスタとしての才能開花しちゃった!?
はぁはぁ……兄貴こんなに動き回っていいの? サッカーってチームスポーツなんだよ?
こんなんじゃ、こんなんじゃ……あたしのポゼッション高まりまくりぃっ!メタルルグスッ!
兄貴セルフィッシュすぎぃ! オナドリしすぎぃ! でも魅せまくりぃ! クリクリィ!!イラクリス!
ハァッン!!……あたし、ブブゼラ吹いたぁぁ……コパアメリカに向けてクパァアメリカしちゃったぁぁ……」
高坂先輩の妹の桐乃ちゃんがカズダンスを踊っていました。
あまりに激しいダンスの為、足が三本に見えます。あれが日本代表のユニホームについているヤタガラスかぁ……
お風呂場の湯気が浴室に逃げていっているけど、桐乃ちゃんは気づいてないみたい。
というより、桐乃ちゃんから湯気がでているように見えるのは
私は今メガネがないから、よく見えないせいなのかなぁ?
桐乃ちゃんの発言からすると、くんくんしているのは高坂先輩のジャージみたいだ。
「ヤバいよコレ、マジヤバイ。兄貴のジャージ、スパイク…じゃなかった、スパイス効き過ぎ!!
なんで土とか混じっちゃってるの? 発酵すんの? 兄菌酵素分解しちゃってんの?
兄貴って大地だったの? 大地に根ざした兄貴だったの? 四大元素突入しちゃった?!
……スンスン……はぁぁ、兄貴の頑張った汗が滲み出てるよぉ……きもぉ~
なんでこんなに頑張っちゃてんの? 妹に言われたからって、球技大会の練習しちゃう兄貴シスコン過ぎ。ウザッ
いいとこ見せたいの? 妹に格好いいところ見せたくて頑張っちゃってんの?
でも駄目じゃん、球技大会じゃあたし見に行けないじゃん。あの黒いのだけじゃん、兄貴のカッコイイ姿見られるのは。
マジ腐ってる。そんなことに気づかない兄貴の頭もだけど、3年制敷いてるこの国おかしくない?
これメッセージでしょ? 兄貴からのメッセージ、暗号文! 兄貴、妹をエニグマ扱いとか本気!?
あたしの気持ち解読してくれないのに、自分の気持ちだけ解読しろっての? 自己中過ぎっ!
それはそれとして、つまり兄貴はあたしに日本を変えろって言ってる。学校制度の改革、むしろ兄妹婚是正への法改正!
どんだけ変態? 兄貴、あたしと結婚したいの? 子供の頃の「あたしお兄ちゃんと結婚するー」って約束守るつもり?
キモ! ウザ! キモ! ありえなくない、子供の頃の約束だよ? でも約束はやくそくだから結婚してあげる。
あたし兄貴と結婚する! むしろもう結婚した! だってもう10年以上同棲してんだから、事実婚決定じゃん?
はぁぁぁ……あたし結婚しちゃったよぉ……兄貴に人生ボロボロにされちゃったぁぁ……責任とりなさいよね、馬鹿兄貴!!」
し……知らなかった……
私とお兄ちゃんが結婚していたなんて!!!
と、ということは、お兄ちゃんが高坂先輩と突き合ってるのは不倫!?
男同士の禁断の関係なのに、さらに不倫だなんて……うへっ…うへへへへへ……燃え上がるぅ……
こ、今年の冬はいい本が描けそう……ぐへっ
それぞれ妻のいる二人の男が、サッカーを通じて肉体をぶつけ合い、激しいスライディングで重なり合い
怪我をさせて
お見舞いに通う内に、愛に目覚め、妻に隠れて……むふふふふ………
シャアァァァァアァァ……
はっ?!
私ったらまたトリップしてた!?
いつのまにか桐乃ちゃんも居なくなってるし……
はぁ…先輩の家のシャワーをいつまでも借りている訳にもいかないし、上がろう。
シャワーの蛇口を捻り、先輩が用意してくれたバスタオルで髪の水分を吸収していると
「……先輩のジャージ」
私はカゴに捨てられたジャージに視線を落とした。
同人誌に大切なのは1に妄想、2に妄想、3、4がなくて、5に経験だ。
……ゴクッ
私は先輩のジャージを掴んでいた。
取材……これは取材。私はお兄ちゃんになりきって、先輩のジャージを嗅ぐ。
「高坂先輩……ううん、高坂………」
スンスン
酸っぱい匂いが私の鼻を抜けていった。
これが先輩の……違う、今の私はお兄ちゃん。
高坂の匂いを……京介の匂いを、京介の身体を想像しながら嗅ぐの。
私じゃない。私じゃないんだから……
スンスン
目を瞑る。
先輩の胸の中に、私がスッポリと収まっていく。
先輩はお兄ちゃんが私にするように、頭を撫でる。
でも、お兄ちゃんのゴツゴツした手とは違う、大きいけど優しい手。
そんな事を先輩の匂いを嗅ぎながら考える……
スンスン
はあぁ……先輩の男臭い匂い……
お兄ちゃんもこんな感じなのかなぁ……
今度比べてみよう……
スンスン
匂いを嗅いで確信した。絶対高坂先輩は攻めだ。
だって匂いだけでも私をこんなに責めてくるんだから。
先輩……先輩……
スンスン
先輩の匂い……五更さんも知らないだろうなぁ……うへへ……私だけ……
高坂先輩……先輩……私とお兄ちゃんで兄妹丼しませんかぁ……うへへっ……
トントン
トントン
「瀬菜ちゃん? 随分長い時間シャワー浴びているみたいだけど、何かあったのか?
困ったことがあったらお兄ちゃんがなんとかするぞ! 瀬菜ちゃーん!!」
うへっ……うへへへっっ……
トントン
「赤城、瀬菜はいつもこんなに長いのか?」
「そうだなぁ、いつもより15分ぐらい長いな」
「……そんな具体的な数字は聞いてねぇし、聞きたくなかった。
まあいい、取り敢えず中に入ってみるか。風呂場ん中に踏み込まなけりゃいいだろ」
「なっ! もし瀬菜ちゃんが着替え中ならどうするんだ! そんなイベント、お前にはさせられないぜ!!」
「着替え中なら、さっきの声に反応してるだろうが。いいか、開けるぞ!!」
ガラッ
うへっ…うへへ……ぐふふっ……
「せ、瀬菜ちゃん? どうして裸で高坂のジャージを嗅いでるの?」
「あ、赤城! 俺は裸なんて見てねぇぞ! 目瞑ってるだろ! ……は? 俺のジャージ!?」
うへっ…あへ……にゅふふへへ……
………ん?
あれ? どうしてお兄ちゃんと先輩がいるの?
二人で仲良くお風呂で洗いっこしにきたのかな?
じゃあ私も早く着替えて二人の邪魔をしないようにしないと……
私は自分が生まれたままの姿で、高坂先輩の汗が染みこんだジャージをクンカクンカしてたことに気がついた。
「め…め……」
「「め?」」
「メガネ割れろォォォオオォォォォオオォオォ!!」
知らなかった。女の子でも洗濯機を持ち上げることができるなんて。
火事場の馬鹿力ってやつなのかなぁ?
「つーかメガネ付けてるのお前じゃねぇか!!」
「分かったよ瀬菜ちゃん! 今日から俺はメガネかける!!」
お兄ちゃんと高坂先輩に、私の投げた洗濯機が飛んでいった。
「「ひでぶっ!?」」
おわり
最終更新:2010年11月28日 02:33