俺は今ショッピングセンターにいる。一階が食品コーナー、二階が雑貨屋や本屋、それに衣料品店等のテナントが入っている中規模店舗だ。
何故こんな所にいるかと言うと、家に行く前に夕食の材料を買っていきたいと言ったからだ。
ここは家に帰るルートから少し離れているし、近所に個人商店だが品揃えも悪くないスーパーもあると言ったのだが、
あやせの強弁な主張によりここに来る事と相成ったというわけだ。
そのあやせはというと、精肉コーナーで牛肉と豚肉のパックを手にして難しい顔をしている。お菓子コーナーにしゃがみ込む桐乃を視界に入れつつ、俺は声をかけた。
「おい、あやせ…」
「お兄さん」
あやせは難しい顔をしたまま振り返った。
「桐乃って、小さい時に嫌いな物ありましたか?それとお肉はどっちが好きでしょう」
そう言われて、俺は記憶を手繰ってみる。
「そう言えば……あいつ人参が嫌いだったような…。それと肉は豚肉が好きだったような…」
「そうですか。じゃ豚肉にします」
途中桐乃が食玩を欲しがって駄々をこねたりもしたが、無事買い物を済ませた。
「お兄さん、少し待っていてもらえますか?」
「構わないが、なんで?」「ええ…ちょっと、すぐ戻りますから…」
そう言って、あやせはエスカレーターで二階に上がっていった。
俺と桐乃はエスカレーターの脇に設置されているベンチであやせを待つ事にした。
桐乃はスーパーのビニール袋をごそごそと漁ると、中から食玩を引っ張り出した。
桐乃のおねだりに折れたあやせが、一つだけならと買ってくれたのだ。
桐乃はいそいそと箱を開け中身を取り出すと
「おにいちゃん、ほらメルルちゃん!」
俺に突き出してきた。それは小型の可動フィギュアだった。
「へへ~いいでしょ♪」
(こいつ…こんな状態でもオタ趣味は忘れないのか。三つ子の魂百までもって奴だな…いやこの場合逆か?)
「よかったな桐乃」
上機嫌の桐乃に返事しながらぼんやりと考える。
桐乃はいつ元に戻るんだろう。医者は日常生活を送らせる事で記憶が刺激され、ちょっとした弾みで元に戻るような事をいっていたが…。
しかし早く元に戻って欲しいのは山々だが、今の素直な桐乃もこれはこれで…。今更こいつから「おにいちゃん」などと呼ばれるとは思ってもいなかった。なんというか今更というか、照れ臭いというかムズムズしてくる。
「おにいちゃん、どうしたの?」
不意に桐乃が声をかけてきた。
「何がだ?」
「なんかうれしそうだよ」その言葉に俺はギョッとした。
俺はこの事態を喜んでいるのか?いや違う。あくまでおにいちゃんと呼ばれたのが嬉しいのであって…いやいや
嬉しいのはラブリーマイエンジェルあやせたんの手料理をご馳走になれるのが嬉しいからだ!そうに違いない!それに決まり!
それでも、あやせが紙袋を抱えて戻ってくるまで、後ろめたい気持ちを拭い切る事ができなかった。
高坂家に向かう途中、桐乃は私とお兄さんの手を握ってきた。
まるで若い夫婦が幼い子供と一緒に歩いているみたい…。フッとそんな考えが浮かんだ。
一度考えると、なんだか照れ臭くなってきたので別の事を考えるようにした。
お兄さんの手は、左手が桐乃の手を握り、右手はさっき買った食料品の入ったビニール袋が握られている。私が「個人的な」買い物を済ませ二人の所に戻った時
「じゃ帰るか」
とお兄さんは、ごく自然に袋を持ち立ち上がったので持たせっ放しなのである。
明日の朝食や昼食の分もと色々と買ったので、結構重いはずだ。それを何も言わず持ってくれてる。
普段はセクハラ発言ばっかりしてるのに、たまにこういう気遣いを見せて……なんかズルい…
高坂家に到着して、買ってきた物を冷蔵庫に入れようとキッチンに入った。テーブルの上に食べかけのカップラーメンが放置されていた。麺はすっかり伸びてスープを吸い込みぶよぶよとした無気味なオブジェと化していた。
お兄さん…お昼にカップラーメンで、夜はチキンラーメンを食べるつもりだったの…。あまりの食事に対する無頓着振りに軽く目眩がした。
おばさんが帰ってくるまで、二人の食生活はきちんと私が管理しないと…。
買ってきた食料を仕分け、桐乃を着替えさせた。それから夕飯の支度をしようと一階に降りた。
「あやせ」
お兄さんが声を掛けてきた。
「どうしましたお兄さん」「これ、お前のだろ」
「!!」
顔がカーッと赤くなっていくのが自分でもわかる。お兄さんが差し出した紙袋は、さっき私が一人で買ってきたもの……その…つまり……着替えの…下着…
思わず奪い取る様に掴み、恐る恐る確認する。
「お、お兄さん?中とかの、覗いてませんよね?」
必死に冷静さを保とうとしたが声が裏返ってしまった。
「い、いや覗いてないけど…」
お兄さんの表情は引いていた。やっぱり中身を見たんだ。つい背伸びして大人っぽいのを選んだけど(決してお兄さんに見せるためじゃないの!)、やっぱりちょっと派手すぎたみたい…。
「本当に開けてないって!ほら封をしてるテープだって剥がれてないだろ!?」
そう言われ改めて確認してみると、確かに封が開けられた形跡はない。
「じ、じゃあなんでそんなに挙動不審なんですか!」
「いや…だってお前、今にも噛み付きそうな顔してるから…」
お兄さんはさらっと酷い事を言う。時折お兄さんは過剰なまでに怯えるけど私にどんなイメージを持ってるんだろう。ともかく失礼なお兄さんに一言文句をつけようとした時
「あやせおねえちゃんお腹すいた~」
パタパタとスリッパの音をさせながら桐乃が降りて来た。
「すぐに支度するからもう少し待っていてね」
桐乃を飢えさせるわけにはいかない。事故にあったせいで、私も桐乃も昼食をとっていない。
お兄さんへの文句は後回しにして、私はエプロンを着けながらキッチンに向かった。
最終更新:2010年12月04日 12:20