俺は高坂京介。ごく平凡な高校生だ。
いきなりだが、俺にはこの世で苦手なものが三つある。
まずは妹の桐乃だ。
眉目秀麗、スタイルファッションセンスともに抜群、
スポーツ万能、学業優秀。友達がいっぱいいて、
全校生徒の憧れの的で、教師からも受けがよくて、
部活では大活躍、校外ではモデル活動なんかもやっちゃって、
みんなから頼られてて、誰からも好かれてて
そんな超完璧で、超カッコよくて、超かわいくて、超美人・・・・
と自称しているのが俺の妹だ。
いや、否定はしねえよ。
だけど、ここまで自分で自分をほめられるってどんだけだよ。
しかし、そんな妹も欠点っぽいところがあった。
「オタク」なのだ。それも重度の。
アニメはおろか、中学生の分際でR-18のエロゲにまで手を出してやがる。
そんなこんながあって、俺は妹の「人生相談」に乗ってやっているうちに
妹にいろいろと
お願いされるようになった。
今日も妹にお願いされてアキバまで新作のエロゲを買いにいった帰りに
電車に揺られている最中だ。
いっとくがパシリじゃねえぞ。断じて違う。
―――ああ、俺の苦手なものランキングの話だったな。
次に嫌いなのは、煙草を吸う奴だ。
体に悪いとわかっていながら煙草を止められない奴は猿にも劣る、
と俺は思っている。
そして、最後のもう一つは――――――
「何だこのバカやろーー!! ふざけんじゃねーよ!!」
怒鳴り声のする方向を見ると若い女が騒いでいる。
どう見ても酔っぱらいだ。俺の苦手な・・・・
うっ!目が合った。ヤベ。こっちに来る。
「ちょっとー、なにジロジロ見てんのよぉ」
座っている俺にのしかかってきた。
酒臭ッ! おまけに香水もキツイ!!
「ちょっと、やめてくださいよ!」
「んー?『やめてくださいよ』じゃなくて、
『やめてください、お願いします』だろー?」
「・・・や、やめてください。お、お願いしま・・・」
「あんた、地味目だけと近くで見ると整った顔じゃん」
整った顔? 俺が? そんなこと言われたのは初めてだぞ。
酔っぱらうと人間の審美眼って損なわれるものなのか?
「いいことしてあげる。ムチュー」
―――ッ!!
この酔っぱらい女、俺の頬に吸い付いてきやがった。
それもきつく、何度も吸いやがった。
「ちょっと、やめてくださいよ!」
「んー?『やめてくださいよ』じゃなくて、
『やめてください、お願いします』だろー?」
「・・・や、やめてください。お、お願いしま・・・」
なんて日だ。
桐乃のお使い(断じてパシリではない)でアキバに行くと
かなりの確率でトラブルに巻き込まれる。
二度と行くもんか、と何度も思っているが、妹様を前にすると
どうしても拒否れないんだよな。弱すぎだろ、俺。
「遅い! どう? 買ってきたの?」
俺のただいまの挨拶よりも先に桐乃の苦情に近い言葉が投げかけられる。
まあ、そんなことは慣れっこだ。
「ほらよ」
「あはーん。これこれ。早速インスコしよっと。フヒヒヒ」
そのキモイ笑い、やめてくれないか。
第一、アキバくんだりまで足を運んだ俺にはお礼の一つも無しかよ。
まあ、そんなことも慣れっこだ。
「・・・ちょっと、アンタ・・・」
その声の主である桐乃を見ると、阿修羅と見紛う顔をしていた。
本物の阿修羅なんて見たこと無いけどな。
「なんだよ」
桐乃は鼻をヒクヒクさせた後、こう言ってきた。
「香水・・・。ドコでつけてきたの?」
「馬鹿言え、俺が香水なんてつけるわけが・・・」
―――ッ!!
そうだ。あの香水がきつかった酔っぱらい女の移り香だ。
だが俺にはやましい点なんて何も無い。
「電車の中で酔っぱらいに絡まれたんだよ」
「ハア? 酔っぱらいのオジさんがそんな香水をつけていたっての?」
「オジさんじゃねえ! 女の人に絡まれたんだよ!!」
「何それ。ドコのエロゲ? そんな言い逃れが通用すると思ってんの?」
「言い逃れじゃねえよ。本当の話だ」
「そもそもなんで女の人に絡まれるワケ? まさか痴漢したとか?」
トンデモねえことを言い出すヤツだ。
俺は一方的被害者なのに、コイツに話すと痴漢犯罪者に転落かよ。
「どうも怪しい・・・」
父親の血を引いたのか、不審者に対する捜索が始まった。
俺の全身を下から上までガン見している。
そして俺の顔を四方から見た途端に桐乃の顔が強ばった。
「キ、キスマーク・・・?」
げ!! まさかあの女に吸い付かれたのが痕になった??
俺は慌てて、無意識に吸い付かれた頬を手で隠した。
より正確には「無意識に吸い付かれた頬を手で隠してしまった」だ。
「ふーん。自覚があるんだ・・・」
やっちまったぜ。語るに落ちるの仕草版ってヤツだ。
「アンタ、妹の買い物中に女といちゃついていたの?
キモいんだよ、死ねええええ!!」
あの女に吸い付かれた頬にビンタを炸裂させた桐乃は、
振り返ることも無く自分の部屋に帰っていった。
最悪だ。
アキバまでエロゲを買いに行かされ、酔っぱらい女に絡まれ、
妹からは感謝の言葉も無く、挙げ句に邪推されてビンタって、
ああ無情を地で行っているぞ、俺。
ビンタを喰らった顔を鏡で見た。
広範囲に赤く腫れているのはビンタのせいだろう。
キスマークは・・・?
なんだよ、ビンタで上書きされたせいもあるだろうが、
相当ガン見しないと確認できないレベルじゃないか。
アイツ、これを見つけ出したってのかよ。もう千葉県警に入れよ。
ロクなことが無かった今日のことを忘れるために、早めに床についた。
「おにいちゃん、おんぶして」
1.おんぶしてやる ←
2.甘えるな、と一喝する
「ふふん。ありがとー」
「オマエは甘えんぼだなぁ」
「だってアタシ、おにいちゃんがだいすきだもん」
「ねえ、おにいちゃん、こっちむいて」
「なんだよお?」
ムチュ
「な、何するんだよ??」
「ふふん。アタシのまほう」
「魔法?」
「このまえ、まーおねえちゃんがおにいちゃんにしたのとおなじこと」
「えっ、オマエあれを見ていたの?」
「うん。だからアタシがもういちどすれば、まーおねえちゃんにかてるもん」
ムチュ ムチュ ムチュ
「くすぐったいな。上書きかよお」
「うわがきって、なあに?」
「・・・なんでもないよ。さ、家に帰ろう」
「うん!!」
ピピピ ピピピ ピピピ
目覚ましに起こされた俺は、なんて夢を見たんだと自己嫌悪に陥った。
エロゲそのものじゃないか。それも妹モノの。
どのタイトルなのかは思い出せないが。
でも選択肢が出てきたところからして、エロゲなのは間違いあるまい。
身支度をして廊下に出ると、桐乃と出くわした。
やべ。昨日の今日で邪推に基づく怒りが鎮まるはずもない。
罵倒・暴力を覚悟した俺だが、桐乃は俺の顔を見た瞬間、
顔全体を赤くして階段を駆け下りていった。
チッ。なんだよ。まだ怒っているのかよ。
「いってきまーす」
桐乃がいつもよりも早めに家を出て行った。
さしたる理由もないが、俺もたまには早めに登校しようと玄関を出た。
家の前には桐乃と一緒にラブリーマイエンジェル
あやせたんがいた。
「な、な、なによアンタ??」
桐乃がワケのわからない物言いをしてきた。
俺がイレギュラーに早く登校しちゃいけないのかよ。
「おはようございます、お兄さん!」
おお、朝からラブリーマイエンジェルあやせたんに会えるとは
ああ無情な昨日を吹き飛ばす幸運だ。
「ああ、おはよう」
挨拶を返し、さてどんな話題を振ろうと思案しながら
ラブリーマイエンジェルの顔を見たら・・・
見る見るうちに彼女の目の光彩から光が消えていった。
なにこれ? 一体俺がどんな地雷を踏んだと言うの?
「お兄さん、なんですか、ソレ・・・?」
「ソレって?」
「トボけるんですか? よく見なさい!!」
あやせは自前のコンパクトを開き、鏡を俺に向けて突き出した。
―――ッ!!
コレ、キスマーク? なんで?
夕べの時点でガン見しなければ見えないほど薄くなっていたのに、
なんで夕べよりも明らかに濃くなっているの??
「一体どういう説明をしてくれるのですか?」
「あ、いやコレは・・・」
「うるさい! 色魔!! 死ね!!!」
罵倒のジェットストリームアタックに続き、ビンタが炸裂した。
説明を要求したくせに、聞きもせずにビンタってどんだけ。
頬を張られた俺は地面に倒れ込んだ。
目の前には、スラリと細長い桐乃の美脚。
モデルの細い脚とはいえ、コイツは同時にアスリートでもある。
脚の効果的な使い方には長けているはずだ。
俺は踏まれたり、蹴られたりするのを覚悟したよ。
あれ? 何もなし?? 拍子抜けだ。
いっとくが、踏まれたり蹴られたりすることを期待していた
ワケじゃないぞ。
「さ、桐乃、行こう!!」
桐乃はあやせに急かされ、手を引かれて走り去っていった。
親友のあやせの暴挙に圧倒されたのか、桐乃は終始無言だったが、
あやせに手を引かれている桐乃は、申し訳無さそうな表情で
俺の方を何度も振り返っていた。
あーあ、今日もああ無情か・・・
学校から帰ると、リビングに桐乃がいた。
「・・・あのさ、今朝のことだけど・・・」
「朝から女子中学生にビンタされる高校生なんてキモすぎってか?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「じゃあなんだよ?」
「その・・・すごい久しぶりだったから加減がわからなくて・・・」
「はあ?」
「あやせに殴られたのもアタシのせい・・・と言えなくもないし」
桐乃はバツの悪そうな表情をしてうつむきがちに言った。
ナニ言っちゃっているの、この妹様は?
「意味わかんねえ。そもそも、あやせが誤解したことにオマエは
何の責任もないだろ」
「だから!・・・ほら、アタシがあやせと一緒に登校するなんて
イレギュラーなことじゃん? そこにアンタがかなり早く出てきちゃって、
あやせと顔を合わせちゃったのはアタシのせいと言えるじゃん?
でも色んなことが重なっちゃった事故だからしょうがないし」
本格的に意味がわかんねえ。
まるで何かの言い逃れをしているかのようだ。
俺とあやせが出くわしたこと、あやせが誤解したこと、
あやせがビンタしてきたこと、どれも桐乃のせいじゃない。
あえて犯人探しをするとすれば、いきなり濃くなったキスマークだろ。
でもそれは、俺の体のせいに決まっている。
『OVER WRITE』【了】
最終更新:2011年01月04日 12:09