「あ~もう、この子ちょうカワイイ……。これぞ妹ってカンジするよね!」
「…………」
我が妹、桐乃は只今エロゲを絶賛プレイ中だ。……俺の部屋で。
なんで俺の部屋なのかというと、
『なんかさー、あたしの部屋の暖房調子悪いんだよね。だからしばらくアンタの部屋でやるから』
だそうだ。
リビングでやれと言おうとしたが、さすがにリビングでエロゲは無理だよな。
しかしエロゲやりたいがために、兄の部屋に居座る妹って……。
「ほら見て見て! この服の裾をキュッと握るトコとか、も~たまんない!」
ちなみに、桐乃の指さす先のモニターの中では、エロシーンの真っ最中である。
いたたまれねぇ……。コイツわざとやってるんじゃないだろうな。
「お前な、それで俺にどういうリアクションを求めてるんだ……。『そうだな、たまんねぇ!』って言えばいいのか?」
「うわ何それキモッ」
どうすりゃ良いんだよ。
「ねえ、喉乾いたし、飲み物とお菓子持ってきてくんない?」
挙げ句の果てにこれか。
「そんなの自分で――」
「あ、見て見て。この顔ちょ~エロ可愛いよね!」
「おう行ってくるぜ!」
くそっ、エロシーン終わるまではぜってー戻ってこねーかんな!
リビングへ降りて適当に、飲み物と菓子を漁る。
え~っと、引き出しにスナック菓子がいくつかとポッキーがあったな。
あとは冷蔵庫にチョコがあったから、これも持ってくか。
しばらく時間を潰して部屋に戻ると、
「遅っ! 飲み物とお菓子持ってくんのに、いつまでかかってんの?」
ありがたい言葉で出迎えられた。うるせーな、こっちにも事情があんだよ。
「悪かったな。にしたって、お前には労いの言葉をかけようとか、そういう気持ちはないのか?」
ないよな。分かってるよ。
ところが、
『ありがとう、お兄ちゃん』
急に可愛らしい声が響いた。
「お前それエロゲの音声再生しただけだろうが!」
「はあ? アンタのご希望通りにしてやったんでしょうが。感謝しなさいよ感謝」
これである。可愛くねえ……。
「アンタちょっと代わりにやっててよ。あたし隣で見てるから」
「へいへい」
妹は水分補給&軽食タイムに入るようだ。その間は俺が代わりに進行する。
兄妹によるエロゲ協力プレイとか聞いた事ねえ。
だがもうこんなのは慣れっこだ。慣れたくなかったが。
ふと隣を見ると、桐乃がチョコの箱と睨めっこしている。何してんだ?
「どうした?」
「えっ? いや別に……つかジロジロ見ないでくんない? キモいから」
急にそっぽを向いてチョコを頬張り始める。相変わらずよく分からんヤツだ。
カチ、カチ、というクリック音だけが響く。
俺が黙々とプレイしているのもあるんだが……、さっきから桐乃が無言だ。
さっきまでは、はしゃぎながらプレイしてたくせに、急にどうしたんだか。
時折目を向けても、こっちをチラチラ見るだけで何も言わない。
何か怒らせちまったかな? そう思っていると、
「ねえ……京介」
きょ、京介!?
声に振り向いたところで、急に口の中に何かを押し込められた。
「ムグッ!? な、なにすんだ」
これは……チョコか? でもなんか変な味のチョコだな。香りが強いっていうか……。
慌ててさっきのチョコの箱を確かめる。
「これアルコール入りじゃねえか!」
しかも中身は空だ。コイツほとんど全部食ったのか?
「……んー?」
なんか返事が適当だ。顔も少し赤い。
「お前、もしかして酔ってる?」
「酔ってないしー」
酔っ払いはみんなそう言うんだよ、というフレーズが頭に浮かぶ。
いやいや、でも酒チョコ一箱くらいで酔うものなのか? つーか一口目で気付けよ!
「ねえ、これやりたい」
急にモニターを指差す桐乃。
画面に目を向けると、男女がポッキーの両側をくわえているシーンだ。
いわゆる
ポッキーゲームってやつだな。
「って、やらねえよ! 一人でやれよ!」
「バカじゃん? 一人で出来るわけないし」
そうだね。
酒入った相手に突っ込まれるとは……。
微妙に凹んだ俺をよそに、桐乃はポッキーを一本取り出す。
そして口にくわえて、「ん」とこっちに突きだしてきた。
「おいマジでやんのかよ! 無理だって!」
よく見たらコイツ顔が真っ赤だぞ。絶対酔ってるだろ!
「んー」
そのまま俺の口まで近付けてくる。
俺は口元を引き結んで必死に抵抗していたのだが……。
「ん、ん、ん」
今度は、くわえたままのポッキーの先端で、俺の口の周りをツンツンしてくる。
このままでは、俺の顔がチョコまみれになってしまうじゃないか。
つーかそれが目的じゃないだろうな。
ええい、仕方ない。
ポキッ
俺は、ポッキーの先端部に口をつけて、すぐに折り取ってやった。
少しとはいえ顔が近づいて、不覚にもドキリとする。
「ほ、ほら、これで良いだろ」
桐乃は不満顔だったが、仕方ないといった顔でポッキーの残りを食べている
ふう、いや一時はどうなる事かと……。
「って何食わぬ顔で二本目を取り出すな!」
「え? だってまだあるし」
「使い切る気かよ! 俺をあと何回辱める気だ!」
「えっと…………、十五回」
いちいち数えたのかコイツは。酔っててもそういう事は出来るのね。
「それちょっとよこせ」
「あっ、ちょっと!」
桐乃からポッキーの箱を取り上げて、中身を一気に貪る。
よし、これで俺を脅かすものは無くなったぜ!
俺が安堵の溜息をついていると、
「……そんなにあたしとするの、嫌なの?」
当たり前だろ、という言葉を飲み込む。
桐乃はさっきまでとはうってかわって、沈み込んだ様子で――
「あたしのこと、ほんとはウザいとか死ねとか思ってるんでしょ?」
それ、お前が俺にいつも言ってる事だよね?
「いや、お前何言って――」
「あたしのこと、嫌いなんだ」
悲しそうに、ポツリと呟いた。
その言葉に、何故か胸がチクリとする。
「そ、そんな事ねーって」
慌てて言い繕う。
「嘘」
「ほんとだって」
「……じゃあ好き?」
ぐ、と詰まる。
嫌いじゃないから好きとか、飛躍しすぎだろう。
酔ってるせいか、普段と様子がまるで違う。
俺が答えないでいると、
「やっぱり嫌いなんだ」
ああもう、どうすりゃ良いんだよ。
というか演技でからかってるんじゃないだろうな……。
俺が黙っているのをどう受け取ったのか、ついに目尻に涙まで浮かべ始める。
おいおいマジなのか? それとも泣き上戸とか、そういうやつなのか?
何にせよ、もうこっちが限界だ。コイツの泣き顔なんて見たくない。
酔った上での事なら、適当に合わせるくらい良いだろう。
「す、好きだぞ」
「……ほんと?」
「ああ、なんせ俺はシスコンだからな」
くそ、予想以上に恥ずかしいぞコレ。何の罰ゲームなんだ。
「じゃあ、証明して」
「どうすれば良いんだ?」
まだあるのか、と内心思ったが毒を食らわば皿までだ。
桐乃はしばらく言いにくそうにしていたが、意を決したように口を開くと、
「……キス、して」
しっかりと俺の目を見据えて、そう言った。
一瞬、思考が停止する。
キスって、俺と、桐乃がか?
そんな事出来るわけ――
だが桐乃の目を見て、そんな考えは吹き飛んだ。
不安そうな、怯えているような瞳。
でもそれでいて、前に進もうとしているような、そんな目だった。
なんだか胸がザワつく。鼓動が早くなるのを自覚する。
何かが俺の中で変化していくような、そんな錯覚に囚われた。
……俺も酔ってるのかもな。あんなチョコ一個で。
もう適当に合わせるなんてのは、やめだ。
酔いが醒めた後に酷い事になりそうだが、それも仕方ないと覚悟を決める。
こんな目をしている桐乃を、俺は放っておけない。
応えてやりたい。本心からそう思った。
桐乃の肩を掴んで引き寄せる。
一瞬身体を硬くした桐乃だったが、すぐに力を抜いて俺の胸に両手を添える。
少しの間、視線が交わって……そのまま唇を合わせた。
小鳥が啄むようなキス。
時間にして1秒もないだろう。
「こ、これで良いか?」
間が保たず、取り繕うように訊いてみる。
桐乃は顔を少し俯かせ、俺の胸を指で少しなぞっていたが、
「……もう一回、して」
甘えるような声音で囁いた。
「んっ……ちゅっ……」
もう一度唇を合わせ、今度は舌で少しだけ唇を舐めてやる。
桐乃も応えるように少し口を開け、舌をちょっとだけ出す。
「ん……んっ、ん……」
しばらくして、どちらからともなく離れた。
ほう、という吐息が漏れる。
桐乃は俺の服をキュッと握り、俺の肩に頭を乗せてきた。
俺はそのまま桐乃を抱きしめて、頭を撫でてやる。
なんだか安心したような顔でそっと目を瞑る桐乃。
可愛いな、こいつ。
柄にもなくそう思った。
しばらくの間そうしていると、規則正しい寝息が聞こえてきた。
酔いが回ってきたのかもしれない。
――前にもこんな事があったような気がする。
子供の頃にベソをかいていた桐乃をあやして、眠るまで付き合った。
今の状況と、とてもよく似ている。
ただ一つ、早鐘のように鳴る俺の鼓動を除いて。
翌朝、酔いの醒めた桐乃に半殺しにされるとばかり思っていたのだが――
「ま、まぁ今回の事はあたしも悪かったし? 特別に許してあげるから感謝しなさいよね」
という寛大なお言葉を頂いた。珍しい事もあるもんだ。
「でもあんたがあたしの、く、唇を奪った事は事実なんだから、責任とんなさいよ」
あれはお前が迫ってきたから仕方なく、なんて言うつもりはない。
紛れもなく俺自身の意志でした事だからだ。
「わかったよ。どうすれば良い?」
「そのくらい自分で考えたら?」
言うと思ったよ。
うーん、責任。責任ねえ……。
そこでふと閃くものがあった。
後から振り返ってみれば、自分でもちょっとどうかと思う。
でも思いついた時は何故か名案に思えてくるんだよな。あるよねそういう事。
「よし、桐乃」
「なに? もう決まったんだ」
「ああ。キスして良いか?」
は、と固まる桐乃。
「な、何言ってんのアンタ!?」
「いやだからさ、責任とってキスする事にした」
「意味わかんないし! キスした責任とって、キ、キスするとか!」
そう言われると返す言葉もないんだけどな。
「良いだろ。俺がそうするって決めたんだから」
しっかりと桐乃の目を見据えて言う。
「う……ちょっと……だって……」
「……ダメか?」
「か、勝手にすれば?」
どうやらお許しが出たようだ。
桐乃の肩を引き寄せ、そっと唇を合わせる。
ほんの少し触れるだけの、小鳥が啄むようなキス。
ちょうど昨日と同じだ。それならきっと、この後も同じなんだろう。
「これで良いか?」
「……もう一回して」
最終更新:2010年12月27日 21:47