ある日、いつものように俺が学校から帰ると家の前から救急車が
走り去って行くところだった。
急いで家にはいると、お袋が玄関で呆然として座り込んでいた。
「お袋!何があった!しっかりしろ!」
俺はお袋の肩をつかみ聞くが
「…桐乃が…桐乃が…」
と呟くだけで埒があかない。
とにかく桐乃に何かあったことだけは確かなので、
親父に電話してお袋にどこの病院に行ったのかを無理矢理聞き出し
家を飛び出した。
病院に着くとそこはさながら戦場のような有り様だった。
次々と運ばれてくる患者に医者と看護士が応対しているが、
患者の数が多く対応仕切れてない。
呆然として病院のロビーを眺めていた俺の横を一台のストレッチャーが走り抜ける。
そのストレッチャーの上の患者を見て、驚きの余りに俺は目を見開いた。麻奈実だ。
「おいっ!麻奈実!しっかりしろ!どうしたっ!何があった!」
そう言って麻奈実に近付こうとするが看護士に遮られて近づくことができない。
「離せっ!なんで麻奈実が!いったい何が起きてるんだ!!」
「落ち着いてください!今患者に近づくのは危険ですっ!!」
そう言って看護士が俺を羽交い締めにしてくる。
「アイツは俺の幼馴染みなんだ!それに危険ってのはどういうこった!?」
俺はとにかく麻奈実に近付こうと足掻くが近付くことは出来なかった。
「アナタ今の患者さんと幼馴染みなんですね!?本当に!?」
看護士が突然顔色を変えて聞いてくる。
その豹変ぶりに驚きながらも俺は答えた。
「ああ、今運ばれていった奴とは幼馴染みだし、此処に俺の妹が運ばれてきている筈なんだ。
なあ、いったい何が起きているか教えてくれないか?」
看護士は俺の話を聞くと押し黙って何か考え始めた。
そして俺の腕をとり何処かに連れて行こうとする。
「すみませんが、これから一緒について来てもらえますか?
そこで今回の事の説明もしますから」
そう言って看護士さんが俺を引っ張って行く。
とりあえず今起きていることを説明してもらえるらしいので
俺も大人しくついて行くことにした。
並んでいる診察室の一つに入れられ
「今先生を呼んできますからちょっと此処で待ってて下さい」
そう言って看護士さんが診察室から出て行く。
俺は不安な心を押し殺してとにかく先生が来るのを待った。
どのくらい待っただろう、1分が1時間にも感じられる中ようやく先生がやってきた。
「先生!いったい何が起きているんですか!?なんで家の妹や麻奈実が
運ばれてきてるんですか!?今すぐ説明してください!」
俺は先生の顔を見たとたんにそう叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「取りあえず落ち着いてください。これからその説明をしますから」
そう言って先生が俺を宥める。
「落ち着いてなんかいられませんよ!妹が救急車で運ばれたと思ったら、
幼馴染みまで運ばれてきてるんですから!とにかく何が起きているんですか!?」
先生に詰め寄って言うが押し留められる。
「いいから落ち着いてください。その説明をするために貴方にも
協力してもらわなくてはなりません」
「協力?」
説明をしてもらうのに何故俺の協力が必要なんだ?
俺は訝しげな表情で先生を見た。
「はい。協力です。これからアナタの血液と汗を採集します。
それから今貴方の着ている服を貸してください。
これは今起きていることを説明するのに必要なんです」
そう言って先生は俺を真剣な眼差しで見てきた。
とにかく今の状況を説明する為には俺の血や汗が必要らしい、後なぜか服も。
俺は疑問を覚えながらも協力する事にした。変に拘っている場合ではないのだ。
「服は取りあえずこれに着替えてくれたまえ。あ、下着も用意するから換えくれたまえ」
そう言って先生はサイズを聞いて看護士さんに用意するように伝える。
用意された下着と服(と言っても入院着だが)に着替え、
血と汗を採集された後、同じ診察室で待っていた。
暫くしてから先生が戻ってきた。俺は今度こそ今回の事を説明してもらえる
と思い居住まいを正す。
「待たせてすまないね。結果が出たんで今回のことを説明しようと
思うが良いかな?」
椅子に掛けながら先生が俺を見ながら言う。
「はい。
お願いします」
俺も緊張した面持ちで答える。
「先ず今回の事だが、あるウィルスによるものでね…
このウィルスが市内で爆発的に増殖感染しこの騒ぎになったんだ」
「ウィルス?」
「そう、ウィルスだ。しかも今現在も感染者は増殖中だ」
厳しい顔で先生が言う。
「いったい何のウィルスなんですか?
それに…そのウィルスに桐乃や麻奈実も感染してるんですか?」
なんてこった!!桐乃や麻奈実がそんなウィルスに感染してるなんて…
そして俺もそのウィルスに感染してるんだろうか?
「先生…そのウィルスに俺も感染してるんでしょうか?」
不安になり思わず聞いてしまう。
「イヤ、君は感染はしてないよ。このウィルスは思春期の女性にしか
感染しないウィルスでね…だから男である君は大丈夫何だが…」
そこで先生が言い淀む。
「とりあえず、患者を見てもらおう。その方が説明し易い。コッチに来てもらえるかな」
そう言って先生は俺を隔離病棟へと案内した。
病棟内の病室は一部がガラス張りで内部がよく見えた。
その中の一室の前で先生が立ち止まり、俺も立ち止まって病室の中を見る。
「このガラスはマジックミラーになっていてね、
向こうからは見えないようになっているんだ」
先生の説明を聞きながら俺は病室の中を凝視していた。
病室の中には桐乃がいた。桐乃は起きていてベットの上で座っていた。
「桐乃…」
俺は病室の中の桐乃を痛ましげに見やりながら呟いた。
桐乃は不安げ様子で病室内を見回している。
すると病室の壁の一部に設えられた小窓らしき所から何かが病室に入れられた。
それは布のような物でなんか見覚えのある物だった。
その布切れに桐乃はフラフラとよっていき手に取る。
「あれは…なんで!?」
それは…その布切れは…さっきまで履いていた俺のパンツだった。
「なんで!?なんで俺のパンツが桐乃の所に!?先生!どうゆう事なんですか!?」
「まあとにかく見ていたまえ。見ていれば解るから」
驚いて詰め寄る俺を押し止めて病室の方を見るように促してくる。
訝しく思いながらも俺は病室を、桐乃を見た。
するとそれまで普通にしていた桐乃の様子があきらかに変わっていた。
『……スンスン…スンスン…ハアー…』
ガラス窓の横に付けられたらスピーカーから病室内の音が聞こえてくる。
桐乃は顔を近付けて俺のパンツの臭いを嗅いでいる。
『こっ…これは…間違いない。兄貴のパンツ…』
桐乃の口から呟きが漏れる。俺はそんな様子をただ眺めていた。
「そろそろ症状が現れ始める筈だ。よく見ていたまえ」
先生が俺を横目で見やりながら言う。
「最初はちょっとショックを受けるかもしれないが…しっかりと受け止めてほしい」
先生は俺を気遣ってそう言ってくれたが俺はもう先生の事を
気にしてなんていられなかった。
ガラス窓の向こうで桐乃は俺のパンツに顔を埋めて肩を震わせている。
『……!……っ!?』
そのうちにスピーカーが桐乃の小さな呟きを拾って流し始める。
『…パ…パンツ…アニキノパンツ…』
それまで小さすぎて聞き取れなかった桐乃の呟きが聞こえ始めた。
何だか嫌な予感が俺の頭をよぎる…。そしてその嫌な予感はスピーカーから流れてきた。
『…ンフ…ンフフフフ…兄パンゲットォォオォォオォォオォォオ!!
なんで!?なんで此処に兄貴のパンツがあんの!?
でもこの臭いは間違いなく兄貴のだよね!?
キモッ!キモッ!こんなとこまで来てアタシにパンツの臭いを嗅がすなんて
変態っ!!鬼畜っ!!マジ病気っしょ!?』
そんなことを叫びながら桐乃は病室の中を右へ左へと転げ回っている。
『ンハアァァァ……兄貴の臭いがアタシを犯してるぅぅぅ…
妹犯すなんてマジ変態っ!!マジ鬼畜っ!!そんなに妹にちんぽしゃぶらせたいの!?
そんでザーメン飲ませたいの!?キモォォォ!妹にザーメン飲ませたいなんて
マジ病気っ!!死んでいいからっ!!あっ!でも駄目っ!!兄貴死んだら駄目っ!!
兄貴死んだらアタシが生きていけなからぁぁ…好きぃ…兄貴大好きぃぃ』
あまりのことに俺は呆然として桐乃を見ていた。
シャッとカーテンが引き下ろされる。俺は呆然としたまま先生を見た。
「驚いたかね?まあ無理もないか。妹さんのあんな姿を見てしまったんだからね…」
先生はそう言いながら隣のガラス窓に近付いていく。
俺はフラフラと先生の後をついて隣のガラス窓に近付いた。
「実はね、この患者も君の関係者だと思うんだがね。ちょっと見てくれるかい?」
そう言って先生はガラス窓に掛かっていたカーテンを上げていく、
その先には桐乃の親友の
あやせが俺のシャツを自身の身体にまとわりつかせていた。
『変態っ!!変態っ!!やっぱりお兄さんは変態ですっ!
わたしに抱きついて何しようとしてるんですかっ!通報しますよ!?
こんな臭いを嗅がせて…おかしくなっちゃうじゃないですか!?』
「彼女が此処に来たときには意識が有ってね、君の妹さんを見て
自分の友人だと言ってたし、症状も同じ感じだったんで
君のシャツを渡したらこうなってしまったんだ」
スピーカーのスイッチを入れながら先生がそう言ってくるが
俺はそんな先生の話を聞いちゃいなかった。
『全く、お兄さんはわたしにこんな事をしてどうするつもりなんですか!?
こんなセクハラしてっ!ぶち殺し…』
ただ呆然と見ていた俺の前にカーテンが下ろされ、
スピーカーから流れていたあやせの声が聞こえなくなる。
それでも俺はまだガラス窓の方を見ていた。
「クンカウィルスだよ」
先生やるせなさげに言ってくる。
「クンカ…ウィルス?」
「そう。クンカウィルスだ。君の妹さんと今見た新垣あやせさん。
それから幼馴染みの…田村麻奈実さんだったかな?
はクンカウィルスに感染してるんだよ」
先生が桐乃達が感染したというウィルスの事を俺に話し始める。
「このウィルスが発見されたのはごく最近でね。まだそれ程詳しい事は
解っていないんだ。」
「感染した人間が執着している人、物、動物とにかくその感染者が
拘っているモノの臭いを嗅いで廻るんだ」
「このウィルスは致死性は低いものの、興奮作用が強くてね。
それに一定時間を過ぎ、その間に自身の執着物の臭いを与えられないと
頭痛、吐き気、目眩、幻視、幻聴とまるで麻薬患者のような
症状を診せるんだ」
先生が淡々と症状を語ってくる。
「ワクチンは…有るんですか?」
俺は一縷の望みを賭けて聞いてみるが、先生は黙って首を横に振った。
「さっきも言ったようにこのウィルスはごく最近…3年前に発見されたばかりでね、
症例も少なく、研究も遅々として進んでいないんだよ」
先生の言葉に俺は身体の力が一気に抜け、 その場にへたり込んでしまう。
「…じゃあ…じゃあ、桐乃達はずっとこのままなんですか…?」
俺は全てが終わったような絶望感に満ちた声で呟いた。
「君がそんな事でどうする!?君がそんな風に諦めていたら
治るものも治らないじゃないか!」
先生が俺を叱り飛ばす。
「でもワクチンは無いんですよね?それなのにどうやって治すって言うんですか?」
「この感染症はさっきも言ったように致死性は低い。
それに研究が進んでいないと言っても全く進んでいない訳じゃない。
米疾病予防管理センター(CDC)や世界中で研究もされている。
そして、自然治癒した例もある。絶望するにはまだ早い」
先生が俺の目を見て真剣に言ってくる。
…へっ、俺が感染してるワケじゃないのに諦めてどうすんだってな。
「わかりました先生。俺が出来る事なら何でも協力しますからあいつ等の事
よろしくお願いします」
「うむ、全力を尽くそう」
それが俺と…イヤ、俺達とクンカウィルスとの闘いの幕開けだった。
[完]
最終更新:2011年01月04日 12:02