「お兄さんからメールの返事きたの?」
「ん~、全然。あの馬鹿、あたしが相手してやってるのに何トロトロしてんだか」
桐乃と一緒に下校してると桐乃が深くため息をついていた。
最近桐乃の雰囲気が変わった気がする。
なんだろう、上手く言い表せないけど。
今日だって何かいつもと違ってた。
『桐乃の兄貴ってさー、マジ地味だよなー』
『まあね。妹としても少しは自分のおしゃれ気にしろって思うわね』
『あたしが妹だったらとっくに絶縁ものだし、桐乃ついてないんじゃね』
『・・・兄貴はかっこいいっつうの』
『あん? なんか言った桐乃?』
『何も言ってないよ?』
加奈子とお兄さんの話している時もいつもの桐乃と違っているのが何となく気づいた。
最近お兄さんの事を貶されると凄く怒ったような雰囲気になってる。
一年前も少し反応してたけど最近はもっとわかりやすい。
「加奈子はあんなこと言ってたけど、私はわかってるよ。お兄さんって時々優しくて頼りになるよね」
ちょっと引っ掛けてみる事にする。
すると桐乃はビクッと反応して私を見つめておもむろに叫ぶ。
「だ、だよね」
「・・・・・・桐乃?」
やっぱりいつもと違う。
私の冷えた視線に気づいた桐乃は慌てて口を噤んだ。
「やっぱり今のノーカン、別にあいつ頼りになんないし」
「そうかな、あれで変態じゃなかったら私は結構頼りになると思うよ?」
「うぅ・・・・・・頼りになんないって」
そう思うならその凄く悔しそうな顔は何なんだろう。
まるで言いたくもない事を無理やり言ってるみたい。
「それじゃ、またね桐乃」
「うん、また明日」
いつも通りの場所で桐乃と分かれる。
ただ今日はちょっと桐乃の後ろを付いていこう。
別れた桐乃の背中を気づかれないように慎重についていく。
すると、桐乃は明らかに人通りの無い裏路地に入り込んだ。
私も気になりその路地に入る。
すると、奥から地面が揺れるような声が響く。
「ありえない! 兄貴は頼りになるよ嘘ついてゴメン!
でも兄貴はシスコンだからあたしがカミングアウトして友達いなくなったら悲しむじゃん!
妹好き兄貴絶対に気にしちゃうじゃん! だからごめんね兄貴あたし今日嘘ついた!
兄貴が地味すぎるから悪いんだけど、でも兄貴は何も悪くないし! 社会不適合判定赤丸だけど悪くないし!
ああぁぁぁぁああぁぁん! 兄貴ったらシスコンすぎいぃぃぃ! シスコンこじらせすぎっ、すごいっ!
シスコニウムで絶対出来てるっ、原子は絶対siだよ! 既にそこにケイ素があるけどあんな黒いのだめ!
今からsiは絶対シスコニウム決定! あああああぁぁぁん! 兄貴新しい原子発見しちゃった!
兄貴大好き!」
何か奥で痙攣しながら独り言いってる。
何言ってるのかいまいち聞き取れないけど電話でもしてるのかな?
それから二分たったごろ、桐乃がぴたりと止まる。
するとそのまま向き直って裏路地を出て行った。
やっぱり怪しい。
けれどこれ以上は流石に気づかれそうだから今日はあきらめる事にしよう。
それから数日、依然として桐乃を調べているけど判った事がある。
間違いなく桐乃はお兄さんをその・・・・・・エッチな目で見てる。
確かにお兄さんは時々凄く優しいし、少しは・・・・・・いいなって思うけど。
それでも、やっぱり兄妹でそういう関係は良くないと思う。
やっぱり親友なら桐乃を止めないといけないよね。
そして翌日の日曜日、私はお兄さんをいつもの公園に呼び出した。
「
あやせたんが俺を呼び出すのも久しぶりな気がするな。今日も桐乃の事か?」
「えぇ・・・っていうかその呼び方やめてください、気持ち悪いです。あっち行ってください」
「自分で呼び出しておいてあっちいけとな?」
相変わらず変態のような事を言うお兄さんだが、実は私は気づいている。
お兄さんが実はそれほどオタクではない事を。
どちらかというと桐乃がお兄さんを染めているんじゃないかと考えている。
でも桐乃は相変わらず尊敬できる友達だし、お兄さんは変態だけど人間性は凄い頼りになる。
この二人のお陰で私のオタクへの偏見も正直薄れている。
「で、なんだ。桐乃とまたケンカでもしたのか?」
「いえ、今回はそういうのではないです」
私の懐には桐乃の独り言を録音したテープがある。
昨日桐乃をつけて録音したばかりの新鮮なもの。
これをお兄さんに見せて、注意してもらおうと思ってたけど・・・・・・
なんか桐乃に悪い気がする。流石にこれはバラしていい事じゃない。
何より桐乃の気持ちも何となくわかる気がするし。
「やっぱり何でもないです。その、今日桐乃家にいます?」
「今はいないと思うが、確か今日は二時あたりに部活終るって言ってたぞ」
「そうですか、じゃあ私桐乃にちょっと会っていきます」
やっぱりこういうのは本人に言わないとダメだ。
たぶん桐乃怒ると思うけど。
「それじゃあ俺は出かけるから、桐乃は靴もあるし帰ってるな。そのまま上がってくれ」
「はい、それでは」
お兄さんと玄関で別れてから桐乃の部屋に向かう。
桐乃に事前に連絡してなかったけど、大丈夫だよね。
階段を上ってお兄さんの部屋を横切ると、その中から何か声が聞こえた。
『ウザっ! マジウザッ! 何これ相変わらず眼鏡モノばっかじゃん!
あたしがあれだけ妹の良さを高説してやってんのに何も変わって無いじゃん。
バカなの? それとも鈍いの? あたしの事なんか欠片も興味ないって言いたいわけ?
あれ、何これ。妹モノあるじゃん。キタッ!妹モノキタコレっ!
キモすぎいぃぃぃ! なに妹に欲情してんの吐き気するんですけど!
でも違うよ! この吐き気は兄貴がキモイとかじゃないよ! つわりだよ!
あああぁぁぁああん! 想像妊娠しちゃった! 兄貴のエロ妄想があたしを妊娠させたっ!
最悪っ、妄想で妹の進路決定させるとかどれだけ想像豊かなの?
これじゃあ私の進路調査表ママ決定じゃん。中学生おぱんぽんに赤ちゃん仕込まれた!
炊きたて赤ちゃんお腹に仕込まれちゃった! 兄貴大好き!」
・・・あれ桐乃の声だよね。
やだから、あそこに乱入とか私には無理だから。
っていうかお兄さんの部屋で何してるの桐乃?
あとそんなに日常的に独り言いってお兄さんに気づかれてないのかな?
結局桐乃に声をかけれない私はお兄さんが帰ってくるまで外で待っていた。
今の桐乃と二人きりはちょっと怖い。
「あやせ、今日は泊まっていくのか?」
「はい、迷惑でなければ。家にももう連絡しちゃいました」
「あやせが迷惑になるわけないよ。両親もオッケーだって。
ってか兄貴、あんたがいると私とあやせと家族が迷惑だから今日は出て行きなさいよ」
「ざけんな」
これが本当にさっきの桐乃と同一人物なんだろうか。
「ったく、風呂沸かしといたから先に入ってろ。俺は最後に入るからよ」
「キモッ! どうせあたし達の残り湯とかで変な事考えてんじゃないの?
妹の友達がきている時ぐらい変態なの隠すくらいしてよね。浴場に欲情してんじゃないっての」
「何で俺がお前らの残り湯に欲情しなくちゃならないんだよ! あと全然上手い事いってないぞお前そのドヤって顔やめろ」
ふんっ、と桐乃が息巻くとお兄さんはため息をついた。
「・・・かといって俺から入るとお前絶対怒るだろうが」
「当たり前でしょ。あんたの後とかキモすぎて入る気失せるっつーの」
これだけ見たらいつもの桐乃なんだけどな。
さっきのアレを見たせいでもう何が何だかわからなくなってきた。
「あやせから先に入って。このバカが覗かないように見張ってるから」
「人聞き悪すぎんぞお前っ、どれだけ兄貴信用してねえんだよ!」
「で、その後あたし入る。その後お母さん達で最後兄貴ね。ってかあんた気を利かせてどっか行きなさいよ、帰ってこなくてもいいからさ」
「き、桐乃・・・・・・」
流石にお兄さんが可哀想になってきた。
「ん~、すっきり。それじゃああたしの部屋いこっ」
「う、うん」
「相変わらず長いなお前の入浴時間は。もう湯が冷めてんじゃねえのか?」
「ウザい、妹の入浴時間計ってるとかどんだけ変態なわけ?」
「今日は容赦ないなお前・・・」
今日はってことはいつもは違うんだろうか。
お兄さんもあれだけ言われてそれほど怒っていない所を見ると慣れているのか、それとも桐乃に思うところがあるのか。
やはり・・・・・・二人がそういう関係の可能性もあり得るのかもしれない。
その後、三時間ほど桐乃と色々なことを話していた。
『ふぁぁ~~~あ・・・・・・今日はもう寝るか』
すると隣の部屋から兄さんの声が聞こえてきた。
前から思っていたけど桐乃とお兄さんの部屋の境の壁が凄く薄い気がする。
そういえばついでにもう一つ前から思っていた事があった。
「桐乃とお兄さんの部屋のベッドってちょうど壁を境にくっついてるよね」
「え゛?」
露骨に動揺する桐乃。
間違いない、何か隠してる。
ざわざわと、胸の奥底から――――激情が漏れ出す。
「桐乃、何か私に隠してない?」
「か、隠してるってなにを? やだなぁあやせ、そんなの無いよ~」
「ウソ、ウソウソウソ。だってわかるもん、桐乃なんか隠してる。
ほらコレ、証拠だってあるんだよ? これでも隠し事が無いっていうのかな?」
桐乃の声を録音したプレーヤーを再生する。
すると桐乃の顔がみるみるうちに青く染まる。
「
お願い、これ絶対に兄貴に聴かせないで」
「うん、私もそんな事する気はないよ。
でもね、桐乃が私に隠し事しちゃうんなら私ももしかしたらうっかりしちゃうかも」
桐乃は私に怯えているのか俯いて肩を震わせている。
そんなに怯えさせるつもりは無かったんだけど。
「わかった。今から言う事全部誰にも言わないならあたし達の関係教える」
「もちろん誰にも言わない。約束するよ、桐乃」
そして全部知ってしまった。
桐乃とお兄さんの関係の全てを。
だが不思議と嫌悪感や拒否感は無かった。何故だろう、本当にあっさり受け入れられた。
「本当にお兄さんは桐乃に・・・その・・・・・・」
「何? セックス?」
あっさり言う桐乃に気圧される。
「そ、そう。してないの?」
「うん、責任取れるようになるまでは絶対にしないってさ」
胸を張って答える桐乃。
うん、ウソじゃないみたい。何となくわかる。
お兄さんはそういう人だ。
「で、どうするの?」
「どうするって、何が?」
「あたしの事、嫌いになった?」
桐乃が私にビクビクしながら聞いてきた。
怯える桐乃も可愛いなぁ。
「嫌いになるわけ無いよ、これからもずっと私達は親友だよ?」
「そ、そう。よかったぁ・・・」
「お兄さんも真剣に考えてるみたいだし、私が反対しても二人とも考え直してくれないんだよね?」
「もちろん。私も兄貴ももう将来の事考えてる」
「そっか・・・・・・」
おかしいなぁ。いつもの私なら絶対に許さないのに。
どんな事をしてもお兄さんと桐乃を分かれさせようとしてたと思うのに。
何故か全くそんな気持ちがわかない。
祝福しようとは思えないけど、二人の邪魔をする気はしない。
ただ、何故か胸の奥底にチクリとした痛みがあった。
その後、桐乃とギクシャクする事もなく和解して一夜を過ごした。
翌朝。
何故か違和感を感じて目が覚める。
なんだろうと周りを見渡したら桐乃の姿が無かった。
お手洗いかな?
気にせずもう一度布団に潜り込むも寝付けない。
仕方なく顔でも洗おうかと桐乃の部屋を出て一階に下りると何やらリビングから声が聞こえた。
『あ―――シス――――きもい――――』
間違いない、桐乃の声だ。
どうしたんだろうと思い扉に手をかけようとした時、嫌な予感がして手を止めた。
そのまま耳を近づける。
『兄貴いぃぃぃいいぃぃぃん! マジ策士! マジ兄貴生命保険!
こうなること見越してんだねっ、兄貴が手を出さなかったから正直に言っても嫌われなかったよ!
けどあたし達いつかエッチしちゃうからっ、未来融合しちゃうのも時間の問題だから!
もう未来のあたしの純潔兄貴に奪われちゃってる! あ、奪ってないっ、捧げてるんだ!
兄貴のエレファントカシマシを私がサウダージしちゃってる! 最低だ未来のあたし!
童貞兄貴教育しちゃってる! 兄貴へたくそすぎっ、女の子の扱いなってなさすぎ!
でもいいよ、あたしが一つ一つおしえてあげ・・・・・・あ、あたしも初めてだ。
ああぁぁぁああぁぁん! 二人ともマグロとか初体験グダグダすぎいいぃぃいい!
頑張っちゃう! あたし兄貴のためにいっぱいエロゲで勉強しちゃうから!
床上手な処女? キタッキタコレッ! 好感度今上がった!』
・・・お兄さんの事を考えてやっぱり止めたほうがいいかも。
「なにやってんだあやせ?」
「え!? あ、おはようございますお兄さん。早いんですね」
後ろからお兄さんが歩いてきた。
「あぁ、ちょっと喉が乾いて目が覚めたんだ」
「あ、駄目です!」
お兄さんがリビングのノブに手をかける。
まずい、流石に今の桐乃を見せるわけにはいかない。
「お兄さん、私お兄さんの部屋に行きたいです!」
「よしきた。茶なんて飲んでる場合じゃねえ」
「返事はやすぎです! 何考えてるんですか!」
とりあえずこの場からお兄さんを遠ざけるため手を掴んで二階に引っ張っていく。
心なしかお兄さんが照れているのが面白い。
こういうストレートな接触には奥手なんだろうか?
「ところでリビングから何か変な声が聞こえないか?」
「さ、さぁ? お猿さんじゃないですか?」
「さっぱりした部屋ですね」
「まあな。散らかすと桐乃やお袋の皮肉が飛んでくるし」
「ところで、この箱の中はなんですか? やっぱり変態ですか?」
昨日桐乃が言っていたお兄さんのスケベな本の隠し場所を指摘してみる。
「おっとおおおおぉぉぉぉおお!? なななんんであやせがソレをおおお!?」
見る見る内に顔を青ざめさせるお兄さん。
何かこの展開昨日も見たような。
「まあそれは興味ないのでどうでもいいです」
「そ、そっすか・・・」
とはいえ無計画にお兄さんを引っ張ってきたので特に話すこともない。
さて、どうしたものでしょうか。
そして一時間後、なんだかんだでお兄さんと話し込んでしまいました。
やはりお兄さんはそれほどオタクでも無いようで会話も平凡なものでした。
友達の話や以前見た面白かった事、私の仕事の話など至って普通な内容。
お世辞にもトークが上手いわけでもないですが、なんでしょう・・・なんだか胸がポカポカしてきました。
「――――でさ、その赤城ってやつがさ・・・・・・あやせ、どうした?」
「へ? あ・・・・・・いや、なんでもないです」
「でも何か顔赤いぞ、風邪でも引いたのか?
おでことおでこを合わせて体温計ごっこしちゃうか?」
「いえ、至って健康ですって。お兄さんは気にしないでください、気持ち悪い目で見ないでください」
お兄さんは訝しげにしていましたが、果たして私はどうしたのだろう。
お兄さんと話していると桐乃と遊んでいる時とは違う感じで幸せな気分になる。
そういえば前桐乃に見せてもらったライトノベルというものでこんな症状のキャラクターがいました。
それでその症状の原因は――――
「恋!?」
「なにっ来い!? いっちょ揉んでみっか!」
「変態! 変態!」
「あっ、ダメ! ブザーはやめて!」
まさか、コレが恋!?
私が桐乃のお兄さんに恋!?
「すすすすすすいません! 私ちょっと桐乃に会ってきます!」
お兄さんから逃げるように部屋をでる。
そのまま隣の桐乃の部屋に逃げ込む。
「で、兄貴に惚れちゃったってわけ?」
「・・・そうなのかなぁ?」
桐乃があきれた顔で私の相談に乗ってくれる。
「けどあいつ、その・・・・・・あたしの彼氏だよ?」
「そ、それはわかってるよ。だから桐乃の邪魔もしない、約束する!」
これが恋だとしても桐乃の邪魔はしたくない。
だからこの気持ちは心の奥底に沈めておく事にしよう。
こうして私の恋は始まりと同時に終わりを告げた。
その夜、あやせは夢を見ていた。
「んあああぁぁぁぁあぁぁあお兄さん! お兄さんお兄さん! おにっおにっ、鬼っ、お兄さん!
変態でスケベなお兄さん! 最低ですっ、妹と付き合うなんてレッドカードです! 退場!
妹の友達とかならイエローカードなのに! ラフプレーに徹しすぎます!
ばかっ、変態! ああぁぁぁ変態ついでに変体して私に襲いかかってきた!
既成事実作られたっ、頭のなかでお兄さんにレイプされた! 今お兄さんのものになりました!
モラルハザードですっ! 私の常識が規制されました!
でも大丈夫です、私お兄さんのことが大好きですから。
お兄さんの大正浪漫受け止めますから! お兄さんのためならルール破ります!
デモクラシーしちゃいます! お兄さん大好きです!」
最低な寝言だった。
終わりを告げなかった。
最終更新:2011年01月06日 14:16