結ばれた二人


AM3:15―――高坂家 京介の部屋


「―――桐乃‥‥‥起きてるか?」

俺は、俺のベッドで寝息を立てている桐乃に囁いた。

「う‥‥‥うん? 寝てたに決まってんじゃん」

眠りを掻き乱された桐乃は、いつも以上に不機嫌な様子で俺を睨んだ。

「‥‥‥いいか?」
「何よ?」
「ちょっと、我慢できなくなって‥‥‥」

桐乃はビクッと体を震わせ、全身を硬直させた。

「―――ッ!!! ちょっと、ナニ言ってんの?」
「仕方ないだろ! 限界なんだよ!!」
「ちょ、そんな大声! お父さんとお母さんが起きちゃうでしょ」
「二人ともいねえだろ」
「―――ッ!!‥‥‥」

親父とお袋が不在なことを思い出した桐乃は弱々しい声で言葉を紡いだ。

「どうしても、我慢できない‥‥‥?」
「ああ、もう無理!」
「‥‥‥じゃあ、いいよ‥‥‥」
「本当に?」
「こうなるのをずっと待っていたんだから‥‥‥」
「ありがとう」
「バカ兄貴‥‥‥やさしくしてよね‥‥‥」

桐乃は観念したような顔をして、細い体を縮こまらさせた。



それにしても―――クソ、あやせのヤツ!!

10時間前―――新垣邸 あやせの部屋


「お兄さんって、ガチ変態なんですよね?」

はぁ? ガチ変態? 俺が?
てか、あやせさん「ガチ」って言葉を使うようになったのですか?

俺があやせから自宅に誘われるのはこれで2回目。
ただし今回は桐乃同伴って条件付きだけどな。
俺たちを呼び出して一体何をするのかと思いつつ、
期待と不安が8対2の割合で新垣邸を訪ねたらこの有様だ。
要するに「近親相姦上等の変態鬼畜兄貴」である俺を糾弾するハラらしい。

「桐乃もそう思うでしょ?」
「はい、兄は妹に性的な興奮を覚えています」
「オイ、冗談も大概にしろ!」
「うっさい! シスコン!」
「シスコンなんかじゃねえよ!」
「フンッ!‥‥‥ あやせ、ごめんね、トイレ貸してくれない?」

桐乃は嫌な冗談を放った後、流れを変えるつもりなのか一旦中座するようだ。

「もちろんいいよ。ではお兄さん、両手を前に出してください」


あやせの手には金属の光沢目映い手錠が。
ん?‥‥‥手錠プレイですか? 冗談じゃねえよ。

「え? あやせ!? なにそれ?」
「だって、桐乃がトイレに行っている間、
 お兄さんと二人きりになるなんて気持ち悪いじゃないの」
「‥‥‥‥‥」

見ろ。桐乃まで目が点になっているじゃないか。

「さあ、お兄さん、早く手を‥‥‥」

手錠を持ったあやせが光彩を失った目で迫ってくる。
その瞬間、目の前が真っ暗になった。

「きゃ、なにこれ? 停電?」

桐乃が声を上げる。
シメタ―――。この闇に乗じて逃げてしまえ!
俺は立ち上がり、この部屋のレイアウトの記憶を頼りに、闇の中ドアに走った。

「逃がすかァ!!」

ひいいいッ! あやせのヤツ、なんて声を出すんだ!
光彩を失った瞳が闇の中で鋭い光を放った。そう思った瞬間、
俺は腕をあやせに掴まれ引き倒された。
倒れた先には桐乃がいたらしく、甘い香りがした。
ラッキースケベなんて思うなよ。これは事故だ。

俺の右手首に手錠の冷たい感触が食い込むと同時に「がちゃっ」と音がした。
そしてもう一度「がちゃっ」という音。
親父が我が息子の手錠姿を見たら嘆き悲しむだろうな。
最悪だ―――。あやせと関わると本当にロクなことがない。

しかし、停電から復帰して明かりが再び灯ると、事態は最悪を通り越し、
想像を絶するほどに悪いことに気づくのに時間はかからなかった。


俺の右手にはあやせが叩き込んだ手錠が嵌っている。
そして左手は‥‥‥いつも通りだ。何も嵌っていない。
あやせのヤツ、失敗したのか、と思って立ち上がると、

「ちょ、痛い!」

左手に手錠を嵌められた桐乃が叫び声をあげた。

冷静に整理してみようか。

あやせの理不尽な手錠プレイから逃れるため、
俺は闇に乗じて逃亡を図るも、
あやせに腕を掴まれて倒れ込み、
混乱の中、あやせは俺と桐乃を手錠でつないだ ←今ココ

「間違えちゃった。てへっ」

あやせたん可愛い。でも―――

「「『てへっ』じゃない!!」」

俺と桐乃の同時ツッコミを受けたあやせは手錠のカギを探し始めた。

「えーっと、手錠のカギ、カギ、カギは‥‥‥」
「‥‥‥どうしたの、あやせ?」

桐乃が不安そうな声であやせに話しかける。
一方、俺には漫画並みの陳腐な展開が透けて見えてきた。
こういう場面ではカギが見つからないんだよな。
いや、まさかそんな、ねえ? あやせさん。
しかしそんな俺の甘い見通しは打ち砕かれた。

「ごめーん桐乃、カギ無いや。てへっ」

いや、だから『てへっ』じゃないっての。つかどうすんだよ。この状況。
ただでさえ仲の悪い俺と桐乃が手錠で結ばれたままって‥‥‥
見ろ。桐乃だって顔面蒼白だぞ。


「ねえ、あやせ‥‥‥‥‥あのさ‥‥‥」

その顔面蒼白の桐乃がモジモジしている。
ん―――? そういえばコイツ、さっきトイレに行こうとしていたよな。
あれは場の流れを変えるものじゃなくて、マジだったのか。

「‥‥‥もしかしてトイレか?」
「ぐぅっ!」
「行けばいいだろ? トイレ貸してもらえよ」
「この状態で行けると思うの?」
「ああそうか。じゃ、ついて行くよ」
「―――ッ!! ついて来てどうする気? この変態!!」
「変態とは何だ! 別について行きたいわけじゃねえよ!!」
「うるさい! このシスコ‥‥‥‥‥あ、あやせ!?」

桐乃が何かに驚いたような声を上げた直後、
俺の頭には何か鈍く重い衝撃が伝わり、俺の目の前は真っ暗になった‥‥‥


「お兄さん、しっかりしてください!!」

麗しのラブリーマイエンジェルの声で俺は目を覚ました。

「一体、俺どうしたんだ?」
「いきなり倒れてしまったんです。疲れているんじゃないですか? ねえ桐乃」
「え! えぇ‥‥‥そうかも‥‥‥ね」
「トイレはどうした?」
「お兄さんが倒れている間に行ってきました。ねえ桐乃」
「ええ!? う、うん‥‥‥」
「やだっ! お兄さんの頭にコブがありますよ! 倒れて頭を打ったんじゃ?」
「ああ、そういえば、ちょっと頭がズキズキするけど‥‥‥」

とりあえず、トイレ問題は解消されたようでひと安心だ。

―――それにしても、ちょっと気になったことがひとつ。
さっきまでテーブルの上にあったクリスタルの置物が粉々になっていた。
俺が気を失っている間に地震でもあったのだろうか。


PM6:45―――新垣邸から高坂家への途上


「ちょっと、あんまピッタリくっ付かないでよ!」
「仕方ないだろ、この状態じゃ」

結局、手錠のカギは見つからず、合鍵の手配が明日になってしまうので、
今日のところは家に帰ることに。
あやせは桐乃に携帯用防犯ブザーを渡して俺たちを送り出した。やはりね。

俺と桐乃は、手錠を隠すようにピッタリ寄り添いながら我が家を目指した。
垢抜けた格好でキラキラしている桐乃が、
平凡な俺とピッタリ寄り添って歩いている様子を想像してみるといい。
もう暗くなったというのに、心無しか周囲の視線が突き刺さっている気がする。
一体、傍目に俺たちはどういう風に見えているのだろうか。
恋人同士に向けられた羨望の目? やめてくれ。
寄り添っている変態兄妹に向けられた好奇の目? どうせそんなとこだろう。


「あれえ―――!? 桐乃じゃん!」

甲高い声がした方向を見るとクソガキ加奈子がいた。

「なに―――? この間の彼氏とラブラブ真っ最中ってこと?」
「あ、まあ、そんなとこ‥‥‥かな」
「ふーん、ホントに彼氏だったんだ!?」
「えーっと、加奈子ちゃんだっけ? これ内緒にしておいてくれないかな?」
「じゃあ、口止め代500円」

加奈子はそう言って俺に手を出してきた。
このクソガキ、カネ取るつもりかよ。まあいい。

「1万円でお釣りある?」
「あるよ」
「ホントに?」
「うん」
「じゃ、500円なんていらないよね!?」
「ケチ!!」
「睨まない」


クソガキ加奈子を追っ払うことに成功した俺は
俺同様、周囲の視線を感じているであろう桐乃に訊いてみた。

「―――なあ、俺たちってどんな目で見られてんのかな?」
「キモ。せっかく考えないようにしているのに、思い出させるな」

そう言うと桐乃は腰で俺の体を横から小突いてきた。
いつもなら肘鉄で脇腹を突くところだが、手錠でままならないせいだろう。
頭に来たので、俺も腰で桐乃を小突き返してやった。
桐乃も負けじと小突き返してくる。
小突き合いは我が家に着くまで続いた。フン、負けず嫌いめ。


PM7:30―――高坂家 ダイニング


俺と桐乃はテーブルを挟み、俺は右手、桐乃は左手をテーブルの上にのせて
お互い向かい合いに座っている。
しかし終始無言。冷えきった夫婦が囲む食卓みたいで実に居心地が悪い。
ところで、親父とお袋は旅行に出かけているので今日は帰ってこない。
不幸中の幸いってヤツだ。

おふくろが作り置きしてくれたカレーを温めて食べることにした。
それにしても利き手ではない左手でスプーンを扱うのは大変だ。
一方、桐乃は右手が空いているのでほぼいつも通りの感覚で食べているようだ。

「まだ食べ終わんないの?」

給食を食べるのが遅いクラスメイトに向けるような
不機嫌そうな桐乃の言葉に急かされながらカレーを平らげた。
俺は食器を洗うために椅子から立ち上がって、シンクに向かった。
桐乃はそんな俺に違和感無く追随してくる。
目隠ししていたら、手錠で結ばれているなんて感じないほどに実にスムーズ。
まるで俺の動きを予め読んでいるかのような体裁きだ。

「ちょっと、痛いって!! アタシはこっちに行きたいの」

それにひきかえ、俺は桐乃の動きを読めない。
桐乃の動きについて行けずに、手錠で桐乃の左腕を引っ張ってしまう。
何なんだこの差は?

「そんなのモデルの習性だし。相手をよーく見ていればカンタンじゃん」

モデルの仕事では、大人数でポーズを決めたり、ウォーキングをしたりで、
相手の動きを予測して体を動かせるようになるんだと。
それで俺の一挙手一投足に追従できるんだそうだ。
すげえよ、うちの読モ様は。

それにしても、コイツは俺のことをよーく見ているのかよ。
寒気がするぜ。


PM8:30―――高坂家 脱衣所


さて、一番恐れていたイベントが始まった。風呂である。
なにしろ俺たちは離れられない。服も脱げない。
明日は休みだし、今日くらい入らなくてもいいんじゃね?と思ったが、
シャワーだけでも浴びたいという桐乃に根負けした。

さてどうしたものかと思案した結果、シャワーを浴びるときには
上に着ているものを手錠越しにお互いの腕に通すことで何とかし、
そして、風呂のドアを挟んでシャワーを浴びるということになった。
ただし、俺には目隠しの着用が義務づけられた。
そんなモノしなくたって見ねーよ、クソアマ。

桐乃がシャワーを浴びている。俺の肘から先は桐乃と一緒に風呂場の中。
どうだ? 異常だろ? 俺って勇者じゃね?
たまに、桐乃の濡れた髪が手に当たる感触まであるんだぞ。
それだけならまだしも‥‥‥

「ちょ、アンタ今、お尻触ったでしょ!!」

そうか。今の感触はコイツの尻か。

「冗談じゃねえ! 偶然ぶつかっただけだ! 第一、今のは手の甲だ!」
「ナニ、痴漢の言い逃れみたいなこといってんの!? 変態!!」

ああ、変態ですよ。
手錠で妹と結ばれた状態で、ドア一枚越しに妹のシャワーに立ち会うなんて、
どう見ても変態です。本当にありがとうございました。

シャワーを終えた桐乃がドライヤーで髪を乾かしている。
温かい風とともに桐乃が愛用するシャンプーの香りが俺の鼻腔を直撃する。
これはキツイ。しかし耐えるんだ、キョウスケ!!


PM10:00―――桐乃の部屋


「ね、エロゲーやろ。GOOD ENDかBAD ENDになるか見届けたいんだよね」

こんな状況でも妹様はエロゲーだけはしたいらしい。

「GOODだろうがBADだろうが、今日の俺はゲームをする気はねえよ」
「ふーん。でももしこのエロゲーがGODだと言ったらどうなの?」
「神ゲーか‥‥‥OK!」

桐乃の部屋でテーブルの上にノーパソを置いて、プレイを始めた。
間違えるなよ。あくまでもエロゲーをプレイするんだからな!
この体勢なら手錠はほぼ差し障り無い。

しかし‥‥‥ノーパソを前に、手錠で結ばれた兄妹がエロゲーをするなんて
どう見ても異常かつ変態だ。
この状態で俺たち二人が死んだら、親に申し訳なさすぎる。
俺は神に祈ったね。
この状況下、絶対に死にたくないと。


AM1:40―――京介の部屋


二番目に恐れていた就寝イベントが始まった。
二人それぞれの部屋に別れて寝るわけにはいかない。
どちらかの一方の部屋で一緒に寝ることになるのだが、
桐乃は自分のベッドが穢れるとか言い出し始めたので、
結局、俺の部屋のベッドで寝ることになった。
ただし、ベットの下のブツは廊下に出しておくように命じられたけどな。

寝間着に着替えられないお互いの姿に違和感を感じつつ、
明かりを消して二人でベッドに横たわった。
何となく落ち着かねえ。添い寝なんて初めてか?
いや、大昔にこんなことがあったような気もするが思い出せない。
時間だけが過ぎ去る中、コイツのことで気になることがあったのを思い出した。

「なあ、ちょっと訊いていいか?」
「何よ!?」
「うー、やっぱいいわ」
「何なのよ。キモ」
「だってオマエ、怒るかもしれないし」
「そんなの、訊いてみなきゃわからないじゃん」
「怒らないか?」
「あー、怒らない怒らない。どんなこと訊きたいのよ?」
「‥‥‥オマエの、その、カ、カラダのことなんだけど」

ドゴッ――― 膝蹴りを喰らい、瞬間的に呼吸が止まった。

「ナニ考えてんの、変態! シスコン!! 死ね!!!」
「やっぱ怒ったじゃねーか!」
「アンタがアタシのカ、カ、カラダに興味があるなんて言うからでしょ!」
「興味があるなんて言ってねーだろ! ただ訊いてみたいことがあるだけだ」
「どんなことを訊きたいのよ‥‥‥?」
「カラダ、というか、顔のことなんだけど‥‥‥」
「マル顔のことだったら殺す!」
「ちげーよ。いや、でもこれは‥‥‥オマエ答えにくいんじゃないか?」
「アタシのカラダのことはアタシが一番よくわかっているの!
 常に磨き上げた読モ様なんだから、何でも訊きなさいよ」

意を決して、自信たっぷりの桐乃に訊いた。

「なあ、なんでオマエの八重歯っていっぺんには片方しか見えないワケ?」
「却下」
「早すぎんだろ、オイ」
「どうしても知りたければ、かんざきサンに訊けば?」
「誰だよそれ」
「アンタにも大いに関係のある人じゃん。ハイハイ、質問タイムはオシマイ!」

コイツ、可愛くねえよ‥‥‥


AM3:15―――京介の部屋


うう、やばい。
トイレ行きたくなった。
この状態だから当然桐乃を起こし、トイレまでつき合ってもらわんと。
だが‥‥‥そんなことできるのか?? いや、考えている余裕はねえ。

「―――桐乃‥‥‥起きてるか?」

俺は、俺のベッドで寝息を立てている桐乃に囁いた。

「う‥‥‥うん? 寝てたに決まってんじゃん」
「‥‥‥いいか?」
「何よ?」
「ちょっと、我慢できなくなって‥‥‥」

桐乃はビクッとした様子で全身を硬直させた。

「―――ッ!!! ちょっと、ナニ言ってんの?」
「仕方ないだろ! 限界なんだよ!!」
「ちょ、そんな大声! お父さんとお母さんが起きちゃうでしょ」
「二人ともいねえだろ」
「―――ッ!!‥‥‥‥‥」

そりゃそうだよな。
俺のトイレにつき合わされて、しかも音まで聞かされるなんて地獄だろう。
だが、こっちは既に地獄の入り口。つき合ってもらわんとイカン。

「どうしても、我慢できない‥‥‥?」
「ああ、もう無理」
「‥‥‥じゃあ、いいよ‥‥‥」
「本当に?」
「こうなるのをずっと待っていたんだから‥‥‥」
「ありがとう」
「バカ兄貴‥‥‥やさしくしてよね‥‥‥」

桐乃は観念したような顔をして、細い体を縮こまらさせた。
俺は飛び起き、「やさしく」と懇願されたにもかかわらず、
桐乃を引きずるようにトイレに突進した。

その後どうなったかって?
我が妹・桐乃様は、検察と陪審と死刑執行人の一人三役をこなした上で、
俺を手錠マッチでフルボッコにしましたよ。

しおらしく「いいよ」とか「ずっと待っていたんだから」なんて言ったくせに、
一体何を考えているのか。もうコイツの言うことは鵜呑みにしねーぞ。


AM10:00―――桐乃の部屋


日曜日。
朝食を済ませ、桐乃の部屋でエロゲーをやっていると玄関のチャイムが鳴った。
誰か来たようだ。

「マズイ!!」

桐乃が叫んだ。
なんでも、今日は黒猫と沙織の三人で会う約束していたらしい。

「どうすんだよ?」
「こんな姿をあいつらに見せるわけにはいかないでしょ!」
「事情を話せば解ってくれるんじゃねえの?」
「写メ撮られたらどうすんのよ? この姿が永久に残るのよ!?」

そりゃまずい。
特に黒猫あたりは、それをネタに弄り回すことだろう。
とりあえず、手錠でつながっていることを悟られないように
二人を相手にすることにした。

「いらっしゃい」

そう言って階段を下りて来た俺たちを見た黒猫と沙織は固まってしまった。

想像してみてくれ。
一軒家の決して幅の広くない階段を兄妹が寄り添うように並んで下りてきた姿を。
ありえねえだろ?
どんなにラブラブな新婚夫婦でもそんなことしねえっての。

「あなたたち‥‥‥、一体何をやっているの?」
「これは! 新しいプレイの最中ですかな?」

興味津々な顔の二人をリビングに招き入れ、お茶を用意した。
俺と桐乃は終始ピッタリと寄り添い、何をするにも一緒という状況。
そんな様子を見て、黒猫も沙織も訝しげな表情をする。

「どういうことなの‥‥‥? 私たちは邪悪な空間に迷い込んでしまったの?」
「いやはや、仲睦まじいお二人に拙者は妬けてしまいますなぁ」

仕方ねえよな。二人とも当然の感想だ。
ツンッ―――  桐乃が腰で俺を小突いてきた。
桐乃の顔を見ると「何とかしなさいよ、殺すよ?」という表情。
ふん。あやせの殺気に比べれば、オマエの殺気なんて屁でもない。
そんな俺たちを前に、黒猫が先制攻撃。

「あなた達、正気じゃないわね。一体どこの柱に頭をぶつけたの?
 特にあなた。あれだけ兄を嫌っている素振りを見せておきながら、
 今のあなたはラブラブ新婚さんじゃなくて? 本当に禍々しい」

黒猫はボロを誘い出すつもりなのか、俺たちを言葉で煽ってきた。

そんな安っぽい煽りに引っかかるかよ、なぁ桐乃―――
桐乃の表情を見ると目が吊り上がって、まさにタメを作っている状態。
オイオイ、沸点低すぎだろ。


「このクソ猫! バカにするんじゃないわよ!!!」

興奮した桐乃はソファーから立ち上がって派手な身振り手振りで怒鳴った。
バカッ! そんなことしたら!!

ジャラッ―――

俺の右手と桐乃の左手を結んだ手錠が、黒猫と沙織の前に晒された。

「あなたたち‥‥‥、一体何をやっているの?」
「これは‥‥‥、やはり新しいプレイの最中でしたか!」

黒猫は変態兄妹を見る目で、
沙織はプレイの内容に興味津々な様子でωな口をして俺たちに目を向けた。

「ち、違う! プレイだなんて!! こんなキモイやつと!!」

桐乃はそう怒鳴ると俺をソファーに突き飛ばした。
突き飛ばされた俺と手錠で結ばれた桐乃が引きずられたのは当然の結果だ。
俺は仰向けでソファーに倒れ、桐乃はそんな俺の上に倒れ込んだ。
いつかの、“エタナーの箱”事件のときと上下を入れ換えた体勢だ。

「なッ! 人前で、な、な、なんて破廉恥な!」
「ほうほう、そのようなアクション込みのプレイですか、なるほど」
「「違う―――――!!」」


「呆れたわ。お友達に手錠をかけられて、鍵が無いだなんて」
「いやいや、人生、色んなことがあるものですなぁ」
「で? 昨日からずっとその状態なの? ありえないわ」
「トイレやお風呂の各種イベントはどう攻略したのですかな?」
「まさか、二人仲良くお風呂やトイレに入ったというの? 変態兄妹ね」
「次のコミケでは、そういうストーリの同人誌を出したいですなぁ」

やはり二人とも俺たちの状況を面白がってやがる。


「頼むからよ、二人ともこのことは内緒にしておいてくれよ、な?」
「当たり前よ。兄妹で手錠プレイをする知り合いがいるなんて言えないでしょ」
「「だから、プレイじゃない!」」
「仕方ないわね。二人とも手を出しなさい。私が外してあげるから」

黒猫はそう言うと、どこからかヘアピンを取り出した。
手錠の鍵をピッキングするつもりのようだ。

「頼むぜ、助かるよ」
「ふん、お礼は手錠を外してからにして頂戴」

黒猫の前に右手を差し出す俺に対し、桐乃はそれを拒んだ。
一体どうしたというんだ。

「いや、あやせが鍵を持ってきてくれるって約束しているし、
 それに、あんたのヘボで鍵を壊して開かなくなっちゃたら困るし」

ちょ、オマエ何を言い出すんだよ。

「それもそうね。この状態を噛み締めながら苦しむのがあなたにはお似合いよ」

オイオイ、おまえも簡単に引くなよ。
なんで今日に限って黒猫は簡単に引くんだよ。もうちょっと粘れよ。
桐乃も桐乃だ。あやせを気遣うのはいいが、この状態から一刻も早く
脱したいだろうに、何だって黒猫の申し出を拒むんだよ。
相変わらず度し難いヤツだな、オマエ。


PM3:00―――エピローグ


黒猫と沙織が帰った後、あやせが持ってきた手錠のカギで俺たちは分たれた。

「悪かったな。茶でも淹れるよ」

俺はそう言って立ち上がると右手が軽いことを改めて実感した。
ところが、キッチンでお茶の用意をしていると右側の眺めが悪い。
俺の右には桐乃がピッタリ寄り添っていた。
―――おいおい、手錠はもう外れたんだぞ。
そんな俺の心の声を目で読んだのか、桐乃は慌てた様子で返してきた。

「べ、別に、アンタにくっ付いていたいわけじゃないし!!
 お茶を淹れるのを手伝おうとしただけだし!!
 アンタに任せておくと、あやせのお茶にヘンなものを入れるかもしれないし!」
「なんてことを言い出すんだ! オマエ!!」
「うっさい、ムカツク!」

桐乃はそう言うと腰で俺の体を小突いてきた。
もう手錠は外れているのにおかしなヤツだ。そこは肘鉄だろ。
頭に来たので、俺も腰で桐乃を小突き返してやった。
すると桐乃も負けじと小突き返してくる。
そんな小突き合いを続けていると、

「まるで、ラブラブな新婚夫婦みたいですね‥‥‥」

その声で我に返った俺たちが振り向くと、光彩を失った目のあやせ。

「あ、あやせ、これは違うんだ!」
「ちょっと、あやせ‥‥‥!? これは違うんだって!」

「どう違うの? 加奈子からも情報が入っているんですよ。
 桐乃が彼氏とラブラブだったって。それってお兄さんのことですよね?」

あのクソガキ、バラしやがった。それも最悪な相手に。

「二人は一晩結ばれたまま、仲良くしていたんですね。
 わたしの知らないところで‥‥‥ウフフフ」

悪のケー○イ刑事銭○あやせが、さっき外した手錠を手に近づいてくる。
もちろん俺の目を睨んだまま。
俺は後ずさりをして逃げの体勢を作り始めた―――その瞬間

「逃がすかァ!!」

あやせよ、今度はちゃんと手錠をかけてくれよ。


『結ばれた二人』 【了】



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最終更新:2011年01月16日 02:06
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