アメリカの空の下で


「‥‥‥アタシ、いまからちょっと行くトコあるから」

そう言って桐乃は出かけていった。
なんだよ、俺がはるばる日本から来たというのに、自分一人でお出かけかよ。
相変わらず勝手なヤツだ。
もっとも、勝手に桐乃のもとに押し掛けてきた俺が言えた義理ではないが。
気が抜けたせいか眠くなってきた。何しろ強行軍だったからな。
一眠りするか‥‥‥

‥‥‥‥‥‥

「ちょっと、ナニ、人のベットで爆睡してるワケ?」

我が妹様の侮蔑色満載の言葉で俺は起こされた。
もう夜じゃないか。こんなに寝てしまうなんて時差ボケを甘く見てたぜ。

「用は済んだのか?」
「もう、カンペキ。ふふっ」

戻って来た桐乃は不敵な笑いをしながら、どことなくすっきりした顔。
なんというか、自分自身の思いを成し遂げてきたように見えた。

「『やられたらやり返す』ってのがアタシのモットーだからね!」

何という不穏な台詞。
まさか、気に入らない相手をフルボッコにしてきたんじゃあるまいな。

「アタシ、シャワー浴びるから」
「そうか」
「言っておくケド、バスルームにカギかかんないから。入ってきたらブッ殺す!」

入るワケねえっての。
それに何でわざわざカギがかからないって俺に言う必要があるんだよ?



桐乃がシャワーを浴びる音を俺はベッドに寝転んで聞いていた。
あ、いや、別に耳を傾けていたわけじゃないぞ。ここ重要だからな。
それにしても、なんかイブの夜のラブホみたいな状況だな。
あの時は麻奈実から電話がかかってきて‥‥‥

ピリピリピリピリピリピリ―――

―――ッ!! また麻奈実か!?
なんだ‥‥‥お袋か。おどかしやがって。ピッ

「お袋? 俺だよ、京介」
『京介!? 今どこ? ちゃんと桐乃には会えたの?』
「ああ、ちゃんと会えたよ。桐乃はどうやらリタイヤするらしい」
『どういうこと?』
「留学をやめて、日本に帰るってさ」
『本当に!? 一度言い出したら聞かない桐乃が‥‥‥信じられない』

俺も信じられないよ。あの桐乃が俺の言葉を受け入れるなんてさ。
俺もアメリカまで来た甲斐があるってもんだ。

『桐乃は? ちょっと代わってくれない?』
「今、シャワー浴びてんだよ。後でかけさせる」
『京介‥‥‥ヘンなことしちゃダメよ』

だからするわけねえっての。何でウチの女性陣は変な釘刺しをするんだよ。
―――ッ!

『どうしたの、京介?』
「いや、何でも無い」
『ダメよ。桐乃のベッドに潜り込むようなコトしちゃ』
「‥‥‥」
『ちょっと、黙らないでよ! 図星みたいじゃないの』
「そんなことするわけないだろ! あ、親父が居たら代わってくれねえ?」
『ちょっと待って。お父さん―――、京介から電話!』
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
『もしもし‥‥‥』
「ああ、親父。桐乃と会えたよ。日本に帰るってさ」
『そうか‥‥‥。じゃ、母さんに代わるぞ』

早ッ! 短ッ!! 典型的な頑固親父って感じだな。
もうちょっと言いようがあるだろうに。
これからの予定をお袋に伝えて電話を切った。

ピッ



「ウ・ソ・ツ・キ」

電話の途中で俺のベッドに潜り込んで会話を聞いていた桐乃が悪戯っぽい顔で言った。

「何だよ、ウソツキって?」
「ふふん、『ベッドに潜り込まない』なんてウソ吐いちゃって」
「オマエの方から俺のベッドに潜り込んで来たんだろ!」

髪も乾いてないのにベッドに潜り込んできやがって。シーツが湿ったじゃねえか。

「そんなの、鶏が先か卵が先かの違い程度でしょ」
「全ッ然ッ違う! 意味通ってねえし!!」
「つうか、お母さんの声聞きたかったしい」
「だったら電話に出れば良かったじゃねえか。さっきの例えもおかしい!」
「じゃあ、例えたらどんな感じなのよ?」
「そうだな‥‥‥、例えば、アレをしてから恋人になったか、
 恋人になってからアレをしたかの違い‥‥‥かな?」

―――ドスッ!!

「ア、ア、アンタ、普段からそんなコト考えているワケ!?」
「いってえな! い、今の鳩尾は‥‥‥効いたぞ!」
「それじゃ、今度はアタシの我が侭をアンタが聞く番ね」
「何のことだ?」
「アタシはアンタの我が侭で留学をやめるワケだから、
 アンタもアタシの我が侭を聞くってのが筋だと思うんだよね」

また始まった。
もっとも、コイツの我が侭なんて今に始まったことじゃないからな。
どんな我が侭を言い出すことやら。ほれ、言ってみな―――

「お、おやすみの‥‥‥キス‥‥‥して」
「な! 何を言ってんだ、オマエ!!」
「だってココ、アメリカじゃん? 挨拶代わりのキスくらい普通でしょ?」
「でも! 俺たちは日本人だろ!」
「ハァ? ナニ解り切ったコト言ってんの? 頭大丈夫?」

コイツ、留学期間中にエロゲ脳がアメリカナイズされてんのか?

「いいじゃん‥‥‥ダレも見てないんだし、ダレも邪魔しないんだし」

桐乃と一緒にベッドに横たわった俺はこの状況をどう打破するか考えた。
折角、俺があれだけ思いの丈を吐露してコイツの決心を曲げさせたのに、
ここでヘソを曲げられて日本に帰らない、なんて言い出されたらたまらんな。
仕方ない‥‥‥のか。



「桐乃‥‥‥おでこでいいか?」
「フン、弱虫‥‥‥」

俺は両手でライトブラウンの髪越しに桐乃の頭を撫でるように捕えた。
そういえば、桐乃の髪に触れるなんて‥‥‥記憶にないな。
柔らかい手触りの前髪をかき分け、額にキスを―――

ピリピリピリピリピリピリ―――

俺と桐乃は携帯の音に掻き乱された。
「電源切っておけバカ兄貴!」と言いたげな渋い顔をする桐乃を横目に
俺は携帯を取った。

「‥‥‥あやせ?」ピッ

『お、お兄さんですか!? あやせです! 桐乃と会えたんですか?
 本当に会えたんですか? どんな様子ですか? わたし心配でお兄さんの
 お母さんに電話をかけたら、お兄さんが桐乃と会えたって教えてもらったから
 電話したんです! 桐乃と部屋で二人っきりって本当ですか!?
 もし桐乃にいかがわしいコトをしたらブチ殺しますよ!!』

―――大丈夫。する寸前だっただけだ。
それにしてもあやせの桐乃に対する思い入れっぷりってハンパねえな。
あやせを落ち着かせながら、俺は桐乃のことを一通り話した。

『そうですか。ところでお兄さんは今何をしているんですか?』
「ベッドの上‥‥‥つまり、寝ていた」
『あッ! そっちは夜中でしたね。すみません』
「別にいいよ」
『桐乃に代わってもらえませんか?』
「ああ、ちょっと待ってくれ」

桐乃に目をやると、マル顔の前に指でバツ印を作っている。「ダメ」ってことか?
なんだよ、折角あやせが電話をかけてきたってのに。

「ああ、済まん。桐乃は寝ているよ」
『そうですか‥‥‥。どんな顔で寝ていますか?』
「いつも通りだ。ちょっと疲れているような感じかな」
『‥‥‥』
「あやせ?」
『あの、ベッドの上に居るお兄さんがどうして桐乃の寝顔を伺えるんですか?』

げ! しまった!! 誘導尋問ktkr。

『お、お兄さん!? まさか桐乃と一緒に寝ているんですか!?
 ゆ、許しませんよ! 桐乃と部屋で二人っきりでしかも一緒に寝ているなんて!
 もし桐乃にいかがわしいコトをしたらブチ殺します!!』



ラブリーマイエンジェルとの素敵な会話を終えた俺は携帯の電源を切った。
それにしても桐乃‥‥‥

「オイ、なんであやせの電話に出なかったんだよ?」
「いいじゃん、別に‥‥‥」
「いいってコト無いだろ。折角心配してかけて来てくれたんだぞ!」
「うっさい、電話に出る気分じゃなかったの!」
「てめ、なんだその態度は!」
「何よ、あやせと国際電話でデレデレしてさ。チョーキモイんですけど」
「‥‥‥おい、夜中だぞ。声を抑えろよ」
「うっさい、アタシの勝手でしょ!」

ダメだコイツ。こうなるといくら口で言っても聞きやしねえ。
こうなったら‥‥‥

「最低ッ!! アンタ一人で日本に帰れば う‥‥‥!! うふ‥‥‥ん」

俺は桐乃の頭の後ろに腕を回し、桐乃を抱き寄せてキスをした。
桐乃を黙らせるにはこれしかない―――我ながら大胆な行動だった。
遠くアメリカの空の下という環境がそうさせたのか。
静かにさせるためとはいえ、無理矢理キスをするなんて最悪な鬼畜兄貴だな、俺。

どのくらいの時が経っただろう。俺は大人しくなった桐乃から離れた。
桐乃はワナワナ震えている。心無しか躯も熱くなっているようだ。
鬼畜兄でゴメンな桐乃。悪いとは思うけど、謝るつもりは無いぞ。
さて、どんな罵声が飛んでくるのか。変態? シスコン? 強姦魔?

「桐乃―――?」

何も反応がない桐乃の表情を覗こうとした瞬間、桐乃の顔が目の前に迫って‥‥‥


―――キスされた。


‥‥‥‥‥‥



「ちょっと、いつまで寝てんのよ?」

我が妹様の侮蔑色満載の言葉で俺は起こされた。
日射しが眩しい。西海岸の夜明けは日本と一味違う。
などとアメリカっぽい朝を味わいながら、俺の記憶の中身を呼び戻していた。

「コーヒーでいいよね?」

時差ボケの頭を手で叩いていると桐乃が訊いてきた。
桐乃がコーヒーを入れてくれるらしい。どんな風の吹き回しだよ。
こんなやさしい感じの態度を除けば、桐乃に別に変な様子は無い。
俺が無理矢理キスをしてしまったのに、桐乃は気にしてないのか?

まさか‥‥‥あれは全部夢??

はぁー。なんだそうか。俺は安堵の深いため息をついた。
俺はアメリカの空の下で妹に無理矢理キスをした鬼畜兄貴に零落れたと思ったぜ。


「今日、日本に帰るんだかんね。さっさと支度しなさいよ」
「へいへい」
「それとひとつだけ言っておきたいことがあるんだケド」

なんだよ?

「ア、アレはアメリカ限定だし! 日本じゃ絶対‥‥‥あり得ないんだから!」

‥‥‥? アレって? 何のことだ?
ああ、無理矢理コイツに陸上留学を断念させたことか。
安心しろ。あんな見苦しい俺の泣きなんて日本でやる勇気はねえよ。
全てはアメリカの空の下で成されたことだ。

「それと、アタシのモットーは『やられたらやり返す』ってコトを忘れないように!!」

やり返す‥‥‥だと?
別に俺はアメリカに黙って行くつもりなんて無いし、どうやり返すというのだ?

「とにかく、アンタはアタシの人生を変えたんだから、その責任を負いなさいよね」

ゴメンな桐乃。悪いとは思うけど、謝るつもりは無いぞ。
その代わり、日本に帰ったらオマエの我が侭を「ある程度」聞いてやるからさ。
勘弁してくれよ。


『アメリカの空の下で』 【了】




タグ:

高坂 桐乃
+ タグ編集
  • タグ:
  • 高坂 桐乃

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年02月12日 23:31
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。