『お兄さん、人生相談があります』
さて、そんなお馴染みの前口上から始まるご神託をマイエンジェルから受信したのは、大学に入ってしばらく経ってからのことである。
形式ばったその内容は要約するまでもなく『できたら1時間後、公園に来てください』の一行だけという驚きの淡白さ。急な呼び出しにも関わらず用件が一切書かれていないのはいつものことだ。
もし俺がこんなメールを桐乃に送ろうものならしばき回されること請け合いだが、あやせからのメールならむしろ妄想を掻き立てられるのでよしとする。それにホラ、これは心が通じ合ってる証拠だから。
返信こそ、やましい思いを気取らせないために『おっけー! マッハで行くから待っててね』という極めてそっけない文面にしたものの、ついにイベントCG回収か……と実は内心ウキウキ気分だった。
* * *
とまあ、そんな感じで華麗に講義からエスケープをキメて、一旦帰宅して勝負服に着替えた俺は、お馴染みの場所へと急いでいるところである。
駆ける足の軽いこと軽いこと、いまなら桐乃にも余裕で勝てるだろうな。夏の日差しも全く気にならないぜ。
ほどなくして近所のさびれた公園に辿りつく。荒ぶる心臓を押さえながら、入口の脇で髪を整え、全身にエイトフォーを吹きかけてからそっと中の様子を伺うと――
地上に舞い降りた天使が、木陰のベンチで羽を休めていた。
グレイト。
オゥグレイト!
お父さんお母さんグレイトフル!!
はあはあ、なんてかわゆいのだろう……。やけに制服が眩しく見えるぜ。
黒い髪に白い太もも、これに加えて赤いセルフレームの眼鏡でもしてくれたらグランドスラム達成だけど、そこまで贅沢言いませんって。端正な横顔も見飽きぬばかりで、ずっーとこうして眺めていたいぐらいだ。
さりとて待たせてしまうのも悪いし、なにより話が進まない。俺はひとしきりその光景を堪能した後、ゆっくり足を踏み出すことにしたのだ。
ジャリ、と靴底が地面を踏みしめる音が辺りに響いた途端、こちらへ顔を向ける俺の嫁。
そのつぶらな瞳を見つめながら、俺は努めて真面目に。真面目に声を掛けた。
「よう、スイートマイハニー高坂あやせ! しばらく見ないうちに変わったな! セーラー服もよく似合ってるし、髪も少し伸びて、おまけにすげー綺麗になった!」
「わたしは新垣あやせですっ!」
「名前まで変わったのか!」
あやせたんは「開口一番なんなんですか!」と超おかんむり(←超かわいい)だった。お元気そうでなによりです。
以前なら慇懃にほめのかすだけで「バカ!」「死ね!」「変態!」なんて罵声を浴びせてきて、ともすればビンタの一つでも飛んできたんだろうけど、色々な人生相談に応えてきた成果が出たのだろうか、近頃すっかり丸くなってきている。
無論ちょっかいを出しても手応えがない時がだんだん増えてきたのには少々さびしい気がしない訳でもなかったが、しおらしいあやせと話していると、まるで初めて会った時のときめきが蘇えったような感じがする。
「あ、そういやもうすぐ十六歳じゃん。一生幸せにするからさ、マジで俺と結婚しようぜ!」
「また思ってもいないことを! お兄さんも来年には成人するんですから、セクハラも大概にしてください!」
時が経つのは早いものだな。俺とあやせが出会った夏から、かれこれ丸二年にもなるのか。
当時は中二だったあやせが今や華の女子高生だ。もともと大人びた容姿をした子だったが、その溌剌としたみずみずしさは欠片も劣ることがなく、むしろ年を重ねるごとにますます魅力を増しつつある。
とともに、剣呑さを潜めたあやせを俺はこうして心置きなくおちょくれるようにまでなったんだけど、以前ほどからかいたい気分にそそのかされることはなくなっていた。うんと気の利いた洒落を飛ばそうと思っても、調子っぱずれな声しか出ないのだ。
いや、あやせと戯れるのは楽しいんだけどさあ、どうもテンションが上がらないっつーか、罪悪感があるっつーか……うーん、自分でもよくわかんねえや。
ま、良かれ悪しかれ人間変わっちまうもんだ。もちろん俺とあやせもその例外ではない。殺傷沙汰が怖くて怖くて腹にジャンプを詰めないとあやせと対面できなかった日々がただただ遠く感じられるよ。
あやせも俺も、きっと成長しているんだ。セクハラギャグ要員もそろそろ卒業なのかもしれないな――なんて柄にもなく感懐を覚えた俺は、優しくあやせに語りかけた。
「セクハラじゃなくて、本気だって。あやせも大きくなったしな」
「なっ……!」
どうしたというのだろう。あやせは素早くビクッと身を震わせて、自分で自分の体を強く抱きしめたではないか。
「どっ、どこ見て言ってるんですかっ!?」
「いやー、どうしても目が行っちゃって!」
皆さんお分かりだとは思うけど、あえて言わせて貰うとおっぱいです。俺も本能には勝てません。
驚くべきことに、この二年間で成長したのは内面だけじゃなく、あやせたんの健やかな胸部は見事なカッシーニの卵形線を描いているのである。 てんこ盛りだよてんこ盛り!
「だからって言葉に出さないでください! なんでいつもセクハラするんですか!」
「俺は悪くない。強いて言うならあやせが可愛いすぎるのがいけないんだ」
「そ、それ以上くだらないことを喋ったらホントに通報しますからねっ!」
あやせは胸を隠すようにして更に身を竦めたが、破廉恥な膨らみに腕が沈んで逆に主張が激しくなっていた。
ふひぃ、これはたまりませんな! 将来はあやせたんの胸がこぼれおちないように支える仕事に就きたいなー……って、いやいや、そうじゃなくてですね。
あやせの双丘にはひどく目が惹かれるけれど、折角の再会なんだ。わざわざ機嫌を損ねることもないだろう。
さらばおっぱい、いつかまた会いまみえようぞ。
「ま、とにかく――ホントに綺麗になったと思うぜ。久しぶりだな、あやせ」
極上のサービスショットを惜しみつつ精一杯、誠実な振りをして向き直ると、あやせは少し目を見張り、一呼吸置いてから口を開いた。
「お兄さんは相変わらず最低ですね。どうせ大学でも同じようなことを言ってるんでしょう?」
「んなことねえって。あやせだけダヨー」
「信用できません」
バッサリだった。うむむ、いささか軽薄だったか。
「……それはそうとして、今日はいきなり呼び出してすみません。来てくれてありがとうございます」
ほとんど機械的に続けたあやせは、立ち上がってペコリと一礼した。
来てくれてありがとうございます、か。大学に入ってからはしばらく耳にしていなかったが、これも人生相談と並んで聞きなれた常套句なのだ。
今日は幾分そっけない口調だけど、律儀にお約束を守ってくれるのは、感謝が込もってる証しだな。
「はは、礼には及ばねえよ。あやせに会えて嬉しいし、俺もちょうどヒマしてたし」
「……わたしも、そう言ってもらえると嬉しいです」
俺のイケメンスマイルが効いたのか、あやせも自然と顔を綻ばせた。
恥らう顔も乙だけど、やっぱり笑顔が一番だな。これだけでも講義をサボった甲斐があったわ。
いよし、興が乗ってきたところでそろそろ本題に入ろうか。
「して、今回の人生相談とは?」
すると、あやせはきらきらした目を伏せて、
「……少し、見てもらいたいものがあって」
と言ったきり口を噤んでしまった。
スカートの裾をぎゅっと握り締めて、もじもじ足を擦り合わせている。
「ん? 見てほしいもの?」
「大したことではないんです。けど、こんなこと相談できるのは……お兄さんだけで」
あやせの声はますます暗く、途切れがちになった。
な、なんだなんだ? こんな切り口の人生相談、 ましてやこんな落ち込んだ様子なんて。
俺はすっかりいつものように桐乃関係の相談事だろうと当たりをつけていたのだが、どうも趣きが違うようだ。
「その、もしかしたら、ご迷惑をかけるかもしれません」
「そんなこと気にすんな。おまえの力になれれば、俺は何だってする」
他意なんてない、紛れもない本心だよ。なんたって、あやせも俺にとっては妹みたいなもんだからな。
向こうが俺のことをどう思ってるのかは知らないけどよ、迷惑の一つや二つ、被ることもやぶさかじゃないんだぜ?
「……絶対に引いたり、驚いたりしませんか?」
まさかちんこでも生えてきたのか――なんて考えちゃったそこのおまえ。あんたも大概二次元に毒されてるな。
「誓ってもいい、絶対そんなことはしねえよ」
あやせふたなり化という悪夢を振り払って、勇気づけるように決然と言い放つと、あやせはようやくほっとした顔を見せてくれた。
「んで、一体どうしたんだ?」
「あの……。ここだとちょっと」
あやせは何かに怯えたようにきょろきょろとあたりを見回し――
「外だと……少し恥ずかしいので、続きはあそこでいいですか……?」
指差した先には、公衆トイレがあった。
*
俺も怪訝に思いはしたものの、何を措いてもまずあやせの事が気になっていたので、とりあえずその申し出を承服し、導かれるままそこに足を踏み入れた。
「へえ……いつ工事があったんだ?」
「わたしも知らなかったんですけど、最近改修されたらしいです」
男子便所でも女子便所でもなく、割と広くて清潔感がある多目的トイレだ。俺たちが入ってきたのを感知して自動的に明かりが灯った。
変な臭いも全くしないし、なるほど衆目を遠ざけるためにはいい環境かもしれない。
「お兄さん……すみませんけど鍵を閉めてくれませんか?」
「分かった、えーっと……」
車いすの人などが使うことを考慮しているのだろう、スライド式のドアの鍵は、長い手すりの下にあった。
大きなノブを回すと赤いマークが表れる。ちゃんと鍵がかかった証拠だな。
「閉めたぞ。それで」
振り向きざま、不意にあやせが俺に抱き着いてきた。
「おわっ、ちょっ……あやせ!?」
「お兄さん……」
その両腕は既に俺の背中に回されていたが、ビックリしすぎて抱きとめることも叶わなかった。
あやせはまるで甘えるかのように俺の肩に顔を押し付け、きゅっと抱きしめてくる。
夢にまで見たシチュエーションだったが、メダパニ状態で動けない俺。いや、むしろアストロン状態か。
そんな益体もない思考で頭がいっぱいになっていたのだ。
「静かにしてください、じゃないと外に聞こえちゃいます……」
「お、おうっ」
小声で促されるままコクコクと性急に相槌を打つ。
俺はカチコチの直立不動であやせの方を横目で見た。が、その相貌は伺えず、ただ真っ赤になった耳と首が見えるだけだ。
そんな中でいきなり、ホントにいきなり「お兄さん、大好きです……」と甘やかな囁きを耳元に寄せられ、俺は本能に突き動かされるままあやせの背中に両腕を回し
グイッ、カシャ。
「えっ」
その一瞬で俺から飛び退いたあやせは、一仕事終えたといった仕種で溜息を吐いた。
「……ふぅ、気持ち悪かった」
払いのけられ、後ろ手に回された両手首から伝わってくるのは、冷たく固いあの感触。
俺はあやせを追ってフラフラと前へ出ようとしたのだがが、ガチャっという音と共に手首を後ろに引っ張られる。
恐る恐る手さぐりで確かめると、手すりごと手錠で拘束されていた。
「まったく、全部ウソに決まってるじゃないですか」
俺は、マジで憤慨した。
「お……おまっ、おまえなぁぁぁ! 最近やけに大人しくなったと思ったら!」
「静かにしてください、外に聞こえてしまいます。お兄さんも大ごとにしたくはないでしょう? 交番が近くにあるんですから」
まるでレイプ魔のような言い草だった。
「ちくしょー! 上等じゃねえか! ちょっと誰かァァァ! 男の人呼んでぇぇッ!」
もうホント警官でも来てこのキチ▲イ女を補導してくれ!
きっとトイレの個室で手錠をされている俺とその傍に立つ女子高生という異様な光景を目の当たりにすれば警官も……やべえ、この事件容疑者しかいねえ! 困る、絶対警官困る。
それに、女子高生が男子大生を公衆便所で軟禁するというセンセーショナルな事件が表沙汰になれば、明朝の東スポの一面は間違いあるまい……。
「……クソッ、クソ、クソ、クッソ! なんだって!? 嘘ッ!? 全部嘘だって!?」
「ええ。そんなの、当たり前じゃないですか」
「人生相談も!? 見せたいものって話も!?」
「全てはお兄さんをおびき寄せるための罠です。この場所もあらかじめ入念にチェックしていました」
俺はいますぐにでも女性不信になりそうだった。
「こ、この野郎、ぬけぬけとっ……! 自分は嘘吐かれるのが大嫌いなくせに、平気な顔して『大好きです』だなんて――」
「いい加減黙れ」
今までに無い程の悪寒に体を飛び上がらせた。一瞬にして体中から汗が吹き出て、震え上がった体は言う事を聞かず、首筋には異様な息苦しさがやってくる。
既にちょっとしたサスペンスでも起こりかねない雰囲気が、この密室に充満していた。
「……ねぇ、お兄さん。わたし、言いましたよね? 言いましたよね? 言いましたよね? なんども、なんども、なんども、なんどもなんどもなんども何度も何度も何度も――……桐乃に手を出したら、■すって」
壊れた機械のように語を継ぎながらも、あやせは死人のような無表情を保っていた。
理性の光が見えない濁った目。狭い室内にこだまする、平坦で、しかし狂気を孕んだ声。
とちったら、マジで死ぬ!
「あ、アホかーっ! んなこと百も承知だっつーの! つーか俺なんにもしてねえし!」
たまらず大声を上げる俺に、あやせは声を震わせて反駁する。
「お兄さんに襲われた、と桐乃から今日聞きました。未遂に終わったらしいですが、それでも」
「待て待て待て待て! 冷静になれ!」
俺は多少興奮して、おそらくは憤慨さえして見せながら乱暴に口を挟んだ。
「桐乃のエロゲじゃあるまいに、兄が妹をどうこうするわきゃねーだろが! 大体、俺の近親相姦疑惑は晴れたはずじゃなかったのかよ!」
「わたしだって最初は桐乃の妄言だと思いましたよ。ブラコンを拗らせて、ついに頭がおかしくなってしまったのかと」
おい桐乃、おまえ凄いこと言われてるぞ。
たしかに兄と一線を越えそうになったなんて大ウソを言いふらしているのが事実なら、それは頭がおかしいとしか表現のしようがないけれど。
「でもあの顔は、お兄さんのことを喋ってる時の……本当のことを言ってる時の顔でした。それに、理由もなくあんな大ぼらを吹くわけがありません。いくらなんでも唐突すぎます」
だから、お兄さんがなにかしたんでしょう?
あやせは強圧的な声でそう付け足したが、俺には思い当ることなんて……いや、あった。ありました。待て、おまえら早まるな。
面倒だから割愛するけど、俺と桐乃の関係が修復されてからはお袋に命じられて渋々(と、桐乃は言っている)俺を起しにきてくれることがあってだな。
そして今朝、そんな桐乃と俺の朝立ちんこが運悪くグッモーニンしてしまい、ひと騒動持ち上がって文字通り押し問答になった末、はずみで押し倒してしまったのだ。そう、さながら原作二巻一章のごとく。
「あ、あれは誤解だ誤解!」
「やっぱり思い当ることがあるんですね! もう死刑ッ、死刑です!!」
「やめろ、 早まるんじゃない! ぐぇッ!」
最後まで言い終える前に、ついに首を絞められた。鬼の形相を見せて俺の首に手を掛けるあやせに、俺は頭を振って必死に……いや、“必死”は語感がよくないな。
ええと、そう。俺は太平洋の藻屑ENDを避けるため、それこそ“懸命”に抵抗した。
「俺は桐乃を襲ってねえし、そんなつもりも更々ないって!」
「じゃあ桐乃がわたしに嘘を吐いたとでも言うんですか!?」
「そうだよ! 俺を信じてお願いあやせ!」
ほとんど泣き出しかねぬ勢いで懇願すると、あやせは手をひっこめてから冷笑した。
「ウソツキなお兄さんの言葉なんて、わたしは信じられませんから」
ここ二年でそれなりの信頼を醸造してきたと思ってたのに……。会うたびにセクハラしていた報いだろうか。
いやいやいや、なんで俺が悪いみたいな空気になってるの? たとえどんな理由があったとしても、人を騙くらかして手錠ガチャはないだろうよ!
「まあ、そこまで言うなら一応聞いてあげましょうか。一体なにをしでかしたんです?」
「うっ、それは……」
下着越しとはいえ妹の股間に勃起したペニスを押し付けたなんて口が裂けても言えねえよ……。
「ほら、やっぱり答えられない。どうぜ、いい年して彼女の一人もできない哀れなお兄さんは、切羽詰って身近な妹に溜まりに溜まった劣情をぶつけてしまった……と、そんなところなんでしょうけど」
「おまっ、勝手にストーリーを作るんじゃないよ! 芝で走れなくてダートに移る競走馬じゃないんだからさ!」
「……事の真相がいかにせよ、わたしへのセクハラだけでは飽き足らず、桐乃にまでやましいことをするお兄さんの異常性欲はもはや看過なりません。やはり、死刑です」
あやせはぶっきらぼうにそう宣告してから、俺のベルトに手を掛けた。
「おい、待て、あやせ! なにするつもりだ!」
「お兄さんの変態性を知っていて尚、放置してしまったわたしにも負うべき責めがあります。ですから、他の女性への被害を抑えるために、わたしが責任もって去勢します」
「去勢!?」
俺が叫ぶが早いか、ズボンと下着が一気に引きぬかれ、下半身が露になった。
もう訳が分からなくてぱくぱく口を開閉させるしかなかったね。
女子高生に股間をまじまじと見つめられ、周回遅れで浸透してきた恥辱に体を震わせた。
だが、その感情とは裏腹にペニスはしっかり隆起していて――
なんてことはなく。
「……なんで小さいままなんですか?」
「当たり前だろ! 勃たせてたまるか!」
半ば屋外とはいえ、あやせと個室で二人きり。俺も当初は心が高鳴ったけど、こんな状況で股間を膨らませる方がどうかしている。つーか小さいとか言うな。マジで泣くぞ。
「ふん、それならすぐにその気にさせてあげますよ」
その口のきき方は前よりも一層ぞんざいで、ぶっきらぼうだった。
あやせはポケットから水色のハンカチを取り出して、俺の陰茎をそれで包み、こすこすと優しく上下に擦った。
しばらく布越しにペニスをいじりまわされたが、くすぐったいだけでそこに性感はない。ムードもなにもあったもんじゃねえし、今の俺は猜疑心の塊だからな。
つーかこいつ、マジで何がしたいんだ?
「……お兄さん、不能なんじゃないですか?」
今やひどく憎々しげな様子でそう詰るあやせに、なんとなく気をよくして嘯いたものだ。
「へん。おまえみたいなお子ちゃまにナニされたって、大人の俺はなんとも思わねーんだよ」
「……ふーん、ずいぶんとまた余裕ですね」
俺を親の仇のように睨み付け、すっくと立ち上がったあやせ。その両手は再び俺の首に迫っていた。
「ごっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 調子に乗りました! 頼むから殺さないで!」
「だから、静かにしてくださいって。こんなところを誰かに見られたら、ホントに通報されちゃいますから……」
すわ絞殺かと震えあがったが、あやせはそのまま首に両手を回し、ぎゅっと抱き着いて、俺の脳を溶かしにきた。
その密着具合はさっきの比じゃなく、俺の胸に響く鼓動がどちらのものかも分からないぐらいだ。ほう、と息を洩らす気配がした後、熱い吐息が首筋に当たった。
女の子特有の柔らかさと温かい体温に、頭がクラクラしてしまう。あやせの肉まんは俺の胸板の上で押しつぶされていて、まるで匂いをこすりつけるように身を揺すられるたび、ぐにょぐにょと張りのある感触が伝わってくる。
あやせの全身からは、仄かな汗の匂いと布地にしみ込んだ石鹸の香り、そして思春期の少女の馥郁たる芳香が立ち上っていて、それらが混じった甘酸っぱい匂いが鼻孔を満たした。
「お兄さん……なにか、固いものが当たってるんですけど」
くすくすと笑いながら囁かれて、俺は初めて愚息という言葉の意味を知る。俺にセクハラされてるとき、あやせもこんな気持ちだったのだろう。俺の威厳の十分の九は、放蕩息子に強奪されていた。
あやせの体に遮られて視認はできないが、既に俺のペニスはガチガチに勃起しており、多分あやせの下腹部か太もも食い込んでいる。
ペニスが脈動して滑らかな素肌を撫でると、あやせはくすぐったそうに身をよじり、亀頭に不規則な刺激が走って、下腹部から熱い滾りが込み上げてきた。
お互い一言も発することなく、そのままどのぐらいの時間が経ったのだろうか。突然訪れた非日常の世界にマヒしきった頭には、一分間にも十分間にも感じられた。
「……もう、すっかり興奮してるみたいですね」
不意に、あやせがゆっくり一歩身を退いた。と同時に、パオーンと勢いよく天を衝いた俺の象さんの長っ鼻。
俺は胆を嘗めながら必死に恥辱に耐えていた。あんなことを言っておいて、発情してしまうなんてさすがに情けなさすぎるだろ。
「ふん、どうですか。お兄さんなんてチョロいもんです」
あやせは嬉しそうに目を細めると、そのまま身を屈めて膝立ちになり、反り返った男性器を鼻先に迎えた。
「あ、あやせ……?」
「勘違いしないでください。これは必要なことなんですから。だから、仕方がないんです……」
誰に言うともなくそう呟き、俺のペニスにそっと手を添えるあやせ。目が潤んで、顔はうっすらと上気していた。
その半開きになった口から、真っ赤な舌がおっかなびっくりといった感じで伸ばされる。
「だ、ダメだあやせ、やめるんだ……」
なんて、心にもないことを言う俺。所詮は口だけの抵抗である。本気で暴れることもできるのに、俺は敢えてそれをしないのだ。ふと冷静になると、拒絶よりも期待を胸に抱いている自分が居た。
あやせもそんな俺の心情を知ってか知らずか、俺の顔に一瞥もくれず、まるで何かを確認するように亀頭をつんつんと舌で突きだした。尿道口の付近を舌で突つき回され、俺は瞬く間に快楽の虜となった。
そうしているうちに段々と順応してきたのだろうか、次いでそろそろと舌が這ってきた。パンパンに膨らんだ亀頭を集中的に舐めまわされ、発火したように全身が熱くなる。
快感に腰が引けそうになったが後ろは壁で阻まれている。たまらず体をくの字に折ると、あやせはそれを目ざとく察知し、淫靡な笑みをこぼしながら、ますます舌での愛撫に力を入れた。
「ちゅ……ぴちゅっ、ぅむ……んんっ」
根元から亀頭の間を、唾液を幹の表面に塗り込むようにして何度も舌を往復させるあやせ。俺の肉棒が唾液でくまなくコーティングされると、今度は下品に大口を開けて、ペニスの先端に食いついた。
じゅぷじゅぷと唇で扱き上げられるが、お世辞にも上手いとは言えない稚拙なフェラチオで、ペニスから伝わる快楽は自慰のそれより劣るものだ。
が、赤ら顔で俺の性器をピチャピチャとしゃぶるあやせである。これを見下ろして興奮しないはずがない。ゾワゾワとした悪寒にも似た快感が、下半身全体を支配していった。
「あやせ……手で擦ってくれないか」
じれったくなってリクエストすると、ちゅぽん、とペニスから口を離し、蕩けた目を向けられた。
「お兄さん、なにか勘違いしてません? 別にあなたを気持ちよくさせるのが目的じゃないんですよ?」
左手でペニスの根元を掴んだあやせは、足元に置いた学生かばんに右手を突っ込んで、半透明なピンク色で筒状の――オナホールを取り出した。
えっ?
「まあ、確かにもう頃合いですし、そろそろ始めましょうか。天井のシミでも数えていてください。その間にちゃっちゃと終わらせますから」
なにを? なんで? どこで買ったの?
言いたいことは一つも声にならず、てかてかと鈍く光を反射するペニスが、一気にオナホへと突き刺さった。
「ううっ!」
脳天を貫く強烈な刺激。
ゆっくりとペニスが擦り上げられ、そしてオナホが完全に抜けるか抜けないかというところで、また勢いよく落とされる。俺の先走り液とあやせの唾液が内部のヒダに絡み、ぐちゅぐちゅと淫猥な音を響かせた。
ラストスパートに到るためペースが上がるとすぐに全身に緊張が走る。人の手や口とは全く違う、無慈悲で正確な愛撫を受けた俺は容易く絶頂へ上りつめ、とうに張り詰めていたペニスから大量の精を解き放った。
「う、うう……ぐうっ!」
「ふふっ、中で精液が通っているのが分かりますよ」
緩慢な調子で上下にしごき続けられ、絞り上げられるたびにびゅっと噴出する精液がオナホの奥で跳ねかえる。
今まで体験したことがないような凄まじい快楽だった。まだ心臓がバクバクしていて、気付けば息も荒くなっている。
しかし射精の余韻を味わう間もなく、俺のペニスが衰運を辿ろうとする前に、あやせは右手の速度を上げた。
「ちょっ! あやせギブギブギブ! 」
「はいはい、さっさと出しちゃってくださいね」
あやせは素知らぬ顔をして軽妙にオナホを揺すり続けた。
特に今は射精した直後で敏感になっていたこともあり、たった数回前後させただけで、俺は呆気なく二度目の射精に至ってしまう。
一回目よりは量は少ないが、それでも多くの精液が放出され、オナホの中を満たしていった。
その様子をまじまじと見ていたあやせは、一旦手を止めてから末恐ろしいことを口走った。
「……これって、全部吐き出すのにどのぐらいかかるんでしょうか?」
「ああっ、うあっ!?」
にゅるにゅるっ、と一定のリズムを刻みながら、精液を潤滑油にして再びペニスをしごきはじめる。
オナホ越しにペニスを掴み、しごき立てるあやせの手の動きは最初からクライマックスで、決して普通の自慰やセックスでは届くことがないような快楽が強制的に生み出される。
俺の膝はガクガクとゆれ、立ってるのも辛かった。
「ほらお兄さん、我慢してください。外に聞こえちゃいますよ?」
「うぐっ、うっ、うううう!」
言われるまま歯を食いしばって我慢の表情をとったが、息が引きつり、喉の奥からは息とも声ともつかない呻きが漏れた。
耐えられないものは耐えられない。涙腺が緩みかけているのが自分でもわかる。
悪意をもって与えられる刺激は限界をこえたものであり、度を超えた快感はもはや苦痛でしかなかった。
「あっ、うああっ! あ、やせっ! もう、もうやめてくれえっ!」
この地獄のような責めは無限に続くのではないかと恐れをなして、恥も外聞もなく悲鳴を上げて髪を振り乱し、後頭部を壁に打ちつけて悶え苦しむと、ようやくあやせは手を止めてくれた。
冗談ではなく発狂しそうだった。行為が止まった今でさえ、柔らかなオナホールに包まれているだけで、まだ痺れるような刺激が背筋を走り続けているのだ。
持続する快楽に息を荒げる俺の顔を、あやせが背伸びをしてのぞき込んできた。しかし、とっくに涙で視界が曇っており、目を合わせることはできなかった。
するとあやせの舌が俺の頬を這いまわって、目元の雫をぺろりと舐める。
「もう、我慢してって言ったじゃないですか。……お兄さんが静かにしてくれないのがいけないんですよ」
その言葉がどういう意味かを問いただす前に、俺の唇がふさがれた。
「んんんっ!?」
「んちゅ、ん、……んんぅ」
後頭部に腕を回され、あやせの舌が口内に侵入してきた。とともに、ほとんど圧し掛かられるように、胸に体重を掛けられる。
壁とあやせに押し挟まれて、本格的に身動きが取れなくなると、あやせは俺の唇の中に舌を絡ませながら、右手のピストン運動を再開した。
「ん、んむっ! ……っは! んんっ!」
「んんっ……んぅっ……ちゅ……」
あやせは右手を無茶苦茶に振り動かして、既に放出された精液をオナホと男性器の結合部から撒き散らかした。
物理的に、悲鳴を上げることさえ許されない状況である。繋がった口の中では荒々しい獣のような吐息が混じり合い、俺とあやせの口を往復した。
口の中で暴れるあやせの舌に、縋るように舌を絡ませる。粘膜が触れ合い、唾液が撹拌され、唇から全身がどろどろに溶けてしまうようだ。行き過ぎた快感から逃げるため、はからずも情熱的なディープキスになってしまった。
股間で、口で、卑猥な水音は休みなく奏でられ、荒い鼻息と共にトイレの個室に反響する。拘束されて、キスされながら、あやせにペニスをしごかれるという異常な事態に、どんどん性感が高ぶっていった。
快楽に跳ねる腰を必死に押さえつけていると、陰嚢がせり上がり、ペニスが不随意にビクつきはじめる。
それは都合三回目の射精の予感。こみ上げてくる膨大な快楽の波が、頭を真っ白に染め上げる。
「んんっ……んうっ! んむッ! んんんん――ッ!!」
俺は断末魔を上げた。
*
「うむぅ、ん、んんぅ――ぷはぁ。……もう、すっかり打ち止めみたいですね」
あやせは俺から顔を放すと、脱力した俺の体を抱きとめた。快楽で骨抜きにされた俺は、今やあやせにもたれかかるしかない。しばらく足腰が立ちそうになかった。
一体どれだけ気をやったのだろうか、絶頂が二桁に達するかといった時に俺の膝が折れてからは、二人とも膝立ちになって、それでもキスと手コキが続けられた。
口元も涎でべとべとだ。振り返れば一瞬? んなわけねえだろ、死ぬほど長く濃厚な時間だったよ。ああ、もしかしたら一生分の快楽を味わい尽くしたのかもしれないな。
現実から逃避するように愚にもつかないことを考えていると、あやせが俺を押しのけて身を引いた。もはや俺に抵抗する気力はない。されるがまま壁に背中を預けた俺は、顔を伏せて息を整えようとした。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……うあっ!?」
無造作にオナホールが抜き取られ、精液まみれのペニスが外気にさらされた。非常に敏感な状態になっており、空気に触れるだけでジンジンする。
まだ勃起しているが、惰性でなんとか硬度を保っているようなものだ。
ぴろりろり~ん。
という場違いな音が前ぶれもなく室内に響く。
顔を上げると、あやせがケータイを俺に向けていた。
「お兄さん、これで懲りてくれましたか?」
「……ああ、もう、たくさんだ」
よっぽど怒鳴りつけてやりたかったが、もう頭は回らず、なげやりな気分で、何もかもがどうでもよかった。
ぴろりろり~ん。
気の抜けたシャッター音を躊躇なく浴びせかけると、あやせはにっこり微笑んだ。楽しくて仕方がないといった、生意気な表情だ。
「申し訳ないですけど、お兄さんの言葉は信用できません。もしお兄さんが他の女性に性暴力を振おうものなら、この写真を桐乃に送り付けます。
それが嫌だったらまた呼び出しますので、絶対に来てくださいね? お兄さんの性欲は、私がちゃーんと処理してあげますから」
この女、いつか絶対犯してやる。
理性を投げ出した脳みそで物騒なことを考えながらも。
やはり頷くことしかできない俺は、あやせの口づけを受け入れたのだった。
最終更新:2011年02月16日 23:34