騙し・騙され・騙しあい



「高坂! 合コン行こうぜ!」

俺の親友である赤城浩平から突拍子もない誘いがあったのは昨日のことである。
受験生の分際で、同じく受験生である俺を合コンに誘うとはどういう了見だよ。
もっとも、受験での息抜きが必要だと俺は思っていたので、渡りに船とばかりに
赤城の誘いを受け入れた。
一応言っておくが、『赤城の誘いを受け入れた』という部分だけを抜き出すのは
厳禁だからな!

そして翌日。
俺は合コン会場で赤城からとんでもねえことを言われた。

「相手は何と女子大生!」
「はぁ?」
「そして俺たちも大学生!」
「今、何と?」

赤城のヤツ、俺たちを大学生と言うことにして、女子大生との合コンを
セットしたらしい。

「お前、そうだと知っていたら―――」
「来なかっただろ? だから今教えた」
「お前がこんな策士だったとは意外だぜ。褒めて遣わす」
「有り難き幸せ」
「うっせ。ところで大学生同士の合コンってコトは酒が出るのか?」
「あー、それはない。今日の店は酒が出ねえから」

こうなったら腹を括るか。受験の息抜きってコトでな。


俺と赤城のほかヤロー三人の合計五人が合コン会場の店に入って暫くすると、
少しばかり目立つ感じの女子大生五人組がやってきた。

「初めまして~♪ ヨロシクお願いしま~す」

目立つ感じだけあって、綺麗で垢抜けた感じの女(ひと)揃いだ。
それにしても赤城のヤツ、一体ドコで知り合ったんだよ?
ん‥‥‥? 端に居るあの女、帽子を目深に被ってロクに顔も見えねえ。
ははーん。さては人数合わせのために、強制連行されてきたんだな。
俺も似たような状態だから文句も言えんが。
そんな俺の怪訝な視線を感じ取ったのか、女子大生の一人が話し出す。

「ごめんなさい。この娘、合コン慣れしてないから、恥ずかしがっているんです」

やはりそうか。ご愁傷様。

「ホラ! 帽子取って!!」

端から二番目に座っている娘がその娘の帽子を奪い取ると、
帽子の下に隠されていた長い黒髪と清楚な表情が晒された。

―――おお、あやせ、あなたは何故あやせなのか?

さてココで俺の脳内に、エロゲばりの選択肢が現れた。

1.『あれ? あやせじゃないか!?』
2.『すっげー可愛い!』
3.『初めまして。俺は高坂京介』

1を選んだら、合コンで男女が知り合いだったなんて雰囲気悪くなるだろう。
サークルクラッシャーなんて誹りを受けた俺にとって、合コンクラッシャーの
称号が追加されるのは何としても避けたい。

2を選んだらどうなるか? 俺はあやせを知らないと言う前提でのセリフだが、
この状況であやせが俺の意図を酌み取ってくれる保証はない。
そのケースにおいて『通報しますよ!』と言う展開が恐ろしい。

結局、3を選ぶしかあるまい。これならあやせだって、
『俺とあやせはこの合コンで初めて合った』という芝居を俺がしているコトに
気付くはずだ。


「初めまして。俺は高坂京介」
「は、初めまして。新垣あやせと申します」

よし。選択肢は正解のようだ。
挨拶もそこそこに、合コンは早くもツーショットコースに突入した。
その途端、あやせは速攻で俺の隣にポジションをキープして来やがった。

「こ、高坂さん? ココ、いいですか?」
「あ、ああ、もちろんだ」

お互いに作り笑いしながらの会話が痛々しい。そしてヒソヒソ話が始まった。

「(お兄さん? どういうつもりですか? 大学生だなんて!)」
「(お前こそ、女子大生ってどういうことだ? 何歳誤魔化しているんだよ!)」
「(わ、わたしは人数合わせでモデル仲間の娘に無理矢理誘われたんです!)」
「(ちょっと待て! モデル仲間だと? あの娘たち、幾つなんだよ?)」
「(わたし以外はみんな高3です)」
「(げ、マジ!? 俺たちと同い年かよ)」
「(皆さんも高3なんですか!?)」

はぁ‥‥‥。お互い、騙し騙されとはな。呆れてモノも言えねえ。
俺たちも甘く見られたもんだな、と思いつつ、赤城の方を見ると

「オイ、高坂。新垣さんといい雰囲気じゃないか。上手くやれよ」

などと暢気な様子。シアワセな赤城が羨ましいぜ。
そんな赤城が入れた茶々の言葉に、あやせの顔は真っ赤になった。

それから合コンは、お調子者赤城の奮闘により、盛り上がって幕を下ろした。
そしてツーショットコースで成立したカップル同士で、自由行動となった。
当然、俺は‥‥‥あやせと自由行動という運びに。ああ、怖ええええ!


「まったくもう! 信じられません!!」

俺との自由行動の中、ウソを吐かれるのが大っ嫌いなあやせは甚くご立腹である。

「大学生だなんて、わたしを騙そうなんて!」
「騙すって‥‥‥! そもそも騙せてないし、騙せるわけ無いだろ」
「言い訳なんて聞きたくありません」
「お前だって、女子大生だと騙そうとしていたじゃないか」
「あれは! あれは‥‥‥。もう知りません!!」

あやせは、消え入りそうな声での反論もそこそこに、俺を放って駆け出した。
おい、待てよ! の俺の呼びかけを無視したあやせは人混みに消えた。
相変わらず聞く耳を持たない女だな。もう放っておくか、とも思ったが、
今回の責任の一端はウソで塗り固められた合コンをセットした赤城の片棒を
担いだ俺にもあるわけで、あやせをこのままにしてなんかおけない。
人混みをかき分けていくと、何やらチャラい様子の男に話し掛けられている
あやせがいた。

「どうしたんだ、あやせ?」
「あ、彼氏サンが居たんだね。ゴメンね!」

チャラい様子の男はそう言うと、人混みに消えていった。

「何だか、おかしな人に声を掛けられました」
「この辺には怪しげなスカウト紛いのヤツがいるらしいからな。気をつけろよ」
「はい‥‥‥ありがとうございます」
「礼なんて要らない。そもそもこんなことになったのは俺にも責任の一端が」
「当然じゃないですか! 全部、お兄さんのせいです!!」

あれえ? このシチュエーションでは感謝のキスじゃないのかよ?
堅すぎるガードはいけませんよ? あやせさん。


「罰として、これからわたしに付き合って貰います。まずはあのお店です」

げ。桐乃と同じパターンじゃねえか。荷物持ちか? 何か強請られるのか?
どっちにしろ最悪だぜ。
そんなあやせに引っ張り込まれた店―――コスメショップはヤローが入るのは
小っ恥ずかしい場所である。店内を見回すと当然若い女性ばかり。
俺はもう、溶けて無くなってしまいたい気分だ。

「なああやせ、何でこの店なんだよ? 男の俺にはキツ過ぎるぞ」
「特に理由はありません。罰ですからね」

何だよそれ? 理由も無しに引っ張り回すのかよ? 桐乃並みだな。
居たたまれなくなった俺が落ち着きも無くキョロキョロしていると、
店内に貼られているポスターに目が留まった。
そこは見慣れた、そして今、俺と一緒に居る黒髪の美少女が写っていた。

「あやせ、あのポスター‥‥‥」
「見られちゃいましたね。わたし、キャンペーンガールのお仕事を頂いたんです」
「すげえじゃないか」
「ありがとうございます」

『ねえ、あの娘、あやせちゃんじゃない!? あのポスターの!』
『ウッソ!? マジ?』

そんなヒソヒソ声が店内のあちこちから聞こえ始めた。

「お兄さん! 逃げましょう!」
「え? ちょ、」

あやせは俺の手を取って走り出すと、手を取られた俺も一緒に走り出した。
女の子、それもこんな美少女と手を繋いで街中を走るなんて、
俺の人生のキャッシュには収録されてないもんな。
そんな得難い経験をしつつ暫く走った俺達は、建物の壁に背中をもたれて
息を切らせていた。

「まるで映画のワンシーンみたいですね、お兄さん」
「そ、そうだな‥‥‥」

俺のキャッシュを漁っても、エロゲのワンシーンしか出ないのが情けなかった。

‥‥‥‥‥‥


俺は今、あやせの家の前に居る。俺にとっては伏魔殿と言うべき場所である。
何しろ、行く度に手錠かけられるわ、階段から落ちるわでロクなことがない。
本当なら来たくもなかったのが、あやせを独りで家に帰すのも気が引けたので、
男の責任としてあやせを送ってきたわけだ。

「お兄さん、送っていただいて、ありがとうございます」
「ああ、今日は済まなかったな」
「ホントですよ! もうあんなウソに荷担しないでくださいね」
「わかったよ」
「それと‥‥‥今日は助けてくれてありがとうございます」

なんだ。やっぱり感謝してくれていたんだ。安心したぜ。

「お兄さん、目を閉じてください」
「え?」
「お願いですから‥‥‥目を閉じてください」

キタ―――――ッ!!
俺の頭の中には『(俺+あやせ)×感謝=キス』の公式が浮かんでいた。
目を閉じて、内心ニヤニヤ顔面デレデレな様子であやせのキスを待っていると、

「えいっ♪」
ムニュ
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

あやせは俺の両頬を左右に引っ張った。やりやがったな、このアマ。
チキショー! 騙されたぜ。

「キスすると思ったんじゃありませんか? 変態ですね」
「あのなあ、この状況ならドラマでも漫画でもアニメでもラノベでもエロゲでも
 キスする場面だろうが! 騙しやがって!!」
「きゃ、大声出さないでください。通報しますよ!」

お前、前世は頭にドクロの髪飾りでも着けた悪魔だったろ!
などと伏魔殿の前で伏魔殿の住人に言えるはずもなく、俺は言葉を飲み込んだ。
そんな俺に対して、伏魔殿の住人の口から吐いて出た言葉は、

「もう一度目を閉じてください」
「何で!?」
「お兄さんの変態属性を診断するためです!」
「変態属性って、お前!」
「いいから目を閉じてください。さもないと防犯ブザー鳴らしますよ」
「わかったよ。もうどうにでもしろよ! ハイハイ、目を閉じましたよ!」


チュ

俺の唇に何やら温かく柔らかいモノが触れた。え‥‥‥。
目を開くと、あやせの清楚な顔が俺の目に大写しになっていた。
ええええええ‥‥‥‥!!
狼狽する様子の俺を余所に、あやせははにかみながら言葉を紡いだ。

「本当‥‥‥お兄さんったら、すぐに騙されるんですね。ちょろ過ぎですよ」
「お、お前、今、何を!?」

酷く混乱し、酷く狼狽する俺とは対照的に冷静な様子のあやせは、
清楚な表情を赤らめながら、俺に問いかける。

「わたしの口が何をしたかを、わたしの口から言わせるんですか?」

つまり、“口づけ” “接吻” “チュー” 要するに “キス”をしたってこと!?
マジ? マジ?? マジ??? 俺、何時フラグをあやせに立てていたわけ?

「お兄さん。今日はありがとうございました。それでは失礼します」

そう言い残すとあやせは、伏魔殿に向かって歩み始めた。
取り残された俺は、ある想いに耽っていた。

『ブチ殺します』

この言葉から始まったあやせに対する俺の恐怖心。
その恐怖心は顔面ハイキック、手錠、ライターで補強されていった。
だが‥‥‥もしかするとあやせは、俺を騙し続けているのだろうか。
そして俺は騙され続けているのかも知れない。
そして俺は、伏魔殿の中に消えて行くあやせの後ろ姿に向かって言ってやった。

大ウソ吐きのあやせさん。
あなたの口から、いつか必ず本当のことを言わせて見せます。

ってな。


『騙し・騙され・騙しあい』 【了】

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最終更新:2011年05月14日 07:58
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