もしも京介が黒猫の告白を断っていたら 01




「兄貴、いる!?」


ノックの一つもなしにドアを開け放たれ、
静謐な空気を木っ端微塵にデストロイされたことに業腹を煮やす暇もなく、


「あたしの部屋に来て!」
「……いきなり何だってんだ?」
「いいから!」


俺は物凄い力で腕を引かれ、半ば引きずられるようにして桐乃の部屋に連行された。


「そこに正座」


指先には座布団。
言われるがままに正座する。
桐乃が定位置のワークチェアに座ると、もはや目線の高低差は如何ともし難く、
眼差しの鋭さはどう好意的に解釈しても実兄に向けるべきそれじゃなかった。
白状する。
俺はビビっていた。
今の状況を喩えるなら、岡っ引きに連行され町奉行の御前に座らされた罪人の図、が正しい。
誰が誰役かは言わずもがな。


「なんで黒いのをフッたの?」


と桐乃はズバリ訊いてきた。


「黒猫から聞いたのか?」
「当たり前じゃん、他の誰から聞けるわけ?
 てか、話逸らさないでくれる?」
「…………」


この展開を予想していなかった、と言えば嘘になる。
しかしこの場を穏便に乗り切るためのセリフは悲しいほどに準備不足で、
また上手いかわし文句を即興で組み上げられるほど、俺の口先は器用でもなかった。


「なんでだっていいだろ」
「ハァ?何その言い方。
 あんた、黒いのにも似たようなコト言ったんだってね。
 『理由はうまく説明できないけど、付き合えない』って……バカじゃん?」
「お前にバカ呼ばわりされる謂われはねぇよ。
 黒猫はそれで納得してくれたんだから、それでいいじゃねーか」
「よくないっ!」


案の定、桐乃は可愛らしい八重歯を剥いて噛み付いてきた。


「黒いのが納得しても、あたしは納得できない!」


知ったこっちゃねえ、と返せば足蹴を食らうのは自明の理、


「なんでお前が、俺が黒猫をフッた理由を知りたがる?」
「あたしが黒いのの代わりに聞いてあげてるの!」
「そうするよう、あいつに頼まれたのか?」


桐乃は視線を四方に泳がせつつ、


「そっ……それは……別に、そういうわけじゃないケド……。
 黒いのだって本当は聞きたかったに決まってるし……。
 だっ、第一、有り得なくない?
 女の子が一生懸命恋の告白したのに、まともな理由もなくフるとかさぁ?」


あんた人の気持ち考えられないの?
バカなの?
死ぬの?
桐乃が繰り出す怒濤の三連撃に、こめかみの血管がピクリと痙攣する。
だがしかし、まぁ待て、俺は誰だ?
桐乃の兄貴だ。その温厚さ菩薩の如しと謳われる好人物だ。
これくらいの暴言笑ってスルーできなくてどうするよ?


「あんた、もしかして超キモイこと考えてない?」
「何だよ、その超キモイことって」
「この前あたしに『彼氏作るな』って言ったから、
 自分も『彼女作らない』なんて誓い立ててるんじゃないの?」
「お前こそ勝手な妄想してんじゃねぇよ。
 なんで俺がお前に遠慮して、彼女を作るのを諦めなくちゃならねえんだ」


「はぁ!?あんた妹に彼氏出来たらギャーギャー喚くクセに、
 自分が彼女作るのは何の問題もないとか思ってるワケ?
 どんだけ自己中なの?死んだ方がいいよ?」
「お前さっきまで、俺がそういう考え方するのがイヤだって言ってたじゃねえか!
 俺にはキモイと蔑まれるか死ぬかの二択しかねえのかよ!」


口論はいつしか怒鳴りあいに発展していたが、
お袋と親父は福引きで当てた日帰り旅行に繰り出し、終日、家には俺と桐乃の二人きり、
仲裁人の登場は期待できそうになく、
携帯も桐乃の部屋に入ってからというもの頑なに沈黙を守っていて、
誰でもいいから連絡してきてくれよ、という祈りは神への道半ばで潰えたらしい。


「……あんた、黒いののことが好きなんじゃなかったの?」


と不意に大人しい声で桐乃が言った。


「あたしがスポーツ留学してた時は、ずっと黒いのこと気にかけてたんでしょ?
 黒いのを部活に誘って、一緒にゲーム作って、友達まで作ってあげてさぁ……。
 そこまでして、黒いのに惚れさせといて、いざ告白されたら付き合えないって、おかしいじゃん」


こいつめ、ちょっとシリアスな雰囲気を醸せば、
俺がベラベラ本心を話し出すと思っているんじゃないだろうな。
とは言え、ここでつっけんどんな返しが出来るほど、俺は初志貫徹型の人間じゃあなかった。


「なあ、もう一度訊くぞ。
 どうしてお前は、俺が黒猫をフッた理由にこだわるんだ?」


桐乃はぎゅっと下唇を噛み、しかし今度は目線を逸らさずに、


「あの子が……黒いのが可哀想だからに決まってんでしょ。
 電話では普段通りに喋ってたけど、黒いの、多分泣いてた。
 実際に泣き声が聞こえてきたわけじゃないけど、分かったの」


なぜ分かる、とは訊かなかったさ。
訊いたところで、友達だから、と臆面もなく言い返されていただろうからな。
そして桐乃が言うからには、黒猫が泣いていたというのは真実なんだろう。
約束の場所、校舎裏のベンチで、


『謝らないで。これは予言されていた世界の選択。
 アカシックレコードに刻まれた絶対の理、確定事象なのだから』


首を横に振った俺に、黒猫はそう言ってくれた。
声には自嘲の響きが含まれていて、表情はなぜか愉しげだった。
が、黒猫が心の裡で本当は何を思っていたのかは……今更、言葉にするまでもねえわな。


「あたし、怒らないから」


桐乃は両手を膝頭の上にのせ、固く握りしめて言った。


「兄貴が黒いのをフッた理由、ちゃんと聞かせて?」


選択肢は三つある。


1.今すぐ無言でこの場から立ち去る
2.強引に煙に巻く
3.自分でもイマイチ整理できていない本心をぶちまける


1番は完全な悪手だ。
桐乃と俺の関係は悪化の一途を辿り、事態解決のために、やがて3番を選択せざるを得なくなる。
2番も妙手とは言い難い。
張りぼての嘘はすぐに見透かされてしまうだろうし、応急処置はしょせん応急処置で、
やがては3番を選択せざるを得なくなる……あれ、このゲーム最初からルート決まってね?


「すぅーはぁー」


と深呼吸をひとつ。なあに、そう気負うな京介。
ぶちまけたところで人生が終わるわけじゃない。


「俺が黒猫をフッた理由は……」


ほら、後の祭りを楽しんでやる気で言っちまえ。


「……お前だ」
「お、お前って……あたしの、こと……?」


ああそうだ。その通りだ。
桐乃、お前以外の誰がいる。


「やっぱり、あたしのせいだったんだ」


桐乃は悄げた様子でそう言い、一転、俺を睨み付けると、


「さっきも言ったと思うケド……。
 あたしに彼氏を作らせない代わりに、自分も彼女を作らないとか、
 そーいう下らないルールで自分を縛るの、やめてよね。
 あたしはあんたに彼女ができようができまいがどうだっていいし、
 黒いのとあんたって厨二病と地味顔で相性良いと思うし、
 ワケわかんない女に誑かされるよか、黒いのと付き合う方がずっとマシだと思うし……。
 とにかく、ホントに余計なお世話だから……だから……」


締めさせねえ。


「余計な世話してるのは、お前の方だっつーの」
「なっ」


桐乃が再び八重歯を剥いたところで、俺は正座を崩し、傍らのベッドに腰掛けた。
普段なら「勝手に座んな!」と激怒されて然るべき行動だが、
お前と目線の高さを同じにするためだ、今くらい許してくれよ。


「俺は黒猫に告白されて、嬉しかったよ。ものすげえ嬉しかった」


後輩の見目麗しい女子から、慕情の丈を告げられる。
そんな、思春期の頃からボンヤリと夢見ていた、青春の理想が叶った瞬間だった。
しかも相手は前々から好意を懐いていた黒猫だ。
正直に言う。天にも昇る心地だったね。
でもな、そんな舞い上がってる状態で、エロゲなら選択肢さえ現れない状況でも、
脳裏にはお前の姿があって、気づけば俺は、黒猫にノーを突き付けていたんだよ。
お前に『彼氏を作るな』と言った手前、俺が彼女を作るわけにはいかない?
そんな理屈をこね回している余裕が、あの時の俺にあるわけねーだろ。
俺は徹頭徹尾、直感で動いた。
その結果がコレだ。


「そ、そんなの理由になってない!
 あたしが頭の中に思い浮かんで、それでいつの間にか黒いのをフってたとか……」
「だから最初に言ったはずだぜ。
 理由は上手く説明できない、ってよ。
 でもまぁ、あれから俺なりに心を整理して、
 もしかしたらこうなんじゃねえかな、って仮説は立ててある」


他人事っぽく言ってるが、こればっかりは自分で自信が持てないのだから仕方ない。


現実的には十秒、体感的にはその数倍の時間が流れ、


「……仮説って?」


と桐乃が言った。


「俺はお前のことが好きなのかもしれない。
 妹としてじゃなく、一人の女としてな」


と俺は言った。
言葉は喉元で詰まることなく、滑らかに舌と唇を経由して、部屋の空気を震わせた。
意外と抵抗なくできるモンだな。
実妹への告白もどきも。
達成感にも虚脱感にも似た感覚をしみじみと味わう俺を余所に、桐乃はぶるぶると肩を震わせていた。
実の兄貴から性的な目で見られていることを知ったんだ、感慨もひとしおだろう。
もちろん、悪い意味でだが。


「………っ……」


鼻を啜る音が聞こえた。
俯いた桐乃の目から、ぽつりと透明の雫が落ちる。
ティッシュを取って拭ってやりたいところだが、拒絶されるのは目に見えていた。
むしろ半径五メートル以内の存在を許されている今この状況が奇跡と言える。
マジキモイ、ホンットキモイ、死んで、今すぐ死んでと罵詈雑言を浴びせかけられ、
部屋に存在するありとあらゆる縫いぐるみを投げつけられた挙げ句、
鋭いパンチとキックの猛襲を浴びて這々の体で桐乃の部屋を逃げ出した俺は、
数分後に駆けつけたあやせに半殺しに遭い、
数時間後に駆けつけた両親から離縁状を突き付けられる……ところまで想定していたんだが。


「……いつから?」


自主退室しようとした折だった。
蚊の泣き声レベルの声が聞こえてきたのは。


「いつから、あたしのことが好きだったの?」
「さあてな。
 お前をアメリカまで連れ戻しに行った時は、もう好きだったんじゃねえか。
 普通いねーだろ、寂しくて死にそうだから帰ってきてくれ、なんて言う兄貴なんてよ」


俺は他にも、桐乃をただの妹としてではなく、一人の女として見ていた記憶を思い出す。
好きなのかもしれない?
アホらしい。
今更保険をかけた言い方はよせ。滑稽極まりねえぞ。
俺は桐乃が好きなんだ。愛しているんだよ。
正常な恋愛の先駆けとしての、黒猫からの告白を断っちまうくらいにな。
さて突然ですがここで問題です。
実妹への恋心を自覚し、あまつさえその想いを告げた変態兄貴が、次に取るべき行動は何でしょうか?


「来年の春になったら、俺はこの家を出て行く」


答え。妹から、物理的に距離を置くこと。


「だからあと半年だけ、我慢してくれ。
 俺が大学に受かって、親父から一人暮らしの許可を貰うまで――」
「ま、待って!」


桐乃は乱暴に涙の痕を拭いながら、


「一人暮らしするって、どういうこと?
 そんなの、あたし聞いてない。なんで?
 地味子と一緒に受ける大学、家からでも十分通える距離にあるじゃん。
 なんでわざわざ家を出てくの?」


おいおい、それをお前が訊くのか?


「一人暮らしすること自体は、結構前から考えてた。
 家事とか色々大変だろうけど、将来的には良い経験になるだろうってよ……。
 でも、今ちゃんとした理由が出来たんだ。
 俺はお前を怖がらせたくないし、怖がられたくもない。
 そんな関係が続くくらいなら、潔く実質的な縁を切った方がいいだろ?」


大学生になったら、何か打ち込めるものでも見つけて、お前のことは忘れるさ。
帰省もお前が家を空けてるときにするし、
お前が望むなら、二度とこの家の框を踏まないと約束してやる。


「……じゃん」
「ん、何か言ったか?」
「バカじゃん、って言ったの!
 あたしの気持ちも知らないで、一人暮らしするとか、
 あたしを怖がらせたくないとか、勝手なコトばっか言っちゃってさ」


桐乃はもじもじと内股を擦り合わせながら、


「あんたは自分だけが、本当はいけない感情を持ってて、
 そのせいであたしに引かれてる、って思ってるのかもしれないケド……。
 ほ、ホントはね……あた……あたしも……」


言葉尻を切り、上目遣いに見つめてくる。
可愛い――じゃなくて、どうしてそこで口を閉じる?


「もうっ、これだからあんたは……最後まで言わなきゃ分かんないワケ?」


馬鹿正直に肯く俺。
このとき俺の脳味噌において、両思いの可能性は完全な埒外にあった。
人の機微に鈍い鋭い以前の問題である。
果たして桐乃は、首筋から顔にかけてを赤く染めながら言った。
その朱色でさえ、俺はセリフを耳にする直前まで、マイナスの感情によるものと信じていた。


「あたしもね、兄貴のことが………………好き、かも」
「は?」


今、現実に耳にできない言葉ランキング堂々の第一位が聞こえた気がしたが。


「ちゃんと聞こえた?」


夢じゃないよな。現実だよな。


誇張表現の一つである『ほっぺをつねる』をリアルに実行し、
鮮烈な痛みに顔をしかめたあと、俺は桐乃が羞恥に身悶えしていることに気が付いた。
タコの縫いぐるみを胸に抱き締め、濡れた目で俺の反応を伺っている。
え、何この可愛い生き物。


「……聞こえた」


ああ、聞こえたとも。
小躍りしたい気持ちを必死で抑え、目頭に熱いものを感じ、
手をやれば熱い雫の感触、俺は自覚がないうちに泣いていた。
ついでにこんなことも尋ねていた。


「いつから?」


奇しくもそれはさっき桐乃にされた質問と同じで、桐乃はクスッと笑いつつ、


「あたしは物心ついたときから、兄貴のことが好きだったよ。
 でも、それはあくまで兄妹としての好きで、
 兄貴のことを……その……男女的な意味で好きになったのは、
 去年、兄貴がお父さんからあたしの趣味を護ってくれたときだと思う」
「全然気づかなかった」
「当たり前じゃん。ずっと、隠してたんだから。
 モデルの演技力ナメんなっつーの……なんてね?」


桐乃の言葉に角はない。
甘えるような口調は、もう何年も昔の幼い桐乃を思い出させた。


「何度も兄貴に伝えようと思った。
 でも、失敗したときのことを想像したら、怖くてできなかった。
 気持ち悪がられたらどうしようって、引かれたらどうしようって……。
 ねえ、もしも兄貴が、一年前にあたしに告白されてたら……なんて答えてた?」
「その時はまだ、お前のことは生意気な妹としか見てなかったからな。
 多分、普通の兄妹でいよう、って言ってたと思う」
「そっか。じゃあ、我慢して正解だったんだ」
「でもな、もしあの時お前の気持ちを知ったところで、
 本気で気持ち悪がったり、引いたりはしなかったと思うぞ。
 むしろお前の気持ちに応えてやれない自分が、イヤになったんじゃねえかな」
「ふーん……じゃあ、どっちでも良かったんだね。
 兄貴に気持ちを伝えて、だんだん好きになってもらうのも、
 兄貴があたしのことを好きになって、気持ちを伝えて来るのを待つのも」


桐乃はしみじみと言い、昔を懐かしむような顔になって、


「あはっ、あたし、都合の良いことばっかり言ってる。
 そういうのは、今だからこそ言えることだよね。
 あんたのことが好きだって気づいた時は、自分で自分が許せなかった。
 報われない恋心なんか持ってても仕方ないじゃん、って自分に言い聞かせてた。
 でも、忘れようと思えば思うほど逆効果で、
 最近は自分でも、ワケ分かんなくなっちゃってたんだ。
 あんたに自分の気持ちを気づいて欲しいって気持ちと、
 あんたが黒いのと結ばれたら諦めがつくんじゃないかって気持ちが、ぐちゃぐちゃに入り交じって……」


楽になりたかったの、と桐乃は言った。


「黒いのが告白して、あんたがそれにオーケーして、それで終わり。
 あんたがあたしのために黒いのをフるなんて、絶対有り得ないと思ってた」
「けど、これが現実だぜ」
「うん……そだね。ってか、あんたいつまで泣いてんの?」


桐乃は椅子から立ち上がり、ティッシュの箱をとって、俺の隣に腰を下ろした。


「はいコレ」
「ありがとよ」


二、三枚ティッシュを重ねて鼻をかむと、
通りのよくなった鼻孔を、桐乃の匂いがくすぐった。
隣を見れば、ライトブラウンの髪に縁取られた瓜実顔。
胸元を覆うは薄手のTシャツ、ホットパンツから伸びた足は健康的な肉付き。
これまでは極力意識しないようにしてきた桐乃の女としての部分が、
今、抗いがたい魅了の魔法でもって、俺の本能に襲い掛かる。
クソッ、鎮まれ、俺のリヴァイアサンよ。
いくら今が絶好のシチュエーションとはいえ、超えちゃいけない一線ってモンがある。


「ねえ、兄貴」
「な、なんだ」
「これからどうするか、考えてる?」
「どうするって……どうもこうもしねえだろ」


桐乃は頬を膨らませると、


「これまで通りってこと?
 あたしは兄貴のことが好きで、兄貴もあたしのことが好きなのに、
 普通の兄妹のままでいるワケ?」


この子はいったい何を言っているんだろうね。
気持ちが通じ合おうが俺と桐乃が兄妹であることには変わりないだろうが。
誰かに『俺たち(あたしたち)恋人になりました☆』と報告でもするのか?
親父に言ってでもしてみろ、女のお前はともかく、俺はグーで殴られる自信があるぞ。
あやせに至っては、全てを言い終わるまでに息の根を止められている目算が高い。


「みんなには秘密にするに決まってるじゃん。
 大抵の人は、兄妹でそんなの、おかしいと思うに決まってるし。
 あたしが言ってるのは、そうじゃなくて、
 他の人が見てないところでは……こ、恋人みたいに振る舞っても問題ないよね、ってこと」
「ああ」


と肯いてみたはいいものの。


「…………」


恋人みたいな振る舞いが具体的に何を指すのか、互いに想像を巡らせ、沈黙する。
脳裏を過ぎるのは、これまで散々意識してきた、漢字四文字の禁断行為。
俺は無言でベッドから立ち上がった。三十六計逃げるにしかず。
このままなし崩し的に、というエロゲ的展開は何としても避けねばならぬ。
いやマジで。俺の心の準備的にも。


「……どこ行くの?」


掠れた声が、ドアノブに手をかけた俺の後ろ髪を引いた。


「自分の部屋だ」
「ねえ、今日は遅くまで、お父さんもお母さんも帰ってこないよね?」
「ああ」
「じゃあ……」


途切れる言葉。
確実に桐乃は誘惑してきている。
振り返ったが最後、俺は本能に忠実な獣に成り下がるだろう。
心の悪魔が囁いた。
別にいいじゃねえか。何を躊躇う必要がある?
据え膳食わぬはなんとやらだ。ここで逃げれば男が廃るぜ。
俺はゆっくりと振り返り――。


「エロゲーしよっ?」


――満面の笑顔で、しすしすスペシャルファンディスクを掲げる妹の姿を見た。


「はっ」


溜息が出たね。
が、その溜息の内訳は、安堵九割落胆一割で、いつしか邪な思考は跡形もなく消えていた。
何も急ぐことはないんだ。時間ならたっぷりあるんだからな。


「やるか、エロゲー」


先に予習を済ませておくのも、悪くはないさ。



おしまい! 続くかな~?

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最終更新:2011年06月25日 15:20
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