ちょっと違った未来12

「ちょっと違った未来12」 ※原作IF 京介×桐乃






病棟の窓から射す光に緋が混じってきている。

(4時か…。)

秋季だからか、こんな時間でももう夕日が顔を傾ける。

瑠璃が搬送されてから小1時間。俺は外で待たされている。

桐乃はすぐに追ってきた。やはり救急車には俺一人しか搭乗できず、あの時タクシー代を桐乃に渡しておいてよかった…。

その桐乃は…。

「黒猫さん…。黒猫さん…。」

悲壮な面持ちで一心に両手を握り締めて祈っている。

カンカンカンカンカン!

「高坂くんっ!!」

まだ人がまばらに居る治療室前の廊下で、日向ちゃんが俺を呼ぶ。

「…まだ…先生が中に…。」

黒い学生服を身にまとった日向ちゃんは俺からの連絡を受けてすぐさま学校から駆けつけたのだろう。

走ってここに駆けつけたからか、汗ばんだうなじに下ろした髪が張り付いている。

「…お父さんとお母さんは?」

「連絡はした…。来てくれるって。だけど仕事中だったしすぐには…。それと珠希にはまだ…。」

「そうか…。」

瑠璃のご両親は共働きだ。その勤務地もこの病院から少し遠い場所にあるって以前瑠璃から聞いた。

珠希ちゃんには…まだ伏せておいたほうがいいのかもしれない。いずれわかることだが、俺達も落ち着いていないこの状況では収拾がつかない。あれだけ瑠璃を慕っているんだ。パニックを起こすのは目に見えている。日向ちゃんの判断は賢明だった。

ギリ…。

歯を軋ませる。

普段からもっと注意深く見ていればこんなことには…!

「お兄ちゃん…。」

桐乃は酷く怯えた顔で俺の背中の服を掴む。その仕草から桐乃の不安な心が痛いほど伝わってきた。

そこに、

「京介氏!きりりん氏!」

沙織が足袋下駄の音を鳴らしながらかけてくる。

朱の色で染め上げられた見るからに高価そうな着物を見に纏っていた。

「沙織!」

俺が連絡してから、急いでここに来たのだろう。こいつには珍しく息を切らしていた。

「はあはあはあ…。きょ、京介氏、黒猫氏は…?」

「…まだ治療中なんだそうだ。だからなんとも…。」

「…ああ…。」

がっくりと肩をうな垂れる。

大事な大事な見合いの席だった筈だ。沙織の家にとってその見合いは沙織個人の問題ではない。ほとんど政略結婚に等しい話のはずだ。

それでも瑠璃のことが心配で…瑠璃のほうが大事だから…。

そこに…

「お待たせしました。五更さんのご家族の方はどちらですか?」

救急の治療室から抗菌マスクをつけた先生が出てくる。

「あ、あの…あたし、です…。」

日向ちゃんが不安そうな顔で答える。

「今、治療のほうが終わりました。説明をさせていただきたいのですが…他にご家族の方は?」

「い、今は、あたし、一人です…。」

いくら患者の家族といっても日向ちゃんは未成年だ。この先生もそれでそういった質問をしたのだろう。

日向ちゃんは不安そうに俺を見つめる。…よし。

「あの、先生…。」

「はい。」

「俺、今運び込まれた子の家族じゃないですけれど、一緒に先生の話聞いてもいいですか?」

「貴方は先ほど救急時に同乗されていた方ですね?」

「はい。あの、この子だけだとさすがに…。」

「先生、この人は家族じゃないけれど、瑠璃ね…姉のことを誰よりも解っている男の人なんです!お願いします!」

「わかりました。それではどうぞお入りください。」

そういって俺と日向ちゃんは二人共部屋に案内される。

桐乃と沙織の心配そうな視線が背中に感じられた。

案内された部屋はどこにでもあるような病院の診察室だった。ただ変わっているなと感じたのは…。

(奥に救急室が続いているのか。)

吹き抜けになっていた。

奥で医療器具の規則正しい機械音がこっちまで聞こえる。

「あの、あの、姉は…。」

日向ちゃんは不安をこめた声で先生に問いただす。

すると先生は、

「五更さんの容態は安定しています。」

ひとまず落ち着いてください、と。

「そう、ですか…。」

日向ちゃんはほっと胸を撫で下ろした。

…よかった。本当によかった…。

「一通りの検査、特に頭痛をしていたという話をそちらの方、高坂さんから搬送時に聞きましたので…脳の検査を重ねてしましたが、異常は特にありません。」

「それじゃ…。」

「ええ。現時点では過労、ということになるのでしょうか…。先ほど高坂さんから聞いた際のことからの判断ですから、もし診断書をお取りになるのであれば、救急の立場からは直接の原因でなくバックグラウンドとしてしか書けませんが…。」

ひとまずは安心、てことなのか。

「ですが、また同じ事を繰り返されるとまた同じ事になる可能性は高いでしょう。」

「先生、ありがとう…ありがとうございます…。」

日向ちゃんが瞳を潤めて礼を言う。

よかった…。

「今はよく眠っています。今晩はここに入院して下さい。一応経過を見ましょう。」

「先生ありがとうございました…。」

俺は礼を述べた。すると先生は、

「いえ。職務を全うしただけですから。」

マスクをつけた顔からは表情が伺いしれない。何を考えているのかもわからない。

だけどこの先生に俺は心の中で改めてお礼をいう。ありがとう。



~~~



(すっかり暗くなったな。)

俺と桐乃と沙織は待合室であれからずっと待っている。

病院が閉まるのはいつかわからない。それでもできるだけここにいてやりたかった。

先生の話を聞いてしばらくして瑠璃のお父さんとお母さんが来た。

あの温泉の時以来だ。

今回のことで俺達は頭を下げられた。瑠璃の身体が現時点では無事なことを簡潔に説明して安堵したみたいだ。

今は今日瑠璃が入院するから必要なものを家に取りに帰っている。日向ちゃんは瑠璃の眠っているベッドの傍にいるみたいだ。

すると沙織に声をかけられた。

「京介氏…今回のことは…。」

「ああ…過労、だってさ。だとしたらやっぱ…。」

あいつの仕事しかない。

瑠璃はあまり仕事の内容を話さない。だから俺達は一体どういった会社でどういった仕事をしているのか大まかにしかわからない。

ただどの話にも共通して言えるのはとんでもない激務だってことだ。

「京介氏…これから…。」

沙織が言いかけたとき、そこへ、

「高坂くん…。」

日向ちゃんが入ってきた。それと…

(誰だ?)

日向ちゃんの後ろには一組の男女がいた。

女のほうはまだ若い俺とどっこいどっこいといった年齢だろう。男のほうは明らかに年上だった。二人ともどこかくたびれたスーツを着ている。

「あの…そちらは…?」

「瑠璃姉えの…その…職場の人…。」

後ろの二人はぺこりと頭を下げる。

日向ちゃんはすぐさま俺のそばに来た。

「初めまして、○×システムの立花といいます。こちらは愛川。」

そういって自己紹介を始める男。後ろのあどけない顔をした女は男に促されてぺこりと頭を下げた。

「わたくし、現在薦めているプロジェクトのチームリーダーをしております。五更さんのご家族の方ですか?」

チーム…リーダーだと?ということは…。

「いえ、違います。友人です。」

「そう、ですか…。この度五更さんのお父様から当社に電話がかかり、今…」

俺はどす黒い怒りを抑えられなかった。

「あんたの会社のふざけた仕事のせいで、瑠璃は、瑠璃はなあっ!!」

「ッ!」

「…。」

愛川という女は俺が怒声を張り上げるととたんに萎縮した。立花という男のほうは無表情だ。

「あいつがこんなになるなんて普通ありえねえよ!!なあ!?あんたんとこの会社、一体どんなことあいつに普段やらせてんだよ!?」

「…。」

愛川という女はずっとびくびくとしている。が、立花という男は依然無表情で俺の怒声を受け止めている。それが俺の怒りを一層あおる。

「あんたチームリーダーっていったよな!!だったら責任者だろう!?普段どんなことして…!!」

「それは…。」

立花という男が口を開きかけたその時、

「ご、ごめんなさいっ!!」

愛川という女が張り裂けるように謝罪の言葉を述べた。

「わ、私がいつもドジばっかり踏んで…仕事全然できないから…だから五更さん…いつも私のことかばってくれて…代わりに上に怒られて…。」

「愛川、やめろ。」

「五更さん、いつも寡黙なのにフォローしてくれて…。わ、私の代わりに仕事黙って引き受けて…。だからだから立花さんは悪くなくて…。」

「愛川…やめないか。落ち着きなさい。失礼だろう。」

静かに諭すように立花という男が愛川という若い女をたしなめる。

その言葉を聞いて俺のこいつらへの怒りはだんだん収まってしまった。

「ご友人の方々に心労をかけたのは申し訳ない。全てチームリーダーの私の責任です。」

「そんなっ!立花さんは悪くないっ!悪いのは無茶なことばかり押し付けてくる上の…!」

あくまで無表情のまま頭をさげる立花。…よく見ると目の下に隈ができ、頬もこけていた。

そんな彼らに対し、俺は…。

「なあ、一体どうなってんだ?なんで瑠璃がこんな目に…。」

立花という男は手をきちっと両側に並べながら、

「…正直な所を申しますと、彼女に我々は甘えすぎていたのかもしれません…。」

「甘える?」

「だから悪いのは私で…!」

なおも声をかける愛川に対し立花は手で制す。

「はい。彼女は当社に入社してまだ二年と経ちません。それでも充分戦力なんです。このプロジェクトではサブリーダー、つまり私の補佐に入ってます。」

…。

桐乃も沙織も日向ちゃんも俺の横で固唾を飲んで聞いている。

「確かに当社に入社当初はまだ仕事が充分できませんでした。それは誰でもです。当然です。けれど彼女の場合ひと月ふた月ですぐに業務に対応できるようになってしまった…。」

「…。」

「我々の仕事は普通大学を出ても現場では役に立たないことが多い。それなのに彼女はすぐに馴染んでしまった。…独学で一生懸命勉強してくれたのでしょう。」

…。

「加えて、あんなに『気づく』人は滅多にいない…。職場の人間関係を含めたフォローにまで回ってもらってました…。彼女の危険信号を見抜けなかった、現場の責任者の私の責任です…。」

立花と名乗るチームリーダーはさきほどから無表情に、しかし真摯に謝る。

そこに愛川と名乗る女は、

「そんなの!責任者だなんていっても私達とかげの尻尾みたいに切られちゃうだけじゃないですか!?責任は現場!手柄は全部うえ!立花さんはわるくありません!」

「…正直申し上げれば、彼女にはこのまま辞めていただき再起を図って欲しい。」

「え?」

「彼女は…五更さんはまだ若い。二十歳そこそこです。それに努力家で有能です。」

…。

「もちろん今のプロジェクトは五更さんが抜けると修羅場になることは確実でしょう。それだけ彼女の果たす役割は大きい。社としての損失は見た目よりも大きい。」

「…。」

「ですからあくまでわたくし個人の、職場での仲間としてのお話としてとどめて欲しいのですが…。それに…何故まだ若い彼女が仕事が出来るとはいえ、プロジェクトのサブリーダーになっているかご存知でしょうか?」

「…いや。」

俺は否定の首を振った。それをみて立花は、

「…人がいないのですよ。皆、なにかしらの理由で辞めていく。今回の五更さんのような身体を壊すケースや、心をやられてメンタル科に通院してもう帰ってこないケースもある…。私のような古参は現場ではもう少ない…。だから任せる人材がもう、少ないのです。」

「加えて彼女には『そんな職場』の人間関係等のフォローにもまわってもらっていた…。全て私の責任です。」

「立花さんだって!皆の心のケアしてくれてるじゃないですか!?皆の代わりにいつもいつも責任取らされて…!」

「…もういいよ。」

俺は立花さんに頭を上げてくれといった。この人たちが瑠璃のことを仲間と思ってくれているのは充分すぎるほど伝わった。

普通ならこんなにすぐに病院まで駆けつけたりしない。電話一本で事足りるはずだ。

「俺も事情も聞かず怒ってしまって、すみませんでした。」

「いえ、そのようなことは…。」

立花さんは相変わらずの無表情で、恐縮そうにする。

「…今日のところは私と愛川は帰ります。五更さんにご自愛のほどをお伝えください…。では…。」

来たときと同じように再び一礼して出て行く。愛川さんも立花さんに習って一礼する。

「…。」

「…。」

「…。」

「…。」

沈黙が流れる…。桐乃も沙織も日向ちゃんも誰一人声を出さない。

事態は思ったより根が深いようだった。

これが世に言う…。

「ブラック会社、でござるな。」

ぽつり、と沙織が俺たちの心の声を代弁する。

あの調子じゃ労働基準法なんてはなから守る気なんて会社にはないんだろう。

さっき来た立花っていう人だって、本当の意味での責任者じゃないはずだ。それなのにわざわざ来てくれたのは彼の律儀さだろう。つまりはそういう会社だってことだ…。

くそっ!

俺は両手を握り締める。

なんでだよ?なんで瑠璃がこんな目に…。

「高坂くん…、あたし…瑠璃姉ぇの所に行ってくるね…。」

日向ちゃんは待合室から出て行く。疲れからかいつもの活発な生気がひそめていた。

「お兄ちゃん…。」

桐乃が不安そうに俺の腕を掴んでくる。

「…。」

桐乃の手を見れば、昼間の教会での結婚式で新婦に投げられた、あのブーケがある。

あれだけ走ったりしたから、ボロボロだ。

…。

このことは瑠璃の問題だ。瑠璃の進退なんだから、あいつのご両親を交えて話し合う事柄だ。そんなことわかってる。だけど…。

「なんか俺達に出来ることって、ないのかよ。」

「お兄ちゃん…。」

「京介氏…。」

成人してても所詮俺はまだ子供で、なんの力もなくて…。

(それでも、何かあいつの力になりたい…。)

この4年間ずっと俺達を見守り続けてくれていた、瑠璃。

俺と桐乃が喧嘩しても、いつも双方の話を聞いて…。くだらない話で皆で盛り上がって…。

…今日あの教会の裏のベンチで彼女は最後に何を俺に伝えようとしたんだろう…。

桐乃の手にあるブーケから、花びらが一つ舞い落ちた。



続く。

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最終更新:2012年11月24日 19:29
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