ちょっと違った未来19

ちょっと違った未来19」 ※原作IF 京介×桐乃 黒髪桐乃の過去編



「え?今日無理なの?」
「う、うん。実家から食材送ってくれたんだけど、ナマ物だって。配達の時間指定してくれてなくて」
「そう…それなら仕方ないね。また今度にしよ」
「う、うん。ごめんね、あやせ」
「ううん、気にしないで。じゃあ」

 ポチ

 そう言って桐乃との通話を切る。周りを見ると皆小型情報通信端末を使っているが、私は今でもガラケーを使い続けている。どうしてもスマホのあの感覚が好きになれないからだ。

「さて、どうしよう」

 今日はこの前桐乃と出かけたゲームサークルに一緒に行く約束をしていたのだけど、肝心の桐乃が用事で来れなくなってしまった。サークルの人には今日私も一応行くということを伝えているのだけど…。

「行くだけ行ってみようかな」

 日課の体型維持のトレーニングも朝学校に行く前に済ませてしまったし、講義について行く為の勉強量もこのままで充分足りている。今日のこの後は特に用はない。身体を休ませるのも仕事の一つだ。

 サークル棟に足を運び、エレベーターに乗る。名前も何も載っていない一見正体不明のサークルの部屋にノックをして入ると、

「応。モデル様か」

 香織さんが一人でいた。何やら慌てた様子でスーツの上着を着ていた。分厚い何かの資料が机の上に置かれていてどこかへ出かけるようだ。

「失礼します。今日も、」
「悪い!時間が押してて!今すぐ行かないと遅れるから!」
「え?」
「講義!講義!それじゃ!」

 パリッとしたスーツを着てそのまま慌しくまるで嵐のように去っていった。よく見れば部屋の隅に簡易の着替え室がある。それに冷蔵庫やコーヒーポット、テレビに意味不明な遊び道具まで沢山あった。
そういえば香織さんはこのサークルの責任者と言っていたが、ここの学生なのだろうか。たたずまいからは学部生には全く見えなかったし…だとしたら院生なのかな。

私は誰もいない部室をあらためて見まわす。コンピューター数台に付箋の付いたパソコンの専門書が大きな机の上に置いており、パイプ式の椅子が何個か折りたたまれて置いている。それから奥に人一人が寝ることができるくらいの大きさのソファが一つある。本棚もあるがパソコン関係の本や少年マンガが何冊かあるだけだ。

(もう帰ろう…)

 久しぶりに大学で再会した中学時代の友人がこのサークルに行くと言った時、何かいかがわしいものを感じたが、当初の予想と違い至って真面目なサークルだった。これから桐乃はどうするのだろうか。このままこのゲームサークルに入会するのだろうか。
 桐乃がこのサークルの活動内容と相性がいいだなんて全く思わないが、それを止める理由もない。それに人間なにで芽が出るかわからないのだし。とはいっても桐乃にはモデルの仕事を是非やってもらいたいとは今でも思うしあきらめてはいない。

彼女はダイヤの原石だ、と私は思う。過去に何があったのか知らないが、ああも人に対して心を閉ざして可能性に蓋をするのはよくないと思う。

「…」

 どちらにしても私にとってはこのサークルに入る理由はもうない。そもそも初めから入る気もない。このオフを過ぎたらまた仕事が待っている。中学から始めた仕事だが高校大学と上がる度に仕事量は増え、撮影で拘束される時間と仕事への責任が比例してゆく。   

私自身大学を4年後卒業してからもこの道一本でやっていくのか普通に就職活動をするのかまだ決めかねている。それとも父の家業を手伝うのか。父には政治の世界に入るにしてもまずはタイムカードを押す生活をしてみろ、そして世間の苦労を勉強しなさい、と将来の進路相談をする度に言われているが。

ひとしきり誰もいない部室を見回した後そのまま出ようとしたが本棚の本が目に留まった。タイトルは「宇宙の創造-インフレーション理論」と書かれていた。パソコン関係で埋め尽くされているこの部屋の本棚にしては明らかに毛並みが違っていた。
他にも「量子論」「ディラック」「有機食材開発」「基礎材料力学」といった本が何冊かあり本棚の一角を占めていた。
その中の一冊を手に取る。手垢がついているその本は至るところに赤線が引かれていた。
誰のものか知らないがこれらの本の持ち主は雑食なのだろう。文系の私の目からは余り統一性を感じられなかった。
いずれにしても今日限りでこのサークルには来ることのない身としては関係のないことだ。今度こそ部屋から出ようとすると、

ガチャ

 扉が開いて部屋に誰かが入ってきた。扉の影になっていて顔がよく見えない。比較的背の高い、どうやら男の人のようだ。

「あんた…この前の」
「え?」

 男の人が部室の中に移動してくる。すると、

「あ、あなたはこの前の…」

 あのお兄さんだ!地元千葉の駅で暴漢二人に絡まれたときに助けてくれた作業着を着た男の人だった。今日は茶色のジャケットを上に着ていて黒のブラックジーンズを着ている。あの後怖くて一人だと家まで足が進まない私の為に家の近くまでついて来てくれたんだ。

「あんた、この大学の人間だったのか」
「あ、は、はい。あ、あのこの前は助けていただきありがとうございました。貴方のおかげで無事に、」
「どうだ。あの後何もなかったか」

 お兄さんは歩きながらこちらの顔を見ずに聞いてくる。私はお兄さんの後を追うように、

「はい。おかげさまで何事もありませんでした」
「そうか。それはよかったな」
「この通り何かがあっても大丈夫なようにしてますし」

 私は鞄の中を開けてから防犯グッズ一式をお兄さんに見せる。

「ね?」
「そ、そうか」

鞄の中を見たお兄さんの頬がひくひくしている。額からひと筋汗を流して若干引いていた。おほん。

「と、ところで。今日はどうしてこちらへ」
「うん?ああ、この時間は連中も居ない時間帯だしな。俺も丁度大学での調べ物が終わってな。借りれるものだけ2,3冊借りてこの部室で作業しようと思ってな」

 見ると手元に薄い本や厚い本が2,3冊あった。

「何かのレポートですか?」
「ああ」
「大変ですね。私なんてまだ大学に入ったばかりだからレポート課題なんてなくって…」
「…」
「あ、あの。ご挨拶が遅れました。私、この大学一年の新垣あやせっていいます」
「知ってるよ。この前言っていたな」
「覚えてくれてたんですか」
「まあ、そういうことになるな」

 そう言いながらお兄さんは机に鞄と持っていた本を置き椅子に腰掛ける。

「あ、あの。お名前を伺ってもよろしいですか?」

 私が尋ねるとお兄さんは、

「工大4回の槇島だ。よろしく」

 私の顔を見ず淡々とした口調でそう私に告げた。



~~~



「えっと…槇島ってことはこのサークルの香織さんの…」
「ああ。香織さんの弟ということになるな」

 やっぱり香織さんがこの前言っていた他大学の弟さんだ。
それにしてもお姉さんに対してどこか他人行儀な…とまではいかないにしても、何か壁を感じる呼び方が少し気になった。
…まあ気のせいかな。

「あの、工大の方なんですよね?」
「そうだが」
「助けていただいた時は作業服を着ていましたし。てっきり社会人の方かと…」
「あれはバイトだよ。休みの日や時間の空いている時に無理言って入れてもらっている」
「そうだったんですか」

「4回生ということは…今年卒業なんですか」
「ああ。今年で大学とはおさらばだな。後は就職ということになる」
「そうなんですか」

「どうしてこのサークルに?」
「香織さんに押し込められてな…。あの人4年前まで海外にいたんだけどこっちに戻ってきた時に無理矢理…」

 その時のことを思い出したのか、顔をしかめる。

プフッ、と私は少し吹き出してしまった。この寡黙な人があの陽性のネアカな人に引っ張られるところを想像すると…。
初めて会うに等しい筈の年上の男の人なのに妙な可愛らしさを感じた。

「あんたこそ…」
「え」
「何でこんなサークルに?ここはかなり不規則な活動しかしない。まじめにする時はまじめにするんだが、普段は自由行動が基本でほとんどたまり場みたいになっている。赤城なんてバイトまでここで寝ているしな」

 持ってきた本を開きレポート用紙に書き写していく。シンプルなシャープペンシルがお兄さんらしかった。

「ええと、私は友達について来ただけで…。今は居ませんけど、本当はその子が一人で見学に来る予定だったんです。だけど私も一緒に着いていこうということになって」

 ん?これでいいんだよね?

「そうか。もう一人の子がここに入るのか」
「はい」
「あんたは?」
「え?」
「あんたはどうするんだ?入る気でいるのか。まあこんな何もないサークル入る必要はないと個人的には思うが…」

 あんたの自由だしな、と付け加える。これまでも視線をこちらに合わせない。

「お兄さんは…」
「うん?」
「わ、私が入ったほうがいいと思いますか?」
「…さあ。どうだろうな」
「…」
「そういえば…あんたどこかで見たことがあるな。俺の気のせいだったかな」

 本とレポート用紙に落としていた視線をこちらに向ける。いきなりその鋭い目に見られてどきっとした。

「わ、私モデル活動もしていまして…。ささやかながら本等にも出させてもらっているので、」
「ああ、そういうことか。すまない、服とか芸能とかは余り関心がなかったもんだから」
「い、いえ。そんなこと…」
「しかし…そういう事に疎い俺でも知っているという事は、相当有名なんだな」
「そ、そんなことありませんよ!私なんでまだまだ、」
「だとしたら、よっぽど俺の印象に残っていたんだろうな」

 こりこりと頭をかいた後、再びレポート用紙に視線を落としシャープペンシルで本の内容を書き始める。

「…///」

 体温が一気に上がるのが感じた。

(やだ、顔、多分真っ赤になってる…)

普段なら社交辞令程度にしか感じない言葉。なのに…。
このお兄さんは見た目より女の子の心を掴むのが上手いのかもしれない。余り関心がなさそうだけど。

横からもう一度お兄さんの顔をまじまじと見る。何度見てもこのお兄さんは全く見覚えがなかった。モデルの仕事でも会った事がやっぱりないはずだ。それなのにどこかで会ったことがある気がするのだ。それもかなり深い仲だったように思える。

「…おい」
「は、はい」
「そんなに見られると困るんだが…」
「あ、ご、ごめんなさい!」

 お兄さんは

「あの、少し聞いていいですか?」
「どうぞ」
「私とお兄さん…どこかで会いましたか?」
「…どうしてそう思う?」

 お兄さんはその視線を私に向ける。

「だ、だって、あの時助けられた時からずっと気になってたんです…!この人と会うのは初めてじゃない。初めてなのに「初めてじゃない」って!」
「…」

 私は期待を込めておよそ論理的でなくまるで理由にもなっていない理由を口にした。しかし、

「いや、残念だがあの時が初対面のはずだ」
「…そうですか」

 やっぱり会ったことがなかった。

「だが…」
「え?」

 お兄さんは続ける。

「デジャビュ、というのも中々ばかには出来ないだろうな。おまえのそれがそれという前提ならの話だが」
「…」
「俺が興味のある学問に量子論ってのがあってな…。まあそこでもこういった見解はキワモノ扱いなんだが。過去に出会ったという感覚があるのなら「どこかのおまえ」と俺が会っていたのかも知れないな」
「そうなん、ですか」

 びっくりした!だってこのお兄さんがだよ?!徹底して実利とか求めてそうなタイプに見えるのにいきなりロマンチックなことを真顔で言い出すんだもん!
 私は知らずどこか熱っぽい視線を送っていたみたいだ。それを受けてお兄さんは、

「なあ…そろそろその視線を、」
「あ、ごめんなさい!」

 こうした会話とこの前の強烈な出会いから私はこのお兄さんに強い興味を抱いていた。もっと知りたい、深く知りたい、という思いだ。
 ぶっきらぼうでずっけんどん。無表情で感情の見せない合理主義者といった見た目から覗く不思議な「彼」が見え隠れするからだ。
それがどうしても見てみたくなった私は、

「あ、あの!」
「ん?」
「こ、この後何かご予定がありますか?」
「いや、特にはないが。どこかで飯を食おうかくらいは考えてはいるが」

 チャンス!

「で、でしたら、私とこの後お夕飯を一緒に行きませんか?」
「え?」
「こ、この前駅前で助けていただいたお礼もまだですし。これくらいだとあの時のお礼に釣り合わないですけど…」
「…」

 ああ、緊張する。何で男の人と話すくらいでこんなにも緊張して言葉を選んでいるのだろう。自律神経が上手く機能していないのか手に汗がじんわり広がっている。するとお兄さんは、

「いいのか?」
「は、はい!むしろこちらがお願いしたいくらいです」
「わかった。じゃあこの後御相伴にあずかろうかな」

 そう言って私の夕飯の誘いを快諾(?)してくれた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年03月13日 21:46
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。