ちょっと違った未来34

「ちょっと違った未来34」 ※原作IF 京介×桐乃 



「「「「「御結婚おめでとうございま~す!!!!」」」」」」



「きゃあ~~!!」
「はは!!」



 俺達は今結婚式場にいる。今日は俺と桐乃の結婚式。俺は白のタキシードに、そして桐乃は純白のウエディングドレスの姿で俺を含む人々を魅了していた。

 ウエディングドレスの衣装を着たこいつを見た時…魂が口から抜けるかと思ったぜ。そこにおわしまするはどこの天女かあるいは女神か。傍に居たお袋と親父に顔をぱちぱち叩かれるまで現に意識が飛んでいたんだもんよ。

 そして。

「桐乃~!!本当に、本当におめでとう!!」
「あやせ…ありがとう」
「夫に不満はあるけどお嫁さんが最高だから最高に輝いてるよ!」
「はは…」

 おい!いい加減にしろよ!この女!…でも天使。

「ったく桐乃に先に越されるなんてヨ」
「加奈子…ありがとう」
「ま、加奈子もすぐに京介以上の男を見つけてやるしィ~」
「あら?京介さんに『似た』男性の方ではなくて?」
「よ、よけいなこと言うなデカ女!」
「あらあら…うふふ…。わたくしに対してよくもそのような言葉遣いが…」
「ひい!」

 一気にフリーザ様と化した沙織に上から軽く持ち上げられる加奈子。

「桐乃ちゃん…まさか高坂先輩と結ばれるなんて…。とりあえずおめでとうございます…」
「え、え~と。せ、瀬菜ちー?」
「こ、高坂先輩は、ぜ、絶対にお兄ちゃんとくっつくものだと…!」
「もしもーし?」
「こ、高坂先輩の伝説の超戦士属性が…。受けがぁ…」
「あの~瀬菜ちー…身内婚でもあんまり暴走されると…」

 あ、あのアマーー!?何が伝説の受けの超戦士だ?!頭に栄養がいかないから乳ばっか大きくなってんじゃねえのか?!一回マジで犯したろかい!!

 それに見ろ、麻奈実の隣にいる赤城が複雑そうな顔で「瀬菜ちゃん可愛いよー。瀬菜ちゃんは悪くないよー」とか高校の頃から変わらない呪文(ホイミ)を唱えてるじゃねーか!

 そして…。

「桐乃ちゃん…今日は本当におめでとう」
「麻奈実さん…」
「色々あったね…」
「うん…」
「これからも色々あると思う。けれど桐乃ちゃんときょうちゃんのことだからどんな壁も乗り越えられるから」
「うん…」

 じわ。

 長年の宿敵だった麻奈実に祝福され、万感の思いなのか。堪えきれず涙が溢れ出す桐乃。

 化粧の上を綺麗な形で流れていくその涙は、夫じゃない身が見ても美しいと思うはずだ。

「これからも…二人仲良くね…」
「ありがとう。ありがとう、まなちゃん…」

 泣く桐乃の頭を優しく胸元で抱きしめる麻奈実。見れば眼鏡のその奥の瞳には涙が溜まっていた。

 その他大勢の人達が今日この結婚式に来てくれている。

 あやせに瑠璃、沙織に加奈子に瀬菜、そして桐乃の友達。赤城に御鏡にゲー研の部長に真壁に日向ちゃんに珠希ちゃん。そして俺達三人の幼馴染である麻奈実。

 麻奈実に来てもらえたのは一番嬉しかった。何しろ一番俺達のことを祝ってもらいたかったからだ。麻奈実の結婚式の出席の確認が取れたことを知ったときの桐乃は本当に嬉しそうだった。だっていきなり泣き出すんだもんよ。

 …。

 俺はあの後階段に落ちたもう一人の黒髪の妹、桐乃を助け出した。が、目覚めた後階段から落ちたにも関わらず後遺症どころかキズ一つ二人の身体になかった。

 この事を知った沙織と寝ていた瑠璃は安堵のあまり大泣きしてくれた。

 それからしばらくして俺は警察に就職する前に桐乃と結婚をした。俺は卒業する直前であり、桐乃は1回生。巷で言う学生結婚というやつだ。

 就職してからだと上司の席次や何やらが煩わしいという親父とお袋の意見からだ。(おそらく自分達の経験からの忠告だったと思う)

 そんな親父達も今俺達を祝福してくれている。お袋はともかくあの親父の極道面が…。何だよあの顔、ピカソみたいになってるじゃねえか。

 他方で、これから俺は千葉県警に勤めるために警察学校に入らなければならない。そしてすぐに卒業する俺と違って桐乃はまだ大学生だ。しかも現役モデルでもある。人気モデルが結婚するなんて話になってみろ、事務所と色々揉める事になる(現に揉めた)。その事を考えると精神的な余裕や金銭的なことも踏まえて後にしようかとも考えたが桐乃がどうしても今すぐしたい!と言ったので今現在に至ったわけである。

 …人間何時何処でどうなるのかわからねーもんな。

 その事は俺と桐乃はあの不思議な世界の事から痛いほど理解していた。

「…」

 あれから桐乃の身に何事もなかった。かつての記憶を取り戻し、記憶を失っていた時の自分の記憶も保持し、この日常へと舞い戻ってきた。


 …もう彼女は居ない。俺達の前からその姿を消してしまった。


 この事を瑠璃や沙織、あやせや麻奈実に俺達は話した。不思議な不思議なあの世界での出来事。俺ではない俺。桐乃ではない桐乃。少しボタンが掛け違えれば俺達が辿ったであろう、ちょっと違った未来。

 瑠璃も沙織もあやせも麻奈実も何も言わなかった。何も言わずにただ黙って聞いてくれていた。その中でも瑠璃だけは目に大粒の涙をためてくれていた。それは彼女にとってもあの黒髪の美少女はもう一人の親友であり『妹』だったからなのだろう。

「…」

 あの後、瑠璃達に不当労働行為をさせている会社相手に労働基準監督署が行政指導に踏み込んだ。

 あの瑠璃の見舞いに来た立花さんはああ見えてやることはきっちりしていたというか、会社の内部証拠の収集に激務をしながら奔走していたらしい。

 それが決め手となって、此度役所による立ち入り検査が発動。

 そしたら出るわ出るわ不正行為のオンパレード。

 それも労基法上の問題だけじゃない。刑法上の、いわゆる背任、業務上横領etcetc…

 それと同時に沙織の家の顧問弁護士が数人踏み込んで今現在民事上の和解作業に入っている。和解といってもお互いに譲歩し合うような一般的なイメージでは決してなく、老獪な弁護士達によって証拠資料を片手にガンガン追い立てられているような状況だ。

 法律のプロの数人がかりのチームワークに悪徳経営陣はたじたじで「この事は検察に直接告訴する」といったら顔が真っ青だったらしい。お疲れさん。

 それを聞いて俺と沙織が親指を立てあったのは言うまでもない。

「…」

 桐乃は楽しそうに来てくれた皆と雑談に興じている。そんな彼女を遠巻きに祝福していた瑠璃が、

「ふふ」

 今日の瑠璃は黒の露出が控えめなドレスを着ていた。花嫁を立てるためだろう。桐乃はまごうことなき女神だが、こいつもこいつで神女のようなやつだ。ちょっと着飾ればたちまちの内に花嫁に勝るとも劣らない美女に変身するに決まっているからだ。こいつはそんなこと考えてはいないだろうけれど、主催者を立てる、というのは気遣いのプロであるこいつらしかった。

「本日はおめでとうございます。先輩」
「おう。ありがとうな、瑠璃」

 二人して向かい合う。彼女は綺麗な瞳をしていた。一寸の迷いなくかつての自分の彼氏と親友の門出を祝う瞳を。そして…。

「…こうして見ると本当に綺麗ね。あの子」
「…ああ」

 文字通り世界の中心と成っている桐乃。老若男女問わずどんな者をも魅了するあの笑顔。…あんな綺麗なお嫁さんがもらえて、全く俺は世界一の幸せ者だぜ。

「ふふ。あの子のあんな姿を見てると…。私もどうしようかしらね」
「?なんだよ?急に?」
「いえ、これから自らの身の振り方のことを考えるとどうしようかな、って。それに羨ましいしね、あの子が。やっぱり私も女の子、ということかしらね」
「?」

 そう言うや否や瑠璃はこちらに体を顔ごと翻し、

「あ~あ。私もそろそろ彼氏でも作ろうかしらね~?」

 ぴく。

 俺の顔にその綺麗な顔を近づけ、そうにんまりとした笑顔で俺の耳元で囁いた。

「最近道を歩いていてもよく男性に声を掛けられるのよね。私服と仕事着の時だけなのだけれど。この前なんて高校生くらいの子にラブレターなんて物も貰ったわ。顔を真っ赤にしてプルプル震えて可愛かったわね。…女ってね、こういう古風な手に弱いのよ。それに自分でも母性本能が強い方だと自覚しているし…」
「…」

「あの子ってこの前駅前の本屋で遠くから見かけた時私達の高校の制服を着ていたわ。ということは…ふふ。転校したとはいえ私の後輩ということになるのかしらね」
「…」

 瑠璃に彼氏、か…。

 …。(想像中)

 …。

 いかん…想像しただけで腹が立って仕方がない。こいつの右隣に一緒にいてそれに寄り添うように男の腕に幸せそうな顔で顔を埋めている瑠璃。

 …チッ。

「あの、先輩?」
「…」

 イライライライライラ…。い、いかん…。こんなこといけませんよ瑠璃さん…。貴女の兄さんは許しません。瑠璃に彼氏?…まともに考えたらストレスで胃がどうにかなりそうだ!頭もおかしくなりそうだ!

 そんな俺を見て、この勘の鋭い瑠璃が俺の心情を見抜けない筈もなく…。

「はあ…」

 瑠璃が俺の顔の前で呆れた顔で一つため息。

「その顔…知ってる。…男の嫉妬の顔よ、先輩」
「…うっせえ」
「貴方ねえ…。せっかく今日この日をもって最愛のあの子と結婚出来たのよ?ようやく妻帯者になれたんじゃない。それなのに昔の彼女の、それも居もしない男の影に嫉妬するってどういうことなのかしら?」
「…そんなんじゃねえよ」

 自分で言ってて空しくなる。

 何がそんなんじゃねえ、のか。あ~あ。俺の男の器も高校時代から少しも変わっちゃいねえな。

 確かあの頃も赤城に麻奈実に彼氏が出来たらどうする?みたいな事を聞かれたな。それに対する返事はそんな事許さんし全力で妨害する、だった。

 今、麻奈実と赤城は悪くない関係にまで発展している。普通もうちょっとばかり進んでもいいものだがゆっくりとした麻奈実のペースと満更でもなくそれに合わせる赤城。かつての俺ならこいつらの関係に大いに邪魔をしていたかもしれない。しかし今はしない。というより出来ない、といった方が正しいな。

 だって俺には桐乃がいるんだもの。どこの世界に最愛の女がいるのに他人の恋愛に対して口を挟めるの?って言い返されたら終わりだ。…ごほん。

 まあそれとは別に俺は何だかんだ赤城のことを認めている。あいつはやる時はやる男だし、守るものは何に代えても守ろうとする。しかも俺と違って普段からかなり積極的にだ。それは瀬菜に対するシスコンっぷりを見ていてもわかる。ただのイケメンでは決してないのだ。

 …ん?だったらその理屈でいえば俺は瑠璃の将来の夫婦(めおと)になるであろう男を条件さえ整えば認めなければならないという事になるじゃないか!…そんなこと…。

「…」イライライラ
「…ふふ」

 くっそ~!こいつに彼氏?は、腸が煮えくりかえるわ!そんなもん!だいたい何処のどいつだ!言ってみろ!前言撤回だ!麻奈実は赤城でぎりぎりよくてもこいつは駄目だ!誰が来ようと何処の財閥のお坊ちゃんが来ようと全力でぶん殴ってやる!

 そんなストレスマッハな俺に対して瑠璃は、

「ちょ、ちょっと先輩?」
「…なんだよ?」
「か、顔が犯罪者みたいになっているのだけれど…」
「…重要案件を思案中なんだ。邪魔しないでくれ」
「…全く」

 ふうっ、と一つため息をつくと瑠璃は、

「…嘘よ」
「え?」

 瑠璃は赤面しながら、

「だから!…嘘。た、確かによく声も掛けられるし番号も聞かれるわ。ラブレターの男の子の事も本当よ。で、でもね、別に私には男を作る気なんて今のところ更々ないのだから」
「…」

 …『今のところ』?

「だ、だから先輩、そんなに大真面目に考えなくて結構よ」
「…はあ~」

 赤面しながらもじもじとしている瑠璃を横目に俺は胸から大きく息を出した。さっきの瑠璃の発言によって一気に溜め込まれた負のオーラ(?)が放出される。

 まだ納得はしていないけどな!

「それに私にはやらなければならないことが沢山あるの。まだまだお仕事もあるしね。人間の雄になど構っている余裕などどこにもないわ」
「…さよか」

 出たよ黒猫さんお得意の邪気眼様が。

「でも…」

 瑠璃はどこか切なそうな顔で、

「先輩。貴方昔あの子に『彼氏が出来てキスまですませた~』って言われて祝賀会が無茶苦茶になった狂言事件があったじゃない」
「…ああ」

 ほんとあの時は大変だったぜ。こいつは部屋から飛び出すわ桐乃は嫉妬心むき出しするわ沙織にサークルクラッシャー男呼ばわりされるわ、挙句の果てにお袋に桐乃との関係を疑われるわで。ついでに御鏡が持ってきたケーキを顔面に投げられるわ。

 …御鏡もホント器がデカイよな。普通あの状況であんなに平然としてられねーだろ。それを考えたらあの時御鏡にも桐乃の彼氏たりうる条件があったってことなんだよな。こんないい男いねーもん。…いやだめだ。桐乃は絶対何があっても永久に何処の誰にも渡さん。

 桐乃は俺のもんだ。桐乃は俺だけのもんなんだ。桐乃が誰か他の男の物になる?新妻桐乃の裸エプロン?知らない男に朝のエッチな御奉仕?夜になると知らない男の腕の中でひいひいよがり泣かされる?こ、今度こそ気が触れるわ!!

 イライライラ!!メラメラメラ!!

「先輩?もしも~し・」
「は??!!あ、ああ」

 いかんいかん。また自分の世界に。

「…ふう。まあいいわ。で、話を戻すけれど…あの子の彼氏騒動の時のあの子の『男』に対して、貴方、今の私に対する顔と同じ顔をしていたわ」
「…だったらなんだよ」
「…参ったわね。これは喜ぶべきなのかしら悲しむべきなのかしら」

 瑠璃は再び何ともいえないような、しかしどこか切なそうな顔で、

「私の『男』に対する先輩のその心は、妹の『男』に対するものと同じもの…と考えてもいいのかしら?」
「…」
「だとすると私は貴方の大切な妹と同じ評価が先輩の中で与えられていることになる。ふふ、光栄だわ。大好きな先輩の心の中の領域をそれ程までに占領出来たのですもの」
「…当たり前だろ何言ってんだ。だってあの頃の俺はお前の事を本気で…」
「けれど先輩の中では私は妹と同じではあるけれど、『女』足り得なかった…という理解が出来るのだけれど、それで構わないのかしら?」
「…それは今のおまえに対して、だろ。あの頃のお前に対してじゃない。それに今俺には桐乃がいるんだ。そんな俺がお前の男に対してまで口を挟めるかよ。悔しいけどな」
「…まあ、ね」

 優しく照らす太陽。俺達の頭上に柔らかく光を降り注ぎ祝福してくれている。

「…」

 時は過ぎていく。あの頃永遠に変わらないと思っていた気持ちも時の移ろいと共に変化していく。それは例え高校生だったあの頃黒猫という一人の毒舌で邪気眼真っ盛りで、そして誰よりも本当は優しくて俺のことを想っていてくれていた女の子に対しての俺の気持ちでさえ、もだ。

 あの頃の俺は本気でこいつのことが好きだった。それは俺にとっては初めての恋愛であり、『女の子』というものを初心(うぶ)だった俺に教えてくれたのはこいつだった。

 だけど俺は自分でも気づかないところで桐乃の事も好きだった。それまでは実の妹というフィルターが掛けられていたから全てにごまかしが通じていたんだ。だがそのフィルター(ごまかし)も二人に血の繋がりがないという事実によっていとも簡単に瓦解していった。

 結果、俺は桐乃を選んだ。桐乃に対する想いが抑えられなかったからだ。結局俺は高坂桐乃というあの誰よりも我が侭でどこまでも俺に甘えてくる女の子のことを憎からず想っていたらしい。

 妹でもあり恋人でもあるとわかった瞬間に桐乃への抑えられないあの黒い気持ち、だからなあ。長年の想いの積み重ねって恐ろしい。

 いずれにしてもその時俺達は瑠璃からどんな罵倒を受けても文句を言えない立場だった。当たり前だ。俺自身でさえ世界一愛していると思っていた女の子が一夜にして変わったのだから。傍から見たら尻軽にも程があるだろうよ。

 でもこいつは祝福してくれた。怒るどころか満面の笑顔を湛えて。

 瑠璃曰く、こうなることは『運命の記述』にある通り、全ては予定調和よ。だと、さ。

 …それでもその時のこいつの目が一晩泣きはらしたように赤く充血していたのは俺も桐乃も見逃さなかったけどな。

 そしてその後のこいつのことを思うと感謝に耐えない。

 今は俺の良き友達であり元恋人。桐乃の二人といない親友。そして共通の桐乃という『妹』を持つ者。

 それが五更瑠璃という誰よりも掛け替えのない俺達の仲間だった。

 まあそれとこいつの彼氏の話は別だけどな!!

 その時は全力で妨害させていただきます!!

 そういってあやせみたいなことを考えていると、

「ストォーーップ!!??ちょ、ちょっと黒猫さん!一体お兄さんと何を話しているんですか?!」

 出た、本人。

 さっきまで新郎の俺がいるにも関わらず桐乃の横に常時陣取っていたあやせが憤然とこちらに向かってくる。…俺はいつでも桐乃と居れるがあやせはいつも一緒に居る事が出来ないから今日はずっと隣にいる、だとよ。相変わらず何言ってんだかこの女は。

「あら?何かしら?」
「と、とぼけないで下さい!どう見ても現行犯じゃないですか!」
「あ、あやせ、落ち着い、」
「シャラップ!お兄さんは黙っててくれますか!?」
「…は~い」

 一気に引っ込められる俺。男の立場どころか人権すらこの女の前にはないらしい。

「で?一体何が現行犯だというのかしら?『新垣あやせ』さん?」
「きょ、今日は桐乃とお兄さんの結婚式ですよ?!この二人の永遠の愛を誓う大切な大切な記念日なんです!一生の宝なんです!そ、それにキズをつけるような、」
「あら?私と先輩は今これまでの二人の友好を語り合っていただけよ。もちろん先輩後輩のね」
「ダウトぉーー!!何が先輩後輩ですかっ!?どうみても貴女いま、女の顔をしていましたよ!ええ、私が今きっちり確認しましたもの!間違いございません!」
「な、何が女の顔よ!い、いやらしいわね!」
「いやらしいのはそっちです!何てふしだらな女(人)ですか!」
「ふ、ふしだらですって?!どの口が言っているのかしら!?貴女が未だに先輩のことを一人想って狙っていること私知っているのよ!?現に貴女この間の駅前の喫茶店で二人一緒にお茶した時に、」
「ッ!?あーあーあー!!そ、それは言わない約束でしょうが!協定違反ですよっ?!」
「あ、貴女が余計な口を挟むからよ!そ、それにここまで来て協定も何も今更あったものではないわ!!」
「な、何ですってぇー?!何て不義理な女ですか?!『私は先輩の事を影で想っていればそれでいいの…』とか少女マンガの切り抜きみたいなこと口にしておきながらよくものうのうと!!」
「あ、貴女?!よくも今言ってはならないことを言ってくれたわね!…そう、それならこちらにも考えがあるわ!!『本妻が駄目でも愛人なら桐乃も許してくれますかね(にっこりマジキチスマイル)』とか『あやせって名前…忍ぶ女って意味に聞こえません?私…初めてお兄さんと出会ったあの日からずっと…』」
「そ、それは聞かなかったことにしてくれってあれだけメールでも電話でも再三…!!」
「そんなに都合よく忘れられるほど人間の頭は単純に出来てはいないわ!!」
「こ、この!!別れた女の男への未練ほど醜いものはこの世にないんですよ?!いつまで貴女ご自慢の「眼」でありもしないお花畑を覗いてらっしゃるんですか?!」
「?!う、うるさいわね!!いいかげんしつこいのよこの片想い体質のストーカー女!!」
「あ、貴女に言われる覚えはないです!!片想い体質のストーカー女は貴女じゃないですか!?」
「だ、黙って聞いていればこの女ぁーーー!!!」

 むきー!!

 きゃいきゃい!!きゃいきゃい!!

 むぎゅむぎゅむぎゅぎゅ!!


 年甲斐もなく二人揃って周りの目も気にせずキャットファイトを始める二人。お互いつねり合っている瑠璃とあやせの柔らかい頬っぺたが餅のように伸びるわ伸びるわ。おお、よく伸びるわ伸びるわ。

「お、愚かなる人間風情が!!零距離戦闘でこの私に勝てると本気で思っているのかしら…!!」
「な、何が零距離戦闘ですか?!こんな貧相な身体で!!」
「?!だ、誰がナイチチよ誰が!!わ、私だってあれから日々成長して…!!」
「高校時代から少しも変わってないじゃないですか!?毎日の涙ぐましいバストアップ体操ご苦労様です!!でも残念でしたね!!鍛錬の成果が『全く』現れなくて!!今日だってパッド入れているの丸わかりです!!こ、これでお兄さんの気を少しでも引こうと…!!あーいやらしいいやらしい!!」
「じ、事実を捏造しないでくれるかしら!?貴女だって今日はお化粧が随分乗っているじゃない!?一体誰に向かってアピールしているのかしらねっ?!この雌はっ!?それも協定で言っていた研究の成果かしらっ!?」
「その事を言うなって言ってるでしょォォォォッッッ!!」

 ヒートアップする二人。和やかな目で見守る皆。全てを知った顔で生暖かい目で見守る日向ちゃん。お。お~い?黒猫さん、あやせさん。ここは神聖なチャペルであるからしてですね…。

「お、お~い。そ、その辺で」

「誰のせいですか!?」「誰のせいよ!?」

「は、は~い…」

 ぴしゃり。

 撃沈。男女平等どころかおもっきり女尊男卑じゃねえかこれ?!

「瑠璃」

 そうしてキャットファイトに興じる瑠璃とあやせを見ていた桐乃が声を掛ける。

「…」
「…」

 見つめ合う二人。そして…。

「…とても綺麗よ。貴女」
「…ありがとう」
「ふふ…」
「?」
「あ~あ。本当にもう何もかも嫌になるわね」
「?何が?」

 瑠璃はどこかおどけた調子で(こいつのこんな態度は実に珍しい)。

「完敗、ってことよ。桐乃」
「…」
「本当に一人で傷心旅行にでも出かけようかしら?女一匹、一人旅っていうのも悪くないけれど少し寂しいわね。ふふ。ねえ、あやせ。同じ敗北者同士ということで一緒に行く気はないかしら?美女二人での湯煙温泉事情…。なかなか風情があって乙なものじゃない?」

「だ、だれが敗北者ですか?!誰が?!し、失礼な!!わ、私は最初からお兄さんのことなんか…!!」
「あら?違うというの?」
「…今更言えるわけないじゃないですか…」

 ごにょごにょ

 ?あやせは今何て言ったんだ?よく聞き取れなかった。そうしていると桐乃が、

「瑠璃…」
「ふう。まあ独身女の空しい独り言はここまでにしておこうかしら。あまりこの場の空間を私の闇のオーブで満たしたくないしね」
「っ!」

 桐乃は感極まって耐えられなくなったのか、ついに瑠璃に抱きつき泣き出した。瑠璃はそんな桐乃を優しく抱きしめ返す。

「ごめんね…ごめんね…」
「…」
「兄貴のこと…京介のこと…辛い決断させてごめんなさい…。京介の事、奪っちゃってごめんなさい…」
「…」
「あたし…知ってた。瑠璃がまだ兄貴のこと諦めきれてなかったこと。あたし知ってた。瑠璃がいつも京介のことを想ってたこと…。それでも…それでもあたしの…あたし達の為に…。あたし…あたしは…」
「ほうら。もう泣かないの」

 瑠璃はその綺麗な指先で桐乃の涙を優しく拭う。

「女の涙も見せすぎると台無しよ。いざという時の為に取っておかないと。せっかくの晴れの舞台なのだからもっと笑顔になさい」
「瑠璃…」
「それにもう…先輩のことは何とも思っていないわ」
「…」

「本当よ。所詮私とあの黒き獣は繋がらぬ運命だったのよ。ふふ…アカシックレコードにアクセスした情報によると、前世で夫婦(めおと)だった者達は今生では夫婦となるのは難しいそうよ。それは夫婦としての絆を前世において充分に味わったからなのだからだそうよ」
「…」

「それに…『妹』の幸せを喜ばない姉はいないわ…」

 …瑠璃…。

「まあそれにこんな言い方は悪いけれど…私にとって親友の貴女の方があの男より価値があったということね」

 お~い。く、黒猫さ~ん?

「瑠璃…」
「もう、いつまでもメソメソしないの。貴女らしくないわよ?それに貴女まさか忘れたのかしら?私と貴女は宿命のライバル同士。それは今生において互いの所有物を競い合い覇を相争うという関係でもある。つまり…」
「!?あ、あんたねぇ~?!」

 にやりとあの黒猫スマイル。

「ふふ…。今日で夫婦になれたからと言ってせいぜい油断しないことね。あの男(所有物)の心が貴女から離れたと知ったらいつでも遠慮なく奪いにいくわよ?」
「あ、あんたさっき京介の事もう何ともないって言ってたじゃん?!」
「ええ。あんな男にこの私の心はもうびた一文たりともくれてやるものですか。その指摘は正しいわ、桐乃。…だからあの男の別の価値…私の愛玩人形として奪いにいくのよ」

 おい!?俺はおまえのペットか黒魔術の実験用モルモットですか!?

「もう…」
「…桐乃」

 それから瑠璃はす、っと澄んだ瞳で再び純白のウエディングドレスで身を包んだ桐乃を見つめなおし、

「おめでとう、桐乃。いつまでも先輩と、仲良くね」
「…うん!」

 再び瑠璃の胸元に抱きつく桐乃。笑顔の瑠璃。はは!やっぱこいつらはこうでなくっちゃな。

 喧嘩していがみ合って自分の趣味のことで全力でぶつかり合って。だけど誰よりもお互いのことを認め合ってて…。

「…」

 なあ『桐乃』…。俺達今、幸せだよ。皆幸せだよ。

 お前が大好きといってくれたこの世界は今もこんなに輝いてる。

「…」

 晴天の青空。大空を羽ばたく白い鳥。神聖な教会での神様の祝福。

 そんな中俺はあの日のことを思い出していた…。

 もう一人の、消えた黒髪の俺の妹の事を…。

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最終更新:2013年04月03日 19:01
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