ゆき合戦 9KB
小ネタ 赤子・子供 現代 借ります 雪降らないかな
靴底が雪を踏む感触は、独特だと思う。
冬のとある日。
滅多に雪が降らないこの地域がここまでの大雪に見舞われたことなど、何年ぶりだろう。
見渡す限りの白、白、白。
まさしく銀世界と呼ぶに相応しかった。
吐き出す息は白く、一晩雪を降らせた空は、それが嘘のように青い。
雪が日光が照り返し、普段よりも明るく見える。
恐らくこの感情は幾つになっても変わらないのだろう。
処女雪が未だ残る道を、一人歩く。
後に残るのは足跡だけ。
こんな楽しみを味わえるのも、今の内だけだ。
やがて、近場の空き地に辿り着いた。
見慣れた光景が、今日は目に痛いほど白い。
「……行くぞーっ!……」
「それっ……!……」
「………うわーっ……」
ふと見てみると、空き地には既に人影があった。
遠くからでも分かる、子供の背丈。
それが5つ。元気に動き回っていた。
手にした雪玉を次から次へと投げる、雪合戦。
彼らはそれに興じていた。
やはり雪が降った日の遊びと言えばこれなのだろうか。
いつになっても変わらぬものがある、というのは嬉しいと思う。
そのまま呆と立ち、彼らを見つめる。
―――子供は風の子。元気な子、か。
近年云われている「運動力の低下」など、今この場には似つかわしくなく目の前には雪玉が
「ぢゅびゅ」
「ッ!?」
顔面に衝撃。
視界に弾ける白。
そして、どこか場違いな悲鳴。
一瞬の動転の後、脳はこの事態の原因を調査する。
――前後を総合するに、俺はどうやら顔面に雪玉を食らったらしい。
弾き出された結論は、極めて簡素なものだった。
成る程、分かり易い。
案山子のように突っ立っていた男に、偶然飛んできた雪玉が、偶然当たる。
何一つ不思議など無い。
「す、すみませーん!大丈夫ですかー!?」
雪遊びに興じていた5つの影が、こちらに走り寄ってくる。
先頭は元気そうな男の子だった。中学生ほどの大きさだろうか。
おそらく、先の1球は彼が誤って投げてしまったのだろう。
その後に続くのは、身長、年齢もまちまち。
明らかに小学校低学年と分かるような女の子や、中間程度の背丈を持つ子供もいる。
兄妹なのだろうか?だとすれば納得もいく。
彼はこちらを見るなり、頭を下げてきた。
後ろの子供達も同じように謝ってくる。
「あ、あの、ごめんなさい!俺達以外には誰もいないと思ってたから、ついうっかり……!」
「……いえ。大丈夫です。別段、怪我をしたような事もありません」
言いつつ、直撃した額に手を伸ばす。
礼儀正しい少年だった。
元より怒るつもりなど毛頭無いが、これでは尚更怒る事など出来そうに無い。
人にすぐ謝れるというのは美徳だ。
俺も出来ることならば、そうした人間でありたい。
そう思いつつ、額を撫でた手のひらを見遣る。
やはり怪我などしていない。そこには僅かに残った雪と、
何か黒いものが、べったりとこびり付いていた。
「………!?」
仰天する。
何だ、これは。
「あっ、大丈夫です!それ、変なものじゃありませんから!!」
俺の様子に気付いたのか、少年は慌てて付け加える。
この黒い何かは、彼の仕業なのか。
「これは……雪玉の中に、何かを?」
思わず、問うた。
彼は曖昧に頷きながら、申し訳なさそうに告げる。
「……はい。それ、中にゆっくりが入っていたんです」
「昨日の夜の内に雪合戦やってたんですけど、あいつらが『これだけじゃつまらない』って言って。
だから中にゆっくりを入れてやってみれば面白くなるんじゃないかって」
「………成る程」
額の汚れを拭き取りつつ、少年の話を訊いてみた所によると、どうもそういう事らしい。
「宜しければ、もう少し『それ』の事についてお教え下さい」
「え?………あ、はい」
訊けば、つい先程の一球で特製雪玉は無くなり、またこれから作るのだとか。
「良ければ自分にも、その雪玉を作らせて貰えないでしょうか」
「え、ええ!?………いや、いいですけど」
快諾を頂いた。
実に有難かった。
「実際作ってみると結構面白いんですよ、コレ」
少年に連れられ、やって来た空き地の中央。
そこには彼らと不釣合いな程に、巨大なバケツが置かれていた。
「ぶつかったらちゃんとそこが黒くなって分かるし、ペイント玉、って感じで。
それに作ってみてから気付いたんだけど、こいつらぶつかった時に悲鳴上げて、それが面白くって」
バケツの中を覗き見る。
……ああ。予想はしてたが、これは、
「ゆ゛ぁ゛ぁぁ!!れいみゅまじゃちにたくにゃいぃぃぃぃ!!」
「ごろしゃにゃいでえぇぇぇぇ!!!!」
「まりじゃよりあっぢのれいみゅをやっぢぇね!!まりぢゃをたぢゅけでにぇ!!」
「どぼちてじょんなこというにょおおおぉぉぉ!!?」
「ゆけっ!!ゆけけけけっ!!ちぬぅ!!みんにゃちんじゃうぅ!!ゆきゃきゃきゃきゃ!!!」
分かり易い程の阿鼻叫喚だった。
バケツの中にはぎっしりと詰められた赤ゆっくり達が、もがき苦しんで泣き喚いている。
「これ程の赤ゆっくりを、一体何処から?」
「うちの兄ちゃんが甘いもの好きで、ゆっくりを沢山飼ってるんです。
だからその中のれいむとまりさをちょっと借りて、こうやって増やして」
少しばかり自慢そうに、手を擦り合わせるゼスチャーをする少年。
これ程の量を生産すれば、母体もただでは済まないと思うのだが。
「そのれいむとまりさは、何処に?」
「あ、なんか死んじゃって……しょうがないから、今はそこに」
指差された向こうには、雪だるまがあった。
一見すれば何の変哲も無いだろうが、よく見てみると異常極まる。
目に当たる部分には、ゆっくりの眼球が嵌め込まれていた。
口を構成する部分は歯が。
胸元には、れいむ種のリボン。
そしてまりさ種の帽子を被っている。
……中々どうして、独創的というか、猟奇的な代物だった。
おそらく、と言うよりは十中八九、れいむとまりさは雪だるまの『頭』と『胴』の中に埋め込まれているのだろう。
「えっと、じゃあ作り方教えますね。
まず適当に赤ゆっくりを一匹取り出す」
そう言いながら彼はひょいとバケツの中に手を伸ばす。
一匹の赤まりさの頬をひょいとつまみ、そのまま持ち上げた。
「ゆびぇえぇぇぇっ!!!にゃにしゅるんだじぇ、くしょじじぃ!!
しゃっしゃとまりしゃしゃまからしょのきちゃないてをはにゃして、ゆっきゅりしにゃいでちんでにぇ!」
「あ、口悪いなコイツ。こういう口の悪い奴は、こうして」
空いた方の手で、地面の雪を掬う彼。
「こうやって」
「ゆ?にゃんにゃの?しにゅの?きちゃないかりゃやめちぇにぇ―――」
赤まりさを持ち替え、口の中に親指を突っ込んだ。
ぽきぽきぽき、と軽く歯の折れる音。
「ゆぎぃぃぃぃ!!いぢゃい!!まりちゃのきれいにゃはが――」
「こう!」
そのまま雪を詰め込んでいく。
歯の折れた赤まりさには、それを防ぐ手立ては無い。
「ぐびゅっ!ぶぃ゛っ!ばびぢゃ、ぶーぢゃぶーぢゃじぢゃぐっ、にゃぶぇっ!!」
どんどん膨らんでいく赤まりさ。
口の中に出来うる限りの雪を詰め込まれ、目が飛び出しかける。
あっという間にパンパンに膨れた饅頭が出来上がった。
「ぎゅぅゅぐっ……ぢぬ゛……ばびびゃ、ぢんじゃびゅ……」
「口の悪い奴はこんな感じで口ん中に雪詰めて下さい。
あとは雪に包むだけなんですけど、」
赤まりさを中心に、雪を握り込めていく少年。
圧迫されるのか、赤まりさはその度に苦しそうに声を上げる。
「………ぎゅぶっ!」
「あ、目ん玉飛び出しちゃった。
こんな感じで、強くしすぎると赤ゆっくり破裂しちゃいますんで、気をつけて下さい」
少年本人は、あまりそう気をつけていない風に告げた。
この程度の失敗は慣れているのだろう。
周りの子供達も、ゆっくりの悲鳴などなんら気にする所無く雪玉を作り始めている。
ゆっくりを生物としてではなく、そういう扱いをするものだと思っているのだろうか。
或いは、蛙に爆竹を云々と変わらないのかもしれない。
「ある程度雪玉にしたら、そこからは固めちゃっても大丈夫っぽいですから。
これでゆっくり玉の作り方はおしまい。おじさんもどうぞ。やってみて下さい」
「おじ……」
おじさんとは。俺はまだ一応、二十代なのだが。
それは兎も角。
「分かりました。やってみます」
「やべちぇええええぇぇぇ!!!れいみゅちゅめたいのや」
雪を被せる。
赤れいむの声は届かなくなった。
「おねがいしましゅうぅ!!まりしゃはおとなになってたくしゃんゆっきゅ」
雪を被せる。
赤まりさの声は聞こえなくなった。
「れーみゅはゆっきゅりしちゃいんだよ!?ばかにゃの!?ちぬ」
赤れいむの歯を全部折って、雪を詰められるだけ詰めて、雪を被せる。
最期に力を込めて握ると、中から「ぎゅぐぇ゛っ」とくぐもった悲鳴が漏れた。
「お…おにーしゃん…?やさちそうなおにーしゃんなら、まりちゃをにがちてく」
雪を被せる。
赤まりさの声は聞こえなくなった。
・
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・
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「そーれ!行くぞーっ!」
「ぷぎゅぇ゛っ!」
「やったな、このっ」
「びょっ!!」
「えびぞりハイジャンプ投法ーッ!」
「もっちょ、ゆっぎゅぢぃっ!!」
「なんのこっちは大回転投法ーッ!!」
「ゆぎゃあ゛あ゛ぁぁぁぼぇ゛っ!!」
「あたしも、なげる……」
「ゆぎぃっ!!……ゆっ!?いきちぇる!れいみゅ、いきちぇるよ!!ゆわーい!!
れいみゅがゆっくちちてたからたしゅかったんだにぇ!!きゃわいくってごめんにぇ!
きゃわいいれいみゅがおうちゃをうちゃってあげりゅよ!ゆ~ゅゆゅ~♪
・・・ゆっ?なにじじぃ、かっちぇにれいみゅをみにゃぶぢゅぅっ!」
元気に遊ぶ少年少女を、雪の上に座りながら眺める。
やはり、子供は風の子だ。多少の寒さをものともせずに遊んでいる。
雪合戦は先程のように、このような場所でやると無関係の人に迷惑が掛かるかも知れない。
通常の場合も、ましてや中に餡子が入った雪玉はその『もしも』の時に多大な迷惑になりうる。
――そう告げられたとき、彼ら5人は明らかに残念そうだった。
だから、こういう遊びは大人の監督下でやった方が良い。
幸い此処に大人が一人居るし、人が来るまでは遊んでいても大丈夫だろう。
――そしてそう言われて喜ぶ5人の顔は、こちらまで嬉しくさせた。
普段なら彼らが遊ぶことに、苦渋の色を浮かべていた筈だ。
しかし何故か今は、そんな気持ちは起こらない。
やはり、自分も雪のお陰で心が浮かれていたのだ。
時々こちらに悪ふざけで飛んでくる雪玉もあったが、全て手で打ち払った。
雪の中に閉じ込められた赤ゆっくりの断末魔は、奇妙で可笑しさを覚える。
子供たちの笑い声。
赤ゆっくりの悲鳴。
穢れの無い雪の白。
命が零れ出た餡子の黒。
あまりにも似つかわしくない両者を一度に味わう、この遊び。
『赤ゆっくりを雪の中に入れて雪合戦』。
略して、ゆき合戦。………捻りが無さすぎる気もするが。
成程、意外と面白いのかもしれない。
おわり
* * * * *
凍死って面白いんじゃね?第三段、のつもりだったんだけど何だこれ。
あと激しくネタ被りしてそうな気もする。陳腐だし。
でも知ったことではない。ゴミ箱に捨てるよりかはまだマシ。
あー雪降らないかなー。かまくらとか作りたいなー。
byテンタクルあき
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- さわやかなSSさんだね -- 2011-05-27 23:48:13
- やってみたい -- 2011-03-06 19:10:59
- 微笑ましい光景だな。楽しそうだw -- 2010-10-22 22:43:22
- 面白そう -- 2010-07-16 18:45:08
- 俺も。 -- 2010-07-07 20:14:00
- めっちゃ作ってみたい -- 2010-06-27 00:35:44
最終更新:2010年01月06日 18:27