ゆっくり命令していってね!(後) 66KB
虐待-凄惨 観察 理不尽 実験・改造 共食い ツガイ 赤子・子供 現代 チート
『ゆっくり命令していってね!』
※ただひたすら、ゆっくりにチートっぽいアイテムで実験をする話です
山の中腹にある見晴らしのいい場所に、使われなくなって久しいログハウスがある。その近くにゆっくりの家族がいた。
数は二つだ。まりさとれいむの家族が一つ。まりさとありすの家族が一つ。
二匹のまりさは実の姉妹である。ありすの番のまりさの方が、ほんの少しだけ年上だ。
この二組の家族は巣穴がお隣同士だったのもあって、とても仲良く付き合っている。
今日もこうして、子どもたちを連れて一緒にピクニックに来たくらいだ。
「ゆっ♪ゆっゆゆゆっゆっゆっ♪ゆっ♪ゆっゆゆゆ~♪」
「ゆっゆゆゆ~♪」
「ゆっゆっ~♪」
「ゆゆゆゆゆ~♪」
子ゆっくりと赤ゆっくりは元気いっぱいだ。子ゆっくりはれいむとまりさが四匹ずつ。赤ゆっくりはまりさとありすが二匹ずついる。
「ゆぁぁ……おちびちゃんたち、おうたがじょうずですごくゆっくりしてるよぉ……かわいいよぉ……」
「おちびちゃん…ほんとうにゆっくりしてておかあさんうれしいよお……。おちびちゃんはまりさのたからものだよぉ…」
さっきから声を揃えてお歌を歌っている子ゆっくりたちを見て、親のまりさとれいむは幸せそうにすりすりしている。
「ゆっふっふ。まりしゃはここをゆっくちぷれいしゅにしゅるんだじぇ。まりしゃがいちばんさいしょにみつけたんだじぇ」
「おねーしゃんしゅごーい!まりしゃもいっしょにいしゃしぇちぇにぇ!」
「ありしゅはときゃいはにゃたからもにょをみちゅけるよ。おかーしゃんにぷれじぇんとしてあげりゅの!」
「ありしゅもしゃがしゅ!おとーしゃんをゆっくちしゃしぇてあげりゅからにぇ!」
一方赤まりさたちは、ゆっくりプレイスを見つけようと、あちこちを探索している。
その近くで、赤ありすが両親を喜ばせようとして宝物を探していた。。
「ゆゆん♪ありすのおちびちゃんたち、まりさににてとかいはよ。おかあさんもうれしいわ」
「ありすのおちびちゃんもありすににてかわいいよ。まりさはこんなおちびちゃんたちにかこまれてとってもゆっくりできるよ」
ありすとまりさはは幸せそうに寄り添う。
「おかーしゃん!ありしゅ、きれいないししゃんみちゅけた!おかーしゃんにあげりゅね」
「ありしゅもきれいにゃはなしゃんみちゅけたよ!おとーしゃん、これあげりゅ!」
「うふふ、おちびちゃん。ありがとう。とってもとかいはないしさんね。おれいにぺろぺろしてあげる」
「ゆきゃきゃ♪おかーしゃんくちゅぐっちゃい。もっちょやっちぇにぇ」
「じゅりゅい。ありしゅにもおかーしゃんしちぇ~」
「ゆぅぅ…おちびちゃん、こんなにりっぱなゆっくりになってくれておとうさんはうれしいよお!」
「あちゃりまえだよ!まりしゃはおとーしゃんのゆっくちだよ。とってもゆっくちしたゆっくちになりゅんだからにぇ」
「はやくおおきくなっちぇ、おとーしゃんとおかーしゃんをゆっくちしゃしぇてあげるんだじぇ!」
二組の家族は、自分たちの宝物がすくすくと育ち、ゆっくりとしているのを幸福に満ちた目で見守っていた。
今日は既に狩りを終え、みんなで山の恵みを存分に味わった。
柔らかい木の実や香りのいい葉っぱ。みずみずしい芋虫さんに歯ごたえのあるコガネムシさん。
子どもたちがお腹いっぱいになるまで食べられ、自分たちも満腹になるまで食べることができた。
子ゆっくりと赤ゆっくりはお歌や探検に飽きたのか、いつの間にか両親の所に寄り添っていた。
「おかーしゃん、いっしょにぽかぽかしようにぇ」
「しゅーりしゅーりするよ、ゆゆ~ん。おかーしゃんのほっぺ、とってもゆっくちできるのじぇ」
「おとーさんといっしょにいるとれいむ、とってもゆっくりするよ」
「まりさもおとーさんとゆっくりするね。すーりすーり」
「ぺーろぺーろ。おかーしゃんのほっぺ、とってもおいしいのじぇ」
「ありしゅも。ありしゅもおかーしゃんのほっぺぺーろぺーろしゅりゅ!」
子どもたちに一番大事なのは、やっぱり両親だ。
あまりにも厳しすぎる自然の中で、こうして両親と子どもがどちらも欠けることなく暮らしているのは奇跡に近い。
両親は、自分たちの幸福が奇跡であることが分かっていた。
「これもれいむたちがゆっくりしているからだね。ゆっくりしたゆっくりだから、こうやってみんなでゆっくりできてるんだよ」
しょせんはゆっくり。その奇跡が自然の気まぐれであり、自分たちは常に注意を怠らなければならないとは思っていなかった。
むしろ、自分たちがゆっくりしているからこそ、こうやってしあわせーな時間を噛みしめていられるのだと勘違いしていた。
だからだろう。二組のゆっくりの家族は、山道を自動車が上ってきて近くで停車したのを見ても、逃げることはなかった。
自分たちはゆっくりだ。ゆっくりはゆっくりしていて当たり前なのだ。そう思っていた。
幸福を維持しようと努めないものたちが、ずっと幸福でいることなど不可能だろう。
事実、家族のゆっくりとした団らんは、これが最後となり永遠に回復することはなかった。
* * *
「主任、探す手間が省けましたね。ここにゆっくりたちがいますよ。しかも家族連れで二組も。運が良かったですね」
「まったくだねえ。せっかくコンビニで撒き餌を買ったのに。これじゃ損したよ」
A主任と助手は車から降りると、日当たりのいい草むらで並んでゆっくりしているゆっくりに近づいた。
普通、野生動物なら人間が近づいただけで即座に逃げるはずだ。
なのにゆっくりたちは、子連れでありながらAが近づいても身動き一つしない。警戒心がちっともないらしい。
ゆっくり特有の間抜けそうな顔で、Aと助手を交互に見比べているだけだ。
「ゆっ!おじさんはだれ?おじさんはゆっくりできるひとなの?」
真っ先に口を開いたのありすだった。
「あ~。まあそんなとこ」
「ゆっくりできるひとならいいわ。ここはありすたちのゆっくりぷれいすよ。ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇ!」
反射らしく、ありすの「ゆっくりしていってね」に合わせて他の親と子どもたちも一斉に「ゆっくりしていってね」と言う。
「ゆーっ。おにいしゃん、おててにもっちぇるのはなに?もしかしちぇおいしいもにょ?」
「おいしいものまりさにちょうだいね。おれいにゆっくりさせてあげるよ」
「あまあまだったられいむほしいよ。いっぱいたべさせてね」
「あまあまほしいんだじぇ~」
早速助手の持つビニール袋の中身に関心が向いたのか、子どもたちが騒ぎ出す。
普通なら、無防備に人間に近寄る子どもたちを親がたしなめるはずだ。
「にんげんさん。おちびちゃんたちはおいしいものをほしがっているよ。ひとりじめはよくないよ。みんなでたべようね。いっぱいちょうだい!」
「ひとりじめなんていなかもののすることよ。ありすたちにもおすそわけしてほしいわ」
「れいむはおなかいっぱいだけどあまあまならまだいけるよ!あまあまあったらちょうだいね!」
とまあ、まったく警戒する様子がない。善良なのではなくただ単に阿呆だ。
「君たち、あまあまが食べたいんだね」
「たべたい!れいむあまあまがたべたいよ!」
「あまあまほしいよ!いっぱいむーしゃむーしゃしたいよ!」
「あまあまほしい!ありすもたべたいわ!」
「あみゃあみゃ~!」
「ほしいんだじぇ~!」
「あまあまだったらほら、そこにあるじゃないか」
「ゆ?」
「ゆゆ?」
「どこ?あまあまなんてないよ?」
Aの指摘に、ゆっくりたちは周囲をきょろきょろと見回す。
しかしそこにあるのは草ばかり。いるのは親と子どもと親戚だけだ。
食欲をそそられる、甘くておいしそうなあまあまなどどこにもない。
この人間さんは何を言ってるの?馬鹿なの?
ゆっくりたちは、次第にそう思い始めた。
「ほら、そこにあるじゃないか。君たちの親、君たちの子ども。それがおいしいあまあまだよ」
「ゆゆゆっ?おじさん、なにをばかなこといっているの?はやくれいむたちにあまあ………」
「動くな」
「ゆぎっ!?」
「ゆゆうっ!?」
「ゆひぃ!?」
「ゆぴっ!?」
馬鹿な人間さんに抗議しようとしたれいむの体が、突然動かなくなった。
周りにいたゆっくりたちも、いっせいに体を硬直させて動きを止める。
A主任の手に握られていたのは、彼の発明品であるメガホン。
ドスまりさの体と口から出る超音波を再現&強化し、ゆっくりを洗脳するとんでもないアイテムだ。
ゆっくりたちは「動くな」という命令に従い、思い思いの格好で停止している。だるまさんがころんだをやっているかのようだ。
目だけが、「ゆゆ?なんでありしゅのからだがうごかないにょ?」と訴えている。
どうやら野生のゆっくりにも、メガホンの効果はあるようだ。
「さて、このれいむの番は誰かな。返事しなさい」
「まりさだよ!まりさ!」
「では子どもたちは誰かな。れいむの子どもたちはれいむの近くに、そうでない子どもたちは自分の親の近くに行きなさい」
「ゆっくりうごくよ!」
「ゆっくちおかーしゃんのしょばにいくにぇ!」
「黙って動くように」
Aの命令通りに、二組の家族は分かりやすく二つにはっきりと分かれた。
子ゆっくりと赤ゆっくりは一匹残らず、勝手に動く自分の体に驚いている。
だがいまだに、原因が人間さんにあるとは気付いていないようだ。
Aはきょとんとしたゆっくりたちに構わず、助手に指示する。
「では、実験を始めようか。コンロでお湯沸かしといて。それとあのトタン板持ってきてよ」
* * *
子れいむはわけが分からなかった。いきなり人間さんがやってきて、れいむたちにあまあまをくれるような気がした。
(やっぱりにんげんさんはゆっくりしているゆっくりがうらやましかったんだね。れいむたちがかわいかったんだね。かわいくってごめんね!)
などと考えていた。
あまあまがいっぱいもらえるはずだったのに。
気付くと、体が勝手に動いておかーさんとおとーさんのいる方に近づいていた。
動くつもりはなかったのに、あんよさんが勝手にそうしていた。
(れいむのあんよさんどうなっちゃったの?なんでかってにうごくの?)
人間さんはれいむたちの家族と、ありすたちの家族とを二つに分けると、向こうに行って大きな乗物からいろいろ取り出し始めた。
地面に置いた何かからは、いきなり恐い火さんが燃え上がった。お兄さんはその上にお水が沢山入ったものを置いた。
何をしているんだろう。
れいむは、人間さんのしていることはあんまりゆっくりできないことだな、としか思っていなかった。
おじさんがこっちにやってきた。手に変なものを持っている。
右手には変な音が出るものを。左手にはお菓子と固そうな板だ。
表面はざらざらしていて、痛そうなとげとげがいっぱい突き出していて、全然ゆっくりできないものだ。
「まずはまりさからはじめようか。そこの子まりさ、こっちにでてきなさい。喋っていいよ」
「ゆっ!まりさになにかようなの?」
れいむの隣にいたまりさがぴょんぴょんと跳ねておじさんの方に近づいた。
「まずはこれをあげよう。食べていいよ」
「ゆゆっ!あまあまさんだ!ゆっくりたべるね!むーしゃむーしゃ。ちょっとにがいけどあまくてしあわせー!」
おじさんは、手に持っていた固くて茶色のあまあまを割ってまりさにあげた。まりさは一口で食べるとすごく嬉しそうな声を上げる。
(いいなあ、まりさ。れいむもあまあまさんほしいよ。おじさん、れいむにはもっとたくさんちょうだいね)
「おいしかったよ!もっとまりさにちょうだいね。いっぱいでいいよ!」
舌なめずりしながらおじさんに催促するまりさを、おじさんは全然ゆっくりしていない目で見ていた。
どうしてだろう。れいむたちが可愛いからおじさんはあまあまをくれるんでしょ?なんでゆっくりしていないの?
おじさんが、口の所に変な音が出るものを当てた。
「まりさ。あのログハウスの丸太と地面の間に狭い隙間が見えるだろう。分かるかな」
「わかるよ。あそこだね。とってもせまいね!」
「あそこにまりさは入れるかな」
「むりだよ!あかちゃんでもはいれないよ。はいったらまりさつぶれちゃうよ。ぷんぷん!」
「あそこに入りなさい。潰れてもいいから入るんだよ」
「ゆっ!?ゆゆゆゆぅ!?」
「さあ、行きなさい」
おじさんの横を、まりさが信じられない顔をしながら這っていく。
「むり!むりだよ!まりさあんなところにはいったらつぶれちゃうから!つぶれちゃうよ!」
(そうだよ。あかちゃんだってあんなせまいところにはいれないんだから。まりさがはいったらつぶれちゃうよ。なのに……なのに…………)
「なんであんよさんとまってくれないのおおおおおおおお!?まりさむりだよおおおおおお!?」
れいむの心で思っていたことと、まりさの叫びとはまったく同じだった。
れいむの見ている目の前で、まりさは後ずさりする形でログハウスへと近づいていく。
ログハウスの玄関付近に、丸太と地面の隙間がある。
狭いところだ。赤ゆっくりならかろうじて入れるが、同時に潰れてしまうに違いない。
おじさんは、そこにまりさが入るように命じた。
絶対に無理な話だ。れいむは、当然まりさが断るものと思っていた。確かにまりさは断った。
それなのに、まりさはおじさんが何もしていないのに、ずりずりと這って隙間に近づいていく。
「あんよさん!!むりだから!まりさそんなのできないよ!とまって!とまってあんよさん!とまってえええええええ!!」
「静かなのも変だねえ。みんな、動いちゃ駄目だけど喋っていいよ」
おじさんがそう言うと、れいむたちは急に喋れるようになった。さっぱりわけが分からない。
分かるのは、まりさが絶対に無理なことに挑もうとしていることだけだ。
「まりさ!まりさああああ!やめてよ!そんなことしたらまりさしんじゃうよおおお!」
「おねーしゃんやめちぇええええ!しょんなことしちゃだめええええ!!」
「おちびちゃん!なにしてるの!おじさんのいうこときいちゃだめだからね!つぶれちゃうよ!!」
「やめてよおおお!まりさにはそんなことむりだってばああああ!」
みんなは口々にまりさを止めようとする。
実の家族ではないありすたちも、いつも仲良く遊んでくれたまりさを心配していた。
「わかってるよおお!わかってるのに…わかってるのに…あんよさんがかってにうごくのおおおお!まりさおかしくなっちゃったよおおおおお!!」
まりさ本人が一番困っている。今まで見たことがないほどまりさは焦っていた。
おじさんはまりさを、じっと見ているだけ。
まりさは必死で足を動かさないよう抵抗していたようだけど、ついに隙間にたどり着いた。
「むり!むりむりむりむりいいいいい!どうじで!どうじであんよさん……いだいいいいいいい!!」
まりさは、後ろ向きに隙間に体をねじ込んでいく。狭い隙間に体を無理矢理入れていくから、体が押し潰されて痛いのだろう。
それなのに、まりさの体は勝手に動いているみたいだ。
「いだいっ!いだいいだいいだいいいいい!やめでええ!ごんなにぜまいどごろ、はいれるわげないいいいいい!あいいい゙い゙い゙!!」
「おちびちゃんんんんんんんん!!!」
「やめてえええええええええええ!!」
「まりさあああああああああああ!!」
次第に、まりさの顔が膨れ上がり始めた。
「ゆぶううううううう!!ぐるじい!あんござんが!あんござんがばりざのがおに!がおにいいいいいい!うぐううううう!!」
狭い場所に入っていくまりさの体の中では、柔らかな餡子が下半身から顔の方へといっせいに移動を始めたらしい。
そうすることしか、隙間に体を入れる方法はないのだ。
結果的に、まりさの餡子はかき回され、押し潰され、ひどい激痛と共に顔面へと殺到する。
「ぢゅぶれるううううううう!ばりざづぶれぢゃううううううう!ぐるじいよおおおおおお!!!!」
「おちびちゃああああんん!!もうやべでええええええ!!」
「ばりざあああああああ!!やべでよおおおおおお!!」
頬が張り、顎が膨らみ、両目を見開いてまりさはどんどん奇怪なゆっくりに変わっていく。
れいむは気がつくと、涙を流しながら叫んでいた。
あんな苦しそうなゆっくりの顔なんて、初めて見た。
そしてきっと、絶対に忘れられないだろう。
「ゆぶっ!ゆぶうっ!ゆ゙……ゆ゙ぶゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔ!!!」
「ゆああああああ!!」
「まりざああああああ!!」
「おねえしゃああああああんん!!」
思いの外あっけなく、まりさの限界は訪れた。
体内の圧力に、まりさの目と口が耐えきれなかったのだ。
まりさの両目と口から、勢いよく目玉と歯を巻き添えにして、餡子が噴水となって噴き上げた。
それは小さなゆっくりの体から飛び出したとは思えない高度と勢いで、弧を描いて立ち尽くすれいむたちに吐きかけられた。
目玉がころころと草の間を転がり、歯はあちこちに散らばった。
「ゔわ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
れいむは自分でもぞっとするような声を上げて叫んだ。
餡子の噴水が終わると、そこには皮だけになったまりさが顔を隙間から覗かせて息絶えていた。
両目と口の所にぽっかりと穴が空いたそれは、とても忌まわしい仮面になっていた。
「れいぶのがわいいおぢびぢゃんがああああああ!!」
「まりざがああああああああああああ!!」
両親の声が、どこか遠いところから聞こえてくる気がした。
れいむは気を失いたかった。
実の姉妹がむごたらしく死んだショックから、意識を消して逃避したかった。
それなのに、意識は今もはっきりし、目は死んだまりさの顔から離れてくれない。
呆然としたれいむの目の前に、おじさんが立っていた。
ようやく分かった。このおじさんは、ゆっくりできない人「かも」しれないと。
* * *
A主任は、手に持っていたトタン板を子れいむの前の地面に突き刺した。
「ゆっくり…おじさん……ゆっくりしていってね……。かわいいれいむにいたいことしないでね」
れいむは怯えた目をAに向ける。
Aが直接手でまりさを隙間に押し込んだならばもっと騒いでいるだろうが、ゆっくりの目にはまりさが自分から隙間に入ったとしか見えない。
因果関係くらいは感じているだろう。れいむはさっきまでの生意気そうな目付きをしていない。
「俺はまりさに何もしてないよ。まりさが自分から隙間に入っていったんじゃないか。どうしたんだろうね、まりさは」
「うん……。そうだよね。まりさがじぶんから……あんなことしたんだよね」
「親御さんはどう思う。まりさはどうしたあんなことしたんだろうね。俺は何もしてないよ。ただ、できるかどうか言っただけさ」
「ゆゆう……。まりさ…まりさ…。そうだよね…まりさがじぶんではいっていったんだよ」
「おちびちゃん……なんで…なんで…ゆあああぁぁぁ…………」
親のれいむとまりさも、子まりさの行動は全然理解できなかったらしい。
Aの手が触れていない以上、Aのせいにすることもできない。
「さっき俺が言ったこと覚えてる?みんなあまあまが欲しいって言ってたけど、あまあまはちゃんとあるんだよ。君たち自身があまあまだからね」
「ゆっ。おじさん、へんなこというのはやめてよね。れいむあまあまじゃないよ。おちびちゃんだってそうだよ」
「まりさもあまあまなんかじゃないよ。あまあまはやくちょうだいね」
「だからさあ、君たちそんなにあまあまが食べたかったら、共食いすればいいんだよ。君たちの中身は餡子なんだからさあ」
「ゆゆゆう!もうおこったよ!はなしのわからないおじさんはかえってよ!れいむたちのゆっくりぷれいすからでてって!!」
「では命令だ。この子れいむを除くれいむたち、親のれいむをゆっくり食べなさい。そして親のまりさは、子どものまりさを全部ゆっくり食べなさい」
「ゆゆぅ!?」
「ゆひっ!?」
信じられないことを聞いた、とれいむの家族はいっせいに固まった。
Aの言ったことは、最大のタブーとされる共食いをするようにとのすすめだった。
「な…なにいってるのおおおおお!まりさのかわいいおちびちゃんをまりさがたべられるわけないでしょおおおお!!」
「馬鹿なの?死ぬの?と言いたいわけかな」
「あたりまえでしょおおおおお!おちびちゃんをたべるわけ…たべるわけ…わけ……おぢびぢゃんにげでえええええええ!!」
真っ先に命令に従ったのは、親のまりさだった。
器用にも大口を開けたまま叫ぶという芸を披露しつつ、まりさは動けないでいる一匹の子まりさに噛み付いた。
「いぢゃいいいいい!おとーさんいぎなりなにずるのおおおお!!!まりざだよお!おどーざんのだいじなまりざだよおおおお!!」
「にげでえええ!おぢびぢゃんおねがいだがらにげでええええ!おどーざんがっでにおぐぢが!!だべだぐないいいいい!!」
親ゆっくりの口の大きさならば、子ゆっくりを丸呑みにできる。
しかし「ゆっくり食べるように」と命令されたまりさに、ひと思いに子どもを楽にする選択肢はない。
頬をかじる。
「いぎゃあああ!まりざのもぢもぢのほっぺがああああ!!」
髪の毛を引き抜く。
「びゃあああああ!まりじゃのがみのげ!おどーぢゃんひどいよおおおお!!」
両目に口を当て、目玉を吸引する。
「いぢゃいいいいい!おめめが!ぎれいなおめめええええ!おどーじゃんなんでぇ!なんでごんなひどいごどずるのおおお!!」
「ゆがああああああ!!だべだぐないよお!!おぢびぢゃんだべだぐないいいい!どうじでおぐちざん!おぐぢざあああああん!!」
帽子を飲み込み、後頭部を食いちぎり、傷口から子まりさの柔らかな餡子をすすり上げる。
「うばあああああ!ごべんねえ!ごべんねおぢびぢゃああああんん!おぐぢががっでにごんなひどいごどずるのおおおおお!」
「ゆ゙っ……ゆ゙っ……ゆ゙っ……ゆ゙っ……ゆ゙ゆ゙ゆ゙ゆ゙ゆ゙……」
子まりさは声も上げず、不規則な痙攣を始めた。
それでも両目のなくなったぼろぼろの顔は、お父さんにやめるよう懇願している。
願いは届かず、ついに親まりさは子まりさの体を引きちぎった。
「ゆ゙っ…………」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!だべぢゃっだあああああ!!まりざ、おどおざんなのにおぢびぢゃんを!おぢびぢゃんをだべぢゃっだあああああああ!!!」
口から子ゆっくりの餡子をぼたぼたこぼしながら、まりさは子どもを食べた事実に泣き叫ぶ。
「おいしいかい。さぞかし甘いだろう。念願のあまあまだよ」
「あばぐないいいいいいい!!おいじぐなんがない!おぢびぢゃんがおいじいはずないいいいい!!!」
「おいしいって言いなさい。むーしゃむーしゃ、しあわせー、と言いなさい」
「おいじいいいいい!むーじゃむーじゃ!じじじあわぜええええええ!!」
「よく言えたね。ほら、まだ二匹残っている。それも食べなさい」
「おぢびぢゃあああああんん!にげでよおおおおお!おどーざんがらにげでええええ!」
「おどーざんやべでええええええ!まりざあんよがうごがないのおおおおおお!」
「いやじゃあああああああ!おどーざんにだべられでじぬのはやじゃああああああ!」
番のれいむと子れいむたちの方も、とんでもないことになっていた。
「ゆっ!いだっ!いだいっ!いだいよおぢび!!おぢびぢゃんやべで!いだい!おがーざんいだい!!」
「おかーしゃあああん!おぐぢががっでにうごくのおおおおおお!!」
「むーしゃ、むーしゃ、うげええええ!おがーしゃんだべぢゃっだああああ!!」
「やべでえええ!おぐぢざんどまっでよおおおおおお!おがーざんがじんじゃうううううう!!」
動けないでいる親れいむを、三方から子れいむが取り囲み、その体に歯を立てている。
ゆっくりと、子れいむの歯が親れいむの皮を食い破り、口が親の体を食べて飲み込んでいく。
れいむは体を食べられていくおぞましい感触と、それが自分の子どもであるという事実に涙を流して身をよじる。
「おがーしゃあああんん!ごめんねええええ!れいむごんなごどじだぐないのにいいいい!」
「まずいよおおおお!おがーしゃんなんてだべでもおいじぐない!ぎもじわるいいいいいい!」
「おげええええ!!れいむおかーざんをだべでる!だべでるよおおおお!うげえええええ!」
「どうじでえ!?どうじでおぢびぢゃん…いだいいいい!あんごだべないで!あんご!れいむのあんごが!ああああああいだいよおおおお!!」
一匹の子れいむが、ついに餡子に頭を突っ込んだ。腐肉にたかる蛆虫のように、体を傷口にねじ込んでいく。
「どうだい子どもたち。甘いだろう。うまいだろう。君たちが食べたかったあまあまだよ」
「ごんなのぢがううううう!おがーざんはあまあまじゃないよおおおお!だべだぐないいい!」
「やべでっ!やべざぜでぐだざいおじざん!ごのままだどれいぶが、れいぶがじんじゃいまず!れいぶがじんだらおぢびぢゃんががなじみまず!」
「おがーざんだべだくないいいいいい!おがーざんだべでもじあわぜじゃないよおおおおおお!」
「好き嫌い言わずに食べなさい。食べきれなくなったら吐いてでも食べなさい」
Aに助けを求めるれいむの顔は、苦痛で歪んでいる。
自分の体を生きたまま子どもたちに食べられるという体験は、さぞかし恐ろしいものだろう。
「あがぎい゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙!!ぎがあああああああ!あんごだべええええ!いだい!あんごが!おぢびぢゃん!おぢびぢゃああああああ!!!」
三匹がついに完全に親の体内に潜り込んだ。親れいむは発狂したかのように白目になって絶叫する。
尻を振ってバランスを取りながら子れいむたちは親れいむの体を貪っていたが、次第に全身を傷口に突っ込んでさらに食べようとする。
「だずげで!だずげでええええ!れいぶだべられぢゃう!れいぶのがらだがおぢびぢゃんにだべられぢゃうよおおお!いやだあ!ゆっぐり、ゆっぐりじだいいいい!!」
生きたまま食べられ苦しむれいむの体が、あちこちぼこぼこと盛り上がっては移動する。
あの中で、子れいむが親の餡子を食べているのだろう。
凄まじい光景が繰り広げられている。
ほんの少し前まであったはずのゆっくりプレイスは、今や地獄になっていた。
顎が外れるくらい大きく口を開けていたれいむが、急に異様な痙攣を始めた。
「ゆぎゃ!ゆぎゃぎゃぎゃぎゃ!ゆぎゅり!ゆっぎゅり!ゆぎゅぎゅぎゅぎゅ!ぎゅぎゅ……ぎゅ!!」
中枢餡を食べられてしまったようだ。
れいむは口を開けたまま、痛みと苦しみと絶望に顔を歪ませて死んだ。
子ゆっくりは、れいむにとって宝物だった。何よりも大切なおちびちゃんたちだった。
そのおちびちゃんが、れいむの体を食い荒らし、死に至らせたのだ。
どれほどの絶望を味わっただろうか。どれほどの苦痛を味わったのだろうか。
「よし。もう食べなくていいよ。出てきなさい」
ぽっかりと空いたれいむの口から、三匹の膨れ上がった子れいむが姿を現した。
どのれいむも、親の体をたっぷり食べたせいでまん丸に膨らんでいる。
表情はいずれも、ゆっくりとはかけ離れた陰惨なものだ。
自分たちが、親れいむを殺したのだ。
自分たちのせいで、親れいむは生きたまま食べられて死んだのだ。
ゆっくりたちの頭でも、それは重たい罪悪感となって三匹を打ちのめしている。
「おかーさん……ごめんね…ごめんね…ほんとにごめんね……」
「れいむたちのせいで、おかーさんが……しんじゃったよ……」
「れいむが、おかーさんをたべちゃった……。おかーさん、くるしがってたのに……いたがってたのに……」
一方まりさたちの方も、親子の役割が反転しただけで同じようになっていた。
「ごべんねえええ!おぢびちゃんだちごめんねえええ!わるいおどーざんでごめんねええええ!おちびぢゃんをだべるおどーざんでええええええ!!」
「いぢゃいいぢゃいいぢゃいいい!どぼじでええ?どぼぢでおどーざんごんなひどいごどずるのお!?」
「まりさのおかおおおおおお!!おかーさんにもうほめてもらえないよおおおおお」
何度も謝りながら、親まりさは子まりさたちをゆっくりとかじっている。
既に二匹は禿饅頭になり、目を失い、頬から餡子を垂れ流している。
ひと思いに殺して楽にしてあげることもできず、親まりさは子どもたちを食べては謝り、謝っては食べていた。
「おげえええええ!!あんごが!おぢびぢゃんのあんごがぐちにいいいい!だべだぐないよお!おぢびちゃんだぢとゆっぐりじだいよおおお!」
「おどーざんまりざとゆっぐりじでよお!いっしょにゆっくりじようよお!すーりすーりじでよおお!ぺーろぺーろもじでよおお!だべないでよおおお!!」
「やべでよおお!なんでごんなひどいごどずるのお!?ゆっぐりじでよお!いじわるじないでよおおお!やざじいおどーざんにもどっでよおおおお!!」
どんな惨劇にも、終わりはある。
二匹の子まりさは、少しずつ体をかじられながらも次第に命が尽きようとしていた。
親まりさは泣きながら自分の口を封じようとするが、無意味だ。
こんなことはしたくなかった。子どもを食べるなんて、考えるだけでもおぞましいことはすぐやめたかった。
できることなら、子どもたちを助けたかった。
傷をぺーろぺーろしてあげたかった。泣いているからすーりすーりして慰めたかった。
しかし、親まりさに許されたのは、二匹を口にくわえ、ゆっくりと奥歯で押し潰すことだった。
「ちゅぶれるよおおおお!おどーざん!おどおおおざあああああんん!だずげでええええ!おどおおおお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!」
「ゆゆゆゆゆううううううう!!…ぢゅぶれる!もうまりざぢゅぶれるゔゔゔゔうううう!!」
「うわああああああ!!まりざが!ばりざが!ばでぃざが!ばでぃざが!だいじな!がわいい!おぢびぢゃんを!だべだんだああああああああ!!!!」
まりさは自分がしたことの罪の重さで、声が嗄れるほど泣き叫んだ。
両親を見て、まりさは親になることに憧れていた。
番のれいむとの間にできた、大事なおちびちゃんたち。
まりさのことを「おとーさん」と呼んで慕ってくれた、ゆっくりしたおちびちゃんたち。
親になれた誇りと幸福感は、まりさの餡子を温かくしていた。
守ろうと誓った。どんなことがあっても、たとえ自分が永遠にゆっくりすることになっても、おちびちゃんだけは守ろうと誓った。
それなのに実際はどうだ。
まりさは子どもを殺した。殺さないでと哀願する子どもを食べたのだ。
ゆっくりたちの最大のタブーである、子殺しと共食い。それを一緒に犯したのは親であるまりさ。
おちびちゃんたちの餡子の味が、舌から消えない。
その悲鳴が、耳から消えないのだ。
まりさはあまりの恐ろしさに、半狂乱になって慟哭する。
ゆん生すべてに絶望しきった顔でうつむく三匹の子れいむと、泣き叫ぶ親まりさ。
計四匹は、Aによって作り出された地獄の生き残りだった。
実験が終われば、解放される。
「ごくろうさま。後は好きにしていいよ」
Aのメガホンからの声は、そのまま四匹の死刑宣告だった。
「ゆげええええええええええ!!!」
「ゆげえええええええええ!」
「ゆげええええええ!」
「ゆげええええ!」
四匹はいっせいに、体内の餡子を口から猛烈な勢いで吐き出した。
親を食べた子れいむ。子を食べた親まりさ。
どちらも、自分の体の中に親や子の餡子が混じっていることが到底我慢できなかったらしい。
「「「「ゆげっ!ゆげっ!ゆげえええええ!ゆげがげごげえええええええ!!!」」」」
吐く。ひたすら吐く。食べた餡子だけでなく自分の餡子も一緒に吐く。
猛烈な吐き気に目を見開きつつ、子れいむと親まりさはそろって体の餡子を吐きつくして死んだ。
死ぬことによってしか、自分たちの罪を忘れる方法がなかったのだろう。
四匹の顔は、体の中身を吐く苦悶と、やっと死ねる安堵とが混ざった不気味な表情だった。
* * *
れいむは、すべてを見届けた。
大事な家族が、一人残らず惨死する様子を残らず餡子に刻み付けた。
おねーさんのまりさは、向こうで狭い隙間に無理矢理体を押し込んで死んでしまった。
おとーさんに、まりさたちは食べられて死んだ。
おかーさんは、れいむたちに食べられて死んだ。
おとーさんとれいむの妹たちは、餡子を吐いて死んでしまった。
まだ体はぴくぴく動いているけど、もう死んでいるのくらいは分かる。
れいむは半時間足らずで、家族全員をむごたらしい仕方で失ったのだ。
「ゆぅ……ゆぅ……ゆーん…ゆーん…ゆぅぅぅん」
涙がぽろぽろこぼれて、れいむの足元を濡らしていく。
いまだに信じられない。
ゆっくりしたおとーさんとおかーさんが、無惨な仕方で死んだことが。
妹とおねーさんが、もうこの世にいないことが。
自分が、ひとりぼっちになってしまったことが。
れいむはもう、耐えられなかった。
「おじさん」
「ん?なにかな」
れいむはおじさんに声をかけた。
おじさんはこっちを見るけれど、何だかれいむを見ているような気がしない。
「おねがいがあるの。れいむも、おとーさんとおかーさんのいるおそらにいかせて」
「俺に自殺の手伝いをしろと?」
「れいむひとりじゃこわくてできないから。もう、れいむいきていたくないよ。おじさん、れいむをおそらにいかせてね」
れいむは生きることを放棄した。
死にたかった。もう、おとーさんもおかーさんも、妹もおねーさんもいないこんな世界に一人で生きていたくなかった。
もしかしたら、ありすたちがれいむを受け入れてくれるかもしれない。
でも、れいむの餡子には家族の死に様が焼き付いている。この先生きていても、ゆっくりすることはできないだろう。
れいむは死を願った。
「いいだろう。死なせてあげよう」
「ありがとう、おじさん。なるべくいたくないようにしてね」
れいむは目をつぶった。
人間さんはゆっくりよりもずっと強いとありすから聞いている。その人間さんに頼めば、楽に殺してくれるだろう。
れいむはすべてを諦め、自分を一撃で潰してくれるであろう人間の足か手を待った。
お空にいる家族の元に、一刻も早く自分も行きたかったのだ。
「れいむ、目を開けなさい」
おじさんの声は、なぜか絶対に従わなくてはならないものに感じた。
れいむは目を開けた。
「この板が見えるだろう」
「すごくゆっくりできていないいたさんだね。ざらざらしているし、とげとげがいっぱいあるし、すーりすーりしたらとってもいたいよ」
「れいむ、これに後頭部を擦りつけて死になさい」
「ゆ……ゆゆゆ?」
れいむは目を丸くした。
おじさんが言ったのは、さっきおじさんが地面に突き立てた痛そうな板に、体を擦りつけろという命令だった。
痛そうな板とは、錆びたトタン板のことだ。
表面はサビでざらつき、ゆっくりの柔らかい饅頭皮などすりすりすればたちまちぼろぼろになってしまいそうなものだ。
「や…やだよ。こんなのにすりすりしたら、ものすごくいたいよ。しんじゃうよ」
「れいむは死にたいんじゃなかったかな」
「ゆっ、ゆっ、でも、れいむいたいのいやだよ。おじさんれいむをおそらにいかせてくれるっていったでしょ!」
「俺は楽に死なせてあげるなんて約束してないけどな」
「ゆっ…!ゆっ!ゆっ!ゆゆゆゆゆゆ…………!」
れいむの頭は真っ白になった。
足が勝手に動き、トタン板に近づく。
後頭部が、トタン板に触れた。髪の毛ごしでも、そこが尖っていて危険だということが分かる。
「さあ、ゆっくりこすりなさい。たとえすごく痛くても、絶対に死ねるから」
れいむの体が、おじさんの言葉に意志に反して忠実に従った。
全身を使って、後頭部をトタン板に擦りつける。
「ゆっ!ゆっ!ゆっ!ゆっ!」
あっという間に髪の毛が全部根本から削れ、地肌が剥き出しになった。
れいむは恐怖した。この先に待っている、ゆっくりできない拷問に等しい時間を予想して。
あまりの恐ろしさに、れいむの思考は停止した。苦痛のみを感じる饅頭にれいむは退化したのだ。
「ゆっくり!ゆっくり!ゆっくり!ゆっくり!ゆっくり!!!」
れいむは言葉を失った。口から出る言葉は「ゆっくりしていってね」の中にある音だけになった。
地肌が削れていく。れいむは口を開けて叫ぶ。
「ゆっぐり!ゆっぐり!ゆっぐり!ゆっぐり!ゆっぐりいいいい!!!」
涙を流し、舌を口から飛び出させ、れいむは叫び続ける。
それしか苦痛から逃れる方法は思いつかなかったのだ。
だが、れいむの小さな抵抗は、圧倒的な苦痛の前に脆くも粉砕される。
「ゆっぐり!ゆっくり!ゆっくりして!ゆっくりして!ゆっくり!ゆっくりゆっくりゆっくり!!」
餡子が削られていく。
今まで一度も体験したことのない痛みが、れいむの後頭部から体全体をかき回している。
まだ、待ち望んでいる死が遠いことが分かる。
この痛みと苦しみが、当分の間続くのだと分かってしまい、れいむは滝のような涙を流した。
死んだらお空に行けるなんて嘘だ。死んで家族みんなとまたゆっくりできるはずがない。
だって、こんなに痛い。痛くて痛くてたまらない。
お空に行くなんてきれい事だ。死は、ものすごく恐い。
恐くて恐くてたまらないのに、もうほかになにもできない。れいむには死ぬしかできない。
「ゆっくりじで!ゆっぐりじで!ゆっぐりじで!ゆっぐり!ゆっぐり!ゆっぐり!ゆっ!ゆっ!ゆっ!」
餡子が削れる速度が遅くなった。
トタン板のざらざらした部分に、餡子がくっついて削れるスピードが落ちてしまったのだ。
もし人間がトタン板を移動させるか、餡子を拭き取ったらなら、比較的早くれいむは死ぬことができただろう。
人間の助けはなく、トタン板も動かない。
「ゆ゙っ!ゆ゙っ!ゆ゙っ!ゆ゙っ!ゆ゙っっ!ゆ゙っっ!ゆ゙っっ!」
れいむの口からは「ゆ゙っ」という濁った音しか聞こえなくなった。
それ以外のすべては、痛みに集中されている。
ひたすられいむは死ぬことだけを願った。早く死んで、こんな痛みだらけのゆん生から逃げたかった。
それなのに、一向に意識は途切れてくれない。
餡子でなまったトタン板の表面は、実に緩慢にれいむの餡子を削っていく。
「……ゆ゙っ!……ゆ゙っ!……ゆ゙っ!……ゆ゙っ!」
ただひたすら、れいむは何もかもが終わる瞬間を待っていた。
れいむの中枢餡が削れてしまうまで、あとどれくらいかかるのだろうか。
それまでれいむは、存分に絶望と苦痛と恐怖を味わい尽くすことだろう。
* * *
「ごの゙………あ゙ぐま゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」
「ゆっぐりごろじはじねえええええええええええええ!!!」
ゆっくりと体を削っていくれいむを見ていたA主任に、残されたまりさとありすの家族から罵声が浴びせられた。
Aはそちらを向く。
実にゆっくりたちの心情に無関心に、Aはまりさとありすの家族を見る。
家族はメガホンからの命令である「動くな」に忠実に従い、さっきからそこを一歩も動いていない。
だが、まりさとありすの目は怒りと憎しみで燃え上がり、Aを殺さんばかりに殺気を振りまいている。
「よぐもまりざのいもうどのがぞぐをおおおおおお!よぐも!よぐも!よぐもごろじだなあああ!じねえ!おまえもざっざどじねえええ!」
「ごのゆっぐりごろじいいい!なんでごろじだ!あんなにゆっぐりじだがぞくをなんでごろじだんだ!ぜっだいゆるずものがああああ!」
「きょのゆっくちごろち!ゆっくちできないおじしゃんはおうちにきゃえるんだじぇ!」
「まりしゃぷくーしゅりゅよ!ぷくーっっ!!どう?きょわいでしょ!もっときょわがれ!」
「ありしゅもぷくーしゅりゅ!ぷくぅーっ!きょわい?ないちぇあやまっちゃらゆるしてあげりゅ!」
いくら頭の悪いゆっくりでも、Aが何かをしたせいで向こうの家族が惨死したことをようやく理解できたらしい。
家族揃って、Aに対してバッシングを行っている。
特に、親まりさと親ありすの怒りは半端ではない。
ずっとお隣同士で仲良くしていたれいむの家族を、目の前でめちゃくちゃにされたのだ。
思い出すだけで、餡子が凍り付くようなひどい死に方だった。
あんなのは、断じて許されるべきではない。
この人間は、ゆっくりたちのささやかな幸せとゆっくりを、土足で踏みにじったのだ。
そして、自分たちも同じようにされるかもしれないという恐怖。
二匹は唾を飛ばしてAを罵る。
対するAは、急に嬉しそうな顔をした。
「今日は運がいいな。こんなに元気なゆっくりたちに出会えるなんて俺もついてる。ちょうどよかった」
Aとしては、まりさとありすたちの反応はむしろ歓迎すべきものだった。
ゆっくりに行った実験で分かったことは、頭のいいゆっくりでない限り、自分たちの体に起こった異変が人間によるものだと理解できていないらしい。
「どうじでおぐぢざんどまっでぐれないのおおおおお!?」
「どうじであんよざんうごいでぐれないのおおおおお!?」
と叫ぶだけで、それが人間によって引き起こされたものだとは分からないのがほとんどだ。
あの帽子を奪われたまりさだけは、かろうじてそれが分かったようだ。
たいていのゆっくりは、自分をゆっくりできなくさせたAを恨むことなく死んでいった。
Aは今度は、人間を憎むゆっくりがどう行動するか、憎しみが中枢餡に刷り込まれた命令を上回るかどうか実験したかったのだ。
「ちょっとこのゆっくりをかまってくれない?」
「え?は、はい。分かりました。どのようにでしょうか」
「とにかく挑発して。徹底的に怒らせてほしい。一匹くらいなら殺してしまってもいいからさ」
急に妙なことを言いつけられた助手は、どうしていいのか分からず少しの間フリーズしていた。
「そんなに難しく考えなくていいから。いかにも虐待大好きな人間みたいに振る舞って」
何度か頭の中でテンプレなセリフを考え、助手は怒髪天を衝くゆっくりたちに近寄った。
「おい。そこの薄汚いクソ饅頭。お前だよお前。そこのでかいまりさ」
「ゆがあああああ!まりさはくそまんじゅうなんかじゃないいいい!しねえ!おまえなんかさっさとしんでしまええええ!」
「じゃあ殺してみろよ」
「ゆゆ?」
唾を飛ばして怒鳴る親まりさから少しだけ離れた場所で、助手は地面にあぐらをかいて座る。
「ほら。俺はここにいるからさ。逃げも隠れもしない。さっさとそこから動いて俺を殺してみろよ。できないのか?」
「いっだなああああああ!!そごにいろ!まっでろ!いまずぐに、まりざがおばえをごろじでやるがらなああああ!」
まりさは吠えた。
妹を殺された怒り。妹の家族を殺された悲しみ。人間に対する憎しみ。すべてを込めてまりさは地面を蹴った。
全身を使った体当たりが、座っていた助手に炸裂する。
助手の驚いた顔。まりさは生きた弾丸となって、助手の胸板に激突した。
吹き上がる血しぶき。肉片を周囲にばらまきつつ、まりさは助手の体を一撃で貫通した。
……まりさ。れいむ。おちびちゃん。かたきはとってあげたよ。おそらでゆっくりしていってね。
まりさは倒れた助手にかまうことなく、A主任を睨み付けた。
Aは驚き、恐怖し、失禁しながら土下座してまりさに命乞いをする…………
………わけがない。
まりさはそこから動けない。
「動くな」という命令がキャンセルされない限り、まりさは見えない箱に閉じ込められているに等しい。
「じねええええええ!ごろず!ごろず!いまずぐごろず!いもうどの!いもうどのがぞぐのがだきだ!がだきだああああああ!!」
「まりさ!がんばって!ゆっくりごろしはうごかないでいるわよ!ちゃんすよ!」
「がんばりぇおとーしゃーん!」
「にんげんしゃん!おとーしゃんはしゅごくちゅよいのよ!
「あやまりゅならいまのうちにあやまっちぇにぇ!」
「あやまっちぇもにんげんしゃんはしにゅけどにぇ!もうおしょいよ!」
ありすと赤ゆっくりたちは声援を送るが、まりさはやはり動かない。
頭に血が上っているらしく、まりさは自分が動けないでいることが分からないでいるらしい。
「おーい。クソ饅頭さん。どうしたの?殺す殺すって言ってるけど、何で俺まだ生きてるのかな~」
「ゆがあああああ!だまれえええええ!おばえなんが!おばえなんがざっざとごろじでやるうううう!」
「期待しているよ~。頑張ってね、クソ饅頭さん。ほらほら、俺はここにいるぞ」
「だまれえええええ!いもうどのがぞくのがだきいいいいいいいいいい!!!」
このまりさは、ゆっくり同士ならばきっと上位にランクインするパワーの持ち主だろう。
しかし、やはりまりさは動かない。
大声で叫び、上半身をぐねぐねとちょっとだけ動かして体当たりしようとするが、一歩も動かない。
「まりさー。さっきから口だけでちっとも動かないけどさ。お前ホントに妹の家族の仇を取る気があるの?もしかして嘘?」
「ぢがう!ぢがう!ぢがうもん!ばりざほんぎだもん!にんげんなんが、まりざがやっづげでやるううう!」
「だったらなぜ何もしないんだよ。あ!分かった。お前恐いんだな。恐くて体が動かないんだ。まりさは臆病だったんだね」
「ぢがううううううう!ばりざはおどーざんだ!おどーざんはゆうがんで、つよぐで、りっばなゆっぐりなんだ!おぐびょうなんがじゃないいいいい!!」
「いや、俺は臆病でも別にいいと思うよ。生物界の最底辺にいる下等生物が、勇敢とか強いとか立派とか言っても笑えるだけだし。あはははははは!」
「わらうな!わらうな!わらうなあああああああ!」
「うるっせぇんだよこのクソがあああああああ!!!」
「ゆぎぃ!?」
いきなり助手はまりさをからかうのをやめ、手でまりさの顔をひっぱたいた。
「いだいいいいいいい!いだいいだいいだいいいいい!」
「ぎゃあぎゃあやかましいんだよゴミカス!てめえにできねえことばかりぬかしやがるんじゃねえ低能の青二才が!」
「ば、ばりざは!ばりざはぎゃびゆぎゃあ!」
「ばりざはなんだよ。え?言ってみろよ。さっさとご託並べてみせろよ出来損ないの饅頭よぉ!」
「うっ…ゆぐっ…ぐっ……ばりざは、ばりざはおどーざあぎゃいぎゃい!いぎゃああ!やべぢぇ!やべぢぇよおおお!」
「やめてってどの口でほざくんだよクソが!てめえはおとーさんじゃなかなったのかよ!強くて立派なおとーさんじゃねえのかよ!!」
「びぎっっ!ぶびっっ!びがっっ!!ばり!がばっ!ばりざはっ!ばでぃいがぁ!おどぉ!おどあがぁ!だがっ!だあゔぁ!」
「何言ってるのか分からねえなあ!もっとはきはきしゃべりやがれオラ!!」
「ばでぃざは…ばでぃざはおどーざんだ!ゆっぐりじだおどーざんだ!おどーざんだがらあああああっっ!あぁぁいだいいいいい!!」
まりさの口に平手がヒットした。
舌と歯茎を激しくぶたれ、まりさは目から涙を撒き散らして悶絶する。
餡子と一緒に、数本の白い歯が地面に落ち、きらきらと光っていた。
「いっ…いだい……いだいよ………まりざ…おどーざん…みんなの…がだき………ぶぎゅるううううっっ!!」
歯が折れた激痛に耐えるまりさを、助手は蹴飛ばした。転がるまりさをうつぶせの状態で踏みつける。
ぎゅっと力を込めると、「ぶびびっ!」と間抜けな音がしてあにゃるからうんうんが少し飛び出した。
「うぜえんだよ。そろそろぶっ殺すぞ」
「ぶぎゅ!びゅぐうう!じゅぶっ!じゅぶれる!ぢゅぶれるうううう!!」
「まりざああああああ!おねがいだがらやべでえええええ!!」
「おとーしゃああああん!
「おとーしゃんにいちゃいいちゃいしにゃいでえええええ!」
「やめちぇええええ!」
「おとーしゃあああん!ゆんやあああああ!」
今までは激痛だけだったのが、命の危険に代わったことでまりさは足の下でぶるぶる震え始めた。
いっせいに叫び出すありすと赤ゆっくりたち。
助手はそれを見ると、まりさの顔を靴で地面にこすりつけた。犬の糞を踏んでしまった人間が、靴を地面でこするのと同じ動きだ。
「べぎゅ!ぶぎゅ!ゆぎゅうう!」
丁寧にまりさの顔を地面で磨いてあげてから、手で持ち上げてありすの眼前に突き出す。
「ほらありす、見ろよ。感動の再会だ」
「ま、まままりさっ……まりざあああああああ!ひどいいいいいいいい!」
「あっ……あでぃ…ず……あでぃ…ず…………」
ありすから見ればとても美ゆっくりだったまりさの顔は、無惨にも傷だらけだった。
たっぷりハエタタキで叩かれたことにより、ほっぺたは黒く変色し中の餡子が滲んでいる。
顔は踏みつけられ、地面に擦りつけられたことによりいくつもの傷ができ、片方の目は腫れ上がって見えなくなっていた。
半開きになった口からは「ゆひゅー、ゆひゅー」と苦しそうな息が漏れ、舌と歯茎からは餡子が漏れている。
「ありず……ばり……ざ…は、おど……ざ…ん……だ、よ……。みん…なを…まも…る…がら……ね」
息も絶え絶えのまりさは、そんなひどい姿なのにありすに笑いかけた。
口から発せられたのは、力強い約束の言葉。まりさはみんなのおとーさんだ。おとーさんだから、絶対に人間なんかには負けない。
強い意志が言葉に込められていた。
「くだらね。カッコつけてんなよ生ゴミが。死に損ないの分際でよくそこまで言えるよなあ」
「ゆぎゅうっっ!」
まりさは、笑顔のまま地面に叩き付けられた。仰向けになったまりさと、助手と目が合う。
助手は口調とは裏腹に、ちっとも虐待を楽しんでいる様子はない。
だが、彼のすることは容赦がまったくない。
「おいクソまりさ。俺はこれからてめえを三回踏みつける。分かるか?てめえのお粗末な頭でも分かるように、三回で我慢してやる」
「ゆっ……ぐっ……ごろ…ず……おばえ…なんが……ごろじで……」
「分かんなくても別に構わねえけどな。三回だ。三回だけ耐えてみろ。そうすればてめえの勝ちだ。分かったな」
「ぐっ…ゆぐっ……」
「人間なんかに負けねえんだろ?せいぜい頑張って耐えろや。まずは一回!」
助手は足を持ち上げると、靴の裏の全面を使ってまりさの口の下、腹に当たる場所を踏みつけた。
「ゆぶぐぎゅうううう!!」
人間ならば自動車が衝突した破壊力だろう。内臓が引き千切れてもおかしくない状況だ。
しかしゆっくりに内臓はなく、中に詰まっているのは餡子だけ。内臓破裂で死ぬことはできず、苦痛のみが体を駆けめぐる。
「まりざああああああ!ひどいごどじないでええええ!」
ありすの叫びが聞こえる。
まりさの口からはもりもりと餡子が吐き出され、あにゃるからも餡子が飛び散ってありすと赤ゆっくりたちの顔にかかった。
「ゆっ!……ぶげっ!……ゆぶげっ!」
まりさは両目を血走らせ、顔を左右に振って激痛から逃れようとする。
助手の足が再び上げられた。
「二回目!」
「ぶげゆがっっっっ!!」
次は踵を使ってまりさを踏みつける。
圧力が限界に達したらしく、まりさの右目がすぽーんと飛び出した。
「ゆっぎゅ!ぎゅぐ!ぎゅぐうううう!」
まりさの顔はゆっくりとはかけ離れた顔になっている。あまりの苦痛に何も考えられないようだ。
「三回目!これでラストだ!」
「ゆぶぎゃああああああああああ!!」
* * *
三回目の踏みつけが、まりさの腹を直撃した。
靴の踵はまりさのまむまむを踏み抜き、皮と餡子のミンチに変えた。
凄まじい激痛に、まりさの視界が真っ白に染まる。
(まりさの…まむまむ…それとぺにぺにが……ごめん…ごめんねありす……もうまりさ…あかちゃんつくれないよ)
自分の生殖器が回復不可能なまでに破壊されたことが分かり、まりさの無事な左目から涙が流れた。
まむまむとぺにぺにを破壊されたゆっくりは、肌をすりあわせてすっきりすることもできない。EDになってしまうからだ。
まりさは、これで生涯子どもを作ることなく生きていかなければならない。
まりさの体を踏みつけていた足が、どけられた。
(かったよ…まりさ、にんげんにかったんだ……。さんかい、まりさはたえたんだよ)
全身の激痛を忘れ、まりさは勝利を味わっていた。
あの人間の攻撃に、まりさは耐え抜いたのだ。餡子と皮に力を入れ、破れないように力を入れて耐えたのが報われたのだ。
ざまあみろ、人間。おとーさんは強いんだ。恐れ入ったか。
「あ…でぃ……ず。あ…りず」
「まりさ!?まりさあああ!ぶじなの?ぶじなのねええええ!?」
「ゆへ…へ…まり……ざ、にんげん……に、がっだ……よ。ばり……ざの……がぢ…だ……よ」
「まりさあああ!すごいわ、まりさはすごいゆっくりよおおおお!」
「ぞう……だ、よ。ばりざは……づよい、おどーざ…ん……なんだよ」
ありすの賞賛の声が、痛みの中でも心地よい。
人間の自信を、まりさは打ち砕いたのだ。
まりさは、家族を守って生き抜いたのだ。
半殺しの状態で、なにをどう守ってどう生き抜いたのかは分からないが、とにかくまりさはそう信じて疑わなかった。
「ま…まげ……まけいぬ……の…にんげん、は…ど、とっとど…あや……ばっで、ね……」
まりさは、ぼろぼろの顔を上げて助手を睨み付ける。
だが、助手が言ったことは、まりさに対する謝罪でも賞賛でもなかった。
「ねえ主任。俺、何回こいつを踏みつけましたっけ?忘れちゃったんですよ」
助手のとんでもない発言に、まりさは驚愕した。
(さんかいだよ!さんかいまりさをふんだよ!そんなこともわからないの?さんかいもかぞえられないの?おおばかなの?)
Aは答えた。
「二回だよ。後一回残ってる」
「ゆっ!?ゆぶっ!?……ざ!…ざんが……ざんがい!……ざんがい!………ざんがいぶんだ!ざんがいばりざをぶんだよ!」
「さんかいよ!もうさんかいまりさをふんだわ!だからもうやめて!ふまないでええええ!」
「ざんがい!ざんがい!ざんがい!ざんがい!ざん゙がい゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙!!」
「悪かったなクソ饅頭。後一回残ってたわ。じゃ、三回目だ」
「ざんが……ぎゅぶぐうううっっっ!!」
助手の足が、まりさの体を踏みつけ、貫通し、大きく引き裂いた。
* * *
びしゃっ、と放射状に餡子が飛び散り、まりさの両目が白目になる。
もちろん、助手もAも数はカウントしていた。三回まりさを踏んだことは分かっていた。
だからどうした。
始めから、助手は三回踏む時はまりさが死なないよう手加減し、四回目で殺す計画だったのだ。
そんなことも知らないまりさは、断末魔の苦しみを全身で表現していた。
まりさの胴体をほぼ二つに裂いた傷口からは、致命的となる量の餡子が地面にだらだらと流れていく。
「…あ……あり…ず……ごべん……ね。だべな…おどーざ……で……んね…………」
何度も「ごべんね」と呟きながら、まりさは次第に弱々しく体を震わせ、動かなくなった。
最後の一撃に耐えられなかったことを、まりさは後悔していた。
家族を守れずに死んでしまうのを、まりさは悲しんでいた。
何よりも、平気で約束を破った人間たちを、まりさは憎んでいた。
いろいろな感情が沸き上がり、真っ暗闇に消えていく。
(じにだくない!まりざじにだくないよ!ありず!おぢびじゃん!いっじょにもっどゆっぐりじだい!いやだあああああああ!)
最後までありすに謝りながら、まりさは永遠にゆっくりした。
誰も守ることができず、仇を取ることもできず、無意味に死んだのだ。
「死ぬ時になってようやく駄目な父親って分かっても遅いんだよ」
「まり……さ。まりさ……。よ……よくも…よぐもおおおおおおおおおお!!!」
ありすは、まりさの心意気をあざ笑った助手に、体内のカスタードが煮え立つほどの怒りを感じた。
まりさとの約束を平気で破って、まりさを殺した人間が許せなかった。
「だまれええええええ!ごのいながものおおおおおおお!おばえなんがにばりざのなにがわがるうううううう!」
「分からねーよ。こんな薄汚いゴキブリ以下のゴミの塊の考えることなんて、分かるわけねえだろ」
「ゆるざないいいいいい!よぐも!よぐもばりざをばがにじだなあああああ!よぐもおおおお!」
ありすはいままで、「とかいはじゃないわ」と使わなかった悪口を使い、助手を罵る。
そうでもしなければ、発狂しそうだった。
「悔しい?そんなに悔しいの?だったらほら、こっち来いよ。俺に体当たりしてみろよ」
「ゆぐあああああ!ゆぐう、ゆぐうううううう!うごげえええええ!ありずのあんよざん、うごいでえええええ!」
「おおうぜえうぜえ。まりさがうざいからお前もうざくてお似合いだわ、やっぱ」
「ゆぐぎぐがあああああ!!!ゆるざない!おばえはぜっだいゆるざない!みんなをごろじで、ばりざもごろじだおばえはゆるずものがあああああ!!!」
ありすがどんなに怒りに身を焦がしても、足は一歩も憎い助手の方へと動くことはなかった。
* * *
「はい。もういいよ」
「……分かりました」
「なかなか演技派だね、君。ちょっと俺も驚いたよ」
「恐縮です。大学にいた頃、演劇をやっていたものでして」
A主任の静止に、助手はすぐに応じた。
助手は別に、まりさたちに本気で腹を立てたのではない。挑発の一環として、怒った振りをして見せただけだ。
徹底的にゆっくりを虐待し、蔑み、汚物のように扱う。怯えるのではなく、人間に怒りを抱くように助手はゆっくりを誘導したのだ。
努力のかいがあって、ゆっくりたちは二人を憎み、ぎりぎりと歯ぎしりまでしている。
「では命令だ。まずはそこの赤まりさ、あそこにある熱湯を入れた鍋の中に自分から飛び込みなさい」
「ゆゆっ!あ、あんよしゃんがかっちぇにうごくんだじぇええええ!?」
「おちびちゃんどうしたのおおおおお!?」
父親に似ずに「だじぇ」口調の赤まりさの顔が、驚きで歪んだ。
「あんよしゃん!?にゃんでうごきゅにょ?まりしゃ、おかーしゃんといっしょにいちゃいんだじぇ!」
両親の知能では、ゆっくりの体に起こった異変が人間によるものだと理解できた。
無垢に育った赤ゆっくりの頭では、人間によって自分たちの体が操られていることなど想像もできない。
「おちびちゃん!あんよにちからをいれて。こっちにはねるのよ!こっちにきて!」
「しちぇるのじぇえええ!しちぇるにょに、あんよしゃんにちからいれちぇるにょに、とまらにゃいんだじぇええええええ!!」
ぴょんぴょんと必死で抵抗しているようだが、少しずつ赤まりさは家族のいる場所から遠ざかっていく。
逆に赤まりさが近づくのは、助手がコンロで沸かしていた鍋だ。
既に長時間火にかけられたことにより、中の熱湯は沸騰寸前にまで熱せられている。
ご丁寧にも、鍋の横にはゆっくり用のプールに使われている階段が備え付けられていた。
赤まりさは少しずつ階段をのぼっていく。
「ゆんやあああ!ちょまっちぇ!あんよしゃんちょまっちぇえええ!あちゅあちゅしゃんはゆっくちできにゃいいいいい!」
どんなに赤まりさが抵抗しても、体は勝手に動いていく。
ついに、鍋の縁にたどり着いた。
吹き上がる高熱の湯気が、赤まりさの顔を撫でる。
「ゆひいいい………!いやじゃぁ……。あちゅあちゅしゃんにどぼんやいちゃじゃあああ……」
「おちびちゃんんんん!だめええええええ!」
ぽとん、と赤まりさは熱湯の中へとダイブした。
最後の最後まで、両親の方を見続けた赤まりさの顔は、「どうしちぇたしゅけちぇくれにゃいにょ?」と言わんばかりだった。
「あ…あぢゅいいいいいいいい!あぢゅ!ぢゅぴっ!あぢゅうううううううう!」
「おおおおぢびぢゃああああああん!い゙や゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
ありすの絶叫が上がる。
高温の湯は、ほぼ一瞬で赤まりさの体を溶かしてしまったようだ。
最後の言葉である「もっとゆっくちしちゃかっちゃ」の声さえ聞こえない。
「よぐもおおおおお!よぐもありずのごどもだぢをおおおおお!!」
ありすの怒りも、ありすの体と同じように二人には届かなかった。
* * *
「ゆんやあああああ!まりしゃしにちゃくないのじぇえええええ!」
「おきゃーしゃーん!たしゅけちぇよお!にゃんでしょこにいりゅにょおおおおお!」
「ありしゅがきゃわいくにゃいにょ?おかーしゃんありしゅをたしゅけちぇええええ!!」
「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!おぢびぢゃあああああんん!やべでえええええ!!」
あまりにも叫びすぎたのか、正気を失いかけているありすの目の前で、恐ろしい光景が繰り広げられていた。
熱湯が満たされた鍋の縁。そこに設置された階段の最上段。
後一歩足を踏み出せば命はない危険な場所に、かわいいおちびちゃんたちが横一列で立っている。
「さて、誰からまりさの後を追って飛び込んでもらおうかな」
メガホンを持ったAが、順繰りに三匹の赤ゆっくりたちを見ていく。
「ゆんやあああああ!まりしゃはやめるんだじぇええええ!」
「ありしゅもやじゃああああ!しにちゃくにゃいいいいいいい!」
「もうやめちぇえええ!ごめんなしゃい!なにがわりゅいのかわかりゃにゃいけどごめんなしゃい!」
途端に、Aの足が止まった。
「ごめんなさい?今君はごめんなさいって言ったね」
「そうでしゅ!ありしゅでしゅ!ごめんにゃしゃい!ありしゅたちがわるかったでしゅ!」
一匹のありすは、涙を流しながらひたすら謝っている。
謝れば、助けてもらえるかもしれない。そのはかない希望にありすはすがっていた。
いつも、いけないことをしておかーさんやおとーさんに怒られても、きちんと「ごめんなしゃい」って謝れば許してくれた。
だから、このこわいおじさんも、謝れば許してくれるに違いない。
何が悪いのか分からないけど、とにかく死ぬのは嫌だった。
「そうか。ちゃんと君は謝れるんだね。ほかの子たちはどうかな?」
「ゆああああああ!ごめんなしゃい!ごめんなしゃい!まりしゃもあやまるんだじぇええええ!」
「ありしゅも!ごめんなしゃい!おじしゃんごめんなしゃい!ごめんなしゃい!ごめんなしゃああああい!」
たちまち残りの二匹も、「謝れば許してくれるかも」という希望に飛びつき、矢継ぎ早に謝る。
三匹とも必死だ。ここを先途と涙と涎を振りまき、Aの気を引こうと声を張り上げる。
「よくできたね。じゃあ、罰として死んでもらおうか」
「「「なんじぇえええええええ???ちゃんとあやまっちゃのにいいいいいいいい!!!」」」
「謝ったってことは、自分が悪いと認めたんだろう?なら罰を受けなくちゃね。そして罰は死刑。はい、みんなそこに飛び込んでね」
「「「いやじゃああああああ!!おがーじゃあああああああああ!!!ゆびぎゃびいいいいいいいい!!!」」」
三匹は揃って、親ありすに救いを求めながら鍋の中に飛び込んでいった。
「あぢゅいいいいいい!まりじゃ、まりじゃじんじゃううううううう!!」
「びびびびいいいいいいい!あびい!あびいいいいいいい!」
「もっ…ぢょ……ゆっく…………ぢ……!」
親ありすには、赤ゆっくりたちの最後は見えなかった。
だが、代わりに恐ろしい断末魔の絶叫がしっかりと届いていた。
「あ……あ……ああ……あがあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!あ゙があ゙あ゙あ゙あ゙!あああああああ!!!」
目を剥いたありすに、Aが近寄る。
ありすはAが近づいても、気が違ったかのように叫び続けるだけだ。
「命令だよ、ありす。今までのことは全部忘れて、ゆっくりしなさい」
メガホンを使って、Aはありすに命令した。
「ゆ゙っ……ゆ゙っ……ゆ゙ゆ…………」
ありすは一瞬、俯いて目を閉じた。顔がほんの少し、いつものゆっくりしたものになる。
しかし、すぐに顔を上げた。
顎が外れるほど大きく開かれた口から聞こえてきた言葉は、初めての否定だった。
「なにいっでるのおおおおおお!?まりざと!おちびぢゃんが!じんだのにどうじでゆっぐりでぎるのおおおおおおお!!!」
「命令だよ。全部忘れなさい。そしてゆっくりするんだ」
「ゆっ……ゆゆう………でぎるわげないいいいい!まりざああああああ!おぢびぢゃああああん!ゆがあああああああ!!」
「忘れるんだ。早くゆっくりしなさい」
「ゆっぐり……ゆっぐり……でぎるがああああああ!!ごのゆっぐりごろじ!ゆっぐりごろじ!おばえもじねえええええ!!」
「うん。やはりそうか。これがメガホンの限界だ。これが見たかったんだよ」
Aは、初めて命令に反抗したありすに満面の笑みを浮かべた。
これが、Aが今まで散々にありすの家族を痛めつけ、地獄を味わわせた理由だった。
「主任、どうしてです?なんでこのありすは命令に従わないんですか」
側で助手が驚きを隠せないでいる。
今まで、Aが製作したメガホンから発せられる命令に、逆らったゆっくりはいない。
中枢餡に刻み付けられた命令は、たとえ「死ね」と命令しても実行される。
「この音波は中枢餡に影響を与えるよね。どうも、中枢餡の機能はゆっくりの行動を制御するものらしいんだよ。だから逆に言えば、情緒は操れない。
それが確かめたかったんだ。ありすを見れば分かるだろう。ゆっくりしろ、と命令して体はゆっくりしているけど、それを上回る憎しみと怒りがある。
動かないでいることはできるけど、今まで体験したことを忘れたり、感情を消すことはできないんだ。そっちは普通の餡子に記録されているらしい。
これがメガホンの限界だ。ゆっくりの体は操れても、感情は操れない」
「でも、あの時主任が『笑え』って言ってまりさは笑いましたよね。あれはどうなんです?」
「ただの反射だよ。顔面の皮が中枢餡からの刺激で笑みの形になっただけ。意志とは無関係に笑わせただけだよ。そんなもん。
でもいいよね。こっちもゆっくりの意志とか感情とか関係ないし。とりあえず、ゆっくりの行動だけ操れればそれでどうでもいいや。
じゃあ、ありす捕まえて。それ、帰ったら解体して中枢餡の変化とか見るから」
「分かりました」
助手の手がありすを掴み、トランクの中にあった頑丈なケースに放り投げる。
「ゆっ…ゆぐ……がえじで!まりさをかえじで!おちびちゃんをがえじで!みんなをがえじで!ありずのゆっぐりをぜんぶがえじでよおおおおおお!」
ありすは泣いた。
すべてが奪われ、踏みにじられたことに涙を流した。
憎しみも怒りも、平和的なゆっくりの頭では長続きさせることができない。
残るのは、悲しみだけ。
ありすは泣き続けた。
研究所で生きたまま解体され、中枢餡にメスが入れられる待ち焦がれた死の時まで、ありすの涙は絶えなかった。
挿絵 byM1
最終更新:2010年01月23日 06:39