ふたば系ゆっくりいじめ 129 ゲスとかレイパーとかでいぶとか、みんな死ねばイイのに 01

ゲスとかレイパーとかでいぶとか、みんな死ねばイイのに01 84KB(合計)

 ※容量オーバーの為、勝手に分割しました

 漫画にしようとしたけどシリーズ (どんなだ…)

 ゲスを制裁するだけ

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 ゲスとか
 レイパーとか
 でいぶとか

 みんな死ねばイイのに



「ゆっへっへ! ここは なかなかの おうちなんだぜ! だから まりささまの ゆっくりぷれいすに してやるんだぜ!
 もんくが あったら まりささまが えださんを おめめに つきさしてあげるんだぜ! まりささまに さからうんじゃないんだぜ?
 そこの れいむは なかなかの びゆっくりなんだぜ! まりささまのために きれいになるなんて かわいげのあるやつなのぜ! 」

「んっほおおおおおおおおおおお!!!! いやいやいっても ここはしょうじきなのねえええ!!!! かわいいわあああ!!!
 あなたったら ほんとうに つんでれなのねええええ!!!! ありすが いっぱい あいして あげるからねえええ!!!!
 でも ごめんねえええ!!! ありすは みんなに あいされるうんめいなのおおおお!!!! いちやかぎりの あいなのよおおお!!!」

「なにいってるの? ばかなの? しぬの? れいむはしんぐるまざーなんだよ! かわいそうなんだよ!
 やさしくしないといけないんだよ! ゆっくりしないで りかいしてね! ばかな かおして なにしてるの?
 はやく れいむと かわいい おちびちゃんに あまあまを もってきてね! たくさんでいいよ!
 れいむの かわいい おちびちゃん~ おかあさんが おうたをうたってあげるからね~ ゆ~♪ゆゆ~♪ゆゆ~ゆ~♪ゆ~♪ゆゆゆ~♪」



 【1】

 人里離れた山の奥深く。
 ここにもゆっくり達がゆっくりと暮らしていた。

「ゆっ!ゆっ!ゆっ!」

 黒い帽子が山道を登っていく。
 森が豊かに実り始めて次第に赤く染まってきたある日。
 若いまりさは群れを離れて狩りに出かけていた。

「これは たべられる きのみさんだね! おぼうしさんが おもたいけど みんなと いっぱい むーしゃむーしゃ するから がんばるよ!」

 良い匂いのするキノコ、丸いどんぐり、甘そうな虫、そして山菜と
 張り詰めんばかりに膨れ上がった三角帽子のせいで
 あっちへヨロロヨ、そっちへフラフラと跳ねていった。

「ゆ? きれいな おはなさんだよ!」

 行きには気付かなかったけれども
 小山の陰には赤く鮮やかな花が一輪だけ咲いていた。
 森の紅葉にも勝るとも劣らない真っ赤な野花だ。
 花も主食にするゆっくりだからこそ、いろんな植物を目にしているが
 こんな綺麗な花は見た事がなかった。
 小山をくるくると回ってみたが、やはり一輪しかない。

「すっごいあかいよ! れいむの おりぼんさんみたいだよ!」

 まりさは花の周りを跳ね回っては
 いろんな方向から眺めて目を輝かせている。

「おはなさん ゆっくりしてるのに ごめんなさい! まりさは れいむに ゆっくりしてほしいから おねがいだよ!」

 たった一輪しかない綺麗な花に額を地面にこすり付けて謝ると
 まりさは頭の帽子を落とさないように器用に花を摘んで帽子の中にしまった。

「おはなさん まりさのおぼうしさんの なかで ゆっくりしててね!」

 まりさには幼馴染のれいむがいた。
 れいむは群れで まりさの帰りを待っている。

 群れで暮らすゆっくりならば集団で助け合いながら狩りをするものだ。
 しかしまりさは怪我や迷子も恐れずに一匹で この狩場に来ていた。

 元々一匹だけで来る場所ではあるのだが
 皆のご飯を集める思いの傍らには

 れいむだけのご飯を食べさせたい。
 れいむだけの宝物を見つけてあげたい。

 そういう心を持っていた。

 まりさはどうして自分がそんな事を思ってしまうのか
 全然わからないほど若かった。

 けれど、れいむのためにゆっくりしないで頑張っていると
 何故かどんなに疲れていても体の中からポカポカしてきて、とてもゆっくり出来るのだった。

「ゆっくりしないで かえるよ! まりさの ぴょんぴょんに びっくりしないでね ごはんさん!」

 まりさは頭の三角帽子のバランスを確かめると急いで山を下ろうとした。
 すると茂みが揺れたかと思うと山道を横切って、長~いナニカが視界に入って来た。

「ゆ~ん?」

 せっせとご飯を持ち帰るまりさの前に現れたのは、遠い国から渡ってきた旅のゆっくり達だった。

「いっち にぃ~ さ~ん… ゆ~んと ゆ~んと… いっぱい いるよ!」

 10匹、20匹、いいや100匹もの連なる隊列を組んでいるのは
 れいむでもありすでもぱちゅりーでもなかった。

「すっごい しろいし!! すっごい みどりだよ!! まりさは はじめてみたよ! びっくりだよ!」

 今まで見たこともない不思議な姿のゆっくり達は、まりさの好奇心を大いに刺激した。

 一体どんな子達なのだろう。お友達になれるかな?
 しかしまりさが真剣に悩む必要はなかった。

 何故ならば、すぐに仲良くなれる方法があるからだ。

「ゆっくりしていってね!」

 まりさが交わした挨拶に旅団は止まってくれた。
 しかし、いつまで待っても返事を返してくれる様子はない。
 声が届かなかったのだろうか?
 それともびっくりさせてしまったのだろうか?
 ちょっと済まなそうに思ったまりさだったが
 相手の返事が待ちきれずに話しかけ始めた。

「………えっと、どこからきたの? ここは まりさと れいむと みんながいる もりだよ! ゆっくりしていってね!」

 普通ならば同じように「ゆっくりしていってね!」と返事を返す礼儀があるのだが
 やはり何も答えることもない旅団を見て まりさは首をかしげている。

「ゆ?」

 白くて緑色な彼女達は まりさを一瞥すると、いくつかの集団を設けて相談をし始めた。

「まりさと ゆっくりしようね! いまは もりさんが とっても ゆっくりしているよ!」

 上品で気が利くありすほどの"おもてなし"が出来るまりさではなかったが
 自分が知っている限りのゆっくりで、新しい友達を作ろうと頑張った。
 しかし密談を交わしあっている相手の顔は どんどん険しいものとなっていく。

「どうしたの? なにかあったの? まりさが できることだったら てつだうよ?」

 集団の神妙な顔つきに山のまりさは心配すると、急いで彼女達の輪へと近寄った。
 遠くからだと白や緑の帯に見えていた彼女達は
 この山では見かけることがない、"ゆっくりみょん"と"ゆっくりちぇん"で構成された大きな群れだった。

 まりさが今まで一度も見たこともない
 白い色と綺麗なツヤを持った髪や
 緑の帽子と可愛い耳や尻尾の姿に見惚れていると
 相談し合っていた一つの輪から一匹のゆっくりみょんが語り掛けて来た。

『まりさは、まりさみょん?』

「まりさは、まりさだよ! よろしくね!」

 挨拶も返さずに突然質問を浴びせられ驚いたまりさだったが
 きっと長旅でゆっくり出来てなかったんだろう。
 だったらまりさがゆっくりさせてあげようと思った。

 みょんの綺麗な瞳に見つめられ澄んだ声色を聞いていると、なんだかふわふわした気分になったが
 怒ったれいむの顔を何故か思い出したので、まりさは体をゆんゆんと振ってみょんの話しを聞き始めた。

『まりさは どうしてこんな山の中に独りでいるみょん?』

「まりさは かりをしているんだよ! みんなは どこへいくの? まりさが あんないしてあげるよ!」

 知らない所はゆっくり出来ない。
 どこでご飯を探せば良いのか。どこでお昼寝したら良いのか。
 まりさは皆のために山を跳ね回り、群れの外に関しては一番の物知りさんだった。

『みょんたちは 新しい食料を探して旅をしているんだみょん』

「そうなんだ! ここは まりさのおきにいりの ばしょなんだけど いっしょに ごはんを あつめようね!
 あっちに どんぐりがあるよ! あそこのおやまには きれいな おはなさんがあったんだよ! あとね! あとね!」

 まりさには名乗ってはくれなかったが
 白髪で黒い飾りをつけているのは"みょん"というらしい。
 かっこいい外見とは裏腹に ちょっとヘンテコで可愛いしゃべり方だとまりさは微笑んだ。

 一匹のみょんとお話出来たことによって、100匹のお友達が出来た気分にまりさは感じていた。

 お友達はゆっくり出来る。
 おしゃべりしたり、遊んだり、一緒にご飯を食べたり。
 一匹の友達でもゆっくり出来るのに100匹のお友達が増えるのはとてもゆっくり出来るという事だ。

『そうだみょん ここは木の実が沢山あってゆっくり出来るプレイスだみょん』

「そうだよ! おいしい くりさんや あけびさんが あるんだよ! みんなで ゆっくりしようね!」

『…でも、みょん達は沢山いるんだみょん』

「ゆーん…そうだね こんなに たくさんだと みんなで むーしゃ むーしゃ できないね…」

 一匹一個だとしても相当探さなくてはならないし
 一個だけむーしゃむーしゃしても、しあわせ~にはなれない。
 まりさはどうにか新しいお友達とゆっくり出来る方法はないか、ぐるぐると頭を悩ませた。

 誰かがゆっくり出来ずに悲しい顔をしていると
 まるで自分もゆっくり出来ない気がしてくる。

 同じ森で暮らす皆だから、誰もがゆっくり出来るはずなんだ。
 皆が誰かのゆっくりのために、ほんの少しゆっくりしないで頑張るだけで
 皆がゆっくり出来るようになる。
 幸せになれる。

 それは、まりさが経験して理解して山を駆けて餌を探す今の暮らしの信条なのだ。

「ゆーんっ ゆーんっ ゆーんっ ゆーんっ」

 体を捻ったり、くるくる回ったり、帽子を一旦おろして逆さまにひっくり返ったり
 知恵熱で今にでも蒸気を出しそうに真っ赤になっているまりさ。

『だったら…少ないご飯は、食べても良いゆっくりだけが 食べればいいみょん』

「そうだね! そうしようね!……………………………………………………………ゆ? どういうこと?」

 何も妙案が浮かばないまりさは、みょんの一声を聞くやいなや反射的に賛成してしまったが
 一体全体 何がどういう話なのかわからなかった。

「ごはんは みんなで たべるものだよ? みんなで たべると ゆっくりできるよ!」

『だって 皆でご飯を食べたら全然足りないみょん 無理だみょん』

「ゆぅ… このちかくで ごはんさんのあるところは ここしか まりさは しらないの… ごめんね…」

 ここからだいぶ離れたまりさの集落は、食べ物が安定して手に入れられる辺りに作られている。
 しかし群れの近くは子供達の狩りの練習や、怪我をしていて跳ねれないゆっくり達
 年老いてノロノロとゆっくりした家族達の狩場になっていた。

 だから若いまりさは皆の知らない山道を一生懸命登り進み
 美味しいご飯の落ちてるゆっくりプレイスを探すのが仕事だった。
 それで見つけたのが山の上にあるこの狩場だ。

 運動に長けているまりさ以外のれいむやぱちぇ達でも
 楽に通ってこられる道筋などが上手く見つからないため
 場所だけは教えているが、今のところ若いまりさだけが通ってきている。

 もちろん独りで狩りをするのは危険な事ではあるが
 そのお陰で皆の知らない綺麗な花を
 群れで待っているれいむにプレゼントできる機会が出来たのだ。
 今日はお友達がたくさんできた事をれいむに話してあげよう。

 そんな考えが顔に出てしまいニコニコしていたまりさだったが。

『ちぇんは わかるよー 嘘なんだねー』

「ゆ!? まりさは うそなんて ついてないよ???」

 みょんの横から緑色の帽子を被り、動物みたいな耳付きゆっくりが顔を出してきた。

『まりさは 嘘をついているんだねー ちぇん達が 沢山いるから お気に入りの場所を盗られないように 嘘をついているんだねー』

「ゆゆ!? ごかいしないでね! みんなで ゆっくりする ぷれいすだよ! かくしてる ばしょなんてないよ!」

 耳付きゆっくりのちぇんが、どうしてこんな酷い事を言ってくるのか全く分からなかった。
 喧嘩はゆっくり出来ない。
 まりさに悪いところがあるのなら、すぐにでも謝りたかったが
 ちぇんの考えている事が全然理解できなかったのだ。

『駄目だよー 独り占めは良くないんだよー ゆっくり出来ないよー』

「ひとりじめなんかしてないよ!!!たしかに ここは まりさの とっておきだけど
 ちゃんと みんなで こようと おもってるよ!!! ぷんぷん!」

 どうやら白と緑のゆっくり達は
 先住しているまりさが もっと沢山の狩場を知っているのに黙っていると思っているらしい。
 しかしまりさはそんなつもりどころか、そんな考えすらもなかったのに。

 この場所は群れの皆へ既に教えているし、まりさが皆が来やすい道を見つけたら
 ぴょんびょん跳ねるのが不得意なれいむと一緒に もちろん他の友達も誘って来ようと思っていた。

 まりさがココを見つけたのを自慢する気はないし、一匹よりも皆でご飯を食べたり狩りをする方が楽しいからだ。

『…わかってるみょん 下手な演技だみょん』

「ゆゆゆ!? なにをいってるのか わかんないよ! まりさが おばかで ごめんね! ゆっくり せつめいしてね!」

 あれだけ美ゆっくりだと思っていたみょんの目は
 困惑しているまりさの顔をおっかなく睨んでいる。
 せっかく仲良くしようと思っていたのに、あのちぇんのせいで台無しになってしまった。

 みょんとちぇんは一つの群れの仲間であり、同じ群れの意見に賛成してしまうのはしょうがない。
 "まりさが嘘つき"という誤解を解くのは簡単にはいかないだろう。

 けれどまりさは今まで嘘をついたことはないし、嘘をついたとしても下手で すぐにバレるだろう。
 この子達とちゃんとお話すれば、きっと分かってくれると考えていた。

『まりさは すぐに嘘をつくみょん 知ってるみょん』

「ま、まりさは うそなんてついてないよ?! ゆっくりしないで しんじてね!!!」

『わかるよー また嘘をついてるんだねー』

 ちぇんは素早い動きで、みょんの背後から跳ね出るとまりさが眼を回すような反復運動をして近寄り
 あっという間にまりさの黒い三角帽子を奪ってしまった。

「ゆ!? それは まりさの だいじな おぼうしさんだよ! ゆっくりできないから はやくかえしてね!! おねがいだよ!!!」

 急いでちぇんへと跳ねるまりさをみょんが塞いだ。

『まりさは みょん達を騙して 独り占めしようとしたみょん
 そんな嘘つきなんかに ご飯を食べる必要なんかないみょん もったいないみょん』

 ちぇんからみょんへと受け渡された帽子の中には、今までまりさが集めた狩りの成果がたくさん入っていた。
 それを躊躇なく帽子から取り出して、みょんは美味しそうに租借していく。

『こんなに美味しいものを 隠すなんて 酷いまりさみょん』

「それは まりさが さきにあつめたものだよ! だから まりさの ごはんだよ!!! どうして かってに たべちゃうの!?」

『先に見つけたから なんなんだみょん さっきは皆で むーしゃむーしゃとか 言いってたみょん』 

 まりさが楽しみにしていた丸々と太って甘そうなイモ虫は、みょんのお腹の中に収まってしまった。

『嘘つきに 付き合うのは 疲れるんだねー わかるよー』

「まりさは そんなこ じゃないよ! …ゆゆゆ? それは だめだよ! ぜったいに だめだよ! それは れいむの―

 特別綺麗に仕舞ってあった綺麗で真っ赤なお花。
 群れで待っているれいむのために摘んだ宝物は
 ちぇんが舌先で散々遊んだあげく飲み込んでしまった。

「ゆあああああ!!!! ど、どうして そんなことするの?! ぜんぜん ゆっくりできないよ!!!」

『どうしてかみょん? これだから まりさは嫌なんだみょん 自分をわかってないみょん 大体みょんは ゆっくり出来てるみょん』

「みょんだけ ゆっくりするのは わるいことだよ! みんなで ゆっくりしないと ゆっくりできないんだよ!」

『みょんが悪いゆっくりだと思ってるのかみょん? そんなことを嘘吐きの悪いまりさに 言われるなんて悲しいみょん』

 近くにいた同じみょんやちぇん達によって
 あっという間にまりさが集めたご飯は、たいあげられてしまい
 三角帽子は元の大きさに戻ってしまった。

「それは まりさたちの ごはんさんなんだよ! それは れいむのために あつめた おはなさんだよ!! もう やめてね!」

 こんな酷い奴らの友達になんて絶対になってあげないとまりさは心に誓った。
 こんなにゆっくり出来ないゆっくりは始めてだ。

 まりさがゆっくりしないで遠くまで来て
 せっかく皆のために集めたご飯は全部食べられてしまった。
 れいむの為に摘んだお花も食べられてしまった。
 まりさには何も残っていない。
 皆を、そしてれいむを喜ばしてあげられる物は全て消えたのだ。

 みょんとちぇんが笑顔でにやけている中で
 まりさの心には悲しさだけが満ちている。

『微妙な 味だったんだねー』

 ちぇんが花の茎を嫌そうにペッと吐き出した。


 れいむの悲しい顔が浮かんだ刹那、まりさは自慢のあんよで思いっきりちぇんに飛び掛った。

「ももももう おこったよ!!!」

 体を勢いよく収縮させて全力で飛び掛ったまりさ。
 しかしあくまでみょん達は、性格が悪いだけなので
 大怪我をさせないように痛いだけの突進をちぇんに打ち当てようとした。

『わかるよー!』

「ゆ!?」

 ちぇんは素早くそれを交わすと近くにいたみょんへと、まりさは勢いよく突っ込んだ。
 みょんが突き飛ばされると、咥えていた三角帽子が口元から離れて
 中にあったご飯の残りカスが土の上にバラ撒かれた。

 倒れて頬を薄く腫らしたみょんは、黙ったまま散らばるゴミを見つめている。

『…スめ みょん』

『わかるよー ちぇんは 知ってるよー まりさは そうやって すぐ暴力を ふるうんだよー 野蛮なんだねー ゆっくりできてないんだよー』

 みょんを介抱しつつ しかめっ面をしているちぇんに
 起き上がったまりさは大声で反論した。

「そ、それは みょんが まりさのごはんを かってに たべたからだよ!! ゆっくりしないで はんせいしてね!!!」

 起こって体当たりをしたのは確かに悪い事だ。それは謝りたい。
 だからみょんもまりさのご飯を勝手に食べた事は謝って欲しかった。
 もちろんちぇんもだ。

『わかったよー だったたら みょんは 悪い子だから ゆっくりしないで 殺すんだねー
 悪いゆっくりがいると ちぇん達の 群れが おかしくなるからねー』

「ゆゆゆゆゆゆゆ!?」

 悪い奴は死ね。そんな一つもゆっくりしてない端的な考えにまりさは理解が及ばなかった。
 確かに悪い事はしたけど、ゆっくりさせなくするつもりは全くない。

 どうして同じ群れの仲間にそんな事を言えるんだろうか。
 ちぇんに引き起こされたみょんは、ちぇん達から鋭い視線を投げかけられている。
 まりさの帽子を咥えて勝手にご飯を横取りしたみょんだったが、まりさは心配になってきていた。

『わかったみょん…みょんは 悪いやつだみょん まりさは それに気付かせてくれて ありがとうみょん 』

 みょんは何も反対しなかった。
 このままでは自分の群れによって取り返しのつかない酷い扱いをされるというのに。

「べつに まりさは そこまで おこったわけじゃないよ?! だめだよ! いたいことは しちゃいけないよ! やめようね!」

 まりさの怒りは既に冷めていた。しかし

『みょんは いつかきっと 取り返しのつかない事で 皆に迷惑をかけてしまうみょん』

『わかるよー なら 今すぐ殺すよー さっそく殺すよー まりさは 取り押さえてて欲しいよー 』

 ちぇんの口から生えている鋭い牙が視界に入ってくると
 怖い言動が真実であると、さすがのまりさも事の深刻さに気付いた。

 目の前のみょんが目も当てられない悲惨な姿にされてしまうと。

「だめだよ!!!! やっちゃいけないよ!! そんなの ゆっくりできないよ! なかよくしようね!!!!
 ちぇんたちも つまみぐいしたでしょ!? みんなで はんせいして ゆっくりしようね!!」

『わからないよー どうして かばうのー? そいつは まりさの ご飯を 奪ったんだよー? 早く 殺すんだよー
 ちぇん達も みょんに のせられなければ 悪い事はしなかったんだよー』

「わるいことをしたら いっしょうけんめい あやまったり! ほかに ゆっくりできることを してあげればいいんだよ!
 ずっと ゆっくりさせちゃうなんて ひどいよ! そんなのは ぜったいだめだよ!!!!!!」

 ちぇん達は牙をカチカチと鳴らしている。
 まりさの声がどれだけちぇんに届くのかは分からないが
 まりさが出来るのは ひたすら叫ぶことだけだ。

「だめだめだめ! ぜったい だめだよ! まりさは みょんを ゆるしてあげるんだよ! もういいんだよ!」

『まりさ…いいんだみょん 仕方ないみょん みょんは 悪い子だったからみょん』

 みょんは地面を見つめて深くうなだれたままだ。

「みんな やめてね! みょんに いたいことをするなんて まりさが ゆるさないよ!!!」

 ジリジリとみょんに近寄るちぇん達の前に帽子も武器もないまりさが立ち塞がった。
 あれだけ素早いちぇんには、いくら跳ねるのが得意なまりさでも相手が出来ないだろう。

 けれど罪をちゃんと認めて顔を暗くしているみょんが一方的に殺されてしまうなんて許せなかった。

 そんなのは間違ってる。
 ゆっくり出来ないなんて間違ってる。
 そしてみょんの味方は自分しかいない。
 だからまりさがみょんを助けるんだ。

『わからないよー 今すぐ そこをどくんだねー』

「いやだよ! まりさは うごかないよ!」

 これだけのゆっくりに囲まれて正直あんよが震えてた。
 しかしまりさはどかない。

『みょんは 悪い奴なんだよー まりさは 知ってるよねー』

「でも! でも!」

 沢山の牙が迫ってくる。
 その一つ一つはとても痛いものだろう。
 涙が出そうだった。
 でも、


「みょんは まりさの ともだちになる ゆっくりだもん!!!」


 山に住むゆっくりとして、いろんな危険を乗り越えてきたまりさだったが
 何の策も準備もなく脅威の前に立つのはとても恐ろしく心底怖かった。

 けれど
 まりさが正しいと思っている事。
 それに対して自分を貫ける自信が、背後に隠したみょんの温かさから沸いてて出てきた。

『わかったよー なら…まりさが死ねばいいんだねー』

「ゆ?」

 ちぇんはまりさの左側に噛み付いた。

 他の前歯よりも長く太い犬歯が眼球に食い込む。
 吹っ飛ばされる 叩かれる 石をぶつけられる
 そんなものとは比べ物にならない
 予想だにしなかった激痛がまりさから悲鳴すらも奪っていた。

 まりさは懸命に振り払おうとするが同じ体格のちぇんでは容易ではない。
 なおかつ痛みによって思考も混濁している。

『みょんが 悪くないのなら やっぱりまりさが悪いって事なんだねー
 ご飯を 独り占めするまりさは 死ねば良いよー 皆がゆっくりするには邪魔なんだよー』

「…!」

 まりさのおめめは見えなくなっちゃた。

 こんな顔をれいむに見せたくないよ。

 れいむは泣いちゃうかな。

 遠くのお父さんやお母さんが知ったらどう思うのかな。

 おめめが半分見えないと ご飯を集めるのも大変なのかな。

 それよりも痛いよ。

 転んだ時も、おっきな虫さんに噛みつかれた時よりも、ずっとずっと痛いよ。

 痛い痛い痛い。

 ゆっくりしたい。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 ゆっくりし

『わかるよー 嘘つきまりさの 目玉なんて汚いよー でもしょうがないから 噛み潰すんだよー』

 近くで水っぽい音がするのをまりさは聞いた。

「…ゅ………………ゅゅ……………………ゆぎぃやぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

 喧嘩といっても体当たり程度しか経験したことのないまりさ。
 体が欠損する。
 それも眼球が破裂するという感覚は、ついに喉が枯れるほどの絶叫をまりさから産み出した。

『嘘つきでも 痛いんだねー やめてほしいかい言うんだねー? だったら 今すぐ みょんから どくんだねー じゃないと もっと痛くしてあげるんだねー』

 噛み付いたまま器用に脅すちぇんの牙は、更に頬と眼孔に食い込こんで深く切り刻んでいく。

「ゆあああああああああああああああ!!!!!!!!」

 もう痛いとしか考えられない。 
 頬を伝うのが涙なのか自分の餡子なのかも分からない。

『痛いのが嫌なら ゆっくりしないで どくんだねー そしたら みょんを さっさと殺してやるんだよー』

「ゆがああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 ゆっくりなのか どうぶつなのか 判別もつかない悲鳴が山に響く。

 先ほどまで思い描いていた仲良しのれいむの姿も
 見えない左眼と視点の会わない右眼が、赤黒い物体にしか結んでくれない。
 まりさは舌を突き出し、薄茶色の泡を吹き、体液と涙の混じったもので頬を濡らす。

 まりさは正しいんだ、勝手に盗られたから怒った、新しい友達に狩場を教えた。
 みょんは悪い事をした、けれどちゃんと素直に謝った、仲間の非難も受け入れた。

 なら この痛みはなんだろう?

 誰かが悪いからだ

 まりさなの?

 何かまりさが悪い事をしたの?

 わからない。

 誰が悪いのか分からない。

 わからないなら、この痛みに意味はあるのか?

 この痛みはちぇんがせいだ。

 だからちぇんがいななけけれれれれいたいたいたいたいたいいたいたいたいたいいたいたたた

「いだい!いだい!いだい!いだい!いだい!やべで!やべで!やぶぇべぇええ!!! まりざは ゆっぐじじだいぃいいい!!!!」

 痛みが和らいだ。

 ちぇんはまりさの眼孔からすぐに離れると
 しばらく口をもごもごさせ、プっと潰れかけたまりさの左眼を砂の上に吐き出した。
 湿った眼球は砂で全体を満遍なく汚し、やがてみょんの前に吹き飛んだ。

 まりさは自分の左眼を右眼で追いかけると、今なら川で洗って元に戻せば治る気がした。
 そうすれば、れいむに会える。ご飯が食べられる。群れに帰れる。 ゆっくり出来る。

 舌先で左眼を拾おうとすると、瞬く間に眼球は平たくなり中身が砂に染みこんでいった。
 みょんがまりさの眼球を潰すのに躊躇(ちゅうちょ)は全くなかった。


『まりさは ゲスみょん』


「…ゆ?」

 まりさは枯れた喉から声を発した。

『まりさは ゲスだから ゆっくり出来ないみょん』

「…なに…いって…るの? まりさは… ゲスじゃ…ないよ…」

 今まで庇っていたみょんの拒絶に、まりさはこれ以上なく困惑した。
 どうしてみょんは庇っていたまりさを汚い物でも見るように目を細めているのか?
 まりさは残った右眼だけで自分を睨み付けるみょんの顔をずっと見つめ続けた。

『まりさは 裏切り者みょん 自分が痛いからって みょんを 見捨てたみょん』

「…ゅ…ぁ…?」

『当然だねー まりさは ゲスだからねー 自分が痛い思いをするのが嫌だったから
 すぐに裏切ったんだねー 最悪だねー みょんが どうなっても いいんだねー その程度なんだねー』

「…」

『みょんは まりさなんて ウンザリだみょん 大嫌いだみょん
 ゆっくりを騙したり、暴力に訴えたり、家族も仲間も すぐに裏切ったり、まりさは ゆっくり出来ないみょん』

 みょんは潰れたまりさの左眼を何度も何度も底部で擦り潰す。

「…まり…さは…わるいこと…しないよ…れいむや…ありすとも…なかよく…してるよ…みょんとも…なかよく…どうひてそふなこと―

 まりさは訴え続けられなかった。
 弁明を続けていた自分の頬からはヒュルヒュルと息が漏れていたのだ。
 みょんはいつのまにか咥えていた棒切れを構え直すと、声の出せないまりさに再び突きつける。

「ゆふへ…? なに…ひゅるの? ゆ…ゆああああああ!!!…いたひよ! ゆっふひ でひないよぉおおお!!!! 」

『群れの平和を脅かす ゲスまりさなんかに 分けてやる食料なんて一つもないみょん
 ゲスまりさがいると皆がゆっくり出来ないみょん そんなゆっくりに 皆のためのご飯を分けてやる必要はないみょん 無駄だみょん』

『わかるよー ちぇんたちも みょんたちも わかるよー』

 まりさはニタニタとした顔に囲まれている。
 先ほどまでも視線を浴びていたのだが全てが違っていた。

『だから…だから まりさは 死ねみょん ゲスは 今すぐ死ねみょん』

 みょんの枝が高く振り上げられる。
 ちぇんの太い牙がほくそ笑んだ口から見えた。

「たふへて!!! れいふ! ありふ!!! ゆあああああ!!!!!ゆあああああああああああああああ!!!!!」

 逃げようとしたまりさだったが数十匹のみょんとちぇんに囲まれている。
 いくら狩りの得意なまりさでも、何匹もの壁に囲まれては飛び越えることも出来ない。

「ゆっくりごろひは… いけなひんだよ!? どうぞくごろひは みんなに おこられるんだよ! ゆっくりひないで やめへね!」

『同族? ゆっくり出来ないゲスまりさが どうして同じゆっくりなんだみょん?
 自分以外のゆっくりを奪い去って 一人でゆっくりするなんて最低なゆっくりだみょん
 そんなのゆっくりでもなんでもない ただのゲスだみょん みょん達の仲間は お互いにゆっくりさせ合う ゆっくり達だけだみょん』

 まりさの体が外側からの力でビリビリと震えだした。
 耳が痛くなるほどの「ゲスを殺せ!ずっとゆっくりさせてしまえ!」という100匹の狂声が鳴り止まないからだ。

「まりさは… ゆっくひしたいよ! みんなを… ゆっくりさせたひよ! どふして… まりひゃが… こんな―

 まりさの体に泥と砂の混じった枝が突き刺さる。
 決して消化が出来ない砂利が目玉を刳り貫かれたまりさの中身に混じっていく。

「ゆぎぃぃぃぃいいいいい!!!!」

『ゲスでも 痛いんだねー でも心の痛みは 分かるはずないんだねー ゲスは自分の事しか考えていないからねー』

 ちぇんは押さえ込まれたまりさの金髪を無理矢理毟り取ると
 次は落ちていた三角帽子をビリビリと引き裂き始めた。

「やべぇでぇええ!!! いだいの やべでよぉおお!!! ばりざの おぼうじざん かえじでよぉおお!!!!」

 群がった数匹のちぇんによって帽子は黒い布クズへと変わっていく。
 大きな帽子も長い金髪も失ったまりさは禿饅頭に成り果てて何十匹ものゆっくりに弄ばれる。

『…やめてほしいのかみょん?』

 突き刺すことを止めたみょんは、切っ先でまりさの柔らかい頬を引掻きつつ問う。

「も、もぶ…やべで…ば…ばりざは…わるいごど…じで…な……」

『なら まりさは ゲスですって言うみょん ゲスは自分がゲスって分かってないみょん それが許せないみょん
 他のゆっくりを虐げて 当然の笑顔でいるみょん 最低だみょん』

 みょんの枝は、まりさの残った右眼に向けられた。

「まりさは…まりさは………ゲスじゃ……ゲスなんかじゃ…………」

『これだけやられても まだ認めないのかみょん? 皆の怒りが分からないのかみょん?
 いったいどれだけ図太いんだみょん 自分の罪を認めないゲスは 皆のために 今すぐ死ねば良いみょん』

 ゆっくり出来ない言葉と共にまりさに向けて無数の枝と数多の牙が更に近づいてくる。
 怪我では済まない殺意そのものが段々と近づいてくる。

『まりさは ゲスみょん ゲスと認めたら 助けてやるみょん』

「…まりさは……」

 まりさは狩りの名人だ。

『ゲスなら 全部 殺すみょん 誰もが ゲスが居なくなる事を 望んでいるみょん』

「…まりさは……」

 まりさは皆のために頑張っている。

『わかるよー ゲスは生きている価値がないんだねー』

「…まりさは……」

 れいむは、まりさを褒めてくれる。

 皆のために頑張るまりさを褒めてくれる。

 皆がゆっくりするために頑張る

 でも

 れいむには もっとゆっくりしてほしい

 だからまりさは頑張る 頑張って 頑張って れいむに褒めてもらって どんな まりさよりも

 れいむのための

『早く言うみょん』

「…まりさは…ゲ………ゲス……………」


 れいむのための よい ゆっくりに なりたい


「……………………………………………………じゃないよ…」

『ゆっくりしないで 死ぬみょん』

『ゆっくりしないで 死ぬんだよー』

『ゆっくりしないで 死ぬみょん』

『ゆっくりしないで 死ぬんだよー』

『ゆっくりしないで 死ぬみょん』

『ゆっくりしないで 死ぬんだよー』

 そこにゆっくりの亡骸はない。

 数え切れない枝に突き刺さされ
 餡子を泥と砂に混ざり合わされ
 飾りを跡形もなく擦り潰され

 ぬるく湿った地面が ほんのりと黒く染まっている。

 返り餡(ち)を互いに舐め取って綺麗にしてあげると
 今日の食事のために、みょんとちぇんの群れは山菜を探しに山へ散っていった。



【2】

 れいむにとって まりさは同じ時期に生まれた唯一の幼馴染だ。
 れいむが大きくなると、まりさも大きくなる。
 れいむが上手に歌えるようになると、まりさも上手に跳ねれるようになった。
 二匹は一緒にゆっくりとした時間を過ごした半身であり かけがえのない友達だ。

 そのまりさが いつまでも狩りに行ったまま帰って来ない。

 群れで帰りを待つれいむは まるで自分がここにいないような気になっていた。
 れいむがれいむとしてあり続けるには足りないのだ。
 自分だけが巣の中でゆっくりしていても落ち着かない。
 ゆっくりするとは何か?
 美味しいご飯を食べる事? 気ままにお昼寝する事?
 ゆっくりするという事は

 誰かと一緒に笑って過ごすこと。

 どんなに甘い果物も、自由な暮らしも、それは生きているのではない。
 ゆっくりではない。ただそこにいるだけなんだ。

 だかられいむは跳ねていた。足の裏が泥だらけになっても、小石で擦り傷をいくら作っても。

「ゆんしょ! ゆんしょ! いしさんは あぶないよ! ゆんしょ!」

 ノロノロしたイモ虫や見つけやすい木の実を拾う程度のれいむ。
 群れの皆が通っていない山道を登るのはとても険しい道のりだった。
 涙を浮かべて増える切り傷よりも、まりさが側にいないという不安と寂しさの方が大きい。

「ゆふぅ… やっと ついたよ! 」

 悪戦苦闘しながら、まりさがいつも話していた場所へと辿り着いた。
 始めての遠出にれいむが成功したのは
 まりさが毎日狩りや外の話をしてあげたり、れいむもまりさの狩りの話が大好きだったからだ。

 普段なんとなくご飯を集めているれいむでは
 木の下を見ても落ち葉を払ってご飯を獲った後なのか
 それともまりさは違う場所に行っているのか調べることもできなかった。

 こんなに遠くまで、しかも群れの皆が来た事もない知らない場所。
 たった独りで探しに来たれいむは きっと会えると思っていたまりさの顔が見れずに心細くなってしまった。
 一匹で行動する不安、こんな経験をまりさは毎日していたのだ。

「ゆぅ…まりさ…… ゆっくりしないで でてきてね? かくれんぼは れいむきらいだよ? れいむと ゆっくりしようね?」

 れいむは抜けた茂みで頬に傷を作り黒髪を葉っぱで乱され
 来る前は綺麗に整っていたリボンも左右非対称になっている。

 そこまでしても れいむには必要なのだ。

 まりさが。

「まりさ………れいむだよ……」

 もうしばらくすれば夕日が山の向こうへ隠れてしまう。
 そうすれば空を飛び回る怖い奴らの襲ってくる時間だ。

「たいようさん もうすこしゆっくりしててね! れいむは まりさを さがしているんだよ! おねがいだよ!」

 すぐにでも皆のいる群れへと帰りたいと考えてしまうれいむだったが
 まりさが暗い山の中に取り残されてしまうのではと心配し、どうしてもここから離れる事が出来なかった。

「まりさ…けがをしているのかな? ゆっくりできてないのかな? だいじょうぶかな……どうしよう……」

 れいむが体を休めている地面には
 ちょうどまりさのトレードマークである大きな帽子の形に暗い染みが広がっていた。
 その染みを見ていると冷たい所へ引きずり込まれるような気がしてきて れいむは直ぐに顔を上げた。
 夕日は既に遠くの山の頂きに差し掛かっている。

 れいむがこんな所へ無理をしてまで探しに来た事をきっとまりさは怒るだろう。
 けれどどんなに怒られても良かった。
 群れにいれば皆の声が聞こえるし寒い風も巣穴が防いでくれる。
 とても可愛い群れの子供達や皆で纏めたご飯もある。

 けれどまりさがいない。
 まりさがいなければ どんな物があってもゆっくり出来ない。

 むしろまりさがいれば
 ご飯が少なくても
 雨が何日も降り続いて遊びにいけなくても
 どんな事があっても
 れいむはゆっくり出来た。

 まりさが怒る一言でも、きっとれいむはゆっくり出来るだろう。
 ひとしきりお叱りを受けたら、まりさにゆっくりして貰おうと思う。

 まりさは狩りが上手い。まりさは跳ねるのが早い。まりさはみんなの事を考えて行動してくれる。
 そんな事をまりさに言ってあげると、何故かれいむも嬉しくなってくるのだ。

 まりさは元気だけど、いつも擦り傷を作って帰ってきていた。
 だからそれを舐めてあげるのがれいむの役割だ。
 まりさがれいむをゆっくりさせてくれるから、頑張ったまりさもれいむがゆっくりさせてあげたい。

 そんな関係をいつまでも続けていたい。
 ずっとずっとまりさと一緒にいたい。
 まりさの顔を見ていたい。

 そしてまりさは何処にもいない。

 お昼前にはいつも帰って来ていたまりさ。
 しかし今日は何時まで経っても帰ってこない。

 夜じゃないと空を飛ぶアレはいない。
 なら どうして帰ってこないのか。

 それは「まりさが なにかの りゆうで ゆっくり できていない」からだ

 まりさと群れの優しさの中で育ったれいむには
 悲惨な光景なんて、ゆっくり出来ない理由なんて想像が出来ない。

 ただ心の中で思い出す優しいまりさの笑顔が どんどん黒く塗りつぶされていく。
 まるで目の前の染みのように真っ黒に。

「…まりさ……………まりさ………ゆああ………………………………まりさあああ!!!!!!!」

 ガサッ

 れいむが心細くなった胸の内を払拭するように上げた声。
 それと同時に黒い影が草むらから飛び出てきた。

「まりさ!? まりさなの!? いったい どこにいって……」

 それは黒髪でも金髪でもない、綺麗に前髪が揃った真っ白な髪を持つゆっくりがいた。

「ゆ…ごめんなさい おともだちと まちがえたよ…
 あ、あのね! まりさを みなかった? おぼうしが とっても おおきい まりさなの!」

 れいむは見たこともない綺麗なゆっくりに跳ね寄っていった。
 何故なのか、この不思議なゆっくりならば行方の知れないまりさの事が分かる気がしたのだ。

「えっと…あの…」

 白いゆっくりは涙を浮かべたれいむの問いに答える代わりに
 ジロジロとれいむの黒髪と赤いリボンを眺めていた。

『れいむは…れいむみょん?』

「そうだよ! れいむは れいむだよ! ねえ まりさを みなかった? まりさは れいむのね…えっとね…」

『そう れいむなんだみょん 本当にれいむは何処にでもいるみょん』

 初めて聞いた白いゆっくりの声は、とても冷たく少しもゆっくりしていなかった。

『わかるよー れいむは子育てが得意らしいからねー いっぱい増えるんだねー 食って太って産むだけなんだねー』

 さらに獣の耳のような物をつけたゆっくりが物陰から出てくる。

「…ゆん?」

 何かとてもゆっくり出来ない事を言われているようだが
 とにかくまりさに会いたい一心のれいむは
 彼女達の発している異様な雰囲気を感じとる事ができなかった。

「まりさを みなかった? れいむは まりさをさがしているんだよ! れいむが いないと まりさが ゆっくりできなくなっちゃうの!」

『ほら もう言ってるみょん 自分は ゆっくりをゆっくりさせてあげてる れいむなんだって言ってるみょん』

『その自信が何処から来るのか分からないんだよー
 一緒にいても我侭しか言わない存在が どうしてゆっくりさせられるのか謎なんだねー』

 二匹は辟易とした顔を見合わせている。

「まりさが れいむを ゆっくりさせてくれるんだよ! でも まりさは すごく げんきで ゆっくりしてるけど とっても あぶなっかしいんだよ!
 まいにち むれで まってるときも れいむは しんぱいなんだよ! れいむが まりさを とめてあげないと ゆっくりできないんだよ!」

『毎日ご飯を獲って来るのを待ってるのかみょん? 妊娠もしてないのに狩りを全部任すとか何様なんだみょん』

「れいむと まりさは いまは まだ…じゃなくて そ、そんな おともだちじゃないよ!!!
 れいむは かりが へたなんだよ! とっても ちっちゃいときに おとうさんが ずっとゆっくりしちゃったから
 ぴょんぴょんも かりのことも おそわってないんだよ!
 だから かりをしている みんなの めいわくにならないように おうちで できるしごとをしてるんだよ!」

『親に死なれた? 可哀想だからなんなんだみょん?
 狩りが下手? 馬鹿だからなんなんだみょん?
 そんなの知った事じゃないみょん
 不幸で無力なれいむは 優しくされるべきとか思ってるのかみょん?』

『わかるよー 子供もいないのに 既に不幸のヒロインなんだねー シングルマザーの予備軍なんだねー 群れの寄生虫なんだねー』

「ちがうよ! ぜんぜんちがうよ! れいむは れいむができることを しているんだよ!
 みんなで ゆっくりするために れいむもゆっくりしないで がんばってるよ!
 まりさが まいにち がんばって おいしいごはんを とってきてくれるから ちゃんと おうちで ゆっくりさせてあげているよ!!」

『どうやって ゆっくりさせているんだみょん? れいむに出来る事なんて 何一つないみょん』

『わかるよー お歌が上手で いつも ゆっくりしているれいむだから
 れいむが 側にいるだけで 誰もが ゆっくり出来ると思ってるんだよねー
全部 れいむのおかげで ゆっくり出来ているんだと 思い込んでいるんだねー どんだけなんだろうねー』

「そんなことないよ! まりさは いつも れいむと たのしく あそんでるよ!
 いっしょに ゆっくりしてくれるよ! まりさも ありすも みんな ゆっくりできてるよ!」

『だから 自分だけが ゆっくりしてるだけだって どうして思わないのかみょん?
 ご飯を恵んでもらって ただ遊んでるだけなんて
 れいむは そんな楽して暮らせる資格があるのかみょん? あるはずないみょん』

『世界の全部が れいむがゆっくりするために あるんだと思ってるんだねー 自分が世界の中心なんだねー 救いようがないんだねー』

 れいむは幼馴染で大切なお友達を探していただけだ。
 なのにどうして…こんなにもゆっくりできない事を言われなければならないのだろうか?
 このゆっくり達は何者なんだろうか?
 どうしてれいむにゆっくり出来ない事を言うのだろうか?

 れいむが群れの皆のためにやっている事、まりさに毎日してあげている事
 まりさとのゆっくりしている日々を頭ごなしに否定されて思わず反論してしまったが
 次第に冷たくなってきた風に身震いすると
 こんな事をしている場合ではないと れいむは気付いた。

「もう いいよ! れいむは ひとりで まりさを さがすよ!
 れいむに いじわるする わるいこたちは はやくかえってね! れいむに ついてこないでね!」

『誰が いつ 手伝うなんて言ったのかみょん 頭がおかしいみょん』

『付き合いきれないんだねー れいむから見たゆっくりは 全部奴隷か何かなんだろうねー』

「ゆゆゆ!? そんなこと かんがえてないよ? だって れいむは―

 白いゆっくり―みょんはいつのまにか研ぎ澄まされた枝を咥えていた。
 しかしここには外敵などいない。
 喧嘩をしている様子も何処にもない。
 ならば『その切っ先は誰に向けられている』ものなのか?

「ゆ?」

『れいむは 要らないみょん 自分勝手なゆっくりがのさばると 皆がゆっくり出来なくなるみょん』

『知ってるよー れいむは 自分の子供の為なら ためらわずに同族殺しをするんだねー
 このれいむも 親になったら 働きもしないで 始終文句を吐くだけなのが想像できるんだねー』

 とがった牙が「だよー」という語尾の口から見えている。
 白いゆっくりの咥えた枝は真っ黒に湿っていた。それは「既に使った後」の汚れだ。

 ゆっくりしていない。
 ゆっくりできない。

「こ、こないでね! なんだか こわいよ! れいむは まりさを さがしているから もういくね!」

 れいむは迫ってくる状況を理解するよりも恐怖が先行し、一刻も早くこの場から跳ね出そうとした。
 しかし底部に力を込めて跳ね上がろうとした瞬間
 先ほどの獣のようなゆっくりが見たこともない素早さでれいむに体当たりをした。

「ゆべっ!?」

 れいむは勢いよく土の上を転がり世界がひっくり返ったような感覚を味わった。
 こんがらかった五感が復活して、やっと目を見開いてみると不思議な光景が待っていた。

 何故か自分とそっくりのれいむがソコにいた。
 いつかられいむの事を見ていたのだろうか?
 それともこの怪しいゆっくりの仲間なのだろうか?

「そっちの れいむ! れいむを たすけて! このこたちが れいむを いじめるの!!! おねがい! たすけてね!」

「…」

「どうして おへんじ してくれないの! いっしょに にげよう! このこたちは なんだか へんだよ! れいむ! れいむ!」

 懸命に助けを求めた向こうのれいむは反応しない。

 何故ならば、それは知らないれいむではなかった。

【自分の黒髪と赤いリボンを付けている】先ほどの獣のゆっくりだからだ。

「ゆ? ………………………ゆあああああああああああ!!!!!!」

 髪をズルリと剥がされた頭皮からは自分の中身がドクドクと垂れて来た。
 生きたまま薄皮を剥かれて、その体の一部を自分以外のゆっくりがフザけて被っている。
 理解できない異常な環境と恐怖によって痛みは意味を成さなかった。

 飾りを取り返すとか、仕打ちに対して復讐するとか
 そんな事は残された剥き出しの頭の中には微塵もなかった。

「ゆ…ぎぃ…いた…いよ………れいむの…かみさん…おりぼんさん……ま…りさ………まり…さ…たす…け…て…まり……」

 もはやモミアゲしか残っていない剥げ饅頭は少しでも遠くへ逃げようと這い擦っている。
 ナメクジのようなれいむの行き先をみょんが先回りする。

『どうして こんな目にあうのか 分かるかみょん?』

『ちゃんは わかるよー れいむは でいぶなんだよー 当然なんだねー』

「……ゆんやぁ…ゆっくり…したい…よ………ま…りさ……どこに…いるの………れいむ…は…ここ…だ……よ…」

 ブクブクと裂けた傷口から溢れる餡子は、れいむの逃げ這う軌跡を塗っていく。
 みょんが咥えて乾いていた枝は真新しく黒く湿っていた。
 れいむのカツラはちぇん達が被りあって破れ始めている。

 ちぇんは赤いリボンを片方引き裂いて、れいむの前でヒラヒラと躍らせた。

『れいむは 子供を育てるのが得意とか言いはって 狩りも何も出来ない 頭も足りない ただの役立たずのクズだみょん』

「…くず…じゃない……れいむは……こどもたちの…めんどうだって…ちゃんと………」

『わかるよー 子育てとか言ってて 歌って 寝かせて ご飯を食べさせるだけなんだねー そんな事はどんな親だって出来るんだよー』

「…れいむは…どんなことがあっても……むれの…おちびちゃんたちを………まもっ…て………」

『れいむ自身と子供達の為に 他のゆっくりを犠牲にしたりするし
 れいむは 本当にゆっくり出来ないゆっくりだみょん しかもソレを悪いと思ってないみょん』

 もう這うことも出来ないれいむは冷たい地面に額を垂れさせた。
 先ほどの三角帽子の染みが目に入ると
 迫り来る現実的な恐怖と染みが想像させる恐ろしい闇に挟まれて
 体も心もボロボロに砕け散る感覚を覚えた。

『でいぶは ゆっくり出来ないんだよー 早く殺さないと ちぇん達が ゆっくり出来ないんだよー』

 ちぇんの牙で皮が引き裂かれる。

『でいぶの言ってる まりさなら 今日 見かけたみょん』

 みょんの枝が頬に突き刺さる。
 すでに声も上げれないれいむは みょんの話を聞くと「まりさ…まりさ…」と唇だけが動く。

「ゅ…ぁ………………」

 もう自分は助からないだろう
 けれど、それでもまりさの姿を見たかった。
 独りで死ぬのは怖いから。

 いいや、まりさと離れる事が怖かった。

 言った事はないけれど、二人だけの仲を作りたかった。
 まりさと死ぬまでずっと一緒にいたかった。

 今ならそれを言う決心がある。
 いつか突然来る不幸によって、不条理に引き裂かれてしまうのならば
 少しの間でも一緒にいたいと思った。

 けれど

 ここには まりさはいない。

 それはれいむにとって寂しく悲しく残酷なものだったが
 こんな悲劇を、れいむの悲惨な姿を決してまりさには見せたくもないし
 誰かがまりさをこんな風に傷つけるのも嫌だった。

 願わくばまりさが皆のところへ無事に帰り、れいむの分までずっとゆっくりと暮らして欲しい。

『ゆっくりしないで 死ぬみょん』

 れいむの形が無くなっていく。

『ゆっくりしないで 死ぬんだよー』

 れいむの心が無くなっていく。

「…ゅ…ゅ……………」

 いつもれいむとまりさを心配してくれたお姉さん
 群れの優しいありすの顔が浮かんだ。
 勝手に群れを飛び出してごめんなさい。
 心配をかけてごめんなさい。
 もう謝る事も出来ないけど、ごめんなさい。

 実の家族ではないけれど、いつも面倒を見てくれたありすが大好きだ。
 そして
 ありすは まりさの事が好きなのだろう。
 れいむと同じくらいまりさを心配していた。
 れいむと同じくらいまりさをゆっくりさせたがっていた。
 だから
 きっと笑顔でゆっくりとした家族をまりさと築くだろう。

 そこにれいむがいないのは、とても悲しくて心が張り裂けそうになるが
 まりさが幸せならば
 ゆっくり出来るのならばそれでいい。

『ゆっくりしないで 死ぬみょん』

 れいむの想いが無くなっていく。

『ゆっくりしないで 死ぬんだよー』

 れいむが、無くなっていく。

「………………………」

 いつも元気で皆をゆっくりさせてくれたまりさ。
 まりさはれいむを幸せにしてくれた。

 だかられいむの痛みがどれだけ増えようとも
 ゆっくり出来ない事を れいむが全部受け止めてあげて
 それで まりさがゆっくり出来るのならばそれでいい。

『ゆっくりしないで 死ぬみょん』

『ゆっくりしないで 死ぬんだよー』

 この白い子達が、どうしてこんな事をするのか分からない。
 ただまりさは違う所にいて、この子達と関わりがなければそれでいい。

『そういえば そのゲスまりさは ゆっくりさせなくて潰したみょん その黒い染みが証拠だみょん』


 夕暮れ時の山間から一際大きい叫び声が響くと、すぐにシンと静まり返った。





 【3】

 ぱちゅりーは心配していた。
 ありすは少し照れ屋さんで あまり皆と騒ぐタイプではないが
 誰よりも相手を気遣い とても気が利く優しいお姉さんゆっくりだ。

 だからこそ産まれた群れで一緒に育った幼馴染で
 妹のようなれいむとまりさが
 日が暮れても一向に帰ってこない事に表情を陰らしていた。

「…まりさ…れいむ」

 ありすは夕日が暮れて冷たい夜風が吹き始めても、ずっと巣穴の前で待ち続けていた。

「むきゅ…ありす…きっとだいじょうよ まりさは ちょっとかりに はりきってるだけで れいむといっしょにかえってくるわ」

「でも そとは もうまっくらよ? れみりゃにでも おそわれたらどうするの!?」

 ありすの隣に来たぱちゅりーは、冷え切って白くなった頬を見つめた。

「まりさは かりも じょうずだし はねるのだって うまいわ ちょっとした れみりゃなんて
 きっとどうにかできるわ ありすは しんぱいしすぎよ」

「むせきにんなこと いわないでよ!!!!!」

「……………むきゅ」

 いくら身体に優れたまりさでも
 空から襲い掛かるふらんや、手足をもったれみりゃには敵わないだろう。
 ましてや足の遅いれいむと一緒にいるのなら二匹で無事に逃げ切れるとは限らない。

「ごめんなさい…ぱちゅりー…」

 月明かりすらも滞る山の中では、夜目の効かない普通のゆっくりが捜索隊を出せるはずもない。
 家族も友達も子供も、ただ仲間が無事に帰ってくるのを待つだけしかない。

「いいのよ、でも ありすがそんなかおだと あのこたちが もどってきても ゆっくりむかえられないわよ?」

 ありすは森の奥から視線を外し、ぱちゅりーを見た。

「しんじて ゆっくりまつのよ いまは それしかできないわ」

「そうね…… かえってきたら いっぱい おこってやるんだから…」

 崖下にある4個の横穴。
 故郷を離れて集団移住してきた若い群れが
 皆で助け合いながら掘り進めたものだ。
 そこではいくつかの集団ごとにまとまり住居を共にしていた。

 元の群れにいた何匹かの大人のゆっくり達と
 新しい世代である れいむとまりさ、そしてお姉さん分のありすとぱちゅりー達が暮らしている。

 ぱちゅりーとありすは、夜風に身を震わせながら横穴の巣を丁寧に閉じると巣穴の奥で体を休めた。
 皆で寄せ合って寝る干草のベットは、とてもふわふわしててゆっくりできるが
 ありすの隣には誰も使っていない二匹分の寝床が空いていた。

 既にぱちゅりーは結論を出している。
 きっとあの子達は無事ではないのだろう。
 怪我をしたとしても迷子になっていたとしても
 この広くて厳しい夜の森は、たった二匹で生きていくのには過酷過ぎるのだ。

 夜露は体を溶かし、その匂いが捕食種を呼び寄せる。
 夜が明けるまで続く恐怖を伴って。
 そうでなくても辛い環境が、心を元に戻せないほど壊してしまうだろう。

「むきゅ…」

 朝になったら群れの皆で探しに行く事は考えている。
 それよりも心が痛いのは、ありすに「もうあの子達は帰ってこない」その事実を理解させる事だ。

 れいむと駆け落ちしたとか、まりさがれいむを危険に巻き込んだとか
 そんな事を言い出すような心の曲がった仲間はいない。
 怪我をするような深刻な争いもなくも、互いにゆっくりさせ合う暖かい集まりだ。

 けれど不幸を乗り越える事だけは逃れ得ない。
 納得できない不条理な結果でも受け入れなければいけない。

 ありすと同じ頃に生まれた子供は、ぱちゅりーだけだった。
 ありすには甘えてくれる妹達はいるけれども、甘えさせてくれる歳の近い姉がいなかった。
 だからありすの抱えている辛い事や悲しい事を全部聞いてあげたい。
 それが体の弱いぱちゅりーが出来る、精一杯のありすへのゆっくり。

「…」

 ウチウチとまどろみながら
 心配で今にも泣きそうなありすの顔、そして泣いて震える妹分たちの姿が頭から離れず
 ぱちゅりーはベットから這い出した。
 目を凝らして、すぐ傍で眠っているありすの顔を探した。

 どれだけ見回してもありすの姿は見つからない。

 ぱちゅりーは抱いた不安の通りに、二匹で閉めた入り口を調べてみると
 先ほどありすと一緒に作った木枝と落草の偽装は形が変わっていた。

 ぱちゅりーは自分が通れるだけの穴を崩すと外に顔を出した。
 やはりありすの姿はない。
 ただ紺色で塗りつぶされた森の暗闇だけがある。

 月明かりを受ける森は静まり返っていた。
 もしも声を張り上げて、ありすを呼んでしまえば捕食種に感づかれてしまうかもしれない。

 ぱちゅりーのほっぺに夜風が当たり
 昼間の風とは全く違う冷たくて湿った冷気が身を震わせた。
 しばらく当たっていれば体の弱いぱちゅりーの頬は、きっとしわがれてしまうだろう。
 それよりも寒さからくる冷たい痛みで吐いてしまうかもしれない。

「どうして…」

 どうして。

 それは「ありすがどうして出て行ってしまったのか」ではない。

 どうして自分は、

 この冬の様に寒くて命を奪ってしまう暗い森の中、あの二匹が泣いて夜を過ごしているかもしれないのに

 もうしょうがない。
 きっと無事ではない。
 ありすをどうすれば慰めてあげれるのか。
 ありすの傍にいてあげよう。

 それだけしか考えて無かったのだろうか。

 ぱちゅりーは恥じた。
 仲間からは森の賢者などと持てはやされる事もあるが、結局は皆と同じ ただのゆっくりだ。
 危険な事を出来るだけ避け、今あるゆっくりを何よりも重視し、想ったゆっくりの事だけ考えていたのだ。

 ここが分岐点なのだ。
 賢者と言われるべき存在になれるのか
 ありすの側にいられる自分なのか。

「…」

 再び入り口は閉じられた。
 草木によって丁寧に閉じられた横穴の中では、隙間風に眠気を邪魔されずに沢山の仲間が眠っている。

 しかし二つのベットと、それよりほんの少し小さいもう二つのベットは地面の冷たさを保っていた。


最終更新:2009年10月27日 18:31
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