都会派な、君へ。(後編) 80KB
虐待-凄惨 飼いゆ 野良ゆ 都会 気長に読んでいただければ嬉しいです
『都会派な、君へ。(後編)』
五、
あれから一カ月ほどが過ぎた。当たり前だがすぐに職場を退職することはできなかった。これまで自分が担当していた仕
事の引き継ぎや、残務処理…。そんな仕事に追われていたが、日々は充実していたように思える。
目的のある、なしで、世界はこんなにも違った景色に変わるのだろうか。
ありすも相変わらずゆっくりしている。たまに、僕の作った蕎麦を食べさせては感想を聞いたりしていた。
それにしても、毎朝毎朝ありすは機嫌が悪い。前日は、あんなに楽しそうにしていたのに女の子(?)の考えることはよ
く分からない。正直、カルシウム不足なんなじゃないかと思い、試しに牛乳を飲ませてみたが中身がカスタードのありすに
そんなものが不足しているわけもなく、“飲みすぎると、しーしーしたくなっちゃうから”の一言で終了してしまった。
『ゆっくりの飼い方』以外にも、インターネットなどを駆使して僕はゆっくりのことを勉強した。とは言っても、未だに
謎の多い不思議生物であるゆっくりには研究者たちも手を焼いているらしい。
インターネットなどで検索していると、たまにゆっくり虐待の動画や画像に行き着いてしまい、なんとも言えない気分に
なる。だが、ぬるいじめをされて泣いているゆっくりは正直可愛いと思う。だからと言って、ありすをいじめるようなこと
は絶対にしないのだが。
僕にとって、ありすはゆっくりなのだが、ゆっくりではないというか…家族でもないのだが…言葉に表すことはできない
が、絶妙な距離の関係にあるように思えてならないのだ。家族よりは遠く。ペットよりは近く。
「おにいさんっ! おなかがすいたわっ! あさごはんをたべさせくれてもいいのよっ?」
「じゃあ、食べさせてくれなくてもいいんだね?」
僕の言葉に、ありすが一瞬止まってしまう。ありすはしばらく考え込んだあとに、
「で、でも…っ! ごはんさん…その…っ! えっと…」
眉を八の形に変えて、視線を右に左に動かしながら、口を開けたり閉じたり。何かを言いかけて体を前に出しかけては引
っ込めてを繰り返すありす。
「お…、おにいさんのいじわるっ! とかいはじゃないわ…っ!!」
「はは…ごめん、ごめん。冗談だよ。ありすが可愛いからつい、いじめたくなるんだ」
そう言って、ありすの頭に手を乗せる。そっと撫でてやる。ありすは唇を尖らせつつも、頬を少しだけ染めて、
「かわいい、なんて…いわれても…べつにうれしくなんてないんだから…」
嬉しいくせに。言葉には出さないが、僕の表情を見て大体何を考えているのか理解したのであろう、ありすが僕から顔を
背けて、
「も…もう、しらないわっ!!」
声を上げる。…あ、これが、“ぬるいじめ”か。…いや、少し違うな。ただ、恋人といちゃついてるだけっぽい。
ははは。現実の女には見向きもされないんだけどな。ははは。…………ふぅ………。
僕とありすは、朝食を食べながらたくさんお喋りをした。仕事が忙しいせいで、ありすとのんびり話をする機会は決して
多くはない。朝、僕が職場に行くまでの時間と、僕が職場から帰ってきて眠りにつくまでの時間。
その時間は、僕とありすだけの時間だった。
それはさておき、今日も今日とて仕事だ。それも、あと少しで終わる。全部終わったら、実家に帰ろう。荷物をまとめて、
ありすと共に。
「おにいさんっ!! ゆっくりいってらっしゃいっ!!!」
「うん。いい子にしてるんだよ?」
「とかいはなありすは、いつだっていいこにしているわっ!!」
「そうだね。じゃあ、行ってくるよ」
「べつにはやくかえってきてくれなくても、いいんだからねっ!!」
「…はいはい」
苦笑しながら、部屋を出て行く。
これが、僕とありすが交わした、最後の言葉だった。
ありすは、玄関の扉が閉められて男の姿が見えなくなるまで、その場にいた。扉が閉まり、鍵のかけられる音がするのを
聞いて、ようやく部屋の奥へと戻っていく。
「おにいさん…はやくかえってきてね…。 ありす…さびしいよ…」
ありすがぽつりと呟きながら、座布団の上に移動した。ありすは賢い個体だったので、無闇やたらに動き回ったりはしな
い。そんなことをするとすぐにお腹が空いてしまう。
「それにしても、おにいさんはねぼすけさんだわ…」
実は、ありすが朝不機嫌になるのには理由があった。
ゆっくりには、最初に目覚めた個体が“ゆっくりしていってね!!!”と、まだ眠っている個体を起こしてあげる習性が
ある。これはまだ、あまり知られていないことだが、ゆっくりの生活は意外と規則正しい。夜は早く寝るし、朝は早く起き
る。
当然、ありすは男に向かって早朝何度も“ゆっくりしていってね!!!”と起こすことを試みていたが、男から返事が返
ってきた日は、一度もない。
「おにいさんも、まだまだとかいはじゃないわね…」
ありすは、日中一匹で留守番をしているときは、いつもこんな風に独り言を言っていた。内容は主に、飼い主である男の
ことである。
窓から差し込む陽光が部屋の中を暖めているせいか、心地よい。ありすは、座布団の上でうとうとと浅い眠りにつこうと
していた。
そのとき。
窓ガラスに何かが当たる音が聞こえた。
(…ゆ…?)
ありすが窓に目を向けると、そこには金髪のお下げに大きな黒帽子をかぶったゆっくりである、まりさ種と、紫色の髪を
四方に束ね、月の髪飾りのついたナイトキャップをかぶったゆっくりの、ぱちゅりー種が並んでありすのことを見つめてい
た。
窓越しのまりさは泣いているようにも見える。ぱちゅりーもなんだか苦しそうだ。ありすは、不穏な空気を感じて窓際へ
とあんよを這わせた。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしていってね!!!」
まりさの挨拶に、ありすが返事を返す。まりさとぱちゅりーは顔に小さな傷がたくさんついており、あんよは泥だらけだ
った。お世辞にも都会派とは言い難い。
「ありす!! おねがいがあるのぜっ!! まりさとぱちゅりーをにんげんさんのおうちにいれてほしいんだぜっ!!」
「むきゅぅ…むきゅぅ…」
ぱちゅりーの顔色がよくない。虚ろな目をありすに向けている。
「どうしたの? なんだかゆっくりできていないようだけれど…」
ありすの問いかけにまりさが答える。
「ぱちゅりーがびょうきにかかっちゃったのぜっ!! なにかごはんさんをわけてほしいんだぜっ!!」
「むきゅっ…ありす…おねがい…すこしだけでいいから…」
ありすは、窓には鍵がかけられていることを知っている。そして、それを開ける方法も知っていた。ありすは、おうちの
上にぴょんぴょんと飛び乗ると、ジャンプして鍵のつまみを咥えて、それを一気に下に降ろした。そして、まりさと二匹で
頬をガラス窓に押し当てて、窓を少しずつ開けて行く。
ようやく、ゆっくりが通れるくらいの隙間ができたとき、
「それじゃあ、ちょっとまっててね! いまから、ありすがごはんさんをもってくるから…」
ありすが振り返って台所に置いてあるゆっくりフードを取りに行こうとしたそのときだった。ありすの後頭部に衝撃が走
った。
「ゆ゛ぐぅっ!!」
あまりにも突然の出来事に、床の上をころころと転がるありす。
「ゆっへっへ…っ!!!」
「むきゅー…!」
まりさとぱちゅりーの笑い声に視線を向けるありす。
「と…とかいはじゃないわ…! いったいなにを…」
「だまれなのぜっ!! いまからここをまりさたちのゆっくりぷれいすにするのぜっ!!!」
突然のまりさの宣言にありすが目を見開く。
「な…っ」
「むきゃきゃ…っ! ありす! はやくにんげんさんのたべものをもってきてちょうだいっ!!」
ありすはようやくゆっくり理解した。自分が騙されたのだということを。先ほどまでは今にも死にそうな顔をしていたぱ
ちゅりーが下卑た笑みを浮かべている。
痛みに意識が朦朧としている、ありすにまりさが滲み寄る。ありすも必死にまりさを睨みつけるが、初手のダメージが大
きく、抵抗するだけの力が出てこない。泥だらけのまりさが、ニヤニヤと笑いながらありすに近寄ってくる。
「よごれたあんよで…おにいさんのおうちにはいってこないでっ!! このいなかものっ!!!!」
「ゆへへ…さぁ、ぱちゅりー! ありすとすっきりー!してさっさとちびちゃんをつくるのぜっ!!」
「むきゅっ! ゆっくりりかいしたわ!」
今、まりさは何と言ったのだろうか。ありすが唇を小刻みに震えさせ始めた。まりさがありすの顔中を舐めまわすように
じろじろと見ている。
「いなかもののゆっくりに…むりやり、すっきりー!させられると…とかいはなありすは、どんなかおになるのぜ?」
「や…やめて…」
思うように動くことのできないありすをまりさが飛びかかって抑えつけた。
「ゆぐっ!!! いや…っ! はなしてっ!!」
身動きが取れないありすに、ぱちゅりーが近寄り、ありすの頬に自分の頬をすり寄せて来た。
「ゆ…っ、や…っ!!」
ぱちゅりーの執拗な頬擦りを受けたありすの力が、ますます抜けていく。まりさに抑えつけられていることもあり、抵抗
することは一切、叶わなかった。
「むきゅぅぅぅぅ!! ありすのやわらかいはだ…とてもきもちいいわっ!! ぱちゅと、すっきりー!しましょう!!!」
「いや…っ!! いや…! ありす、すっきりー!なんてしたくないっ!! こんなのとかいはじゃないわっ!!!」
ぱちゅりーの口からあんよにかけての間に、ぺにぺにが現れる。初めて見たぺにぺにに、ありすが顔を青ざめる。
「ぱちゅりー! とかいはなありすを、ひぃひぃいわせてやるのぜぇぇぇっ!!!」
「い…いやあああああああああああ!!!!!!!!!」
強引に、ありすのまむまむにぱちゅりーのぺにぺにが差し込まれる。
「む…っきょおぉぉぉぉ!!! ありすのまむまむ…きもちいいわぁぁぁぁっ!!!」
「いやぁっ!! たすけて…っ!!! おにいさん…っ!!! おにいさんっ!!!!」
「ゆっへっへ! たすけをよんでもむだなのぜっ!!」
ありすの体中を快感が駆け巡る。突然上がり込んできた薄汚い野良のぱちゅりーに、犯されるという自分の置かれた状況
がまったく理解できない。理解できるのは、この汚らわしい野良ゆっくりにより、自分が絶頂に導かれつつあるということ
だけだ。
「んっほおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
ぱちゅりーが雄叫びのような声を上げる。ありすは唇を噛み締めて、自身を絶え間なく襲う快感に抗おうと必死だ。しか
し、一度、絶頂へと向かった感情はそう簡単に抑えることはできない。
「すっきりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「す……きりぃ……っ!!!」
ぱちゅりーが絶頂を迎えると同時に、ありすも小声で言いたくない言葉を言わされてしまった。
「ゆ…ゆあああああああああ!!!!」
叫ぶありすの頭から、茎が伸び始める。そこには、プチトマトサイズの赤ぱちゅりーと、赤ありすが二匹ずつ実っていた。
ありすは声も出さずに涙を流していた。
「こんなの…とかいはじゃない…。 とかいはじゃないわぁ…っ!!!」
泣きながら、その場を動けないでいるありすに、今度はまりさがのしかかる。
「ゆ゛っ!!!」
「つぎは、まりささまのばんなのぜっ!!!!」
まりさが、既に屹立しているぺにぺにをすっきりー!したばかりのありすに突っ込む。まりさとぱちゅりーでは力や体力
に個体差がありすぎる。まりさは、力任せにありすを徹底的に凌辱した。
「や…やめてぇぇぇぇぇ!!!」
ただでさえ、体力の消費が激しいすっきりー!を連続で強要された上に、ありすの頭に実った四つの新しい命が母体から
養分をどんどん吸い上げて行く。赤ゆたちは、そうしなければすぐに死んでしまうだろう。
これが野生のゆっくりであれば、すっきりー!の相手は大抵つがいであることが多いので、赤ゆを宿した側のゆっくりは
大事にされる。しかし、街をうろつく野良ゆっくりたちの中には、快感だけを求めてすっきりー!してしまう個体も存在し
ており、それらのゆっくりは“れいぱー”と呼ばれ蔑まれていた。
つがいのいないゆっくりが、無理矢理子供を作らされる。それは、死と同義だ。ゆっくりが、にんっしんっ!できるのは、
母体となったゆっくりをフォローする存在がいることが前提なのである。
「ゆ…へぇっへっ!!! ありすぅ? きもちいいのかなのぜぇ?!」
「ゆ…ゆぅぅぅぅん…っ!!! ゆ…ゆん、やぁぁぁん!!!!」
まりさの攻撃的なすっきりー!は、理屈でなく本能に訴えかけてくるようなものだった。ありすは、それが怖くて怖くて
たまらなかった。何か、自分の中の何かが、壊されていくような感覚。
「おねが……っ、はぁ…っ!! まりさ…もう…っ!! やめ…て……いやぁ…いや……っ!!!」
懇願するありすの表情にも声にも覇気がない。それでも、まりさはありすの中で暴れ続けた。
「んほぉぉぉぉぉぉ!!! まりささまのちびちゃんをうめるんだから、かんしゃしろなのぜぇぇぇぇぇ!!!!」
「…っ!!! ……………っ!!!!」
もう、ありすに声を発するだけの力は残されていなかった。そして、ありすの体力も既に限界を迎えつつあった。体に痛
みが走る。きっと、ありすの中身であるカスタードが極端に減っていきつつあるのだろう。
「お…おにいさん…たす、けて…」
「ゆっへっへ!! ありすがたすけをよんでもきてくれないような、おにいさんは…むのうのくずなのぜ!!!」
「むーきょきょきょっ!!! ばかなにんげんさんにかわれてかわいそうねっ!!!」
ありすが強く唇を噛み締める。体の奥の奥が熱くなっていく。
「…ぃ、で…っ!!!」
「ゆっ! ゆっ! ゆっ! ゆへっ! なんなのぜぇ?!」
「おにいさんのことを…ばかにしないでっ!!!!!」
ありすの脳裏に、男の姿がよぎる。
突然、目の前に現れて自分をびっくりさせたお兄さん。
お腹を空かせた自分に人間さんの“お蕎麦さん”を食べさせてくれたお兄さん。
都会派なコーディネイトは怒られてしまったけれど、最後はちゃんと自分を認めてくれたお兄さん。
“お蕎麦さん”を食べたいと我がままを言った自分に、本当に一生懸命“お蕎麦さん”を作ってくれたお兄さん。
頭を優しく撫でてくれたお兄さん。
朝、どんなに起こしても起きてくれなかったお兄さん。
…大好きな、お兄さん。
その姿が…失われていく中身と共に、思い出せなくなっていく。怖い。怖くて…悲しくて…寂しくて…。もう、どうにも
することができない。
「んぅっほぉぉぉぉぉぉぉっ!!!! す…すっきりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「……き……、り………………」
まりさはありすからぺにぺにを引き抜くと、高笑いを始めた。ぱちゅりーもゲラゲラ笑っている。
ありすの頭から二本目の茎が生えてきた。三匹の赤まりさ。一匹の赤ありす。また、新たに生まれた命が母体であるあり
すから養分を奪い始める。
「ゆ…ぎぃ……っ…!!」
「むきゅっ! ありすのようすがおかしいわっ!!」
「ゆっ…!! さすがにちびちゃんがおおすぎるのぜっ!!!」
焦点の定まらない視界の中にぼんやりと映る、八匹もの赤ちゃんゆっくり。ありすには、それが奇怪な化け物のように見
えて仕方がなかった。ありすにとっては、自分が望んで作った子供ではない赤ゆたちは、自分に寄生した…別の生き物にし
か見えていない。
そのとき。
まりさが、ありすの頭から生えた茎に実る、赤ありすを茎から引きちぎった。
「ぴきゅっ!!!」
そして、そのまま固い床に叩きつけられる。
「おきゃーしゃん…いちゃいよ…いちゃいよぉ…」
赤ありすが、半分潰れかけた体でありすににじり寄ってくる。後ずさりをしたくても、動くことができない。“こっちに
来ないで”と叫ぶ力もない。
「おきゃーしゃん…たしゅけちぇぇ……」
「ゆっくりしね!!!」
まりさが叫びながら、赤ありすの上に飛び乗る。プチトマトの上にバスケットボールが落ちてきたようなものだ。赤あり
すは、声も出せずに潰れてしまった。赤ありすの中身のカスタードが四方に飛び散り、それがありすの顔に数滴かかる。
「ゆんやぁぁぁぁ!!! まりしゃのいもうちょがぁぁぁ!!!」
「ゆっくちできにゃいよぉぉぉぉぉ!!!!」
宿ったばかりの命たちが、自分たちの親であるまりさに姉妹を殺されて、泣き叫ぶ。
「まりさ…、あなた………っ!!!」
ありすが、まりさを睨みつける。まりさは潰されて皮と髪の毛とカチューシャだけになった、赤ありすの残骸を咥えると、
それをありすに叩きつけた。
「い…いやぁぁぁぁぁ!!!!」
望んで生まれてきたわけではないが、我が子の残骸を顔に張り付けられたありすが絶叫する。まりさは、そんなありすを
見て大笑いしながら、
「おお、こわいこわい!!」
ぱちゅりーも同様に、赤ありすを茎から引きちぎり踏みつぶして行く。戯れに一匹だけは茎から引きちぎっただけで放置
した。ぱちゅりーは比較的賢い個体である。母体の茎から引き離された赤ゆがどうなるかを理解しているのだろう。
「おきゃ…しゃん…。 どうしちぇ…どうしちぇ…こんにゃこちょ…」
養分の供給源である母体のありすを失った、赤ありすは満足に動くことすらできない。舌足らずな口調で親である二匹に
救いを求めるだけだ。やがて、すぐに中身を失ってしまったのだろう。がくがくと震えながら、目を見開いてぱちゅりーを
見つめる。
「ありしゅ…しにちゃく……にゃい…………」
ぱちゅりーは、ニヤニヤと笑いながら今まさに朽ち果てようとしている赤ありすを眺めていた。
「も…ちょ、…ゆっくち……… しちゃ……か……………」
黒ずみ、動かなくなった赤ありすに軽く体当たりして遠くへ転がすと、再びありすの目の前に戻ってきた。
「……この、…いなかものぉ……っ!!!!」
ありすは気付いていた。まりさとぱちゅりーが、赤ありすだけを狙って潰していたことに。ありすの茎に実っているのは、
目の前の野良二匹の赤ちゃんだけだ。
「やべちぇぇぇぇ!!! まりしゃ、しにちゃくにゃいよぉぉぉぉぉ!!!!」
「むきゅぅぅぅぅん!!! やめちぇにぇっ! やめちぇにぇっ!!」
ありすの目の前で、泣き叫ぶ五匹の赤ゆの声が、ありすにとっては不快で不快でたまらなかった。まりさは、赤ゆたちの
元へやってくると、
「ゆゆっ! おちびちゃんたちには“いじわる”はしないのぜっ!」
「ゆ?」
「ほんちょ…?」
「たちゅけちぇくれりゅ…?」
「ゆっくち…?」
「むきゅん?」
「むきゅー!ありすのちびちゃんは、けがらわしいから、ぱちゅおかあさんが…せいっさいっ!してあげたわ!!!」
ありすが、涙を流す。それができるのも、あと僅かの時間だろう。ありすには、自分の体が少しずつ朽ちて行こうとして
いるのがわかっていた。皮は張りを失い、固くなってきている。固くなった場所から、亀裂が入りその痛みがぴりぴりとあ
りすを襲う。
(おにいさん………)
大好きな男を心の中で呼ぶ。
(ありす…もっと、おにいさんといっしょに…ゆっくりしたかった…)
ありすの体が黒ずんでいく。視界には、何も映らなくなった。
(おにいさんのつくった…“おそばさん”……もっと、たくさんたべたかったわ……………)
ありすは、朽ち果て、そのまま二度と動くことはなかった。
「お疲れ様。今日はもう上がっていいよ」
デスクで残務処理をしていた僕に、上司が肩を叩きながら話しかけてきた。
「え…?でも、まだ今日の分が終わってないですけど…」
「いや、あとの処理は私がやっておくよ。退職の理由は聞いている。新しい目標が見つかったんだろう?」
僕は、上司の顔をまっすぐに見つめると、小気味良い口調で「はい」と答えた。上司は嬉しそうにしていた。
「君が、毎日退屈そうに仕事をしているのを知っていたからかな…」
「す、すいません…」
「違う違う。責めてるんじゃない。君の本当の力は、ここ一カ月で全部見せてもらったよ。なんというか、若いっていいも
んだな。私にもこんな時期があったんだがなぁ…」
デスクのパソコンに向かったまま、上司の言葉を受け止める。
「蕎麦打ち職人を目指すんだろう?」
「……はい」
「なら、今日の御礼は君の打った蕎麦を一度タダで食べさせてくれるだけでいい」
「…ありがとうございますっ!!!」
僕は、作りかけの書類のデータを上司のパソコンにメールで送信して、すぐにパソコンの電源を落とした。デスクの下に
置いてある小さなカバンを取り出して筆記用具や電卓、机上に置いてあったこまごまとしたものを詰め込んでいく。
そして、僕が三年間過ごした職場の入り口で立ち止まり、振り返ると。
「三年間、お世話になりましたっ!!!!」
言って、頭を下げる。頭上には、上司や同僚たちの温かい拍手が降り注いでいた。僕は、振り返らずにそのまま職場の部
屋を出て行った。階段を足早に駆け降りる。
何もかもが輝いて見えた。
今日は帰ってから荷造りをしなければいけない。電気もガスも水道も…止めないといけないな。僕が都会を離れ、実家に
戻ることは既にありすも承諾済みだ。
一週間前に、お出かけ用のケージも買った。結局、この街では一度もありすを散歩に連れて行ってあげることはできなか
ったが、実家に帰ったら毎日散歩に連れて行ってやろうと思う。
ゆっくりが本来野生の生き物だということであれば、固い床やアスファルトの上ばかりを歩かせるのは酷というものだ。
そして、蕎麦打ち修行の合間に、僕の打った蕎麦をありすに食べてもらって感想を聞こう。
今の僕は、三年前の僕とは違う。今なら、立ち向かえる。もう、逃げない。逃げ出さない。
いつもは、ぼんやりと眺める電車の窓から見える風景も、今日は別のもののように思えた。いつもより早い時間に電車に
乗っているからかも知れない。なんとなく、それだけではないような気もしていたが。
(ありす…待ってろよ…!すぐに帰るからな…っ!!!)
六、
玄関の扉を開けると、いつもは駆け寄ってくるはずのありすが今日は来ない。職場から早く帰ってきたから、もしかした
ら昼寝をしているのかも…などと考え、
(もしかしたら、ありすの寝顔が見れるかも知れないな…写メ撮ってやろう)
くくっ、と笑いながら部屋の奥へと足を踏み入れる。
「むきゅー! にんげんさぁんっ! たすけてちょーだいぃぃぃ!!!」
「まりさたちのかわいいおちびちゃんがぁぁぁ!!!」
部屋の中にありす以外のゆっくりがいた。二匹ともバスケットボールほどのサイズをしており、恐らくは野良の成体ゆっ
くりであろう。黒帽子のほうが、まりさ種で…紫の髪のほうが、ぱちゅりー種。一体、どこから入ってきたのだろうか。あ
りすの姿を探して歩みを進めると、
「な…っ?!」
土や泥で汚れた野良ゆっくりたちが、部屋中を這いずりまわったせいか、ありすのために敷いてやった絨毯が黒く汚れて
いる。ベッドの上にも飛び乗ったのだろうか。シーツにも汚れの痕跡が見える。それだけではない。ページをびりびりに破
られて散乱している本の残骸や、蹴散らかされたかのように散在するゴミ箱の中身。
台所からゆっくりフードを持ってきて食べようとしたのか、床のそこかしこにフードの丸い粒が転がっている。
「ありす…?」
さっきから何かよくわからない言葉を発する二匹のゆっくりを無視して部屋の中を見渡す。
荒らされた部屋の片隅に…ありすがいた。
「――――――――――え」
正確には、“ありすだったもの”がいた。
僕は、ふらふらと変わり果てた姿になってしまったありすの元へと足を向ける。カスタードが、点々とありすへと続いて
いる。…まるで、何かに引きずられてきたかのように。
無言でありすを見下ろす。
ありすの頭には茎が二本生えており、そこには先ほどのまりさとぱちゅりーのサイズをそのまま縮小した…赤ゆが実って
いる。良く見ると、周囲に金髪の赤ゆの残骸が見え隠れしている。…あれは、赤ゆの…ありすなのだろうか…。
「ありす…?」
「ゆっくち……ゆっくち……」
「くるちぃよぉ……」
「うごけにゃいよぉ…」
「たちゅけちぇ…たちゅけちぇぇ…」
「いちゃい…おきゃおが…いちゃい…」
僕の問いかけに返事をしたのは、苦悶の表情を浮かべ、不快な音を発する五匹もの赤ゆたちだった。赤まりさが、三匹。
赤ぱちゅりーが、二匹。
「っ!」
ふくらはぎに小さな衝撃が走る。視線をそちらに向けると、まりさが頬に空気を溜めて僕を見上げている。…威嚇、のつ
もりだろうか。……なんなんだ、この…醜い生き物は。
「くそじじぃっ!! まりさたちのかわいいかわいいちびちゃんが、くるしんでるのぜっ!!! さっさとたすけるのぜ!」
「むきゅぅぅぅ!!! ゆっくりしすぎているわっ!!! ほんとうにぐずなのねっ!!!」
深呼吸する。
「むしするな、なのぜえぇぇぇぇっ!!???」
「うるさい。少し黙れ」
そう言って、僕はまりさの顔面を右手で掴んでそのまま顔の高さまで持ち上げた。まりさが苦痛に顔を歪める。
「い…い゛だいのぜぇぇぇっ!!???」
「黙れって」
掴んだ右手に更に力をかける。
「ゆ゛ぎぃぃぃぃ…っ!!!!」
親指は、まりさの顔の皮を突き破っていた。爪の間に中身の餡子が入り込んでいるのがわかる。人差し指は、まりさの右
目を抑えつけている。薬指は、まりさの左目の下にめり込み、指の先に液体のような感触を覚えた。
まりさが、不愉快な音を出して泣き始めた。
「む…むきゅうっ! まりさがいたがっているわっ!! はなしてあげぎゅべっ!!!!!」
無言で雑音を発し始めたぱちゅりーを踏みつける。
「おきゃーしゃん…っ!!!」
「まりしゃたちのおきゃーしゃんに…」
「「「ひじょいこちょ…しにゃいでにぇ…?」
「ありす?…ただいま」
僕はありすに話しかけた。ありすは、返事を返さない。部屋の中に聞こえる音は、僕を非難する五匹の赤ゆの甲高い声と、
呻きながら泣き声を上げるまりさとぱちゅりーのものだけだ。
申し訳程度に開けられた窓の隙間から、空へと飛び立つ飛行機の音が入ってきた。一陣の風が、床に散らばったゴミをカ
サカサ…と動かす。
まりさを放り投げて、ぱちゅりーを蹴り飛ばして。僕はありすの元に膝をついた。
黒ずみ、干からびたありすの頬には涙が伝った跡がある。綺麗な髪はぼさぼさになっており、赤いカチューシャが不気味
なコントラストを生み出していた。
鼓動が、速くなっていく。
このありすの状態は、今の僕にならわかる。…ありすは、ありすから生えた二本の茎に実る五匹の赤ゆに…体中の栄養分
を奪われて…………。死んでしまったのだ。
部屋の反対側から、まりさとぱちゅりーが這い寄ってくる。
「お前らが…やったんだな…」
「そんなことどうでもいいのぜっ!!! はやくしないと、まりさたちのちびちゃんが…っ!!!」
「ちびちゃんをゆっくりさせてあげられない、ありすはむのうのくずよっ!!! かいぬしさんがなんとかすべきだわ!!!」
…そんな事?無能の、クズ?ありすが?
「ゆ゛ぐぼぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ!!!!!」
拳を撃ち込まれたまりさが、宙に舞い床に叩きつけられる。思わず吐き出したのであろう中身の餡子が放物線を描き、遅
れて床にぼたぼたと落ちていく。
「が…ひっ!!! ゆ゛っ…ぎ……ぃ……ッ?!」
握り込んだ拳には、まりさの餡子が少量こびりついていた。
こんな…野良ゆっくりなんかに、ありすが殺されてしまった。多分、無理矢理すっきりー!させられて…二本も茎を生や
されて…どんどん栄養を奪われて…苦しんで、苦しんで、苦しんで。…死んだんだろうな。ご丁寧に、ありすと同じ姿をし
た赤ゆだけ、潰して。
怯えて動けないでいるぱちゅりーを無視して、僕は少しだけ開けられた窓を閉めると鍵をかけて、カーテンを閉めた。
「お前ら…。…覚悟しとけよ?」
言葉の意味を理解したのか、ぱちゅりーがまりさの元へと這い寄り、頬をぴったりとくっつけてがたがた震えている。頼
りのまりさは、舌をだらりと垂らして切れ切れに呼吸をしているだけだ。
僕は、冷蔵庫の中からデパートで買ってきたビン牛乳の中身を流し台に全てこぼし、その中身を丁寧に洗ったあと、砂糖
をスプーン五杯ほど入れて、その中に水を注いだ。砂糖水のたっぷりと入ったビンを持って、再びありすの元へと歩き出す。
途中、視界に入ったぱちゅりーは、恐怖でしーしーを漏らしていた。
“おにいさんのおへやをよごすわけにはいかないから…っ!!!”
綺麗好きのありすの前で、床にしーしーを垂れ流したぱちゅりーに蹴りを一発入れた。
「ぎゅぶっ!!」
ぱちゅりーが短く悲鳴を上げて、今度は中身の生クリームを吐きだす。床がまた汚れたので、もう一発蹴り上げた。ぱち
ゅりーの悲鳴を無視して、ありすの前に座る。僕は、ありすの頭に生える忌々しい二本の茎を、ありすに痛みを与えないよ
うに、そっと引き抜いた。すると、途端に赤ゆたちが泣き叫び始める。
「ゆんやああああああ!!!!!」
「ゆっくちできにゃいよぉぉぉぉ!!!」
「やめちぇぇぇ!!!!」
雑音の合唱が耳をつんざく。そのまま、床に叩きつけてまとめて踏み潰してやろうかとも思ったが、それはしない。砂糖
水の入ったビンにその茎を入れる。僕は、これほどまでに醜悪な花瓶に刺された植物を見たことがない。薄汚く実る五つの
赤ゆたちが、養分代わりの砂糖水を与えられ、歓声を上げながら蠢いている。
僕はそれをまりさとぱちゅりーの元に持って行く。二匹の目の前に置いてやる。元気そうな赤ゆを見て安心したのか、ぱ
ちゅりーが笑顔で、
「むきゅぅぅぅ!!! にんげんさん!! よくやったわ!!!」
ぱちゅりーを睨みつける。
「ゆひぃっ!!!」
怯えたぱちゅりーが後ずさり、後頭部を壁に押し付ける。冷や汗がだらだらと流れている。…見ていて気持ちが悪い。僕
はぱちゅりーを四、五発殴って気絶させた後、既に伸びてしまっているまりさと二匹仲良く、空の浴槽の中に放り込んだ。
「おきゃーしゃんに、ひじょいこちょするにゃぁぁ!!!」
「ゆっくちできにゃいにんげんしゃんは、しにぇっ!!」
「むきゅぅ!! どりぇいのぶんじゃいでぇぇ!!!」
「まりしゃたちをゆっくちさしぇるのじぇぇぇ!!!」
「ぱちゅたちびぴぎゃっ!!!!!!!」
まだ自分の力では生きることすらできず、茎から養分を吸い上げてようやく存在できている程度の赤ゆごときが、生意気
に言葉を喋って自らの主張をしてくる。一番右端にいた赤ぱちゅりーの主張が終わる前に、デコピンをして黙らせた。同様
に、赤まりさ、赤ぱちゅりー、赤まりさ、赤まりさ。一匹ずつ顔面を弾いて行く。
「「「いじゃいよぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」
「「ゆんやああああああっ!!!!!!」」
叫び疲れて声を出せなくなるまで、僕はひたすらぶら下がってるだけの脆弱な存在にデコピンを浴びせ続けた。本当なら、
握りつぶして殺してやりたいところだったが!!
「「ゆっくち…さしぇ…」」
「おきゃ…しゃん…」
「「いちゃい…いちゃいよぉ…」」
こんな、何の役にも立たない連中がありすの栄養分を残らず吸い上げて、ありすの命を奪ったかと思うと、腸が煮えくり
かえるような思いがする。
楽には死なせない。死なせてたまるか。
僕の中に湧き上がる、どす黒い感情は留まるところを知らない。
こいつらに、刻みつけてやる。痛みを、恐怖を、苦しみを。生き続けている限り、永遠に。
僕は、力なく“ゆんゆん”泣き続ける赤ゆたちを無視して、ありすを抱き上げようとした。
「……っ!」
手を延ばし、ありすの頬に右手を添える。ありすは、ガサガサ…と皮が剥げ落ちて崩れてしまった。皮の中は空っぽだ。
カスタードの一かけらも、そこには入っていなかった。ありすの中身は、あの憎たらしい赤ゆたちの、顔の中だ。今すぐ赤
ゆたちの顔の中に手を突っ込んでほじくり出してやりたい衝動に駆られたが、必死に抑え込む。
赤ゆたちは、泣き疲れて眠っていた。
「ゆぴー…ゆぴー…」
「しゅーや、しゅーや…」
ありすが。永遠に目覚めることのない眠りについている横で、呑気に寝息を立てている五匹の赤ゆ。
「ありす…」
触れると崩れてしまうので、僕はありすの頭にある赤いカチューシャをそっと外した。ありすの面影は、もうこのカチュ
ーシャの中にしかない。
崩れたありすの亡骸は、ありすの“おうち”に入れてやった。この部屋を出る前に、ありすの墓を作ってやらなければい
けない。
ありすは僕と一緒に僕の故郷へ帰るのを楽しみにしていた。僕の打った蕎麦が毎日食べられることもそうだが、田舎とい
うこともあって、芋虫や蝶々。綺麗な花が食べられるかも知れないと笑っていた。ありすにとっては、離れ離れになってし
まった家族の思い出を呼び覚ます食べ物。それは、ゆっくりフードなんかよりも美味しくて…都会派な味がすることだろう。
“むーしゃ、むーしゃ…しあわせぇぇぇ!!!”
僕は、僕の故郷でありすが幸せそうな顔で、大好きな芋虫を食べている姿を想像して泣いた。
“べつにはやくかえってきてくれなくても、いいんだからねっ!!”
せっかく早く帰ってきても、ありすはもうここにはいないんだね。
机上のパソコンの電源を入れる。何の音もしない部屋の中、マウスをクリックする音だけが、無機質に何度も何度も小さ
く響く。本当なら、職場でのデスクワークを終えた時点で、しばらくパソコンを開くことはないだろうと思っていた。
しかし、また新たな“残務処理”ができてしまった。僕はネットの海を彷徨い、ゆっくりを虐待する動画や画像を探し始
めた。僕がやりたいのは部屋の中にいる七匹もの饅頭共を殺すことではない。一分、一秒でも、長く苦しませてやること。
ただ潰すだけなら、ゆっくりにだってできる。
教えてやる。
ゆっくり同士の喧嘩で受けたバカみたいな“痛み”などとは違う、“苦しみ”を。
人間というものが、どれほど恐ろしい存在なのかを。あの饅頭共の脳裏に焼き付けてやる。
七、
ありすは、もう僕のことを嫌っているかも知れない。もし、ここにありすがいたら、
“とかいはじゃないわっ!!!”
と僕のことをなじっていただろう。心優しいありすのことだ。僕がこれから、一応は同族であるゆっくりに対して行う残
虐な行為を知ったら、泣きながら止めていたように思う。僕のズボンの裾を引っ張って。
僕はインターネットで注文して購入した“透明な箱”の中に、親であるまりさと、ぱちゅりーを閉じ込めた。それぞれに
一箱。
「じじいっ!! はやくごはんさんもってくるのぜっ!!!!」
「ぐずなどれいはゆっくりしないでしになさいっ!!!
箱の中から、まりさとぱちゅりーが“元気”な声を上げる。うっかり餓死などさせてしまっては堪らない、と定期的に餌
を与えてやったせいか、僕のことを奴隷か何かと勘違いしているらしい。ありすが死んだ日に、僕に気を失うまで殴られた
記憶は忘却の彼方のようだ。この様子ではありすを殺したことも、覚えていないかも知れない。
一方で、砂糖水を湛えたビンに刺された二本の茎に実る五匹の赤ゆは、目をキラキラと輝かせてこれから送るであろう幸
せな生活を夢見ている。さすがに五匹もの赤ゆが我先にと養分を吸い上げるためか、砂糖水の減りは思ったよりも早かった。
僕は決めていたのだ。この五匹の赤ゆが全て生まれ落ちたら、全ての“事”を始めようと。そして、その瞬間はもうすぐ
そこまで迫っている。
ある日の昼頃。普段からキーの高い雑音を絶え間なく発し続ける赤ゆたちに変化が訪れた。
「ゆゆっ! まりしゃ、ゆっくちうまれりゅよっ!!!」
一匹の赤まりさが、小さな体をぷるぷると震わせる。楽しくて楽しくて仕方がないと言った様子だ。時折、キリッとした
表情になって、
「まりしゃ、がんばりゅからにぇっ!!!」
親である透明な箱に閉じ込められたまりさとぱちゅりーに向かって叫ぶ。
「おちびちゃん! がんばるのぜっ! がんばるのぜっ!!」
「けんじゃなぱちゅりーがみまもってるわ! がんばろうねっ!!!」
激励する二匹。…反吐が出る。何が、“頑張る”だ。たかが体を震わせて茎を揺すっているだけのくせに。何が“頑張れ”
だ。箱の中に閉じ込められて何もしてやれやしないくせに。
ここ数日、まりさ一家のお互いを励まし合うようなやり取りに、ただただ不快な思いをしていた。饅頭の分際で悲劇の渦
中に放り込まれたヒロインのような顔で、“がんばろうね”などという言葉を聞くと、虫唾が走る。拳を握りしめながらそ
んなことを考えていると。
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」
一匹目の赤まりさが生まれた。…いや、茎から落ちた。茎から落ちた赤まりさは、得意気な笑みを浮かべて箱の中の両親
に初めての挨拶をした。
「ゆっくりしていってね!!! ゆっくりしていってね!!!」
まりさが、涙を流しながら赤まりさの挨拶に返事を返す。縮小されただけの自分と同じ顔に向かって、
「ゆぅぅぅ!!! かわいいよぅ!! かわいいよぅっ!!!」
箱のガラスに顔をべったりとくっつけて、“我が子”の元に這い寄ろうとするがそこから出ることはできない。ぱちゅり
ーは、感極まっているのか赤まりさを見つめながら無言でぼろぼろ泣いていた。
それから。一匹、また一匹と次々に赤ゆたちが茎から離れていく。ピンポン玉サイズの饅頭がテーブルの上を右往左往し
ながら、姉妹で頬をすり寄せ合ったり、その場でぴょんぴょんジャンプしたりしてはしゃいでいる。生まれてきたことがよ
ほど嬉しいと見える。
四匹目の赤ぱちゅりーがテーブルに着地する。すぐに、姉妹の元に駆け寄って挨拶を交わしたり、すーりすーりをしだす。
「まりしゃっ! ゆっくちがんばっちぇにぇっ!!」
「おにぇーしゃんが、おうえんしちぇるよっ!!」
既に茎から離れた四匹の赤ゆたちが、最後の一匹である赤まりさに応援の言葉をかける。赤まりさはその応援に応えるか
のように自身を震わせ始めた。振動で茎が揺れる。
僕は赤まりさと、それをつなぐ茎に瞬間接着剤を塗りつけた。そして、赤まりさの底部にそっと人差し指を当ててしばら
く動けないように固定する。
「ゆゆっ? にんげんしゃんっ! いじわりゅしにゃいでにぇっ! まりしゃ、ゆっくちしにゃいでうまれちゃいよ?」
赤まりさが困ったような表情で僕を見上げる。
「じじいっ!!! なにしてるのぜっ!!! はやくそのきたないてをどかすのぜっ!!!!」
「むきゅううぅぅっ!!! ぱちゅたちのあかちゃんがかわいいからって、いじわるをするなんて、げすな―――――」
「そろそろ、始めようか」
親まりさ、親ぱちゅりー。そして、長女まりさ、次女ぱちゅりー、三女ぱちゅりー。更に四女まりさ。六匹のゆっくりが
僕に非難を浴びせてくる。五女まりさは、ゆんゆん泣きながら、
「やめちぇぇぇ!! まりしゃも、うまれちゃいよぉぉぉぉ!!!」
そっと人差し指を離す。五女まりさがチャンスと言わんばかりに懸命に茎を揺する。しかし、五女まりさは茎から離れな
い。
「ゆゆ? ゆゆゆっ?」
「どうしたのぜ? おちびちゃん? がんばるのぜっ!!!」
「むっきゅん! はやくぱちゅおかあさんと、けんじゃなあいさつをしましょうね?」
応援を再開する先に茎から離れた四匹の赤ゆ。“家族”の声援を受け、瞳を輝かせて再度体を揺するが、接着剤により固
定された五女まりさが、茎から離れる道理はない。
「どうしちぇっ?! どうしちぇっ…?!」
五女まりさの目から一粒、二粒、涙がこぼれる。簡単に茎から落ちることができた四匹の赤ゆたちも、あんなに一生懸命
頑張っているのにどうして生まれてくることができないのかと、二匹の親ゆも戸惑いの表情を隠すことができない。それを
察知した五女まりさは不安に駆られたのか、茎を揺することを忘れ大声で泣き出した。
「ゆんやあぁぁぁぁ!!! まりしゃ、ゆっくちうまれちゃいのにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
泣き叫ぶ五女まりさの姿に怯えているのか、四匹の赤ゆはぴったりと互いに身を寄せ合いその様子を見つめていた。小刻
みに震えている。僕は、五女まりさが実ったままの茎をビンから取り出した。なおも泣き続ける五女まりさに、すぐに変化
が訪れる。
「ゆぐっ……にゃんだか…、ゆっくち…できにゃく…なっちぇ…」
当然だ。これまで五女まりさに供給されていた栄養分の源を絶った。新しい養分が得られない状態で体全体を震わせて大
泣きしていれば、赤ゆの許容量の少ない中身はすぐに底を尽きる。
「…ゆ…っ、……ぅ……、ゆっ!」
五女まりさの顔の色が悪くなってくる。どんどん青ざめていき、額のあたりから冷や汗を流し始めた。
「ゆ゛…ゆ゛…っ!!!」
苦しそうにうめき声を上げる。
「なにやってるのぜ、このくそじじぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「はやく、くきさんをもとのばしょにもどしなさいっ!!!」
さすがぱちゅりー種、と言ったところだろうか。我が子がゆっくりできなくなった理由に気付いているようだ。まりさの
方はよほど馬鹿な個体なのだろう。さっきからずっと僕に悪態をついてくるだけだ。
僕は、あらかじめ用意していたもう一本のビンに五女まりさの実った茎を刺した。ビンには水が入っており、一応は最初
の状態に戻ったことを確認したぱちゅりーが、とりあえず安心した表情を浮かべる。
「ゆ゛ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!! お゛ぎゃお゛が…い゛ぢゃい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛…ッ!!!!!」
それもつかの間。絶叫し、顔を苦痛に歪める五女まりさを見て、ぱちゅりーが目を点にする。
ゆっくりは、塩分が苦手らしい。僕が見た動画などには、柿の種などをゆっくりに食べさせる様子を録画したものなども
あった。“こりぇ、どくはいっちぇるっ!!!”などと言って吐き出せば済む程度のものもあれば、無理矢理タバスコを口
の中に押し込んで“毒殺”するようなものもあった。
ビンの中に入っているのは、塩水だ。それも、かなりの濃度である。泣き疲れている五女まりさに栄養分を補給しようと、
茎がどんどん塩水を吸い上げている。結果、五女まりさの意思とは関係なしに、ひたすら体内に毒物を注入されている状態
になっているのだ。
目は充血して、ぱんぱんに膨れ上がっている。だらしなく延ばした舌を、中身に変換できなかった塩水がそのまま垂れて
行く。
「が…ぴっ…! ゆ゛ぎ…ひぎ…ぴ…!! ぴぎゅぅ…!!!!」
恐ろしい形相だった。まりさもぱちゅりーも、ろくに声をかけてやることすらできないほどに。五女まりさを蝕む毒物は、
容赦なくその体内に広がっている。体の小さな赤ゆならば、毒の回りも早いだろう。
「い゛ちゃい…いぢゃい………おぎゃ…じゃ…だじゅ…げ……っ! ゆ゛んぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」
歯を食いしばり、体中に走っているのであろう激痛に耐えようとする五女まりさ。その顔は、愛らしいと言われる赤ゆの
するような表情ではなかった。食いしばった歯の間からも、塩水と思われる液体が漏れ出している。
「お゛べべ…じみりゅぅ……!!!!」
涙も、塩水に変わってきているのだろうか。五女まりさは顔を真っ赤にして、苦しみもがいている。
「じじいっ!! ちびちゃんをはやくたすけるのぜっ!!!」
「むきょぉぉぉぉ!!! むのうなどれいねぇぇぇぇぇ!!!!」
僕に五女まりさを助けるよう命令してくる二匹の親。馬鹿なことを。こんな価値のない塩水まみれの一口饅頭など助けて
やる義理はない。そもそも、そんな状況に追い込んでいるのが僕だということに二匹は気づいていないのだろうか。本当に、
“可愛そうな生き物”だ。
「ゆ゛…ゆっぐ……ゆ゛ぐちぃ…!!!」
「お…おちびちゃあああああああああああああああんっ!!???」
「む…むきゅー!!! むきゅぅぅぅん!!!」
五女まりさは一瞬だけ体全体をびくん、と震わせると、
「も…ちょ…、ゆっくち…しちゃ………か……ちゃ…………………―――――――」
「ゆ゛ぎゃあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!????」
「ぱちゅたちの…がわいい゛、おちびちゃんがああああああああああああ!!!!!!!」
醜い顔をガラスの壁にくっつけて、目から液体を垂れ流す二匹のゆっくり。赤ゆたちも、五女まりさの浮かべる苦悶の表
情や絶叫が頭から離れないのか、どれ一匹その場を動こうとはしない。中にはしーしーを漏らしている赤ゆもいた。
「ぐぞじじぃっ!! なんでちびちゃんをだずげな゛がっだの゛ぜぇ゛ぇ゛ぇ゛??!!!!」
まりさが、生意気にも僕を睨みつけながら見当違いの非難を浴びせてくる。ぱちゅりーは、放心状態になっており、ぐっ
たりしていた。
「…ありすが、死んでいくのを見てたんだろ?」
「ゆゆっ!?」
僕の言葉に、まりさの表情が一瞬変わる。
「それがどうしたのぜ!!! ありすなんかよりも、まりさたちのちびちゃんのほうがだいじにきまってるのぜ!」
無言でまりさの言葉に耳を傾ける僕。まりさは、僕を馬鹿にしたような表情をすると、
「そんなこともわからないの? ばかなのっ? しぬのっ?!!」
ありすの最期の表情は、悲惨なものだった。よほど、苦しい思いをしたのだろう。痛い思いをしたのだろう。ありすをそ
んな目に合わせたのが、この生ゴミみたいな糞饅頭の仕業だと思うとやり切れない。四匹の赤ゆたちが目に涙を浮かべて僕
を見上げている。
…こんな一口饅頭五個のために、ありすは惨たらしく殺されたのだ。
殺してやりたかった。今すぐ、まりさを箱から掴み出して、皮を滅茶苦茶に引きちぎって、目玉を抉り出して、舌を切り
刻んで、小汚い帽子を焼き払って、お下げをつかんで床に叩きつけて。形が無くなるまで何度も何度も踏みつけて、存在し
た痕跡を根こそぎ消し去ってやりたかった。
だが、思いとどまった。それをやってしまえば、僕は必ず後悔する。
制裁なんて自分の行動を正当化するつもりはない。目の前の糞饅頭共に反省をさせるなんて崇高な目的もない。
憎い。
憎たらしくて仕方がない。その感情を目の前の連中にぶつけるだけだ。
四匹の赤ゆを睨みつける。
「ゆっくち…さしぇちぇ…?」
させるわけがない。
「むきゅぅぅぅ!!! はなしちぇにぇっ! きょわいよぉぉぉ!!!」
「やめるんだぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
「むきゅぅぅぅ!!! きたないてでぱちゅのちびちゃんにさわらないでちょうだい!!!!」
僕は、次女ぱちゅりーを掴み上げた。
痛みと、恐怖を赤ゆたちに。
絶望を、まりさと、ぱちゅりーに。
長い長い残務処理が始まる。
最終更新:2010年03月27日 07:38