ふたば系ゆっくりいじめ 1145 のるま 01

のるま 74KB


制裁 理不尽 自業自得 群れ 虐待描写薄め


「あいつらの様子はどう?」
 一匹のゆっくりまりさが、言った。
「ゆっ、おとなしくしてるよ。さすがにあそこからは逃げられないのがわかったみたいだ
よー」
 ちぇんが、まりさにそう答える。
 まりさは、ぽよんぽよんと跳ねていく。
 ここは、公園の片隅、野良ゆっくりの群れが住み着いており、まりさはそこのりーだー
だった。
 まりさが向かう先には、犬を入れるような檻があった。
 その中には、何匹かのゆっくりが入れられている。
「まりささまをここから出すんだぜえええ!」
「れいむはしんぐるまざーなんだよ! やさしくしないと駄目なんだよ! あまあまもち
ょうだいね!」
 どれも例外なく口汚い。こんなところに閉じ込められているのだからそれも当然だが、
ここに入れられる前からこいつらはこんなだった。つまり、ゲスである。
「ゆぅ……ゆぅ……ゆぅ……ゆっ!」
 まりさは幾つかある檻を端から端まで眺めてぶつぶつ呟いていた。
「ゆん、ちゃんといるね。のるまたっせいだよ!」
「ゆゆん、これでゆっくりできるねー、わかるよー」
 まりさは、自分を罵るゲスどもを見てとてもゆっくりした表情をしたあと。
「……今回は、ゲスがちゃんとそろってよかったよ」
 と、ゆっくりしていない表情で呟いた。
「りーだー、あれはしょうがなかったんだよ、みんなわかってるよー」
「ゆん……」
 ちぇんの慰めに頷いたものの、やはりその顔がゆっくりすることはなかった。



 お腹いっぱいむーしゃむーしゃできることはそんなになかった。
 それでも、家族みんなで幸せに暮らしていた。
 まりさおとうさんとれいむおかあさん。
 同時に生まれた姉妹れいむ、そして自分たちより後に生まれた妹れいむと妹まりさ。
 まりさは、幸せだった。ゆっくりできていた。
 しかし、その幸せは一瞬で壊された。
 都会に住む野良ゆっくりの幸せほど脆いものはない。
 気だるげな二人の男がやってきて、有無を言わさずおとうさんとおかあさんを軍手をは
めた手で掴み上げて、持参していた袋に放り込んだ。
「ゆっくりできないよ! ここからだして!」
「おちびちゃんが見えないよ! これじゃゆっくりできないよ!」
 袋から両親の声が聞こえてくる。
「おとうしゃん、ゆっくちちてぇ!」
「にんげんさん、だしてあげてね! ゆっくりできないって言ってるよ!」
「どぼちてこんなことすりゅのぉぉぉぉ!」
「おとうしゃんとおかあしゃんをかえちちぇぇぇ!」
 まりさたち姉妹ももちろん泣き叫んで懇願した。しかし、男たちは、
「そうは言っても、ノルマがな」
「こいつらで達成なんだ。悪いな」
「ま、ノルマは達成したし」
「おまえらはちいさいから勘弁してやるよ」
 と、意味不明のことを言って、背中を向けた。
「まっちぇぇぇ!」
「おとうじゃあああああん! おがあじゃああああん!」
「おいでがないでえ! まりちゃたちもつれでってええええ!」
「ゆええええん! ひじょいよぉぉぉ!」
 必死に跳ねたが、すぐに妹たちは脱落。自分たちが頑張らねばとれいむと一緒に懸命に
男たちの背を追った。
 すぐに引き離され、男たちが角を曲がった。必死に跳ねた。ぽよん、ぽよん、と跳ねる
たびにあんよが痛んだ。
 まりさとれいむが角に到達し、男たちが姿を消した方向を見れば、あれからまた別の角
を曲がったらしく、その姿を見つけることはできなかった。
 そして、それが両親との永別になった。

 まりさたちは、それでも生きようとした。
 ゆっくりしようと励まし合った。そうしていればきっとおとうさんとおかあさんにまた
会えると、また家族でゆっくりできると信じていた。
 両親がいなくなったのは悲しいことだが、それでもまだ姉妹がいる。ゆっくりできる。
 そう思っていた。
 両親の庇護が無くなったことにより、自分たちがどうしようもなく弱く、束の間のゆっ
くりすら容易に享受できぬ身なのだとすぐに思い知らされた。
 両親がいなくなった翌日、おうちにしていた段ボールを早速ゲスゆっくりに奪われた。
 両親がやっていたようにぷくぅーと威嚇した。両親のそれに対しては怯んだ様子を見せ
たゲスどもはその小さなぷくぅーをせせら笑うばかりだった。
 それならばと両親がやっていたように体当たりをした。ぷくぅーでも引かない気合の入
ったゲスどもも泣きながら逃げ出した体当たりだが、もちろんまだ子供のまりさとれいむ
のそれが両親と同じように行くわけがない。
 ゲスどもの反撃に遭い、ズタボロにされた。それでもなお、力の差がいまいち理解でき
ずにまりさとれいむは睨み付けた。
 ゲスどもは、抵抗する気力を奪うために、妹たちの目をえぐって威嚇した。
「「「「ゆぴぃぃぃぃぃ」」」
 これには、さすがに姉妹は震え上がってゲスの嘲笑を浴びながら逃げるしかなかった。
 目をえぐられた妹たちは、そのダメージを回復するのに甘いものを食べる必要があった
が、子供だけでは甘いものどころか満足に食べるものすら得られない。
 れいむは、まりさが止めるのを振り切って道行く人間に誰彼となく助けを求めた。
「いぼうどがじにぞうなんです! おねがいだがら、あまあまくだざい! ゆっぐりおね
がいじます! ゆっぐりおねがいじます!」
 皆、通り過ぎた。
 非情な人間ばかりというわけでもない、ほとんどの人間は一瞬程度は哀れんだ表情を見
せるが努めて無視して去っていく。
 この程度の不幸なゆっくりにいちいち関わっていられないのだ。
 それでも、100円程度で買える甘いお菓子ならば、優しそうな人間を選んで声をかけ
ていればなんとか恵んで貰えたかもしれない。
 しかし、必死になって周りが見えていないれいむは誰彼構わずだった。そして、遂にと
てもゆっくりしてない人間さんに声をかけてしまい、
「うぜえ」
 と、踏み潰されて死んだ。
「れいぶぅぅぅぅぅ!」
 まりさは、ぺったんこになった姉妹の前で泣いた。
「うっせえぞ」
 しかし、れいむを踏み殺した人間にそう言われて、賢明にも口をつぐんで逃げ出した。
 少し離れた所に待たせていた妹たちは、まりさが帰る頃には永遠にゆっくりしていた。

 孤独になったまりさは、流れ流れて他の野良ゆっくりと一緒に暮らすようになった。子
供を亡くしたという親切なぱちゅりーに拾われて、ようやく久しぶりにゆっくりできるよ
うになった。
 まるで、二人目のおかあさんだ、とまりさは思った。
 その時にはさすがにもう本当のおかあさんとそしておとうさんも、この世でゆっくりし
ていることはないだろうとは察しがついていた。
 この二人目のおかあさんと一緒にゆっくりしよう、そしていつか自分が大きくなったら
ぱちゅりーおかあさんをゆっくりさせてあげようとまりさは決意するのであった。
 そして、またまりさは母を奪われた。
 奪ったのは人間だ。
 また、同じだ。
 ノルマ、という意味不明の言葉を言う人間に、ぱちゅりーおかあさんは袋に入れられて
連れて行かれてしまったのだ。
「かえぜええええ! かえぜええええ!」
 追いすがる。あの時よりも自分は大きくなった。今度こそ、見失ったりしない、今度こ
そ……。
「ん、なんだお前。……今捕まえたやつの子供か?」
 男は、まりさに気付いて言った。
「かえぜえええ! おがあざんをかえぜえええ! もう、もうおがあざんをわたしだりじ
ないよぉぉぉ!」
「んなこと言ってもこっちもノルマがなあ」
 その時、袋の中から弱々しくも一筋の力のこもった声が聞こえた。ぱちゅりーだ。
「おねがい、その子はにがしてあげて」
「んー、まあ、お前でノルマは達成したからなぁ」
 男はそう言うと、袋を肩に担いで、走り出した。
「ゆ゛わあああああ! まっでえええええ!」
 人間が本気になって走ったら、ゆっくりになど追いつけるものではない。まりさは必死
に跳ねたが、当然、瞬く間に二人目の母と思い定めたぱちゅりーを見失った。
「ゆ゛あああああ、なんでええええ! どぼじでえええ! のるまってなんなのぉぉぉ!」
 まりさは、しばらく泣き叫んでいた。

「りーだーたちが帰ってきたよ!」
「ゆっくりおかえり!」
「ゆっくちおきゃえりなしゃい!」
「ゆっゆっ、ごはんさんがたくさんとれたよ!」
 とある公園に住み着く野良ゆっくりの群れ。
 そこではりーだーまりさに率いられた食料調達隊が成果を上げて帰還していた。
「ゆゆぅ、みんなゆっくりしているよ」
 まりさは、ごはんをむーしゃむーしゃする群れのゆっくりたちを見てゆっくりとしてい
た。
 このりーだーまりさ、かつて両親を奪われ、姉妹を殺され、妹たちを救えず、そして二
人目の母をも奪われたあのまりさである。
 苦労して育ち、二人目の親であるぱちゅりーに色々と教え込まれたまりさはとても賢い
ゆっくりに成長し、皆に推されてリーダーを勤めていた。
 賢いまりさは、とにかく人間と関わるのを避けていた。ごはんの調達の際も細心の注意
を払って接触しないようにしたし万が一見つかってもすぐに平謝りして下手に出た。
 そもそも、まりさたちが狙うのはどうせ捨てるようなゴミばかりである。そこまでへり
くだるとほとんどの人間はまあいいやと見逃してくれる。
「ゆーん」
 まりさはゆっくりしていた。
 そして悲しいかな餡子脳。どんなに賢くてもどこか抜けているところはある。
 まりさの場合は、あまりにもゆっくりでしあわせーな日々の中で、生涯で二度も親を奪
った出来事をついつい頭の片隅に追いやってしまっていた。あまりにもゆっくりできない
記憶を無意識に忘れようとしていたのかもしれない。
 まあ……注意していたとしても防げるものではないのだが……。
 突如やってきて、問答無用でゆっくりを捕まえる人間などは……。
「ゆんやあああああ、やめでええええ!」
「やめちぇ! おかあじゃんつれでがないでええええ!」
 ゆっくりしていたまりさの顔が一変する。
 忌わしい記憶を呼び起こす声。
 そして、決定的な一語が聞こえてくる。
「悪ぃな、あと一匹でノルマ達成なんだ」
 ノルマ。
 なんだかわからないがとってもゆっくりできないものだ。過去まりさの幸せを壊した人
間たちはそのノルマとやらのために動いていたのだ。
「まっでえええええええ!」
「「「りーだー!」」」
 りーだーまりさの登場に、泣き喚いていたゆっくりたちが希望に満ちた視線を向ける。
「りーだぁー、だずげでえええ!」
「りーぢゃー、おきゃあじゃんがああああ」
 捕まっているのはれいむだった。それを見上げて泣き叫んでいるのは子供のまりさ。
「まってね! にんげんさん!」
「あ?」
「れいむをはなしてね! ゆっくりおねがいなんだよ! れいむがいなくなったらおちび
のまりさがゆっくりできないよ!」
 半ば、否、99%無駄とわかりつつもまりさは言った。群れのみんなはりーだーになに
やら過大な期待を抱いているようだが、何をどうやったって人間には適わない以上、人間
にそれを止めて貰う以外に無いのだ。
「じゃ、他の奴でいいよ」
 と、その人間――袋を担いだ男は言った。
「ゆ?」
「別に、おれはノルマが達成できればなんでもいいよ。どいつを連れてきゃいいんだ?」
「ゆゆゆ?」
 まりさは戸惑いつつ見回す。無論のこと、誰も名乗り出るものなどいない。
「ゆっ……まりさを連れていってね!」
 まりさは、言った。群れのみんながざわめく。もちろん自分が連れて行かれるのは嫌だ
が、かといってりーだーのまりさがいなくなってしまってやっていけるのかと不安の声が
ぼそぼそと上がる。
「ほぅ……よし、じゃお前だ」
 男はまりさを掴んで引っ張り上げる。
「ゆぎぎぎ、まってね、まってね! まりさを連れていっていいから、少し教えてね!」
「んん? なんだよ」
「のるま、ってなんなの?」
「あー、んーとな」
「まりさのおとうさんもおかあさんも、のるまのためだって言って連れてかれちゃったよ。
二人目のおかあさんもだよ! のるまってなんなの!」
「あー、ノルマってのはな」
 男は、まりさの言葉に多少の同情を覚えたのか、懇々と説明した。できる限りゆっくり
にもわかるように平易な言葉で、それでも無理かな、と思ったが、
「ゆっ、ゆっくりりかいしたよ!」
 まりさは、すんなりと理解した。それというのもまりさも同じようなことをしていたか
らだ。
 群れで食料を調達する際などに、一人これぐらいは集めようね! と呼びかけたりして
いたのだ。
 それでも、それを達成できなかったからといって罰則や叱責などがあるわけではないの
で、ノルマというよりもニュアンスは努力目標と言うのに近いかもしれない。
「へえ……」
 男は、まりさのそういった話を聞いて、興味を覚えたようだ。
「つまり……人間さんは、まりさたちを食べるんだね……そうしないと人間さんたちも飢
え死にしちゃうんだね……」
 まりさは、達観した表情で言った。
「いや、食わない。ただ殺して捨てるだけ」
「それならどぼじで捕まえるのおおおおおお!」
 だが、男の一言で悟りなどふっ飛んだ。自分たちも虫やら野菜さんを食べている、人間
さんも同じことをしているのだ。そう思ったからこそ諦めもついたというのに、殺して捨
てるだけでは納得いくはずがない。
「ふむ、それはな……」
 男は、再び説明した。
 近年、野良ゆっくりの中にゲスが増えてきた。
 というのも、どうしても野良の過酷な環境を生き延びるには、善良よりも他者を踏みに
じっても自分を優先するようなゲスの性質が適しているところがある。
 このまりさの率いる公園の群れは善良なものばかりだったが、これはたまたま善良な上
に能力的に優れているゆっくりが集まったから可能なことであって、かなり例外であった。
 実のところ、ゲス野良ゆっくり被害は飼いゆっくりを一匹にしない、家の戸締りをきち
んとする、という程度の対策で防ぐことは可能であり、まったく気にしていない人間の方
が圧倒的に多かった。
 しかし、戸締りを忘れて家を荒らされた。散歩中に目を離した隙に飼いゆっくりがれい
ぽぅされて殺された、などなどの被害にあった少しばかりの人間が大声で喚きたてること
によって、ついに野良ゆっくりを定期的に駆除をすることになった。
 それをぶん投げられた役所ではこれを持て余し、下っ端役人がもちまわりでノルマを定
めて野良を駆除することにした。
 元々が、大多数の人間は気にしていないので、役所にとっては余計な仕事が増えただけ
だったが、それでも駆除はしてますという姿勢を見せておかないと、いざまた被害が出た
時にクレームに対する言い訳ができない。
 そんな適当というか後ろ向きな理由で野良ゆっくり駆除は続いた。
「なんなのそれ! それならもっとゲスな奴らをくじょしてね、まりさたち、悪いことし
てないよ、にんげんさんに迷惑かけてないよ!」
 話を聞いてゆっくりりかいしたまりさは、当然のことながらその理不尽さに不平をもら
した。
「……ぶっちゃけ、めんどい」
「ゆ゛っ」
「意外にゲスなんて見つからないんだよ。それでも一応、ゲス優先で捕まえてるよ? で
もな、ノルマまであと一匹、ってとこでもう疲れたなー、早く終わらせてえなー、って思
ってるとこに野良がいたらさ、もうこいつでいいや、ってなるんだよ、うん」
「そんなのゆっくりしてないよ! ゲスを捕まえるのがおしごとなんでしょおおおお!」
「……いや、でもな、野良ゆっくりなんて多かれ少なかれ人間に迷惑かけてんだよ。お前
らはかけてないっていうつもりなんだろうけど、迷惑なんだよ、だから野良ゆっくりであ
る以上、人間にとっちゃゲスっていう理屈も成り立つんだ」
「ゆゆぅ……」
 何か言おうとして、まりさは沈黙した。男の口ぶりからは悪意の類は感じられなかった
が、それゆえにこの行動を完全に作業として割り切っているので説得は困難に思われた。
「ゆぅぅぅぅ……ゆっ!」
 だが、まりさは今正に袋に入れられようとした瞬間、思い出した。
「ゆん、おにいさん! ゲスの居場所を知ってるよ!」
 最近この辺りに流れて来たゲスまりさのことを思い出したのだ。
 群れに対しては報復を恐れて手出ししてこないが、だいぶ悪さを働いているようだ。
 やだ、めんどい、と言われてしまえばおしまいだったが、一応はゲス優先で捕まえてい
るという言葉に一縷の望みはあった。
「んー、この近くか? あまり遠いとな」
「近くだよ、すぐそこだよ!」
「じゃあ、そいつにするか。別にこっちはノルマさえ達成できりゃどれでもいいんだ」
「ゆっ! それじゃ案内するよ!」
「……いなかったら、お前連れてくからな」
「ゆぅ……ゆっくりりかい、してるよ……」
 まりさが案内した路地裏の段ボールにお目当てのゲスまりさはすーやすーやと寝ていた。
「ゆぅ……なんなんだぜ……」
 ゲスまりさは、りーだーまりさを見ると警戒した。近くの公園の群れを率いるりーだー
が自分のことをゲスだと認識し嫌っていることにはもちろん気付いていた。
 今まで刺激しないように群れのものには手出しを控えていたのだが、とうとう何か因縁
をつけに来たのかと思ったのだ。
「ゆゆぅ……まりささまになにか用なのかぜ? そっちの群れとはもめる気は無いのぜ」
 そう言ってゲスまりさは、ぎらりと凄味のある視線をりーだーまりさに向けた。
「でも……やるっていうならだまってやられないのぜ。まりささまの頬の傷はふらんを殺
した時につけられた傷なのぜえ!」
「こいつか」
 男が、ひょいと掴んでゲスまりさを袋に放り込んだ。
「ゆびぃぃぃぃ、に、にんげんさん、なんなんだぜえええ!」
 袋の中から恐怖に震えた声がする。修羅場をくぐってきたゲス野良ほど人間の恐ろしさ
は身に染みて知っている場合が多い。
「よし、じゃ、これでノルマ達成だ」
「ゆん、それならまりさは帰っていいね」
 男とまりさは、んなもん知ったこっちゃねえと言わんばかりである。
「まりさ……ちょっと話があるんだがな……」
 男が帰ろうとするまりさを呼び止めた。
「ゆゆっ!?」
 当然、まりさは何かゆっくりしていないことを言われると思って身構える。
「実はな……」
 男の話はゆっくりしていない話だった。でも、ゆっくりできる話でもあった。
「ごべんなざい、まりざうそづいでまじた。ふらんを殺したなんてうそでず。ほんとうは
ふらんに襲われで、れいむとおちびたちを差し出じでみのがじでもらっだんですぅ」
 袋からそんな声がしていたが、もちろん誰も聞いちゃいなかった。



「おーす」
「ゆっ、おにいさん、ゆっくりいらっしゃい」
「りーだー! おにいさんがきたよ!」
「ゆん、ちゃんとのるまはたっせいしてるよ」
 りーだーのまりさが出てくる。
「おお、よしよし」
 男は、檻に入ったゆっくりたちを見て、それを数えると頷いた。
 男が、あの時りーだーまりさに持ちかけた話。
 それは、まりさたちがゲス野良をノルマの数だけ捕まえておいて引き渡せば、この群れ
のゆっくりは駆除しないという取引であった。
 死後時間を経過したものは死体を拾ってきたと見なされてノルマの数にはならないので、
生きたまま捕まえておけと男に檻を渡された。
 これは、ゲスといえどもよほど酷いものでない限りは同属殺しを嫌うまりさたちにとっ
ては、ありがたいことであった。
 餌は、その辺にいくらでも生えている草を食べさせればいい。生に執着するゲスは文句
を言いながらも、食わねば死ぬと思ったら結局は食べる。
「ゆべえ、まりささまをはなすんだぜえええ」
 男は袋にゲスどもを入れていく。
「れいむにさわったらしょうちしないよ! ぷくーするよ、ゆべ! いだい、や、やべで
え、ゆるじでえ、ごべんなざいぃぃぃ」
 うるさい奴を何匹か適当に痛めつけて見せしめにする。
「ゆひぃ……ゆひぃ……」
 中には傷付いて半死半生になっているものもいる。これはまりさたちに、ゲスを捕まえ
るための練習台にされた連中だ。
「よし、これでノルマ達成だ。ごくろうさん」
「ゆぅ……こんかいはよかったよ、ちゃんとのるまがたっせいできて」
「前の、アレのこと気にしてんのか」
「……ゆん、のるまのためだからしょうがないよ」

 前回、ゲスが思ったように見つからず、ノルマに一匹届かない事態になった。
 このままではノルマが達成できない。その時は、群れのものを一匹連れていくと言われ
ている。
「おーす」
 そして、遂に最後の一匹が見つからぬままに男がやってきてしまった。
「あ? ノルマ達成できてねえ?」
 男はそれを聞くとあからさまに不機嫌になったが、すぐに、
「ま、そんなら群れのを一匹連れてくだけだ。どいつにする?」
 あっさりと切り替えてそう言った。
「ゆゆぅ……」
 まりさは窮した。ここで以前のように自分が、とは言えなかった。あらかじめまりさは
連れて行かないと言われているのだ。ゲス狩りにはりーだーまりさの統率が不可欠と男は
よく承知していた。
「なあ、あいつ、ほら、あいつでいいんじゃね」
 男は、ひーそひーそとまりさに耳打ちした。
「ゆ……ゆぅ……」
 男が「あいつ」と言ったゆっくりを見て、まりさは視線を落とす。実は、男に言われる
までもなく、生贄の候補として思いついてはいた。
 その男とまりさのやり取りを見た群れのゆっくりたちは、自然と「あいつ」に視線を注
ぐ。そして、すぐに皆の間に「あの子でいいよね」と言った空気が流れ始めた。
「ゆゆぅぅぅ……」
 まりさは、歯を食いしばって呻くと、きりっと力強い視線を向けて言った。
「お兄さん、あの子を連れてってね」
 視線の先にいたのは一匹のゆっくりれいむ。成体サイズとは言わないがそこそこ大きい。
死後長時間経過したものの他に、あまりにも小さい子供はノルマの数にならないのだが、
そのれいむ程度の大きさならば十分であった。
「ゆ? ゆきゅきゅ?」
 そのれいむは、死の宣告を受けたというのに、事態を理解していないのか無邪気な顔を
して群れの仲間を――自分を生贄にしたものたちを見ている。
 それもそのはず、このれいむは、全く事態を理解していなかった。
 頭に一房の毛の塊が乗っていて、他の部分はハゲている。いや、生まれた時からそこに
は髪の毛が生えていなかった。
 もみ上げは短く、それが僅かにぴこぴこと動いている。
 いわゆる、未熟ゆであった。赤ゆっくりとして成長しきれぬままに産まれてしまったゆ
っくりである。
 この未熟ゆれいむは孤児であった。にんっしんっした母れいむが一匹でやってきて群れ
に入り、そしてその後に出産し、そのまま母れいむは死んだのだ。
 気立てのよかった母れいむのことを皆好いており、未熟ゆの子れいむを群れで育てるの
には異論は出なかった。しかし、所詮は未熟ゆである。成体サイズになるまでは生きては
いられないだろう。
 家族がおらず、そしてどうせもうそんなに長くは生きられない。
 これ以上ないほどに生贄の条件を満たしていた。
「れ、れいむのおかげで、まりさたちはゆっくりできるんだよ!」
 りーだーまりさが、自分を見るみんなを不思議そうに見返している未熟ゆれいむに向か
って叫んだ。
 せめて、せめて感謝の言葉を捧げようと思ったのだ。
「ゆっくりありがとう! れいむ!」
 そのりーだーの意図を察した他のゆっくりたちもそれに続いた。
「「「ゆっくりありがとう! れいむ! れいむのおかげでゆっくりできるよ!」」」
 一斉に言われて、未熟ゆれいむは戸惑っていたようだが、やがてなにやらみんなが自分
に感謝しているのだとなんとか理解すると、嬉しそうにもみ上げを動かした。
「ゆきゅ、ゆきゅきゅ! ゆきゅきゅっ!」
 その未熟ゆれいむは、どうしても「ゆっくり」という言葉を最後まで言えなかった。
「ゆきゅきゅいっちね!」
 これは、ゆっくりしていってね、と言っているつもりなのだ。
「「「ゆっくりしていってね!」」」
 群れのみんなが返す。
「ゆきゅ! ゆきゅ! ゆきゅっ!」
 果たしてどこまで理解しているのかはわからぬが、まるでそれは、今まで世話になるば
かりだった自分が群れのみんなのために役立てるのが嬉しくてたまらないように見えた。
そう、もちろん自分が死ぬなどとは思わぬまま……。
 まりさは、後悔していた。余計なことなどせずに、さっさと袋に入れてもらえばよかっ
たのだ。自分たちの罪悪感を軽減させようとしおらしくお礼など言った結果がこれである。
思い切り罪悪感を増幅させることになった。
「おし、じゃ、ノルマ達成。おつかれさんしたー!」
 それを察した男が、さっと未熟ゆれいむを掴んで袋に入れた。
「……次はがんばるよ、みんな……」
 男が、去った後、まりさは言った。
 皆、ゆっくりと頷いた。

 まりさたちのゲス狩りは上手くいっていた。
 群れのゆっくりの犠牲はあの未熟ゆれいむだけで止まっている。
 群れはゆっくりしていたが、ただ一つ心配なのは、そのゆっくりをもたらしたりーだー
まりさがあんまりゆっくりしていないことだった。
「のるま、のるま、のるまはゆっくりできないよ……」
 ぶつぶつと、そんなことを呟いていることもあった。
「でも、達成しないともっとゆっくりできないからなあ」
「そうだね、もう、あんなのは嫌だよ」
「はぁー、お役所も、なんか最近その辺厳しくなってきてなあ、色々他のことでもノルマ
ノルマって言われてんだ。前はそんなことなかったらしいのになあ、まあ、それでも公務
員辞めるのはなあ……」
「ゆぅ、お兄さんものるまにおわれてるんだね。ゆっくりできないね」
 時々、あの男と公園のベンチに並んで座ってぶつぶつ言い合っていることもあった。
 そのため、群れのゆっくりたちの中に、りーだーというのはとてつもなくゆっくりでき
ない大変な激務なのだという認識が広がっていった。それまでも決して楽な仕事ではない
とは思っていたものの、どうもそれが想像以上のものらしい、と。

「ゆっ! まりさを群れに入れてほしいんだぜ!」
 そんなある日、一匹の若いまりさが群れ入り志願してきた。
 りーだーまりさたちが審査した結果、ゲスではないようだし、とりあえず群れで暮らす
ことを許した。
「ゆん、りーだー! まりさもおともするんだぜ!」
 まりさは、りーだーまりさを慕って行動をともにしたがった。
 そうまで慕ってこられると、まりさも悪い気分ではない。幼い頃に妹を亡くしているこ
ともあり、このまりさが妹のように思えてくるのだった。
「まりさは、りーだーみたいになりたいんだぜ!」
 と、常々言っていた。
「ゆぅ、でも、りーだーはすごい大変だよ。のるまがあるんだよ」
 と、他のものに言われても、
「ゆん、のるまは大変だろうけど、それでもまりさはりーだーみたいになりたいんだぜ、
りーだーをそんけーしてるんだぜ!」
 そう固い決意を披瀝して、皆に感心されていた。
 そして、りーだーというのがとてもゆっくりできないと認識している群れの中に、次の
りーだーはあのまりさでいいのでは、という話が出てくる。
 りーだーまりさも、結構その気になってりーだー教育を施すようになった。
 若きりーだー候補の誕生に、群れはゆっくりしていた。

「ゆっ、りーだーはもっと威張っていいのぜ、威張るべきなのぜ」
 ある日、若まりさが言った。
 りーだーまりさは、驕り高ぶることなく謙虚であった。
「まりさ、りーだーっていうのは、そういうものじゃないんだよ」
 ごくごく自然にりーだーなんだから少しは威張っていいはずだ、と思っているのだろう
と思ったまりさは、静かに諭した。その目に、ゆっくりしていない光が宿っているのに若
まりさは気付いているのかいないのか、ゆゆぅ、と言ったきり反論はしてこなかった。
 その晩、まりさは、側近のぱちゅりーに向かってそのことを話した。
「ゆぅ……あの子は、りーだーにはふさわしくないかも」
 皆、ゆっくりできないのるまに頭を悩ますりーだーを見ているせいか自らがそれになる
のに及び腰な群れにおいて、ただ一匹、意欲のあるものではあるが、そのりーだーなんだ
から威張って当然、という考えに不安を覚えたまりさは、側近のぱちゅりーに意見を聞い
てみたかったのだ。
「むきゅ、あの子はまだ若いから。それに、きっと今まで威張り散らしてるりーだーしか
見たことがなかったのよ」
 ぱちゅりーは、若まりさを庇った。
 実際のところ、ぱちゅりーは現時点ではそれほど若まりさを買っているわけではない。
しかし、なんといっても熱意はあったし、りーだーまりさをあれだけ慕っているのだから、
一緒に行動するうちに感化されて、同じような謙虚で群れのみんなのことを思いやれるり
ーだーになるだろうと期待していた。
 それとは別に、後ろ向きの理由も存在する。
 他に誰かをりーだーにするとしたら、皆が推すのはおそらくぱちゅりーだ。だが、ぱち
ゅりーはのるまと人間との交渉という重圧を伴うそれをやりたくない。
 りーだーに意見を求められれば助言する補佐役の地位が一番いい。りーだーなどやった
らクリームを吐いて死んでしまいそうだ。
「ゆん、ぱちゅりーがそう言うなら、もう少し様子を見てみるよ」
 まりさは、ゆっくりした顔で言った。自分を慕う若まりさを好ましくは思っているのだ。
 できれば、成長して自分の後を継ぐに相応しいゆっくりしたゆっくりになって欲しいと
願っている。
 まりさは、ぱちゅりーのおうちを出て、自分のおうちへとあんよも軽くぽよんぽよんと
跳ねていった。
「……失敗したのぜ……するどい奴なのぜ」
 闇から聞こえたその声は、まりさにもぱちゅりーにも届かなかった。
 翌朝――。
「おはようなんだぜ! りーだー!」
「ゆん、ゆっくりおはよう!」
 いつものように、若まりさがりーだーまりさとのおうちへやってきて元気に挨拶した。
「りーだー、昨日の話なんだけど……」
「ゆん?」
「まだ、よくわからないんだぜ。でも、りーだーの言うことだからきっと正しいのぜ。こ
れからりーだーの下で修行して、わかるようになりたいんだぜ」
「まりさ! ……ゆっくりしているね!」
 りーだーまりさは、感極まって叫んだ。確かにまだまだ未熟だ。これはどうかと思う感
覚を見せることもある。でも、やっぱりこの子は素晴らしい。
 原石だ。
 磨けば、いくらでも輝くに違いない。
「ゆっくり! ゆっくりりかいしていってね! まりさもまりさに、知っていることはぜ
んぶ教えるよ!」
「ゆっ! ゆっくりりかいするのぜ! これからもよろしくなんだぜ! りーだー」
「ゆん、それじゃきょうもがんばるよー」
「がんばるのぜー」
 ぽよん、ぽよん、と二匹のまりさが跳ねていく。
 その師弟コンビを群れのゆっくりたちは、とてもゆっくりと眺めるのであった。

 人間との交渉はりーだーまりさが一手に引き受けていた。
 他のゆっくりは、人間を極度に恐れていたためだ。
 まりさとて、それは同じだったのだが、仕方なしにやっていたら慣れてきた。のるまを
こなしている限り男は群れのものには何もしなかったし、絶対にゆっくりにも人間にも他
言するなときつく言いつつ食べ物をくれたりおうちの材料になる段ボールや発砲スチロー
ルをくれたりした。
 どうやら男にとっても、この付き合いは決して割りの悪いものではなく、むしろ男のの
るま達成のために有効で、まりさの群れが食糧難や住居難で弱体化するのは望むところで
はないらしい、ということをまりさはゆっくりりかいした。
 しかし、それをもって自分と人間は対等な取引相手なのだ、などと思ったりしないのが
このまりさが賢明な証しであった。
 若まりさは、まりさにくっついて人間に会い、会話などもこなしていた。
「ゆぅ……まりさも人間さんは怖いのぜ。でも、りーだーみたいな立派なまりさになるた
めなのぜ」
 と、言っている若まりさの勇気に群れのみんなが感心していた。
 男はもちろん若まりさに関心を持った。りーだーまりさに何かあった際に後釜に据える
候補としてだ。だが、熱意はあるもののまりさほどには賢くないのを悟り、
「しっかり鍛えとけよ」
 と、まりさに言っていた。
「まあ、とにかくノルマを果たしてりゃいいんだ」
 男は、まだ色々難しいことを言ってもわからんだろうと思い、若まりさにはとりあえず
そのことを教えておくことにした。
「ゆん! ゆっくりりかいしたよ! のるまはゆっくりできないけど、がんばってたっせ
ーすればゆっくりできるんだよ!」
「そうそう」
「ゆゆっ、のるまをゆっくりしないでがんばるよ!」
 きらりと光った目は、リーダーを目指す若者のやる気の現われと群れのゆっくりたちは
若まりさを誉めそやした。
 少し、この若まりさへの群れの評価が過大なのではないかと男は思ったが、皆の嫌がる
リーダーに物好きにも志願しているのだ。それだけで期待をかけ有望視したくもなり、さ
らには逃げられたら困るのでおだてて乗せているのだろう、と結論付けた。
 りーだーまりさは、ゆっくりしていた。
 のるまのせいでゆっくりできないでいたが、自分を慕い、その後を継ごうとする若まり
さにものを教えつつ一緒に行動するのが楽しかった。
「養子にしたらどうだ。……ゆっくりにそういうのはないか」
 ある時、男に言われた。養子というものが何かを説明されて、それもよいと思ったが、
いくら歳の差があると言っても、親子というほどではない。
「ゆん、それじゃあ、あの子がもっと成長して、後を継がせてもいいと思ったら……あの
子にまりさをおねえさんって呼んでくれるようにお願いしてみるよ」
「ああ、それがいい」
 目をえぐられて無明の闇の中で激痛に苛まれ、やがては失餡によりゆっくりと苦しみな
がら死んだ妹たち。
 思えば、まりさはあの時から、おねえさんと呼ばれるのが怖くなっていた。自分にそん
な資格は無いと思っていた。でも、りーだーとしてこの群れを率いて随分と経つ。もうあ
の時のなす術もなく妹たちを死なせてしまった自分ではない、と自信がついてきたのだろ
う。
 そして――

「まりさ、そっちへいったよ!」
「ゆゆん! にがさないのぜ!」
 その日、りーだーまりさと若まりさは、二匹がかりでゲスみょんを追っていた。このゲ
スみょん、いわば辻斬りの常習犯でどこかで拾ったバターナイフを得物に切りまくってい
た。ノルマのためのゲス狩りを抜きにしても、付近の平和のためにやらねばならぬ相手で
あった。
「ゆゆん、とおせんぼなのぜ」
 前に立ちはだかった若まりさを避けるために、ゲスみょんは右に跳ねようとした。しか
し、そのために一瞬停止したところを後ろから追ってきたまりさに体当たりされて転倒し
た。しかも、その際にバターナイフを落としてしまい、それを若まりさに拾われてしまっ
た。身体能力は高いものの、なんといってもゲスみょんの強さは切れ味鋭いナイフあって
のものだ。
「ゆっ! みんなの仇だよ!」
 まりさは、続けざまに体当たりした。仇といっても、このゲスみょんに殺されたゆっく
りにまりさの群れのものはいない。しかし、ごく自然に群れ外のゆっくりに対して仲間意
識を持っていた。
「ちぃぃぃーーーんぽ!」
 ゲスみょんが最後の力を振り絞って反撃した。まりさは跳ね飛ばされる。
「まりさ!」
 ナイフをくわえたままじっとしている若まりさに救援を求めるが、若まりさは動かない。
「ゆん!」
 まりさとゲスみょんがもみ合っているので同士討ちを恐れているのだろうと思ったまり
さは、体当たりを食わせてから後ろに飛んで距離を取った。
「ゆゆっ!」
 ゲスみょんが体勢を立て直そうとした瞬間、若まりさが突進してきてゲスみょんの後頭
部に深々とナイフを突き立てた。
「いーんぽ……」
 かくして凶行で付近のゆっくりをゆっくりできなくさせていたゲスみょんは息絶えた。
「……ゆふぅ……やったね」
「……」
 まりさが言うのに若まりさは答えず、辺りをしきりに見回している。
「ゆん、大丈夫だよ。このみょんは一人だから」
 ゲスみょんの仲間を警戒しているのだろうと思ったまりさは言った。
「りーだー……」
「ゆん? なにかな」
「りーだーは、やっぱりもっと威張っていいと思うんだぜ」
「ゆぅ……まりさ、りーだーはそういうものじゃないんだよ。ゆっくりりかいしてね」
 今、するべき話だろうかと思いつつ、まりさは言った。
「でも、りーだーほど凄いゆっくりはいないんだぜ! 人間さんとたいとーに付き合って
るし、あのお兄さんの力をバックにすればもっとゆっくりできるんだぜ!」
 若まりさが、まりさを尊敬しているのはわかるが、その思想にとてつもなく危険なもの
を感じたまりさは、一度びしっと言っておく必要を感じた。
「まりさ……それはゆっくりできない考えだよ、まりさは人間さんとたいとーなんかじゃ
ないし、そんなことしたら、にんげんさんに見捨てられるよ」
「ゆっ! そんなことないんだぜ。のるまをたっせーしてればいいんだぜ」
「まりさ……今のままじゃあ、まりさを次のりーだーにすることはできないよ」
「ゆゆっ!?」
「りーだーがどういうものか、もっとべんきょーしてゆっくりりかいしてね」
 まりさは、若まりさに背を向けた。なにしろ唯一の意欲あるゆっくりなので、それでも
切り捨てる気にはなれなかった。でも、このままりーだーになったら、群れもそれ以外の
ゆっくりも、そして若まりさ自身もゆっくりできない結果になる。
「それじゃまりさ、ゆっくりかえ」
 しかし、やはりなんだかんだで自分を慕う若まりさのことを、まりさは大好きなのだ。
消沈して何も言わぬのを気遣って明るく、今のことはもう無しだと言わんばかりの声をか
けた。
 ずぶ――
 振り返ろうとした瞬間に背中に生じた激痛を伴った異物感に、まりさはゲスみょんがま
だ生きていて復活してきたのかと思った。
 まさか、考えられなかったのだ。
「ゆへっ」
 自分を尊敬する若まりさが、自分にナイフを突き立てることなど。
「ま……り、ざ……」
「まったく、ばかな奴なのぜ」
 若まりさは、日頃の尊敬の眼差しなどどこへやら、ゴミでも見るかのような目だ。
「ど、どぼじで……どぼ、じ、で」
「ゆふん、まったくばかな奴なのぜ」
 本当に心の底から思っているのだろう。二回言った。
「りーだーのけんりょくでもっとゆっくりできると何度も教えてやったのに」
「……ちが、……ばりさ……それは、ちが」
 この期に及んで、まりさは若まりさの間違いを正そうとする。それへ嘲笑をくれてやっ
た若まりさはナイフをぐいと押し込んだ。
「ゆぎっ!」
 ナイフの先端が中枢餡に触れたのを感じたまりさは、痛みと恐怖に涙を流しながら震え
た。思考がふっ飛ぶ。
 まりさは妙に諦観していた。
 もちろんゆっくりできたこともあったが、基本的には立て続けに自分の周りのものに不
幸が起きたゆん生であった。
 とうとう、自分の番か、という奇妙な感覚がまりさにはあった。
 ――おとうさん、おかあさん、れいむ、いもうとたち、ぱちゅりーおかあさん――
 ――今、いくよ、ゆっくりいくよ、ゆっくりしようね、いっしょにゆっくり――
 家族になろうとまで決意しかかっていた若まりさに裏切られてみじめに死んでいくのだ。
もう、まりさは家族のところへ行くことしか考えていなかった。
 いや、しかし、餡子脳の隅々にまで染み付いたあることだけはどうしようもなかった。
 卑劣な裏切りによる、とてつもなくゆっくりしていない死にも関わらず穏やかだったま
りさの顔が歪んだ。
「の……るま……のるまが……」
 のるまの期限が近いのを思い出したのだ。あと三匹ほど足りなかった。先ほど始末した
ゲスみょんも捕獲できるものならしたかったのだが、そのような余裕はなしと見て殺した
のだ。
「しぶといのぜ……ゆっくりしないではやくいっちまうのぜ」
 ぐいぐいと若まりさがナイフを押し込んでくる。既に中枢餡はかなりの部分が損傷して
いてもはや助かるまい。
「のるま゛っ」
 それが、まりさの最後の言葉だった。
「ゆっへっへ、あんしんするんだぜ、のるまはまりさがしっかりたっせーしとくのぜ」

「ああ? あいつが死んだ?」
 りーだーまりさの死を告げられた男は絶句した。
「ゆん、それでまりさがあたらしいりーだーになったのぜ」
「……ん、そうかあ」
 若まりさを見て、男は頷いた。群れの連中はどいつもこいつも人間との接触を極度に恐
れ、まりさがゆっくりできていなかったのを見てりーだーという重職を嫌がっていたから、
ただ一匹だけ意欲のある若まりさがりーだーになるのは不思議ではなかった。
 話を聞けば、ゲスみょんとの戦いでりーだーまりさは殺されてしまったのだが、その場
にいながらりーだーを助けることができなかった若まりさが、その遺志を継いで償いとし
たいと泣き喚いて新りーだーに選ばれたらしい。
「まあ、頑張れ」
 とりあえずは、こいつのお手並み拝見である。
「ゲスゆっくりどもをノルマの数だけ捕まえて引き渡す。ノルマに足りていなかったらそ
の分を群れのものから連れていく。それはわかっているな」
「ゆっ! ゆっくりりかいしているのぜ!」
「で、今回はどうよ?」
 男はノルマの進行具合を尋ねた。そもそも今日やってきたのはそのためである。ノルマ
の期限の前々日ぐらいにやってきて、達成していないようならはっぱをかけていくのだ。
「ゆぅ……あと二人なんだぜ」
「そんならゲス一家でもいりゃあ番をとっ捕まえて達成だ。気張れよ」
「おにいさん、おねがいがあるのぜ」
「ん?」
 今回はりーだーが急に変わったこともあり、ノルマ達成が無理っぽいからゆっくり勘弁
してねとか言いうのであろうと思ったが、そうではなかった。
「みんな、一応まりさをりーだーにみとめてくれてるけど……やっぱりまえのりーだーと
同じにいかないのぜ」
「まあ、そらそうだろうな」
「ここは、お兄さんの力をかりたいのぜ。簡単なことなのぜ」
「よし、言ってみろ」
 若まりさは、しゃがんで耳を傾けた男にひーそひーそと耳打ちする。群れのゆっくりた
ちがそれを不安そうに眺めていた。
 前りーだーがいなくなってから初めての人間との折衝なのだ。ここで人間が、あのまり
さがいないのならもうお前ら役立たずだから駆除だ、とか言い出さないとも限らない。
「おーし、集まれ」
「ゆぅゆぅゆぅ」
「このまりさが新しいリーダーであることを認める」
「ゆっへん、ゆっくりみとめられたよ」
「これから、こいつの言うことはおれが言うことだと思ってちゃんと従うように、わかっ
たな」
「「「ゆ、ゆっくりりかいしたよ!」」」
 群れのゆっくりたちは、若まりさが人間に認められたのにほっと安堵したものの、男の
口からなんだかゆっくりできない言葉を聞いて幾分戸惑いながら答えた。
「ありがとうなんだぜお兄さん、これでみんなまりさの言うこと聞くのぜ、のるまをちゃ
んとできるんだぜ」
「おう、がんばれよ」
 男がああまで言ったのは、若まりさに頼まれてのことであった。人間がバックについて
いるのならば誰も逆らえない。そうして前りーだーに比べて乏しい統率力を補うのだと聞
いた時、男は若まりさを見直した。
 ただひたすらにりーだーまりさを慕ってガムシャラについて回っているだけなのかと思
っていたら、このように狡猾とすらいえる知恵をめぐらせるとは、こいつは上手く行けば
前のまりさ以上に男にとってはよいりーだーになりそうだった。
 それはそれとして――
「そうか、あいつ、死んじまったか」
 死んだと聞いた瞬間に、この群れを利用してゲスゆっくり狩りをやらせるのもおしまい
かと思った。しかし、意外にも若まりさが後を継いでやっていけそうだとわかって安心す
ると、男の中にまりさとの記憶が蘇ってきた。
 多少賢いようだが、要するにただの野良ゆっくりである。
 そう思っていたのだが、改めて死んでしまったのだと実感すると、感慨深いものがあっ
た。
 ひょっとして、自分はあのまりさのことが好きだったのだろうか?
 ――いや、ただの野良ゆっくりだ。野良ゆっくり狩りを仕事として幾度もやってきた自
分にそのような感情が芽生えるはずはない、と男は首を振った。
「ゆんっ! いまきいたとーりだよ! まりさはりーだーとお兄さんに認められたよ! 
みんなゆっくりりかいしてまりさの言う通りにしてね! そうしないとお兄さんに言いつ
けておしおきしてもらうよ!」
 去っていく男の後ろから、若まりさの声が聞こえてくる。
 はっきりいって恐怖支配丸出しだが、あのまりさほど自然に尊敬と服従を得られるもの
が他にいないのだから、結局は誰がやってもああしないと群れはばらばらになってしまう
だろうからしょうがない。
「そうか、あいつ、死んじまったか」
 気付いたら、二度目のその言葉が口から出ていた。

「お、よしよし、ちゃんとノルマは果たしたようだな」
「ゆん! これもお兄さんのおかげなんだぜ、あれ以来、みんなまりさのめーれー通りに
動くから、上手くいってるんだぜ」
「そうかそうか」
 きちんとノルマを果たした新りーだーの若まりさに、男はだいぶ満足していた。このま
ま行けば、十分あいつの後釜としてやっていけるだろう。
「やべでええええ、でいぶはしんぐるまざーだよ! かわいぞうなんだよ! だからいの
ちだけはたずげでえええ! あとあまあまちょうだいね!」
「うっせ」
 喚くゲスどもをテキパキと袋に入れていく。
「ゆわああああん、れいむゲスじゃないよぉぉぉ、おちびちゃんたち、れいむがいなかっ
たらみんな死んじゃうよぉぉぉ、おねがいだがらおうぢにがえじてえええ!」
「ん?」
 だが、最後に掴み上げたれいむを見て男は軽い違和感を覚える。
 なんだかんだである意味ゆっくりとの付き合いはそこそこ長いので、色々な連中を見て
きた。その経験上、こいつは本当にゲスではないのではないかと思ったのだ。
「おい、まりさ」
「ゆへっ、なんなのぜ」
「こいつ、ゲスか?」
 一応、若まりさに聞いてみる。
 男としては、そこで若まりさが、実はそいつはそんなにゲスでもないんだけどノルマの
ためにしょうがなく捕まえた、と言えば、それでいいと思っていた。基本的にまずはゲス
ゆっくり狩りに全力を尽くすとしても、どうしてもノルマに足りなければそれほどゲス度
の高くないものでも群れのゆっくりが連れていかれぬために差し出すのは仕方ないことだ
ろうと群れのりーだーとして判断してもおかしくはない。前のりーだーまりさならばしな
かったことだが、それはあいつがちと甘いのだ。
「ゆっ、そいつはゲスなのぜ。なかなか演技がうまくてだまされそうになるのぜ。でもゲ
ス行為のもくげきしょーげんもあるのぜ」
「そうか」
「う、嘘だよぉぉぉぉ! れいむ、なんにもじでないよぉぉぉ!」
「……ふむ、演技が上手いな」
「ゆっ、まったくなんだぜ。とにかく、のるまはたっせーしたのぜ?」
「ん、ああ、そうだな」
 男は軽い違和感を拭いきれぬまま、ノルマはきちんと達成されていることに一応満足し
て、いつまでも自分はゲスではないと泣き喚くれいむを含めたゆっくりどもの入った袋を
担いで去っていった。
「ゆへへっ」
 その背中を、若まりさがへらへらとした笑顔で見送る。
「ゆぅ……」
「あのれいむ……」
「ゆゆっ、まりさ、だめだよ」
 その周りで、群れのゆっくりたちはとてもゆっくりしていない感じで若まりさを見てい
た。その目は、以前の若まりさを見ていた期待と希望に満ちたものではなかった。
「……むきゅぅ……」
 前りーだーの側近だったぱちゅりーが呻いていた。ノルマまであと一匹というところで
若まりさがあのれいむを引っ立ててきた。れいむは先ほどのように自分はゲスではないと
主張し、見た感じではその通りであろうと思われた。だが、若まりさは、こいつは演技を
しているだけでとんでもないゲスなのだと言い、群れの皆はそれを信じた。
 いや……その時は、新りーだーである若まりさの言うことの方が正しいに違いないと思
っていたが、後から考えれば、どちらを信じるべきか選択する際に、若まりさの背後に、
あのノルマを達成していなければ容赦なく群れの仲間を連れて行ってしまう怖い人間さん
の姿を見てはいなかったか。
 その、怖い人間さんの言うことには逆らえぬと思っていたのでは……。
「……むきゅぅ……」
 もう一度、ぱちゅりーは呻いた。
 なんだか、ゆっくりできなくなる予感がしていた。


02へ続く
最終更新:2010年04月19日 16:42
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