『2・先輩』 116KB
追放 共食い 妊娠 飼いゆ 赤ゆ 子ゆ れいぱー 現代 人間複数/チート気味ゆっくり登場
【先輩、デタラメなゆっくりと出会うのこと】
※久方ぶりのSSです。今度は現代イメージに挑戦。
現代社会に、ゆっくりが奇妙な新種として実在する世界……という感じです。
※設定に違和感を憶える場合もあるかと思いますが
「ああ、こういう世界なのね」と大らかな気持ちで見てくだされば幸いです。
※またも、虐分薄めというより、前置きが長いです。
※18禁かもしんないです。エロくないくせに。
ピュアな てぃーんねーじゃー にはピンと来ない箇所もあるかと思いますが
汚れた大人の戯言とスルーしてください。
「どうにも最近のは……何かというと、電マだねぇ」
気怠い休日、日差しも温かくなって来た昼前。
一人暮らしの気ままな生活。彼女がいるわけでもなし、野郎の友人宅へ押しかけるのも
面倒なだけだ。
なにより外出するほどの馬力も湧き出さなかったので、溜まっていた洗濯物を洗濯機へ
放り込み、その全自動な行程が終わるまでの時間を潰そうと、先日レンタルしてきたAV
を見始めた。
ちなみに、さんざん話題になったのに見ないままだった映画も併せて借りてきたのだが、
映画一本はちょっとした時間潰しに見るものでもないだろう。見るための気合いと気持ち
を盛り上げてからでなくては、名作を見終わった時の感動も、肩すかしを食らった時の憤
りも、中途半端で終わってしまう。
それはともかく、AVだ。もちろん、この略はアダルトビデオの方。モザイクも、薄消
しと表記してあったが、ちゃんとかけられている。清く正しいレンタル対象作品だ。
細身でプロポーションも良く、顔もなかなかで乳房も大きく形が良い、そんな女優さん
がイカされまくるという、割と好みの内容らしかったので借りてきたのだが……
プレイの進行は、昨今よく見かけますねといった感じの流れだ。いや、それはいい。流
行結構、定番万歳。それらが悪いわけではない。
男優が喋らないというのも良い。男優の台詞の代わりにか、場面転換やプレイが一段落
したときに、画面が暗転して一言だけ字幕が差し込まれるのは、好みが別れるところかも
しれない。まぁ、個人的には問題ない。
女優さんの声より男優の声ばかりが目立つと、自分としては萎えてしまうから。「お前
ばっか喋んなや」と思わず画面の男優にツッコミを入れてしまったこともあるくらいだ。
電マやバイブを使うのも、駄目とは言わない。それどころか、割と好みだ。だが、挿入
するバイブはともかく……電マって、振動するだけのものなんじゃないのか? 女性器は、
気持ちいいと感じる神経が表層部や入り口付近にも集中していると聞いたことがあるけど、
撫でたりするわけでもなく、振動だけであれほど気持ち良くなるものだろうか?
なるのだとしたら、全くもって女体の神秘。
少なくとも、オナホについてる振動ローターの効果がさっぱりわからない身としては、
電マの効果にも、つい懐疑的になってしまう。あ、でも、すっごい超振動だと、やはり違
うのか? そんな超振動は経験ないし。
というか、女体じゃないし、俺の体。
ともあれ、初めて見たときはインパクトもあって興奮したものだが、電マも今やすっか
りお馴染みのアイテムになったものだ。
そういえば、工事で使うロータリーハンマドリルの先端に、ハンマーでもドリルでもな
く、バイブを付けたもので女優さんを責めているのを見たことがあったけど……あれはイ
ンパクトと説得力の両方を兼ね備えていたな。
あれは凄かった。
でも、ちょっと迫力がありすぎて不安にもなったが。
俺も、模型や工作で使う小振りなハンディドリルを持っているが、改造して試してみる
気にはならない。
そもそも、試す相手がいない。
自分で試すなんて、冗談にもならない。
男優が自分の手で、あるいは電マやバイブ等の道具でと、その責めを激しくしていくと
女優さんが所謂“潮吹き”をする。これも、また結構なものだ。
まさしく女体の神秘。
合間合間に水分補給しているのだろうか? この女優さん、実によく潮を吹く。「これ
だけ大量だと、もうこれ、ただの小便でしょ」とか、そんな野暮なことも言わない。
お漏らし?
いいじゃない!
ただ、問題なのは……
「なに、それ? なんなの? 『この顔は色っぽいでしょう』とでも言いたいんですか?」
どうも先ほどから、女優さんのカメラ目線が気になるのだ。
しかも、上目遣いで。
シチュエーションが違ったら「それ、ただのガン付けだから」という目つきで。
せっかくの美人さんが台無しですよ。
時間潰しのための、いわば味見のようなつもりだったためナニは出してないが、もしも
レッツビギン体勢だったら、この目線一つで萎えるだろう。見ること自体をやめてしまう
くらいだ。
どうにも芝居臭くていけない。
「演技するなら、芝居ってバレちゃ駄目だろ。やっぱ、自然が一番だな」
「しぜん?」
「そう。嘘くさいのは、良くないね」
「嘘は良くないです! ゆっくり出来ないんだよ!」
「いや、ゆっくりするために見るものじゃないけどね、AVって。まぁ……抜いた後は、
ゆっくりというか、まったりというか。虚脱状態というか……」
「抜いたら、ゆっくり出来るんですか? なにを抜けばいいの?」
「さっきからお前、何を“ゆっくり”みたいなことをって言うか誰だぁああああっ!?」
「ゅわぁあああああっ!?」
「って……本当に、ゆっくりじゃねぇか!」
「ゆ……ゆっくりしていってね!?」
「「「「ゆっくぃしていっちぇね!」」」」
なんだかんだで、画面の女優さんに集中していたのか。
突然の問いかけに対しても、当たり前に返事をしてしまったが……俺は一人暮らしだ。
客も来てないのに、話しかけてくる者がいるわけもない。
真昼の心霊現象かと一瞬肝を冷やしたが、振り返ってみればそこには“ゆっくり”がい
た。大きいのが一匹。やたらと小さいのが四匹。
この生ける不思議饅頭は、いくら駆除をされても、その姿を消すことがない。
外見は下ぶくれの生首。その造りは、主に皮と餡で成り立つ饅頭そのもの。中身の餡は
その種類によって、小倉だカスタードだ生クリームだチョコだと色々あるらしい。そんな
ものが、なぜ動くのか……そもそも「生きている」と言っていいのかすら謎だが、メシを
食い、糞を垂れ、交尾して、子を為す。つまり、生き物として振る舞っている。挙げ句の
果てが、人語を解するときた。
発見されたときは、大騒ぎになった。新種発見で大いに盛り上がったことは、ゆっくり
以前にもあったそうだが、それとは比べものにならないほどだという。
まぁ、当然だろう。
繁殖の容易さや、その特異な性質、しかも人語を解するというのだから、それはもう、
様々な利用法が模索され、ペットとしての価値を計られと、ともかく一時期は大変な人気
だった。
だが、野生動物の習性パターンと現代人の思考パターンを混ぜ合わせて3で割り損ねた
ような行動様式を持つゆっくりは、有効活用や利用価値よりも、存在することでの問題点
の方が多く目立つことになった。
山から下りてくれば畑荒らしなどの問題を起こし、街へとやってくれば商店の営業妨害
や路地の不法占拠と問題を起こし、ペットにされれば捨てゆっくりを中心とする飼い主の
マナー系問題や、鳴き声を初めとする近所迷惑に器物破損と問題を起こし、食品にされて
さえモグリ業者による食中毒と問題を起こす。
愉快と不愉快の境界線上で、迷惑と問題を撒き散らかす謎存在だ。
「まぁ、人間の方に問題がある例もいくつかあるけど……」
「ゆゆ?」
そして、我が家へと突然に闖入してきたゆっくり共も、謎な存在だ。まぁ、湧くように
突然現れた段階で、十分すぎるほど奇妙なのだが。
まず大きいのは、黒く大きなとんがり帽子に、その下から金髪が覗いている。“まりさ
種”ってやつだ。
小さいのは……やたらと小さいので、少々判別が難しいが、一匹は同じ“まりさ種”の
ようだ。ならば親子かというと、残り三匹が別々で、二匹が短めの金髪にカチューシャと
いう“ありす種”。そして残る一匹が、黒髪に後頭部を飾る赤いリボンがトレードマーク
の“れいむ種”。
よほどの例外でもない限り、両親以外の種が産まれることはないという。
ならば、小さい方が三種類もいる段階で、親子とはちょっと考えにくい。
首を傾げている俺と向き合った状態で、ゆっくり達も、その生首のような体を傾ける。
こちらのマネをして、首を傾げているつもりなのだろうか?
バッジや名札など、飼われていることを示すものは見当たらないから、おそらくは野良
なんだろうが、たいして薄汚れてもいない。
その点も、奇妙だ。
手足のないゆっくりは、互いの頬を擦り合わせるか、舌によるグルーミングくらいしか
身嗜みを整える術がないらしい。水浴びもするそうだが、なにせ饅頭。長時間水に浸かる
と、その皮が水を含んで脆くなり、最後には溶けるように崩れてしまうとか。だとすれば、
しっかりと汚れが落ちるまで水に浸かり続けるなんて出来ないだろうし、ほとんどのゆっ
くりが本能的に水を怖がるとも聞いた。
さすがに接地面……人間で言えば足の裏に当たる部分は、いくらか汚れているようだが。
それでもパッと見た感じでは、土や埃に汚れているわけでもない。捨てられて間もない
のだろうか?
だとしたら、どうして大きい方のまりさは、やつれているのだろう?
一匹だけ大きなまりさは、酷くやつれて、目の下にクマが出来ているし、頬もこけて影
を入れたように黒ずんでいる。よほどに飢えて、栄養失調とでも言うべき状態のようだ。
だとしたら、野良生活が長いのか……それとも、飼い主が飼育放棄して餌もくれないか
ら、逃げてきたのか?
あれこれ考えながら、すぐ傍らにほったらかしてあった袋を手に取る。なんの変哲もな
い、ビニール製の買い物袋──近所のスーパーで買い物をした際に、一緒にもらえるもの
だ。かなりの容量が入り、十キロ入りの米を買ったときも、これに入れて持って帰ってき
たし。手に、紐状となった取っ手部分が食い込んで痛かったけど。
「なんで、いきなり……ゆっくりが俺んちに湧くんだ?」
「ゆ? まりさ達は湧いたんじゃゆぁあああああっ!?」
「「「「おか~しゃぁあああああああああん!?」」」」
最後まで聞かずに、大きなまりさを引っ掴んでビニール袋へ放り込む。その拍子に、袋
には収まりきらなかった大きなとんがり帽子が転げ落ちた。
「お、お帽子さんがぁあ!? ゆああ!? お兄さん! やめてね! がさーは駄目だよ!
袋さんはゆっくり出来ないです! やめてください!」
これまた無視して、ガサーッとまりさを完全に袋へと収めてしまい、取っ手部分を縛っ
てしまう。吊せる場所でもあれば、縛らずに引っかけておくのもいいが、生憎と手頃な場
所はない。
「……“お母さん”って言ったか? てことは、まさか親子なのか?」
「お兄さん!? まりさが悪いことをしたのなら、きちんと謝ります! だから出してね!」
「おかーしゃんに ひどいこと しゅゆにゃぁああ!」
「こんなの とかいは じゃないわっ! やみぇなさいっ!」
「おかあしゃんを いじめりゅと りぇいみゅ おこりゅよ!!」
「おかぁさんを いじめる いなかものな じじぃは しになさいっ!」
「駄目だよ、おチビちゃん達! お兄さんにそんなことを言う子は、悪い子だよ! 悪い
子は、ゆっくり出来なくなるよ!」
「ゆゆっ!? で、でもでも! おかあしゃんが……!」
「ありす、わるいこに なるの、いやよ……ゆっくりできないのも、いや……」
「あぃすだっちぇ……でも、おかあさんが……」
「まぃしゃ、おかーしゃんを たしゅけたいよぉ!」
また、首を傾げてしまう。
どうも、このゆっくり達、母と子ではあるらしい。血の繋がり……餡の繋がり? が、
有るのか無いのかは、ともかくとして。
そして、母親であるまりさは、ずいぶんと賢いようだ。それも、人間から見て、人間に
都合良く、賢い。
「やっぱり、元飼いゆっくりで……しかも、ブリーダーにきちんと育てられたってところ
か?」
ゆっくりを、ペット用に繁殖・飼育・調教する職業も、きちんとあるらしい。
ペットどころか、つい最近“盲導犬補助ゆっくり”なるものの教育に成功し、その第一
号がパートナーの盲導犬と共に、視覚障害者に引き取られたとニュースで言っていた。
近々、ゆっくりのみでも介助を行えるものが育ってくるかもしれない、と、ゆっくりが
好きらしいレポーターがニコニコしながら言っていたっけ。
「ゆゆ? ブリーダーのお父さんなら、まりさ知ってるよ?」
案の定の答えが、袋の中から聞こえてくる。ただビニール越しなので、モゴモゴごそご
そと、ちょっと聞き取りづらい。
「まりさのお母さんも、そのお母さんも、とってもお世話になって、いろんなことを教わ
ったんだよ。まりさも、たくさんのことを教えてもらったんです!」
「そして、まりさはブリーダーさんの所から、飼い主のところへと貰われていったってわ
けだ?」
「そうです! それでね! それで……それで、まりさは……まりさは……捨てられたん
だよ……まりさの可愛いおチビちゃん達と、一緒に……」
子供達の嘆きが、一度に高まる。少々聞き取りにくいが、お母さん泣かないで、お母さ
ん元気出して、お母さんごめんね自分のせいで、などと言っているようだ。
泣く子供達に袋の中から、おチビちゃん達のせいじゃない、笑って、ゆっくりして、と
母親が宥める。
また、首を傾げてしまった。
ゆっくりは、とにもかくにも自分勝手な存在だと聞いている。人間の醜い部分ばかりを
際だたせたような性格をしている、なんて評した者もいた。自分の窮地を忘れて、泣く子
をあやす親。親の苦難を、自らが生まれた故だと詫びる子供。
ちょっと綺麗すぎないか?
そうだ、思い出した。自分勝手の代表的な例として、“お家宣言”ってのがあったか。
人間の家へ上がり込んで、今日からここを自分の家にすると言い張るというものだ。
居直り強盗も呆れて言葉を失うであろう馬鹿げた宣言だが、ゆっくりにとってはごく当
たり前のことなのだという。
そのお家宣言も、コイツらはしてこなかった。そもそも、あまり派手に動き回ってもい
ないし、部屋の中を荒らされたわけでもない。
妙に大人しい連中だ。まぁ、親のまりさは衰弱しているだけなのかもしれないが……
「お母さんは大丈夫だよ。だから、おチビちゃん達はゆっくりしてね? それと、お兄さ
んを怒らせるようなことをしちゃ、駄目だよ?」
「でもぉ……でも、おかあしゃんは ゆっくりしてないよ?」
「おかーしゃん、きゅゆしきゅにゃいの?」
「大丈夫、お母さんは平気だよ。お母さん、強いんだから!」
『ぁひぃっ!!』
清らかな親子のやりとりを、湿り気を帯びた喘ぎ声が台無しにする。
ああ、AVが再生されっぱなしでしたね。女優さん、また派手に追い詰められ始めまし
たね。
とりあえず停止しようかとリモコンに手を伸ばしながら、なによりも奇妙であるはずの
問題点を再び口にしてみる。
「にしたって、なんでまた部屋の中へいきなり、ゆっくりが湧くんだ?」
「ゆゆゆ? まりさ達は、湧いたんじゃないよ? 大変なことが起きてるみたいだから、
怖かったけど助けに来たんだよ」
「……助けに?」
予想もしてなかった奇妙な返答に、リモコンへと伸ばしかけた手が止まる。
「女の人が、大変なことになってると思ったんだよ。まりさじゃ、どうにも出来ないかも
しれないけど、でも、放っておけなくて……」
「女の人が? 大変なこと?」
「だって、まりさも……まりさも……ゆわわぁああああんっ!!」
「……ああっ!!?」
はたと気が付いて慌てて立ち上がり、開けっ放しだった襖から隣の部屋へ駆け込む。
東京23区内の2DKと一人暮らしには過ぎた物件のこのアパート。だが、駅から遠く
て築年数もそれなりに過ぎており、さらには大通りに面していて車の音がうるさいからか、
家賃はちょっと頑張ればなんとかなる価格。
寝室として利用している隣の部屋には大きな窓があり、そこからごく小さな庭へと出ら
れ、洗濯機はその庭にしつらえてある。
「ああ……窓……全開のままだ……」
そういや洗濯をしようと庭へ出たときに、ついでに換気もしようとこの窓を開け放った
のだった。
「にも関わらず……大音量で、AVを……イキまくり女優の、大きな喘ぎ声が……」
一人暮らしが長かったための、油断というやつだろう。きっと誰だって、こういうミス
をやったことがあるんじゃないだろうか? あるに違いない。あると思いたい。
虚ろに、無為な思索に囚われていると、先ほどまでいた居間として使っている部屋から、
女優さんの声が大音量で響き始める。
「またイッちゃう」とのことだ。そうね。俺も、どこか遠くへ行ってしまいたいよ。
「もう駄目になっちゃう」とのことだ。そうね。ご近所さんの俺に対する評価は、もう
駄目かもしれないよ。
ノロノロと窓を閉め、他の戸締まりも確認し、居間へ戻ってAVを消して、ガックリと
座り込む。
体勢は、先ほどまでAVを味見視聴していたものと大差なく。ただ心情は、甚だ落差激
しく。
車の音に紛れていれば、大丈夫だろうか。少なくとも、俺の部屋が音源だと限定されな
ければ、なんとか……しかしこのアパート、ご家族持ちが多いのだ。独身男性は、確か俺
ともう一人くらいしかいないんじゃなかったか。
世知辛い都会には近所付き合いもほとんど無いのだから、ご近所の評判なんて気にする
ことはないだろう……と言えば、言える。だが、悪評なんてものは、無いに越したことは
ないのだ。
この近くで、妙な事件でも起こってみろ。
そして、あの部屋の住人は、女性を責め立てるようなAVを喜んで見る種類の人間だ、
と、警察やら報道やらに言われてみろ。
なんか、そんなこんなで見事な冤罪が出来上がった例が、過去にあった気がする。
「はぁ……」
「お、お兄さん? お兄さん! なんだか息苦しくなってきたよ! まりさのこと、そろ
そろゆっくり許してください!」
「おかあしゃんが しんじゃうよ! たしゅけてね!」
「あぃすも おにぇがいするわ! おにぇがいぃます!」
「おにーしゃん、おにぇがい!」
「おかぁさんを たすけてあげてね!」
また、溜め息をつく。
なんにせよ、済んだことだ。終わったことだ。過ぎた事柄をウダウダ考え込んでいても、
取り返しがつくわけでもない。
ノロノロと袋を持ち上げ、結び目をほどいていく。ほどいた取っ手部分を持ち、ぶら下
げたまま袋の中を覗き込むと、中のまりさと目があった。
「ゆゆっ! ありがとう、お兄さん! 苦しかったけど、これでゆっくりたくさん息が出
来るよ! このまま出してくれると、まりさとっても嬉しいです! それから、まりさの
お帽子さんは無事? あれは、まりさの大切なお帽子さんなんです! お願いしますから、
返してください! まりさのおチビちゃん達は悪いことしてないので、袋さんに入れない
であげてください! たくさんお願いしてごめんなさい!」
一気に捲し立ててきた。
この状況でも、そこそこ丁寧に「ですます」口調を使い続けてるあたり、よほどしっか
りとしたブリーダーから教育を受けたのだろうか。
少なくとも、安易に捨てるような飼い主が教育するとは思えない。最後まで責任を持て
ないなら、一切関わるなと厳しく教えられた身としては、ペットを捨てるという行為は許
せないのだ。
たとえ、ゆっくりと言えども、だ。
一度ペットとしたものを捨てるような人間は「ろくでなし」に違いない。見ず知らずの
相手だが、勝手にレッテル貼りをさせて貰う。
駄目飼い主の悪影響を受けなくて、良かったな。そういう意味でも、なかなか賢いヤツ
なのかもしれない。
ところで、饅頭と大差ない造りのゆっくりも、やっぱり呼吸の必要があるのか? と、
コイツらに聞いてもわからないだろうなぁ……
「おかーしゃん! おかーしゃんの おぼうししゃんは ここだよ!」
「ゆゆ!? どこなの、おチビちゃん!? お母さんは袋さんの中だから、見えないよ!」
ぼすっ! がさっ! と、二度ほど袋が鳴った。中のまりさが、跳ねようとしたらしい。
「とりあえず、大人しくしなさい」
「ゆっ! ゆっくり理解したよ、お兄さん! まりさ、大人しくします!」
やたらと聞き分けがいい。
「捨てられたって言ってたよな? 何があったんだ?」
「ゆ……? ど、どうしてお兄さんは、そのことを聞きたいの?」
「ん~……なんとなく、な」
捨てられたペット、ということなら、やはり保健所へ連絡だろうか。
これだけ賢いゆっくりだと、飼い主のことを何か憶えているかもしれない。だとすれば、
安易に捨てた飼い主にも、なんらかの法的な罰が与えられるべきだ。
捨てゆっくりが問題になって、都条例で何か制定されたはずだ。それでも、野良ゆっく
りは今もチラホラ見かけるんだが……あれ? 制定されたのって、鳩のように、餌を与え
ちゃ駄目ってだけだったか?
あるいは、引き取り手を探してやっても良いかもしれない。本当に賢い個体なら、飼い
たいという物好きも見つかるかもしれない。駅前のペットショップで、引き取り手探しの
仲介とかやってくれないだろうか? 頼んでみるのも良いな。
なんにせよ、こいつらをどうするか、今は俺が決めるしかないのだ。決めやすいように、
なんでも良いから情報が欲しい。
あと、どうせ暇だし。
「ゆう~……あんまりお話ししたくないけど、でも、ちゃんとお話しするよ……」
「聞こうじゃないか」
「お兄さん……」
「うん?」
「その前に出してください」
「ちゃんとお話し出来てからです」
「ゆっ! ゆっくり理解したよ!」
*** *** *** ***
まりさは、たくさんの姉妹と共に、この世へ生まれ落ちた。文字通り、親の頭から伸び
た茎から、産まれるときにポトリと落ちたのだ。
まりさの産まれた大きなお家は、「ブリーダーのお父さん」のお家だった。
そのお父さんに育ててもらったお母さん達から、まりさは赤ちゃんの頃からたくさんの
ことを教えられた。いや、未だ茎についたままの時から、語りかけられていた。
「人間さんの言うことを、ちゃんと守りなさい」
これが、教えられたことの中心であり、柱のようなものだった。
人間さんが、どれほど強いか。どれほど恐ろしいか。どれほど残酷か。どれほど賢いか。
そして、どれほど優しいか。どれほど、ゆっくりをゆっくりさせてくれるか。
人間さんの言うことをきちんと聞いていれば、ゆっくりは狩りをしなくてもゴハンを食
べさせてもらえる。寒い冬に凍えることなく、暑い夏に苦しむことなく、いつも快適に過
ごせる。ぺ~ろぺ~ろよりもずっと上手に、綺麗にしてもらえる。温かい寝床を用意して
もらえる。たくさんたくさん、遊んでもらえる。
ずっと、赤ちゃんのままでいられるのと同じだと言われた。それが、ゆっくりにとって
どれほど素晴らしいことか。どれほどゆっくりしていることか。まりさにも、よく理解で
きた。
まりさの二人のお母さんも、まりさ種だった。姉妹全員が、まりさ種だった。二人の母
は、ゆっくりと、優しく、自分達のこれまでの生活を、ゆっくりした毎日を話して聞かせ
てくれた。
同じくまりさ種のお祖母ちゃん達も、話してくれた。まりさにはお祖母ちゃんがいたの
だ。それも、四人とも。これが、どれほど珍しいことかも聞かせてもらった。世の中には
危険がいっぱいで、その危険達は容易く、ゆっくりを殺す。
人間さんは、その危険からも守ってくれるのだという。
ブリーダーのお父さんも、優しくいろんなことを教えてくれた。お行儀良くすることと
は、どういうことかを。人間さんに嫌われないための、お話の仕方を。世の中にある、危
険なことの一つ一つを。
まりさ達がきちんと理解できるまで、何度も何度も話してくれた。
そして、いつかみんなとお別れの日が来ることも。
まりさのことを大事にしてくれる人が、いつか現れて、その人に連れられて、まりさの
ゆっくりプレイスへ行くことを。
そのゆっくりプレイスは、まりさだけのものじゃなくて、まりさを大事にしてくれる人
達と一緒にゆっくりする、ゆっくりプレイスなのだと言うことも。
たくさんのことを教えてもらい、まりさから赤ちゃん言葉が抜けた頃。
まだまだ体は小さいし、早く喋ることも出来ないが、ゆっくりとなら上手にお話が出来
るようになった頃。
まりさのことを大事にしてくれるという、お兄さんがやってきた。
お母さん達やお祖母ちゃん達や、姉妹達、そしてブリーダーのお父さんとお別れするこ
とが悲しくて仕方なかった。それでも、まりさはきちんとお別れをして、お兄さんと一緒
に、お兄さんの家へ行くことにした。
お兄さんが「これからは、お兄さんの家で一緒にゆっくりしていってね」と優しく笑っ
てくれたからだ。
お兄さんの家で、まりさは本当にゆっくり出来たと思う。
広いお庭のある、立派なお家だった。
お兄さんには奥さんがいて、子供もいた。まりさは、奥さんのことを「お姉さん」と呼
び、お兄さんとお姉さんの子供のことは「坊ちゃん」と呼んだ。
言いつけをきちんと守り、坊ちゃんと一緒に遊んでいるだけで、まりさは美味しいゴハ
ンが食べられ、温かいお布団で眠ることが出来た。まりさのための、小さなお家まで用意
してもらえた。
お庭にある草さんが、まりさの柔らかい足にはチクチクと刺さるような気がして、小さ
なまりさは、お庭で遊ぶのは好きじゃなかった。その短くチクチクする草さんは、“芝生”
ということを、まりさは後で教えてもらった。
お家の中が柔らかで気持ちいいのは、“カーペット”があるからだとも教えてもらった。
まりさの足が丈夫になってきて、芝生にも慣れた頃。
坊ちゃんとお庭で、思う存分遊べるようになった頃。
「ゆっふっふっふ♪ ここは、なかなか とかいはな おうちね!」
「ゆゆ~んっ! きめたよ、ありす! ここを、れいむたちの ゆっくりプレイスにするよ!」
「いい かんがえだわ、れいむ! きょうから ここが、ありすたちの ゆっくりプレイスよ!」
れいむと、ありす。薄汚い格好のその二人が、人間さんに嫌われる野良だということは
すぐにわかった。二人が平然と、人間さんを怒らせる“お家宣言”をしたことに、まりさ
は恐怖さえ憶えた。
一緒に遊んでいた坊ちゃんに逃げるように言って、まりさは二人の前に立ちはだかった。
坊ちゃんはまだ子供で、あまり早く走れない。一緒に駆けっこをすると、まりさの方が
早いくらいだ。しかも時々、転んでしまうことも多い。
今はまりさが、坊ちゃんを守らなくてはいけないと思った。坊ちゃんのことをお願いね、
と、お姉さんに言われていたから。それに人間さんもゆっくり達と同じで、子供の頃はと
ても弱くて、みんなで守ってあげなくてはいけないから。
「ゆふへへへぇ♪ れいむたちをみて、ぐずなにんげんの こどもが にげていったよ!」
「とうぜんだわ! ありすたちにくらべたら、にんげんなんて いなかものなんだから!」
何も理解してない二人が勝ち誇りながら、まりさに近づいてくる。まりさにも、さっさ
と出て行けと言って。ここは自分達のゆっくりプレイスだから、邪魔なヤツは出て行けと。
違う。
ここは、お兄さんとお姉さんと坊ちゃんの、大切な大切なお家なのだ。ここは、人間さ
ん達のゆっくりプレイスなのだ。お兄さんは、それはそれはたくさん頑張って、このお家
を手に入れたのだ。そこへ、まりさも迎え入れてくれた。ここは、まりさのゆっくりプレ
イスでもあると、お兄さん達は言ってくれたのだ。
そう言っても、二人は笑うだけだった。きっと二人には、大事なことを教えてくれる人
が居なかったに違いない。そう思うと、二人が可哀想にさえ思えた。
でも、そんな同情もすぐに吹き飛ぶ。
二人は何も理解しないまま、お兄さん達を嘲笑ったのだ。
愚図な人間がどうしたなんて関係ない。この場所はもう自分達のものだ。自分達は、簡
単にここを手に入れた。人間なんかよりずっと強いのだ。
そう言って、二人はお兄さん達とまりさを嘲笑ったのだ。
何もわかっていない。
「なんにも知らない野良ゆっくりは、さっさと出て行ってね! 人間さんが本気で怒ると、
ゆっくりなんてあっという間に殺されるんだよ!」
「とかいはな ありすに、しつれいなことをいわないでね!」
「ばかなにんげんなんか、れいむにかかれば いちころだよ!」
「馬鹿はれいむだよ! ありすも馬鹿だよ!」
「れ゛い゛む゛は゛! ば゛か゛じ゛ゃ゛な゛い゛ぃ゛い゛い゛い゛!」
「あ゛り゛す゛は゛! と゛か゛い゛は゛よ゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛!」
「じゃあ、どうして、こんなに大きなお家が建てられるの!?」
「ゆ、ゆゆ!?」
「道路さんを走る車さんは、どこで作るの!? その道路さんは、どうしてあんなに硬く
て平らなの!? “お金”と“お店”と“働く”って、どういうことかわかるの!?」
「「ゆ? ゆ、ゆゆゆ!?」」
知っているわけがない。
そのどれもが、まりさもお兄さんのところへ来てから、坊ちゃんと一緒にお勉強したこ
となのだ。
「こんなに綺麗に刈り揃えられた草さんのこと、知ってるの? 名前は、なんて言うの?
どうやって、こんなに綺麗に揃うの?」
「く、くささんは かってにはえて……」
「勝手に生えて、こんな綺麗に揃うわけないでしょう? 刈り揃えたって言ったでしょう?
刈り揃えるって言葉の意味も知らないの?」
馬鹿なの? 死ぬの? と、続けそうになった。でも、さすがにその言葉だけはきちん
と呑みこむ。これは、言っちゃいけない言葉。お母さん達も、お祖母ちゃん達も、お父さ
んも教えてくれたこと。
「ばかは まりさのほうだよ!!」
「ばかな まりさは ゆっくりしないで さっさとしんでね!!」
「ゆぎゃっ!?」
いきなり二人が、まりさに襲いかかってきた。二人の体当たりに、まりさの体は吹き飛
ばされ、息が詰まり目が回った。
「ゆふ~っ、ゆふ~っ、ゆふ~っ……このまりさ、ばかで しつれいだけど、よくみれば
なかなか みりょくてきね」
「ゆへ~っ……ゆへ~っ……ありす、わるいくせが でてきたみたいだね」
「ゆふふふふ、れいむだって きらいじゃないんでしょう?」
「ゆへへへ、れいむは ありすとちがって、てーそーかんねんが ゆっくりしっかりしてる
から、ありすが いっしょにしましょうって さそわないと、だめだよ」
「そうやって、ありすだけが わるいみたいにいうのね。うふふ、わるい れいむ」
「れいむのこと、ゆっくりできないと おもう?」
「いいえ、とてもゆっくりできるわ。だから……おねがいよ、れいむ。いっしょに……」
「ゆふへふへ……うん、いっしょに……」
「「すっきりしましょう」」
すっきりが何を意味するのかは、まりさも知っていた。だから、今のうちだと思った。
二人がすっきりに夢中になっている間に、自分も逃げてお姉さんを呼んでこよう。お兄さ
んは今、お仕事に出かけていていないけど、お姉さんはいる。もしかしたら、もう坊ちゃ
んが呼んできてくれてるかもしれない。
ともかく、今のうちだ。そう思った。
「んほぉおおおおおおおっ! まりさったら、おはだが もちもちで すべすべねぇええ!」
「ゆぇええええっ!? なんで、まりさなのぉおおお!?」
「ずるいよ、ありすぅう! れいむもぉお! れいむも、まりさで……ゆふぅうううん!」
「ゆぎゃぁああああっ!? やめてぇええええええっ!? まりさ、“すっきり”なんて
したくないよぉおお!」
二人がまりさに、のし掛かるようにして体を擦りつけてきた。長年の野良暮らしのせい
か酷く臭い。早くも分泌され始めたヌメヌメとした気持ちの悪い粘液が、余計にその臭さ
を酷くする。
「ゆげぇええええっ! ゆげっ! ゆげぇえええ! 気持ち悪いよぉおおお!!」
「かわいぃいいいっ! まりさ、ばーじんだったんだねぇえええ! だいじょうぶだよ!
ゆっくり きもちよくして あげるからねぇえええ!」
「んほぉおおおおおおお! わたしたちの とかいはな てくにっくで てんごくへ つれて
いってあげるわぁああ!」
地獄としか思えない状況なのに、それでもまりさの中で何かが熱くなり、まりさの意志
を無視したまま「すっきり」へと向かって高まり続けた。
嫌だった。
死んでしまいたいほどに、嫌だった。
お兄さんが、そろそろまりさにもパートナーが必要かなと言ってくれた。つい、昨日の
ことだ。生涯の伴侶を得て、家庭を築き、子供を作る。そうしても良い頃だろうと、言っ
てくれたのだ。そのために、ブリーダーのお父さんに相談したり、たくさんのブリーダー
さん達にお見合いのことをお願いしたり、なにより、子供を育てることを勉強しなくては
ならないと。
なんて素晴らしいことだろう。
もうじき始まる、これまで知らなかった新しいことに、まりさは胸を高鳴らせていた。
お見合いというもので、どんな素敵なゆっくりと巡り会えるだろうかと、そう考えるだけ
で頬が熱くなった。子供達も幸せになれるように、たくさん勉強しよう。お母さん達やお
祖母ちゃん達のようになるために、たくさん勉強しようと。
なのに最悪の形で、地獄のような状況で、まりさは初すっきりをしてしまいそうだ。
「嫌ぁあああっ! 嫌だよぉおお! こんなのいやぁああ! 助けてぇええええ!」
「まりさぁあああ! こわくないからねぇえ! こわくないの、それが きもちいいって
ことだよ! きもち、い、ゆふぅううんっ! れいむも きもちいぃいいよぉおお!」
「はじめての ぜっちょうにとまどう まりさ、かわいいわぁああああああっ! ほらぁ!
ほらぁ、どうなのぉおお! んほぉお! んほぉおおおお! いいでしょぉ、まりさぁ!
いっちゃうわよぉおおお!」
「ありすぅううう! れいむもぉおお! れいむも いっちゃいそうだよぉおおお!」
「いいわよぉおおおおおお! いっしょに いきましょう、れいむぅうううう!」
「いやぁああああああああああああっ!!!」
「「すっきりぃいいいいっ!!!!」」
ありすとれいむが高らかと、それでもどこか濁った声を上げる。それに、掠れて途切れ
途切れなまりさの「すっきり」の声は、完全に掻き消された。
それでも、すっきりしてしまった。無理矢理、させられてしまった。
乱暴に二人から擦られたために、帽子は脱げ落ちてしまい、強引なすっきりで体力も尽
きかけていて、力が出ない。
ぐったりと横たわったままのまりさを見て、ありすがまた息を荒くし始めた。
「はぁっはぁっはぁっ! いいわぁあ! ぐったりした まりさってば、そそるわぁああ!
んほぉおおお! ありす、また したくなってきちゃったわぁああああああ!」
「ゆあっ! まって、ありす!」
「おあずけなのぉおおお!? おあずけなんて、とかいはじゃないわぁあああ!!!」
「だって、まりさに もう あかちゃんが できてるんだよ!」
「ゆゆゆ!!? あかちゃんですって!? こんなに はやく!?」
信じられないという感じで、れいむとありすが目を剥いてこちらを見つめている。
まりさも、信じられなかった。
まりさ自身には、よく見えない。それでも、はっきりと感じることが出来た。自分の頭
……額の少し上から、力強すぎるほど力強く、数本の茎が伸びていくことを。そこに小さ
な命が、いくつも宿っていくことを。そして自分の体力が、命そのものが、その茎へと、
小さな命達へと吸い取られていくことを。
それと同時に、強烈な感情が湧き上がってくる。
無理矢理すっきりをされた衝撃も、命を吸い取られていく恐ろしい感覚も、その強烈な
感情によって遠くへと押しやられていく。
子供達を、自分に宿った新しい命を、なんとしても守らなくてはならない。
苦痛と疲労に支配された体は、ひたすらにゆっくりとした休息を求めていたが、赤ちゃ
んを守るため、無理矢理に力を入れる。
「ゆゆ! あかちゃんたち、どんどん おおきくなっていくよ! すごいすごい!」
「なんてこと! これじゃあ まるで、れいぱーに おそわれたみたいじゃないの!」
「そうなの?」
「しらないの、れいむ? れいぱーに おそわれたときは、あかちゃんが おおいそぎで
おおきくなるのよ」
「ゆあ? じゃあ、これはゆっくりしてない あかちゃんなの? それに、まるで れいむ
とありすが、れいぱーみたいだね?」
「そうよ! そのことなの! まったく、しつれいな まりさだわ! あんなに あいして
あげて、あんなに よろこばせてあげたのに!」
まりさは“れいぱー”とは何かを、どういうことかを、知らなかった。知らないことが
あると、どうしても気になってゆっくり出来ないのだが、今はそれに拘っている場合では
ない。
ありすの「喜ばせてあげた」という言い草に怒りを覚えたが、それも今は噛み殺してお
く。
今はただ、自分の中で大きくなり続ける「赤ちゃんを守らなくては」という思いに従い、
懸命に体を動かすべきなのだ。無理矢理のすっきりで力を失い、今まさに命を吸い取られ
ている最中の体は、思うようには動かなかった。跳ねること一つ出来ない。それでもゆっ
くりと、ズリズリ這いながら、れいむとありすの二人から距離を取ろうとした。
「まったく! この とかいはな ありすを れいぱーあつかいだなんて、ほんとうに しつ
れいな まりさだわ!!」
「ゆべっ!!」
「そうだよ! ありすはともかく、れいむは れいぱーなんかじゃないんだからね!」
「ゆぎゃっ!!」
「ありすだって れいぱーじゃないわよぉおお!!」
「ゆぎぃい!!」
「ことばのあやって いうんだよ! ゆっくり りかいしてね!」
「ゆがぁあ!!」
「れいむったら、ほんとうに いじわるなんだから!」
「ゆびぃい!!」
なんとか体を起こし這いずっていたまりさは、ありすとれいむの体当たりで再び転がっ
てしまった。頭の茎を痛めないよう、とっさに体を捻り、横向きに倒れたまりさへ、二人
はさらに何度も何度も体をぶつけてくる。
その衝撃のためか、まりさの頭の茎から、ぽとぽとと小さな小さな……あまりに小さく
脆い命達が、地に落ち始めた。
まりさが横になっていたために、たいした高さもなかったことが幸いしたのか、未成熟
な赤ちゃん達は柔らかな敷物が無かったにもかかわらず、衝撃で大きな傷を負うようなこ
とはなかったようだ。
「あ、赤ちゃん……!」
「ゆぴぃ……! いっ……! いひゃぁっ……! ゆぁあ……!」
それでも、短く刈り揃えられた芝生が、柔な赤ちゃんの肌には刺さるような痛みを与え
るのだろう。いや、実際に刺さっているのかもしれない。“最初のご挨拶”など出来るは
ずもなく、ただただ痛みに震えている。
「ゆ、ゆっくりしてね! 赤ちゃん達、ゆっくり我慢してね? 今、お母さんが助けるか
らね!」
だが、どうすればいいだろうか? 今の自分には体力がない。助けを呼ぶか? 助けが
来るまで、赤ちゃん達は耐えられるだろうか?
そうだ、お帽子! お帽子さんの上に、赤ちゃん達を避難させよう!
まりさは、赤ちゃん達に気を取られて、れいむとありすのことをすっかり忘れていた。
だからその二人が、まりさの目の前にいる赤ちゃん達を挟み込むようにして立ったとき、
恐怖で全身に鳥肌が立った。
「れいむ、しってるよ! ゆっくりのなかでも まりさな こは、しょうらい“げす”に
なっちゃうんだよ!」
「それじゃあ よのため ゆっくりのため、いまのうちに たいじしちゃいましょうか!」
*** *** *** ***
「……食ったのか? その、二匹が?」
「はい……まりさの赤ちゃんを……まりさと同じ姿の、赤ちゃんを……二人も……」
「ゆぁあ……! ゆぇ……ゆぇえええんっ!! こぁかったよぉ!」
「なかないで、まりさ! だいじょぶだよ! みんな いるよ!」
「げんぃだぃちぇ、まぃさ! ほら、あぃす おにぇーちゃんが。す~ぃす~ぃ ぃちぇあ
げるから!」
「ないちゃ だめよ! ないたりゃ、おかあしゃんまで かなしくなりゅのよ!」
その時の恐怖を思い出したのか、小さなまりさがわんわんと泣き出した。他のチビ達も
もらい泣きの涙を浮かべてはいるが、なんとか宥めようと声をかけたり体をすり寄せたり
している。
ちなみに、今は大きなまりさも床に降ろしている。長い話を聞いているうちに、腕が疲
れたからだ。降ろされても、まりさは大人しくしたまま話し続けた。なので、今の格好は
床に据えられた生首に、ビニールの襟巻きを顎にまで巻いたような……ただでさえ珍妙な
外見のゆっくりが、ますます滑稽な状態になっている。
「それにしても……」
「……ゆ?」
ゆっくりって、鳥肌が立つのか?
いや、それはどうでもいいか? 大きなまりさが、これまでの学習で知った表現だとい
うだけなのかもしれないし。
そういや、「はい」って返事したよな。どれだけお利口さんなんだ、このまりさ。
いや、これもどうでもいいか? このまりさが、俺の知っている情報や町中で見かける
野良ゆっくり共とは比べものにならないほど賢く、教育が行き届いているのは、先ほどか
ら何度も見てきているし。
「お前達ゆっくりも、同族を殺したり……ましてや食ったりってのは、嫌なことで悪いこ
とだって思ってるんじゃないのか?」
「もちろんだよ! そんなの、悪いことだって知ってます! それに、気持ち悪いんだよ!
で、でも……あの二人は……!」
食ったのだという。美味しいと言って。久々の甘々だから、ゆっくり時間をかけて味わ
おうと言って。「しあわせ~」とまで言って。れいむとありすが、一匹ずつ、産まれたば
かりの小さな小さなまりさを。
ゆっくりは、甘味を好むらしい。そして産まれたてのゆっくりは、全てが柔らかく美味
なのだという。皮や餡が柔らかいというのもそうだが、甘みもトゲがなくまろやかで、柔
らかいと表現するのが一番ぴったりとくる味わいなのだとか。
まぁ、俺は食ったこと無いし、さして食いたいとも思わないけど。
「てことは、元々は六匹姉妹の赤ちゃんだったのか」
「ゆ? お兄さん、違うよ? まりさの赤ちゃんは、最初は27人いたんだよ」
「多いなっ!?」
聞いてみると、ありす種が14で最多、れいむ種が次いで10、そしてまりさ種が3だ
ったらしい。
数もきっちり数えられるのか。ゆっくりって3までしか数えられないって聞いたことが
あるんだけど。このまりさは、いくつまで数えられるんだろう?
いや、それはともかく、だ。
圧倒的に、ありす種とれいむ種が多い。確か、レイパーに襲われた時の出産では、極端
に早熟な点も特徴だが、レイパー側の種が多くなるのも特徴だとか。
早産の理由は、おそらく種の保存に関する本能的なメカニズムなのだろうという意見を
聞いた。襲った側が多くなることに関しては、レイパーになるほど自己の子孫を望んでい
るから、それだけ遺伝子的なものに力があるためだろうとか……
まぁ、どちらも推測らしい。当然だろう。なんで動くかもわからない、饅頭と生き物の
中間が相手なんだから。
それにしたって、多いだろう。ゆっくりの平均出産数なんて知らないし、ましてやレイ
パーに襲われたときの出産増加数など知りはしないが。
さらに、いくらなんでも早産すぎるんじゃないのか?
交尾が終わって、即座に赤ん坊が出来て、すぐさま誕生……このチビ達がやたらと小さ
いのは、未熟児のためだろうか? それにしたって、この世にそんなスピードで次世代を
産み落とす生命は存在しないんじゃないだろうか?
ああ、生命かどうかは未だ不明瞭なんだっけか、ゆっくりは。
「どっちにしたって、立派なレイプ魔だよな、そいつら」
「ゆ? れいぷまって、なんですか、お兄さん?」
「あ~……うん。気が向いたら、後で教えてやる。あんまり良くないことだ」
「良くないこと……! それじゃあ、ちゃんとお勉強しなくちゃ駄目だね!」
「ああ、うん、そうね。それより、だ」
「ゆゆ?」
ありす種とれいむ種が極端に減っている点が気になる。実に12匹と9匹、合わせれば
21匹も減っているのだ。
最後のまりさ種を守っている間に、レイプ魔のありすとれいむが食い殺してしまったの
だろうか?
「他の子達は……ほ、他の子達はね……」
「ゆ、ゆぇ……ゆぇえ……」
「「「「ゅゆわわぁあああああんっ!!!」」」」
今度は、赤ん坊四匹が揃って泣き始めた。小さいとはいえ、なかなかに、うるさい。
「お姉さんに、殺されちゃったんです……」
「……はぁ?」
「まりさ、お姉さんが来たとき……助かったって思ったのに……だけど、お姉さんが……」
駆けつけたその家の奥さんは、持ってきた箒で、まりさを襲ったれいむとありすを殴り
飛ばし、さらに何度も何度も叩いたのだという。
気持ち悪い、気持ち悪いと繰り返しながら。
まりさとしては当然、自分を助けに来てくれたと思ったのだろう。これで助かったと思
うのも、当たり前のことだ。
レイプ魔に食われないようにと、自分の側へ引き寄せていた赤ちゃんまりさと頬擦りを
しながら、もう大丈夫だと安堵の涙を流したという。
だが“お姉さん”は、まりさの側へ戻ってくると、小さな赤ちゃん達を箒で叩き潰し始
めたそうだ。逃げようと身悶える赤ちゃんを確実に、しかし決して踏みつぶさず、直接触
れることなく、箒を使って。何度も何度も叩いて潰した。
気持ち悪い、気持ち悪いと繰り返しながら。
半狂乱と言って良い状態だったのだろう。だが、まりさには、そこまでわからなかった
ようだ。やめてくれと、ただ叫んだという。自分が守るべき大切な赤ちゃんだから、どう
か殺さないでくれと、大きな声で請い願ったのだと。
「でも、まりさの方を向いたお姉さんは……と、とっても……あの……」
「……怖かったか?」
「ゆっ……!」
「おっかなくて、気持ち悪くて、不気味な表情をしていたんだろう?」
「ゆあっ!? そ、そんな……そんなこと、まりさは……」
「思ったわけだ」
「ゆ……ゆぅ~……」
「お前、もしかして『人間のことを悪く言っちゃいけない』って、教えられたのか?」
「だ、だって、人間さんを怒らせたら……」
「まぁ、正しいけどな、その教えは」
「ゆゆ! そうだよね! お父さんも、お母さん達もお祖母ちゃん達も、まりさに良いこ
とをたくさん教えてくれたんだよ! だからまりさも、まりさのおチビちゃん達にたくさ
ん良いことを教えてあげたいんです!」
「わかったわかった」
その“おチビちゃん達”は泣き疲れたのか、いつの間にか寄り集まって眠ってしまった
ようだ。まぁ、静かになったお陰で、まりさの話も聞きやすくなった。
まりさに話の続きを促すと、ゆっくりと言葉を選びながら話し始める。つらそうな表情
で。
全身生首、前面全てこれ顔面なだけあって、表情が見事に出るなぁ。
まりさは、そのお姉さんから「それなら出て行け」と言われたらしい。気持ち悪いから
出て行けと。
自分は、汚い野良の二人に無理矢理な“すっきり”をされたために、粘液で、泥や埃で、
汚くなっていたと思うから、お姉さんが「気持ち悪い」と思ったのも無理はない。
まりさは、そう思って納得したのだという。
「気持ち悪い」という言葉が、はたして汚れだけのせいなのか……俺としては、大いに
疑問が残るところだが、とりあえず黙っておいた。
お姉さんは、まりさが被り直した帽子から、バッジを引きちぎるようにして取ると、庭
の出口を指さして、もう一度「出て行きなさい」と繰り返した。
まりさは言われるままに生き残った赤ちゃんを帽子に乗せて、弱り切った体を引き摺り
ながら“お家”を後にしたのだそうだ。
「バッジか」
「ゆ……まりさの、大切な宝物だったんだよ」
「ふ~ん……ああ、ここか」
すぐそこに転がっていた帽子を手に取り、仔細に眺め回すと、ごくごく小さな、破れ目
が見つかった。
「あのバッジ、まりさがブリーダーのお父さんに貰った物なの……」
「……そうか」
帽子を、まりさの頭に被せてやる。嬉しそうに笑いながら、礼を言ってきた。礼は良い
からと、話の先を促す。
ずいぶんと長いこと話を聞いている気がするが、なんとまだ家を追い出されたところま
でだ。これから、俺の家へと辿り着くまでに、いったいどれだけの時間がかかるのか。
その後、赤ちゃん達が少しでもゆっくり出来る場所を探したらしい。
硬い道路ではゆっくり出来ないので、せめてどこかに土が剥き出しのところはないか。
慣れないことだが、なんとか臭いを探って、土がある場所を見つけた。そこでは、ゆっ
くり出来ない音を立てて洗濯機が動いていた。きっと知らない人の家の庭なんだろうとは
思ったが、それでも一休みだけはさせてもらおうと考えたのだとか。いつ車が、自転車が
来るか分からない道路よりもマシだと思ったのだという。
そして、そこで初めて、赤ちゃん達に茎を食べさせてあげた。母にして貰ったように柔
らかく噛み砕いて。限界まで疲労し、空腹にさいなまれた赤ちゃん達は息も絶え絶えだっ
たが、茎を食べてなんとか元気を取り戻した。次は自分のゴハンと、赤ちゃん達の次のゴ
ハン。それに、寝る場所──これから暮らす、自分達のお家。だが、まりさにはそれらを
どうやって手に入れればいいのか、わからない。
「どうしたらいいか考えていたら、女の人のつらそうな声が聞こえてきたの!」
「え? あれ? ……もしかして、その『土がある場所』って俺んちの庭? すぐそこ?」
「はい! そうです、お兄さん!」
「あら、良いお返事」
「ゆゆ~、ありがとうございますぅ♪」
「って、そうじゃなくて!!」
「ゆあっ!?」
「それじゃ、お前が追い出されたのって、いつだ? もしかして、ついさっきか?」
「ゆゆ? ゅう~んとぉ……ちゃんとは、わかんないです」
「今日のうちなんだろ? 今朝とかか?」
「ゆ、まだ夜にはなってないから、今日だね! 今日です!!」
呆れた。
それでなくても、出産はほとんどの生き物にとっちゃ、体力を使う命がけの営みだ。
ゆっくりの場合、意に染まぬ出産での急速な赤ん坊の成長は、夥しく母体の生命力を奪
うと聞いた。赤ん坊に生命力を奪われて母体が死に、赤ん坊も供給されるべき栄養が途絶
えて死にと、母子ともに死んでしまうケースが多いのだという。
まりさの酷いやつれは、そのためなのだろう。
それはいいが、それでも生きているというのは、呆れるほどとんでもないことなんじゃ
ないのか? 恵まれた環境で、普段からたっぷりと栄養を貯め込んでいたのだろうか?
それとも、生まれた赤ん坊が未成熟のまま茎から切り離されたから、多少はマシだった
ということか?
赤ん坊達も、呆れたタフさだ。
茎から産まれたゆっくりは、産まれてすぐにその茎を食べるのだという。それが一番の
栄養で、そしてその後の味覚を決定する、重要な食事でもあるとか。人間の赤ん坊も、産
まれてすぐに飲ませる初乳は、栄養価が高く抗体も多めのものが出ると聞いたことがある。
馬の赤ん坊だって、産まれてすぐに母の乳を飲むため必死に立ち上がり、立てばすぐに飲
み始める。立てなければ、衰弱して死んでいくだけだとか。
それがこのチビ達は、落ち着ける場所へ着くまで、お預けだったという。この赤ん坊達
は、産まれた直後に殺されかけて、心身共に疲弊していただろうに。
もしも未熟児だったというのなら、なおさらだ。生まれ落ちてすぐに衰弱死していても
不思議はなかっただろうに。
「って、ちょっと待て!」
「ゆあっ!? またぁ!? どうしたの、お兄さん!?」
大人しく静かにしている赤ん坊ゆっくり達に顔を寄せ、よく観察する。が、ゆっくりを
飼ったこともないし、赤ん坊のゆっくりなんて現物は今始めて見るのだから、よくわから
ない。
とりあえず、生きてはいる……のかな?
「なぁ、まりさ」
「ゆゆ? なんですか、お兄さん?」
「こいつら……ちゃんと生きてる?」
「ゅええっ!?」
「生きてたとしても、今にも死にそうで、ぐったりしてるとか……」
「おっ、おチビちゃん達!? 大丈夫!?」
ズリズリと途中までビニール袋を引き摺りながら、這って赤ん坊達へと近づくまりさを
見て、ふと「ああ、そういやコイツらは外を裸足で歩いていたようなもんなんだな」と、
また関係のないことに思い至ってしまった。このままだと、動かれる度にあちこち汚れる
なぁとか。
それに、慌てていても跳ねないのは、疲労がかさんでいるからか、それとも赤ん坊を驚
かさないように気を使っているのか。一度跳ねれば、ビニール袋を引き摺ることもなかっ
ただろうに。
どうも、俺は余計なことばかりが気になる質で、自分でも困ってしまう。AVを見てい
るときだって、どうでもいいことが気にかかり、ちんちんしゅっしゅに集中できないし。
て、それこそ今はどうでも良い。
さすがに部屋の中で、ゆっくりとは言え「死ぬ」なんてことをされるのは、気分の良い
ものじゃない。
だいたい、死体の始末とか面倒くさいし。
甘い物は好きだが、個人的にはゆっくりに食欲をそそられないし。
「お、お兄さん、どうしよう!?」
頬擦りしたり舌で舐めたりと、すべての赤ん坊に触れて確認していたまりさが、こちら
へと向き直り、泣きそうな顔で言ってきた。
「死んでるのか?」
「生きてるよぉおお! 怖いこと言わないでっ! ……ください!」
慌てて丁寧な語尾を付ける。お前、本当に幸せな環境で優しく教育されたのか?
「おチビちゃん達が、弱ってるよ! ゆっくりしてないの! ぐったりしちゃってるよ!
病気になっちゃったの!?」
「う~ん……多分、腹が減って弱っているのと似たようなものじゃないか?」
「お腹……? お腹空いてるの? おチビちゃん達、さっき食べたよ?」
「その前は、ず~っと食うのを我慢してたんだろ? それに赤ん坊ってのは、大人と同じ
ような食事の回数じゃ駄目なんだよ」
「そうなの!?」
「らしいぞ。まぁ、俺はゆっくりの子育てを知ってるわけじゃないけどな」
赤ん坊が手の放せない存在なのは、あらゆる意味でデリケートだからなのだろう。内臓
だって、そりゃあデリケートに違いない。食い溜めなんて出来ないし、そもそもやろうと
しないだろう。
人間の赤ん坊は、ミルクを飲んで、寝て、ミルクを飲んで、寝て、と何度も何度もその
繰り返しだ。夜中だろうがお構いなしに。未婚の俺は子供を持ったことはないが、子育て
の大変さくらいは話に聞いている。
「未婚どころか、今現在恋人もいないんだよなぁ……まぁ、どうでもいいけどさ」
「お、お兄さん? 急に『ずど~~ん』して、どうしたの? お兄さんも、お腹空いちゃ
ってフラフラなの?」
「ああ……そういや、そろそろ昼メシ時だなぁ……でも、本当に飢えているのは、心なん
だよ……」
「ゆ……ごめんね? まりさ、難しいことはわかんないです」
「いいよ……お前に言っても、仕方ないことだし……」
「お兄さんには、元気を出して欲しいよ! まりさじゃ、おチビちゃん達を助けられない
し……どうしたらいいか、お兄さん、わかりますか?」
「ん? いや……ゆっくりの場合はどうなのか、俺にもわからないけど」
「まりさ、子育てのお勉強がまだだったんです! まりさが赤ちゃんの時のこと、少し憶
えてるけど、でもちゃんと出来るかわからないです! だから……!」
「とりあえず、落ち着け。目を覚ました赤ん坊が、不安そうだぞ」
「ゆゆ! ゆっくり理解したよ、お兄さん! まりさ、落ち着きます!」
あんまり、落ち着いているようには見えない。
何度も何度も「ゆっくりしてね」と呼びかけ、赤ん坊達を順々に舐めてやっている。
赤ん坊達は、母親に優しくかまってもらえるのがとにかく嬉しいのか、微笑んではいる
が、やはり元気はない。
「お前も腹が減ってるだろ」
「ゆ? ま、まりさもお腹空いてるけど……でも、おチビちゃん達の方が先だよ! おチ
ビちゃん達を、先になんとかしてあげたいです!」
「だからってお前が死んだら、誰が赤ん坊の世話をするんだよ」
「ゆゆ? ゆ…………ほ、本当だっ!? どうしたら良いですか!?」
もう一度落ち着くように言って、とりあえずメシを作ってやることにする。ゆっくり用
の餌など、当然ながら我が家にはない。作ると言っても、手の込んだものは面倒だ。
電子ジャーに残っていたご飯をボールへ移し、牛乳を入れる。
簡易のミルク粥っぽいものを作ろうかと思ったのだが、牛乳がいくらか少ない。ご飯が
ヒタヒタに浸かるくらいはと考えていたのだが、その半分もなかった。
昨日、風呂上がりにかなり飲んだからなぁ。
まぁ、いいかと、ニッチャニッチャぐっちゃぐっちゃと、しゃもじで掻き回す。
「こういうとき、古新聞でもあれば良いんだけどなぁ……」
生憎と、新聞は取っていない。レジャーシートなんて物もない。
「まぁ、すでに土埃で汚れてるんだ。あとで掃除することには変わらないし……」
ブツブツ言いながら、ミルクで柔らかく捏ねたご飯を平皿へ移して、まりさ達のところ
へ持って行く。
「ゆゆ!? お米のご飯さんだね! 牛乳の匂いもするよ!」
「用意できるのは、これだけだ。贅沢は言うなよ」
「ゆっくり理解したよ! まりさ、贅沢は言いません!」
まりさが言うには、人間と同じ食べ物は、そのほとんどが自分達にとってのご馳走なの
だという。だが、たくさん食べ過ぎてはいけないのだそうだ。栄養バランスとかの問題だ
ろうか? 犬や猫も、人間と同じ食べ物よりも、専用のペットフードの方が健康に良いら
しいし。
「だからって、ゆっくり専用のペットフードなんて、俺んちにはないぞ?」
「ゆあ!? ま、まりさ、贅沢言っちゃったの!? ごめんなさい!」
「いや、まぁ、いいけどさ」
「これだけあれば、まりさもお腹いっぱいになるし、おチビちゃん達も元気になるよね!
ありがとう、お兄さん!」
「どういたしまして」
「まりさ、何をすればいいですか?」
「……は?」
「お礼は、きちんとしなくちゃいけないんだよね! まりさに、ゆっくり恩返しさせてね!
……させてください!」
ゆっくりには、「お礼」や「恩」という概念はないのだろうと思っていた。そういう、
ろくでなしっぷりの情報や逸話なら、腐るほどあるからだ。
だが、なるほどと合点がいった。
何事も教育次第というのなら、飼いゆっくりが消えて無くならないのもわかる気がする。
「後で良いから、食え。赤ん坊も死なせるなよ」
「ゆっ! ゆっくり理解したよ!」
皿から舌を使って少量を口に納めると、何度かモグモグと噛み解し、赤ん坊にこれまた
少しずつ含ませていく。えらく時間がかかりそうだが、零しすことなく行っていく。赤ん
坊の口から垂れた分も、粥を口に含んだまま舌を突き出して綺麗に舐め取り、床を汚さな
い。
子育ての勉強をしていないと言っていたが、それにしては器用なものだ。
「ゆっくりって、がつがつと汚く食い散らかすイメージがあったんだが……」
「ゆゆ?」
「あ~、なんでもない。その調子で、あんまり汚さないでくれよ」
「ゆっ!」
口に物を含んでいるから、喋らずに体を前へと何度か曲げる。頷いているのだろうか。
なんにしても、この調子なら問題ないかもしれない。まりさが口の中の物を空にした時
を見計らい、声をかける。
「しばらく、大人しくしていられるか?」
「ゆゆ? おとなしく?」
「お前らの、え~と……足? 汚れてるから、動き回られると掃除の範囲が広がる」
「ゆっ! そうだね! まりさ、お掃除を手伝います!」
「出来んのかよ……」
「出来るよ、ゆっくりだけど」
「へ、へぇ……まぁ、それは後で頼むよ」
「後でだね! ゆっくり理解したよ!」
「俺は、ちょっと出かけてくるから」
「お出かけ?」
「買い物だよ。俺も、そろそろ昼メシの時間だし、晩メシの用意も買っておきたいし……」
「まりさ、お留守番なら得意です! ゆっくり任せてね!」
「いや、特になんにもせんでいいから。赤ん坊にメシ食わせて、お前も食って、赤ん坊を
大人しくさせとけ。家の中、散らかしたら承知しねぇからな?」
「ゆゆっ! ゆっくり理解したよ! いってらっしゃい!」
「へいへい、いってきますよ」
財布を持ち、上着を引っかけて家を出る。
一人暮らしを初めて以来の、久方ぶりの「いってらっしゃい」が、まさかゆっくりから
とは、昨日まで夢にも思っていなかった。
ゆっくりを飼いたいと思ったことは、これまでに一度もないし、今も特に飼うつもりは
ないが、それでも今更になって、あいつらを放り出すことは「捨てる」ことと一緒だ。そ
んなマネをすれば、余所に迷惑がかかるだろうし、一度餌をやった以上はきちんと責任を
持たざるを得ない。
そういうものだ。
祖父にゲンコツ付きで教わった。
となると、今日中にカタを付けるなんて無理だろうから、自分の食材だけじゃなく、あ
いつらの餌も買ってきた方が良いのだろう。
まぁ、今は幸いにも貧乏をしているわけでもないし、それくらいはいいか。
「今日のうちに捨てられて、疲れ果てたゆっくりが、俺んちに辿り着けたわけだよな……」
まりさの話によれば、そういうことになる。だとすれば、捨てたヤツが住んでいる家は
意外なほど近いのかもしれない。大通りを渡ったとも思えないから、こちら側の住宅地の
どこかに……
「……って、簡単に見つかるとも思えんけどね」
ブツブツ言いながら、近所のスーパーへと向かう。
少しばかりの寄り道をしながら。
*** *** *** ***
「落ち着きなさい! 何をしているんだ!」
どうしても片付けておきたいことがあったので休日出勤をしたというのに、会社へと着
くなり妻から電話で帰ってくるように頼み込まれてしまった。
説明は要領を得ないし、声を荒げていて泣いているようにも聞こえるしと、とにかく尋
常な様子ではなかったので、大急ぎで戻ってきたのだ。
休日出勤を急遽取りやめて戻ってきた私を、最初に迎えたのは息子の泣き顔だった。
涙と鼻水に汚れ、目も真っ赤に泣き腫らしたその顔を見て、胸が締め付けられた。仕事
を優先した結果、家族を不幸な目に遭わせる。そんな父親に、夫にはなるまいと思ってい
たのに……と。
事情を聞こうとしても、まだ幼い息子は泣くばかりで、「お母さんが」とか「まりさが」
とか、繰り返すばかりだった。
そこに、庭から何かを叩くような音と、濁った声も微かに聞こえてきたので、息子には
家の中で待っているように言い含め、庭へと急いでみれば……
「ゆっ! ゆぶべっ!」
「ゆびっ! ゆげっ!」
常態ならざる表情をした妻が、見たこともない野良のゆっくり二匹に暴行を加えていた
というわけだ。庭には囲いもあるが、簡単に外から見られる。現に今も、一人の若者が呆
れた様な顔でこちらを見ているではないか。
私と目が合うと、その若者は軽く肩をすくめて歩み去っていった。
何が相手であれ、虐待しているところなど他聞を憚るどころの騒ぎじゃない。どんな事
情があったにせよ、軽率なマネをしてくれたものだ。
「もう、よすんだ。ほら、これも離して」
ゆっくりを殴り続けていた箒を取り上げ、妻には家の中へ戻っているように言う。まだ
いくらか取り乱しているようだが、背中を押すようにして玄関へと向かわせた。
しゃがみ込み、酷い有様のゆっくりを観察する。二匹とも、ずいぶんと長い間、何度も
何度も妻に殴打されていたのだろう。ボコボコに歪んでいる。それでも力なく空けられた
ままの口からは、ゆ、ゆ、と掠れ掠れの声が漏れているから、どうやらまだ生きているら
しい。
「手当てをすれば、命は助かりそうだが……」
野良のゆっくりに、世間はことのほか冷たい。自分も、そうだ。そこらにいる野良を見
かけても、手を差し伸べる気にはならない。もちろん、多少は同情の念も湧くが、それで
も無視を決め込む。
条例でも、野良ゆっくりには餌を与えてはいけないと定められている。与えた者は罰金
の上、そのゆっくりに対しての責任を負うことになるのだ。飼えというのではなく、処分
のための費用を払えと言うことだが。言ってみれば、罰金の二重取りだろうか。
この野良を死ぬまで放っておいても、文句は言われまい。家の敷地内に入り込んだ野良
に、取り乱した妻が追い出そうと箒を振り回しただけ。そういうことにすればいい。
だが、あまり気分の良いものではない。
助けられる命なら助けてやりたいと思うのは、何もおかしくはないだろう。それに、ゆ
っくりの遺骸は、たいていの場合は「ゴミ」として処理される。少なくとも私には、生き
ていたものの亡骸を「ゴミ」として処理することには抵抗がある。
この野良二匹が死んだとして、その亡骸を我が家の庭先に埋めたりすることは、妻が認
めまい。先ほどの様子を見れば、考えるまでもないことだ。
思いながらも庭を見渡し、ようやくに気付いた。やけに汚れている。あちらこちらに、
餡やクリームが、染みのように転々と散らばっていた。この野良ゆっくり二匹を相手に、
取り乱した妻が追いかけ回したのだろうか?
いずれにせよ、常ならぬ有様だ。いずれにせよ、平静を欠いていたのだろう。
ならばやはり、この二匹には治療を施した上で、保健所なりに連絡をして事情を話して
引き取ってもらうのが、私の心情的な面でも、妻の精神的な面でも、一番の選択だろう。
たとえこの二匹にとって、大差のない結末へと繋がっていようと。
家では、まりさを飼っているから、ゆっくりのための治療セットは一通り用意してある。
出来る範囲での治療を施せば、十分な延命にはなるはずだ。
だが、快癒するかは難しいところだろう。これだけ殴られ傷を負っていると、障害も残
りそうだ。少しばかり、心が痛む。
だが、それも仕方のないことだろう。野良ゆっくりが人間の家へと入り込み問題を起こ
した段階で、やむを得ないことなのだから。
「そうだ、まりさは……? 家の中なのか?」
息子は、玄関口で泣いていた。あの賢いまりさが、仲の良い息子が泣いているのを放っ
ておくとも思えない。
数代に渡って教育を続けてきたと言うだけあって、あのブリーダーから買ったまりさは
実に聞き分けが良く、賢く、人の心を汲もうと努力し続ける良い子だった。
今現在は、ゆっくりには犬や猫のような血統書というものはない。
ないが代わりに、一代限りの表彰の様なものはある。
季節ごとに一度、試験が開催され、そこで優秀な成績を収めたゆっくりに贈られるとい
うもので、金・銀・銅と、スポーツ大会のメダルのような段階分けで表彰されるのだ。
それはメダルではなく、ゆっくりが大切にしている飾りに付けられるバッジとなってい
るので、バッジシステムと呼ぶ人もいる。
まりさなら、十分に金を狙えただろうが、参加させたことはない。
たいした理由もないが、私自身がバッジシステムのことを、なんとなく気に入らないと
思っているせいもあるが……まりさ自身が、別にいらないと言ったからだ。
まりさには、ブリーダーから貰ったバッジがすでにある。
まりさが私の飼いゆっくりだということを証明し、その住所などの情報が、携帯でも簡
単に読み出せるようにQRコードが付けられているというものだ。野良ゆっくりが問題視
されるようになってからは、このバッジを用意することは、ゆっくりを飼う者の義務とも
なっている。
だが、まりさにとっては、故郷から唯一ここへと持ってきた思い出の宝物なのだ。
その思い出の宝物以外、自分の帽子には付けなくてもいいと言った。他のバッジがある
と、せっかくの宝物が目立てないと思ったのだろうか?
庭の芝生の上に、そのまりさの宝物が、無造作に放置されていた。
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最終更新:2010年05月15日 13:23