ふたば系ゆっくりいじめ 411 明日に向って飛べ!

明日に向って飛べ! 37KB


「明日に向って飛べ!」



※ 『ふたば系ゆっくりいじめ 392 お前たちに明日はない』 と同一の世界観、微妙に続編です。希少種は優遇されています
※現代設定(?)です
※独自設定があります
※ネタ被りがありましたらご容赦ください
※冒頭部分は前作のおまけのようなものです









俺の仕事は「自然保護官」だ。
自然環境の保護のため、環境破壊の尖兵たるゆっくりたちとの戦いに明け暮れている。

そして今、1000匹を越すゆっくりたちの群れを全滅させた大仕事から1ヵ月後、
俺は大量の書類の処理に忙殺されていた。



収支報告書をチェックしていたら不備を見つけ、俺は声を上げた。

「あれ、この書類、こことここの必要事項がスッポリ抜けてるぞ?」

「あらやだ。新人くんに頼んでたんだけど、うっかり見落としちゃったのかしらね。
 代わりに記入しておいて頂戴」

「どうして俺が…」

「いいじゃない。後輩の面倒を見るのもあたしたちの仕事のうちよ。」

国内ではゆっくり対策の専門家として認識される俺たちだが、駆除する相手がいなければ出番は無い。
ゆっくりたちが新たに大問題となることも無く、この1ヶ月の間は書類を相手に格闘していた。

まあ、平和で結構なんだが、俺の向かいのデスクで仕事をする同僚はそうでもないらしい。

「あーあ。とはいえ、さすがに退屈ねぇ。饅頭狩りがしたいわぁ…」

と、愚痴をこぼす。

「へいわなのもわるくないわよ、おにいさん」

頭の上にお盆を載せ、器用にお茶を運んできてくれた同僚の相棒、ゆっくりゆうかが嗜めた。
俺たち、対ゆっくり専門の保護官の大半は、ゆっくりをパートナーとし、平時においては都心近くの宿舎に住むことになっている。
その近くには植物園があるため、任務が無くてもゆうかは嬉しそうだった。

「ゆうかも現金なんだから…」

と言いつつお茶を受け取る同僚。
俺もありがたくお茶をもらい、山のような書類に一時停戦を呼びかけて一息つこうとする。
窓の外を見れば、季節はすっかり秋だ、紅葉が綺麗だなぁ。

湯飲みに口をつけた瞬間、突然上司から呼び出しを受けた。


     ◇


「交換研修…ですか?でもなんで俺が…」

「あちらさんからは優秀な保護官が来るとの話だ。こちらからも相応の人材を出さねばならん。
 そこでお前に白羽の矢が立ったというわけだ。
 ―お前は本当に優秀だよ。ゆっくり駆除の腕のことだけじゃない。
 仕事に取り組む態度も立派だし、他の保護官やゆっくりたちからの信頼も厚い。
 だからこそ、お前を選んだんだ。」

はあ、と気の抜けた返事をする。
あまりに突然の話だ。



ゆっくりによる被害は国内のみにとどまらない。
ゆっくりは世界各地に出現し、各国政府はそれぞれ独自の対応をとっている。
とはいえ、違うのは駆除の方法くらいだが。
そんな世界情勢の中、ゆっくり駆除の技術の伝達や、ゆっくりの生態に関するより深い理解のため、
さらには各国の友好関係の強化も狙い、世界中で俺たちと同じような仕事をしている人材の交流が決定したらしい。



「もちろん、正式な辞令が下りているのなら従いますが…。
 一体どことの交換研修なんです?」

「アメリカだ」

はい?

「あめりかというと…あのアメリカですか?」

「そうだ、あのアメリカだ。出発は3週間後。期間は2週間だ。
 これからお前には事前研修やら何やらを受けてもらうから、そのつもりでな。
 パスポートは持っていたか?何?ないのか。
 そちらの手続きは私の方でやっておくから、心配は要らんぞ。
 まあ、そんなに気負うことは無いさ。楽しんで来い!」

これからのスケジュールについて簡単な説明を受けたあと、俺は上司の部屋を辞した。
未だに現実感の沸かない頭で、ぼんやりと考える。

アメリカか…。
それにしても、初めての海外がゆっくり絡みなんて、喜んでいいのやら悪いのやら…。

やれやれ、と俺はため息をついた。


     ◇


3週間後、俺は空港のロビーにいた。
見送りに来てくれたのは、ゆうかを連れた同僚や上司たち、
それに俺と一緒に住んでいるパートナーゆっくりの、かなこさま、すわこさま、さなえさんだ。

「体には気をつけるのよ」

「ああ。こいつらのこと、頼んだぞ」

「任せなさい。あたしが責任を持って預かるわ」

2週間も留守にするので、俺は一緒に連れて行けないかなこさまたちの世話を同僚に頼んでいた。
口調はこんなだが、長い付き合いで気心の知れた仲だ、安心して任せられる。

「私たちのことは心配いらないよ!」

「きがねなく楽しんできてください」

「あーうー!」

「じゃあ行ってくるぞ」

出発時刻も迫ってきたので、名残惜しくもあったが俺は搭乗口へと向かう。
そして午前11時、俺を乗せた飛行機はアメリカへと飛び立った。


     ◇


およそ12時間のフライトの後、現地時間の午前9時すぎに、俺はアメリカの大地に降り立った。
入国審査で、入国目的を「ゆっくりを駆除しに」と答えたら大うけされた。
まあ、国からも通達があったからこそだろうが。
無事に入国許可も下り、俺は到着ロビーへと入った。

人でごった返している空間の隙間にとりあえず移動して、
さて、迎えはどこにいるのだろうか…とキョロキョロしていると、後ろからいきなり肩をつかまれた。

「わっ!」

情けない声を出し、慌てて振り返ると、そこには一人の男がいた。
保護官の制服の上にフライトジャケットを羽織った上半身は逞しく、身長も俺より頭1つ分は高い。
全体的に尖った印象の、アングロサクソン系の精悍な顔立ちだ。
その男は俺の顔を確かめると笑顔になり、流暢な日本語でこう言った。

「アメリカへようこそ!日本のレンジャーさん。歓迎するぜ」



ロビーから外に出ると、少し寒いくらいだった。
車を用意してある、と迎えの保護官―ジョンと呼んでくれと言われた―が案内してくれるのについて行き、駐車場に向かう。
ジョンが乗ってきたのは保護官たちの使うジープだった。
寒そうだな、と思いつつドアに手をかけようとしたとき、突然後ろから奇妙な甲高い声が聞こえた。
声のした方に目を向けると、ガーゴイルのサングラスをかけた筋骨隆々の大男がいる。
一瞬わけがわからず首を傾げたが、よくよく見ると声の主は男の足もとにいた。



赤いリボンにもみあげがトレードマークのゆっくりれいむである。
バレーボールくらいの大きさなのが1匹に、ピンポン球サイズなのが2匹、どうやら親子のようだ。
飾りは黒ずみ、髪はボサボサ、体も随分と汚れている。
どこからどう見ても野良だった。

「ていきっといーじー!」

「「ちぇきっいじー!」」

と、どうやら英語で「ゆっくりしていってね!」と言っているようだった。
話には聞いていたが、実物を見るのは初めてなので俺は驚いた。



ゆっくりの生態には謎に包まれた部分が多い。
その中でも特に有名なものの一つに、ゆっくりの「言語獲得能力」がある。
ゆっくりは生まれ落ちた瞬間から言葉を話すが、話す言語は生まれた時にいた国の母国語に依存するのだ。
なんとも出鱈目で信じがたいが、その実例を目の当たりにした以上は、そういうものなんだと納得するしかない。





―――これ以降は、特に必要が無い限り、日本語音声でお送りします―――





さて、話を目の前のれいむ親子に戻そう。

「れいむはしんぐるまざーなんだよ!かわいそうなんだよ!
 ゆっくりりかいしたらあまあまさんをちょうだいね!ぐずはきらいだよ!」

「「きりゃいだよ!!!」」ピコピコ

…話す言葉は違えど、やることは何一つ変わらないというのも、ある意味では清々しい。
へらへら笑いながら傲慢な態度で物乞いをするれいむ親子に対して、絡まれている男は無反応だ。
サングラスをかけている為、表情を推し量ることも出来ない。
返事が無いことに怒ったのか、れいむ親子の要求はさらにエスカレートする。

「ゆうう!?きいてるの!?ぐずはきらいだっていってるでしょおおおぉぉぉ!?
 いまならどれいでゆるしてあげるからさっさとあまあまよこしてね!!!!!」

「「よこちぇくしょじじいー!!!」」ピコピコ









「アスタ・ラ・ビスタ、ベイビー!」

それまで無言だった男が突然言葉を発し、親れいむの眉間を殴りつけた。
その威力は凄まじく、男の右腕は親れいむの体を綺麗に貫通した。
中身の餡子はわずかに飛び散るだけである。

「ゆがっ…!?…ゆぐぉっ…ゆぎっ…ぎっ…ぎ…」

「「お…おきゃーしゃあぁぁぁぁぁん!?」」

辛うじて一命は取り留めているものの、痙攣を繰り返すだけになった親れいむに、
子れいむたちが縋りつく。
男はそんな子れいむたちに頭をグルン、と向けて言った。

「君のリボンともみあげが欲しい」

「ゆひっ!?にゃ…にゃにいっちぇ…」

最後まで言い切ることは出来なかった。
男は素早く親れいむから右腕を引き抜くと、子れいむたちのリボンを奪い取った。

「ゆうっ!?れ…れいみゅのしゅてきにゃおりぼんしゃんきゃえしちぇぇぇぇ!!!」

最早親れいむのことなど眼中に無く、ぴょんぴょん飛び跳ねる子れいむたち。
男はその隙を逃さず、子れいむのもみあげを掴むと一気に引き千切った。

ブチブチィッ、という音とともに、自分の体から離れていくもみあげを呆然と見つめる子れいむたち。
痛みよりも精神的ショックの方が大きいようだ。

「…にゃんで…?れいみゅのもみあげしゃん…かえっちぇきちぇね…?
 こりぇじゃもう…ぴこぴこ…できにゃいよ…?」

男はそんな子れいむたちを掴み上げると、額の辺りまで広がった親れいむの口の中にグッ、と押し込んだ。
そしてトドメとばかりに親れいむを踏みつける。
水っぽい音と共に飛び散る餡子。
男が足をどけると、そこにはぐちゃぐちゃに潰れて混ざった饅頭があるだけだった。
周りに飛び散った餡子を掻き集め、まとめて近くにあったゴミ箱に捨てると、
男は奪い取ったリボンともみあげを装着し、何も無かったかのように立ち去った。
男が行動を起こしてから、わずか30秒の出来事である。

唖然としている俺に、ジョンが声をかけた。

「驚いたか?この国じゃアレくらい出来ないと生きていけないぜ。なんて、冗談だがな。
 でもまあ、野良ゆっくりを潰すなんてアメリカじゃ日常茶飯事だ。
 日本でもそうじゃないのか?」

いやまあ、確かに野良ゆっくりがあんな暴言を吐いたら瞬殺、あるいは虐待は免れないかもしれんが、
あんなお兄さんは滅多にいないぞ。

「ふうん。まあいいや、長旅で疲れてるだろ?
 今日の予定は特に無いし、とりあえずホテルまで行こうぜ。
 しっかり休まないと、明日から大変になっちまう」

「あ、ああ、そうだな。よろしく頼むよ、ジョン」

俺たちは車に乗り込み、ホテルへと向かった。



ホテルに着くまで、俺たちは他愛も無いことを話し、あっという間に打ち解けた。
俺がゆっくりかなこたちをパートナーにしていることを話したら、

「OH!カナコ!オンバシラ!!ベリーナイス!!!」

と、テンションの高い反応を返してくれた。
アメリカでは、日本以上に希少種の数が少ないらしく、その人気も非常に高いらしい。

外の景色を眺めると、歩道には多様な人種の人々が行きかい、その背景には華やかなショーウィンドウがずらりと並んでいる。
視線を上にずらせば、天にも届かんとする摩天楼がそびえ立っていた。

今更ながらに、アメリカに来たんだなぁ、と感心していると、
信号待ちで車が止まったときに、視界の端に奇妙な一団を捉えた。



全身を防護服のようなもので包み、背中には小さな2つのタンクを背負っている。
そしてそのタンクから伸びたホースは、彼らが手にした銃のようなものに繋がっていた。
そして彼らと共にいる制服を着た男たちが、歩道の一角にフェンスで囲いを作ると、
その囲いの中にある大型のマンホールの蓋をはずし、次々に下水道へと降りていくのだ。

「なあ、ジョン。あれは一体…?」

俺の指差す方を一瞥すると、ジョンは、ああ、と頷いて教えてくれた。

「あいつらは水道局の連中さ。下水道を住処にしてるゆっくりたちを駆除しに行くんだ。
 捨てられたんだかなんだか知らんが、結構いるらしいぜ。
 数が少ないうちは良かったが、中で繁殖してるらしくって、さすがに放置できなくなったんだろう。
 俺たちレンジャーの管轄じゃないが、同じゆっくり駆除だ。
 見学していくか?」

多少の興味はあったが、ジョンとの会話で緊張の解けた今、俺は猛烈な睡魔に襲われていた。
眠気が好奇心をねじ伏せ、ホテルへ行くことを要求する。

「…いや、いい。明日に備えて、今日は早く休むよ」

「合点承知之助」

…本当にアメリカ人なんだろうか…?
そんなことを考えながら、いつしか俺は深い眠りに落ちていった。


     ◇


下水道に降りていった水道局の職員は、総勢10名だった。
大して重くないとはいえ、背中にタンクを背負った状態なので、
慎重に、梯子の手すりを確かめつつ降りていく。

やがて到着した下水道はひんやりとしていて、薄暗かった。
マンホールの隙間から僅かばかりの光が差し込み、壁にはコケのようなものがびっしりと生えていた。
防護マスクのフィルターを通しても臭いが漂ってきそうで、職員たちは顔をしかめる。
遠くからざあざあと下水が流れる音だけが響いていた。



…いや、それだけではない。

「…~!」

耳障りな甲高い声が、下水道内を反射して、職員たちの耳に飛び込んできた。
憂鬱そうな顔をさらに歪ませると、職員たちはライトを点けて、下水道内の探索を開始した。



どうしてゆっくりたちが下水道に現れたのか?
飼いゆっくりだったものが捨てられたのだとか、最初からそこにいたのだとか、
いろいろな説があるが、詳しい原因はわかっていない。

だが、原因がどうであれ、やるべきことは変わらない。

この都市の地下には、下水道と並行して、上水道、電気、ガス、電話といったインフラが網の目のように張り巡らされている。
今はまだ下水道だからいいが、まかり間違って他の施設に入り込まれたら大変なことになってしまう。
憂いの芽は小さいうちに摘み取るべし、との判断が下され、水道局による駆除が行われることとなった。



「とはいえ、何で俺たちがやんなくちゃならないんですか?
 ゆっくりの駆除なんて、普通は清掃局の担当でしょう?」コーホーコーホー

「文句を言うな。下水道の構造に詳しい我々のほうが、効率よく駆除できるとのお達しだ。
 口ではなく手を動かせ」コーホーコーホー

「はぁ…。特別手当に期待するしかねえか…」コーホーコーホー

不満を口にする部下を諫める上司。
しかし彼もこの仕事には乗り気ではなかった。
普通は誰だってそうだろう。
こんなところで野良ゆっくりの相手など、気持ちのいいものであるわけがない。

さっさと終わらせて帰ろう。

「よし、これより散開して、各自の担当区域へ向かう。終わった者から地上に上がれ」コーホーコーホー

職員たちは一様に、億劫な気分で枝分かれした下水道の奥へと向かった。

防護マスクの下で笑顔を浮かべる、ただ1人の職員を除いて。





「ゆぅ~ん。れいむのおちびちゃんたちとってもゆっくりしてるよぉ」

「さすがまりさたちのおちびちゃんなのぜ!」

「「「きゃわいくっちぇごめんにぇ!!!」」」

薄暗い下水道の中で暮らす、このゆっくり一家は幸せだった。
親れいむと親まりさは元飼いゆっくりで、数日前に捨てられたばかりだった。
れいむたちを捨てた飼い主は、マンホールから下水道に放り込めばそのまま死ぬだろう、と考え実際そうしたが、
甘かったと言わざるを得ない。
れいむたちは落下の衝撃に耐え、環境にも適応し、子供まで作っていた。
ゆっくりの生命力は弱いんだか強いんだか、本当によくわからない。



数日前、突然この下水道に捨てられた時、今までのおうちとは似ても似つかない環境に、れいむは絶望しきっていた。

こんなところでは生きていけない。
いっそ落ちたときに死ねばよかった、と。

そんなれいむを支え、生きていく希望を与えてくれたのが、番のまりさである。
さめざめと泣き続けるれいむに、まりさは言った。

「れいむはまりさがまもるんだぜ!なにがあってもまもってみせるんだぜ!
 だから…だからまりさとずっといっしょにゆっくりしてほしいんだぜ!!!」

「まりさ…」

まりさの真剣な、愛に溢れた言葉によって、生きる希望を取り戻したれいむ。
今では可愛い子供たち―れいむが2匹にまりさが1匹―も生まれ、幸せいっぱいだ。
れいむの体内には、さらに新しい命も宿っている。

自分たちはどこでだってゆっくり出来る、世界一ゆっくりした家族だ。

れいむたちはそう信じて疑わなかった。



「かりにいってくるのぜ!」

「いってらっしゃい!まりさ!」

「「「いってらっちゃい!!!」」」

そういって跳ねていくまりさを見送り、れいむたちはおうちでゆっくりしていた。
老朽化した壁を壊して作った、丈夫な「けっかい」に守られたおうちだ。
ここならネズミに襲われる心配も少ない。
子供たちとおうたの練習を始めるれいむ。

「ゆ~♪ゆゆ~♪ゆっくり~♪」

「「「ゆ~♪ゆ~♪ゆっゆ~♪」」」

その時、ガコッ、と音がして「けっかい」のレンガが外された。

「ゆう?まりさ?はやかった…」

そう言っておうちの入り口へと向かったれいむの目に飛び込んできたのは、
上から下まで、白いビニールのようなおかしな服を着た人間だった。



ゆっくりの巣を発見した職員は、ノコノコ出てきた親れいむを踏みつけて捕まえた。
あんな下手糞な歌を大声で歌っていれば、見つけてくださいと言っているようなものだ。

それにしても、なんという汚さだろうか。
湿気が多いからだろう、親れいむの体にはカビのようなものが点々と生えている。
下水道に生息する生物として、これ以上ないくらい相応しい姿だった。
防護服を着ていても、これに触れるなどあまりに気持ち悪いというのが常人の感想だ。

ただしこの職員は、嫌悪感とは別の感情で背筋を振るわせていた。


「「「ゆううっ!?おきゃーしゃんをはなちぇぇぇぇ!!!」

つられて飛び出してくる子ゆっくりたちを確認したところで、
手にしていた銃のようなものを構え、トリガーを引いた。
プシューッ、という音と共に、ノズルの先から赤い霧が噴射された。



職員たちが背負っていた2つのタンクの中身、それはタバスコと圧縮した空気だった。

ごく一部の希少種を除いて、刺激物には耐性が無いゆっくり。
全身にタバスコを吹きかけられた子ゆっくりたちは、初めて味わう激痛に悲鳴を上げた。

「「「ゆぴいいいぃぃぃ!?いぢゃいいいぃぃぃ!!!」」」

親れいむが毎日ぺーろぺろして綺麗にしてあげていた肌は、たちまち赤黒く変色する。
もだえ苦しむ子供たちを見て、今度は親れいむが悲鳴を上げる。

「おぢびぢゃあああぁぁぁん!?やべろおおおぉぉぉ!!!
 でいぶのおぢびぢゃんだぢになにをじだあああぁぁぁ!?」

子ゆっくりたちが動けなくなったのを見計らって、職員は足の下でじたばたと暴れる親れいむを蹴り飛ばした。
顔面から壁に激突し、「ゆぐぉっ…!」とくぐもった悲鳴を漏らす親れいむ。
歯も何本か折れたようだ。
その後頭部をがっちり掴むと、そのまま親れいむの顔を下水の中に沈めた。

「ごぼっ!?がぼっ!!びゃべっ…!びゃびゅべっ…!…びゃびばっ…!」

ぶるんぶるんと体を振り、必死に抵抗する親れいむ。
下水があたりに飛び散り、職員の防護マスクにもその飛沫がかかる。
しかし職員は意に介することなく力を込め続け、親れいむの顔は完全に水没した。

「…!?…!…」

ブクブクと浮かび上がる泡と、もがく親れいむを見つめる職員。
下水を吸収し、もともと汚かった体はさらにひどい事になる。
3分ほど経って、泡が出なくなると、ブヨブヨになった親れいむを引き上げた。

「ごひゅっ…!ぼひゅっ…!ひゅはっ…ひゅはっ!」

窒息の恐怖から解放され、下水と共に餡子を吐き出しながらも、酸素を求めて大きく息を吸う親れいむ。
その口に向かって、

「私の奢りだ。たらふく飲め」

職員はタバスコを噴射した。

「~~~~~っ………!!!」

声にならない悲鳴を上げるれいむ。
もっとも、タバスコをまともに浴びた喉では、もう喋ることなど不可能だろうが。
その時になって、職員はようやくれいむの体に違和感を覚えた。

「…!お前、赤ちゃんがいるのか?」

意識が朦朧としているれいむは答えることが出来ない。
代わりに、最初の噴射からかろうじて回復した子ゆっくりたちが必死に叫んだ。
まさか動けるとは思わなかった職員は僅かに驚く。

「しょ…しょうだよ…!おきゃーしゃんの…からだのにゃかには…れいみゅたちの…いもうちょがいりゅよ…!」

「あかちゃんは…ゆっきゅりできるのじぇ…!だかりゃ…もう…!」

「こんにゃこと…やみぇちぇえええぇぇぇ…!」

全身を焼かれるような痛みに耐え、必死に訴える子ゆっくりたち。

それに対する返答は、

「お前たちには聞いていない」

という言葉と共に浴びせられた、2回目のタバスコ噴射だった。

「「「ぴっぎゃあああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」」」

今度こそ痙攣を繰り返すだけになった子ゆっくりたちを尻目に、
職員は再び同じ質問をれいむにする。

「…!…!」

子ゆっくりたちの悲鳴で意識を取り戻したれいむは、柔らかくなった体が崩れるんじゃないかと思えるほどの勢いで頷く。
その目は「赤ちゃんがいると分かれば助けてくれる」などというまるで根拠の無い希望に満ちていた。

「…ツッ」

職員は舌打ちをする。
れいむの表情に苛立った訳ではない。
みすみす楽しい玩具を見逃してしまった己の迂闊さを呪っていた。
あれだけ母体にダメージを与えたのだ、生きてはいまい。

駄目もとでれいむの産道を抉じ開けてみる。
れいむの悲鳴を無視して、指を突っ込んで、開く。

そして今度こそ職員は驚愕した。
れいむの体内の奥深く、人間で言うなら子宮に当たる所に、赤ゆっくりは、いた。
赤いリボンの良く似合う、幸せそうな寝顔で。

「ほう…!」

あれだけの虐待を受けながら、赤ゆっくりを守り抜くとは、何と強い母性であろうか。
だが今回、その母性は完全に仇となった。

防護マスクのせいで、れいむには職員の表情は分からなかったが、その方が僅かの間でも幸せだったろう。
職員は、人間でも竦んでしまう様な凄惨な笑みを浮かべていた。

ノズルを産道に突っ込み、これ以上ないくらい慎重に、そっとトリガーを引く。

シュッ…、と小さな音がして、微量のタバスコが赤れいむに吹きかけられた。
その効果はすぐに現れる。
幸せそうだった赤れいむの寝顔は苦しそうに歪み、ブルブルと震えた直後、カッ、と目を見開いた。

「ぴょおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!!」

その小さな体のどこにそんな力があるのかと思うくらい、激しく叫び暴れる赤れいむ。
産道に逃げようにも、そこにはノズルが突っ込まれている。
そして再びシュッ、と噴射されるタバスコ。

「ぴゅぎいいいいいぃぃぃぃぃっ!!!!!」

完全にパニックとなった赤れいむは、この地獄からの唯一の出口へと向かう。

母親の餡子の中だ。

「ゆやあああぁぁぁ!ゆっきゅい!ゆっきゅいいいいいぃぃぃぃぃっ!!!」

赤れいむの叫び声は母体の外にまで聞こえてくる。
なかなかどうして可愛い声で鳴くものだ。
一方の親れいむも、餡子を食い荒らされる激痛に暴れだす。

「落ち着け。赤ちゃんが潰れてしまうぞ?
 出産てのは苦しいもんだ。頑張れよ、お母さん?」

そう言って親れいむを押さえつける職員。
ブルブルという激しい振動がたまらない。
赤れいむが移動しているのであろう部分が不気味に盛り上がる。

「…ッ!…~~~~~ッ!!!」

相変わらず言葉になっていないが、何を言いたいかはその表情から充分に汲み取れる。
いい、実にいい表情だ。
職員は親れいむが動けないように、さりとて力を入れすぎて潰してしまわないように絶妙な力加減で押さえ続けた。



母親の子宮を破って逃げた赤れいむは、死に物狂いで餡子を掻き分けていく。
大量の下水を吸収した母体は限界に来ており、赤れいむの力でも容易に掘り進めた。

(にゃんで?どうしちぇゆっきゅりできにゃいにょ?!たしゅけておきゃあしゃん!!!)

優しい両親と姉たちに見守られ、最高にゆっくりと誕生できると信じていた赤れいむ。

それなのにどうしてこうなった?なんでじぶんはゆっくりできないの?
いやだいやだいやだいやだたすけてたすけてたすけてゆっくりしたいゆっくりしたいゆっくりしたい…。
きっと外に出れば大丈夫。
そこには優しいお母さんとお父さんとお姉ちゃんたちが待っていてくれるんだ…!

その母親に自分が致命傷を与えているとは夢にも思わず、ひたすらに外を目指す赤れいむ。

(まっててね!おきゃあしゃん!おとうしゃん!おねえちゃん!)

そしてついに、ゼリーのような塊をギュポンッ、と押し出して、ようやく赤れいむは外に出た。

「ゆっきゅりうまれちゃよっ!」

眉毛をキリッとさせた得意げな表情で宣言する赤れいむ。
目の前にはあのノズル。

「誕生おめでとう、れいむ」

母親の眼窩から生まれた赤れいむを待っていたのは、この上なく残酷で無慈悲な死だった。



狩り―といっても壁に生えたコケを集めるくらいのものだが―に出ていたまりさは、
番のれいむと子供たちの悲鳴を聞いて、慌てておうちへと戻ってきた。
その視界に飛び込んできたのは、破壊されたおうちと、その前で痙攣する子供たち、
そして愛するれいむの死骸を下水に放り込む人間の姿だった。

「れ…れいむううううぅぅぅぅ!!!おちびちゃああああぁぁぁぁん!!!!!」

10分前までは想像も出来なかった家族の惨状に、喉も裂けんばかりに叫ぶまりさ。
その声に人間が反応し、こちらを向く。

「親の片割れか」

「よぐもまりざのだいぜづながぞぐをおおおおぉぉぉぉ!!!ゆるざないいいぃぃぃ!!!
 ごろじでやるうううぅぅぅ!!!じねえええええぇぇぇぇぇ!!!!!」

呪詛の言葉を吐きながら、渾身の力をこめて、人間にぶつかるまりさ。
しかし人間は、少しよろめいただけだった。

「ゆごあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

どうして?ここではまりさが一番強いのに。
意地悪なネズミさんもまりさの強さにひれ伏したのに。
なのになんでこいつは倒れないの?
たおれろ!たおれろ!
守るって約束したのに!
やくそくしたのにぃぃぃぃぃ!

「ゆっぎいいいいいぃぃぃぃぃ!!!じねえええぇぇぇ!!!!!」

効かない体当たりをひたすら続けるまりさを人間が挑発した。

「面白い奴だな、気に入った。殺すのは最後にしてやる」

そういって子れいむに足をかける人間。
徐々に体重をかけられ、子れいむは変形する。
タバスコが目に入り失明していたが、親まりさの声を聞き、必死に助けを求める。

「お…おどぉじゃあああぁぁぁん!?どごおおぉぉ!?だぢゅげえっ…!?
 ぢゅ…ぢゅぶれりゅうううぅぅぅ…!!!」

ポン、と既に使い物にならなくなった目玉が子れいむから飛び出す。

「おどぉじゃあああああぁぁぁぁぁん!!!いぢゃいよおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!
 はやぐだぢゅげぶばっ…!」

グシュ、と腐ったトマトがつぶれるような音と共に、子れいむは潰れた。

「1匹殺した。あと2匹だ」

人間は、今度は子まりさに足をかける。

「ゆびゃあああああぁぁぁぁぁ!!!まりぢゃまだじにだぐにゃいいいいいぃぃぃぃぃ!!!」

「やべでえええええぇぇぇぇぇ!!!ぎだないあじをおぢびぢゃんがらどげろおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

必死に懇願しながらも、体当たりを続けるまりさ。
汚い足などと、自分たちの格好を棚に上げてよく言えたものだ。
そしてまた、グシュ、という音。
子供たちの救いを求める声を聞きながら、まりさは己の無力さを思い知らされていった。



5分後、力を使い果たし、ぐったりと横たわるまりさ。
その目はどんよりと濁り、かつての自信に溢れたまりさの面影などどこにも残っていなかった。
そんなまりさを職員は掴み上げる。

「ゆひいいいぃぃぃっ…!」

情けない悲鳴を上げるまりさ。
先ほどの威勢のよさに、少しは楽しませてくれるものと期待していた職員は拍子抜けする。

まあ、いい。

「お前は最後に殺すと約束したな」

がたがたと震えるまりさに向かって職員は言った。

「ゆひっ…!?ゆ…ゆあぁ…」

「あれは本当だ。だから殺す」

それだけ言うと、職員はまりさの全身にタバスコを吹きかける。

上、上、下、下、左、右、左、右、シュッ、シュッ。

ただし目にはかからないように、よく狙って。

「ゆぎょっ!ゆびゃっ!ゆぎぃっ!ゆびゅっ!ゆびぇっ!ゆぎゅっ!ゆびぃっ!ゆぎゃっ!」

まりさの体がすっかり変色したのを確かめて、職員はまりさを下水に叩き込んだ。
水飛沫を上げる寸前、下水の中にまりさが見たのは、餡子と皮がぐちゃぐちゃに混ざり合ってなんだかよく分からなくなったもの、
その中に浮かぶ、見間違えるはずの無い赤いリボンと黒い帽子だった。



(みんなあぁっ…!)



後頭部を踏まれる痛みを感じた直後、まりさは愛する家族と一つになった。





れいむとまりさの一家を駆除した職員は、地上へと戻った。
既に他の職員たちのほとんどが担当区画の駆除を終え、寛いでいた。

防護服を脱ぎ、一服していると、同僚の1人が声をかけてきた。
その言葉には非難の色が含まれていた。

「ゆっくりたちの悲鳴がこっちにも聞こえてきたぞ。
 ―苦しませて殺す理由なんてあるのか…?」





「楽に死なせてやる理由も無いだろう?」

ブロンドの髪をかきあげ、女は静かに言った。
その顔はどこまでも爽やかだった。


     ◇


翌日から、ジョンに案内され、俺はゆっくりに関係するいろいろな施設を見学して回った。
アメリカでも、先ごろ大規模なゆっくり駆除が行われたばかりらしい。
「ヌルいものばかりで悪いな」とジョンは言っていたが、なかなかどうして俺は楽しかった。
特に、最近発見された新種のゆっくりである「なずーりん」をマスコットにしたテーマパークなどは最高で…。
いや、この話はよそう。
なぜだかそうしたほうが良いような気がする。

…ともかく、研修開始から1週間は平穏無事な日々を過ごしていた。



そして8日目の早朝、俺はジョンからの電話で叩き起こされた。

「よう、まだ寝てたのか?すまんすまん。だが緊急事態なんだ。
 丁度いいタイミングで…なんて言ったら不謹慎だが、俺たちに仕事が回ってきた。
 『ドスまりさ』が農場を襲ったらしくてな。出動要請があったんだ。
 今から迎えに行くから準備しててくれ。15分くらいでそっちに着く」

実際には10分もしないうちにやって来たジョンと一緒に、俺は現地へと飛んだ。



昼過ぎになって着いたところは、アメリカでも有数の大規模農業地帯だった。
ジョンたちの管理する国立公園からさほど離れていなかったため、出番となったらしい。

ドスまりさたちの襲撃のあらましはこうだ。

昨晩遅く、農場の方からゆっくりたちの声が聞こえてきて、経営者は慌てて向かったそうだ。
そしてそこで、作物を食い荒らすゆっくりたちを発見し、そのうちの1匹を叩き潰そうとしたところ、
不意に現れたドスまりさが「ドススパーク」を放ったらしい。
経営者は危ういところで身をかわしたため無事だったが、
ドススパークの直撃した灌漑施設は見るも無残に破壊されていた。
そしてドスまりさたちは、腰を抜かして必死に逃げる経営者をあざ笑いながら森の方へと帰って行ったそうだ。

今はまだ森の中の食料が足りなくなるような時期ではない。
飢えによって止むを得ず人間の生活圏にやって来るゆっくりたちとは違い、その悪質さは際立っていた。
遠からず、また襲撃しに来るだろう。



「あの糞饅頭どもをぶっ潰してくれ!」

屈辱のあまり怒り狂う経営者を落ち着かせて、俺たちは農場を後にした。
向かうのは保護官の詰め所である。


     ◇


国立公園に程近い詰め所の中には、保護官2人とゆっくりうどんげがいた。

「…でだ、ジョージ。だから俺は言ってやったのさ。
 『ああ、すいません、奥さん。あんまりひどい下膨れなんでゆっくりと間違えてしまったんです』ってな!」

「HAHAHA!お前は最高だよ、スティーヴ!HAHAHAHAHA!」

「GERAGERAGERAGERAGERA!」

こんな調子でかれこれ1時間、2人と1匹は爆笑していたのだが、
そこに彼らの上司であるジョンと、日本からの「お客さん」がやって来た。


     ◇


ジョンから紹介を受け、俺はスティーヴとジョージという2人の保護官と握手した。
早速ジョンが彼らに指示を出す。

「スティーヴ、ジョージ。作戦会議だ。準備しろ。
 今回は日本からのゲストも来ている。気合を入れろよ」

「「オーケイ、ボス!」」

そう言うと、彼らはホワイトボードやら地図やらを引っ張り出し、てきぱきと準備を進める。
俺がうどんげの淹れてくれたコーヒーを頂いているうちに、詰め所は作戦本部へと様変わりした。

「では、始めよう」

ジョンの言葉と共に、作戦会議が始まった。



ドスまりさ、というのは、外見こそゆっくりまりさが大きくなっただけだが、中身は別物の化け物である。
攻撃力、耐久力、機動力、知能…どれをとっても通常サイズとは比較にならないほど高く、
極めつけに「ドススパーク」という熱線まで吐く。
その威力は先に破壊された灌漑施設が物語っていた。
怪獣映画から抜け出してきたようなモンスターだ。

日本において、俺は希少種たちと連携し、火器まで使用してドスまりさを仕留めたが、
アメリカではそうそうできる作戦ではないらしい。
まず、希少種の数が日本よりも少ないため、運用することが難しい。
それならいっそ州兵あたりと協力したらいいんじゃないか、と言ったら彼らは首を横に振った。
以前州兵たちがドスまりさの駆除を担当したところ、10ヘクタールの森林ごと焼き払ってしまったらしい。

「あいつら加減ってもんを知らないンすよ。気持ちは分かりますけどね」

と、スティーヴはため息混じりに言った。

そうなるとこの人数だけでドスまりさの相手をしなければならない。
周辺に被害を与えてしまうため、火器や薬剤の使用はNG。
ドスまりさたちの棲む森から農場までは広大な平野になっており、罠や待ち伏せはあっさりと見破られてしまうだろう。
森に入るのも論外だ。
さてどうしたものか、と俺が悩んでいると、ジョンはニヤリと笑い、
ホワイトボードに張られた地図の一点を指先で叩いた。

「ここだ。ここでやつを始末する」

そこは農場から1キロ離れた、高さ50メートルほどの崖だった。

「ここで?一体どうやって?」

「突き落とすんだ」

と、ジョンは事も無げに答えた。

いや、突き落とすといっても、崖まで追い込むのはどうするんだ?
そんな俺の疑問を感じ取ったのか、ジョンは俺に質問してきた。

「なあ、ゆっくりたちが一番怖がるものって何だと思う?」

「…ふらんやれみりゃなんかの捕食種だろうな」

「じゃあ、ドスまりさが一番怖がるものは何だと思う?」

「…」

俺は答えに詰まった。

ドスまりさはそのサイズに比例して態度もデカイ奴が多い。
捕食種なんかは敵じゃないだろうし、自然災害か何かだろうか…?

あれこれ考える俺にジョンはあっさりとこう言った。



「ドスまりさが一番怖がるのも、やっぱり捕食種なんだよ」

自分で真っ先に排除していた答えに驚く。

「いや、しかし、ふらんやれみりゃがドスまりさに勝ったなんて話は聞いたことがないぞ」

「それはサイズが小さいからさ。お前だって、手の平に乗るくらいのライオンがいても怖くないだろう?」

「それは確かに…って、まさか…?」

「いや、ドスまりさに対抗できるくらいのサイズの捕食種なんて、未だに発見されていない。
 だから俺たちはそれに代わるものを考え出したんだ」

そう言うと、ジョンは俺を連れて外に出た。
そして、案内された詰め所の裏にある格納庫の中に入ると、「それ」はそこにあった。



AH-64 アパッチ。
かつては広く世界にその名を知られた攻撃ヘリだ。

「時代遅れの遺物になってたところを譲って貰ったんだ。カッコイイだろ」

ジョンの言葉通り、払い下げらしく武装は全て取り外されていた。
あちこち補修した跡もある。
だがこのヘリには決定的に通常のアパッチとは違うところがあった。



赤と白の派手なカラーリング。
そして機体前部、照射装置のあった箇所に、ゆっくりふらんの帽子が取り付けてあった。



これは…マジか?

「マジだ」

俺の後ろでジョンが答えた。

「ゆっくりたちが、特に飾りによってお互いを識別するのは知っているよな。
 上手いことやれば、人間がゆっくりに成りすますことも出来る。
 俺たちは、それをヘリに適用することに成功したんだ。
 ゆっくりたちに視認できる箇所に帽子を取り付け、尚且つふらんっぽく見せなきゃならない。苦労したぜ」

俺が振り返ると、ジョンは得意げに笑っていた。
そこに、詰め所にいたジョージが走ってきた。

「ドスまりさたちが現れました!昨夜と同じ農場へ向かっているようです!」

「わかった」とだけ答えると、ジョンは俺に向き直って言った。

「調子付いてる饅頭どもに、目にもの見せてやろうぜ」

俺も前部席に乗せてもらい、ジョンの操縦するヘリは農場の方へと飛び立った。



離陸するヘリを見送るジョージとスティーヴ、それにうどんげ。
ジョージの腕の中には帽子の無いふらんがいた。

「うー…ふらんのぼうし…」

「これが終わればちゃんと返してやるから、我慢してくれ。な?」

「うー…わかった…」

ジョージはふらんの頭を優しく撫でてやった。
夕日で赤く染まる空をわたっていくヘリを見届けて、彼らも行動を開始した。


     ◇


農場まで続く未舗装の道路の上を、ドスまりさと群れのゆっくりたちが移動していた。

「きのうのどすはとってもかっこよかったよ~」

「あのじじいのまぬけづらはぶざまだったんだぜ!ゆぷぷ!」

「どすはむてきなんだねー。わかるよー」

「きょうもとかいはなでぃなーとしゃれこみましょう!」

昨晩の襲撃の興奮が冷めないのか、ドスまりさを口々に褒め称える取り巻きのゆっくりたち。
その煌びやかな賛辞に、ドスまりさも笑顔で答える。

「きょうからはもっとみんなをゆっくりさせてあげるからね!」



ドスまりさは森の王者だった。
その体躯と「ドススパーク」に対抗できる野生動物は存在せず、捕食種のふらんやれみりゃも何匹殺したか覚えていない。
そうして森の中で覇権を握ったドスまりさが次に狙ったのは、人間だった。
昨夜は取り巻きだけを連れて、偵察するくらいのつもりだったところに、人間が突然現れてれいむを潰そうとした。
思わずドススパークを放ったのだが、その結果は…圧勝である。

人間なんて大したことない。
妄想・願望は確信へと変わり、ドスまりさたちは群れの全てのゆっくりと共に大挙して農場へと押し寄せていた。

「どすぅ。にんげんからゆっくりぷれいすをとりもどしたら、にんげんたちはどうするの?」

農場が自分たちのものであることは脳内で確定済みのれいむが、ドスまりさに尋ねる。

「ゆぅん。ききわけがよければどれいにしてあげてもいいけど、
 そうじゃなかったら…そのときはざんねんだけど、ゆっくりできなくなってもらうしかないね」

「きのうのじじいはどれいでもなまぬるいんだぜ!さっさとせいさいしたほうがいいんだぜ!」

あの経営者がこの台詞を聞いていたら、怒りが有頂天になっただろう。

夢いっぱいの未来に思いを馳せつつ移動し続けるドスまりさたち。
やがて農場が視界に入る。
あと一息だ。

その時、上空から不気味な轟音が近づいてきた。
思わず見上げたドスまりさたちの目の前に、とてつもなく大きなふらんが降りてきた。


     ◇


「いたぞ」

ドスまりさたちを発見し、草原に獲物を見出した猛禽のように降下するヘリ。
俺たちは奴らと真正面から対峙した。
ドスまりさとその群れのゆっくりたちは、目を真ん丸に見開いて微動だにしない。
普通サイズはともかく、ドスまりさも動かないところを見ると、
どうやら本当にこのヘリをふらんだと認識しているようだ。

「ようし、ビビってるな。…そこのボタンを押してくれ」

前のパネルを見ると、「flandre」とだけ書かれたボタンがあった。
言われるままに押す。
すると、


『ダァイ!(しね!)』


という、ふらん独特の台詞がヘリの外部スピーカーから飛び出した。


     ◇


突如として目の前に現れた巨大なふらんに、ドスまりさたちの思考は停止した。

え…なに…これ…。

動きたくても動けない。
その原因が餡子の奥に刻み込まれた本能的な恐怖だということに、ドスまりさは気付かなかった。
無理もない。
ゆん生始まって以来、一度も他の存在を恐れたことなど無かったのだから。
しかしそんな硬直状態も、

『ダァイ!』

という声によって破られた。



「「「ふ…ふ…ふ…ふらんだああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」」」

ドスまりさは生まれて初めての、そして群れのゆっくりたちはゆん生最大の悲鳴を上げた。


     ◇


「ゆひいぃぃぃぃぃ!!!たっ…たすけてえええええぇぇぇぇぇっ!!!」

普段とはまるで違う甲高い声を出しながら、一目散に逃げ出すドスまりさ。
その巨体に、取り巻きや群れのゆっくりたちは次々と踏み潰されていく。

「どすうううぅぅぅっ!!!まっでべばぁっ…!」

「ご…ごっぢにぐるなあああぁぁぁあぎゃべっ…!」

かつては他の何よりも優先してゆっくりさせてあげていた群れの仲間たちを、
最高にゆっくり出来ない状態にしていくドスまりさ。

「おーおー。酷いもんだな。我が身可愛やホーヤレホー♪ってか」

茶化しつつも、素早くヘリを操りドスまりさを追跡するジョン。
森の中に逃げ込もうとすれば先回りし、道を外れそうになれば修正し、右に左に巧みに誘導しながら追いかける。
なかなか凄まじい操縦で、俺は酔いそうになる。
だが、そんな体たらくは許されない。
気を引き締めて、俺はジョンをサポートするべく、タイミング良くボタンを押す。

『ダァイ!ダァイ!』

「ゆぎゃあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

悲鳴を上げて逃げ続けるドスまりさを、俺たちは徐々に崖の方へと追い詰めていった。


     ◇


ドスまりさは怯えていた。
何かに怯えるなど初めての経験だった。
ドスまりさは逃げていた。
何かから逃げるなど初めての経験だった。
ドスまりさは体の震えを止められなかった。
それが死の恐怖というものだった。

「いやだあああああぁぁぁぁぁっ!!!ごないでえええええぇぇぇぇぇっ!!!」

必死に逃げるドスまりさ。
ゴールはすぐそこだった。


     ◇


俺たちは遂にドスまりさを崖まで追い詰めた。
崖の手前で、夕日を背にしてこちらを見据えながら、荒い呼吸をするドスまりさ。
恐怖に駆られてここまで来たとはいえ、崖から飛び降りれば無事では済まないことは分かるらしい。

それでも、迫り来る回転翼の音には抗えない。
ジリ…ジリ…と後退を続けるドスまりさの顔は、恐怖に引き攣り、涙やらなんやらでぐしゃぐしゃになっていた。

「仕上げだ。最大音量で止めを刺す。そこのツマミを右に回してくれ」

「了解」

さらばだ、ドスまりさ。

俺はボタンを押す。



『ダァァァァァァァァァァイ!!!!!』

「ゆっひょおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

ドスまりさは夕日に向かって飛んだ。

「おそらをとんでるみたいいいいいいぃぃぃぃぃぃ…!!!」

これまたゆん生初にして最後であろう台詞を口にしながら、一気に落下するドスまりさ。
やがてドグシャアッ、という音があたりに響いた。
数トンにも及ぶ自重と、重力から導き出される当然の結果として、ドスまりさは崖下の地面に大輪の花を咲かせていた。

「よし、あとはスティーヴたちに任せよう」

ジョンはそう言い、ヘリを反転させた。


     ◇


崖下では、スティーヴとジョージ、それにうどんげが、ドスまりさの残骸を片付けるべく準備していた。

「それにしても『おそらをとんでるみたい』とはな。
 どう見ても落っこちてるだけじゃねえか!なあ、スティーヴ!」

「HAHAHA!違いない!」

「GERAGERAGERA!」

彼らは爆笑しながら、ドスまりさの残骸を解体し、トラックの荷台へと積み込んでいった。


     ◇


6日後、俺は空港のロビーにいた。
見送りに来てくれたのは、ジョン、スティーヴにジョージ、それにうどんげとふらんだ。

「今度はプライベートで遊びに来てくれ。お前さんのパートナーも連れてな」

「あんたたちも、ぜひ日本に来てくれよ。歓迎する」

僅か2週間の研修だったが、俺はいろいろなものを得ることが出来た。
いつまでも手を振ってくれるジョンたちに別れを告げ、俺は飛行機へと乗り込んだ。



飛行機の中、エコノミークラスのシートに座りながら、俺は今回の研修について振り返った。

なんといっても、あのドスまりさの撃退が一番印象に残ったなぁ。
同僚たちにも、いい土産話が出来…。

…ん?

みやげ…?

そこで俺は気付いた。



「しまった。お土産を買うのを忘れた」





(了)





あとがき

最後までお付き合いいただきありがとうございます。
前作に感想が頂けた嬉しさのあまり、勢いに任せて書いてしまいました。

今後も機会があれば、もっとベクトルの違う話に挑戦してみたいと思います。


書いたもの



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感想

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  • だあああああああああああああああああああああああああああああああい -- 2017-03-21 14:58:53
  • アパッチを使ったのはナイスだったわww
    あと、うどんげは向こうでもゲラゲラなんだね -- 2013-08-18 00:56:00
  • イタ車ならぬイタヘリですか -- 2013-07-18 07:48:45
  • HAHAHA!イタイヘリコプターダナ!HAHAHA!
    -- 2012-03-16 22:14:36
  • 銃社会だからゆっくりの まむまむにショットガン突き刺して爆散させてそうだwww -- 2011-10-04 23:05:54
  • 水道局の虐待お姉さんが、頭のなかで凄惨に笑うバラライカさんに変換されちまったよ。
    -- 2011-09-07 05:30:46
  • アメリカの駆除は豪快だなHAHAHA!
    実際に居たら、銃社会だし、44マグナムやショットガンで撃ち殺されるのが目に見えてそうだw
    熊も殺せるしなー -- 2010-10-09 19:55:13
  • HAHAHA!最高だよHAHAHA -- 2010-10-01 22:37:37
  • 攻撃ヘリにふらん偽装をするのは面白かった。水道局のオバサンきもい。下水道一家が可哀想。
    アパッチは燃費がクソ悪いし、維持コストが莫大にかかるので、ドスとはいえゆっくり相手には過ぎた兵器だと思う。 -- 2010-07-05 04:16:13
最終更新:2009年10月27日 15:08
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