海軍兵站システム概論

 

現代では、実際に戦う兵士の何倍もの補助要員が必要といわれている。歩兵1人に対して、彼/彼女が使用する兵器の整備員、歩兵を戦場まで連れて行く輸送車の運転手、食料を調達する調理係、給料を計算する主計員等々が5人から10人は必要なのだ。

本末転倒かも知れないが、不合理ではない。
これが戦いを進めるために必要なシステムであり、兵器がハイテク化し、軍が強大になればなるほど補助要員の数も増えていく。
つまり、戦争とはシステムとシステムのぶつかり合いにすぎないのだ。

このシステムの根幹を支えるのは、兵站システムである。
いかに無駄なく、必要なモノを必要な場所へ迅速に送り届けられるかが勝敗の分かれ道となる。どんなに優れた兵士であっても、飲まず食わずでは戦えないし、どのような高性能の兵器でも弾薬や燃料が届かなければ1mmだって動きはしない。

この兵站システムは、陸軍と海軍では大きく異なっている。空軍や宇宙軍も異なっているが、これらは基本的には海軍に近いだろう。
その違いは補給拠点の性格にある。

陸軍の補給拠点は、原則として各所に用意されているはずだが、それでも前線が動けば補給拠点も動くなりサブ拠点を設置しなくてはならない。兵員1人が携行できる食料や武器弾薬の量はたかが知れている。もちろん古くは馬やロバ、それに車輪のついた荷車が発明され、それが今やトラックに替わっているが、それとて軍を維持するのに必要な物資の量を考えると心許ない。だから、一定の間隔で補給拠点を設置し、補給路が延びないように配慮しなくてはならない。
つまり規模は小さくても良いが、フレキシブルでなくてはいけない。

これに対して、海軍で戦うのは兵士であると同時に艦である。水泳パンツの兵士が銃を担いで海を渡るという状況はありえない。
そして、艦なら人間1人が運べる以上の物資を一度に輸送することができる。というか、輸送しなくてはならない。海軍が受け持つ作戦区域は広大で、艦船は一度出航したら何週間、何ヶ月も帰港できないのがあたりまえだからだ。
また、海軍が使用する兵器の整備も、そこらで簡単にというわけにはいかない。戦車なら、最悪、工具と部品さえあれば路肩でも修理できるが、全長300mもある軍艦をちょっと持ち上げて船底の穴を塞ぐなど、そこらでできる作業でないことは門外漢にもわかることである。
そのため、海軍の補給拠点は、造艦も可能な修理用ドックなどがある港湾に設置された基地および洋上で作戦中の艦に補給品等を送り届ける補給艦が中核となる。
つまり海軍の補給拠点にはフレキシビリティは求められない代わりに、パワーが要求されるのだ。それも単なる馬鹿力ではなく、計算され尽くした精密機械のようなパワーである。

港湾基地の機能は、まずどれだけの数と大きさの艦を整備できるかであり、入港した艦に対してどれだけ迅速に必要な貨物を積み込めるかにかかっている。
いくら艦が大きいとはいえ、手当たり次第に荷物を積み込んだのではたいして詰め込めはしないし、頻繁に使用する重要な補給品が取り出すのも困難ないちばん奥に押し込められていても、洋上でちょいと倉庫整理というわけにもいかない。
その補給物資が活用されるか否か、その艦がどれだけ長く作戦区域にとどまれるかは、最初の貨物積込み時に決まると言っても過言ではない。

海軍では、1隻の艦を作戦に投入するためには、同規模の艦が3隻必要だというのは常識である。1隻は作戦中だとすれば、もう1隻は寄港中か作戦区域へ移動中であり、3隻目は修理を受け補給中ということだ。
この艦が1隻でも足りなければ、作戦区域に穴が開くか、故障した艦、不十分な燃料・弾薬、疲れ切った兵士で作戦に参加する艦が出てくることになる。
このローテーションをいかに短縮し、効率よく回していけるかが補給システムの要となる。
また、近くに自前の海軍基地が設置できない場合は、同盟国等に要請し、適切な保安処置がとられている港で艦艇の修理・補給が行えるよう手配しておく必要もある。そうでなければ、(補給艦も艦であり、いつでもどこでも迅速に配達できるデリバリー便ではないのだから)燃料が無くなるたびに世界を半周して母港へ帰国しなくてはいけないという馬鹿げた事態が発生するからだ。

こうした、港湾基地、補給艦を中心としたネットワークこそが、海軍兵站システムなのである。

最終更新:2008年12月12日 10:02