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女大学評論-12

【女大学・12】
 人の妻となったならば、その家をよく保つべきだ。妻の行い悪く放埒ならば家が破綻する。
 万事、慎ましやかにして無駄使いをなすべきでない。衣服飲食なども、身の分限に従い用いて、奢ることがあってはならない。



【女大学評論・12】
 人の妻である者が家を保ち、万事倹約して無駄遣いをすべきでない、衣服や飲食なども身の丈に合ったものを用いて奢ることなかれという。
 人生のありかたとして非常によいことである。大いに賛成するところであるが、私はこれを一歩進めて、婦人が経済・会計の主義技術を身につけることを祈る。

 一家の経済を夫の自由自在に任せてしまい妻は何も知らず、ただ夫から授けられた金を受け取り、これを日々の用度に費やすだけで、その金は我が家の金なのか、借金してできた金なのか、借金ならばどのようにして誰に借りたのか、返済はどのようにするのかなど、そのあたりは全くわからず、夫婦が同居しているというのに一家の一半を支配する主婦でありながら我が家の貧富さえ知らない者がいる。これはよいことではない。

 日本の女子に権力がないといわれる原因は様々だが、女子がその育った家にいるときに父母の教えが足りず、文字や遊芸などは稽古させても経済のことは教えず、言い聞かせもせず、わざと知らないように育てるのは、女子に家の経済を迂闊にさせ、人生の無知の不幸に陥れることである。

 現代の人事繁多の世の中で一家を保とうとするには、たとえ直に家業の経営に接するのでなくても、その営業、渡世のしかたをおおかた心得て家計の方針を明らかにし、実際のところを知るのは、家の貧富、貴賎を問わず婦人の身に必要なことであるとわきまえるべきだ。

 そのためには娘時代から読み書きそろばんの稽古はもちろんのこと、経済法の大略を学び、法律なども一通り人の話を聞いて理解できるくらいの知識がなくてはならない。
 遊芸や和文、和歌などの勉強を以って女子唯一の教育と思うのは大いなる間違いである。

 私はかつてこう言ったことがある。男子の心は元禄武士のごとく、芸能は小役人のごとくであるべきだ、と。
 今、この言い方で女子に向かって言うなら、こうだ。
 立ち居振る舞いの高尚、優美で多芸なさまは御殿女中のごとく、談笑、遊戯が気軽で無邪気なのは子供のごとく、常に物理の思想を離れず、経済、法律の要を忘れず、深くこれを心にたくわえて随時活用し、一挙一動、一言一話が活発であるとともに野蛮でないように。それで初めて賢婦人である、と。

 だから、前記した婦人の心得としての経済法律云々は、いわゆる銀行員や弁護士風の学び方を婦人にすすめるというのではない。
 昔の武家の婦人が九寸五分の懐剣を懐中していたのと同じことで、もっぱら自衛のためのたしなみであると認識するがよい。


最終更新:2007年05月01日 14:25
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