【女大学・20】 以上の条文は幼いときからよく教えるべし。また書き付けて折々読ませることを忘れてはならない。現在の世の人は、女に衣服道具など多く与えて婚姻させるよりも、この条文を十分に教えることが一生身を保つ宝となるだろう。
昔の言葉に「人は100万銭を出して娘を嫁がせることは知っていても、10万銭を出して子を教育することは知らない」というのがある。
これは本当にその通りだ。女子の親である人はこの真理を知らなければならない。【女大学評論・20】 最後に、以上のことは幼いときからよく教えろ云々、現代の人は女子に衣服、道具など多く与えて結婚させるよりもこの教えを云々、昔の言葉に人はよく100万銭を出して女子を嫁に出すことは知っていても10万銭を出して子供を教えることを知らないといい、女子の親である人はこの理屈を知らないでいてはだめだと。
以上19条の結論は親切な教えである。
私も女大学作者の誠意を非難はしないが、女大学が書かれてから200年余りもたった今日において、人智の進歩、時勢の変遷を視察し、既往の事実に徴して将来の幸福を求めようとするときには、必ずしも昔の人の教えに服従することはない。あえて反対を試みてもかまわないのである。
そもそも、昔、封建門閥の時代に政治をはじめとして人間を万事圧制して組織していた世の中では、男女の関係も自然と世の中の風潮に従って、男子は君主のごとく、女子は臣下のごとく、その尊卑は区別があった。
それと同時に君主である男子は貴賎、貧富、身分の違いがあっても、婦人の前ではまるで時の将軍大将のように傍若無人な態度を取り、婦人を冷遇したり無視したりするだけではなく、ひどい者になると淫乱しまくり、配偶者を虐待、侮蔑する者もいたが、世間にはこれを咎める者もいなかった。かえってその虐待、侮蔑の下にひれ伏し従う者を賢婦貞女と称していた。
その風潮は上流社会でも下流社会でも同様で、嫉妬は婦人の敗徳であると教えれば下流社会もこれを聞き習い、やきもちは女の恥などと唱えて、あえて自分から結婚契約の権利を放棄して苦欝の淵に沈んでいた。
そればかりか、男子の狂乱が子孫に悪影響を与えることをを棚に上げ、こういった弊害を知らないのは奇怪なことである。
ただ驚くべきことだが、社会圧制が久しいものとなるとそれは国民一般の習慣を形成して人々に浸透していった。
政治上では君々たらざるも臣々たらざるを得ずというに等しく、婦人の道は柔和忍辱、盲従して、夫々たらざるも妻々たざるを得ずとして、もっぱらその一方の教えに力をこめて、自分を封建社会の秩序に適応させ、また、間接的にその秩序が成り立つのを手助けしていたような・・・そんな特別な時勢の中で執筆された女大学なのだから、その内容は現代から見ればこそ奇怪なものと思えるが、その当時は決しておかしいものではなかった。
弓矢鎗剣は今の軍器としては無用の長物であり、ただ一種の玩具であるが、昔は一本の鎗で三軍の成敗を決したこともあった。昔は利器であったが、今は玩具である。
このような今と昔の相違を名づけて「人智の進歩」「時勢の変遷」という。学者は特にこれに注意すべきである。
私は女大学を女子教訓における弓矢鎗剣と認識する。
現代となっては少しも重要な内容ではないし、その内容の是非についてはさておき、女大学の作者が女子を教えるということの必要を説くことの、その熱心さについてはただ感服するほかはない。
よって、今、私の腹案としてある女子教育説の大意を次に記し、これを「新女大学」として、今は亡き女大学の作者に提示しようと思う。
作者先生も200年の変遷を見て、もしかしたら首肯されることがあるだろう。女大学評論終。
最終更新:2007年05月01日 14:51