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新女大学-19

【新女大学・19】
 女子がいかに教育されていかに書物を読み、博学多才であっても、その気品が高くなくて行いが悪く不品行な場合は、淑女の本領は既に消滅しているといってよい。

 私がここに行いが悪いと記すのは、必ずしもその人が実際にみだらな罪を犯すことの罪自体を咎めているだけではない。
 普段の言行が粗末で礼儀上いましめるべきことを知らず、ややもすれば談笑の間にもあられぬ言葉を漏らして、当人よりも聞く者のほうが却って赤面してしまうようなことがあってはならない。これはこれらは全て不品行の敗徳としていやしむべきものである。

 例えば芸者などといういやしい女が衣裳を着飾り、酔客の座辺にはべって歌い踊りまわるときに漫語放言をはばかることがないのは活発で無邪気なようでいて、まあ実際に本当に無邪気な者もいるかもしれないが、これは座中の淫婦といわざるを得ない。

 芸者のことは例外としてさておくとしても、上流社会においても自覚なく誤った行動をする者がいる。
 近来の教育の進歩に従って言葉の数も増加し、昔は学者の世界に限って用いていた漢語が今は俗世間での通語となっているものが多い。

 その中でも私にとって耳障りなのは「子宮」という文字である。
 従来は婦人病といえばただ漠然と「血の道」とだけ称して、その詳しい内容はただ医者に任せていたわけで、素人の間ではかつてこの言葉を言う者も聞く者もなかった。
 しかし近年では日常の会話に公然と「子宮」という言葉を用いてはばかることがなく、市販薬の看板にさえその文字を見られる状態である。
 それだけではない。ひどいときになると婦人の口から直接この言葉が漏れることもないわけではない。ただ仰天するばかりである。

 そもそも「子宮」という字は洋語のUterus(ユーテルス)にあたり、相互直訳の文字であって、西洋諸国においては医師社会に限ってこの言葉を用いていた。診察や治療の必要に迫られた場合はごく内々に患者またはその家族にこれを告げるのみであった。
 医事に関する要談のほかには、西洋の人の口から「ユーテルス」という言葉を聞こうと思っても決して聞くことはできない。ましてや婦人の口からはとても、生命を賭してもこの言葉を口にしてはならないという。

 しかし日本人はこの言葉を口外して平気であるという。当人の知らないこととはいいながら、恥ずべきことではないか。
 なお、このほかにも今の世間には見苦しく聞き苦しい言葉が多い。これは婦人の罪だけではなく、社会の先達である学者、教育者の不親切と、政府の筋の無学や不注意によるものであると知るべきだ。

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最終更新:2007年11月06日 21:41
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