【新女大学・21】
婦人の気品を維持することは確かに大切なことであるから、他人に惑わされることなく自分自身を重んじるべきである。
昔から現在に至るまでとどまることなく流れゆく濁った水のようなこの社会においては、芸者もいるし妾となる者もいる。妾から成り上がる者もおり、芸者から出世して立派に一家の夫人となる者もいる。
全てこれらは人間ではない醜物であり、淑女や貴婦人の座に同席できるような者たちではない。賤しんでもなおあまりある者たちであるわけだが、彼女たちを賤しんでいる気持ちを外面にあらわすことはすべきでない。
私は清いがあなたは濁っている、私は身分が高いがあなたは卑しい、といわんばかりの顔色であからさまに彼女たちを辱めるようなことはただむなしくその人自身の品格を落とすだけであり、利益のない振る舞いであるから、深く慎むべきである。
もし交際の都合で余儀なく彼女たちと同席することがあった場合には、礼儀を乱さず温顔をもって接し、侮ることがないようにする。
そしてそれと同時に、密かに彼女たちの無教育、破廉恥なのを憐れむのが慈悲というものであろう。
要するに、ただその人の内部に立ち入ることはせず、度外に捨て置き、事情が許す限りは近づかないようにすることである。
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新女大学-22
最終更新:2007年11月06日 21:43