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新女大学-23

【新女大学・23】
 偕老同穴は夫婦の約束であるが、いかんせん、死は年齢に関係なくやってくるものであるから、十分に歳を重ねることなく夫が早くこの世を去ることもある。
 このような不幸に際してはあとに残った婦人が既に40とか50に達して、子供の数も多いなら夫なきあとの家を守って暮らすべきだが、まだ20、30くらいで40にもならない場合には、未亡人としての生活は非常によろしくない。

 私としては再婚をすすめたいのだが、日本社会の風潮は非常に冷淡で、学者の間でも再婚を論ずる者は少なく、そればかりか未亡人であることがあたかも婦人の美徳として、「貞婦二夫にまみえず」などという根拠もない愚説を唱えている。再婚を妨げるような風潮があるのは非常に残念なことである。

 昔の人が言う「二夫」云々は、夫のいる婦人が同時に第二の男子に接するという意味であろう。
 つまり、今現在妻のいる男子が花柳に戯れるような不品行をいましめたものであろうけれど、人間の死生は絶対の天命であり、人の力の及ぶところではない。生きている人は生きている人のすべきことをすべきである。

 死につかえることは生につかえることと同じである、というのは人の情であるが、人情だけで人生のありかたを左右してはならない。
 例えば、死者をまつるのに供え物を捧げるのは生者の情であるが、その情がどんなにこまやかな人であっても、既に故人となっている人に食べ物を食べさせることはできない。

 生者が死者に対して情を尽くすのは言うまでもないことだし、懐旧の恨は天長地久もただならず、この恨み綿々絶ゆる期なしというが、こちらの人とあちらの人とでは住む世界が違うのだから、既に亡くなった人への情が濃すぎることによって今現在の人生に妨げがあるような状態になってはならない。

 心機を転じて身外の万物を忘れ、その古いものを棄てて新しい生活をするのは人間の自由である。この点が私があくまでも再婚をすすめる理由である。
 特に、男女の再婚は世界中で普通のことであるから、男子を自由にして女子には窮屈にさせるのは日本だけでのことである。
 これでは両者対等であるはずの関係のためにはよくない。私はこの点を見過ごすことはできないのである。

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新女大学-まとめ

最終更新:2007年11月06日 21:45
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