アットウィキロゴ

福翁百話-26

【福翁百話26】 子に対して多を求むるなかれ

子として親に孝行すべきなのは言うまでもない。
母の胎内を出たそのときから、父母が心身を尽くして養育につとめ、千辛万苦、
一点も自分のためでないのだから、その恩に報いるには孝養を
以ってするのが当然の義務であり、不孝者は人にあらざる者である。

孝行といっても、特にほめられるほどのことではないが、
私はここで世の中の父母に向かっていささか注意を述べたいことがある。
それは、その子供に求めるものが、ちょっと多すぎるのではないか、ということである。


子供を産んで養い、教えるのは父母の愛情であるばかりではなく、
今の社会の組織において逃れることのできない義務である。

ならば、その義務に従い、愛情を尽くして自分の子供を養育し、その心身を純良活発に導いて、
孝行の道に従わせるのは当然のことである。
もし子供がそれに従わないのであれば子供を責めても
よいし、叱咤してもよいし、全て父母の権利に属するところである。

しかし、一歩を進めて親自身が自分の肉体の保養を子供に促すことにいたっては、
いささか望みとしてはその区域を脱しているだろう。



そもそも人生独立の原則からいえば、生まれて父母に養われて身分相応の教育を受けたあとは、
死にいたるまで自活の覚悟がなくてはならない。
つまり、心身が丈夫であるうちに懸命に働いて衣食するのと同時に、老後の用意をしておくのが肝要である。
老後の用意があるならば、一切他人を煩わせることがないのはもちろんのこと、
たとえ一番親しいであろう子供に対しても、
ただその情を厚くして優しく愛するだけで、他に求めることはないだろう。

534 名前:諭吉[] 投稿日:2006/12/11(月) 00:25:27
中には子供として父母を思う情が高まって、老後を楽に過ごして
もらおうとして、子供が財物を与えることもある。その場合には
他人行儀に辞退する必要はないが、この財物を受けて楽に過ごす
といっても、広い世間の中には往々にして勘違いを起こし、私たちは
父母だ、お前は子供だ、子供が父母を養うのは当然の義務だといって、
一切の生計を子供に負担させる者もいないではない。また、ひどい
者になると心身がまだ丈夫であるにもかかわらず隠居などと称して
ひたすら子供に頼り、そればかりか子供に多くを求め、苦しめて、
自分は度を越えた贅沢をする者もいないではない。これはまことに
苦々しい風俗であり、下等社会において娘の身を売って家計の足しに
するような大悪事が行われるのも、この風俗の余波であろう。

535 名前:諭吉[] 投稿日:2006/12/11(月) 00:41:52
また、中流以上の家においても、子供を教育することを父母の義務で
あるとは思わないで、密かに経済上の予算を設け、この子が教育を
受ければ父母の身は安楽であるといって、少々の学問を受けたばかりで
年齢的にはまだ小さい子供を働かせて生活費を稼がせようとする者
もいる。事柄の醜美こそ異なるが、子供を犠牲にするのは娘を売るのと
全く違いがない。父母の無慈悲といってよい。
このように、父母は慈愛深くして子は孝行を尽くし、互いの間に
隔意なしとはいいながら、その子供が成長して独立した男女となったら、
父母が求めることにも自然と制限が必要となってくる。
ましてや、親子の間に財物の争いが起こって、かえって大切な情を
壊すことさえもあるのだから、よくよく注意すべきである。

最終更新:2007年09月12日 21:53
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。