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彼女は戦士だった - (2007/06/17 (日) 20:38:13) のソース
**彼女は戦士だった 「痛ッ……」 頬骨の辺りの強烈な痛みで私は眼を覚ました。 眠って……いたのだろうか。意識がハッキリしない、あやふやだ。 辺りを見回しても誰か他の人間がいるわけでもない。 少しだけ地肌が露出した草原、肉眼で確認できる距離には砂浜もある。 どうして私はこんな場所にいるのだろう。 そして、どうしてこんな場所で寝ていたのだろうか。 爽やかな涼風というよりも塩の匂いが染み込んだ、潮風の存在が強く意識される場所。 水の精霊である自分にとって、水辺は特別な場所である。 とはいえ、こんな場所で意味も無く寝てしまうような悪癖は持っていない。 「なぜ……こんな、場所で? …………ああ」 ――敗北。 脳裏に浮かんだのはこの二文字。 昏倒し、眠りへと落ちて行った意識の中でも、この言葉だけははっきりと輪郭を保っていた。そうだ、私は戦って、そして。 「負けた……のか」 敗けたのだ。しかも酷くアッサリと。 油断していたから、獲物が不慣れな武器だったから。そんな台詞は言い訳にもならない。 カルラ。そう名乗ったあの女は確かに強かった。 だが素手と剣だ。初めから私が圧倒的に有利な立場にいた。それでも、私は敗けた。 油断をしたわけでもない。 予想外のアクシデントが発生したわけでもない。 確実に、一度は勝利を確信さえした。 それなのに。 『私に勝ちたかったら、戦い以外の自分を見つけて出直してくることですわね』 あの女が最後に残した言葉の意味。 ……戦い以外の自分か。正直、よく分からないというのが本音だ。 確かに私はひたすら戦いの中で生きて来た。 来る日も来る日も剣の鍛錬。 悠人が現れてから周りの状況も変わったとは思うが、イマイチピンと来ない。 「戦い以外……か。難しいな」 "戦い以外の自分" そんなもので本当に力が高まるのだろうか。 よく分からない。 ■ 戦いに敗れ、倒れていた場所から立ち上がり、最初に足を向けたのは近くの砂浜だった。 理由は二つ。まず私が水のスピリットであること。 水は、海はいい。 潮の流れ、ぶつかり合う波音、磯の香り。全てが私の力になる。 そしてもう一つの理由が武器についてだ。 数分前。 支給の剣はカルラに持っていかれてしまったらしく、私は途方にくれていた。 幸いなことに、剣以外の、背負っていた支給のデイパックは完全に手付かずの状態だった。 しかしさすがにあの女のように素手で戦いに興じるのは難しい。 最低でも何か、堅く、そしてある程度の長さの得物が必要になる。 「おお、そうだ。そういえばまだ他にも武器が入っているかもしれない」 未確認だった残りの支給品を確かめることにする。 剣、とにかく剣が入っていることを祈って。 「なんだ、コレは?風船? それと……虫の瓶詰め?しかも生きてるじゃないか」 デイパックの中身が取り出されていないことに喜んだのも束の間、結局入っていたのは良く分からない物体だった。 最初に引いた剣が当たりだとすれば、残りの二つはまぁハズレなのだろう。 一つは紙の箱に入った十二個の薄いゴム。 触れると少しヌルヌルしていた。そして少し臭い。 箱の正面に『コンドーム』とデカデカと書いてあるが、コレは何に使うものなのだろう。 黒い文字で『鮫菅新一』と書かれているが、これも知らない名前だ。 そしてもう片方の支給品は虫だった。 未だ明らかに生命活動を維持し続ける生きた虫が、何百匹も巨大な瓶に詰め込まれていた。 巨大な二枚の羽根と親指ほどはありそうな太い胴体。 それら全てがゴソゴソと蠢いている姿は、なんとも気味が悪い。 一体こんなものを支給して、参加者に何をさせたいのだろう。 非常食にでもすればいいのか。 ……いや、さすがにコレを食べる、という姿は想像したくない。 ひとまず両者を明らかに役立たずの道具と判断し、デイパックの中に戻した。 先程から耳にこびり付いていた『カナカナ』という蟲の鳴き声が若干収まったような気がする。 そんなわけで、武器を探しに一番近くの建造物であるこの海の家へやって来たのだ。 海、晴天、そして輝かんばかりに白い砂浜。 だが今、この場所にいるのはどうも私一人だけのようだ。 打ち寄せる波の音がやけにもの悲しく聞こえる。 数件、小さな屋台が見受けられた。 中にあるのは砂を被った鉄板やら銀色の光沢を帯びた金属製のデッキなど、備え付けの器具ばかりだ。 役に立ちそうなものは特に見つけられない。 そうなると、やはり一番大きな建物に自然と足が伸びる。 「ここが一番大きいな……何か武器になる物は……」 ――ようこそ、いらっしゃいマセ。 「ッ!?」 私は思わず身構えた。 習慣からか右手は自然と剣を探してしまうが、残念ながら今の自分は丸腰。 空を切る手が妙に虚しい。 「海の家へようコソ。 認識コード照会…………ナンバーイレヴン、アセリアと確認。 ご要望をドウゾ」 だが、目の前に現れた"ソレ"は拍子抜けしてしまうような謎の存在だった。 腫れぼったいタラコ唇にドラム缶のような胴体。 そして金属のボディ。 頭部には毛髪を模したものと思われるカツラのようなものが付いているため、おそらく人型なのだろう。 全自動の……機械人形だろうか。 「……何だ、お前は」 「私はメカリンリン一号デス。この場所の管理と運営を任されていマス。 ご要望をどウゾ」 「ん、望み……例えばこの島から脱出したいというのは?」 「それは流石に無理デス」 「じゃあ武器だ。私の永遠神剣をくれ」 ――よく分からない。 全感覚、全神経がそう訴えている。 とりあえず見るからに弱そうなので警戒する必要は無いだろう。 今最も重要視すべきはやはり武器の入手だ。特に、永遠神剣さえ手に入れば百人力だ。 だが丸腰のままではそもそも戦いにならない。 「申し訳ありまセン。現在は、エリア間の移動のみデス。 道具でしたら、そこの戸棚の中にあるものを自由に使用してくだサイ。 移動に関しては、ご希望のエリア、条件、相手などを指定してくだサイ」 機械人形が示した場所を調べると、確かに戸棚の奥に何か見たことの無い物が入っていた。 鉄製の巨大な針が数本と他に金属製のヘラやフライパン。 武器……とは到底言えるようなものではない。どう見ても台所用品だ。 とはいえ、この鉄製の針は中々使えるかもしれない。 長さは40cm程度のものから一番長いもので70cmほど。これはいい。 「相手?ん……それではカルラ、かな。 動物のような耳が生えていて、髪の長い女だ」 「カルラ……データ照合。…………ロスト。 位置情報が確認できまセン。条件を再指定してくだサイ」 「え?う……」 ――困ったな。 自分はカルラ以外に参加している人間を誰一人として知らない。 いや、そう言えば一人。カルラが名乗った時にその台詞の中で出てきた人物がいるのだった。 「……ハクオロという参加者は?」 「ハクオロ……データ照合。……確認。 ハクオロ、でよろしいデスカ?」 「ん、そう……だな……」 ハクオロ。 カルラが自らの主、いや奴隷とまで評した人物だ。 アレだけの力を持つ戦士が飄々と"奴隷"と言ってのけるのだ。それだけの力関係があるに違いない。 そしてあの口ぶりである。この"ハクオロ"という人物もこの戦いに参加しているのだろう。それならば会って、戦ってみたいと思った。 「いや、この際誰でもいい。 とにかく強者。戦う力を持った者と私を会わせてくれ」 ハクオロにも興味があったが、特に急ぐ必要は無いと思った。 なぜならかなりの実力者であろう彼とは、戦い続ければ確実にいつか出会えるはずであるからだ。 それならば、名前を聞いたことの無い者と戦ってみたい。 「…………条件確認。輸送路、開きマス」 「は……!?」 ■ 「……ッ、ここは……!?」 気付くと真っ暗な、明らかに地上とは思えないような場所に立っていた。 これは地下道なのだろうか。ある程度の横幅と縦幅、頑強に補強されたトンネルが視界の限り延々と続いている。 あの機械人形は『輸送路』を開くと言った。 ならば、この道の先がどこか他の地点に繋がっているのだろうか。 そこまで考えた後で、私は自分の目の前に木と金属で出来た箱のようなものがあることに気付いた。これは……そういえば、文献などで見たことがある。 「トロッコ……か。困ったな、こんなものに乗ったことはないぞ」 もう一度辺りを見回す。 薄暗い洞窟の内部はぼんやりと光る電灯で照らせている。 そして、背後は完全な行き止まり。 確かに安易にこんな明らかに怪しい移動手段を使うのは気が引ける。 だが、現在の状況から考えてこのまま立ち止まっていても何も自体が進展しないと言うこともまた真理。 「まぁ……いいか」 結局、選択肢はそれしかなかった。 前に進み、そして目の前に立ちふさがる者を切り伏せる。 とりあえずは戦えばいい。そうだ『戦い』ソレが私の存在理由。 私はトロッコに乗り込んだ。 端側についているレバーを倒すと、ゆっくりとその箱は加速し始める。 視界一杯に広がる闇が、一体どこまで続いているのか、もちろん私には皆目見当も付かない。 【H-7 地下通路/1日目 朝】 【アセリア@永遠のアセリア】 【装備:鉄串(長)】 【所持品:支給品一式 鉄串(短)x3 フカヒレのコンドーム(1ダース)@つよきす-Mighty Heart- ひぐらし@ひぐらしのなく頃に 祭】 【状態:移動中。ガラスの破片による裂傷。殴られたことによる打撲】 【思考・行動】 1:カルラと再戦する 2:ハクオロと戦う 3:強者と戦う 4:殺し合いを全うする 5:永遠神剣を探す ※戦闘に集中していたので拡声器の声は聞いていません。 ※アセリアは第一回放送を聴いていないため禁止エリア、死者を把握していません。 ※アセリアは次に「このゲームにおける弱者」がいるエリアに現れます。どのエリアかは次の書き手さんにお任せします。 『海の家の屋台って微妙なもの多いよね~』 海の家には完全自動のロボ・メカリンリン一号が配置されています。 彼女は島内の地下を通っている地下トロッコ道の管理を任されており「望んだ条件と正反対のエリア」へのルートを開放します。 トロッコで移動している際は禁止エリアによる制限は受けません。 ※フカヒレのコンドーム アレでナニをする時に使う道具。12個入り。 パッケージの外側に鮫菅新一と名前が油性ペンで記してある。 レオがエリカルートの屋上でフカヒレから手渡された思い出の品。 薄型がウリでフィット感が凄い、らしい。 ※ひぐらし 雛見沢に生息するひぐらしを瓶に無理やり詰め込んだもの。 全て生きています。 ■ ――はぁっ、はぁ、っ……。 アレだ。あるはずだ。必ず、ここに。 土木関係の工事に使うのだろう、ショベルカーやダンプカー。 耕運機などの大型車両が何台もこの場所には放置されていた。 もっとも大半はキーが挿しっぱなしで、正直『放置』という言葉が当てはまるのかどうか疑問なのだけど。 それに勿論、免許なんて持っているわけが無いし、せめて普通の自動車ならばともかく、こんなに巨大な車を操るのは自分には無理だ。 そりゃあ、自由自在に操ることが出来れば、目の前にいる人間だろうが何だろうが思うがままに蹂躙出来るんだろうけど。 ……そう、今の私に必要なのは、そんな不確かな力じゃなくて。 確実性。コレが何よりも大切な要素じゃないか。 100%、完璧に、完膚なきまで、目的を実行する力。 どんなに圧倒的な力を持っていようが、油断や慢心はどこからでも忍び寄ってくる。 自分の能力に酔いしれるあまり、事を仕損じるような失敗を犯す、そんなのまるで笑えない。 「……あった。でも五つだけ……か……」 嬉しさと悔しさが同時に湧き上がる。 確かに目的の品は発見できた。しかしこの五個という数は酷く微妙だ。 出来れば二桁ほどの数を確保しておきたかったのだが。 もう少し辺りを探してみたが、結局初めの五個以外に見つからなかった。 この倉庫を発見して、中をある程度確認した時に、必ず"コレ"があるはずだと思った。 何しろ明らかに凶悪な武器となる大型車両にキーを挿しっぱなしにして置く、そんな主催者なのだから。 彼らが私達に何を望んでいるかは分からない。 それでもある程度参加者を選りすぐっている以上、有力な候補のような存在は何人か目星が付いているはずだ。 そして島内にはある程度計画性を持って戦力を整えるための道具が、いくつか配置されている可能性が高い。 支給品は完全にランダムだが、参加者がどういった意志で行動するかは完全に自由である。 ただ銃で撃ち抜き、刀で切り殺すだけが全てではないのだ。 「……大丈夫よ、四葉。 あなたの仇は、必ず、私が討つから。 千影、衛。あなた達に怖い想いなんて、絶対にさせないから」 ■ 「へぇ……中々揃ってるじゃないか」 改めて院内に設置された売店に足を運ぶ。 目的は食料品や備品の確保。 支給品の食料だけで十分だとも思うが、備えあれば憂い無し、とも言う。 「……製造日、昨日かよ……。 このために準備したのか、いきなり人がいなくなったのか……どっちなんだろうな」 何となく手にした炭酸飲料水のボトルの側面のデータを見て、軽くため息をつく。 とはいえ、これは考えれば答えが見つかるような類の疑問では無い。結局、俺はデイパックの中に食料品を詰め込んでいく作業に戻った。 数分後、店内を一通り回り終えると、初めパンと水しか入っていなかった鞄が大分賑やかになっていた。 (そろそろあの男も起きてる頃だな。貴子にばかり苦労かけさせるわけにも行かないし……。 早めに戻るか。) 元々病院へは何か使える備品が無いか、という目的で立ち寄ったのだ。 診療所など、簡易的な医療施設ならば市街地に行けば存在しているかもしれないが、大規模な施設となるとここだけである。 知り合いを探して島内を巡り歩くことになるわけで、出来るだけの補給はここで済ませてしまいたかった。 故に俺は未だ目覚めぬ稟の世話を貴子に任せて、院内を巡って役に立つ道具を集めていた。 放送では自分達の知り合いは誰一人名前を呼ばれることは無かった。温泉で出会った連中も全員健在らしい。 しかし知らない人間とはいえ、既に十一人の死者が出た、その事実に変わりは無い。 直前に目を覚ましていた貴子はもう一度倒れてしまうのではないかと思うくらい、顔を青くさせて震えていた。 日常から非日常への突然の移行、そんな変化を当たり前のように受け流すことが出来るほど意志の強い人間なんて居るはずが無いのだから。 (しかし……あの男、いったいどうしてあんな所に倒れていたんだろうか。 やはりあの飛んで行った女の子が何か関係しているのか……?) 彼に対する疑問は考察を進めれば進めるほど増していく。 例えば、彼の衣服がまるで誰かに襲われた後のようにはだけていたこと。 まさか自分で脱いだとも思えないし、飛んで行った少女や死んだ少女が彼にそういう目的で襲い掛かったとは思えない。 (とりあえず、本人に聞いてみるしか無いか……) ――いやぁぁぁぁ!!は、離してください!!い、痛いっ!!んッ!……っぁあ……あ……。 ハッと我に返る。 脳内を揺らすような鋭い悲鳴。しかも声の主は明らかに貴子だ。 まずもしや先程の少女が帰ってきたのでは、という可能性が頭に浮かぶ。 彼女は確か手に機関銃を持っていたはずだ。あんなもので狙われでもしたら命が幾つあっても足りるはずが無い。 そしてもう一つの可能性。つまり、あの『気絶していた男』が貴子に遅い掛かろうとしているというラインだ。 現実的に考えてこちらの方が明らかに現実的だ。 もしこの予想が当たっていたとしたら彼女を一人で置いてきた自分の判断が明らかに間違っていたと言わざるを得ない。 「貴子ッ!!大丈夫か」 「た、武さん…………たすけ……て」 『未来の予想は常に最悪のケースを想定しろ』 よくある格言だが、人が常にそこまで対策を立てた行動・思考が出来るのかと言えば無理がある。 常に100%の結果を残せるのならば、それは既に人ではなく機械か何かに近いのだから。 しかし、それではその最悪な未来を想像さえしていなかったならば、どうなるだろう。 己の不備を、無能を、無力を呪い、やり様の無い怒りを握り締めるしか無いのか。 それともそんな状況からワーストをベストに変える、素晴らしい秘策が突如頭に浮かんだりするのだろうか。 答えは否。 そんな奇抜な閃きというか天の落し物は、どんなにハンサムでスマートな人間と言えど手に入りはしない。 つまりそんな間抜けな人間に残された選択肢はただ一つ。 ひたすら足掻いて足掻いて、裸一貫でその困難にぶち当たりに行くことだけだ。 そう。だから、まずは目の前で倒れていた男に首を絞められている貴子をどうにかしなければならない。 ■ 「何してやがる!!貴子を放せ!!」 叫びながら二人に駆け寄ろうとする。 ベッドで寝ていたはずの男は瞳を狂気で濡らしたまま、こちらを見ようともしない。 「糞ッ!!」 俺は食料や飲み物のボトルが詰まったデイパックの中身を男に向けてぶちまける。 ナイフがあったことにはデイパックの中身が空っぽになってから気付いた。 とはいえ、この状況で慣れない投げナイフなど何の武器にもならないことも悟る。 「づぁ!!ぐ……う……お前も、お前も俺を殺すつもりなのか!!」 「うるせぇ!!そっちが先に手を出したんだろうが!!」 男が怯んだ隙に、腹に一発蹴りを入れて貴子を解放する。 男は軽く吹っ飛び、ベッドの脚に身体をぶつけ、倒れた。 「武さん!!あの方がいきなり……私に」 「分かってる、少し荒っぽいことになりそうだ。 下で待っていてくれ」 「でも……」 「心配するな、アイツを黙らせたらすぐに行く」 貴子は一度だけ、大きく頷くと多少苦しそうな表情をしながら部屋から駆け出して行く。 荷物は一切持っていない。さすがにデイパックを回収していく余裕は無い。 貴子の背中が視界から消えるのを確認すると、俺は男の方に視線をやる。 「待たせたな」 「うる……さい!!うるさい!!うる、さい……」 男はうわ言のように『うるさい』と呟き続けるだけ。 ベッドに寄り掛かり気だるそうにしながら。初めは理知的なように感じたその表情も醜く歪んでいる。 ――とりあえず時間を稼がないとな。 どうにかコイツを撒いて、貴子と合流しなければならない。 ひとまず貴子が安全な場所まで逃げられるだけの時間は必要だ。 「まぁ、そう熱くなるなよ。名前、何て言うんだ?」 「……名前?…………ハハハ」 「?」 「知ってるんだろ、分かってるんだろぉ!? 俺の名前?今更そんな事聞いて何になるんだ? ハハハハハ、いいよ。 そんなに知りたきゃ教えてやる。稟、土見稟だ。 ……そうだよ、俺は、土見稟だ」 稟、そう名乗った男は、今度は"自分の名前"をまるで自らに言い聞かせるかのように呟き続ける。 ――まるで狂人か精神病患者のようだ。 明らかに常人とは違う。 生理的な、こう身体の芯から全身を駆け回るような気持ちの悪さを感じる。この異様な状況に気が触れてしまったのだろうか。 正直、一発ぶん殴ってやるぐらいのつもりだったが、相手が相手だ。 そんな意志が揺らいできている。 気の触れた人間は身体能力が異様に高い。脳内のストッパーが半ば外れかけているからだ。 常に"火事場の馬鹿力"のようなものらしい。 だが時間を……もう少しだけ、コイツをこの場所に引きとめておきたい。 そんな事を考えていた。 突然。 強烈な振動で、身体が宙に浮いたような気がした。 揺れる揺れる、大地が揺れる。 地震……とは違う。アレとは音がまるで別物だ。 これは、もしや。 「な、何だ……爆音だと!?」 爆発。もしや他の参加者の仕業だろうか。 ――まずい。 貴子が一人だ。急いでこの場を切り抜けなければならない。 そう思ったのも束の間、もう一度、下の階から凄まじい爆発音が響いた。 「ククククク……はははっはははぁっは!!」 土見稟は今の状態がまるで気にならないのか、ケラケラと大声で笑っている。 もう完全に俺が視界に入っていないようだ。 (今だ!!) 俺は近くに落ちていたデイパックを掴むと貴子と合流するべく病室を飛び出した。 稟はまだ笑っている。 ■ ――なんで、どうして、こんな事になったのだろう。 私は今だ動悸が治まらないまま病院の廊下を駆けていた。 武さんから倒れていた男性を看ていてくれと頼まれて、それを承諾した。 特に問題は無いと思ったし、道具を集めてくるのならば男性である武さんの方がおそらく適任だと感じた判断も間違ってはいないと思う。 だけど。 目を覚ました男の方が奇妙な台詞をうわ言のように繰り返しながら、私に襲い掛かってきた。とても、恐ろしかった。 武さんが帰ってこなかったらおそらく、自分は殺されていただろう。 ひとまず一階の……見通しがいい場所、正面口辺りにいることにしよう。 武さんがやってきたらすぐに分かるし、万が一あの男が先にやってきた場合もすぐに逃げ出すことが出来る。 階段を降りて、もうすぐ玄関が見え……。 「……え?」 何かが、飛んで来た。 クルクルと縦に回転しながら、赤い、まるでリレーのバトンのような何かが。 丁度私の目の前を通り過ぎて、数メートル離れた柱に当たって、地面に落ちた。 何なのだろう、アレは。 眼を凝らす。 赤くて、太くて、円筒状の部分から……火の付いた一本の線が見える。 線? もしかして、アレは……。 脳内のデータベースに一つ、ピタリと当てはまる物体がある。 でも、それは……。 もうその時点で私の思考は完全に停止したと言ってもいい。 覚えているのは眼の焼けるような閃光と鼓膜を破壊するような爆音。 それと、身体が弾け飛ぶような猛烈な熱。 ■ 「ぇあぁぁぁっ!!痛いっ痛いっ……、腕が、腕……私の腕が……!!」 「……中に人が居たの。一石二鳥ね……素敵」 倉庫から出て、病院が視界に入った途端、私は何故かこの施設が酷く憎らしく感じた。 ――四葉は既に死んでいるのに。 他の人間の命を助けるために、この施設は未だ存在し続けている。 私はソレが許せなかった。 だから、倉庫で手に入れたダイナマイトを二つ投げ込んでみた。 明確な悪意を、敵意をこの真白なる建物に向けて。 結果は見ての通り、この病院もあと少しで倒壊するだろう。 しかも中にいた、他の参加者を巻き込むことが出来たのはまさに僥倖だった。 目の前には爆発で片腕を失い、瓦礫と共に地面に倒れ込み、肩口から滝のような血を流している女。 彼女を見て、口の中に生まれた笑みを隠すことが出来ず私はケラケラと笑ってみた。 クスクスでもニコニコでも無く、ケラケラだ。 いつの間に自分は、こんな笑い方が出来るようになっていたのだろうと、何故か感心してしまった。 「ねぇ……貴女。聞きたいことがあるのだけど……いいかしら? 千影と衛って娘に会わなかった? ああ、それとついでに名前も教えて」 「痛い、痛い、痛い痛いぃぃぃ!!腕、腕腕、腕が!!血が、血が!!」 「……私が聞きたいのは断末魔の叫びでなくて、他の人間の話なのだけど」 ギャアギャアと喚いている目の前の女の腹を一度、思いっきり蹴飛ばしてみた。 虫か、蛙が、潰れるような声が響いた。 短く、そして低い声だった。 濁音と破裂音と呼吸音がごちゃ混ぜになったような汚らしい声だった。 私は人間も動物の一種だということを、ここで改めて理解した。 「千影と衛。知ってる?」 もう一度。同じような台詞を、声のトーンを一段低くして発する。 問い掛けながら腰に刺していた刀を鞘ごと女の肩の傷口に近付ける。 半ば半狂乱状態の女もその行動の意図を悟ったのか、残ったもう一本の腕で顔を隠すようにして竦み上がる。 「はぁっ……はぁっ……やめ、やめ、て……!! ……ぁ……痛く、しないで、ちゃんと……喋る、から……」 「千影と、衛」 「し、知らないっ……ぅ。どっち、も……会って、ない」 何なのだろう、この高揚感は。 地べたに這い蹲る彼女を蹴り飛ばす度に、 怯える小動物のような表情を見せる度に、 彼女がその美しい顔を涙と鼻汁と涎でグショグショに濡らす度に、 私の中で何か妙なものが蠢いているような感覚を覚える。 「次、名前」 肩口から這うように、塵と血液で汚れてしまった制服をなぞりながら、鎖骨、首筋へと鞘を動かす。 丁度キリリとラインの整った顎の下まで持って行き、少し強く押し上げた。 彼女の呼吸音が、喉を振るわせる感覚が、ダイレクトに私の中に流れ込んで来る。 何故だろう、凄く、楽しい。 「ひっ!!わた、私の、名前は……ぁ……厳島、貴、子」 「ふぅん、厳島ねぇ。仰々しい苗字だこと」 私の台詞から、数秒の間が空いた。 手負いの犬のような荒々しい呼吸音と瓦礫の軋む音、そして何かが燃えている拍手のような音だけが場を支配する。 「あ、あの……」 「何?」 「あなたは……み、瑞……穂さん?ち、違う?あな、あな、たは……ダレ?」 「……はぁ?誰のことよ。 私は咲耶。瑞穂なんて名前じゃないわ」 「……そ、そうよね……。瑞穂さんが、こんな、こと、するはずが無いもの」 瑞穂?誰のことだろうか。 後で名簿を確認しておく必要があるかもしれない。 だが、もう彼女から必要なことはある程度聞き出した。これ以上この場所に長居をするのも好ましく無いだろう。 厳島貴子を適当に殺してから、早めにここをお暇するべきだ。 ――……ん? 厳島貴子の様子がおかしい。 違う。先程までの彼女とは何かが、違って見える。 『瑞穂』という言葉を発した途端、眠っていた彼女の先程まで恐怖と苦痛で濁っていた瞳が強く、そして澄んだ色に変わった。 私はそんな彼女の様子に多少の苛立ちを覚える。 「……へぇ、結構言うじゃない。貴女自分の立場、分かってるの。 ここは私に土下座でも何でもして、命乞いするシーンだとか思わない?」 ――さぁ、跪きなさい。そして精一杯、その灯篭のような命に縋りつきなさい。 「い、え……。決め、たんです、私」 「?」 違う……なんて程度じゃない。 これは、既に完全な『変貌』だ。 痛みに心を揺らし、流れ出る血液に錯乱していた彼女とは既に、別人。 「わた、し……戦うって。暴力に……っ……怯えるだけじゃ……なくてっ!! 守りたいものを、最後まで守り通すって!!」 「――ッ!!」 息は荒く、頬は蒸気し、血の海の中で、 片腕を失った少女は、それでも強い意志を秘めた眼差しでそう叫んだ。 「……本当に貴女は純真なのね。羨ましいなぁ、私はもう、汚れちゃったから」 「…………」 「少し嫉妬しちゃうなぁ。本当は貴女の顔も、身体も、全部ズタズタに切り刻んであげるつもりだったのよ? フフ、安心して。気が変わったから」 「咲……耶さ……」 「でも御免なさい。私は、私は立ち止まるわけにはいかないの。 妹達のため、そしてお兄様のためにも」 そう言って刀を鞘から抜き放つ。 切っ先が目指すは心臓、寸分違わず、ただその場所。 そして―― 「首輪……欲しいの。 でも、大丈夫、それは、貴女がちゃんと死んでからのことだから」 彼女もその意味を悟ったのだろう。 一瞬、その恐怖に声を漏らしそうになった。 だが、必死でその悲鳴を堪える。 ……そして小さく頷いた。 彼女は瞼を閉じ、一本だけになってしまった腕を、胸の上で握り締めた。 「瑞穂さん……さようなら」 その言葉と同時に、 私は彼女の心臓を貫いた。 ■ 「貴子!!おい、貴子!!いないのか、いたら返事をしてくれ!!」 俺は貴子の名前を呼びながら崩れつつある病院の一階ホールを駆け回っていた。 なんとか貴子と合流しなければならない。 病院の倒壊は予想以上に早く、最も近い階段が崩れていたり、火が回っていたためここまで辿り着くのに予想外の時間が掛かってしまった。 しかし、明らかにこの惨状は外部から何かしらの攻撃を受けた証拠だ。 襲撃者はおそらく爆薬系の武器か、下手をすればロケットランチャーのような武器を持っている可能性が高い。 そんな危険な相手の近くに、彼女を一人にしておくわけにはいかない。 「くそっ、まさかもう外に?ん、貴……子!?な……」 それは異様な光景だった。 頭部。 胴体部。 右腕。 左だけが、無い。 貴子は、死んでいた。 頭部と胴体を切り離されるという、非常に残酷な姿で。 頚部に切断された跡があるが、一見すると胴体と頭部が分離されているようには見えない。 こんな事をした人間は、いったい何を考えているのだろうか。 それでも。 彼女は笑っていた。 殺されそうになって、頭を切り離されて、どれだけの苦痛を味わったかも分からないのに。 「貴……子、なんで……。 ……ぅ……く、糞ぉぉぉぉぉぉ!!なんで、誰が、こんなことッ!!」 こんな少しの間離れただけで、まさかこんなことになるなんて。 俺は白昼夢でも見ているのだろうか。 日常から非日常の階段を上ってしまったことは分かる。 それでも、それでも、こんなに早く身近な人間に死が訪れるなんて。 俺の選択は間違っていたのか。 もしも、貴子を置いて道具を探しに行ったりしなければ。 もしも、貴子と一緒に逃げていたならば。 もしも、もう少し早くあの男を黙らせていたならば。 貴子は、死ななかったのかもしれないのに。 【F-6 病院 正面口/1日目 朝】 【倉成武@Ever17】 【装備:投げナイフ2本】 【所持品:支給品一式 ジッポライター】 【状態:疲労】 【思考・行動】 1:住宅街へ行き、脱出のための協力者を探す 2:知り合いを探す。つぐみを最優先 3:前原圭一と会ってみたい 4:土見稟をマーダーと断定 5:金髪の少女(芳乃さくら)をマーダーとして警戒 ※前原圭一と遠野美凪の顔と名前を知っています &color(red){ 【厳島貴子@乙女はお姉さまに恋してる 死亡】 } ■ 「四葉……見た?私……。 あなたとはそれ程長い付き合いがあったわけじゃない。 けど、それでも私、あなたのこと大切に思っていたんだから」 もしもこの場所にお兄様がいたとしたらどういう行動を取るだろうか。 考えるのもおぞましい、最悪の想像だが、何故かこんな妄想が頭に浮かんで来た。 お兄様はきっと私達姉妹を守るために率先して動いて下さるはず。 でも、私達のためとはいえ、人を手に掛けるようなことは絶対しないわ。 だって私のお兄様は優しくて、本当に素晴らしい人間なのだから。殺人なんてするわけが無いの。 でもただ逃げ回っているだけじゃ、いつか危険な目に合うかもしれない。 それは妹達にしたって同じ話。逃避するだけで、自分の身を守るのは難しい。 だから私が殺す。 もう躊躇はしない。 近寄ってくる人間ならば誰であろうと、必ず。 ――四葉が死んだ。 この事実を知っても、不思議と涙は出なかった。 定時放送が始まってあの子の名前が呼ばれても、何故か私は酷く落ち着いたままだった。 もしも私が取り乱し、冷静さを失ってしまったらどうなるのか。 この島にお兄様はいない。私が最年長なのだ。千影にまとめ役を任せるわけには行かない。 呑気に『皆と仲良く脱出する方法を考えましょう』、そんな甘い考えに一瞬浸ってしまったことを強く後悔した。 気付けば十二人の姉妹は十一人になってしまったのだ。 脱出はする、だが姉妹で帰ることが出来なければ何の意味も無い。 そのために一応首輪も確保した。千影……一人では苦しいかな。鈴凛がいれば何か分かったかもしれないのに。 誰か首輪について詳しい人物を利用出来ればいいのだが。 ――そうだ、忘れる所だった。 私は名簿を取り出すと一覧の中の『厳島貴子』の名前を黒く、黒く塗り潰した。 そしてその名前を私の心の中に深く刻み込む。 厳島貴子。 戦う力なんて一切持たないひ弱な人間。 それでも、それでも、彼女は戦士だった。 ■ 俺は建物が倒壊する音と、煙の中で笑っていた。 ――おかしい。何なんだアイツらは。 俺は……眠っていた。 そして目覚めた。 隣には大人しそうな少女がいた。 だがそんな見た目だけの印象はまるで当てにならなかった。 彼女は俺を、酷く罵った。 人間がこんな表情が出来るのか、と思うほど邪悪な目をしながら。 だから、俺は彼女を×そうとした。 当然だ。そうしなければ俺が×されていた。 そこに入って来たのがあの男だ。倉成、倉成武と名乗っていた。 アイツも俺を酷く罵った。 しかも名前を聞いてきた。馬鹿にしているのか、アイツは。 俺が土見稟だということを、アイツは調べてとっくに知っているはずなのだ。 そして気付けば俺は一人になっていた。 目覚める前の記憶はシーツをロープ代わりにして、窓から放り投げようとした所で終わっている。 今は一体何時なんだろうか。 水澤真央はどこに行ってしまったのだろうか。 何も思い出せない。 ――煙がこの辺りまで上がって来た。 もう、長くは持たないだろう。 ひとまずここから脱出しなければならない。 俺、土見稟は側に落ちていたデイパック、それと周りに落ちていた食料や飲料水を拾うと病院から出るための行動を開始した。 そう言えば、一つ気になる事が。 喉が少し痒い。特に虫刺されなどは無いはずなのだが。 何か、病気にでもかかったのだろうか。 【F-6とE-6の境界線/1日目 朝】 【咲耶@Sister Princess】 【装備:S&W M627PCカスタム(8/8)地獄蝶々@つよきす】 【所持品:支給品一式 食料・水x4 可憐のロケット@Sister Princess タロットカード@Sister Princess S&W M627PCカスタムの予備弾61 肉まん×5@Kanon 虎玉@shuffle ナポリタンの帽子@永遠のアセリア 日本酒x3 工事用ダイナマイトx3 発火装置 首輪】 【状態:若干の疲労】 【思考・行動】 1:衛、千影を探し守る。 2:首輪を解析する能力を持つ人間を探して利用する 3:姉妹以外の人間は確実に皆殺し 4:余裕がある時は姉妹の情報を得てから殺す 5:宮小路瑞穂に興味 基本行動方針 自分と姉妹達が死なないように行動する ※カルラの死体の近くに、羽リュック@Kanon、ボトルシップ@つよきす、 ケンタ君人形@ひぐらしのなく頃に 祭、が放置されています。 【F-6 病院 /1日目 朝】 【土見稟@SHUFFLE! ON THE STAGE】 【装備:】 【所持品:支給品一式x2 投げナイフ二本 麻酔銃(IMI ジェリコ941型)、拡声器、 ハクオロの鉄扇@うたわれるもの、麻酔薬入り注射器×3 H173入り注射器×3、炭酸飲料水、食料品沢山(刺激物多し)】 【状態:L5侵攻中 背中に軽い打撲 頚部に軽い痒み】 【思考・行動】 基本方針:参加者全員でゲームから脱出、人を傷つける気はない。 1:L5侵攻中 2:病院から脱出 2:ネリネ、楓、亜沙の捜索 3:水澤真央が気になる 4:もう誰も悲しませない ※シアルートEnd後からやってきました。 【備考】 H173が二本撃たれています。L5の発生時期は次の書き手さんにお任せします。 ※病院は咲耶がダイナマイトを二つ爆発させたため、崩壊の危機。 現在一階が延焼中。遠くから見ても煙が上がっているため判断可能。 prev:[[赤坂衛の受難]] next:[[涙を超えて]]