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羽丘芽美&キャスター ◆wgC73NFT9I


 午後4時過ぎ。
 傾く日差しの中で、中学校に終業のベルが鳴る。
 がたがたと教室の中に椅子を動かす喧騒が立ち、学生たちは伸びをする。

「ねぇ、芽美(めいみ)ちゃん……、今日一緒に帰っても良い?」
「うん、もっちろん! いいよ~!」

 2年A組の教室で、そうして教科書をまとめていた羽丘芽美に、ひとりの友人から声がかかった。
 芽美はふわりとしたブロンドのロングヘアーを揺らして少女に振り向く。
 微笑んだものの芽美は、うつむく少女の様子に違和感を覚えた。

「どしたの……? なんか具合悪い?」
「ううん、ただちょっと、相談に乗って欲しいことがあって……」
「……! わかった。帰り道で話そう……!」

 伏せた眼に只事ではない色を感じ取って、芽美は友の肩を抱いて教室を出た。


「……芽美ちゃんのお父さんって、確かお金のことに詳しいんだよね?」
「うん! パパは消費者金融……、『ポーリアファイナンス』って町金に務めてるから。
 ……って、相談って、お金のことなの!?」
「うん……」

 帰り道の路地を辿りながら、友人は芽美にぽつぽつと語った。


「私のお父さん、新しく町はずれにレストランバーていうのを作ったんだ……」
「うん、知ってる知ってる! お昼もやってるんでしょ? 美味しそうだよねー」
「それで、お店を開くのにお金を借りてたんだけれど、いつの間にかその利息っていうのが大きくなっちゃって……。
 うちにまで取り立ての人が乗り込んできて、借金のカタだって、家宝だった大きなサファイアをとっていっちゃったの……」
「ええっ!?」


 驚く芽美に向かって顔を上げた少女は、ぽろぽろと涙をも零していた。

「そ、それでも膨らんだ借金を返済するには足りないって言われて、このままじゃお店も潰されちゃうかも知れないの……。
 どうしていいかわからなくって……。そうしたら、芽美ちゃんのお父さんのこと思い出して……」

 芽美はすすり上げる友の手を、両手でしっかりと握りしめた。
 真摯な眼差しで、彼女をなだめるように力強く言い聞かせる。

「……大丈夫! 何も悪いことしてないんだから、きっと神様が見ていてくれる。
 それに、わたしのお父さんも、絶対に力になってくれるから!」

 芽美が彼女の手を引いて辿り着いたビルには、『ポーリアファイナンス』という看板が掲げられていた。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「なんでよ!? 40万貸してくれよ!! 折角新しい町金できたって聞いたから来たのによぉ!!」
「そ、そうは仰いましても、お客様は既に5件の他社で合計150万円も借りてますよね。しかも延滞が3件――」
「でもどーしても要るんだよ!! お前じゃ話にならねぇ、社長出せよ社長をよォ!!」
「わ、わっ、お客様こまります、ぐぇえ――!!」

 芽美と友人がビルに立ち入ると、受付で一人のサラリーマンが、大柄な男性に絡まれていた。
 襟首を掴まれて人形のように揺すぶられ、受付の彼は今にもノックダウンされそうになっている。

「……あ、あれ、芽美ちゃんのお父さん、だよ、ね……」
「うん……」
「あぁん……!? ちっ、クソ……」

 男性は、後ろに現れた女子中学生2人に気付くと、取り乱した姿にバツが悪くなったか、サラリーマンから手を離して足早にビルから出ていった。
 痩せたサラリーマンは、けほけほと咳き込んで角縁の眼鏡を直し、やってきた少女たちの姿を認めた。


「やぁ、芽美じゃないか! どうしたんだこんな時間に職場に来るなんて。お友達かい?」
「う、うん。この子のパパが、ちょっと借金で困ってるらしくて……」
「は、はい……」

 芽美は彼からの問いに硬い笑顔で応じた。
 友人の眼には、『本当にこんな頼りなさそうなヒトで大丈夫だろうか』という不安がありありと浮かんでいた。
 サラリーマンは受付側から歩み出てきて、彼女たちに視線を合わせて屈み込む。
 胸元から差し出した名刺には、『ポーリアファイナンス 営業 羽丘筆美』と書かれていた。


「こんにちは、いつも芽美と仲良くしてくれてありがとう。
 私は、ここの営業マンの羽丘筆美です。なんでも相談に乗るよ? 話してごらん?」
「こぉら、羽丘ぁ! そういう話はここでするんじゃない!」
「あ、専務……! すみません、つい……!」

 羽丘筆美が彼女たちに話しかけていると、店の奥から、中年の専務がそう声をかけて咎めた。
 ペコペコとその専務に頭を下げつつ、羽丘筆美は彼の脇を通って店内の別室に彼女たちを案内する。


 そのすれ違いざま、専務は羽丘筆美に向けて急に声を落として問うた。

「……“社長”、『お仕事』なのですよね?」
「ああ、どうやらそのようだ……。今日の表業務はお前たちに任せるぞ、専務」
「了解いたしました、羽丘社長……」

 羽丘筆美は別室に娘たちを入れた後、別人のような低く鋭い声で答えた。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「はぁ、なるほど……。それは大変ですね……! 取り立てに来た業者の名前はわかるかな?」
「ご、ごめんなさい……。そこまでは……、わかんなくて……」
「う~ん、ならキミのお父さんを、ここに連れてきてもらうことは出来ないかな? その方が話しやすいかも」
「ダメだよパパそんなの……」

 別室の机に向かい合い、羽丘筆美は芽美の友人から詳しく事情を聴いていた。
 曖昧な伝聞情報に唸った父の提案に、芽美が首を横に振る。

「うん……、お父さんは、ショックで具合が悪くなっちゃって……。これ以上、そんな話、聞かせたくないの……」
「パパ、それくらいわかってあげてよ……」
「うわ、ごめんごめん芽美……! ならしょうがない、なんとかしてみせるから……!」
「本当ですか……?」
「うん、ちょっとじっとしててね……」

 胡散臭そうな眼差しを向けてくる娘の友人へ取り繕うように笑ってから、筆美は姿勢を正す。
 そして言うが早いか、彼はその少女の額を、右手の人差し指で軽く押さえた。

 すると突然、彼女の表情はぼんやりと虚ろなものになり、眼からは光が消えてしまった。
 彼はそのまま、少女に向けて静かに問いかける。


「……家に封筒が配達されてこなかったかい? 督促状、と書かれたようなものが」
「とく、そく、じょう……。あった……。ピザの広告の間に、はさまってた……」
「その差出人の欄にあった名前だ。明確に覚えてはいなくとも、無意識下ではそれを見ているはずだ」
「……差出人。……『龍々ローン』……」
「オーケー、ありがとう。十分だ」


 羽丘筆美は、ぼんやりとした少女から返って来た答えに頷き、傍らのパソコンを打ち始めた。
 画面上に映る膨大な取引のデータベースから、その存在を検索していく。

 芽美は友人の様子を不思議に思うことなく、羽丘筆美の方に身を乗り出した。


「“春居さん”、わかった? その会社のこと」
「ああ、“羽丘クン”。まぁ春居筆美として、日常的にこういうことはよくやってたからね。
 英霊として呼ばれて、立地が変わったとしてもそう苦労はしないよ。……ほら出た」


 筆美と芽美は、さっきまでとは全く違う呼び方で互いを呼び合った。
 そう。
 彼女、羽丘芽美はこの聖杯戦争に呼ばれたマスターであり、『春居筆美』という真名の彼は、そのサーヴァントなのである。
 ただのうだつの上がらないサラリーマンにしか見えず、ほとんど魔力も感じられない彼はしかし、先程までとは全く違う眼光を湛えていた。


「『龍々ローン』……。沿岸の倉庫地帯に店舗を構える闇金だな。
 口先で顧客を丸め込んでその実、契約書には法定金利を遥かに上回る暴利をこっそりと付記しておく手口で何人も被害に遭っているようだ。
 ……実を言うと、私にさっき絡んでた男性も、ここから手ひどい借金取りに追われた末に色んな会社から借り入れをしてしまったようでね。
 コンソリデーションで借金を一本化してやろうかとは思っていたんだが、ここまでとはね……」
「それ大変じゃない!! 絶対ゆるせない、そんな悪い会社!!」

 芽美は机から立ち上がり、拳を振り上げてガッツポーズをとる。

「『ここで悪事を辿っていれば他のマスターたちの動向が掴めるかも知れない』って春居さん言ってたもんね!
 こんな怪しい相手が出てきたんだから、早速おしおきしてあげよう!! 聖杯をこんな人たちに使わせちゃダメだもん!!」


 キャスターのサーヴァント・春居筆美は、同志・同業としての縁か羽丘芽美に召還されてすぐに、デイトレードで莫大な資産を得てファイナンスを登記し、情報収集のための陣地を作り上げていた。
 聖杯の知識を得た彼らの志はただ、『そんな願望機を悪用させない』というものに尽きた。
 その願いが皆を幸せにするようなものなら、むしろそんなマスターを応援するくらいの度量は持っているつもりだが、世の中当然そんな人物ばかりではない。
 方向性は多少違えど、ともに元の世界で勧善懲悪を働こうと奮戦してきた彼らにとって、この方針はほとんどゆるぎないものだった。


「そうだな……。所詮NPC同士のやりとりと断じることもできるが。
 正義は迅速を尊ぶ。これを『拙速』と呼ばわるは百年河清を俟つ者なり、だ。すぐに動こう」
「うん! そうしよう! わたしが友達を助けてあげるんだ!」

 羽丘芽美は、いまだぼんやりとした表情で椅子に座っている少女を見て、強く頷いた。
 彼女は芽美にとって、聖杯によって植え付けられた記憶と設定による友人でしかないのだが、そんな些末なことはその義侠心の前には問題にならない。
 そのマスターの様子に春居は眉を顰める。

「羽丘クンが行くのかい? 話を聞く限り、もしかすると彼女の件には、宝石魔術を使うような奴らが一枚噛んでる可能性もあるんだよ?
 今晩にも『Dr.WHOO』が乗り込むから、キミは隠れて待機してなさい」
「いやいや甘く見ないで。この子は友達なんだもの。この件は『怪盗セイント・テール』が解決します」
「いやいや、マスターに行かせるわけにいかないよ。キミはいつもそうやってたのかも知れないけれど。
 魔術師やサーヴァントがいるかもしれない場所に下調べも無しに忍び込むなんて下策だって」
「……むぅ、なら正々堂々、コイントスで勝負よ。当てた方の主導で解決に行く」
「えぇぇ……」


 春居と言い合った芽美は、ふくれっ面になって10円硬貨を彼に差し出した。
 彼はあからさまに嫌悪感を顔に出すが、有無を言わさぬマスターの眼差しに、渋々とコインを受け取って親指で跳ね上げた。

 羽丘芽美には勝算があった。
 自分の鍛え抜かれた動体視力なら、落下して手に覆われる際のコインの裏表も見抜ける自信があった。

 そうして、春居筆美が10円玉を手の甲で受けようとした瞬間。
 なんとそのコインは彼の手の上で跳ねて床に転がって行ってしまった。

「わっ、わっ、わっ!」
「あはは、春居さん何やってんの、カッコワルい~」

 彼は慌ててコインに追いすがり、素人くさい動きでなんとかそれを手で覆って、照れ笑いを見せた。
 動体視力を酷使するまでもなく、はっきりと上になった面が彼女に見えていた。
 芽美はふんぞり返って宣言する。


「表! もちろん平等院鳳凰堂のある側よ! こんな簡単なことでもミスするなんて、やっぱりわたしが行くべきってことよね!」
「たはは……、羽丘クンにそう言われちゃあしょうがないな……。一応、私は裏ってことで……」
「ダメダメ、見るまでもなく表だったもん。『怪盗セイント・テール』が行きます!」
「本当にそうかなぁ……?」

 自信たっぷりに言い放つ芽美の前で、春居はゆっくりと、10円玉を覆っていた手を外した。
 床には大きく、『10』と書かれた裏面を上にして、コインが落ちていた。


「……やっぱり、『Dr.WHOO』が行った方が良さそうだよ、マスター」
「なっ、え……!?」


 春居はその顔に薄く笑みを浮かべながら眼鏡を上げ、拾った10円玉を一度手のひらに握り込んでから芽美に弾き返した。

「ミスディレクションはマジックの基本だぜ羽丘クン。お父さんもマジシャンなら習ったろう?」
「……あっ!? も、もしかして、今別の10円をパームしてたの!? どこですり替えたの!? 見せてよ!!」
「はてさて何のことでしょうかね。私は手品が趣味なだけのサラリーマンなので、こんな簡単なことでもミスしてしまったみたいですよ」

 10円玉をすり替えていた証拠を掴もうと、芽美は春居のスーツにむしゃぶりつくが、彼は澄ました表情で両手を上げるだけだった。
 芽美を落ち着けて春居は、彼女の友人の前で、ぱんっ、と両手を打ち合わせる。
 その瞬間、少女はハッと意識を取り戻したように眼に光を戻し、きょろきょろと辺りを見回した。


「あ、ご、ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてたみたい……」
「いやいや大丈夫だよ。うちの会社にはいろいろツテがあるんでね。
 『Dr.WHOO』という、こういうこと専門の知り合いに何とか頼んでみる。
 だからキミは安心して、明日も学校に行くといい。
 今度困ったことがあって彼を頼りたくなったら、逆さ切手を3連続で貼ったハガキを投函するといい」
「ドクター・フー……? あ、あの、まぁ、はい、わかりました……」
「うん……。悔しいけど、『Dr.WHOO』なら上手くやってくれるわよ。……それこそ、今晩中にも」

 少女は、隣で何故か感慨深げに頷いている芽美に首を傾げながらも、お礼を言ってビルを後にした。
 そうして彼女を見送ったあと、春居と芽美は、顔を見合わせて頷く。


「……そもそもこの債権の当否を問わば、無効なりッ……!」
「うん……。私たちに、神のご加護がありますように……!」


 次の瞬間、春居筆美の存在は、羽丘芽美の前から忽然と姿を消していた。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 次の日の朝、学校で彼女は、芽美のもとに新聞を掴んでやってきた。

「すごい! すごいよ芽美ちゃん! 本当に芽美ちゃんのお父さんの言う通りになっちゃった!」
「え、そうなの? 何があったの?」
「これ見て! 『龍々ローン社長、偽造文書の海に溺れる』!」

 少女が芽美の机の上に広げた記事には、大量の紙片が撒き散らされた倉庫街の一角で土下座している半裸の男性の写真が載っていた。
 彼は上に着ていたらしい毛皮の衣服を目の前の誰かに差し出すような体勢のまま、警察に連行されようとしている。

「『龍々ローン社長・丹木利一容疑者が本日未明、同社の所在する倉庫街の一角にて発見された。
 現場には同社にて作成されたと思しき書類数万枚が散乱しており、その大半が偽造文書だとみられる。
 容疑者は発見時「許して下さいもうしません」などと文書偽造を認め謝罪する供述を繰り返しており、警察は容疑者を同罪と詐欺の疑いで逮捕した。
 良心の呵責に苛まれての告白と考えられ、ローン契約を結んでいた被害者には、追って返済不要の旨が通達される見込み。』
 ……なるほどねぇ」
「今朝うちにも電話がかかって来たの、不当な契約だったから、もうこれ以上借金を返さなくていいって!
 これもドクターフーって人のおかげなんだね!」

 心底嬉しそうに笑う友人にむけ、芽美は微笑む。

「良かった、わたしも嬉しいよ……! お父さんは元気になった?」
「うん、これでバーを続けられるって……! こんど芽美ちゃんもお父さんと一緒に来てね!!」
「……うん、絶対行くよ」

 返事をする芽美の胸はちくりと痛んだ。


 放課後、芽美は一人、誰もいない校舎裏にまでやってきて、ぽつりと呟いた。

「……お疲れ様、『Dr.WHOO』。本当、魔法使いみたいな腕ね……」
「サーヴァントも魔術師も手品師も絡んでいなかったからね。私には大分楽だった。
 後は事件を、それらしく、かつ奇妙に知れ渡るよう演出すればあんなものだよ」

 呟く芽美の隣、校舎の陰には、金の長髪を白いコートに遊ばせた、年齢不詳の美男子が佇んでいた。
 白磁のように澄んだ肌に、道化師のような真っ赤な唇が妖艶に映えているその男は、腕組みをしたまま芽美にウィンクしてみせる。
 芽美はその姿に、本当の自分の父に相対しているような面映ゆさを感じて髪を掻いた。

 昨夜の金融会社は、地元の暴力団とも癒着した恐ろしい場所だった。
 自分だったら、あんな場所からは、例え偽造文書は盗み出せても、その後の処理を詰めて相手へ社会的制裁・心理的懲罰を加えることはとてもできなかっただろうと思った。


「うん……。聖華市ではちょっとばかし悪い人をあいてどってきた経験と自信があったんだけど……。
 ……世の中には、もっと悪くてずる賢い人もいっぱいいるんだね……」
「そうだな。悪に対するには、それを上回るほど巧妙に立ち回らなくてはならないんだよ。
 ……でもまぁそこは、互いの分野に得意不得意があるからね!」

 腕組みを解いて彼がコートを脱ぐと、そこに立っていたのは、よれたスーツを着込んで角縁の眼鏡をかけたサラリーマンの姿だった。
 化粧だったと思しき唇や肌、髪の毛の色も、どこにでもいるような日本人のものに落ち着いてしまっている。
 芽美は、自分のサーヴァントから慰めのようにかけられた言葉に溜息を吐いた。


「春居さんにそう言われても……。結局、借金は返さなくて良くなっても、家宝のサファイアってのは見つからなかったんでしょ?
 間に合わなくて売られちゃったのかと思うと心苦しくて……」
「そうだねぇ……。決して多くない私の魔力の足しになりそうな宝石は見つかったから確保しておいたんだけどねぇ」


 芽美の溜息に合わせて、『Dr.WHOO』の姿から変じた春居筆美が、スーツのポケットから大粒のサファイアを取り出していた。
 それを見て芽美はギョッとする。
 昨晩、倉庫街の入り口で待機しながら自分のサーヴァントの様子を伺っていた彼女にも、今の今までその存在がわかっていなかったものだ。

「まぁ仕事の報酬として、これくらい貰っておいてもいいかなぁーなんて……」
「うん、返そう!」
「……はは、そう言うと思った」

 頷く芽美に向けて春居は苦笑し、あえてそのサファイアを胸ポケットにしまってしまう。


「……それならやっぱり、盗難品を盗み返して被害者に返還するのは、『怪盗セイント・テール』の役目なんじゃないかな?」
「……なるほど。確かにそうよね!」

 笑った芽美の手には、いつの間にか黒いシルクハットが握られていた。
 そして彼女は、舞台上で舞い踊るようにして声を上げる。


「主よ、タネも仕掛けもないことを、お許し下さい……! ワン、ツー、スリー……!!」


 一回転した彼女がシルクハットを差し向けた瞬間、春居の胸ポケットには、ポンと音を立てて小さな花束が刺さっていた。
 同時に羽丘芽美の姿は、黒っぽい赤のベルベットの上着に、タキシードのような燕尾と共布の長いブーツ。
 そして短すぎないピンクのスカートという、上品な手品師の舞台衣装に早変わりしていた。
 大きなリボンで長いポニーテールにまとめた髪を風に揺らし、彼女は一気に校舎裏の地面から植込みの木立に枝を掴んで振り上がる。

 その手には、先程まで春居が持っていたはずのサファイアが掴まれていた。


「これもわたしたちの、正義のためだものね、『Dr.WHOO』!」
「ああ、正義のために動こう、『怪盗セイント・テール』」


 サファイアと入れ替わりに渡された花束の香りに目を細め、春居筆美は彼女へ手を振った。
 ポニーテールの姿は、家々の屋根を跳ねて夕闇に消えてゆく。
 学校の敷地から雑踏に歩み出したスーツの背中も、NPCの人波に紛れて消えてゆく。
 こうして少しずつ人々の間に、『Dr.WHOO』と『怪盗セイント・テール』という、二人の義賊の噂が、まことしやかに囁かれ始めていた。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


【クラス】キャスター
【真名】春居筆美(北大路冬彦)@ダブル・フェイス
【属性】秩序・善

【パラメーター】
筋力:D 耐久:D 敏捷:D++ 魔力:C 幸運:D 宝具:B+

【クラススキル】
陣地作成:A
 魔術師として自らに有利な陣地「工房」を作成可能。
 購入した物件に様々な人間を雇い、会社として運営できる。
 その他にもNPCに様々な人脈を張り巡らし、美術工芸舎やカクテルバーなど潜伏可能な協力施設を持てる。
 人の間にこそ彼の陣地はあると言える。

道具作成:B
 魔力を帯びた器具を作成可能。
 手品に使用する物品・小道具をある程度自作することができる。
 ただの手品に過ぎない現象をあたかも大魔術のように見せかけられる。
 召喚されてからは、マスターの使用する小道具も一部作成している。

【保有スキル】
高速詠唱:B
 魔術の詠唱を高速化するスキル。
 キャスターが行うのは手品であり、もはやそのトリックが実行された瞬間を捉えるのは常人では不可能に近い。
 気配感知、直感、心眼などによる察知も同ランクまですり抜ける。
 また、デイトレードにおいて同時に複数の取引を高速スキャルピングし、資金を稼ぐことも可能。

催眠術:B
 対人用の催眠術を使用できる。
 相手の額のツボに接触して使用し、意識を混濁させて無力化したり、短期の記憶を消す、情報を引き出すなどすることが可能。
 また暗示によって簡単な精神効果を付与・解消することもできるだろう。
 ただしシングルアクションの技術のため、低ランクの対魔力スキルでも無効化されうる。

変装:B
 キャスターが正体を隠して表向きの身分を作り上げ生活していた際の変装・隠密技術。
 この場においては主に、ポーリアファイナンスの営業平社員にして羽丘芽美の父、『羽丘筆美』という設定で行動する。
 『羽丘筆美』の姿の間は全てのパラメータが1ランクダウンするが、ステータスが隠蔽されサーヴァントとは見破られなくなる。
 ただし攻撃態勢に移ると全ての隠蔽効果は無くなり、サーヴァントとして認識される。
 他者に対してメイクアップを行なうこともできる。

手品:B
 キャスターが使用するマジックの技術。
 錠開け、縄抜けやカードマジック等のほか、古典手妻『胡蝶の舞』など、多数の奇術を習得している。

金融の見識:A
 長年、銀行員・消費者金融業として務めあげたことによる、投機のタイミングや相手の性格を見抜く眼力。
 言葉による弁明、欺瞞に騙される事がない。


【宝具】
『Dr.WHOO(ドクター・フー)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1人
 キャスターのもう一つの顔。この宝具の発動時の姿が『魔術師』としてのキャスターの真の姿である。
 普段の凡々たるサラリーマン姿とは一転した、金髪色白の麗しいマジシャンとしての舞台衣装に瞬時に早着替えする。
 この時には大がかりな舞台装置・大量の小道具などを用いた手品によるイリュージョンを展開し、対象に様々な精神効果を与えることが可能。
 対象の精神や経歴における『負債』が解っている場合、自業自得な恐ろしい幻を的確に見せることができるため、対象の対魔力スキルは2ランクダウンし、効果を防御することがほぼ不可能になる。
 攻撃的に用いれば、対象のトラウマを抉り出して宝具を使用できなくさせたり、精神崩壊させることすらできるだろう。

『逆さ切手三連』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1人
 キャスターが一般市民から悪事の情報を得ていた際の連絡手段の一つにして、彼を呼ぶための都市伝説が宝具となったもの。
 聖杯戦争の会場内で切手を逆さに3連続貼られて投函されたハガキは、何があろうと即座にキャスターのもとに届く。
 住所を書かずとも、また郵便局を通さずとも消印が押されるので、だいたいの投函場所を推測可能。
 機密性の高い情報伝達手段として使え、更に切手の裏に書き込みをするといったことをしても有効。

【weapon】
 トランプ、コイン、ロープ、扇、シルクハットなど、手品に用いる物品。
 および緊急攻撃手段として手製のベアリング弾射出装置、火炎放射器、チェーンソー、催涙ガスなどを隠し持っている。

【人物背景】
 漫画『ダブル・フェイス』の主人公。
 『月影ファイナンス』の社長であるが、後述のDr.WHOOとしての活動をしやすくするために表向きは営業平社員としている。
 背中まである長髪をひとつにまとめ、眼鏡をかけている。見かけどおりのお人好しな性格が目立ち、取り立てを度々しくじる。
 人並みな義侠心を持つもヘタレなためにトラブルに巻き込まれるとからっきしで、客が巻き込まれているトラブルに首を突っ込んでは自身も被害に遭うことが多々ある。
 本名は北大路冬彦。
 13年前、深島銀行ニューヨーク支店に勤務中、同僚がニューヨークマフィアのドンの隠し資金を焦げ付かせたため、当時ニューヨーク支店長だった柳原によって3000万ドルに上る横領事件をでっち上げられ、有罪となり、シエラネバダ刑務所に収監される。
 その後、替え玉を使い脱獄(その時の替え玉の名前が「虎海宝」という医者(=Dr.フー)だった)、黒淵深海の下でDr.WHOOとして活動する。

 世の悪や不正を負債と捉え、その清算を行う。
 善良な市民が悪人から受けた不利益を「不良債権」と呼び、法や司法では裁けない債権を回収すること、つまり悪党を懲らしめる活動を行っている。
 不利益に金銭的トラブルが含まれる場合、加害者から被害相当の金額を取り戻し被害者に還元することもある。
 それらの場合も含め、Dr.WHOOの主な仕置き方法は加害者に自業自得な恐ろしい幻=イリュージョンを見せることである。
 この幻はマジックによって実現し、実際には起こりえないことを加害者に現実に起きていると思い込ませることができる。
 加害者にとって幻の中で起きたことは自身の罪から生じた帰結であり、その恐怖体験はトラウマとなり同じ罪を二度と犯すことができなくなる。
 それ以外にも、現実的に起こりえないことを手品で実現する手法に長けており、自身の所属していた組織・黒淵機関ではかつて「魔術師」というコードネームで呼ばれていた。
 現在でも裏社会において黒淵機関の名と共にDr.WHOOは恐れられている。また、インターネット上では正義の味方としてDr.WHOOを呼ぶ方法が都市伝説で流れている。
 Dr.WHOOはこれらイリュージョンを実現させるための高度技術(錠開け、ツボの刺激を利用した対人用の催眠術、変装など)を数多く持っている。
 また、プロのマジシャンとしての技術も持ち合わせており、実際にステージでマジックを披露したこともある。

 名前は、脱出マジックの巨匠ハリー・フーディーニをもじったものである様子。
 春居でいるときとDr.WHOOでいるときでは性格や頭の回転率も違うらしく、本人はそのことを少し気にしている。
 表向きは、既婚者で3人の子供がいるということになっており月影ファイナンスの同僚には家族の写真をよく見せているが、実際は金銭で雇った母子家庭から提供されたダミーである。

【サーヴァントとしての願い】
 血が通い・脂滴り・肉の味がするナマの正義を求め、聖杯を悪用しようとする者の思惑を挫く。


【マスター】
羽丘芽美@怪盗セイント・テール

【マスターとしての願い】
 悪者にやりこめられている「迷える子羊」たちを救い、聖杯でみんなに幸せになってもらう。

【能力・技能】
 怪盗であった母譲りの高い身体能力と、マジシャンの父直伝の数々の奇術を用いる。
 『セイント・テール』の姿へ一瞬で早着替えしたり、即座に気球のような大きさにまで風船を膨らませられるなど、一見すると魔術のような現象まで演出できる。
 逃走する車に追いつく、腕だけで高い木の上へ枝伝いに振り上がる、家屋の屋根の上を飛び跳ねて移動するなどの行為を生身で行えるほどには鍛えている。

【weapon】
 手品に用いる舞台衣装やシルクハット、風船などを隠し持っている。

【人物背景】
 漫画・アニメ『怪盗セイント・テール』の主人公。聖ポーリア学院・中等部2年A組。
 ふわふわした長いブロンドの髪と円らな瞳の快活な少女。血液型はA型で、誕生日は9月29日。身長152cm。体重43kg。
 運動神経抜群で体育は得意(アクロバットもできる)だが、勉強は芳しくなく特に苦手な科目は数学。
 好きな色はピンクとブルーサファイア。甘いものと可愛いものが大好き。トカゲが大の苦手。

 明るく元気でそそっかしくて、ドジもしばしばあるが心優しい正義感の強く、そして現実と理想、偶像と実際の自分の差にも悩んだりするいたって普通の女の子。
 一方、涙もろくて照れ屋な所があるが、クラスメートにして、自分を狙う刑事の息子アスカJr.には強気に出る。
 しかし夜になると自らが住む聖華市に出没する怪盗セイント・テールになり、巧妙な詐欺や窃盗で巻き上げられた金品を盗み、本来の持ち主に返す。
 学院礼拝堂の見習いシスターにして情報アシスト役のパートナーの親友・深森聖良と共に、犯罪被害に遭った「迷える子羊」達の救済に走っている。
 盗みの手口や手品の腕はもはや魔法レベル。

【基本戦術、方針、運用法】
 この聖杯戦争の裏に巣食う思惑の正体を確かめ、それが悪に基づくものならば全力を挙げてそれを阻止しようと考えている。
 基本的にはNPCを装いつつ、様々な情報網を用いた戦況の収集に務め、勃発しようとしている悪事の探索に動く。
 街のNPCたちとの関連性を最大限に利用し、多数の町工場や役所や商店、学校の友人や教師とのコネクション、『逆さ切手三連』などによる連携を用いて立ち回る。
 わざとNPCの間にそれらしい噂を流したり、怪盗セイント・テールの予告状を出すなど、陽動やあぶり出しを行なうこともあるかも知れない。

 キャスターの使用する魔術は大部分が演出であり、強力な精神効果はあれど直接攻撃能力は無きに等しいため、協力できそうなマスターとサーヴァントが見つかれば積極的に協力しようとするだろう。
 敵対者に対してキャスターは、その対象の弱みとなる『負債』を見極め、徹底的にそこを抉って再起不能にしようとする。
 また、怪盗としての経歴もあるマスターと協力して、キーとなる物品を盗み出したり、手品の演出を強化したりもするだろう。

 マスターは怪盗とはいえごく普通の女子中学生であり、キャスター本人もクラスと都市伝説による補正があるだけのサラリーマンなので魔力の総量は少ない。
 『羽丘筆美』としての姿ならば魔力はほとんど消費しないが、Dr.WHOOとしてのイリュージョンはそうそう連続して行使できない。
 相手の『負債』を徹底的に調べ上げてから的確にマジックを組み上げていく必要があるだろう。
 だがこれは逆に言えば、NPCの中に紛れている限り、魔力の反応の薄い彼らを見知らぬ者が発見することはほとんど不可能に近いということもである。
 NPCを笑う者はNPCに泣く。

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最終更新:2015年04月30日 22:08