The Golden Lore「パラキパ回想記」より 「アバンダンド、プリーズド、ブレインウォッシュド、ファイアド」 #1 &italic(){- Abandoned, Pleased, Brainwashed, Fired -} &bold(){&sizex(5){黄金暦211年 4月}} (運勢:100 情熱:1000) -[[はじめての冒険>http://gold.ash.jp/main/textView.cgi?id=2929410]] 「&italic(){難しい仕事じゃない。素人でもやれるはずだ}」 長年の仕事でくたびれたのであろう、垢で白んだ洗い場に立ちながら、 その男は、こちらに目をくれることもなく言い放った。 ぞんざいな態度を隠そうともしない横顔が、掃いて捨てるほどいる駆け出し冒険者の価値を正鵠を射るように物語る。 ――――― 「&italic(){ヴヂウッ!}」 ネズミを囲んで叩き伏せるのは、今日で2度目の出来事。 ところどころに群れをなす、肥えたネズミは非常に攻撃的だが愚かでもあった。 私がランタンの火種を枯れ木に分け与えると、若者たちはそれを手に取りネズミを追い立て、 叩き、斬り、あるいは焼き……いずれにせよ最後には惨たらしく殺してゆく。 まるで己が運命に選ばれた超人であるかのような錯覚が、たぎる戦意を後押ししているようだった。 若者たちは岩窟の中で高らかな声を響かせながら歩いているようで、 しかし私にはその内容が聞き取れなかった。 私は岩窟にいながら天に、地に、深く耳を澄ませていた。 岩窟の外。木々の木擦れに息遣いを感じる。 岩窟の中ほど。私の手の中でランタンの灯火が揺れる。 そして岩窟の最奥……岩の鳴る音を糸巻きのように手繰り寄せていると、突如音の糸がほつれた。 異様に思わず眉をひそめ、周囲を確かめると&italic(){――それは一見して小男のような――}異形の鬼が足音高く、迫ってきていた。 こちらへ猪突のごとく飛び込んだ鬼が、みにくく歪んだ刃を振りかざす。私はこれをブレーサーで受け止める。 斬撃は防げども、刃の打突が衝撃を伝える。腕が震える。 防具として機能不十分! 今の衝撃が棍棒……金属塊によるものであったならば、 この片腕はとうに大衆料理の下ごしらえめいて無様な可食化挽肉となっていたことだろう。 鬼に背を向けて岩窟を逆送し、おそらく同様に不足な防備であったろう若い男の影に隠れる。 「&italic(){ヤッサーラー!}」「&italic(){ワーアアアアアー!}」 勇猛果敢か向こう見ずか、およそ屈強とは言いがたい体躯の若者達が、口々に咆えながら剣を交えはじめた。 手をこまねいて、あなぐらが死臭に満ちるのを待つ余裕はない。私も加わらなくては。私みずからの妙法にて。 経絡を呼び覚ませ。呼気を整えよ。 ヒトならざる者に向けて『占い』を試みるのは初めてのことだったが、間違いなく占いが果たされる事を確信していた。 そして―― ――見えた。 &bold(){Pyromancy.} 眼前での乱闘……その先になおも深く伸びる洞穴めがけて炎を投げかけると、 炎に誘われるかのように、洞窟の入り口から激しい追い風が吹き荒れる。 若者らは突風にたじろぎながらも、なおも燃え盛る炎に向けて鬼を押し込む!「&italic(){イヤーッ!}」 火炎の舌が鬼を包み、見る間にその身を浄化してゆく!「&italic(){グワーッ!}」 「&italic(){イヤーッ!}」火炎舌!「&italic(){グワーッ!}」「&italic(){イヤーッ!}」火炎舌!「&italic(){グワーッ!}」「&italic(){イヤーッ!}」火炎舌!「&italic(){グワーッ!}」「&italic(){イヤーッ!}」火炎舌!「&italic(){グワーッ!}」 炎の中に、死相が浮かんでは消えてゆく様を感じる。これが冒険者としての、初めての『占い』となった。 使い古した油で焼いたような異質な臭いをはなつクズ肉の向こうに、その小部屋はあった。 「&italic(){ヤッター!}」「&italic(){お宝バンザイ!}」「&italic(){こんなに楽な生業は他にないですね!}」 財宝と呼ぶにはあまりに寂しい金属類をつかみ上げ、嬉々として喜ぶ若者を…… おそらくは自嘲的に眺めていたように思う。 私も、よろこばなくてはならない。 しなびた宝をこの手につかむことを。 明日もこの煉獄を生きられることを。 ---- &bold(){&sizex(5){黄金暦211年 5月}} (運勢:1 情熱:1000) -[[人型の怪物討伐依頼>http://gold.ash.jp/main/textView.cgi?id=2929712]] 「&italic(){生ける屍だって、おかしいねェ! だって屍って死体でしょ?}」「&italic(){死体じゃないかもよ}」「&italic(){ナンデ?}」「&italic(){死体かもしれない}」「&italic(){ナンデ?}」 若い男女がカラカラと笑い合いながら先頭を歩いている。 話のセンスについていけず、先頭集団から5,6歩引いて追従する形をとっていた。 先日の仕事と同じくさしたる脅威もない仕事とのことで、 また若者ばかりの中に放り込まれることを覚悟していたものの 私と同じか……あるいはそれ以上に年老いたであろう[[粗野な偉丈夫>ヴィオラ・シデレア]]が混じっていることに驚かされた。 ――――― さて。 星の巡りが悪いことに気づいたのは、遺跡までの旅路でのこと。 穏当に旅程を引き伸ばす手立ても思い浮かばず、旅程どおり実に順調に、目的の遺跡まで辿り着いてしまった。 石造りの古びた遺跡に、呪術めいた超自然によって生きながらえる生なき命がたむろする。 最後に磨かれた日も窺い知れぬような、ひび割れた岩盤に覆われた遺跡が炎の延びを妨げるばかりか、 尽きた命の持ち主からは死相のあらわれも読み取れない。 振りかぶるようにして叩き付けられる大振りの爪。 「&italic(){どけ!}」 咄嗟にブレーサーを構えたが、それはこちらに届くことなく千切れて落ちた。 声の主――老いさらばえた[[偉丈夫>ヴィオラ・シデレア]]が、 片腕を喪失したばかりの生ける亡骸から私をさえぎるようにして立ちはだかる。 ……いけない、明らかに集中力を欠いている。 長い戦い……というよりも、永い戦いに私は疲弊しきっていた。 これほど肉体を酷使するのは久方ぶりだった。 無数に群がる亡者、亡者、亡者。 ひとたび傷を作ったが最後、血気はやる若者の合間を縫ってまで執拗に血の色めがけて集まる姿さえ 深き川で血をすする魚群を思わせてひどく不快感をもよおさせた。 すべてが終わるも…… ……所詮は意思なき命の残滓。 結局遺跡にはびこる亡者をみなまで浄化し終えるまでに、めぼしい宝を見つけることもなかった。 出るは紅血ばかりなり、調子も出ねば褒美も出ない。 やはり、星の巡りが悪かった。 ――――― 依頼の完了を報告し、風味の貧しい酒に浸って店を出ると、 店の脇に、見るからに急ごしらえの棺が並んでいるのが目に留まった。 いずれも中はうかがえないが、どうやら空室ではなさそうだった。 浄化し終えたばかりの『人型の怪物』が脳裏をよぎる。 帽子を目深にかぶった黒ずくめの若い男が、火焼けしたような顔の少年を抱えて目の前を横切ってゆく。 おそらくは、遺体がまたひとつ。 空いた墓地が見つかるまでと置かれているのだろう、 細い通りを申し訳程度に避けて居並ぶ遺骸の姿は酷薄さに満ちた光景だったが、胸中にはさしたる感慨は湧かなかった。 ――冒険者の半分はベテランになるまでに死ぬ。 ――――もう半分はベテランになってから死ぬ。 地獄の釜には、まだ薪がくべられたばかり。 ---- &bold(){&sizex(5){黄金暦211年 6月}} (運勢:17 情熱:981) -鉱脈捜索依頼