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76-俺が行くって言ってんだよ!!

第七十六話 俺が行くって言ってんだよ!! 投稿者:兄貴 投稿日:09/05/22-08:24 No.3968
どんな世界も日が一度沈めばまた登る。それは異世界でも変わらない。そして今日は昇った朝日と共に一人の男の気合が沸きあがっていた。

今日は休日のために本来なら生徒たちは寝ているか、外に遊びにいくかのどちらかである。休みの日にも訓練や勉強をするものはごく僅かである。しかし今、一人の生徒の部屋の中で男の雄叫びのような詠唱が、寮内に響き渡っていた。


「うおおおおおお!!」


「アニキ、掛け声は必要ないってば!」


「いくぜ! 飛行(ウォラーティオー)! 浮遊(レウォターティオー)! 箒よ飛べ(スコパエウォレント)! うおおおおおおおおおおおお!!」


奇妙な光景だった。

既に二十を超えている男が箒に跨って呪文を唱えながら唸っている。

しかし男の気合とは裏腹に、箒は微動だにしなかった。


「これはどうだ! プラクテ ビギ・ナル “火よ灯れ(アールデスカット)! ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!」


そして今度は小さなかわいらしい子供用の杖を握り締めながら血管が破裂しそうになるぐらい力を入れるが、微塵も変化はなかった。


「はあ、はあ、はあ・・・・ダメだ・・・・」


「うう~~ん、簡単な魔法の使い方まで忘れているなんて・・・・・これも事故の影響なのかな・・・・」


「ぶ・・・・・ぶう~~~」


コレットに借りた杖と箒で初心者の初級呪文を唱えてみたが、シモンは何一つ扱うことが出来なかった。


といってもそれは至極当然の話で、シモンは元々魔法など使えないのだが、自分に責任を感じてコレットは顔が暗くなる。

シモンはシモンでいまいちピンと来ないものの、コレットの提案に従い何かを思い出すかもしれないということで、朝早くからコレットの部屋で魔法の練習を行うが結果は燦々たる物でどうしたものかと考えていた。

ブータだけが、全てを知っているものの、何も言うことができずにシモンの無駄な行為にため息をついていた。


「ははは、全然ダメじゃ~ん。そんな簡単な魔法も使えないの~?」


「も~、朝から五月蝿いって~。それにしても・・・ふ~ん、その人がコレットが怪我させた人? 顔は~・・・・普通だね」


コレットとシモンが悩んでいると、コレットの部屋の扉をノック無しで同じ学園の少女たちが集まってきた。

どうやら皆、事故の噂を聞きつけ集まってきたようである。女子校ではあるが皆男であるシモンに大した警戒心は見せず、魔法を使えないシモンを笑いながら近づいてきた。


「もうみんな~、笑い事じゃないよ~。シモ・・・じゃなくてアニキは魔法が一つも使えなくなっちゃったんだよ? これじゃあこれからどうすればいいか・・・・・」


注・元々シモンは使えない。ブータがそんな顔をしてコレットを見ている。

すると生徒の一人が本を取り出してシモンに差し出す。何やら字もとても大きく、表紙の絵も子供っぽい。どう考えても子供向けの本だ。


「ほら、これ貸してあげるからもう一度魔法の勉強してみたら? お兄さんはあまり優秀じゃなかったみたいだけど、これぐらいのレベルなら大丈夫だよね♪」


その言葉に嫌味は込められていない。恐らく記憶を無くし、魔法が一つも使えずに悩むシモンのために、あえて簡単な魔法書を渡してくれたのである。

だが、それはシモンを更に貶めることとなった。


「えっ・・・と・・・・う~~ん・・・・・」


本を受け取りパラパラと捲りながら、シモンは困った顔で再び唸り始めた。


「アニキ、どうしたの?」


「・・・・・・・・う~~ん・・・・・・・文字が・・・・・・」


「文字?」


これも当然のことだった。



「字が・・・・分からない・・・・」



「「「・・・・へっ?」」」



そもそもこの世界の住人でないシモンにこの世界の文字が読めるはずがなかった。



「「「ええええええ~~~~!?」」」



しかし字まで読めないとは思わず、少女たちは仰天した。


「字、・・・字まで読めないの?」


「ちょっ、コレット、・・・・あんたの忘却魔法ってそんなに威力があったの?」


「ダメダメじゃん! 魔法も使えない、字も読めない・・・・出来ることがゼロ! お兄さんは『ゼロのシモン』だね♪」


「えっ・・・ゼロのシモン?」


「それじゃあコレットはゼロの妹?」


「も~~う、本当に笑い事じゃないでしょ!?」


あまりにも酷すぎる異名にコレットは反論しようとするが、現時点で反論することは出来ず、シモンの表情は暗くなる。


「はあ、俺ってそんなに才能ないんだ・・・・」


「ああ~もう、そんなの分からないって、ほら練習練習!!」


年下の少女たちに笑われて落ち込むシモンを励まそうとコレットは奮闘するが、それはかえってシモンの首を絞める行為にしかならなかった。

他の初級中の初級の呪文もその後何度も唱えてみるが、シモンの持つ杖からは欠片の変化も見られずに時間だけが過ぎていった。


そんなシモンの様子を開けっ放しの部屋の扉の外から除き見ている少女が居た。


「・・・・ふん、・・・・昨日ずいぶんと分かったような事を言っていましたが、ただの口だけですわね・・・・」


物陰からシモンを見つめていたのはエミリィだった。

彼女は心底がっかりしたような表情で、今のシモンを眺めていた。


「お嬢様、お部屋からお出になられたのですね」


「・・・・ベアトリクス・・・・」


ため息をはくエミリィの背後にベアトリクスが近づいてきた。


「心配しました。もう大丈夫なのですか?」


「・・・・ふっ・・・・大丈夫に・・・・見えますか?」


「あっ、・・・・・その・・・・・」


「・・・・いえ、今のは意地悪でしたわね。心配掛けてしまいましたね」


美空との戦い以来、ショックで部屋に篭っていたエミリィが姿を表したことにベアトリクスは安堵するものの、エミリィが以前のように自信に満ち溢れた表情でないことに気づき、直ぐに顔を暗くした。

そんなベアトリクスの心情に気づいたエミリィは一言謝罪を入れて、直ぐに視線をシモンに戻した。

エミリィの視線の先に気づいたベアトリクスは、その様子に首を傾げながら尋ねる。


「あの方は、コレットが轢いてしまった・・・・・、彼がどうかしたのですか?」


「・・・・・別に何でもありませんわ・・・・ちょっと昨晩話を・・・・。今はただ・・・・がっかりしただけですわ・・・・」


「昨晩? あっ、お嬢様!?」


一言吐き捨てて、エミリィはまるで興味を失ったかのような目で、その場に背を向けた。


(私が下を向いている? 何も・・・・何も知らないくせに! 落ちこぼれなどに言われる筋合いはありませんわ!)


そしてエミリィは悔しさで歯を強くかみ締めながらその場を後にする。

そんなエミリィを幼い時からの付き合いでありながらベアトリクスは一度も見たことがなく、とても声を掛けることも、後に続いていくことも出来ず、寂しそうな瞳でエミリィの後姿を見つめていた。










「ああ~~、それ多分委員長だね」


「委員長?」


「そっ、エミリィっていってね、そんな氷系の強力な魔法を使えるのは委員長だけだよ」


「それにしても最近顔出さないって思ったら、夜な夜な特訓してたなんて、よっぽど悔しかったんだね~」


午前中は何の成果も出せないまま、シモンはコレットや、そのクラスメートと共に食堂で食事を取っていた。

休日であるため、ほとんどの生徒たちは外出中のため普段は混雑しているであろう広々とした食堂も人がいない。

まだシモンの存在がそれほど学園に広まっていなかったが、学園に居る生徒たちは少数のため、何故女子校に男がいるのかなどで騒ぎが起きることはなかった。

そのためシモンたちは堂々と食事を取っていた。

そしてその時、シモンは昨晩出会ったエミリィのことについてコレットたちに尋ねた。


「でも、あのプライド高いエミリィにゼロのお兄さんが口出ししたら、そりゃあ怒るって」


「ゼ、ゼロ? そのあだ名はもう確定なのか?」


「まあいいじゃん、ひょっとしたら実は失われた伝説の古代魔法が使える~、なんて展開かもよ?」


ケラケラと笑う少女たちに反論できず、シモンは何も言い返さずにため息だけを吐いた。


「魔法か~、全然ピンと来ないんだけどな~」


「そりゃあお兄さんは才能なかったっポイしね~」


「うっ、・・・・はっきり言うんだな~。でも、それじゃあエミリィって子は? いや、それ以前に俺はお兄さんじゃなくてアニキだ!」


「うん、私やアニキと違って委員長はこの学園でもトップクラスの実力を持っているエリートコースまっしぐらの魔法使いだよ♪」


「そうそう、・・・でも・・・この間の出来事がきっかけで、最近変わっちゃったみたいだけどね・・・・・。それとアニキってヤダ。お兄さんはアニキって呼ぶには頼りなさそうだし」


「うん、コレットは仲良くなったよね~。たしか名前は・・・・」


ごく最近に起こった衝撃的な少女の存在。

風のように速く、竜巻のように荒々しく、紅蓮の炎の魂を持った少女。

その名前を口にしようとした時、この食卓に第三者が現れた。


「ここ、いいですか?」


「あっ、ベアトリクスじゃん。エミリィ一緒じゃないの?」


「ええ、お昼を取らずにどこかへ出かけられたようで・・・・」


「ふ~ん。委員長のダメージは未だ回復せずか~」


食事を載せたトレイを持ち、ベアトリクスは空席の多い食堂の中で、コレットたちのいるテーブルに近づき腰を下ろした。

それは単に一人で食べるのが嫌だったからではない。どうしてもベアトリクスはコレットと一緒に居るシモンに聞かなければならないことがあったのである。


「あの・・・シモンさん・・・・」


「えっ? えっと・・・・」


「あっ、この子はベアトリクスっていって、私達のクラスメートで、アニキが事故に合った時、一緒に学園まで運んでくれた子なんだよ」


「そうなのか? そっか、それはありがとな」


「いえ、お気になさらずに」


そう言ってベアトリクスは一度間を置いた。

そして一度小さく息を吐き、昨晩の出来事を尋ねた。


「あの・・・昨晩お嬢様と何があったのですか?」


「・・・・・・えっ? ・・・・・お嬢様?」


「お嬢様ってのは今話していた委員長のことだよ」


「そうなのか? でも・・・・何かあったかって・・・・少し話しただけで、その子は怒って帰っちゃったから・・・・」


ただ「上を向け!」と一言言っただけである。しかしたったそれだけでもプライドの高いエミリィには失言だったのかもしれない。

シモンはもう一度昨晩の自分の発言を思い返してみる。


「う~ん・・・不思議だな、・・・・・・そもそも何で俺はあんなこと言ったんだろう・・・・」


見ず知らずの少女に向けて言う言葉ではなかったのはたしかだ。

しかしシモンは下を向くエミリィに、何故か自然に言葉を発してしまった。

「上を向け!」その言葉に何か自分を見つけるヒントのようなものが隠されているのかもしれないと、シモンが頭の中で想像していく。



しかしその時、人の少ない食堂の扉が勢いよく開かれた。



乱暴に開けられた扉の音が食堂に響き、コレットたちが一斉に扉へ視線を向けると、学園の生徒の一人が激しく息を切らせながら立っていた。


そして少女は切羽詰ったような顔を見せて、大声で叫んだ。




「たた、大変だよ~~~! エミリィが・・・・エミリィが魔獣の森に一人で!!!」




悲鳴にも聞こえるような少女の叫びに、コレットたちは一瞬反応できなかったが、すぐに理解し顔色を変えた。



「えっ・・・・・」



「なっ・・・・・・」



「なんだっ・・・て・・・」



「「「「何イイ!!??」」」」



生徒たちが少ないにも関わらず、その叫びは学園に響き渡るほどの大きさだった。


「どど、どういうことです!? なぜお嬢様が!?」


「それが外でブラブラしてたら、委員長が箒に乗ってすごいスピードで魔獣の森に向かって一直線に飛んでいるのを見て!」


「な、なんで止めないのよ!?」


「止めようとしたよ! でもエミリィのスピードに追いつけなくて・・・・だから助けを呼ぼうと・・・。でも休日だから先生も外出してて・・・・私・・・・・どうすれば・・・・」


ベアトリクスたちに肩をつかまれる少女。しかし彼女は髪の毛がボサボサで、激しく息を切らしている。恐らく誰か助けを求めようと必死でここまで来たのだろう。

どうすればいいのかと慌てる少女たち。そこにシモンが話の内容がよく分からずに尋ねる。


「その・・・・魔獣の森って?」


「えっと・・・・街の外にある広大な森で・・・・。その森には強力な魔獣がウヨウヨいて、・・・・」


「はい・・・私たちも生徒だけでは絶対に近づかないようにしている森です・・・・」


『魔獣』その単語に聞き覚えはない。しかし魔法を扱える少女たちですらこれほど慌てているのである。その危険性、そしてエミリィの安否がシモンにも一瞬で理解できた。


「な、・・・なんでそんなところに・・・・」


「おそらく・・・修行のつもりでしょう・・・・。しかしこれは無謀です! 一刻も早く助けに行かねば!」


「そういえばエミリィ・・・・すごく怖い顔してたような・・・・。でも、どうしよう!? もし、エミリィに何かあったら・・・・」


「とにかく急いで先生を探しましょう! このままではお嬢様が・・・・」


「それじゃあ、間に合わないよ!?」


どうすればいいのかと右往左往する少女たちは誰一人として正常に考えることが出来ないほど慌てていた。

どうすればいいのか。

悩んでいる暇もない。

しかし頼りになる大人もここにはいない。

ただジリジリと時間だけが過ぎようとしたその時だった。



「・・・・・俺が・・・・俺が行く! 」


「「「「「!?」」」」」



その言葉に少女たちは時が止まったのかと思えるほど固まってしまった。



「ちょっ、アニキってば何言ってんの!?」


「そうだよ! 行くっつったってゼロのお兄さんがどうにか出来るレベルじゃないって!?」


当たり前の事だった。

自分たちですら足を踏み入れない領域に、魔法を一切使えないシモンがどうして行くのかと誰もが思ったことだった。



「それでもだッ! 俺が行くって言ってんだよ!!」


「「「「!?」」」」



しかし、シモンの目に一切の揺らぎはない。

只の強がりやハッタリで言っていることではない。それほどの意思を少女たちもこの男から感じ取った。


「アニキ・・・・なんで?」


「そ、そうだよ・・・昨日知り合っただけのお兄さんが何で・・・」


するとシモンはフッと小さく笑って立ち上がり、扉から出て行こうとする。


「なんでだろうな・・・・少し怖いかもしれないけど、ここで行かないと俺は・・・俺は裏切ってしまうような気がしてな・・・・」


少女たちとすれ違いざまにシモンは呟く。

その言葉に反応してコレットがシモンへ聞き返した。


「・・・・裏切るって・・・・何を?」


するとシモンはニヤリと笑って少女たちに告げる。



「・・・・何かに! そして誰かにだよ!!」


「「「「!?」」」」


「俺にも分からない・・・けど、そいつだけは裏切っちゃいけない・・・・そう俺の心が叫んでいるんだよ・・・・」



シモンは自分自身でも理由はよく分かっていなかった。しかしここで引き下がってしまえば自分は確実に何かを裏切ってしまう。そのことだけは、記憶を失っても自分の心が叫んでいた。


「・・・・しかし・・・・足手まといです」


「えっ?」


「ちょっ、ベアトリクス!?」


するとベアトリクスは箒と杖を手に持ち、ローブを羽織って扉の前に立ってシモンの行く手を遮った。


「・・・私が行きます。・・・あなたはここに残って先生たちを探してこのことを伝えてください」


「ベアトリクス・・・・」


冷静な口調でシモンを戦力外と告げるベアトリクス。

その判断は間違っていない。

だが、一度決めたらこの男は曲げることはない。


「お前の足を引っ張るのなら、置いていけ! だけど俺は自らの足で辿り着いてやる!」


引くこともない。


「アニキ・・・・・・」


「お兄さん・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・」


無謀に決まっている。


無茶に決まっている。


無理に決まっている。


しかし・・・・


(な・・・なんで? 魔法も使えないのに・・・・・危険なのに・・・・。このお兄さんが・・・)


(地味で、パッとしない・・・・落ちこぼれのこの人が・・・・)


少女たちは改めてシモンを見定める。


(自分が誰かも知らない・・・・・頼りにならなそうなアニキが・・・)


コレットも自分の目でもう一度シモンを見る。


(今日初めて知ったこの方が・・・・)


ベアトリクス、そしてコレットや他の生徒たちは心の中で同じことを思った。



*1))



そしてベアトリクスは遮った手を下ろしてシモンの隣に並ぶ。


「覚悟は・・・いいのですか?」


聞くまでもない問いかけだが、シモンは当たり前の答えを当たり前に答える。



「当たり前だ! 俺の覚悟は記憶を失う前から出来ているはずだ!」



その答えを聞いて、ベアトリクスが微かに笑ったような気がした。しかし次の瞬間にいつもの表情に戻った。


「では行きましょう! 私の後ろに乗ってください! 飛ばしますから落ちないでくださいね」


「ああ! それに仮に落ちても、大地を這いつくばってでも辿り着くさ!」


二人は頷きあい扉の外へ駆け出した。

その二人の後姿をコレットたちは呆然と見ていたのだが、コレットはこの時、数日前の出来事を思い出した。

あの時友達になった美空との約束を思い返す。

「本気になる」それが自分の誓った言葉だった。

その言葉に嘘は無い。

美空の姿に自分も憧れたのは事実だった。

そして本気になったのなら今の自分には何が出来るのか?

それは急いで大人を探して森へ救助に向かってもらうことか?

ここでエミリィの無事を祈っていることか?

駆け出した二人の背中を黙って見送ることか?


(私は・・・魔法が使える・・・・)


シモンは魔法が使えないのに飛び出した。

自分は魔法使いだから魔法を使える。そして魔法使いのすべきことは何か?


(でも私は落ちこぼれだし・・・才能だって委員長より数段劣ってるし・・・・)


足がガクガク震えてきた。

やるべきことは分かっているはずだが、言い訳だけが浮かんで一歩を踏み出せない。

しかしもう一度コレットは美空を思い出す。


[魔法使いとしての資質が劣っても、胸に秘めた気合と魂、そして背負った誇りのデカさじゃ負けねえっすよ!!]


その言葉を思い出し、コレットは頭を振り恐怖を紛らわし、一歩前へ足を出し、そのまま前を走る二人の後を追った。


「待って! 私も、私も行くよーーーーーーーー!!」


「ちょっ、コレット!?」


「みんなは先生を探して報告しておいて!!」


ようやく彼女にも火がついた。

美空が火をつけ、シモンが油を注いだ。

燻った心が炎上し、コレットは前へ前へと進んだ。


















「はあ、はあ、はあ・・・・・くっ、・・・・こんなところで・・・・・」



アリアドネーの市街から離れた魔獣の森には、地元住民でも気安く中に入る愚か者など居ない。

しかし森の奥深くで一頭の巨大な魔獣と向かい合う少女がいた。

破れた服と疲弊した表情、しかし足掻こうとする意思は捨てずに杖を握り締めて立ち向かっていた。


「こんなところで終わってなるものですか!!」


杖を握り締め、呪文をエミリィは唱える。


「グルル・・・」


獰猛な魔獣は目の前の獲物を狩るべく、巨大な鉤爪を光らせその嘴を開き、エミリィに襲い掛かる。

エミリィは向かってくる魔獣に真っ向から魔法をぶつける。


「氷の精霊(セプテンデキム・スピリトゥス) 17頭(グラキアーレス)!! 集い来りて(コエウンテース) 敵を切り裂け(イニミクム・コンキダント)!! 魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・氷の17矢(グラキアーリス)!!」


魔法の氷の矢がエミリィから放たれ魔獣に襲い掛かる。

しかし魔獣は避けようとせず、真っ直ぐにエミリィに向かってくる。

そして氷の矢が着弾するかと思われたその時、氷の矢は魔獣に触れることなく、魔獣が常に覆っている障壁の前に無となった。


「くっ、風障壁!?」


攻撃は全てが魔獣の前に無力と化した。

悔しさで歯軋りするエミリィ。しかし何時までもそうしているわけには行かない。

魔獣の鉤爪が自身を切り裂く前に、エミリィは見事な箒捌きでその場から飛びのいた。しかし箒でその場から離脱しても、魔獣は背にある巨大な翼を羽ばたかせエミリィを逃さずに追ってくる。


「追ってくる・・・・、やはり私のレベルではこの森は・・・竜種を倒すことは出来ないというのですか?」


箒に跨り、後から迫り来る魔獣を見てエミリィは拳を握り締める。


「くっ、何がエリートですか・・・何が魔法使いですか・・・・、自らを鍛えるどころか・・・・身を守ることも出来ずに逃げ惑う・・・・なんて無様・・・」


自分自身を罵り、エミリィは数日前の出来事を思い浮かべる。


「ふっ、プライドを粉々にされ・・・雪辱を晴らすために鍛えようと乗り込んだ森で、何も得られずに、残された命すら失うというのですか?」 


目を瞑り、まぶたの裏に映し出されるのは、自分をどん底に叩き落した少女の姿。


「負けるものですか!! タロット・キャロット・シャルロット!! 来れ氷精 爆ぜよ風精 氷爆(ニウィス・カースス)!!」


浮かぶ美空の姿を振り払おうと、エミリィは飛行しながら振り向き様に呪文を放つが、その全てが魔獣の障壁の前にかき消されていった。


「そ、そんな・・・・」


何事も無かったように魔獣は口を開ける。そして嘴に収縮したエネルギーを一気に放出する。


「カ、カマイタチブレス!? 氷盾(レフレクシオー)!! ぐ・・・・ぐっ・・・・」


魔獣から放たれた強力なブレスをエミリィは障壁を張って防ごうとするが、その威力を完全に消し去ることなど不可能だった。

やがて障壁は砕け散り、エミリィは勢いよく森の中を吹き飛ばされ、森の木々と共に激しく舞い、巨大な大木に打ちつけられた。


「がっ、がはっ!?」


背中を打ち付けられて横たわるエミリィ。体を踏ん張って起こすものの、痛みが全身を駆け巡り思うように動かすことが出来ない。


「はあ、はあ、はあ、・・・・・これが立派な魔法使いを目指して進んできた私の道の終端ですか?」


前には巨大な翼を羽ばたかせて、もう一度口を開きブレスを放とうとする魔獣。


「私は・・・私は・・・・何のために・・・・・・・」


その姿にエミリィは握っていた杖を下に落として、動かなくなった。


「ぬるま湯の世界に居たのは・・・・落ちこぼれは・・・・・私のほうでした・・・・」


不思議と恐怖は無かった。

今のエミリィは自分自身への失望からの涙しかあふれ出なかった。

何も出来ず、何も残せずに終わる短い自分の人生に呆れかえっていた。


「これが・・・これが私の限界なのですね」


自分のこれまでの人生をその一言にまとめてエミリィは目を瞑った。

何もかもあきらめて、全てを切り裂く魔獣のブレスを待つ。

障壁も何も無い生身の肉体で受ければバラバラにされるだろう。

しかし抵抗はしない。

今のエミリィの魔法でどうにも出来ないことは、身をもって思い知ったからだ。


「グワゥゥゥゥ!!!!」


雄たけびと共に風が舞い上がる。そして魔獣がブレスを放つ。



しかしその時、エミリィの目の前に一人の男の背中が現れた。



「何度も言わせるな! 上を向きやがれ!」



ハッとなり前を向くエミリィの前には、シモンがいた。


「あ、あなたは!? 何故ここに!?」


そして現れたシモンは勇ましく叫び、両手を魔獣が放ったブレスに向けて伸ばした。


「あきらめたらそこで終わりだぞ!! 絶望すんのは、俺を見てから決めろ!!」


ただ両手を伸ばしてブレスを防ごうとするシモン。だが、それに何の意味も無いことはエミリィには直ぐに分かった。

障壁どころか初級の呪文も放てないシモンなど、次の瞬間バラバラにされて終わりだと分かった。


しかし、突如シモンの体から溢れ出した緑色の光の壁が、魔獣の強力なブレスを防いでしまった。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


「なっ!? なぜあなたが竜種のブレスを防げるほどの・・・。その、その光は!?」


シモンは詠唱など唱えていない。只叫んで両手を前に伸ばしただけである。

しかしその結果、魔獣のブレスを正面から防いでいる。

その力と光はエミリィには理解出来ぬものだった。


「この力は何かだと? そんなもの俺だって知らな・・・いや、これは・・・・・この胸の高鳴りは・・・そうだ・・・これが・・・・」


シモンが無我夢中で放ったのは螺旋フィールドである。

記憶を失っても膨大に増え続けるシモンの螺旋力が無くなることは絶対にない。

頭で覚えていなくても、シモンの胸の中が覚えていた。



「これこそが気合だ!!!!」



やがて魔獣のブレスは止み、辺りがシンとなった。

そして魔獣は宙から見下ろし、直ぐに襲い掛かることはせず、まるで現れたシモンに警戒しているようだった。


「お嬢様!」


「委員長~~~! 良かった! 無事だったんだね!」


そしてシモンに続き、箒に跨ったコレットとベアトリクスが駆けつけた。


「ベアトリクス!? それにコレットまで・・・・・・何故・・・・ここに?」


「何故ここにじゃないよ! 委員長が森に向かったって聞いて助けに来たんだよ!」


「ええ、ご無事で何よりです。しかし・・・鷹竜(グリフィンドラゴン)とは・・・・」


ベアトリクスは目の前で羽ばたく魔獣を額に汗を流しながら見る。それは自分たちの力を遥かに超えた脅威だと知っているからである。


「それにしてもアニキ、今のは何なの!? いきなりベアトリクスの箒から飛びおりて、切り刻まれるかと思ったらブレスを防いじゃうんだもん!」


一方コレットは、シモンがたった今見せた力が気になり問い詰めようとする。しかしシモンは上手く説明できずに「気合」と一言で済ます。

勿論エミリィもベアトリクスも興味があったが、今は目の前の魔獣が先決だった。


「その話は後にしましょう。早くお嬢様を連れて離脱しましょう」


「ベアトリクス・・・しかし・・・この時期の鷹竜から逃れることは・・・・・」


「そそそ、そうだよぉ~~! どうすんの!?」


自分の所為で友を巻き込んでしまったことにエミリィが後悔し、顔を落とす。そしてベアトリクスとコレットも何の計画もなしに飛び出してきたこの状況をどうやって乗り越えるかを必死で考えようとする。

しかしシモンは何も考えずに足を前に踏み出した。


「やることは・・・・決まってるさ!」


「ちょちょアニキ!?」


「シモンさん!?」


「無茶です! 我々の力では、竜種を倒すことなど・・・・・」


無理に決まっていると言おうとしたが、エミリィがその言葉を言う前に、シモンが叫んだ。



「それがどうしたってんだよッ!!!!」


「「「!?」」」



たとえ周りがなんと言おうと、自分が何者であろうと心は決まっている。

目の前の壁から逃げ出すことが出来ない性質が心に染み付いていた。

シモンは魔獣とエミリィたちに、そして自分自身を奮い立たせるために腹の底から声を出す。



「無茶を承知で無理をする! 意地と度胸で貫き通すが男意気! 不屈の魂紅蓮と変えて、示して見せるぜ心意気!!」



指を魔獣に向かって指し何の迷いも無く叫んだ。



「教えてやる! 俺が忘れた俺自身をなッ!!」



勿論シモンが何者かなどこの場に居る全ての者が知らない。

それはシモンも知らない。

だが今、シモンが何者なのかを自分自身で証明する。
最終更新:2011年05月12日 14:22
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*1 ((この人が今、・・・とても頼もしく感じる!! 何とかしてくれる気がする!