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81-真実はそれだけじゃない!

第八十一話 真実はそれだけじゃない! 投稿者:兄貴 投稿日:09/06/09-22:42 No.3998
赤き絶望の光を放つ男から放たれる禍々しい空気は、ラカンの鳥肌を立たせた。


「俺が手に汗を?・・・・何年ぶりだ?」


最強無敵を誇ったこの男は、テキトーな力でも身に掛かる火の粉を払うのに十分過ぎるほどの力を持っている。

故に全力を出すことなど十年近くないことである。

ましてや戦いに恐れを抱くなど、ほとんどありえないことだった。


「マジでお前は何者だ? どうやったら人間が、こんな胸糞悪い空気を放てるんだ?」


ラカンが恐れたのはシモンの力ではない。

突如変貌したシモンから出される禍々しいプレッシャーだった。

だがシモンは答えない。それどころかラカンの言葉を聞いているかどうかも怪しいところである。

そして遂に顔を上げてラカンを睨む。

その瞳の中には赤い光の渦が巻いていた。


「消え失せろ」


「!?」


不気味すぎるほどの低い声。

シモンが両手を前に出す。するとシモンから無数のドリルが伸びる。それはフルドリライズではない。

回転したドリルが、ラカン只一人を目指して何処までも伸びていく。


「けっ、つまんねえな。真っ直ぐな奴だったくせに屈折しやがって!!」


ラカンは失望したかのようにため息をつきながら両手にアーティファクトの剣を出した。

目前まで迫り来るドリルの束。しかしラカンは幾多の束になり伸びるドリルの全てを両手の剣で切り裂いていく


「お前のこと、嫌いじゃなかったぜ・・・」


次々と伸びる数十のドリルを斬りながらシモンに告げる。

その声がシモンに届いているかどうかは知らないが、ラカンは構わず告げる。


「酒でも飲みゃ、俺たちは十秒で親友になれたはずだ・・・」


ラカンは残念そうに苦笑しながら告げるが、シモンには聞こえていない。ただ黙々とラカンへ向けて次から次へと折れたドリルの代わりに新たなドリルを伸ばしていた。

このままでは限が無い。

ラカンは剣を捨てて、気合で真っ直ぐ突き進むことにした。


「今そのツラに一発かましてやるぜ!」


ドリルの雨の中を掻き分けながらラカンは進む。

しかし致命傷は避けるものの全ての回避は不能。

一つ、また一つとドリルがラカンの薄皮を捻じ切っていく。

戦いで血を流したのも久しぶりだろう。ついにシモンはラカンに傷をつけるまでに至ったのである。

しかしラカンは大して慌てない。

確実にシモンに近づき、その瞬間右腕に強烈な気を込めた。


「言っとくが俺は、素手のが強えぜ! 羅漢本気で右パンチ!!!」


直撃した! ラカンはそう確信していた。

しかし右の拳を繰り出した時にはシモンは既にそこに居ない。


「交わしただと!?」


シモンは軽々と宙へ逃れ、降り立った直後両腕に伸ばしたドリルを構えながら、ラカンに向かってくる。

ラカンもとっさに身構えて迎え撃つ。

接近戦だ。自分が遅れを取るはずなどは無い。

だが、コアドリルに込められた遥か昔の戦士の絶望の力は、ラカンの想像を遥かに上回っていた。


「ガアアアアアアアッ!!」


「ぐっ、お、重ぇ!?」


シモンの両腕から伸びたドリルをラカンは素手で掴み取ろうとする。

しかし先ほど容易く鷲摑みに出来たシモンのドリルは掴まれたラカンの手の中で激しく回転し、ラカンの両手を弾き飛ばした。

両手の平の皮を持っていかれたラカンの両手からは激しく血飛沫が舞うが、ラカンにとっては痛みよりも驚きのほうが大きかった。

スピード、パワー、そして戦い方が先ほどまでより遥かに上回っていた。シモンが繰り出すドリルと拳打は、決してテキトーに払うことが出来るような代物ではなかった。


(こいつは・・・・・・・・力の暴走とかそんなレベルじゃねえ。まるで何かに乗っ取られたかのような戦い方だ)


数度の拳を交え、ラカンはシモンの現状に何かを感じ取った。

よく怒りに任せた戦士が、内在する魔力や気を暴走させて一時的に驚異的な力を発揮することがある。

しかしそれは暴走であるがゆえに単なる力任せの戦いに過ぎず、周りも何も見えない闇雲の二流三流が陥りやすい事故でもある。

だが、今のシモンは暴走ゆえの力任せであっても、その戦い方は熟練した戦い方に見えた。

そしてもう一つの異変に気づいた。

それは今のボロボロのシモンの状態である。

痛みは人体の危険信号でもある。それが限界を超えると自らの意思ではなく脳からの命令により、人間はそれ以上の痛みを受け入れないように体に力を入れないようにする。

しかし今のシモンはどうだ?

明らかに傷が体を蝕み、動くことすら難航しそうな状態でありながら、ラカンに正面から向かって行けるほどの力を振るっていた。

それは自らの意思に反して、何かに無理やり体を動かされているようにも見えた。


「うっぐ!? がはァッ・・・・・ごほッ・・・・」


その瞬間シモンが再び咳き込んだ。その口元から溢れるのは螺旋力と同じ色、赤い血だった。


「おいおい、テメエ死ぬぜ?」


「消え失せろ。ごほっ・・・はあ、はあ・・・・真実の果ての絶望に呑まれて、無と帰れ!」


「・・・ふん」


ラカンに迫る力を振るうシモンの口から血以外にも絶望というありえない言葉が吐き出された。

舌打ちするラカン。

呆然とするサラ。

そんな中、動いたのはブータだった。


「お、おい!? どこ行くんだよブータ!!」


「ブウーーーッ!!」


サラの肩から飛び降りたブータは無我夢中でシモンに向かって走り出した。

この世でたった一人の相棒を救うため、その小さな体から溢れんばかりの光を放ちながら走る。

ブータの体から溢れる緑色の光。それこそが希望の光だった。


「これが真実。 これが・・・滅びへの道なんだ・・・」


しかし今のシモンは相棒など見ていない、己の滅ぼすべき対象としてラカンを見ていた。


「ケッ、何言ってやがるか知らねえが、あのバカ達と共に命賭けて守った世界が、簡単に滅んでたまるかよ!」


対するラカンも、今のシモンに対して気になることがいくつかあるが、今はシモンを止めることだけを考えた。


「ウラァァ!」


「~~~~ッ!?」

ラカンの拳が深々とシモンの水月に突き刺さった。

これまでより遥かに強力な螺旋フィールドを展開しているにもかかわらず、シモンの内臓のものを全て吹き飛ばしたかと思えるほどの威力である。

だが、シモンは倒れない。

蝕む痛みを精神が凌駕して、死に向かっているようにも見えた。

そしてシモンは再び体中に螺旋力を流す。するとシモンの周りに無数のドリルの形をしたエネルギーの塊が姿を見せる。

そしてシモンは全てのドリルをラカンに向けて射出する。


「穿孔ドリル弾!」


その数は無料大数。猛烈な数の穿孔ドリル弾をラカン一人に目掛けて放つ。

しかし相手はあくまで規格外。

絶望に負けたドリルで風穴を開けられるはずは無い。



「ウルアアアアアッ!!! 大気合防御!!!」



ラカンが開放した気の大バリアにより、全ての穿孔ドリル弾がラカンの気の波動に耐え切れずに潰され爆発した。


「これで終いか? 穴掘り野郎!」


全てのドリルはラカンに届くことなく爆発し、ラカンの肉体には微塵もダメージが無い。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


言葉もなくして呆然とするシモン。だが、直ぐに体勢を立て直して、再び螺旋力を搾り出す。


「うおおおおおおおお!!」


「何度やっても同じだぜ? テメエごときの絶望なんざ、この俺にとっちゃ、どってことねえよ」


ラカンもシモンを見て、己の気を高める。

唸る両者。

その体から光がほとばしる。しかし両者の違いは明らかだった。

神々しくどこまでも力強い光を放つラカンに対して、シモンの放つ光は禍々しく心の冷たさを感じた。

そして絶望の光を放つシモンが宙に浮かぶ。その光はやがて螺旋の渦となり、徐々に形を変えいく。

やがて巨大な螺旋の渦はシモン自身を包み込み、ラカンの体の何倍もある巨大なドリルそのものとなった。

しかしラカンも負けてはいない。


(甘えよ・・・力任せのパワー勝負で俺に勝てる奴なんざ居ねえ!)


地響きが起こるほどに高められた気の全てを拳一つに込める。

まるで大気の全てがラカンを中心に渦巻いているように見えた。

その最強の一撃を鋭く尖って自分を貫こうとしているドリル目掛けて開放する。



「カテドラル・・・」



「ラカン・・・」




互いに相手を打ち滅ぼそうとする力が叫びと共に解き放たれる。



「「インパクトォォーーーッ!!!」」



放たれるのは魔法世界全体をも震えさせていると思えるほどの技同士がぶつかりあった。

赤き輝きを放つドリルと地上最強の拳のぶつかり合いは大陸に衝撃を与えていく。

ラカンも歯を少し食いしばる。全力の一撃は久しぶりだった。


「俺の本気を一撃でも出させたんだ、それなりには認めてやるよ・・・でもな! 飲み込まれるヘタレなんか相手じゃねえ!!」


ラカンの全力が拳を伝わり徐々に威力を増していく。その拳はシモンのドリルに亀裂を走らせ、確実に押し返していく。

しかし絶望に飲み込まれたシモンは構わずに絶望を叫ぶ。



「・・・・・・これが・・・・俺の・・・螺旋族の滅びへの・・・み・・・・」



突き進むはずのドリルはやがて回転を止め、僅かな亀裂が全身に走っていく。

しかしこの時両者は気づいていなかった。

シモンの体を螺旋の渦が包みきる前に、一匹の勇敢なブタモグラが渦の中に飛び込んでいたのだった。


「ブミュウウウウウ!!!」


螺旋の渦に身を包むシモンに、螺旋力を身に纏ったブータが体当たりをする。

かつて道に迷ったシモンを殴ったカミナほどとは言わないが、それでもブータは己の全力の体当たりをシモンの胸に目掛けて飛び込んだ。

そしてブータの体当たりは、シモンの首から提げられている指輪にぶつかった。


「!?」


シモンの視界にブータと指輪が入った。

その指輪が、シモンの脳裏に何かを焼き付けた。

それは自分が忘れてしまった、絶対に忘れてはいけなかったはずのものを予感させた。

その瞬間、禍々しき光で包まれるシモンの心の世界に指輪から放たれる優しい光が広がったように感じた。


そしてシモンは、何かを思い出した。


晴れた日に美しき純白のドレスに身を包んだ女。


大切で、とても愛おしく、しかしその身体はまるで花のように散っていく。


そして散りゆく彼女の最後の一言が、シモンが囚われた絶対的絶望から解き放った。





[ばかね、滅びないわ]





「!?」





[そのためにみんな頑張ったんじゃない]





無限の闇が光となった瞬間だった。

頭の中に響くたった一人の優しく温かい女の声が、全ての絶望を否定した。


「あっ・・・・・あ・・・・・・」


口を開いても、なんと発すればいいか分からない。

自身を覆った絶望を力ではなく、たった一言の言葉と微笑みだけで、取り払ってくれた女。


「うう・・・あ・・・あ・・・うっ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


記憶喪失だろうと関係ない。今すぐにでも女の名を呼び、この手で抱きしめたかった。しかしどうしても名を呼ぶことが出来ない。

だが、闇を光で照らした女に向けて、シモンは無我夢中で手を伸ばした。

その瞬間、身に纏った赤き螺旋の渦が砕け散った。


「砕いた!」


その時、外からラカンの声が聞こえてきた。

それはシモンの技に亀裂を入れたのは自分自身だと思っていたからである。

だからラカンは気づいていなかった。



「終わりだァ! って・・・・なっ、・・・・なんだとッ!?」



ドリルはラカンの拳で砕けたのではない。

絶望で覆われた殻をシモンが自らの意思で砕いたのだ。



「愛しき者の意志を受け取り・・・・」



そして砕け散ったドリルの中から、再びシモンの緑色に輝く螺旋の光と、巨大なドリルがあった。



「無限の絶望・・・・希望に変える超銀河ァ!」



叫ぶシモンの両目からとめどなく涙が流れながらも、シモンは己のドリルを掲げ、肩にはブータが乗っていた。


「ど、どうなってやがる!? あの赤い光が取り込まれただと!?」


シモンの記憶の中の女の一言がキッカケとなり、全ての赤き絶望の螺旋の力をシモンの螺旋力に変換した。

抱いた絶望の分だけ緑色に輝くシモンの螺旋力に変換され、シモンの螺旋力は増大した。


「ぶーむッ!」


ブータはこの力を確信していた。

それは麻帆良学園の学園祭で行われた武道大会でネギと戦った時と同じ雰囲気だった。

あの時シモンに新たな力をくれたのは、かつての大戦で散った大グレン団たちの魂の集い。

だが、仲間たちの魂が眠ったコアドリルはここにはない。

しかしシモンの胸にはヴィラルが餞別で渡してくれた遥か昔の螺旋族たちのコアドリルがある。

かつて宇宙の命運に抗おうとして散っていた螺旋族の無念の魂。その絶望は、記憶を無くしたとはいえシモンを飲み込んでしまうほどだった。

しかしたった今、シモンの過去の記憶に出てきた一人の女の言葉が、全ての絶望を逆に取り込んで、シモンに新たな力を与えてくれた。


シモンを救った女、それこそがシモンが愛したニア・テッペリン。


死してもなお、シモンの背中と胸の中に一つになって生き続け、生前と同じように、今またシモンを救ってくれたのだ。


やがてラカンが砕いたと思っていた赤き螺旋の渦の残骸も、シモンの掲げるドリルに取り込まれた。

シモンの頭の中で見せられたた遥か昔の絶望も、砕け散った絶望も、一つ残らず取り込んで、より大きなドリルへと進化した。


「はあ、はあ・・・・あの子は・・・・この胸の温かさと切なさは・・・・・」


流れる涙は止まらない。

この戦いの中でシモンの頭の中にはいくつかのキーワードが生まれた。

スパイラルネメシス、螺旋族、螺旋力、アンチスパイラル、そして今のシモンのように絶望に飲み込まれたロージェノムという男。

この全ての言葉が、シモンに螺旋の力と破滅への道を教えた。

そして螺旋の力が宇宙を滅ぼす映像を見せられたのだ。飛びぬけた螺旋力を持つシモンがロージェノムのように真実だと確信してしまうのは仕方がなかった。

しかしシモン自身の記憶に出てきた女は、滅びないと笑顔で告げてくれた。

何故なのかは分からない。

しかしアンチスパイラルが見せた宇宙の行く末の映像よりも、何故か女の言葉のほうをシモンは信じることが出来た。


(アンチスパイラル・・・奴らが言っていたスパイラルネメシスは真実だ・・・俺には分かる・・・・でも・・・・真実はそれだけじゃない! あの子が言った言葉も・・・・真実だ!)


願望でも期待でもない、女の言葉に嘘は無いとシモンは何故か確信出来た。

だからこそ、女のことを思い出せない自分自身に涙を流した。



「なんて事を忘れているんだ俺は・・・・でも、・・・でも! 君の言葉を・・・・俺は信じる!!」


シモンは涙を流しながら、ゴーグルを装着する。その瞬間ゴーグルが星型のサングラスへと進化した。


「シモン!? ブータ!?」


場を覆いつくしていた禍々しき光は去った。再び緑色の美しい螺旋の光を放つシモンにサラは目を輝かせる。

そしてラカンはため息をつきながらも、うれしそうに口元を吊り上げた。


「ふう・・・・結局そうなんのかい? よく分からない奴だぜ・・・。飲み込まれたと思ったら、逆に飲み込んだってか?」


絶望に飲み込まれたと思った男は、少しの間を置いて、元に戻るどころか、余計に眩しく真っ直ぐな魂を掲げて戻ってきた。


「男じゃねえか、・・・テメエ!」


最早興味が尽きなかった。


「ったく、またしても俺様の見立てを裏切りやがった。俺の失望を引っくり返すとは、やるじゃねえか」


この瞬間のラカンの頭の中にはサラもその父親も、もう直ぐこの世界に来る親友の息子のことも忘れていた。

ことごとく自分の想像を外していくシモンのことだけしか見ていなかった。


「確か・・・嬢ちゃんが言ってたお前の名前は・・・シモン・・・だったか? よし、上等だ! 来やがれ、シモン!!!」


ラカンが初めてシモンの名を叫んだ。

それがこの男なりの戦いの礼儀でもあった。その後ラカンは高らかに大笑いをしながら真っ直ぐシモンに向かっていった。

対するシモンは返事をする事も頷くこともしない。

ただ、言葉ではなくラカンの期待にシモンは力で見せる。




「超銀河ギガドリルブレイクゥッ!!!」




「はっはははははは!! 銀河を貫くドリルってか? だが、この最強無敵の俺様を貫けるのかッ?」




シモンは流れる涙を振り払いながらその手に掲げる超絶怒涛級の超螺旋を、最強の壁にぶつける。




「銀河じゃねえ! 誰かが言っていた! これが天をも貫く俺の螺旋の力だァーーー!!」




「ガァッハハハハハハハハ!!! 最高だぜ、面白え! 受けてやるから試してみやがれ!!」




魔法世界に二人の戦士の魂が輝いた。


決して歴史で語られることのない伝説級の戦いの立会人は一人の賞金首と一匹の小動物のみだった。


気づけば朝日が世界を照らしていた。


これがシモンとラカンのファーストコンタクトだった。



















「いやあ、逃がしちまったか、リカードの野郎に謝んなくちゃいけねえな。まさかこの俺様が獲物をみすみす逃がすとはな」


荒れ果てた荒野の瓦礫の上で、ラカンは貫かれた腹を押さえながら苦笑した。


「にしてもだ・・・あの野郎はどうなったのか・・・まっ、死んでねえだろうけどな」


ラカンは辺りをグルッと見渡す。

戦いの爪跡を残す大地は、さきほどまでとは一変して静まり返っていた。

そしてそこにシモンはいない。サラもブータも見当たらなくなっていた。

依頼を受けたラカンとしては、ここでサラを逃すわけには行かなかったのだが、自分の体がこれ以上動かなかった。


「ったくよ~、人の体にデカデカと穴空けやがって。本当にぶっ飛んだ野郎だぜ。油断して手を抜きすぎたな・・・ハナからガチでやりゃあよかったぜ。つうか最後の一撃は避けた方が良かったな」


しかし笑みが耐えなかった。

犯罪者を逃し、自身は深手を負ったというのに、今のラカンの気持ちは久しぶりに満たされているような気がした。

戦いでしか生きられぬ自分の心を満たしてくれる相手が、かつての自分の友以外にいるとは思って居なかった。

だからこそこの状況に彼は自然と笑ってしまった。

しかしラカンは急に大切なことを思い出して途端に青ざめる。


「くっくっくっ、・・・・ってヤベエ!? たしか明日辺りにナギの息子が来やがるんだった・・・・タカミチに迎えに来てくれって言われてたのすっかり忘れてたぜ・・・。う~む、いかに無敵の俺様といえどもこんだけデカイ穴を腹に開けられたままメガロメセンブリアなんて遠いとこ行けねえわな・・・・」


顎に手を置き悩むラカン。だが、それも一瞬で終わった。


「だっはっはっは、仕方ねえ。遠くてダリーから約束すっぽかしたってことにしとくか!」


とても軽い気持ちで親友の息子の出迎えをサボってしまうラカン。

しかしこの時ラカンがネギたちを迎えに行かなかった、というより行けなくなったことがキッカケでネギたちの魔法世界の旅は果てしなく困難になることを、ラカンは知らない。

それどころか知っても開き直ってしまうぐらいである。

とにかく今は、自分の腹に風穴に空けた男で頭の中は一杯だった。


「俺にこんな言い訳考えさせたんだ。次があったらマジで本気を出してやるよ。そん時まとめて返すぜ、シモン!!」


既にこの場にいない新たに任命したライバルに向けて、ラカンは致命傷の傷を負いながらも楽しそうにケラケラと笑った。






翌日、二人の男の戦いが繰り広げられた地より南の都市に事件が起こることになる。




魔法世界全体の地理で言えば西方の辺境の地。


そこは自由交易都市グラニクス。


首都から遠く離れた辺境のこの地では、定められた法律内の事なら、如何なる事も許されていた。

故にそれほど治安の良い場所ではない。


その地で今、一匹のメイド服を着た熊のような獣人が大声を張り上げて、鶏の頭のように髪を逆立たせたチンピラのような男を殴り飛ばしていた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! なんで俺がそんなことすんだよ? 俺には拳闘の仕事が・・・・」


「口答えすんじゃないよ、穀潰しがーッ!! どうせアンタは大して戦わないだろうがーッ!」


「いっ、いってえ!? 殴ることはないだろママ!」


「どうせ暇なんだろ! だったら少しぐらい手伝ったらどうだい!」


辺境とはいえ交易により発展したこの地は、大都市といっても過言ではないほど国が活性化されていた。

行き交う人々、中には辺境の地ゆえに犯罪者も賞金首もいるだろう。

そしてこの国には現実世界とは異なる制度があった。


「だからって何で俺が新しい奴隷を見張らなきゃいけないんだよ?」


「急なことだったから予備の奴隷用の首輪が無いそうなんだよ。明日の昼には新しいのが出来るから、それが出来るまでに逃げないようアンタが見張っときな!」


「けっ・・・メンドクセー、なんで俺が、んな事としなくちゃいけねんだよ。他の奴隷にでもやらせとけよな・・・・。大体俺じゃなくて奴隷長のママが・・・・」


「ガタガタ言ってんじゃないよ、トサカ!! そろそろ拳闘の興行があるから客がバンバン入って忙しくなるんだよ! アンタも少しぐらい働きな!」


それは奴隷という制度、そして奴隷商業が法的に認められている地でもあった。

この辺境の地が繁栄する要素はいくつかある。

まず始めに最初に述べたように交易。そして次に拳闘の仕事である。この都市にはいくつもの闘技場があり、何人もの戦士たちが戦い報酬を貰う。そのためにこの地には腕に自信のあるものなどが行き交っている。

そしてもう一つが奴隷商業である。

そしてこの熊のメイドは全ての奴隷を統括する奴隷長という役割についていた。そしてその権限と迫力は並みの者では太刀打ちできぬほどのものである。現役の拳闘士であるチンピラの様な男でも、彼女にだけは頭が上がらなかった。


「ほら、新しい奴隷は部屋にいるからさっさと行って来な!!」


「ああ~~っ、くそっ! わかったよ、やりゃあいいんだろ! その代わり首輪が出来たらソッコーでやめるからな!」


チンピラ拳闘士のトサカは舌打ちをしながらしぶしぶと承諾した。

言われた仕事は荒野で奴隷商人たちがつれてきた二人の男と女である。

数時間前どういうわけか瀕死の重症を負っている男をカメ型のメカで運んでいた少女が出会った商人たちに助けを求めた。

そして商人たちは親切にも男に最高級の魔法薬を後払いで売り、男は意識だけは取り戻さないものの、何とか重大な危機を乗り越えた。

安堵の息をもらす少女。しかし彼女に最高級と言われる魔法薬の返済能力は当然無かった。

ゆえに借金の契約を結び、二人はこの地に連れてこられたのである。

トサカの仕事は奴隷を拘束し反逆しないための首輪が出来るまで、二人を見張っていることだった。


「おいっ! 入るぞ!」


やがてトサカはとある部屋の一室の扉を勝手に開けた。

すると中にはベッドで静かに眠る男と、その隣で心配そうに顔を舐める小動物。そして男の傍で看病している少女が振り返り、トサカに睨みつけてきた。


「だ、誰だよ!?」


「あ~ん? お前が新しい奴隷か? そんでそこに寝ている男もか? お前ら二人何をやったんだ?」


「・・・ふん、・・・」


睨みつけられたのが癇に障ったのか、トサカは乱暴な口調で睨み返す。しかし少女は微塵も怯まなかった。


「テメエ、奴隷の分際で何睨んでやがる! 立場がわかってねえのかよ」


「うるせえ! 首輪が付けられるまではまだ奴隷じゃねえやい! 契約もそうなってんだろ?」


「あ~ん!? てめえ・・・・・・ん?」


少女の荒々しい言葉に血が上ったとトサカだったが、少女の顔を見た瞬間冷静になり、顎に手を置き少女の顔をマジマジと見る。


「テメエのツラ・・・どっかで・・・・・」


「うっ!?」


「あっ!」


少女が慌てて顔を逸らすが既に遅かった。トサカは少女の正体に気づいてしまった。


「テメエ確か賞金首のサラ・マク・・・何とかって奴じゃねえか!」


「ちっ」


素性を知られたサラは舌打ちしながらトサカを睨むが。今度はトサカがニヤリと口元を吊り上げた。


「はっ、こいつはいいぜ。テメエ密入国一家の娘かよ! このまま首都に叩き出してやると言いてえところだが・・・」


「・・・んだよ・・・・」


「へっ、テメエにはここで従順に借金分働いてもらうぜ! 俺の言うことは何でも聞いてもらうぜ! くっくっく、もし逃げようとしても反抗しようとしても通報するぜ? 分かったか!!」


「こ、この野郎!?」


「あっ? なんだよ、逆らうってか? 通報されても良いのかよ?」


「くっ・・・・・」


「ひゃっはは、精々死ぬほど働いてから監獄行きやがれ!」


サラは殴ってしまいそうな拳を懸命に堪えながらも、トサカの命令に従うしかなかった。

たしかに通報されるわけには行かない。しかし首輪が無い今こそ絶好の逃げる機会でもある。

だが、サラは今ここで逃げ出すわけには行かなかった。


「おい、仕事はしてやるよ。命令は聞いてやる・・・でも・・・こいつは・・・・シモンは本当に助かるんだよな!?」


サラがここを離れない理由。それはベッドの上で寝かされているシモンのことだった。

今のシモンには安静と介護が絶対不可欠である。

もしサラ一人なら逃げ出すことは出来るかもしれない。しかしそのためにはシモンを置いていかなければならない。

それがサラには出来なかったのである。


「さ~な。だが貴重な奴隷を死なせるようなことはしねえだろうよ。まっ、その分てめえらには働いてもらうがよ」


「・・・・分かってるよ・・・・でも、こいつは本当に死にかけだったんだ。目を覚ましてもしばらくは働けねんだ。それまでは私がコイツの分も働くからそれでいいだろ?」


シモンの前に立ちながらサラはトサカに告げる。その真っ直ぐな目は、先ほど自分を睨みつけた敵意のある目よりも、ひねくれたトサカには気に食わなかった。

トサカは舌打ちしながら振り返り、扉の外へ出た。


「ああ、好きにしな。その代わり借金分働くまで逃がさねーぜ?」


それだけを言い残して、狭い部屋の扉はガタンと閉められ外側から鍵を掛けられた。
まるで檻の中のような感じである。

そしてサラは一度深呼吸をして、トサカの気配が無くなったのを確認した後、扉に向けて舌を出して声を張り上げる。


「へん、バーカ! オマエの思い通りになんかなるかよーッ」


閉まった扉に向けてサラはアカンベーをする。


「ぶっ・・・ぶむ?」


「ふん、安心しろよブータ。幸い首輪が届くのは明日って言ってた。明日までシモンを休ませて、そっから逃げるぞ! こんなとこで奴隷になんかなってたまっかよ!」


拳を握り締め、サラは頼もしく告げる。ブータもその言葉に頷いた。

そしてサラは再びベッドに近づき、シモンの顔を覗き込む。薬が本当に高価なものだったか知らないが、よく効いているのは本当のようである。息も安定して顔色も悪くない。


「頼むぜ~。メカタマは今、外で充電中だ。明日にはきっと動くようになってるはずだ。でも、お前が目を覚ましてくんなきゃ、ここを離れるわけにも行かねんだよ」


メカタマは多少壊れているものの動かないほどではない。

飛ぶことは出来ないだろうが、逃げ出す時の役に立つはずである。しかしその計画も、シモンが無事に目を覚まさない限り実行できないのである。

意識の無いシモンを担いで逃げ出しても良いが、ここは辺境の都市である。ゆえにここから離れると医療技術の整った街を次に見つけるには相当時間が掛かるだろう。

心配ないと言われているが、本当にシモンが目を覚まして後は医者の心配がないとハッキリ分かってから、サラはシモンとブータと一緒に逃げ出したかった。

それが彼女なりの恩返しだった。


「あ~あ、お前がケータロみたいに不死身で直ぐに怪我が治ればこんな心配しないんだけどな~」


サラは寝ているシモンの鼻の頭をツンツンと指でつきながら呟いた。そしてもう一度ため息をつく。


「シモン・・・・お前は一体誰なんだよ・・・・・。バカみたいな奴で・・・・賞金首の私を信じて見逃すようなバカで・・・、見逃すために本当に命を賭けるバカで・・・・怖いと思ったら・・・急にチョットだけカッコいいバカで・・・」


出会ってまだ僅かの関係である。

多少心の痛みさえ抑えれば見捨てていくという選択肢も無くは無い。しかし心の痛みが既に多少で済まなくなったために、サラはこうしてシモンを見捨てずに傍に居た。


「パパ・・・はるか・・・ゴメン・・・・ちょっと遅れるよ。このバカに助けられた借りを返さなくちゃいけないんだ・・・・」


今日は色々ありすぎた。

サラの身体も相当疲れていた。しかし彼女は自らの意思ではなく、身体が強制的に目を閉じて眠りに落ちるまでずっとシモンの傍で看病を続けていた。








「ケッ、生意気なガキだぜ。まあその分いびってやるがな」


部屋から出たトサカはサラの態度が気に食わず、イライラしている様子である。首輪が出来たらどのように苛めるかを今から考えていた。

だが、その思考が途中で遮られた。


「大変だぜ、トサカの兄貴!?」


「あん? 何だテメエらゾロゾロと?」


数人のチンピラが少し焦った表情でトサカに駆け寄ってきた。恐らくトサカの子分のような存在だろう。


「今・・・今ニュースで世界各所のゲートポートが同時に魔力暴走で全部壊れちまったってよ!?」


「あん?」


ゲート、それは魔法世界と現実世界を繋ぐ橋のような存在である。その橋が全て壊れたということは、こちらの世界と現実世界を行き来する手段を完全に絶たれたということである。


「犯人はまだ公表されていないが、テロリストの犯行って噂が流れてるぜ」


「しかも完全に破壊されてるらしいから、数年はゲートも使えないってよ」


まるでテロのようなこの事件は魔法世界の大事件として取り扱われることになるが、トサカは大して興味のなさそうな顔である。


「はん、別にゲートが壊れようが俺らには関係ねえだろうが」


「えっ、・・・あっ・・・いや・・・そうだがよ・・・」


「だったらくだらねえことで呼び止めんじゃねえよ。俺は明日からどうやってあの新しい奴隷をコキ使うかしか考えてねえよ」


それだけを言い残してトサカは子分たちに背を向けて立ち去った。

子分が知らせた事件が自分にも関わることになるとも知らずに。

そしてこの事がキッカケで、彼の人生は大きく変わることになるのを、まだトサカは知らなかった。










「くっ、・・・・俺は・・・・生きているのか? っつう、・・・あの男は?・・・ここは?・・・ブータ?・・・サラ?」


目覚めた場所は薄暗く狭い部屋のベッドの上だった。

見渡してみると自分の隣にはブータ。そしてベッドの傍にある椅子でサラが寝息を立てていた。


「そっか・・・お前が看病してくれたんだな・・・・・逃げるチャンスだったってのに。口は悪いけど、結構いい奴なのかもな」


サラもそれなりに疲れているであろうに、自分を看病していてくれたと分かり、意地の悪い少女の優しさに思わず笑みが零れてしまった。


「それにしても・・・・痛っ・・・ふう、・・・・もうあんな化け物とは二度と戦いたくないや・・・・」


シモンはガタガタの身体を引きずりながら、サラを起こさないようにサラの肩に毛布を掛け、窓の外を見る。

そこにあるのはアリアドネーよりも遥かに発展した都市があった。

既に空は暗く、夜を回っているのに街の中で未だに光る明かりが大都市である証明をしているように見えた。


「まったく・・・これだけ大きな都市なのにまったく心当たりがないや。俺はどれだけコレットの魔法で忘れちゃったんだ?」


またしてもまったく心当たりの無い土地の光景を見せられ、シモンは少しため息をついた。


「でも、忘れていたものは少しだけ思い出せたな・・・・スパイラルネメシス・・・・螺旋族・・・・螺旋力・・・そして、アンチスパイラル・・・それにロージェノムとか言う男・・・あの男、絶対にどこかで会ったことがある・・・それにアンチスパイラルとかいう奴の声も・・・どこかで・・・」


シモンは胸元にあるコアドリルを弄ってみる。その用途が何なのかを思い出せないが、この小さいものが、自分自身を左右させた。重くズッシリした感触を確かめながら、シモンはコアドリルを強く握る。

しかし視線は直ぐに隣に移る。

コアドリルと同じように首から提げた指輪だ。


「だが、宇宙の崩壊や人類の罪よりまず・・・・この子だな・・・・」


そう言ってシモンは部屋にかかっている自分のコートに手を伸ばす。そしてアリアドネーで見た胸元のポケットにしまわれた一枚の写真を取り出し、眺める。

自分の腕に手を絡ませて微笑む女。それは間違いなく、ラカンとの戦いで自分を救ってくれた女だった。



「・・・俺を襲った絶望なんかアッサリと消してくれた・・・・心がとても温かくなる・・・・でも、切なくもなる・・・」



絶望に取り込まれた自分を助けてくれた女。

美しい微笑とたった一言で暴走した自分の目を覚まさせてくれた。

いかにこの写真に写る女が自分にとってかけがえの無い人なのかが分かる。

だからこそこの胸を襲う切なさと、意識の中で微笑みかける女に手を伸ばした時、砕け散った光景だけでシモンは全てを理解した。



「そうか・・・・君は・・・・・もう・・・・・この世に居ないんだな・・・・・」



本当に大切で、愛していたから分かるのだろう。

シモンは直感的にこの女が既にこの世に居ないことを理解した。

そしてもう一つ分かった。

胸を襲う切なさは女が既にこの世に居ないからではない。

そんなことすら忘れている自分自身が悲しかったのである。

だからこそシモンは写真を胸の中で強く抱きしめ、約束する。


「ふう、・・・破滅への道か・・・・・君が何を根拠に滅びないと言ったのかはまだ分からないけど、・・・・でも・・・・これだけは約束する。俺がこれから進む道が破滅かどうかは分からない。でも、君の事は・・・・君だけは・・・絶対に直ぐに思い出すよ」


たとえこれから先に何が起ころうとも、それだけは絶対に譲れなかった。部屋の片隅でシモンはいつまでも失った女の写真を抱きしめて心に誓った。




新たに誓ったシモン。


そして次の日シモンは、この世界の法に抗う。
最終更新:2011年05月12日 14:26
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