第九十一話 細かいことは抜きにしないか? 投稿者:兄貴 投稿日:09/08/06-13:59 No.4108
シモンが木乃香たちと再会したころ、夜も遅くなり閉店間際となり客も減った屋外レストランで、馬車馬のごとく働いた亜子たちが、ようやく一息ついて、先ほどテレビで登場した男について語っていた。
「それにしても、シモンさんも居たとは・・・・だったら学園祭での力も、作り物ではなく本物・・・」
「せやけどよかったな~。きっと桜咲さんや木乃香も喜んでるんちゃう?」
「うん、それに~、シモンさってコジロー君より頼りになりそうだし♪」
「ああ~ん、なんやてー!?」
「うっそ、冗談冗談!」
亜子たちはそれほどシモンと係わり合いがあったわけではない。修学旅行でも学園祭でも特に話をしたわけでもない。だが、それでも学園祭ではいつも話題の中心に居たのを覚えている。そしてネギたちが心の底から尊敬していることも普段の学校生活でも分かっていた。
だからこそ、このような状況で、頼りになる男が現れたことがとても心強かった。
「けっ、・・・・まさか・・・野郎とお前らが知り合いとはよ・・・」
「世間も狭いさね~」
談笑している小太郎たちの輪に、仕事を終えた奴隷長とトサカが現れた。
「おお、たしかにシモンの兄ちゃんがトサカと知り合いやったとは驚きやな~。にしてもトサカも早う言えや」
「ふん、うるせえよ。大体俺はあの野郎が嫌いなんだよ。話題にも出したくねえ・・・」
そう言ってトサカはかなり不機嫌そうな顔になり、小太郎たちに背を向けて出かけようとする。
その後姿は何かにイラついているようだった。
「お、おいトサカ、どこ行くんや? 知り合いやったらお前も・・・・」
「ムカついたから少し飲んで来るんだよ! 大体あの野郎に用事なんかねえんだよ!」
「あ・・・おいっ!」
「ったく・・・素直じゃないさね~」
トサカは気分を悪くして、早足でその場から立ち去った。
後ろから小太郎や亜子たちが何かを言っているようだったが、シモンの話題は聞きたくなかったらしく、無視して街中へと消えていった。
「おい、なんでアイツシモンの兄ちゃん嫌っとるんや? 熱くておもろい兄ちゃんやないか?」
「ええ、・・・それに彼の友の何とか団と言う方々も面白い人達だったな・・・」
「ああ~、裕奈と一緒にアキラも学園祭の最終日のロボット対決で勧誘されてた奴やろ?」
付き合いは浅いものの、シモンという人間がそれほどまでに毛嫌いされる理由が分からず小太郎たちもトサカの態度に首を傾げたが、奴隷長は溜息をつきながらトサカの背中を眺めていた。
「まっ、気にすること無いさね。トサカの奴も、意地になってるだけさね。あの男を認めちまったら・・・自分が惨めに思えてくるんだろうね・・・」
「あん? なんや・・・トサカと兄ちゃんたちの間に何があったんや?」
「ふん、まっ・・・大の男が気にする必要のない些細なことだよ」
そう言って奴隷長は少し溜息をつきながらトサカの背中を目で追いかけていた。
「けっ、・・・・気に食わねえ・・・なんでまたあの野郎が居やがるんだよ・・・」
トサカは夜のオスティアの街をぶらついてた。夜も遅く、店もだんだん閉まっていくにもかかわらず、まだ多くの人が出歩いていた。
もうすぐ始まる祭り本番の準備か、もしくは今から興奮しているのかは分からないが、皆浮かれていた。それが逆にトサカを更にイラつかせた。
「おもしろくねえ・・・・野郎に出会ってから、奴隷にもナメられるし・・・ついてねえぜ・・・・」
以前ならもっと亜子たちをヒドイ扱いに出来たはずだ。小太郎たちに対してももっと色々な扱いを出来たはずだ。しかし最近それが出来なくなった。
自分で自分をクズだと認めているにもかかわらず、何かしようとするたびにシモンがチラついて、ひねくれた性格はそのままだが、曲がったことが出来なくなってしまった。
自分も変われるかもしれない。住む世界の違う人間の光が眩しく、自分にも何かが出来るのではないかと一瞬思ってしまったこともある。
しかし強すぎる光は眩しすぎて目に毒になるときもある。トサカにとってのシモンは正にそれだった。
何の前触れもなく見せられた光を直視できずに、未だにシモンを認めることが出来なかった。
そんなイライラをどこにもぶつけること出来ずに街中を当てもなく歩いていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「かっかっか、荒れてんじゃねえか? トサカぁ」
「あん? ・・・・てめは・・・ラオ・・・」
振り向いたトサカの前には虎の顔と毛並みに覆われた獣人の男が立っていた。
その名はラオ・バイロン。そして肩には小さな妖精、ラン・フォアが居た。
このコンビは拳闘家の間でもベテランの戦士として名を馳せている者たちであり、グラニクスに居た時からトサカや奴隷長、そしてトサカの兄貴分のバルガスとも顔見知りだった。
「つうか、テメエは何で居やがるんだ? 俺はナギとコジローの拳闘団としての仕事があるから来たが、テメエは二人に負けて大会には出場できねえだろーが」
「ぐっ・・・いいじゃねえか祭りを楽しむだけでもよ・・・・」
「けっ、んな風に日和ってるから、新人なんかに負けんだよ」
トサカの言葉に少し傷ついたらしく、ラオは少し肩を落とした。
本来ベテランとして有名なラオたちは、このナギ・スプリングフィールド杯の参加者として有力候補だったのだが、地区大会でデビュー戦のナギ・コジローペアにアッサリと破れ、そのまま大会参加を逃してしまったのである。
「ぐっ、痛いところを突きやがるな・・・・まあ、お前も最近丸くなったと噂を聞いたが、口はトゲが残ったままだな・・・」
「ふん、うるせえよ~。んで、何のようだ? 祭りで声を掛けられるほど、俺たちは仲良くもねえだろ?」
「おいおいおい、仮にも同業者に冷たいんじゃねえか?」
「ああ~~ん? 大体テメエらがアッサリ予選で負けるから、俺たちはナギたちにくっ付いてワザワザここまで来ることになったんだろうが。ベテランが聞いて呆れるぜ! なあ? 大戦期の戦士、虎口のラオよ?」
「そ、そこまで言わなくても・・・」
一貫して態度の悪いトサカにラオは苦笑せざるをえなかった。そして取り付く間もないトサカの嫌悪感を察して、用件だけを早々と言うことにした。
どうやら彼は、ただ声を掛けただけではないようだ。
「ったく。そ~と~イラついてやがんな・・・まあいい、本当はバルガスに用事があったんだが、お前でいいか・・・」
「あん?」
ラオは軽く咳払いをして本題に入った。
「ちょっと・・・儲け話に誘われてな。各地の拳闘団たちも抱き込んで、大仕事をやらかそうって話だ。・・・お前らはどうする?」
「ああ? 儲け話だぁ~? いきなり胡散癖えな・・・主催者は誰だ?」
「テメエも知ってる奴らだよ・・・・黒い猟犬(カニス・ニゲル)だ・・・」
ラオの口から出た言葉にトサカは顔色を変えた。
「は、はあ!? あの猟犬共だと!?」
「黒い猟犬(カニス・ニゲル)」 その名をトサカは当然知っていた。悪い噂しか聞いたことの無い賞金稼ぎ結社である。
だからこそ、胡散臭さよりも危険な匂いしかしなかった。
「バカかテメエは! 残虐非道の賞金稼ぎ共と組んで儲け話もクソもねえだろうが! どーせ、後で騙されんのがオチだぜ」
「まあ、そーなんだがよ、生業はともかくとして、別に犯罪者なわけじゃねえ。その犯罪者を捕まえる組織だ。ガラが悪いのは俺らも同じだろーがよ」
しかしトサカは首を横に振った。
「どーでもいいんだよ、んなことはよォ・・・・大体俺はテメエみてえに暇じゃねえんだよ、俺も兄貴もナギたちの所為で拳闘団の仕事がある。悪いが、そんなアブねえ誘いはお断りだぜ」
考える間もなくラオの誘いをトサカはケリ、ラオも残念そうに肩を竦めた。
「かっ~~、つまんねーなー、今色々な拳闘団に話が回ってるってのによ~。俺のように大会に出場していない古参の拳闘士の間じゃあこの話で持ちきりだぜ? 何でも大物捕らえるために、俺らの手を貸して欲しいそうだぜ?」
「はん、興味ねえよ・・・俺はもう、んなデカイ話も儲け話も興味ねえ・・・・・・地べたを這いずり回るクズらしく・・・・一発狙わねえで、セコク稼いでいくだけさ・・・・・」
「お・・・おお・・・卑屈さまで出てくるとは相当重症だな・・・・まあ・・・いいけどよ・・・」
ラオもトサカを無理に誘うことはせず、諦めてそれ以上言うのはやめた。どうやらこれ以上言ってもトサカは動かないと判断したようだ。
「まあ、いいぜ。俺は一発狙いに行ってくる。大会出れないんじゃ暇だからな。騙されたと思って行ってくるぜ。気が変わったら連絡しな」
ラオはそう言って、トサカに告げて背を向け、夜の街へと姿を消していった。
ラオが何の儲け話に誘われたのかトサカには分からない。しかし黒い猟犬(カニス・ニゲル)という組織が関わるのならばあまり良い予感はしなかった。
少しラオの話しも気になりもしたが、今のトサカはシモンや亜子たちに対するイラつきが頭の中で優先され、結局ラオの話の中身を知らぬまま、またオスティアの夜をぶらつき始めたのだった。
そして夜遅くになってもいつまでも明かりがと灯り、騒がしい声が一つの店から聞こえてきた。
「そんでな~、シモンさんは別れ際に、今度ウチと会ったらお嫁さんにしてくれる~、て約束してくれたんや~」
「・・・・えっ!?」
「はあああッ!? それほんとかよっシモン!?」
「こ~ら! 木乃香ったら、記憶を捏造しないの!?」
「ぶ~、でも似たようなことは約束してくれたえ?」
「紛らわしいんだよーーッ!!」
店内はまるで貸し切り状態だった。
10人近くの客が女性中心となり一人の男を囲み、まるで店内は宴会状態だった。
まだ子供のネギやアスナ達は全員酒を飲んでいないはずなのだが、異様にテンションが高く、シモンの過去話で大盛り上がりだった。
「あ~、びっくりした~・・・・本当かと思って一瞬焦っちゃったよ・・・・」
途中何度か都合のいい記憶の書き換えをイタズラ心でやろうとした木乃香だが、どれもが本当だと言われてもおかしくなかっただけに、シモンも何度も焦ったりしていた。
するとシモンのホッとした態度に少しムッと来たのか、木乃香は頬を膨らませた。ちなみに十人以上の宴会なのだが、木乃香はしっかりとシモンの隣の席をキープしていた。
「むむ~~、でも・・・ウチは本気やからな~~」
「うっ、・・・そ、そうだったな・・・え~、えっと・・・・木乃香?」
「ん♪ せやウチは木乃香や♪ そんでな、ウチは本気やも~~ん」
「こ、こら・・・あんまり・・・」
「んん~~♪ スリスリ~~」
シモンの左腕にギューッと力を込めて抱きしめる木乃香。
以前までは手をつなぐことすら出来ずに苦悩していた彼女だが、再会の喜びと、この宴会のテンションで、もはや怖いもの無しでシモンに甘えていた。
「て、・・・シモン!? お前、何デレデレしてんだよッ!?」
向かいからテーブルに片足を載せて、シモンの胸倉をサラが掴んできた。
「ち、ちが・・・別に俺は・・・・」
「・・・・違いません」
慌てて否定しようとしたシモンだが、その前に隣から否定された。
それは刹那だった。
木乃香とは逆の位置でシモンの隣をしっかりキープした彼女は、少しすねた顔をしながら、恥ずかしさに負けず、テンションに身を任せて、シモンのもう片方の腕に自分の腕を絡めた。
「お、・・・おい・・・」
「お、お嬢様ばかりに鼻の下を伸ばしているからです・・・・・」
「う・・・・うん・・・ゴメン・・・」
刹那なりの抗議と対抗心からの精一杯のアプローチに戸惑うシモンだが、またもや怒鳴ってくるサラ。
そしてこの光景を笑いながら見ているネギやアスナ、そしてエミリィもコレットもベアトリクスも居る。
一ヶ月前までは、これほど皆で騒いで笑える日が来るとは思わなかった。
それだけ今日という日は全員にとってはすばらしい日だったかもしれない。
「も~、兄貴ってば罪作りだねーー!」
「・・・・・・・まさか・・・・・・うう、・・・・・こんなことが・・・・」
「委員長、どうしたの? さっきから若干静かじゃない? 参戦しなくていいの?」
「お嬢様?」
コレットたちがシモンを見て笑っている頃、エミリィは何故か落ち込んだ様子でブツブツと言っていた。
そしてエミリィは苦悩の表情を見せて立ち上がった。シモンやネギたちも自然と視線をエミリィに向けた。
「ああッ! まさか・・・まさか・・・あの美空さんがシモンさんの妹だったなんて!? なんということでしょう!?」
「「「「「ああ・・・それか・・・・」」」」
「私は・・・・私はどうすればいいのでしょう!? シモンさんが私の宿敵の兄とは知らずに、お付き合いする事に・・・・」
「「「付き合ってない(やろ)(でしょ)(だろ)!!」」」
木乃香たちのツッコミも耳には届いておらず、エミリィは頭を抱えて唸りながら、相当ショックを受けているようだった。
「そうだよね~~、まさか血は繋がっていないとはいえ、あの美空がね~~。それにココネもでしょ?」
「でもたしかに、言われてみれば美空さんの振る舞いは、兄貴さんと似ていたところがありましたね・・・」
「驚いたのはこっちよー! まさか美空ちゃんがあなたたちと会ってたなんて、本当に驚いたわよ!」
「そうですね~、僕も美空さんたちの魔法世界での日程は知りませんでしたけど、まさかアリアドネーに訪問してるとは・・・」
「う~む、世間は狭いでござるな~」
シモンの話をネギたちから聞いている時に、シモンの家族、ココネ、美空の名前が出てきた時には、エミリィたちは大仰天していた。
まさか一ヶ月前に出会った少女がシモンの妹などとはまったく予想できなかったため、この事実は衝撃的だった。
「でも、俺に妹が居たなんてな・・・・コレットに兄貴って呼ばれたときに、ピンと来たはずだ・・・・」
感慨深そうにシモンは美空とココネについて呟いた。
「ほんと~、兄貴は兄貴って呼び方で正解だったんだね~」
「ああッ!? ということは将来・・・あの美空さんが私の妹に・・・・うう~~っ、敗北したままでは威厳が・・・・やはり、再戦して決着を付けなければ・・・」
「も~、エミリィちゃん暴走しすぎや~!」
「そうです、美空さんの義姉になるのは我々です! 私の自作の小説でも、既にそういう設定が・・・・・」
「お前らも、暴走し過ぎだっての!!」
どこまでも大胆で、少し思考のずれた少女たちの争いは続いていた。
そんな光景を見ながら、アスナは苦笑しながら告げる。
「でもさ~、楓ちゃんも言ってたけど、ほんっと世間って狭いわね~~。つい数週間前まではこの世界に知り合いなんて居なかったのに、実は色んなところで縁? って奴が繋がってたわね~」
「はい、僕もそう思います。意外なところに繋がりがあるもんですね~~」
「ふむ、運命・・・という奴かもしれぬでござるな」
ネギたちは少し感慨深そうに告げた。すると・・・
「がっはっは! まあ、お前らの世界に比べれば人口も少ねえから、そんなに意外でもねえんじゃねえか?」
その時横から豪快に挟まれた言葉に一同が顔を向け、一斉に叫んだ。
「「「「「「ラカンさんが一番意外です!!!!」」」」」」」
全員がラカンに向って叫んだ。
「まさか・・・ラカンさんがシモンさんと知り合いだったなんて・・・」
「まあ、メチャクチャッぷりは同じだし、あれじゃない? 似たもの同士?」
「類は友を呼ぶ・・・ですよ」
「ああ~~、まさかナギ様のご友人のラカン様まで現れるとは・・・ああ!? 私はどうすれば・・・」
「お嬢様・・・・・・・・・」
一番驚いたのはラカンとシモンが既に顔見知りということだった。どういう出会いだったかは、サラの要望によりネギたちは知ることは出来なかったが、やはり意外中の意外だった。
しかしシモンとラカンの二人は大して気にしている様子はない。
「ったく・・・・・・・まあ、縁だとか運命だとか、そんな難しいことは分からないけど・・・」
「っだな~、まあ、あれだ!」
「「細かい事は気にするな!」」
「「「「「「細かくないです!?」」」」」」
店内はいつまでたっても大盛り上がりだった。
自分たち以外の客は既に居らず、店の人間が少し困った顔をしていたが、ラカンが問答無用で押し切ってオールをするはめになった。
ネギたちがシモンから聞いたシモンの昔話だけでなく、自分たちとの出会いや、どんなことがあったかなどを、惜しみなく話し、彼らの盛り上がりは朝まで続いたのだった。
「ふわあ~~・・・・ん? ・・・・・」
思いっきり欠伸をしながら体を起こすシモンは、眠い目を擦りながら辺りをキョロキョロと見渡した。
するとそこにはテーブルやソファーに顔を伏せたり寝そべったりしている少女たちがいた。
テーブルの上には呑みかけのグラスなどの残骸が散らかっており、それだけで何があったのかを理解した。
「そっか・・・・昨日あのまま寝ちゃったんだな・・・・しかしこの子達も良くジュースであれだけ盛り上がれたな・・・」
昨晩の無礼講の宴会を思い出して苦笑するシモン。そして皆を起こさないようにソッと立ち上がろうとした。
「よっこら・・・・って・・・あっ・・・・」
しかし無理だった。自分を引っ張る力がそれを遮った。
何故なら自分の手に絡みついた手があったからだ。
「ん・・・・・うん・・・・シモ・・・ン・・・さん・・・ん~・・むにゃむにゃ・・・・」
「あっ・・・・俺の隣で・・・・寝てたのか・・・・」
シモンの手に絡みついた手は木乃香のものだった。シモンの指に自分の指を絡ませながら、彼女は幸せそうに寝息を立てながら深い眠りの中に居た。しかしその手はシモンを放さぬように力強く握られていた。
「ははは、・・・可愛いな~・・・」
寝ている木乃香を見て、心が暖かい気分になり、シモンは思わず微笑んだ。
そしてシモンはまるで大量に絡みついたコードをほどくように、そして慎重に指をすり抜けさせ、シモンは寝ている木乃香を起こさないように手を離す。
ようやく立ち上がれたシモンは自分の隣に寝ていた木乃香を改めて見る。
その表情は本当に穏やかで心地良さそうに寝ている。
自分を好きだと言ってくれた少女。最初は驚いたが、気持ち良いぐらいに開き直ってぶつけてくれる好意は少しうれしかった。
シモンは微笑みながら眠る木乃香にシーツを被せ、汚くなった店内を見渡した。
するとテーブルの上に大の字になって爆睡しているアスナの腰にしがみ付いてスヤスヤと寝ているネギ、そしてイスに座ったまま寝ている楓と、机に突っ伏して寝ている刹那がいた。
賞金首という身の上ながら、実に気が抜けていた。それほどまでに昨晩はうれしく、緊張の糸が解けたのだろうと伺える。
「あれ? コレットたちが・・・・それにサラも・・・・ってそうか・・・夕べ途中で帰ったんだっけ? サラも瀬田さんに連絡しなくちゃいけないってホテルに帰ったんだった・・・・・」
ようやく頭も回るようになり、シモンは一度背伸びをした。
そしてネギたちを起こさないように気を使い、音を立てないように自分のコートを身に纏い、まだ朝靄が掛かる店の外へと出た。
「ふああ~~~あ、しかし昨日は遅くまで騒いだな~。お祭りって本番まで、まだ二日あるのにな~」
本番はまだ先なのに、本番並みの大盛り上がりをしてしまった。
そしてシモンは思い返す。
「それにしても・・・・昨日はいっぱい分かったな・・・・中でも・・・・・」
昨晩ネギたちが教えてくれた、シモンの話を・・・
自分が進んできた道の事を・・・
「カミナ・・・・ヨーコ・・・・グレン団・・・ニア・・・・・そして・・・・グレンラガンか・・・・」
まるで嘘のように壮大な物語に途中、エミリィやサラたちは何度もツッコミを入れていた。
そしてラカンはただおかしそうに笑っているだけだった。
「嘘みたいに凄い話・・・でも・・・・・ピンと来ている・・・・・グレンラガン・・・か・・・」
しかしシモンは信じた。
ネギたちが教えてくれた話で、何かを思い出したわけではないが、言われた言葉の全てを鵜呑みに出来た。
実際に何かを思い出せそうである。
しかしまだ足りなかった。
やはりネギもアスナも以前シモンに口頭で教えられた内容を話すだけで、話の内容がまだまだ欠いている部分があり、それだけでシモンが全てを思い出すまでには至らなかった。
そして何より一番知りたかった情報は手に入らなかったのだ。
シモンはコートの中に手を忍ばせて写真を取り出した。
「・・・ニア・・・・・君について思い出すのはもう少し待っていてくれよ・・・・」
そう、ニアについては結局話題では少ししか出てこなかった。
もうこの世には居ないシモンの最愛の人。その話を聞いたとき、知らなかった面々は悲痛な顔をしていたのを覚えている。
しかしシモンは知っていたためか、予想していたためか、その事は冷静に受け入れることは出来た。
しかし、肝心なことは知ることは出来なかった。
それは当然だった。
何故なら、シモンはニアについて、それだけではなく、まだ多くのことをネギたちには教えていなかったのである。
だからこそ、気になっていた、ロージェノム、そしてアンチスパイラル、スパイラルネメシスについても知ることは出来なかった。
だが、代わりに分かったこともある。
それは少なくとも、自分は魔法世界の人間でないため、今見える空からの光景も、世界の滅亡も、まったく関係ないということだった。
それが分かっただけでも、十分安心できて、シモンは肩の力を抜きながら、朝日が昇ろうとする景色を正面から見える、オスティアの外壁に広がる草原に足を踏み入れた。
するとそこには自分と同じように朝早くに散歩がてらにここに訪れたのか、一人の男が居た。
すると男はシモンの気配に気づいて振り返りながら、朝早くというのに、豪快に笑った。
「ようっ! 早いじゃねえか! 昨晩あれだけ語り明かして、よく起きてられるじゃねえか!」
「お前もそうじゃないか、ラカン」
「俺は話を聞いて、飲んで笑ってただけさ、しっかし、俺の弟子がテメエの世話になってたとはな・・・いや・・・・修行中のボーズの態度を見てると、むしろ納得しちまったがな・・・・」
ラカンは面白そうにネギについて何かを思い出したかのように笑った。
「に、してもだ~、お前が既に詠春とも会って、その娘を骨抜きにしてるとはな~」
「木乃香のお父さんか・・・まだ思い出せないんだけど、そうみたいだな・・・・」
「ふっ、・・・そ~いや、ボーズが今のエヴァは闇の福音などと言われながら、可愛らしい恋する女になって、キラキラ輝いている、だから自分も闇とか光とかにこだわりは無い・・・って言ってたが・・・それもお前の影響みたいだな?」
「ああ・・・・思い出せないからエヴァって子には悪いと思うけど・・・・」
「くっくっく、この争奪戦の行方が楽しみだぜ」
「ったく・・・・刹那って子もそうらしいけど・・・俺って女にだらしなかったのかな~?」
「がっはっはっはっ、いいじゃねえか! いっその事全員もらっちまいな! その程度不可能もクソもねえだろ? ようは男の器しだいよ!」
ラカンはからかいながらも冗談なのか本気なのかも分からない言葉でシモンへ告げる。
だが、シモンは多少苦笑しながらも、手に持っている写真を見た。
「・・・まあ・・・たとえ・・・そんな未来があったとしても・・・今の俺はこの子を思い出すことが優先だからな・・・・」
「・・・ニア・・・って子か? ・・・・・・お前の女だった・・・・しかし亡くなった・・・・それ以上の話はボーズたちも知らないらしいがな・・・・・」
「ああ・・・そして俺はこの子を好きだから・・・たとえこの世に居なくても、今でも愛しているから、木乃香たちを拒んだ・・・・そう言ってたな・・・・・。あんな子達をアッサリ拒むなんて・・・俺はよっぽどこの子を愛してたんだな・・・・・」
写真に写るニアの笑顔を見て、シモンは暖かさと寂しさを同時に混ぜ込んだ複雑な表情をしながら、昨晩の話をもう一度思い返す。
「俺は英雄だった・・・・ネギたちはそう言ってた・・・・・でも・・・何言ってんだかな・・・・惚れた女を失っといて・・・・そのことも思い出せない俺の・・・何が英雄だよ・・・・・」
自嘲気味に笑ってしまうシモンだが、ラカンが即座に口を挟んだ。
「まっ、あんま卑屈になんのはヤメな。テメエらしくねえし、そんなことを言われると、また昨日のコレットって嬢ちゃんが、泣きながら土下座するぜ?」
「ああ・・・・あれは凄かったな~」
昨晩アリアドネーの事故の話をした時、コレットはおでこが磨り減るぐらいに、特に木乃香と刹那に対して土下座をした。
自分が全て悪いのだという口ぶりで、何度も地面に頭を叩きつけながら激しく謝った。
それに伴いエミリィ、そしてベアトリクスが土下座はしなくとも、頭を下げ、そしてシモンも自分の不注意でもあったと説明し、ネギたちがこれ以上の文句を言うことのできない状況を作り、何とか事は平和に収まったのだった。
「でも・・・だったらニアや木乃香たちのためだけじゃなく、コレットのためにも早く思い出してやらないとな・・・・・」
「まっ、そういうこった。俺の親友の娘を泣かしたら許さねえぜ♪」
「だったら、必ずだな・・・・」
「おうよ! 泣かした時にはラカンパンチだ! がっはっはっはっは!!!」
ラカンはそう言ってどこに持っていたのか分からないが、グラスと酒瓶を一つ取り出し、シモンに突き出した。
そして反対の手にはもう一つグラス。そして両方のグラスには液体が既に入っていた。
「ほらよ、座って飲みな! 昨日はガキ共が居て飲めなかったろ?」
「おいおい、朝から酒か?」
「バカ野郎ッ! 男同士の酒飲みに朝も夜も関係ねえ! 酒とダチと肴がありゃあ、その瞬間から宴会だ!」
ラカンの拒否を許さぬ豪快な理論にシモンは苦笑いしながらも、どこかその無茶苦茶ぶりに懐かしさを感じながらグラスを受け取った。
「たしかに、・・・これはこれで良いもんかもな」
「ああ、乾杯だ!」
広い草原に男二人は腰を下ろして、軽くグラスをぶつけて、互いの酒を飲み干していく。
オスティアから見える雲と朝日などの風景を楽しみながら。
「どうよ?」
「・・・悪くないと思うよ? ただ、俺は酒に弱いと思うから、あまり飲みすぎは出来ないけどな・・・・」
「はっ、だらしねえな」
そう言いながら、両者は静かに酒を飲んでいく。
そしてそれ以降、少し沈黙が場を包んだ。
両者は何も語らない。
しかし意外なことに沈黙が重いとは感じなかった。
シモンは目の前に広がる雲の海を、そしてラカンは少し遠くを見つめるようにグラスに口をつけていた。
するとラカンが遠くを見ながらようやく口を開いた。
「なあ・・・シモン・・・・・ここから見える雲海の下には・・・・廃墟がある・・・・」
「・・・・?」
「この世界の文明の発祥の地とも言われる、歴史と伝統を誇るウェスペルタティァ王国・・・空中王都オスティア・・・だが・・・その壮麗だった島々は落ちた・・・・二十年前の大戦でな・・・」
ラカンにはいつものような豪快さは感じられなかった。
しかしその言葉を遮ろうとはせず、シモンは黙ってその話を聞いていた。
「テメエは俺たちの事は知らねえんだったか?」
「いや、あれから少し勉強したよ。お前や・・・・紅き翼と完全なる世界・・・オスティア崩壊・・・歴史書に載ってるぐらいのことはな」
「ふっ、・・・・だったら・・・・こう書いてあっただろ? 世界を救った英雄・・・ってな」
ラカンは自嘲気味に言った。
だが、ラカンの言うとおり確かに英雄と書かれていた。しかしシモンはそれを別に間違っているとは思わないのだが、ラカンは首を横に振った。
「俺たちはよぉ・・・・・・世界の混乱を起こした元凶共をぶっ潰して、世界の崩壊を止めた・・・・でもな・・・一つの国と・・・一人のか弱い女を守れなかった・・・・・へっ、英雄が聞いてあきれるぜ・・・」
「・・・・・・・」
「お前と同じだろ? ・・・・・・どう思うよ?」
ラカンの言葉がシモンに染み渡った。
それは謙遜ではなく、どこまでも自信満々で無茶苦茶で豪快な男が見せる、僅かな弱さを見た気がした。
だからこそ、シモンは考える。
全てを知ったわけではない。
しかし自分もかつては自分の戦場で、兄や仲間と共に戦った。
そして今、自分の隣に尊敬すべき兄も最愛の女も既にこの世には居ないということだけは分かっている。
地上開放も、螺旋王も、アンチスパイラルとの決戦も未だにシモンは思い出せない。
しかし心に染み付いた想いが、自然と口から零れてきた。
「俺は・・・・思い出せないから自嘲しているだけだ・・・・。・・・お前は・・・お前たちは・・・英雄だと思うよ?」
「ほう・・・そりゃまた・・・どうしてだい?」
ラカンは酒を飲む手を一旦止めて、興味深そうにシモンに尋ねる。
するとシモンは考え導き出したわけではない、心の記憶から自然と出た言葉をそのまま伝える。
「世界は崩壊しないで、二十年経った今でも続いている・・・お前たちの残した物は・・・・
ちゃんと後から続く者の道となっている。たとえ敵の大義がどうであれ・・・・倒れていった多くの者たちがいたとしても・・・・ちゃんとその想いは受け継がれている」
その戦いが正しかったのか間違っていたのかは分からない。何故ならシモンはそのことについてまったく知らないのだから。
だが、ラカンたちに後悔しきれない、自分を認められない何かがあっても無くても、ラカンたちの功績はこうして二十年経ったオスティアでも称えられている。
オスティア終戦記念式典という名前で。
「なるほどな・・・だが・・・その結果、面倒な事をガキどもに押し付けちまったがな・・・俺たちの尻の拭き残しがよ・・・・」
その尻の拭き残しが今のネギたちに押し付けられている。この事についてどう思うのか?ラカンが気になってみると、シモンは笑いながら答えた。
「いいじゃないか、掘った穴にはふさわしい奴が通ればいい。通った道に掘り残しがあっても、それは既に俺たちのじゃない、通った奴らの道だ。俺たちは英雄だか何だか知らないが、少なくとも神様じゃないんだ。俺たちの勝ち取った未来が、散った仲間たちに誇れ・・・そして倒した敵たちの目指した未来より良いものになるように見守っていればいい」
シモンはそう言って、自分のグラスに残った酒を一気に飲み干した。
そしてグラスを草の上に置いて、酒瓶を手に取る。
「今はネギたちの時代だ。だが・・・拭き残しが気になるんだったら自分で拭えばいいと思う・・・少なくとも俺たちはまだ生きているんだからな」
シモンは酒瓶を傾け、ラカンに向けた。
「話はこれでお終いか? ほら、だったら飲めよ、英雄・・・いや・・・・飲めよ、ダチ公。細かいことは抜きにしないか?」
シモンはニヤリと笑って、ラカンに告げる。
この時ラカンがシモンの言葉にどう思ったのかは分からない。しかし顔から先ほどまでの遠くを見つめるような目は消え失せ、シモンと同じようにニヤリと笑いながら空いたグラスを差し出した。
「へっ、なるほどな。だったらテメエも英雄かもな・・・・・・いや、どーでもいいかそんなこと! 俺たちには些細なことだな!」
そしてラカンはシモンから酒瓶を受け取り、シモンに返杯をする。シモンもラカンからの酒を受け取り、もう一度二人はグラスを鳴らして乾杯をし、一気に飲み干した。
「「ぷっはあ~~~」」
二人からは満足したような酒気を帯びた息を漏らして、もう一度互いのグラスに酒を注いでいく。
朝早くで、シモンも酒に強くはないと、思っていたが、この日は酔う気はせずに、どんどん飲めた。
「テメエとは・・・・俺たちの時代でこうして一緒に飲みたかったぜ・・・・あのバカ野郎共と一緒にな」
「飲めるさ。お前のダチの息子が、お前のダチを探してくれる。それを信じて待っていればいい」
「なるほどな・・・そういう考えもあるか? まっ、楽しみにしとくか・・・・だが・・・」
「ん?」
一つ間を置いてラカンはシモンを見る。
「だがよ・・・テメエはまだ若い。後から続くものを見守るには・・・まだちっと早いんじゃねえか?」
その言葉にシモンは少し考えながら最近の出来事を思い出す。
「・・・・そうかもな。たしかに、最近戦ってばかりだけどな」
「そうだろ? まだまだバリバリ現役だろ~が。テメエの想いに影響されて慕ってくれる奴らが居るうちには、まだまだ楽はするんじゃねえよ」
それは命令ではなく、どこか頼みが込められているような気がした。
そしてラカンはもう一度酒瓶をシモンに向ける。
「あのボーズは、皆を守るそうだ。だから、お前は守んなくいい。だが守らない代わりに力になってやれ。テメエの出来る範囲でいいからよ」
シモンはまだネギたちについて思い出せたわけではない。しかしそんなシモンにラカンは親友の忘れ形見を頼んだ。
そんなラカンの言葉に応えるよう、シモンは空になったグラスを差し出すことにより、了承の意思を示し、注がれた酒を一気に飲み干してから頷いた。
「ああ、まかせろ」
その一言でラカンはまた笑い、両者は再び酒を飲み明かした。
魔法世界の朝日が降り注ぐ中で二人の英雄は友となったのだった。
そして・・・
「「「シモンさぁーーーーーん!!!」」」
「「ん?」」
最終更新:2011年05月12日 14:41