その頃・・・・・・
オスティアから遠く離れた古き古城。
遠い空の上で平和を祝うオスティアを向きながら、鎖につながれていたはずの魔人が虎視眈々とその瞳と牙を光らせていた。
「ザ・・・ザイツェフさんよ・・・・もう一度教えてくれねえかい? 今・・・・何を・・・どうするって?」
冷や汗を流しながら顔を引きつらせて、虎獣人ラオは横幅の広いソファーに深々と座りながら顔を俯かせている男に尋ねる。
「俺たちは・・・大物賞金首を捕らえるって話しを聞いただけなんだが・・・・」
「ラオの言う通りよ・・・その、もう一回言ってくれない?」
ラオの肩の上で、同じく顔を引きつらせている可愛らしい小さな妖精、ラオの相棒で拳闘界ではそれなりに名前の通ったコンビ、ラオ・バイロンとランファォ。
彼等はオスティアから離れた古城の一室にて、一人の魔人と相対していた。
「だから・・・・何度も言わせるな、同志よ」
魔人は告げる。
「オスティア終戦記念祭・・・・ナギ・スプリングフィールド杯の決勝戦当日・・・・オスティアを・・・・墜とす!!」
意味が分からなかった。
いや、言葉の内容は分かるのだが、それでも聞き返さずに入られなかった。
「な、なんでだよ・・・・なんでそんな話しになってんだよ・・・」
それは何故か?
決して冗談だと笑い飛ばせないほど、男の言葉の一言一言には背筋を凍らせるような威圧感を孕んでいたからである。
ラオもランも、拳闘界では名の知れた二人。いくつもの戦いの毎日に明け暮れていた。
そんな彼等でも、いやそんな彼等だからこそ気づいていた。
全身の細胞が脳に語りかけていた。
「くっくっく・・・ 祭りだよ諸君! 新たな時代を作るために、デカい花火を打ち上げようではないか!!」
高らかに笑う魔人。その姿に鳥肌を立てながら、たった一つのことだけを理解した。
(こ、・・・この男・・・・本気・・・・か?)
ラオは自身の目を疑った。目の前に居るザイツェフという名の男、ラオもランもこの男のことはそれなりに知っていた。
『カニス・ニゲル(黒い猟犬)』その組織がどのようなものかは大抵のことは知っていた。しかしそれ以上に、ザイツェフに関しては過去に拳闘士としての面識があり、特に親しいわけでもないが、特に危ない人物だとは認識していなかった。
しかし、今の目の前の男の姿は何だ?
「・・・・オ、・・・オスティアを墜とすって・・・ひゃはは・・・無理に決まってんじゃん? 首都の大艦隊とか国の周りを囲んでいるのに、出来るわけないでしょ? アンタは何を考えてんの?」
混乱で上手く言葉を出せないラオに変わって、ランがザイツェフに向って軽口を叩いた。
そしてそれは正論だった。
どう考えても無理に決まっている。
何故? それを説明する必要すら感じられないほど、常識ハズレのザイツェフの言葉・・・しかし・・・
「・・・・ア゛?」
たった一度だった。
「「―――ッ!?」」
座っている男が顔を上げて、たった一度自分たちに睨んだだけで、彼等は命を握り締められた感覚に陥った。
「アンタ・・・だと? ・・・・テ・・・・テメエ・・・・誰にィ!」
「危ない、ラン!!?」
獣の勘といえば、それまでだった。
しかしその判断は間違っていなかった。彼等が間違えたといえば、話しに誘われてこの男の前まで来てしまったことだろう。
ラオは、肩に乗るランを両手で包み、庇うようにザイツェフに背を向けた。
その瞬間、ラオの背中には空気を振るわせる怒声と超高密度の拳圧を感じたのだった。
「誰に向って言ってんだアア!!」
ただ、一言ムカついた。それだけである。
たったそれだけのことで男は豹変し、力任せにラオを殴り飛ばした。
「た、隊長! 今のは何の音ネ!?」
「すごい音が・・・・ウッ・・・」
怒号と衝撃音が城内外に響き渡り、パイオ・ツウとモルボルグランの二人が慌てて駆けつけてきた。
するとそこで目にしたのは肩で息をしたまま拳を繰り出した状態で固まるザイツェフと・・・
「グッ・・・アッ・・・アガアア・・・・ガッ・・・」
「ラ、ラオォォーーーッ!? しっかり、ラオッ!!」
部屋の壁を貫通し、何枚も向こうの部屋まで殴り飛ばされ、床に悶絶しながら転がるラオと、泣き叫ぶランの姿だった。
パイオ・ツウもモルボルグランも一歩も動けなかった。
いや、何をすべきかは分かっている。
しかし今のザイツェフに僅かな不快すら与えてはならぬと誰よりも理解している二人は、ザイツェフの一挙一同を見つめながら、時間が経つのを待った。
「はあ・・・ふふ・・・はははは、私としたことが・・・うぐ・・・ま、またやってしまったようだ・・・いい、急いで新たな同志を手当てしてやるのだ」
ザイツェフは額に手を当てて俯きながら、仲間の二人に指示を出した。ビクッと肩を震わせる二人だが、急いでその場を離れ、悶絶するラオの元へと駆け寄った。
「やれやれ・・・くくく・・・あのクソ・・・いや、あの娘と会って以来、嫌いな私が顔を出す。少々冷静さを欠いていたようだ。すまんな、ラオよ。」
遥か遠くの部屋に居るラオに向って謝罪するザイツェフ。その言葉にただ無性に恐怖で震えるラン。
すると・・・・
「ぐっ、・・・ひ・・・一つ・・・聞かせてくれ・・・・・」
「ラオ!?」
「ちょっ、まだ動いちゃダメネ!」
ラオは全身を粉々に砕かれたと思えるほどの衝撃を受けてなお、弱弱しくも自力で立ち上がり、必死に笑みを浮かべながら、自分を殴り飛ばした張本人へ口を開く。
「ほう・・・・・何だ?」
今のこの男に対するたった一つの過ちが命取りになる。黙ってやり過ごすのが一番の中、拳闘士としての意地なのか、ラオは何とか立ち上がった。
「ようやく・・・ぐっ・・がはっ・・・ようやく訪れた平和・・・終わった北と南の戦争・・・・それを・・・大戦を・・・再びしようって言うのかい?」
すると魔人は高らかに笑った。
「ククク・・・・・・戦争ではない。何故ならこれは祭りなのだ!」
「ま・・・祭り?」
「くくく、ははははははははは!! 大戦が終わった? 戦争が無いことが平和? 平和が幸福? そんなものクソ食らえだ! 今の歪んだ世界を戦国時代と言わずになんと言うのだ!」
「せ、戦国時代? な・・・・何を言っている・・・今の世界のどこにそんなものがある?」
「すぐに教えてやる!・・・俺・・・いや私は「法」や「制度」という力が頂点に君臨し続けるこの戦国の時代に、新たな炎を巻き上がらせるのだ。くくく・・・あの・・・あの男の息子が・・・犯罪者と知った瞬間、臆病者だった私の失ったかつての火種に火がついた!!・・・ふふふ・・・それだけのことよ。そのきっかけを作ったあの二人の少女には感謝するべきか? くくくくくく」
もはや何も言うことは出来なかった。
いや、一つだけ心の中でつぶやいた言葉があった。
(こいつは・・・・バカなのか?)
そして何より、その馬鹿な考えや行動が、全て本心であるからこそタチが悪い。
「隊長! 本部から・・・・例のものが来たぜ!」
「ほう」
狂った魔人の笑い声の最中、部屋の中に彼の部下がもう一人現れた。その報告に、ザイツェフは、声を出して笑うのはやめたものの、口元の笑みは余計につりあがった。
「それと・・・・祭りの参加者が続々と来たぜ・・・・拳闘大会予選で偽ナギに敗れた、蜘蛛魔族コンビ・・・狼族のウルフ王子・・・・それに最近この大陸に出没している賞金稼ぎチーム、『蠍(サソリ)』とその女頭、流麗のディーネ・・・他にも各地の拳闘団から参戦の返事が・・・」
「はっはっは、あの噂の口汚いサソリ女まで来たか。中々の面子だ。奴の息子を祭りの目玉に・・・神輿にして正解だったな」
報告により一層機嫌よくなるザイツェフ。先ほどまでの怒りは消えたようだが、代わりに不気味さがより一層増した気がした。
「まずは数百人程度集めて冒険王と、白き翼を仕留めた勢いで軍資金と同志を集めつつ、祭りに入ろうとしたが・・・くくく、この調子なら・・・・500・・・いや、1000・・・2000は固いな・・・・ふふふ・・・祭りの準備が楽しいとはこのことだな!」
もはやここにパイオ・ツウやモルボルグランたちの知る隊長はここには居なかった。
まるでようやく本物の自分の居場所を見つけたかのようにはしゃぐザイツェフ、その狂気を誰にも止めることは出来なかった。
「ふ・・・・ふざ・・・・ぐっ・・・」
「ラ・・・・ラオォーーーッ!?」
意識朦朧で倒れる中、ラオは今すぐこのことを誰かに伝えねばと必死に頭の中で考えていた。
一体この祭りがどれほどの規模になるかは分からない。しかし祭りの興奮と狂気に駆られた獣たちを解き放てば、取り返しのつかないことになる。
(誰に・・・・・・だれ・・・に・・・言えばいい・・・・政府にタレこむか? いや・・・チンピラ拳闘士の俺がこんなバカな話をしても信じねえか・・・・じゃあ、拳闘団に? いや・・・ダメだ・・・もはやどこを信じていいかも・・・わからねえ・・・・)
どうすることもできない状況の中、相棒の泣き叫ぶ声と魔人の声が響き渡る中、ラオは意識を手放したのだった。
爆発は怒り。怒りは発散させるものではない。怒りはぶつけるものである。
長年臆病者の化けの皮をかぶり続けてまで貯めてきた全ての爆弾を、魔人は全てをぶちまけるつもりである。
どんな戦いにも意味がある。戦争も同じ。そして人はそれをさまざまな言葉で誤魔化す。
正義、大義、復讐、誇り、使命、己の価値観・・・・
しかしこの祭りには意味もない。大義もない。正義もない。
ただ、大戦が終わり、平和な世界では牙を抜かざるを得なくなり、鎖で繋がれ戦いという餌にありつけなくなった獣たちが、腹をすかせて胸の内をぶちまける。
賞金稼ぎ、用心棒、拳闘士、そして騎士団など、新たな居場所を見つけたものも居る。それに満足して生きるものたちにちにとってはこの祭りなど非常識な話である。
しかし当たり前のことが当たり前に出来ないものたちが、数十年のときを経て集った。
和みも癒しも平穏もいらない。
そんな彼らの祭囃子が、徐々に音を立ててオスティアへと向かうことになるのだった。
「シモンさん、それって本当ですか? シモンさんの記憶を元に作られた映像記録とは・・・」
「ああ、少し高かったけどな。お陰で瀬田さんたちとの宝探しで貰った分け前をほとんど使っちゃったよ」
「そうですか・・・しかし・・・それならできれば美空とココネも一緒のほうが良かったですね・・・」
「ああ・・・・俺も早く会いたいな・・・・」
シモンの呟きにシャークティも小さく頷いた。
「ええ・・・どこに居るのでしょう。エンキさんのレーダーによれば、オスティアに向っていたそうですが、反応が数日前に消えたそうです。どうやら戦いのときのように力を昂ぶらせなければ、この広い世界では探知できないようです。・・・・シモンさんのワープなら合流できると思い、私たちは先にあなたと合流しようとここに来たのですが・・・・ここでもトラブルがありましたから・・・・」
「悪いな。ワープの力もそうだが、まだ二人に対して頭の中でイメージが浮かばないからどうしようもないんだ。会えば・・・何かあるんだろうけど・・・シャークティのこともそうだったから・・・」
「あら、うれしいですね。まだ家族愛のほうが木乃香さんたちより上ですか?」
「ははは・・・やっぱり知ってたんだ・・・・木乃香たちのこと・・・」
「ええ、不憫でしょうがない子達です」
反応が消えた美空たちを探すよりも、シモンを見つけてから、シモンの螺旋界認識転移能力を使って、美空たちと合流しようとしたのだが、当てが外れてしまった。
しかし美空たちがオスティアへ向かっていたのなら、それを待っているのも手である。
さらに探すにしても、一度皆の体を休めてから冷静に対策を練るべきだと考え、シャークティも今はそれ以上は言わなかった。
「しかし、大グレン団の伝説を映像に残す・・・それが本当なら歴史に残る作品でしょうね」
「はは、だったらいいな。・・・・でも・・・結末だけ分かっているのは残念だけどな・・・・」
奴隷長の提案には誰一人異議を唱えるものは無く、シモンたちは全員賛成で温泉へと赴くことになったのだった。
しかし、とある用事を思い出したシモンは、付き添いのシャークティと共に用事を済ませてから皆と合流することにしたのだった。
その用事というのが、数日前に作ったシモンの記録フィルムである。
シモンは温泉へ向かう前に、それをシャークティと共に受け取りに行くことにした。
その道の途中、シャークティはフィルムの内容を聞いて、驚くと同時に少し胸をワクワクさせながら、シモンと共に歩いていた。
「いいではないですか。一石が何鳥にもなります。私もグレンラガン本体・・・そしてヨーコさんやブータ、そしてあなたともこうして話していますが、やはり実際にあなたの歴史を話しだけでなく見てみたいという気持ちが大きいです。あなたも自身の事が分かるので、問題は無いではないですか」
「まあ、それもそうなんだけど・・・・・・」
珍しく興奮気味に話すシャークティだが、不意に複雑そうな表情を浮かべるシモンを見て、
その心の内に気づいた。
「カミナさん・・・・グレン団・・・そして・・・ニアさんのことですか?」
「・・・・・・・・」
シモンはシャークティの言葉に対して無言の肯定をした。
知らねば一歩も解決への道は行けない。
しかし自分でも言ったとおり、かけがえのないものを失うと分かっているストーリーを見るのにも、少し気が引けた。
「う~ん、別に今が寂しいわけじゃないけど、その人たちがそれだけ俺には大切だったって知れば知るほどな・・・」
「うれしい反面・・・・複雑・・・ですか?」
「・・・・ああ・・・」
シャークティもその気持ちは分かっている。だが、そんな気持ちにはさせない。
「大丈夫です。そうでしょ? あなたは自分を誰だと思っているんですか?」
そのために彼女はここに居るのだから。
「そんな情けない事は私もあなたの妹も、そしてあなたのコートを着て時空を越えた世界で戦う少女に申し訳ないですよ?」
「・・・それは・・・・」
「もう、どんな理由があろうと、ヨーコさんはあなたを甘えさせることも、殴りにくることもしません。私も同じです。数ヶ月前に乗り越えた事に、再び止まる事はダメですよ」
決して甘えさせることはしない。
慰めることはしない。
しかしその慈愛に満ちた表情と、誰よりも心が近いと感じさせられる目の前の女には、つくづく頭が上がらないとシモンは感じた。
「・・・・ああ・・・・そうだな・・・・」
気のせいか、・・・いや・・・気のせいではない。心と目的地へ向う足取りが軽くなった。
自然と顔も前へと向いた。
気づけば「ラカンFILM」と書かれた店の前までたどり着いていた。
するとシモンは一回深呼吸をして、隣に居るシャークティに顔を向ける。
「俺も・・・お前たちを・・・そして全てを思い出したい。そして二度と忘れたくはない」
シャークティは小さく頷き返した。
「ええ。だから、行きましょう」
覚悟を決めたシモンは店内に入り、シャークティも共に店の中へと入っていった。
「待ってましたぜ、旦那。旦那の依頼したものは既に出来てやす!」
店内に入ると、数日前にあった店の店主がシモンに気づき、近づいてきた。
「そうか・・・出来たのか」
「ええ! ちょっと待ってくだせえ、今丁度別のお客様の依頼を受けているんで、一緒に並んで待っていて下せえ」
そう言って、店主は素早く店の奥へと入っていった。客はまったく居ない様に見えて、中々忙しそうである。
すると店内に店主と自分たち以外に一人だけ客が居ることにシモンとシャークティは気づいた。
どうやら、自分たちはこの後なのだろうと思い、別に急ぎの用でもないので少し待つことにした。
「さて・・・どんな伝説が飛び出すのかな?」
「むっ、伝説?」
「あっ、こっちの話だよ」
シモンの独り言に、自分たちより先に居た客が振り返った。
甲冑を身にまとったかなり若い男である。おそらくどこかの国の新米騎士か、その見習いといったところだろう。
「むっ、・・・そう・・・かっ・・・・・ん?」
別になんでもないとシモンが言って、それで終わりなのだと思ったのだが、事態はそれで終わらなかった。
「ききき・・・・貴様は・・・・・」
男がシモンを指差し、突如ワナワナと震え出した。シモンの頭につけているゴーグル、そして服装に注目している。
いったい何事かとシモンが首を傾げると、シャークティが客の男の何かに気づいた。
「そ・・・・その鎧・・・ま、まさか!?」
シャークティがあせりの表情を浮かべた瞬間、男も大声でシモンたちに向けて叫んだ。
「シモンさん!? この方、首都の騎士団です!」
「貴様らは・・・まさか先ほどの大悪党ども!?」
意外なところで・・・いや、意外でもなかった。
そもそも警備が厳重ではないとはいえ、先ほどあれだけのことがあったにもかかわらず、一切の変装もせず堂々とシモンたちが歩いていることの方が問題だった。
「出来ましたぜ、新米騎士殿、そして旦那! 一緒で悪いがこれが―――」
「貴様らああ! よくも堂々と歩けたものだ! この私の正義の杖の錆にしてくれよう!」
「へっ・・・?」
店の店主が奥から二つのフィルムを持ってきた瞬間、新米騎士は杖を掲げて問答無用で攻撃を仕掛けてきた。
「ちょっ・・・・待ってくれ!」
「お、お待ちください!」
「店を破壊するなあ!!」
「くたばれ悪党!!」
大きな爆発音が店内に響き渡った。
店の外にまで漏らす閃光と、直後の煙の匂いが店内に立ち込めていた。
「・・・・あれ?」
「む、・・・・無傷?」
「あれ? 旦那? 騎士殿?」
しかし驚くことにシモンもシャークティも、店主の男も慌てて持っていたフィルムを落としてしまったが、何故かかすり傷一つ無い無傷だった。
疑問に感じ辺りを見渡すと・・・・
「あっ・・・・」
「・・・・えっ?」
「へっ!?」
自分たちの足元に・・・・
「ぐはっ・・・・くっ、・・・また失敗して暴発してしまった・・・・無念・・・・」
魔法を勝手に失敗して黒焦げになっている騎士が横たわっていたのだった。
「「「へっ?」」」
何がなんだかわからず、三人は一瞬で緊張感を解いてしまった。
「失敗・・・ですか?」
「・・・そんなことあるのか?」
「爆発するのは稀ですけど・・・・」
「いや~、ビックリしやしたぜ~」
とりあえず黒焦げの騎士を放置したまま話す三人だが、騎士の男は勇ましく立ち上がった。
「えええい、これしき!」
「あっ・・・立った・・・」
「少し失敗してしまったが、・・・・しかし・・・ここで引いては騎士が廃る! いざ、尋常に勝負!!」
「い、いきなり攻撃したのはそっちじゃないか・・・」
「黙れェ! 我が名はメガロメセンブリア騎士団のウツカ・リミス!! 平和を乱す悪党よ! 先ほどは新入りの私は後方支援に回されて戦えなかったが、今この場で貴様らを討つ!!」
「・・・・・・・・・うっかりミス?」
「ちがァァーーーーう!!! 我が名はウツカだ! ウツカ・リミスだ!!」
男はシモンやシャークティの力を知っているはずなのだが、無謀にも勇ましく吼えた。
しかしすっかり毒気を抜かれたシモンもシャークティも、まったく気分が乗らなかった。
「なあ・・・・やめようぜ? しばらく大人しくしているからさ」
「黙れええ! 聞く耳もたん!」
どうやら実力はともかく根は真面目なようだが、これだけ自分たちを悪党と罵られても、何となくシモンとシャークティはウツカを憎めなかった。
「おおおい! 喧嘩は外でやってくだせえ!!」
見るに耐えかねた店の店主が悲鳴のような声を上げて、シモンたちに訴えかけてきた。するとその声に我を思い出したウツカは慌てて店主に頭を下げる。
「むむむ、も、申し訳ない店主よ! 少し熱くなってしまったようだ。おっ、落とされたフィルム・・・これが私の頼んでいたものですな?」
「ええ、すんませんねえ。ビックリして落としてしまいやしたが、とにかくそれをもってあなた方は外で喧嘩してくだせえ!」
ウツカがフィルムを拾うと、もう一つ落ちているフィルムを店主が拾い、それをそのままシモンへ手渡した。
「あっ・・・これが俺の?」
「ええ! それとあなた方の御代は既に頂いているので、このまま喧嘩するなら店を壊さないで頂きたい」
とにかくさっさと帰れと直訳することが出来たが、たしかに店主にとってはいい迷惑である。
別にシモンも戦うつもりは無いのだが、それもウツカ次第である。
するとウツカはフィルムを持ったまま、急にうなり始めた。
「うぬうううう、そうだった・・・・私は今超重要任務の途中だ・・・・ここで私が倒れるわけには・・・いや、・・・しかしここで逃した悪党を再び逃し、罪なき市民の明日を脅かすことはあってはならない!!」
どうやらこのまま戦うのか、任務を遂行するのかの板ばさみにあっているようだった。実に感情豊かに苦悩の表情が露になっていた。
「ちなみに・・・重要任務とは? うっかりミスさん」
「はっ、バカめ! 貴様らに言うはずがなかろう! ・・・・いや、その前に発音と切る場所が違う! 私の名前はウツカ・リミスだ!!」
少し気になって尋ねるシャークティだが、ウツカは鼻で笑いながらあしらった。
しかし・・・・
「『紅き翼戦記』のフィルムのコピーを持って帰ることでしょう?」
「て、店主!?」
アッサリと店主がバラしてしまった。
「紅き翼? それって・・・」
「ええ、ラカンオーナーが、かつての大戦期の記録映像を作ったことを聞いた首都の上層部が、今度の格闘大会用に高値で放送権を買い取ったんですよ」
「なっ・・・・まさか・・・サウザンドマスターたちの記録映像を・・・あなたたちは放映するつもりですか?」
するとウツカはギクリと肩を震わせるものの、下手に誤魔化すこともせず、やけくそに全てをバラしてしまうのだった。
「くっ、・・・バレてしまったからには仕方ない! その通り! これは今度の拳闘大会、ナギ・スプリングフィールド杯の決勝戦の試合前に全世界同時放映することになっているのだ!! 終戦記念祭の二十周年を記念して、逸話しか語り継がれなかった英雄たちの実録を、初めて公開するのだ! これはもう、祭りが盛り上がるどころの話ではない! まさに世界全体がこれを見て平和の重みを知り、一つになるのだ!!」
もし漫画なら「ドン!」と効果音が背後に現れるのだろなと思えるほど、ウツカは何故か偉そうに胸を張っているが・・・・要するに任務とはパシリだった。
「だから・・・・その邪魔はさせん!!」
だが、未だに収まるわけではなさそうである。ウツカはフィルムを大事そうに胸に抱えながら、シモンたちに構える・・・・・が・・・・
『聞こえるか? おい!』
突如ウツカに野太い声の通信が入り、ウツカは慌てて構えを解いて通信に出る。
「は、はい! もしもし! こちらウツカです! も、申し訳ありません! ミルフ隊長!」
『遅い! いつまでかかっておるのだ!! 貴様はたかだかお使いの一つに、何をしておる!!』
「もももも、申し訳・・・ですが、今ここに・・・」
『貴様の下らぬミスの言い訳など聞く気も無いわァ! 良いか? 先ほどの戦いで乱れた部隊の編成を練り直しているころだ、そんな用事はさっさと済ませんかァ!!』
「ははは、はいいいい!! 直ちにィ!!」
どうやら彼のミスは認知されているようだ。そしてどうやら上司の男はそれほど怖いのだろうとシモンたちは感じ取った。
その証拠に先ほど勇ましく正義を掲げたウツカは、うっかりシモンたちの存在を忘れて走って店の外へと飛び出してしまったのだった。
後に残されたのは、少し散らかった店内と、呆然とするシモンたちだった。
「はは、うっかりか・・・面白いやつだったな」
「根はとても真面目なんでしょうね~、うっかりさんは」
「うっかり騎士殿か・・・あの人の記憶映像を作ったら、出すところに出せば、大賞をもらえるかもしれませんな」
結局何事も無く笑いながら談笑するシモンたち・・・・・しかし・・・・
この時、シモンたちは気づいていなかった。
「それじゃあ、ありがとな。行こうぜ、シャークティ。これは温泉の後に皆で見ようぜ!」
「ええ。本当は美空たちも一緒が良かったのですけど・・・・仕方ありませんね」
「それじゃあ、ありがとうございやした。旦那~」
そしてこの時、そのことに気づかずに店から出て温泉へと向かってしまい、もう取り返しがつかなくなっていた。
ウツカ・リミスのミスは、それほど大事にはならなかった・・・・しかし・・・それは現時点での話である。
「ミルフ隊長!! ラカンFILMより、例のフィルムを受け取ってきました!!」
「うむ、ご苦労だった。それは拳闘大会、決勝戦当日まで公開一切禁止だ。厳重にそのまま保管しておけ」
「はっ、ただちに!!」
隊に戻ったウツカ・リミスは自身の役目を終えたことに誇らしげに胸を張りながら、持ってきたフィルムをそのまま保管庫へ持っていくのだった。
どうなるかと思ったが、隊長に怒られずにすんでホッとしたようだ。
そんな彼はもはや完全にシモンたちのことは忘れていた。
「ふ~~う、良かった~~。いつも大事なところでミスをする私だが、今日はちゃんと任務を達成できた! 次もがんばらなければ!! ん? 何か忘れているような・・・・、まっ、良いか!」
意気込むウツカ。
そしてそのフィルムは決勝戦当日、世界同時放映される瞬間まで人の目に触れることは無かった。
『紅き翼戦記』・・・・という内容のフィルムの中身が・・・・
『天元突破グレンラガン』となっているとも気づかずに・・・・
店主の落としたフィルムを間違えて拾った・・・・
もはや誰のミスとは言わないが、とにかくうっかりにもほどがあった・・・
シモンも自分が手渡されたフィルムが『紅き翼戦記』となっていることに気づかなかった。
そう、どういう神の悪戯か・・・・
『天元突破グレンラガン』、魔法世界全土で近日公開決定!!!!
最終更新:2011年05月12日 14:49