第百七話 何か少し嫌な予感がする 投稿者:兄貴 投稿日:10/03/05-11:27 No.4300
走って走って、クローバーを掴もうとした。
それはとても暖かく、とても愛おしく、とても大切なものだった。
しかし、クローバーは自分が触れようとした瞬間、散って姿を消した。
それが切なくて悲しい、そんな夢。
そんな事は誰にも言えない。
でも、もういいのだ。自分はクローバーを捕まえた。
散って姿を消したと思っていたクローバーは、最初からちゃんと自分の握った拳の中にあったのだ。
「・・・・・ここは・・・・」
そんな夢の中から覚めて、シモンは目を覚ました。
見慣れぬ天井とベッドの中。
目を覚ました瞬間、色々なことが頭によぎった。
チコ☆タンたちと戦ったこと、自分たちの物語が世界に知られたこと、ネギと小太郎と戦ったこと、そしてソルバーニア。
目を覚まし、もう一度シモンは自分の拳にギュッと力を込める。すると途端に心が温かくなった。愛おしい魂は、ずっと自分の中に居たのだと実感するように。
そして、ようやく落ち着き辺りを見渡す。おそらくここはオスティアのどこかの一室だろう。最後はあまりよく覚えていなかったが、多分自分は気を失っていたんだろう。
つまり、自分は負けたのだ。
しかし、あんな二人の子供に負けたというのに、ちっとも悔しさが湧き上がらない。むしろ清々しい気持ちだった。
だが、一つ気になることがあった。それは自分の体が思ったより痛くない上に、疲れを感じていないことだった。
自分がどれだけ寝ていたかは知らないが、あれほどの疲労からこれほど回復していることに不思議に思っていると、自分の視界に一人の少女が目に入った。
「・・・あれ・・・木乃香・・・・・」
木乃香だった。
シモンが寝ているベッドの傍の椅子に座り、シモンのベッドに突っ伏しているように寝息を立てている木乃香が居た。
そして、部屋の隅には同じく椅子に座り、刀を抱きしめながらまるで部屋の警護をしているかのような刹那が寝息を立てていた。
「二人とも・・・なんで・・・」
すると、突然部屋の扉が開いた。扉に顔を向けると、ラカンがニヤニヤ笑いながら入ってきた。
「よ~~♪ 目ぇ覚めたみたいだな」
「・・・ラカン・・・」
「ったく、両手に花じゃねえかようらやましいね~」
そこでシモンはハッとなって起き上がろうとする。
「・・・・俺はどれくらい・・・・」
「今はもう夜だ。外では花火が上がってるぜ? お前は試合後にぶったおれてから、6時間ぐらいぶっ通しで寝てたんだよ」
「6時間!?」
「まっ、たったそれだけで済んだのも、木乃香の嬢ちゃんのお陰だがよ~」
シモンのベッドに突っ伏している木乃香を指差しながらラカンは告げる。
「試合後、ずーーっと、お前に治癒呪文を使って看病してたんだよ。おかげで今は疲れて寝ちまってら~。一緒に付き合った刹那もな」
「木乃香が? ・・・それに、刹那まで・・・」
なるほどと思った。
しかしあれほどの傷だらけの体をここまで治すなど、いったいどれ程の力を使ったのか、シモンには想像もつかなかった。
「・・・言ったんだよ。ちょっとふざけて・・・寝ている間にシモンと仮契約しちまえば、多分シモンは一瞬で治るってな・・・でも、嬢ちゃんは拒否しやがった。そんなことしたら、自分はお前とニアって子と一生正面から向き合えないって言ってよ」
「・・・・木乃香が・・・そんなことを・・・」
「へっ、可愛いもんじゃねえか。まっ、その気持ちをどうするかはお前次第だが、とりあえず嬢ちゃんたちが必死で看病したんだ。さっさと元気にならねーと承知しねえからな」
ラカンに言われ、そして木乃香たちの想いが何だか胸を暖かくさせてくれた。ポカポカと暖かい想いが、自分を満たしていく。
「ああ・・・分かってるよ」
思わず笑みを浮かべながら、シモンは寝ている木乃香の頭に触れようとした。
すると・・・
「!?」
「あっ、・・・」
「う・・・へっ、・・・シ、シモンさん?」
木乃香はビクッと体を震わせて起き上がった。そして寝起きでありながら、直ぐに目を見開き、シモンを見た。
そんな木乃香にシモンは優しく微笑んで・・・
「・・・木乃香・・・ありがと・・・いや、違うな・・・そうだな・・・・久しぶり」
「!?」
「心配かけたな。でも、俺は大丈夫。もう俺は・・・今の俺は、お前の知っている俺だから」
もう、自分は全てを思い出したと、その言葉の中に込めた。
「だから、大丈夫。約束もちゃんと覚えているからさ」
「!?」
――今度会ったら、お前とちゃんと向き合ってみる
「だから、許してくれるか?」
今はコレだけしか言えない。しかしこれだけで木乃香には十分だった。これだけでも、自分にはこれからがあるのだ。
「・・・・は・・・はいな!!」
だから報われた。たった一言で、木乃香はこれまでのことが報われた気がした。
疲れも、何もかもが報われた。ようやく自分の好きだった男が帰ってきて、目の前で微笑んでくれたのだ。
そして、自分にはまだ明日もある。
まだ見ぬ明日が自分にあるのだから、今はそれが何よりもうれしくて、涙を溢れ出しながら笑った。
そして、ちょっとソワソワした。
歓喜のあまり、木乃香はシモンの胸の中に飛び込もうとしたのだが、シモンとニアの絆を改めて思い知らされたばかりの今、自分がシモンに抱きつくのは、少々問題があるのではと、珍しく悩んだ。
「木乃香?」
「えっと・・・ん~・・・その・・・あう~・・・あ、あんな・・・その~・・・・」
「・・・・・・・・ぷっ、・・・」
「シ、シモンさん!?」
「はは、いや・・・お前らしくないな。なりふり構わないんじゃなかったのか?」
「うっ、う~~、シモンさんなんか意地悪や~。分かってて言うとる~・・・・」
木乃香がシモンに抱きつこうと手を伸ばそうとしたり、やっぱりやめたりの動作を見ていると、シモンもおかしくって笑ってしまった。
恐らく、後ろめたいなどと思っているのだろう。そんな少女の複雑な想いがなんだか新鮮に見えて、シモンは膨れる木乃香にクスクスと笑った。
そして・・・
「う・・う~ん・・・ふぇ、シ、シモンさん!?」
「よう、刹那。起きたか?」
眠りこけていた刹那も目を覚まし、
さらに・・・・
――ダンッ!!
「「「「「「「「シモンさん!?」」」」」」」」
中の会話が聞こえたのか、扉を勢い良く開けてネギたちが全員顔を出した。
驚いて、そしてシモンを確かめるかのように戸惑った表情。それを見て、シモンはクスリとまた笑って、言う。
「お前ら。また、会えたな!」
「「「「「「「「!?」」」」」」」」
「ただいま! 心配かけたな」
ようやく会えた。
数ヶ月前の学園祭で、ヨーコとグレンラガンと共にシモンは天に消えていった。
それから数ヵ月後に、ようやく再会したシモンは自分たちのことをまったく覚えていなかった。
だからこそ、自分たちのことを思い出してくれた今のシモンこそが、あの日に別れたシモンなのだ。
そう考えただけで、ネギも、そして彼女たちも再び泣きそうになった。
「「「「「「「「シモンさーーーん!!」」」」」」」」
これが本当の再会だった。
気づけばアスナたちも涙目で笑いながらシモンに飛びついていた。
「モーーーッ、ほんとーーっに、シモンさんてっば心配ばっかりかけて、かけたらかけたで、人を驚かせるようなことばかりして!」
「へへ~、私たちも会いたっかったよ~♪」
「はい、また会えてうれしいです」
みんな嬉しそうだ。
「今こそ決着のときです! マスターに寂しい思いをさせたあなたには、私の茶々丸インパクトを披露しましょう!」
「おっ、茶々丸! 元気そうだな!」
「ちょっ、この熱血馬鹿に、熱血ロボ娘! いきなりおっぱじめるんじゃねえよ!?」
「ねえ、まき絵。茶々丸さんってシモンさんと仲良かったの?」
「裕奈・・・あれってちょっと違うんじゃない?」
「も~、シモンさんも茶々丸さんもダメですよ! 僕怒りますよ~!」
自分の再会を喜んでくれるのは、家族や新生大グレン団の仲間たちだけではない。
死してもなお想ってくれる人も居て、ここまで想ってくれる人たちも目の前にいて、本当に心から嬉しく思った。
そして・・・
「オラオラァ! グレン団、見舞い参上だぜ!」
「兄貴~!」
「お疲れ様です、シモンさん!」
「けっ、ガキなんかに負けたな、このクソッタレ野郎! みっともねえ野郎だぜ!」
「でも、見事な試合だったさね!」
次々と部屋の中に入ってきたのは、豪徳寺たちや美空たち、そしてトサカたちだった。
「お前ら、帰ってきてたのか!」
「ええ、つい先ほど。エミリィさんたちはそのまま仕事で、瀬田さんたちは総督たちと。ですが、試合はちゃんと見ていましたよ」
「中々泣ける試合だったぞ~、兄貴!」
「おうよ、リーダーの気合は見せてもらったぜ!」
「流石は正義の味方、我ら新生大グレン団のリーダーですわ!」
「お、お姉さま。グレン団は無法者で、正義の味方では・・・それにいつから、お姉様までメンバーに・・・」
「げっ、ウルスラの脱げ女! 何であんたたちまで!?」
「だ、誰が脱げ女ですか!? 最近は脱げてませんよ!?」
かなり疲れているはずなのだが、そんなことは一切顔に出さず、新生大グレン団たちは現れた。
もっとも、エミリィたちはそのまま政府の仲間と合流し、瀬田とハルカとサラは、当初の予定通り簡単な事情聴取を受けるため、ここには来られなかったのだが、それでも十分すぎるほどの盛り上がりを見せて彼らは現れた。
「それにしても、リーダーを倒すとは、やるじゃねえか、テメエら!」
「ありがとうございます! でも、豪徳寺さんたちは何をしてたんですか?」
「ふふふ、僕たちはちょっと伝説を創りに!」
「久ブリデス・・・茶々丸・・・」
「エンキ・・・それにハカセまで・・・ちょうど良かったです。頼みたいことが。今すぐ私に螺旋槍の装備をお願いします」
「ああ~~、ココネちゃんずるいえ~」
「シ、シモンさんのひざの上に何の躊躇いもなく座れるなど・・・私やお嬢様など全然・・・」
「ヤダ・・・・抱っこがイイ」
「ひひひ~、ココネは本当に兄貴に甘えん坊になったね~」
先ほどまで静かだった部屋が、いきなり大騒ぎになった。
思えば、魔法世界に来てからこれだけの人数で、楽しく大騒ぎできる機会など無かった。
ようやく訪れたこの幸せなひと時に、アスナも我慢しきれず、テーブルの上に乗っかって、全員に呼びかけた。
「ああ~~、もう・・・何だかよく分からないけど、こいつらも優勝したし、シモンさんも記憶が戻ったし、そして優勝賞金で亜子たちが奴隷から解放されたし、もう文句なしね! 今日はもう盛り上がっちゃいましょう!!」
「「「「「「「「「「意義なーーーーーーし!!!!」」」」」」」」」
かくして、優勝記念と、シモンのお帰りなさいパーティという建前で、とにかく大騒ぎの宴会が始まった。
ある者は、大会を無事に終えたことの喜び。
ある者は、奴隷から解放された喜び。
ある者は、とにかく馬鹿騒ぎをしたいという流れで、部屋はいつの間にかごった返していた。
だが、皆色々あって疲れたのだろう。
気づいたら、一人、また一人と、部屋の床や壁に寄りかかって眠りこけていた。
まずは、美空とココネ。二人は決してネギたちには公表しないが、長時間ずっと監禁され続けていたのだ。その疲れが原因で、パタンと途中で眠ってしまった。
そしてグレン団の連中やトサカたちも戦いの疲れ、アスナたちや亜子たちも、張り詰めていた緊張の糸が切れ、今ではシモンに宛がわれたはずの豪華な部屋で、全員が爆睡していた。
「ったく、まだまだだな。テッペリンを落とした時は、俺たちは三日三晩ぐらいぶっ続けだったからな」
これでもかというぐらい部屋を散らかし、あちらこちらで横たわって夢の中に行っている連中に苦笑しながら、シモンはテラスに出て夜の風を浴びた。
記憶が戻ってから初めて見る夜の魔法世界。
記憶が無かったとき、どうりでこの世界に心当たりが無いもんだったと思い出し、苦笑してしまう。
だが、色々人に心配かけた上に、大変なことにも巻き込まれたが、アリアドネーから始まった忘れてしまった自分を求めての旅路はこれで終わりだ。思い返してみれば、色々楽しかったかもしれないと感じた。
そんな風にシモンが黄昏ていると・・・
「今頃上層部は大慌てだそうだ・・・悪かったな、ナギの拭き残しを拭かせちまって。今、リカードたちが今回の事件の情報のシャットアウトに夢中だそうだ」
「ラカン!?」
でかい酒樽を抱えてラカンがテラスへ現れた。
「坊主や嬢ちゃんたちには言ってないが、聞いたぜ~、お前らが何をやっていたのか。大会が終わってその事実を知って、リカードたちはメチャクチャ焦ってたぜ。しっかし・・・あの爆弾魔人をテメエが倒すとはな・・・・」
「・・・・そうか・・・チコ☆タンが言っていた・・・あいつらって・・・お前たちのことだったのか」
ラカンの言葉でシモンは理解した。
チコ☆タンが癇癪を起こしながらも求め続けていた存在の正体を。
「まーな。俺も少し戸惑ったが・・・・ちょっと懐かしく感じたよ。20年も姿を消してた奴が、そんな大それた事をやろうとしていたとはな。過去の亡霊が動き出すって・・・何か嫌な予感がしてくるぜ」
「・・・なあ、ラカン・・・・奴はどうなるんだ?」
「ああ・・・・政府の特別大監獄に移送される。これで黒い猟犬(カニス・ニゲル)にも政府のメスが入るが、それは気にしなくていい。それと奴だが・・・多分もう二度と会う事はねーだろうな。奴の存在は世間にも公表できないから、裁判もできねえ。不条理かもしれねえが」
「そうか・・・」
少ししんみりとした感じのシモンを打ち壊すかのように、ラカンはニッと笑って無言で開いているグラスをシモンに渡した。
そして、これまたデッカイ酒樽を開けて、シモンに注ごうとする。
「お、おいおい」
「テメエが気にすることじゃねえ。テメエは妹を救いに行った。それでいいじゃねえか! 世界の不条理を打ち壊すのもいいが、今は楽しく生きるんだな。せっかくこうゆう日なんだからな」
「ラカン・・・」
流石にラカンは酔いつぶれることも、疲れて寝ることもしないようだ。
「ほら、記憶が戻ってからは初めてだろ? いっとくが~、ガキどもと一緒にすんなよな? 20年前の俺たちだって、こんなもんじゃなかったからな」
「なら、俺もだ」
「だーはっはっはっは!」
まだまだ飲み足りないと言わんばかりのラカンが、ドバドバとシモンのグラスに酒をいれ、再び二人は酒を交わした。
数日前に飲んだばかりなのだが、あの時とはかなり違う気がした。それもそうだ。今のシモンは記憶を取り戻した本当のシモン。ある意味、ようやく二人は対等な関係になってからの酒だったのだ。
「まあ、とりあえず一段落ってところか?」
「まあな。だが、さっきも言ったとおり、あの爆弾魔人以外にも過去の亡霊が動いている。なーんか嫌な予感がするんだよ。酒がまずくなるから、あんまりしたくねーんだが」
「過去の亡霊?」
「ああ・・・・完全なる世界(コズモエンテレケイア)の残党・・・フェイト・アーウェルンクス・・・奴らが動き出しているようだ。まあ、そのために坊主を無理して強くしたんだがな」
「・・・・・・・」
その時シモンは、グラスを飲もうとする手をピタリと止めた。
「ん?」
そして・・・
「そうだな・・・そうだったな・・・」
「あん?」
体を震わせながら、シモンはニヤッと笑った。
その震えは、武者震いだ。
フェイト・・・この名は忘れない。
ついこの間は忘れた名だが、今は違う。
(フェイト・・・お前を知る俺になって、俺はとうとうここまで来た。・・・お前との約束も、ようやく果たせる)
それが約束だった。
この世界に来る前からの約束だ。それをようやく思い出したシモンは、血が滾った。
「安心しろよラカン。俺が居る」
「・・・ほ~」
「・・・・それに・・・」
「それに?」
「俺がいる限り、・・・もう二度と・・・仲間も女も死なせねえよ」
シモンだ。
自分のこれまで乗り越えてきた、背負ってきた、打ち破ってきたものがあるからこそ言えるシモンの言葉だ。
ようやく会えたシモンという男に、ラカンはうれしそうに笑った。
「ふっ、・・・言うじゃねえか~ガキに負けたくせに♪」
「ああ、お互いにな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして、お互い笑いながら・・・
ほんの僅かな沈黙の後・・・
「来れ(アデアット)! アーティファクト・千の顔を持つ英雄(ホ・ヘーロース・メタ・キーリオーン・プロソーポーン)!!!」
「ソルバーニア!!」
人は皆、その音を花火だと勘違いした。
天高らかに響き渡るその轟音の正体に誰も気づかなかった。
ラカンの伝説の宝具にも、正面からぶつかり合い、受け止めるシモンのソルバーニア。それを見てラカンはさらに笑った。
「・・・・・いい武器じゃねえか・・・それがお前の新たなドリルか?」
初めてシモンと出会い戦ったとき、ラカンはシモンのドリルを片手で受け止めへし折った。
だが、そのドリルは何度折っても蘇り、ついには自分の武器と正面からぶつかるほどの強固なドリルとなった。
「ああ。これは俺とニアの絆の証だ。折れるわけないじゃないか」
「へっ、大馬鹿野郎が惚れるお姫様って、どの世界でもすげーんだな」
それだけで満足したのか。ラカンは剣を消し、シモンもソルバーニアを消した。
「なあ、・・・記憶映像は途中で止まっちまったから分からねえが、・・・あの後にニアって子は?」
「ああ・・・あの七年後にな・・・・」
「・・・そうか・・・」
「聞かないのか?」
そっけないラカンの態度に意外な表情をシモンがすると、ラカンはケラケラ笑った。
「へへ、今すぐ全部聞いてもつまらねえだろ~? 今度また酒飲んだときにでも教えてくれよ。それに、その話はまず先にあいつらにしてやるんだな。皆テメエを知りたがっているぜ?」
「ああ・・・・そのうちな」
ラカンが顎で指し示す方向には、新たな世界で得た絆たちが幸せそうに眠りこけていた。
ラカンの言葉にシモンは頷き、二人は再び飲みなおした。
「そういや~、記憶映像で思い出した。お前の放映されていた記憶映像が、盗まれたらしい」
「盗まれた? まあ、記憶が戻った今となっては、そんなに必要なものでもないが・・・あんなもの盗んでどうするんだ?」
「さあな。放送室が襲撃され、そこで仕事をしていた担当者や警備兵全員が襲われて気絶やら重症やらを負わされた。まあ、リカードたちは黒い猟犬(カニス・ニゲル)の調査で忙しいから、窃盗事件の詳しい真相は後日にそいつらが目を覚ましてからだそうだ。だからお前が学園に帰る頃には間に合わないかもしれないってことだけを伝えたくてな」
「そうか、結構金が掛かったから残念だな。まあ、そういうことなら仕方ないよな。しかし・・・盗むか・・・・あまり変なことに使われなければいいけどな・・・」
僅かな不安が過ぎったが、今はその不安ごと酒と共に飲み込んだ。
「まあ、いいじゃねえか。犯人捕まったらお前の所に送ってやるよ。だから、もうこの話はやめようぜ。ジジイじゃねんだ。老後の楽しみはとっておこうぜ」
「そうだな。昔を懐かしむのは、またの楽しみにしておくか」
今は僅かな不安よりも達成感を優先させたのだ。
あの時もそうだった。
テッペリン攻略時に死の間際に言ったロージェノムの言葉が未来への不安を感じさせた。だが、その時はそのことへの不安もあったが、その時だけは楽しんだ。それだけの日だったからだ。
だからシモンも今は楽しめばいいと酒を飲んだ。
今日は久々に酒がうまい。
気分も晴れやかだ。
もう直ぐネギたちと一緒にこの世界から帰るのかもしれないが、こうしてみると中々思い出深く、楽しかったなと感じることが出来た。
祭りが終わる・・・
しかし、この時はまだ誰も気づいていなかった。
破滅へと進む世界の傍らで、世界が加速していた。
「ふむ・・・・・時は満ちたようじゃ・・・・間もなくその時を迎える。まあ、・・・惜しむことはないがのう」
薄暗い部屋の中の椅子に深々と座る小さな影は、破滅への足音に気づきながらも一笑していた。
「平和だ新たな英雄だ何だと外では騒いでおるが、何も知らぬ哀れな人形に自我など必要もないというのに、愚かな者たちじゃて」
まるで侮蔑のような言葉だ。
部屋の外では、いや・・・世界は今、平和を謳歌するものたちの笑顔で溢れていた。
無礼講、そのような言葉が当てはまるのだろう。老若男女、人、魔、獣、の全ての種族わけ隔てなく過ごす世界に皮肉を込めた笑みを浮かべながら、小さき影は呟いた。
その小さな影の見てくれは、狡猾な瞳を持った、老いたアルマジロの姿をした獣人だった。彼は口に咥えた煙管の煙を吐き出しながら、世界の憂いを感じていた。
すると、突然薄暗い部屋の扉が勢いよく開いた。
「失礼します、アムグ署長。例のオスティア総督により秘密裏に連行された連中を今監獄に収容しているところなのですが、数が多すぎて全員の書類を作成するのにまだ時間が掛かるようです」
ここは、魔法世界最大の凶悪犯収容施設。
魔法世界で唯一完璧とまで言われる守備を誇る、世界の果ての大監獄の中は、今慌しく動いていた。
戦前の頃から今に至るまで、あらゆる犯罪者を収容しているこの施設は、今日起こった新生大グレン団と黒い猟犬(カニス・ニゲル)の争いにより逮捕された者たちが大量に連行されていた。
しかし・・・
「なんじゃ、まだそんなことをしていたのか?」
戦後初めてとも言えるほど、慌しく動く看守たちだが、その最高責任者とも言える署長のアムグは実に興味なさそうにしていた。
「えっ? そんなこと・・・と言いますと・・・・」
「ふん、・・・間もなくそんなもの何も意味がなくなるというに。しかし、お前たちに言っても無駄なことじゃがな。まあ、例の首謀者と名だたる連中だけ収容すれば後はどうでもよい。そうじゃな、労働にでも適当に回しておくがいい。じゃから、今からワシに仕事を持ってくるでない」
まるで突き放すかのような責任者の言葉に、看守の男は戸惑っていた。
「し、しかし・・・・その・・・連行されたものの中には・・・あの・・・流麗のディーネがおりますが・・・」
「・・・・ふん・・・愚かな奴じゃ。いや、あやつだけではない。ミルフも・・・マンドラも・・・善も悪も、もはやこの世界で起こる全てのことが無意味じゃて。真実を知らぬ人形どもに、本当の敵も味方もおらんというのに、何を争う必要がある」
知った名を聞いても、アムグは本当に無関心だった。
唯一関心があるとすれば、アムグだけが唯一知っている破滅へのカウントダウンと・・・
「しかし・・・偽ナギはまだしも・・・シモンか・・・あの男の胸の首飾り・・・あの家の家宝と同じ物じゃな・・・何か関係があるのか?」
だが、直ぐに興味を逸らして首を横に振った。
「まあ、どちらでもよい。偽りのワシの思考こそ、もっとも意味無き物じゃて」
彼の名はアムグ。
かつては「不動のアムグ」と戦場では恐れられ、その名を世界に轟かせた。
戦後の彼はまるで隠居したかのように、この政府最大の監獄の責任者として日々を過ごしていた。
外の世界に興味を持たず、まるで倦怠の海に身を沈めているようだった。
その彼が・・・・
「じゃから・・・最後の仕事といくかのう。偽りが終わり、真実が始まる。その邪魔となりそうなものを少々懲らしめておくかのう」
ついに動き出すのだった。
「そうじゃ・・・真実を見せよ。さすれば世界はあるべき姿になる」
偽りと真実の境界線。
偽りと真実は何が違うのか。
贋作と気づかなければ、それはその者にとっては本物になる。
だが、気づいてしまった瞬間、それは一気に価値のないものへと成り下がる。
失望が加算されて、偽者の価値が決まる。価値の無いもの以下の価値になる。
そして今、その失望から這い出そうとしなかった者がゆっくりと椅子から腰を下ろして、時代の行方を見届けようと動き出した。
そして・・・
動き出したのは彼だけではない。
地球・・・
それは暗闇の宇宙の中で光る青き星。
何十億人ものサルが地上に満ちる世界。
その世界が今、ネギたちの知らぬ間に動き出していた。
「ボス~、以上が報告内容だすよ~」
「ほう・・・そうか・・・」
その男は、書類が山済みになった机から顔を出し、不機嫌そうに頷いた。
中年、と呼ぶには年を重ね、しかし老人と呼ぶには相応しくないほど、若々しい筋肉質な肉体を持つ男。
長髪の黒髪で、口の周りは髭で覆われた者が、覇気に満ちたオーラを放出していた。
「やはり魔法の存在の露見、そして一般人にアーティファクトが行き渡っていたか・・・・しかもその両方が・・・」
「そ~、例の子供が絡んでいるようだすよ? しかも何人かの生徒がウェールズで行方不明・・・ゲートポートが遮断された日に重なるだす。こりゃ~もう、決定的だすね~。まさか異界にまで連れて行くとは~」
「ふざけおって・・・魔法協会め・・・いや、近衛近右衛門か。13年前、闇の福音の賞金剥奪の件ですらこちらが譲歩してやったというのに、・・・おのれ・・・」
するとこの男の前にいる、忍装束に身を包み背中に小太刀を背負った忍者の男が、「まあまあ」と宥めながらつぶやいた。
「イライラは、寿命を縮めるだすよ? アーティファクトっつっても、悪用しているわけじゃないんだし、いいんじゃないだすか~?」
だが男は握り締めた拳の力を抜かなかった。
「ふざけるでない。アーティファクト、才能のみで手に入る力だからこそ一歩間違えればこの世の均衡を崩すことになる。だからこそ血筋以外に魔法の存在は秘匿という掟が定められていたというのに、英雄の息子だか何だか知らんが、こうも簡単に破られるとはワシらも舐められたものよ」
「まあ、正体バレたらオコジョっつう程度のペナルティーっだすからね~。あっ、それと例の学園祭で魔法具を大量に本国から取り寄せて、一般生徒に使わせたっていう報告が魔法協会に送り込んだ密偵から・・・・」
忍の男がついでとばかりに軽口で、しかし重要な情報をベラベラと報告する。すると、その報告一つ一つに長髪の男は眉間に力が入っていく。
「まったく、もしそうだとしたら一大事なことだ。ただでさえ、例の子どもには特別扱いをし過ぎているというのに、これ以上の問題は看過できん。卒業試験だか試練だかは知らんが、それで魔法を知らぬ一般生徒たちの人生まで巻き込むのであれば、容赦はせん」
「は、はあ~・・・(もう、かなりの生徒が魔法を認識して、仮契約をしてるかもって噂は言わないほうがよさそうだすね~) それで~どうするんだすか、ボス~?」
すると忍の問いかけに、男は威厳に満ちた声で当たり前のように断言した。
「決まっておろう。その小僧が麻帆良に帰った瞬間、学園長共々審問する。その内容次第では学園長の失脚、小僧の本国強制送還もありえる」
「う、うわ~、そこまでしちゃうだすか~? その子を調べてみると、がんばっているとか、女生徒に人気があるとか、好評だすよ?」
「ふん、それがどうした。本来古臭い魔法の力など、とっくに途絶えるべきなのだ。しかし、世界の均衡を保つためにガチガチの規制の中でようやく生かしてやっているだけにすぎんのだ。しかしその奴らが掟を破り、それを看過しているのであれば問答無用だ。即刻追及して処罰を下すべきだ」
「うは~、掟を守るのも大切なんだすけど、大事なのは柔軟性だと思うんだすけど、まあボスに逆らえる政治家は居ないだすからね~」
あっけらかんという忍の男に、のん気なものだとため息をつく。すると男は何かを思い出したかのように再び口を開いた。
「そういえば、ゼンゴよ・・・・麻帆良にいる貴様ら甲賀の忍は大丈夫なんだろうな?」
「えっ? 楓だすか? さあ~、もう随分会ってないんで・・・何をやってるかさ~っぱりだすよ(子供先生と一緒に行動してるなんて絶対言えないだすね~)」
「ふん、のん気なものよ。ワシは老体に鞭を打ってこの世を守っているというのに」
「だははは、老体ってこんなマッチョで元気なおっさんは見たことないだすよ。政治界を牛耳る、異端の新人類、ジェノム・テンジョウは生涯現役だしょ~」
軽口を叩く忍にため息をつきながらも、その威厳は決して損なわない。まるで王の器のような覇気を身に纏った男。
その男は、魔法というものに遺憾の想いを抱きながら・・・・
「・・・麻帆良で思い出した・・・娘の依頼はどうなったのだ?」
「はあ、数ヶ月前にお嬢が偶然ネットで目にした男・・・シモン・・・やはり、あの日以来忽然と姿を消し、行方はまったく掴められなかっただすよ。本当は楓に聞ければ手っ取り早かったんだすが・・・・」
ジェノムの興味はシモンにも向けられていた。
何故、彼が・・・いや、彼の娘がシモンに興味を示したのか?
「ふん・・・1000年の歴史を誇る我らテンジョウ家に代々伝わる家宝・・・あれと同じものを所有していたシモンか・・・確かに、その正体は気になるところだ」
それは今言ったとおり、彼の家系に伝わる家宝と同じものをシモンが所持していたからだそうだ。
さて、・・・
その家宝とは・・・・・
そして、地球と呼ぶには程遠い景色が広がる世界。
その果ての山脈の上から、どこまでも暗闇が続く星空を眺めながら、一人の男が呟いた。
「そうか・・・とうとう、アーウェルンクスを名乗る残党が動くか・・・・」
マントを身に纏い、その表情も深々と被った兜で覗き見ることは出来ない。しかし男は、少し寂しそうな声で呟いていた。
「はっ、日本の京都をきっかけに、アーウェルンクスを名乗った少年がここ数ヶ月に動いているようです。そこには・・・千の呪文の息子も関わっているようです・・・現在やつらの行方はイギリスで途絶えています・・・恐らくゲートを使い、あの世界へ・・・・」
そんな男の傍らで、肩膝をつきながら告げる者の言葉に、仮面の男は「そうか・・・」と少しあきらめを込めた言葉でため息をついた。
「ふっ、それほど気にするな。懐かしき世界ではあるが、私に未練は無い。我が友でもある、龍樹(ヴリクショー・ナーガシャ)も消えるのは確かに心が痛むが仕方あるまい。問題なのは・・・むしろ滅びを迎えたその後だな・・・モルモル王国や、鷹派の政治家たち・・・そして魔界の動きもな」
「我々も動きますか?」
「いや、私は瞑想でもしてもう少し時の流れを見守らせてもらう。下手に動いて、この天空王ゲジョウの首を狙いにくる者たちが溢れても困るからな」
兜の奥に隠れた遠くを見つめる瞳、それはどこまでも遠くを見つめている・・・・竜の瞳・・・
「仰せのままに・・・卿(サー)・・・・」
そして、ここは地球の楽園と呼ばれる地。
南国の小国にて、褐色肌の少女がこの国の王座にてあまり上品とはいえない態度で呟いていた。
「う~~ん、世界中のゲートが途絶えてから、セタやんたちからの連絡は一向にないやなんて、きっと何かあったんやろうな~」
「姫様、どうなさるつもりなんですか?」
黒いスーツ姿のドレッド頭の女性が向かい合うこの国の姫に尋ねる。
「う~ん、まっ、セタやんたちにそれほど心配が要らないと思うんやけど、これだけ遅いとな~。さっさとゲートの修復か、もしくはもう一つだけあると噂されている幻のゲートを探し出して援軍を送るべきやろな~」
「援軍ですか? しかし・・・誰を?」
「そんなの決まってるや~ん。ウチが知る中で世界最強剣士の素子しかおらんや~ん」
あっけらかんと言う姫に対して、ドレッドの女は苦笑しながらも否定しない。
「確かにあの女なら信頼できますけど・・・」
「大丈~夫やて! 今はウチと同じで夏休みで暇やから、きっと受けてくれるで~」
最終更新:2011年05月13日 20:52