意味なんて無い。
腐れ縁の舎弟どもに元奴隷だ。見捨てたとしても、決して心は・・・・
(そうだ、俺はこういうカスさ・・・・だから心も痛まねえ・・・)
そう、痛まない。
トサカは卑屈な笑みを浮かべて、目の前に居る者たちを見捨てようとした。
――トサカさん、ありがとうございます!
「ッ!?」
亜子が奴隷として働いていたとき、ガラの悪い客に絡まれたとき、たまたまその場に居た自分が彼女を助けた。
トサカにとってはほんの気まぐれのような行動だ。
だが、それでも亜子は恐怖で怯えながらも、現われたトサカに安堵の笑みを浮かべて、涙目でお礼を言った。その時の亜子の顔と言葉が頭の中でチラついた。
――トサカさん、その・・・ありがとう・・・私たちに気を使ってくれて・・・
「ッ・・・の・・・くそ・・・」
亜子だけではない。アキラも・・・・
――トサカの兄貴! 俺たちは一生付いて行きます!
「・・・・くそ・・・・」
こんなときに、皆の自分に向けた笑顔がチラついた。
何故かは分からない。本当に自分が生き延びたいのなら、やるべきことは分かっている。
だがしかし、本当にそうしようとしたら皆の笑顔がチラつき、涙が溢れ出しそうになる。
(どうしちまったんだよ・・・俺は・・・)
いや、トサカは本当はもう分かっている。
どうして自分が躊躇うのか。
だが、素直になれない自分は決してそれを認めたくは無かった。
「トサカさん・・・あの・・・大丈夫ですか?」
「顔色が悪いです・・・その・・・」
「兄貴、どうしたんすか?」
心配そうに覗いてくる亜子たち。だが、その表情を見た瞬間に、トサカは舌打ちをしながら決めた。
いや、覚悟した。
「へっ、・・・・これしかねえな・・・・」
トサカは、これから自分のやるべきことを覚悟した。
「・・・・・・・トサカさん・・・どうしたん?」
「トサカの兄貴?」
それは突然のことだった。
いきなり小さく呟いたトサカに皆が顔を上げた。
「もううんざりだ・・・・・・・・・・・テメエらどっか行けよ・・・・・・・」
トサカは、今自分たちが通ってきた道を振り返りながら、そう呟いた。
「「トサカさん!?」」
「「「兄貴!?」」」
突然告げられたトサカの一言に、亜子や舎弟たちは驚きを隠せない。
するとそんな彼女たちにトサカは「へっ」と小さく笑った。
「さっさと行けって・・・・・悪いが俺はもう、一人で逃げさせてもらうぜ」
こちらを見むきもせずに呟くトサカに、亜子達は慌ててトサカの腕をつかんだ。
「そ、そんなのダメです!?」
「そうです。早く逃げなくてはさっきの変な奴らが来ます! だから・・・「ウルせえ!!」・・・!?」
亜子とアキラが慌ててトサカの腕をつかんで、一緒に逃げるように叫ぶ。
しかし、彼女たちの手をトサカは乱暴に払いのけた。
「ッ・・・トサカ・・・さん・・・?」
払いのけられた手が痛む。亜子は少し赤くなった手を押さえながら、茫然とした。
すると呆然とする彼女たちにトサカはまるで仇を見つめるような鋭い瞳で睨みつけた。
「おい・・・・以前からむかついてたんだよ。テメエら馴れ慣れしいんだよ。ガキの分際で、しかもつい最近まで奴隷だった奴らが、何この俺に指図してやがる」
「・・・・えっ?」
「トサカさん・・・・・」
「足手まといがこんなに居たんじゃ俺まで死んじまう。政府の連中もさっきの奴らも、もうウンザリだ。俺はもう一人で勝手にやらせてもらうぜ」
まるで亜子やアキラたちを足手まといとして切り捨てるかのように残酷な言葉をトサカは口にした。
「そ、そんな・・・・・トサカさん・・・・何故・・・・」
トサカは口が悪い。
「全部テメエらのせいだ。いつもと変わらねえクソッたれた日々だったが、俺はそれで良かった。だが、テメエらやあのガキに、あのクソったれ野郎・・・テメエらが俺の前に現れて迷惑ばかりだ! もういい加減、ウンザリなんだよ!」
性格もひねくれている。
だが、それでも素直でないだけでいつも自分たちを気にかけてくれた。
それが一緒に居て分かっていたからこそ、アキラも今のトサカの言葉に動揺を隠せないでいた。
「そんな・・・・アニキ・・・じゃあ俺らはどうしたらいいんだよ!?」
トサカの舎弟も慌ててトサカにすがる。だが、そんな彼らもトサカはそっぽ向いた。
「知るかよ。結局テメエらは何の役にも立たねえ。テメエらももう勝手にしやがれ」
「そ、そんな・・・・・」
突然投げやりになったトサカ。
その残酷な言葉に亜子だけでなく、舎弟たちも涙を流しそうになっている。
そしてトサカはそのまま振り返りもせず、亜子たちとは逆の方向に黙って歩き出したのだった。
そんな彼の態度にもはや我慢の限界になったアキラが、涙を浮かべてトサカに掴みかかろうとする。
「こ、このッ!!」
だが・・・・
「ま、待ってアキラ!!」
「あ、亜子!? で、・・・・でも・・・・こ、この男は許せない! 今までいくら悪口や乱暴なことを言われても、私はこの人のことを信頼していたんだ! 恩を感じていたんだ! それなのに・・・それなのに・・・」
亜子がそれを止めた。アキラの体を必死に掴んで止めた。
「ダメやって! お願いやから、トサカさんを責めたらアカン! これ以上トサカさんに迷惑かけたらアカン! これ以上・・・ウチらの所為で・・・迷惑かけたらアカン・・・」
「亜・・・・亜子・・・・」
そして亜子はアキラの体を必死につかみながら、消え失せそうなほどの小声で涙をにじませながら・・・・
「トサカさん・・・・・・全部・・・・分かっとるから・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「えっ?」
「トサカさんが何って言っても・・・トサカさんのホントの気持ちは・・・ウチ・・・ちゃんと分かっとるから・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・ふん・・・・」
その言葉に、アキラはピタリと動きが止まった。
「亜子・・・それってどういう・・・・」
「行くんや・・・・アキラ。ウチらは・・・・ほんまに足手まといやから・・・・トサカさんの邪魔したらアカン・・・・」
嗚咽を交えながら呟く亜子。そして彼女はそのままアキラの手を取り、トサカとは逆の方向へと向き、歩き出す。
「行こう・・・アキラ・・・・みなさん・・・」
「亜子・・・」
「ちょっ、・・・・でも兄貴は・・・・・」
その場にトサカだけを残して前へと進む亜子。
アキラと舎弟たちは何度も前と後ろを交互に見ながら亜子の後を追いかけた。
何が何だか分からないこの状況。しかしどうやら亜子だけは理解したようだ。
突然のトサカの態度に、亜子だけは理解した。
そして彼女は走り出しながら、最後に聞こえるか聞こえないか分からないぐらいの声で、トサカに向かって告げる。
「トサカさん・・・・・・・ありがとう・・・・・・・でも絶対・・・・絶対・・・・居なく・・・なら―――――――――」
そこから先は聞こえなかった。
だが、それでもその言葉を聞いたトサカは小さく笑った。
「けっ、ガキが・・・・俺のことを知った気になってんじゃねえ・・・・テメエに何が分かるっていうんだよ。・・・・本当にムカつく奴らだ・・・」
だが、言葉とは裏腹に清々しい顔つきをしている。
そして彼は両手に短剣を握りながら軽く肩を回して体をほぐす。
そして・・・・
「・・・結局こんな役回りかよ・・・・おうおう・・・・ぞろぞろ来やがって・・・・」
大量の化け物がトサカの前に現れた。
だが、トサカは動揺していない。
それどころか亜子達が逃げた通路に立ちはだかり、化け物たちをそれ以上先に行かせないように、剣を向ける。
「ったく、どうしちまったんだ俺は? あんなガキどものために・・・・」
不敵に笑うトサカ。その笑みに対して、化け物たちは何も返さない。
「いや・・・、これでいいんだよな・・・所詮俺は脇役・・・・踏み台・・・捨て駒・・・・そうさ、カスにはお似合いの末路だな。だが、まあ悪くはねえ・・・・」
そう、トサカの出した答えはこれだ。
「足手まといの役立たず共でも・・・・元奴隷共だったとしても・・・・俺にとっては・・・・・・へっ、・・・まあ、お前らにこんなこと言っても分からねえだろうがな」
これだけ人が覚悟を決めているのに反応を示さないのは不愉快だ。だが、トサカは反応が返ってこないと分かりながらも敵に向かって叫んだ。
「オラオラオラ! テメエらがどこの誰だか知らねえが、こっから先は通さねえ! カスにはカスのプライドがあるんだよ!」
「「「「「――――――――――――――――」」」」」
「これで遠慮なく思いっきりやれるってもんだ! 覚悟しやがれッ!!」
化物たちは何も返さない。
しかし動きが見られた。突如光だし、攻撃の照準をトサカに向けている。
だが、トサカは怯まない。
「俺は20年間同じ生き方貫き通してきた、みっともねえカス野郎だ! 地べたを何度も這いずって俺は生きてきた! だが、最後ぐらい・・・・派手な輝きを見せてやるぜ!」
トサカは果敢に向かっていく。
「そうさ、この瞬間さ! 俺が生まれてきたのは、今この瞬間のためさ! 今この瞬間こそ俺は主役だ! たとえ数分、数秒だろうとも、場違いな役だと笑われようとも、最後まで演じきってやろうじゃねえか!!」
彼の剣は効かない。
(ああ・・・悪くねえ・・・誰かに礼を言ってもらえるのも・・・・こうすることも・・・・そして・・・・)
魔法は効かない。
(俺のために誰かが泣いてくれるのも・・・・・悪くなかったな・・・・)
攻撃の全てが無効化される。
(おい、・・・・クソッたれ野郎共・・・そもそもテメエらから始まった・・・テメエらの所為で俺はこんなになっちまった・・・でもな・・・・・ナギ・・・いや、ネギ・・・・シモン・・・・・)
だが、そんなもの知ったことではない。
(そんなに・・・・悪い気分でもなかったぜ・・・・・)
彼は胸の中の魂を相手にぶつけていた。
「穴倉籠ってため込んでいた20年分の光だ! テメエらに全部くれてやらア!!」
魂・・・・ずっと否定してきたその力をトサカはとうとう解放した。
「テメエら俺を誰だと思ってやがる! 俺は・・・・俺は・・・・英雄をぶん殴った男だァァーーーーッ!!」
その咆哮は・・・・
「くっくっく、・・・・ははははは・・・だァはっはっはっはっはっはっ!!」
ちゃんと彼女たちの耳に届いていた。
「・・・・トサカさん」
涙を零しながら走る亜子達の耳にはトサカの魂の咆哮がちゃんと届いている。
「ハッーーーーーーーハッハッハッハッハッハッ!!」
聞こえる。
心を解放した彼の声が聞こえる。
穴倉に閉じこもっていた彼の心が今外の世界へとあふれ出る。
「・・・・・・トサカの兄貴・・・・」
「・・・・トサカさん・・・・・」
聞こえる。
あの男は叫んでいる。
自分たちを守るため、その存在を証明するかのごとく、叫んでいる。
そして・・・
「ハッハッハッハッハッハッ―――――――――――――・・・・・・・・・・」
「「「「ッ!?」」」」
そして・・・トサカの声が完全に途絶えた。
「うっ・・・・・・うう・・・トサカ・・・・さん・・・・」
「そ、・・・・・そんな・・・・」
「ア・・・アニキ・・・・・」
もう聞こえない。
「聞こえへん・・・・・トサカさんの声が・・・・・」
捻くれもので、しかし自分たちをいつも気遣ってくれたあの男の叫びが完全に途絶えた。
「そんな・・・・なんてことだ・・・・・」
立ち止り振りかえる亜子達の眼には涙がとめどなくあふれ出た。
だが、もう遅い。
どれだけ涙を流しても、どれだけ名を叫んでも・・・・・
「トサカ・・・さん・・・ト・・・サカ・・・さん・・・・・・トサカさァーーーーーん!!」
もう返事は返ってこなかった。
「悔しい・・・アキラ・・・ウチは悔しい!!」
「亜子・・・・」
「・・・・逃げるだけしか出来ん自分が悔しくて溜まらん!!」
消えていく。
先ほどまで当たり前のように存在していた者が消えていく。
無力な自分たちの目の前で消えていく。
だが、その無力に気づき、嘆いてももう遅いのだ。
消えていく・・・・
「私の人生は・・・・ミスばかりだった・・・・だが、いつの日か・・・そのミスを全てチャラに出来る偉業を成し遂げたい。それが私の野望だった・・・・」
口元に笑みを浮かべて笑うウツカ。
その瞳には涙目のハカセ。無言のエンキ。そして悔しさで唇を噛みしめる達也とポチが写っていた。
「あ・・・あっ・・・・」
「クソッ!! 何故敵の出現に気づかなかった! ・・・・全て僕たちの責任だ・・・・許せ・・・ウツカ・・・」
倒れているウツカを抱き上げ、ハカセは涙を流しながら俯いていた。
ハカセ達を庇って敵の攻撃を喰らい、その肉体が無情にも崩れていくウツカを、彼らはどうしようもできず、ただ嘆くだけしかできなかった。
だが、ウツカだけは笑った。とても満足そうに笑っている。
「貴様ら・・・ただの無法者だと思っていたが・・・・あの映像に映し出された・・・・本物のグレン団なんだな?」
「・・・・リーダーは、そう認めてくれている。だからこそ我々もこの旗に誇りを持っている」
グレン団である。そう頷いた瞬間、ウツカはホッとしたような溜息をついた。
「ふっ、ミスでグレン団の映像を流した時、気絶してしまい、クビをも覚悟していたのだが・・・どうやら・・・あれはあれで良かった・・・」
「もう、しゃべるな・・・・」
「ミスばかりだったが、・・・ここに来て希望を繋いだ。私にしては・・・中々・・・・・・―――――――」
そこには確かに人が居た。
ウツカ・リミスという男。首都の騎士で少し慌てものでミスが多い男が確かにそこに居た。
だが、ハカセの腕の中にはもう誰も居ない。
「そんな・・・こんなのって・・・・・」
そこに初めから誰も居なかったかのように、消滅してしまった。
「なんで・・・・」
いいのか? こんなことが現実だと認めてもいいのかと叫びたくなる。
しかし現実は変わらない。
ハカセたちが、亜子たちが、木乃香たちがどれほど叫ぼうとも、これが夢ではなく現実なのだと思い知らされる。
そう、襲い掛かる現実は・・・・
「チーフ!?」
人々の心に大きな傷だけ残し・・・・
「グレイグさん!? アイシャさん!?」
後は何も残さず・・・・
「い・・・・・い・・・委員長―――ッ!?」
消えて行く。
現実が容赦なく、この世界を消していく。
生命とはここまでアッサリと消えてしまっていいのかと思うほど、多くのものが消えていく。
「し・・・・・しくじったね・・・・」
「チ・・・・チー・・・・フ・・・・」
夏美を庇った奴隷長が、傀儡の攻撃により肉体が塵のように消滅していく。
「のど・・・・か・・・・逃げ――――――」
「アイ・・・シャ・・・・・さん・・・・クレイグさん・・・・・・」
のどかを庇ったクレイグが、アイシャが・・・・・
そして・・・・
最悪の事態は最悪のまま・・・・・・
「ど、・・・・・どうして・・・ですか」
「ふふふ・・・・細かいことを気にするなですわ・・・・ユエさん」
「お嬢様!?」
自分たちの・・・・・
「エミリィちゃん、しっかり!!」
「ちょっ、しっかりするっすよ!! 私との決着はどうするんすかッ!?」
かけがえの無いものを次々と消していく。
これは現実だ。夢ではなく、今実際に目の前で起こっていることだ。知人、他人問わずに人が目の前で消えていく。
こんなこと、彼女たちの人生では初めてのことだ。
いかに、強敵と戦う力を身につけようとも、こんな状況を目の当たりにして冷静さを保てることなど出来はしない。
「当たり前です。決着は・・・・必ず・・・・」
敵の攻撃をかわしきれなかったエミリィは、その肉体に風穴を開け、そして肉体を構成している物質が花びらのように散り始めた。
「ちょっ・・・ちょっ・・・シスターシャークティ! 治癒魔法を! 早くっす!!」
「委員長! しっかりするです! 委員長!!」
「お、・・・お嬢様・・・お嬢様!!」
消えていく肉体。消えていく想い。消えていく存在。
「まったく・・・ユエさんも、美空さんも・・・情けない顔して・・・それでも私のライバルですの?」
「だ・・・だって・・・・・」
それが彼女の最後の微笑み。
そして彼女は最後の最後である一人の男の顔を思い浮かべた。
それだけで不意に涙が零れ・・・
そして・・・
「ああ・・・そういえば・・・・シモンさんにはまだ何も・・・私の気持ち・・・言ってなかっ――――――――――」
何度も言うが、これは現実だ。
「い、・・・・委員長・・・・」
「お、・・・・嬢・・・様・・・」
手を探っても、何もつかめない。
どれだけ叫んでも返事も無い。
そこに初めから存在しなかったかのように、多くの人たちが世界から姿を消した。
そしてついには・・・
「悪いなお前ら・・・・おっさん世代の矜持として、拭き残し綺麗に拭ってやりたかったが・・・全部おしつけることになっちまって・・・」
「ラカンさん・・・・」
「悪い」
ついには・・・・
「ま・・・お前なら出来るさ――――――」
この世界の伝説すら幻想として消し去ってしまったのだ。
「ラカンさーーーーーーん!!!!」
誰もが説明できぬこの事態。
闇を纏った傀儡たちを引き連れた首謀者の魔術師は、次々と消えていく者たちへ哀れむかのように呟いた。
「灰は灰に。塵は塵に。夢は夢に。幻は幻に。全ての者に永遠の安らぎを」
紡いだ思い出も。育んだ心も。全てを容赦なく消しさる現実という名の猛威。
残された者たちの心に深い傷だけを残し、ついこの間まで共に笑い合ったり、怒鳴り合ったしていたものたちを消していく。
「う、嘘だ・・・・そんなこと・・・」
「いや、全て真実じゃ」
認めたくない現実。
しかしシモンのそんな想いを打ち砕くかのように残酷な真実がアムグから語られていた。
シモンは震える。
肩と唇を震わせ、アムグの言葉を決して認めようとはしない。
「エミリィや・・・ラカンが・・・トサカたちが・・・・・・魔法世界に住む人たちが幻想だなんて」
そんな事実、断じて認めたくはなかった。
だが、アムグは遠い目で次々と消されていく魔法世界の人々を哀れむように見下ろしながら、己の言葉を否定しなかった。
「魔法世界人は魔法世界と同じように出来ている。この世界が消えるときはワシを含めて全てが消える。嘘ではない。これがこの世界の真実じゃ」
絶句する・・・とは正にこういうことを言うのだろう。
世界の、星の、銀河の運命をも捻じ曲げてきたシモン。だが、そのシモンですら言葉が出ない。
告げられた真実はあまりにも大きく、重かった。
メガロメセンブリア市民、それこそがこの世界に住む『人間』。だが、それ以外のものは全てが造りものである。
獣人や亜人、この世界に住む約12億の生命のうち、本物は僅か6700万で、残る全ての生命が幻想であるとアムグは告げた。
「みんなが・・・・幻想? そんなの・・・そんなの認められるか!!」
この世界に来て初めて出会ったアリアドネーの少女たち。最初は記憶喪失で常識人ではない自分を呆れたまなざしで見ていたが、やがて自分を兄貴と慕うようになってくれた。
サラと出会い、アリアドネーから離れた直後に遭遇した、最強の男にして、この世界で最初の友となったラカン。
ラカンとの戦いの後、大怪我をして運ばれたグラニクス。そこで奴隷の身分から逃げ出した自分たちに怒ったトサカ。
オスティアで繰り広げた三国の兵士たちとの大喧嘩。
新生大グレン団と黒い猟犬たちとの空中大喧嘩祭。
拳闘大会でのあの熱気。
これまでの出会い。これまでの想い。受けた痛み。言われた言葉。熱気。全てが・・・・
「いいや、全て真実じゃ。こうやってワシと話していることも、幻想なのじゃよ」
全てが偽りだった。
「ふ、ふざけるな!? そんなことあってたまるか! 俺たちと少しぐらい作りが違うからって、偽者なんて言えるものか! 俺たちにとってもお前たちにとっても、これまでのことも、今こうしていることも現実じゃないか!」
「ふん、ではどうするのじゃ? お前は何と戦うのじゃ?」
「・・・何?」
「クルトか? アーウェルンクスか? この世界か? それとも地球か? 果たしてお前の敵は誰じゃ? お前は誰と、何と、どのように戦って望む未来を手に入れる?」
「そ、それは・・・・」
「クルトを否定できるか? アーウェルンクスを否定するか? それともこの世界を救うために、地球に移民できるように掛け合ってみるか? 無理じゃな。ジェノムに勝つ以前に、地球そのものに戦いを挑むようなものじゃ。魔法世界と現実世界・・・この二つが交わることは決してない!」
何も言い返すことが出来ない。
何も答えが思いつかない。
こんなことが今まであっただろうか。
誰もが誰もこの解決不可能な難解に悩み、そしてその結果、苦汁の決断を迫られているのである。
シモンに何が出来る? この世界でも、この宇宙の地球の人間でもないシモンに何ができる。
「さあ、お前はどうするのじゃ?」
重すぎる・・・
「まだ見ぬ未来に怯えないために、今を抗うか? それはたんなる問題の先送りに過ぎんのじゃよ。覚悟を決めたもの達は既に動いておる。子供じみた言葉遊びで今を誤魔化すことほど愚かな行いは無いぞ?」
今この場で口八丁で誤魔化せるような問題ではない。
この宇宙の地球の人口は60億人。対する魔法世界人の人口は12億人。そのうちの10億が魔法の力で作られた生命。
だが、だから何だというのだ? 彼らは造られた生命にしろ、確かにそこに存在し、心を持っていた。
少女たちの想い、男たちの意地、拳で殴られたこと、全てがシモンにとっては間違いなく現実だった。
だからこの世界の人たちを造りものだなんて思うことなど出来ない。
ならばどうする? この世界の崩壊をどうするのか? 死に絶える生命をどうするのか?
答えなんて、直ぐに出せるものではなかった。
目の前に起こる惨劇。頭の中で繰り返される真実の重さ。
こんな時、今までの自分はどうしただろうか? 今までの自分たちはどうしてきた?
体が傷で動けぬ代りにシモンは考える。これまでの自分ならどうしてきたのだろうかと。
そしてその答えが、正しいことにせよ、間違っていることにせよ、それは世界の行く末を左右させることになるのだった。
最終更新:2011年05月13日 21:04