第百十三話 お前は一体何がしたいんだ? 投稿者:兄貴 投稿日:10/06/22-18:36 No.4358
無力な自分たちは逃げてきた。
「うう・・・チーフ・・・うう」
「夏美殿・・・」
「ちっ、・・・・俺がついてながら・・・油断した」
無力な自分たちを守ってもらい、消滅した魔法世界の人々。
自分自身の情けなさに、そして失った悲しみに彼らは包まれていた。
泣き止まぬ夏美に小太郎は無言で肩に手を置く。
ただ、夏美同様、彼もまた心は落ち着いてはいなかった。
こんな時、一人でも冷静なものが居て助かる。
楓は一人だけ衝撃を受けつつも、冷静に今の自分たちの状況を整理する。
「一応ここが集合場所でござるが、拙者たちが一番乗りのようでござるな」
集合場所となっている搬入港には、まだ自分たちしかない。
だが楓の言葉を聞いていないのか、何も返さず夏美は泣いたままだった。
楓もそのことに対しては何も言わない。夏美が泣くのも仕方ないことだと思い、今はそのままにした。
(状況を把握したい・・・皆は無事でござるか・・・・)
仲間の安否もさらに気がかりだ。
楓もまた少し落ち着きなく辺りを見渡していく。
すると・・・
「ん?」
「楓姉ちゃん!」
「うむ」
この搬入港に近づく複数の足音が聞こえる。
しかもかなり慌てて走っているようだ。
楓と小太郎が夏美を守るように足音が聞こえるほうへ向けて構える。すると現われたのは・・・
「楓!」
「刹那! 裕奈殿にまき絵も無事でござったか!」
「うん、敵と遭遇しても刹那さんが一刀両断したしね!」
「ちょ~っと怖かったけどね」
刹那たちだった。
その姿は先ほどと変わらず元気な姿だ。
どうやら彼女たちは何事もなく無事にここまで来れたようだ。
一番の不安要素であった裕奈たちだが、こうして無事なことは何よりだ。
そして彼女たちも無事に再会できたのがうれしいのか、慌てて駆け寄ってくる。
だが、彼女たちの瞳には嗚咽を交えて泣く夏美が居た。
「ん・・・ど、どーしたのよ、なっちゃん!?」
「何かあったの?」
「うう・・・まき絵・・・裕奈・・・」
心配そうに詰め寄る二人に、夏美は二人の胸に飛び込んで再び泣いた。
まるで子供のように泣きじゃくった。
「楓・・・一体何が?」
「刹那・・・うむ・・・それが・・・・・・ん!」
「また誰か来るで!?」
「はあ・・・はあ・・・せっちゃん・・・・・みんな・・・・」
「お嬢様ァッ!!」
「木乃香の姉ちゃん!」
木乃香だった。
息を切らせて走って辿り着いたのは木乃香だった。
刹那も木乃香が無事で居ることにホッと胸をなでおろす。
「お嬢様ご無事で良かった!! お怪我はありませんか? 体はなんともありませんか?」
興奮した様子で刹那は木乃香の元へ走る。まあ、無理も無い。一番心配だったのだから。
しかし木乃香の様子が変だ。
「・・・せっちゃん・・・・」
木乃香は泣き腫らした顔だった。
「お、お嬢様?」
「・・・せ、・・・せっちゃん・・・・・あ、・・・あんな・・・」
一体何があったのかと慌てて木乃香に詰め寄る。すると木乃香は再び涙を流した。
「せっちゃん・・・エマはんが・・・エマはんが・・・ウチを守るために・・・」
「・・・・えっ・・・・・」
刹那は木乃香が何を言っているのか分からず、少し呆然としてしまった。
その間にも、同じようなタイミングで次々と仲間たちが集合場所でもあるこの場に集っていく。
しかし・・・
「あ、・・・亜子! アキラ!」
「みんな・・・・・」
誰もが・・・
「ハカセに美系兄ちゃんたち!」
「やあ、君たちは無事だったかい・・・」
「?」
誰もが浮かない表情をしていた。
「一体・・・何があったでござるか?」
誰もが誰も悲しみを露にしていた。
皆と逸れてまだ僅か数十分しかたっていない。
にもかかわらず、数十分前まではあれほど勇ましかった仲間たちが、今皆沈んだ顔を見せている。
楓は何があったのかと沈んだ仲間たちに尋ねる。
するとその時だった!
「むっ!?」
「楓!」
「楓姉ちゃん!」
空間が弾け、亀裂が生じた。
恐らくは転移魔法だ。
楓、刹那、小太郎の三人が敵の出現だと思い、身構える。
すると・・・
「えっ!?」
「本屋!?」
「のどか殿!?」
割れた空間からのどかが飛び出してきた。
その手には何と、現在総督府を襲っている傀儡たちと同じ鍵型の杖まで持っている。
「のどか殿! 一体・・・」
「はあ、はあ、はあ・・・あの黒い魔術師から逃げてきたんです!」
「えっ? いや・・・しかしどうやって・・・」
「今は後です! とにかく今はこの杖を・・・・」
―――!?
「はっ!?」
「本屋!?」
「な、なろ!?」
一瞬の出来事だった。
のどかの出現に気をとられ、突如現われた魔術師の接近に気が付かなかった。
間近で見たら間違いない。この魔術師はフェイトの仲間だ。
「ほう、仲間の下へ辿り着いたか。この状況下においてこの機転と運は賞賛に値しよう、読唇術の娘よ」
音もなく現れた薄気味悪い魔術師は、のどかの背後から出現し、のどかの持っていた杖を奪い取った。
「安心しろ。殺しはしない。ただし、その魂を先に消えたものたちと同じ永遠の園へ遅らせてもらうがな」
杖が輝きだした。
たとえ原理が分からなくとも、これだけ目の前で多くのものが消されていれば嫌でも分かる。
あの鍵を使って、消えたものたちと同じようにのどかも消すつもりだ。
「コラァ!!」
「むっ」
そんなことさせてたまるかと、小太郎が誰よりも早く駆け、魔術師に攻撃する。
魔術師も回避のため、咄嗟にのどかから離れてしまい、最悪の事態を免れた。
「よくやった小太郎!」
「皆さん、下がってください!」
離れたのどかを急いで保護し、小太郎に続いて刹那と楓も前へ出る。
その出で立ちを見た魔術師は、思わず感嘆の声を漏らした。
「ふむ・・・殺生を禁じられているとはいえ、こうも思い通りにいかぬとは・・・」
まるで慌てるそぶりも無く余裕の態度だ。
しかし小太郎は、両拳を力強く握り締め、低い声で魔術師に問う。
「おう・・・ところでこれはテメエの仕業なんかい?」
「・・・仕業とは?」
「・・・皆を消したんはテメエの仕業かって聞いとんのや!!」
殺気の滲み出た小太郎。
心の底からの怒りを込めているのは、誰の目にも明らかだ。
しかし目の前の魔術師は、その殺気に怯むどころか、むしろアッサリと肯定した。
「いかにも・・・ならどうする?」
「ッ!?」
その瞬間、小太郎の中で何かが切れた。
「・・・・返しや・・・・」
「?」
「10倍返しやコラアア!!!!」
怒り任せの小太郎の特攻。
だが、止めるものは居ない。
どうせ止めても止まらないからだ。ならば先手必勝とばかりに刹那と楓も後に続いた。
「ふむ・・・よかろう。では少し戯れてみるか」
向かい来る三人に対し、魔術師は冷静さを崩さない。
落ち着いた雰囲気のまま軽く右手を前に出し、それが合図となり触手のような黒い影が地面から幾重も這い出して、三人に襲い掛かる。
だが・・・
「獣速瞬動!!」
「ほう!」
小太郎が四速歩行の姿で四肢を使った瞬動で、本来直線にしか動けないはずの瞬動で、四方八方縦横無尽に動き回り、触手の影を引き裂いていく。
「二足歩行のクイック・ムーブではなく、四速歩行のクイック・ムーブか・・・初めて見る。まさに獣だな」
「獣で十分や! テメエを引き裂く牙と爪さえあれば、何でも大歓迎や!!」
あたり一面を覆いつくさんばかりの魔術師の影の攻撃だが、獣のごとく小太郎が全てを引き裂いていく。
「でかしたでござる、小太郎!」
「覚悟しろ、魔術師!」
小太郎に感心し、気を取られている魔術師。その隙を楓と刹那が叩き込む。
「影分身の術! 忍法・・・・」
「神鳴流奥義・・・」
この距離で、この二人なら逃しはしない。
「四つ身分身朧十字!!」
「斬鉄閃!!」
直撃はしたはずだ。
二人の技を受けたならばいかに歴戦の猛者といえど、ただではすまないはずである。
しかし、手ごたえが感じられなかった。
そして攻撃を受けたはずの魔術師の肉体がドロドロと溶け出し、地面の中に戻った。
「むっ!?」
「これは!?」
本体ではなかった。
「ふむ、・・・中々だ・・・」
「「「!?」」」」
魔術師の影によって生み出された変わり身だった。
本物は無傷でピンピンして、三人をまるで観察するかのように眺めていた。
「くっ、変わり身かい!」
流石にこれほどあっさりと倒せる相手ではなかった。
よく見れば、相手はラカンが見せてくれた紅き翼たちとの戦いの映像に映っていた魔術師だ。
それはすなわち、紅き翼レベルの相手と言っても過言ではないのである。
「だが、相手の能力が何であれ、ここは戦うしかない!」
「確かに、人数が多い以上逃げ回れぬ。ここで勝負に出るのも悪くは無い」
しかしだからと言って、この状況、そしてここまでされて引き下がるわけにはいかない。
「なるほど、新たなる風、少しは堪能できたな。まるで20年前を思い出すな」
対する魔術師は、この事態をむしろ昔を懐かしむかのように、少々機嫌がよさそうに見える。
そして立ち並ぶ小太郎、刹那、楓の順に視線を映し、思いをそのまま口にする。
「・・・犬上小太郎。・・・テルティウムは過小評価していたが、想像以上だ」
「へっ、テメエなんかに褒められてもうれしないわ!」
「そして神鳴流の剣士・・・技量は近衛詠春にこそまだ及ばぬが、気迫と光を感じた」
「ふん・・・いきなり何を・・・」
「そして影分身の娘よ・・・こんなところで旧世界の忍と会えるとはな。貴様を見ていると私が初めて戦った忍を思い出す・・・甲賀中忍・・・千人力のゼンゴをな」
「ッ!? 先輩と戦ったことが!?」
「ほう、あのテンジョウ家の懐刀の後輩か・・・ならばますます楽しみだ」
小太郎たちは分からず首を傾げるが、あの常に飄々としているはずの楓が珍しく動揺し、顔面が蒼白していた。
「楓、どうした!?」
「い、いや・・・なんでもないでござる・・・」
僅かに様子が変な楓だが、今は気にしている場合ではない。
各々が最大限に気を高めて、魔術師に向けて構えた。
「素直に貴様らを認めてやろう。私も存分に相手となろう。だが、ここでは興が乗らん。この後に行くべき場所とやるべきこともまだ残っているのでな。それが終われば相手をしてやろう」
「ま、・・・逃がすかい!」
「では、遠くないうちにな」
小太郎は気弾を飛ばすが、既に遅い。
魔術師は床に広がる影に飲み込まれ、そのままその場から影も形も消失した。
「くっ・・・・・結局やりたい放題されて終いかい・・・んなろォ!!」
怒りの行き場をなくした拳を床に思いっきり叩きつける小太郎。
無理もない。
脅威が目の前から消えたというのに、この空気の落ち込み振りは何だ?
浮かない顔、涙で腫らした顔、どうしようも無く皆が静まり返っていたのだった。
「・・・亜子殿・・・それに木乃香殿の方にも何が?」
「楓ちゃん・・・あんな・・・」
楓たちは目の前でクマの奴隷長を失った。そのために夏美の悲しさ、小太郎の悔しさは言うまでもない。
そして敵が去り、楓が他のものたちに問いかけた結果、次々と皆がつい先ほど起こった全ての事を口にした。
その悲惨な内容に誰もが顔を俯かせたのは言うまでも無い。
「そんな・・・エマさん・・・トサカさん・・・メガロメセンブリアの兵士まで・・・」
「せっちゃん・・・ウチ・・・ウチ・・・逃げたなかった・・・せやけど・・・」
「ウチも・・・トサカさんを置いて逃げたくなかった・・・でもトサカさんは・・・トサカさんはウチらのために嫌われる演技までして・・・」
「僕たちもだ・・・僕たちがふがいない所為で・・・ウツカ・リミスという勇敢な首都の騎士殿を失った・・・」
自分たちを助けるために犠牲になった者たち。
自分たちの無力さ、自分たちの不甲斐なさが何度も何度も自分を責め立て、少女たちはその苦しみが涙となって流れ出していく。
押し寄せるのは絶望。
光は無いのか?
いや・・・
「まだです!」
一筋の光が残っていた。
「まだあきらめてはいけません!」
それが希望となるかはまだ分からない。だが、沈む仲間たちの顔を上げさせるには十分だった。
「先ほどの魔術師・・・名はデュナミス・・・あの人の心を読み、分かったことがあります」
「ッ、のどか殿・・・先ほどの魔術師の真名を暴いたのでござるか?」
「はい。そして皆さんを消したあの杖の仕組みも大体分かりました。消えてしまった人たちを元に戻す方法はあります! この世界の最後の鍵(グレートグランドマスターキー)を手に入れれば!」
こぼれた一筋の光、それが絶望の中の希望となったのだった。
「・・・何人無事だ」
敵は去った。
デュナミスが去ったことにより、総督府を襲った傀儡たちも皆姿を消していた。
無論そのことを別の場所にいた者たちや事情の知らないものたちに分かるはずもない。
今はとにかく敵がいつの間にか去ったこと、そして現状の確認だけで精一杯だった。
「ドウカツ隊長。かなり味方に被害が・・・その、肉体まで消滅しているために犠牲となったものたちの正確な人数は分かりませんが、我々の部隊だけでも残っているのは、僅か30名弱です」
当初は百人いたはずの部隊ですらこの惨状である。隊長のドウカツは苦虫を潰したような表情で、壁を力強く殴った。
「招待客の被害は?」
「・・・元老院や皇女たちは無事ですが・・・それでもかなりの被害が出ています」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ドウカツはパーティー会場の、とあるスペースを見る。
そこは、先ほど一人のアリアドネーの少女が散り、同じ仲間の少女たちが大粒の涙を流していた場所だ。
「アリアドネーの少女や白き翼の娘たちは?」
「それがこの混乱に乗じて皆逃げ出したようです。何故かアリアドネーの少女も協力していたとか」
「何だと? ・・・・急いで追跡、そしてアリアドネーの見習い生の身元を確認しろ!」
「そ、それが・・・・・」
「何だ?」
ドウカツに対して何か言いにくいことがあるのか、部下の男は戸惑っている。
「それが・・・アリアドネー、そして本艦に連絡をとったのですが、アリアドネーのセラス総長、そしてリカード元老院が白き翼の追跡はするなと・・・」
「な、・・・なに?」
「それが私もクルト総督の命だと主張したのですが、・・・世界を救うために・・・どうしてもと・・・・」
「ふ・・・・ふざけるなアアアアア!!!!」
常に現場で命を賭けているのに、この何とも言えぬ振り回され方、そして屈辱、まるで自分たちが蚊帳の外に居る感覚に襲われる。
ドウカツは守れなかった招待客や犠牲になった部下たちに何も言葉を告げることが出来ず、憤怒に駆られて床を砕いた。
現われたテロリスト。白き翼。そして元老院や各国の首脳。卓上は駒で既に埋め尽くされている。
自分たちが守っていたはずの世界が、実は自分たちのまったく知らないところで賭けられている。
「私たちは・・・一体なんだというのだ・・・・」
これ以上の屈辱は無い。
ドウカツはしばらくその場でうな垂れてしまった。
部下の男も、他の兵士たちもこの状況でどうするべきなのか戸惑い、黙って指示を待っていた。
すると・・・
「おい、アンタ。ちょっと聞きたいんだが・・・・」
「ん?」
「瀬田ってアホがどこに居るか知らないか?」
うな垂れる彼らの前にハルカとサラ、そしてサラの肩に乗るブータが現われた。
「お、お前たちは・・・冒険王一家」
「いや~悪いね。旦那が心配で探してたんだけど、どうやらここに居ないらしいんだ。お陰で予定が狂ったよ」
「まあ、パパが死ぬわけないんだけど、お前らパパをどこに隠したんだ? てっきり総督府の部屋のどこかに居ると思ってたのに」
騒ぎに乗じて逃げ出すのがサラたちの計画だったが、肝心の瀬田がどこにも居なかったのだ。
やむを得ず二人は事情を知るメガロメセンブリアの兵士である者たちに聞くしかなかったのである。
「ふん・・・総督は冒険王と何か重大な話をしたいようで、どうしても逃がさないために冒険王を用が済むまで別の場所に軟禁している。まあ、この状況では用も中々済みそうに無いがな・・・」
「そいつは困ったね」
「安心しろ。冒険王は逃げるのは不可能だが、ある意味ここよりも遥かに堅牢な場所に居る。きっと無事だろう」
「え~、んじゃあ、パパは今どこ居るんだよ?」
「ぶ~む」
「それは・・・・・・・・」
瀬田が総督府に居ない。
まあ、これだけの騒ぎがあれば、瀬田ならとっくに自力で脱出して家族と再会しているはずである。
それが無いということはこの騒ぎがまったく届かない場所に居るとしか考えられない。
ドウカツが告げるその特別な場所。
そこは・・・
最終更新:2011年05月13日 21:05