「・・・・・・・・・・・・・・声が・・・・・」
花畑に座りながら、天井の無い広い空を突如シモンは見上げた。
「どうしたの、シモン?」
「空から・・・声が・・・・・・聞こえた・・・・・・二度と・・・・・二度と忘れないと誓った・・・・・・女の子の声が・・・・・」
ニアにもソラにも聞こえなかった。
しかしシモンには聞こえた。シモンは確かに聞こえた。
「・・・・シモン、・・・・浮気♪」
「ち、違うって!? そんなんじゃないさ! そんなんじゃない・・・・・・そんなんじゃないけど・・・・・・」
この幸せな世界の中で、自分を必死に叫ぶ人の声が聞こえた。
その時シモンの頭の中がハッキリと晴れた。
拭い切れなかった違和感の正体を感じ取った。
そしてもう一度この世界を見る。幸福に満ち、望むべきものが全てあるこの世界を。
これは自分の掴みたかった世界だ。
「・・・・・でも・・・・・・」
しかしこれは・・・・・
「いつまでも・・・・・・・・・・・・・・・・・・縛られるわけには・・・・・・・・・・・・・・いかないんだ」
シモンは立ちあがった。
「シモン・・・・・・」
「ぱーぱ?」
立ち上がった自分を見上げるニアが、とても切なそうに微笑んでいるように見える。
そんな表情を見せられ、胸が痛んだ。
「夢なら覚める・・・・・幻ではいつまでも・・・人の心を縛ることは出来ないんだ・・・・・・・・・・・・・・・・」
空を見上げれば天を切り裂くような亀裂が走っている。
ああ。そうだ。
そういうことなのかと、シモンは悟った。
何とも残酷な世界だとシモンは感じた。
手を伸ばせば直ぐそこには、もう二度と触れることのできない人がそこにいるというのに。
シモンは思わず唇を噛みしめた。
熱くなる目頭は気の所為だと、意地でも瞳からは何も流さなかった。
するとその時だった。
「兄貴・・・・・迎えに来たよ・・・・一緒に帰ろうよ」
不意に後ろから声が掛かった。
「・・・えっ・・・・」
そこには良く知る少女が居た。
「一緒に帰ル」
「えっ?」
そしてその少女ともう一人、ソラの少し年上ぐらいの幼い少女が居た。
彼女たちは何の前触れも無く、二人並んでシモンの前に現われた。
「美空・・・・ココネ・・・・何でお前たちがここに・・・・」
呆けた表情で二人に聞き返すシモン。
「何でじゃないよ! そっちが何やってんのさ! いつまで寝てんだよ! そろそろ皆起きる頃だよ!」
「遅イ! 寝坊!」
すると二人の妹はムッとしたように身を乗り出して叫んできた。
「い、いやそうじゃなくて・・・お前たち・・・まさか本物の美空とココネか? どうやって? いや・・・何でここに?」
「そんなもん!」
「気合!」
「えええーーーーッ!?」
何がなんだか分からないシモンは右往左往しながらどうするべきか迷った。
「何してんだよ、シモン! そんな所でウダウダしてよ~」
アタフタしているシモンに対して、カミナの声が聞こえてきた。
「いや、アニキ! ええっと、ちょっと色々あって!」
もはや混乱して訳が分からなくなったシモン。
「も~う、兄貴は自分でしょーー!! 何寝ぼけてるのさーーッ! せっかく私たちが迎えに来たってのに!」
「兄貴、ココネの兄貴ッ!」
しかし後ろからシモンの腰にしがみついて、二人の少女がシモンを動かないように引っ張った。
「ちょっ、・・・とにかく落ち着いてくれよ! アニキってのは俺の方のアニキで・・・ええ~っとなんて言えばいいか・・・」
慌ててうまく言葉が出ないシモン。
まあ、この世界の流れからして登場するとは思っていなかった二人が現われたのだ。それは当然だ。
シモンの腰から離れない二人に何と言おうかとシモンが唸っていたら・・・
「だからウダウダしてんじゃねえって、言ってるだろうが!!」
「ッ!? ・・・・・えっ・・・・・」
いつの間にか花見の宴会に居た全員が、並んでシモンの前に居た。
大グレン団のメンバー総出で、シモンの前に立っていた。
誰一人欠ける事無く、誇らしい顔をして立っていた。
「アニキ・・・・みんな・・・・」
自分一人を取り囲むように、自分の仲間たちが回りに埋め尽くされていた。
どういうことだ?
呆然とするシモンに、二人の妹がしがみつきながら告げる。
「私たちにとって兄貴は兄貴しか居ないんだよ? そりゃ~、昔も大切かもしれないけどさ~、それじゃ~私たちは何なのさ!」
「ココネは兄貴の妹。コレからもズットズット同じ」
「ッ!?」
その時シモンは見えない境界線のようなものを感じた。
「あっ・・・・あっ・・・・・」
今、美空とココネと共に居る自分。
こちら側が現実の世界。
そして、その線の反対側に居る仲間たちは全部幻。
そう、幻なのだ。
美空とココネの言葉が、今ハッキリとシモンを分からせたのだ。
「アニキ・・・・ニア・・・・みんな・・・・」
線の向こう側には皆が居る。
触れたい。
掴みたい。
抱きしめたい。
思わず手を伸ばしたくなる。
しかし自分は、この手を伸ばすことは出来ないのだと、二人の妹の存在が教えてくれた。
「ニア・・・・・・・」
「なーに?」
線の向こう側に居るニア。
彼女は軽く首を傾げる。
「エ・・・・・」
「はあっ!? ニアさん!? ちょっ・・・それじゃあ・・・・この人が・・・・そんで・・・・・・・この人たちが・・・・・」
驚くココネと美空にシモンは頷いた。
拳闘大会でシモンの記憶映像を見ていない彼女たちは初めて見た。
目の前に居るのが大グレン団のメンバーたちなのだと。
「そうだ・・・・・これが・・・・・俺の大切な人たちだ」
目の前に居るニアは、自分の知っているニアと何一つ変わらない。自分をどこまでも信じてくれた女。
その顔を見ると、うれしい気持ちと切ない気持ちがゴチャゴチャになり、思わずシモンは背を向けてしまった。
「ニア・・・・俺はな・・・・」
「?」
「・・・俺は・・・この世界を掴めなかったんだ」
自分の表情を見せないようにしながら、シモンは言う。
「俺はこの世界を掴めなかった。兄貴が居て、お前が居て、そしてお前との絆の証が・・・・子供が居る・・・バカみたいに騒いで・・・・でも温かくて・・・・当たり前のことを当たり前のように過ごす・・・・そんな世界を俺は掴めなかったんだよ・・・」
背を向けるシモンに、今のニアの表情は分からない。
きっといきなり変なことを言い出した自分に首を傾げているかもしれない。
だが、シモンは言ってしまった。
心の奥底にあった、誰にも見せられない、誰にも教えられないはずの僅かな弱音。
シモンは相手がニアだから言ってしまったのかもしれない。
「そうだ・・・掴めなかったんだ・・・ドリルを無くしているのに・・・・・・・・直ぐに気づかないなんてな・・・・」
自分の証を無くしても気づかないほど、シモンはこの世界に飲まれていた。
そうさせるほどの甘い夢。
「そうか・・・・・これが俺の・・・・・ありえたかもしれない世界か・・・・・」
シモンが掴むことの出来なかった世界。決して二度と見ることの出来ない明日。
だから・・・
「アニキが居れば・・・もっと大グレン団は楽が出来たんじゃないか・・・アニキが居れば・・・アンチスパイラルが来襲したとき、キタンたちも死ぬことが無かったんじゃないか・・・ニアが・・・皆が・・・そんな事を心のどこかで気づかないうちに思っていたのかもな・・・」
全員無事で勝利した世界。
誰も何も失わずに手にした完全なる世界。
「ゴメン・・・・変なことを言っちゃったよ・・・・でも・・・・この世界は・・・・眩しすぎた。ありえないのに・・・ありえて欲しかった。以前ヨーコに俺の弱音や泣き言を全部吐き出したつもりだったのにな」
そうだ。ここはシモンにとってはこれ以上望むことの無い世界だ。
何もかもが満ちている世界だ。
これこそが、シモンの作り出した完全なる世界なのだ。
無意識の内に心の中で作り出した、もしもの世界。
しかし・・・
「いいえ、それは違うわ」
ニアが力強く否定した。
「・・・・・・・えっ?」
思わず振り返るシモンの目の前には、いつのまにか間近まで歩み寄っていたニアが、真剣な瞳でシモンを下から覗き込んでいた。
「シモン・・・確かにあなたは皆の力が必要だった・・・でもね、結局最後は皆あなたを頼っていたの。それは多分アニキさんも変わらない。何でか分かる?」
彼女は真剣な瞳で、しかしシモンを心ごと包むような温かさで微笑みかける。
「それはね・・・」
ソラを抱きかかえながらニアはシモンの胸元を指差した。
「そこにあるのが、あなたのドリル。でもね・・・私たちにとっては・・・」
そして今度は天を指差し・・・
「私たちにとって・・・あなた自身が私たち皆のドリルそのものだったからよ!!」
その言葉でシモンの心を貫いた。
「だからダメよ。掴めなかったなんて言わないで。あなたはちゃんと掴んでくれたじゃない」
気を抜けば、目から涙がこぼれそうになる。
「私の明日を・・・皆の明日を・・・あなたはちゃんと掴んでくれたのよ」
これが夢でも幻でも、自分にとってその一言がどれだけの大きな力となるのか・・・・
「だから言うわ、シモン。あなたが掴んだ明日は・・・たとえどんな形であれ、とってもとっても誇っていいものなのよ? だってそれは、あなたが居なければ掴めなかったのだから。そのためにみんな頑張ったのよ?」
何も無いはずの胸元が熱くなった。
「まっ、そういうことだな!」
「アニキ!?」
「俺が居るから何かが変わるんじゃねえ。お前が居るから何かを変えられるんだよ! だからこそ俺たちはその背中に、そのドリルに明日を賭けて来たんだろうが!」
カミナの言葉に皆が頷いた。
「そうだ・・・だからこそキサマに私も1000年の想いを託したのだ」
ロージェノム・・・
「俺たちの前にどんな絶望が立ちふさがっても・・・それに風穴を開けたのはお前だろ?」
「だから俺たちはどこまでも行けた」
「そしてお前はこれからも行くんだろ? ドリルを持って」
「うむ」
「そうだそうだ!!」
「行って来い、行って来い!!」
ゾーシイ、キッド、アイラック、マッケン、ジョーガン、バリンボー・・・
「ただし! 俺たちも一緒にだがな!」
キタン・・・・
「分かったか? 掴んだとか掴んでねえとか訳が分からねえことゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ! 俺たち大グレン団はなんにも変わらねえ! お前を信じた俺たちは間違ってねえ! それは例え死んでも変わらねえ俺たちの想いだ!」
カミナ・・・
そしてカミナだけではない。
「そういうことだ。だからこそ貴様は自分の道に自信を持てばいい。それが貴様ららしいというものだ」
気づけばヴィラルも・・・
「まっ、最初から疑ってなんかいないでしょうけどねえ~」
リーロンも・・・
「その掴んだ明日をよりよいものにしていく・・・そのために僕たちもいます」
ロシウも・・・
「任せてくれって、シモンさん。だから、シモンさんはこれからも遠慮なく穴を掘りまくってくれればいいんですよ!」
ギミーも・・・
「はい、その背中の後を私たちも続きますから!」
ダリーも・・・
「だから、いーい? せっかく掴んだもの・・・絶対離すんじゃないわよ!」
ヨーコも・・・
皆そこに居た。
「みんな・・・・・・・・・・そうだな・・・・・その通りだとも」
そうだ、その通りだ。
「分かっているさ、そんなこと。俺も分かっているさ! 今更言われるまでもねえ! 疑ったことなんてないさ!」
分かっている。分かり切った事だ。
自分が進んできた道は、とても誇らしいものなのだと、改めて分からせてくれた。
フェイトやクロニアやユウサたちが何と言おうと関係ない。
自分が信じたことを信じて、これからも前へと行く。
その決意を胸に秘め、シモンは笑って頷いた。
「美空にココネ・・・・お前たちも心配かけてすまない・・・でも、これはやりすぎじゃないかな?」
夢の中にまで乱入してきた妹に苦笑するシモン。
すると美空とココネは、涙目ながらも満面の笑みで答えた。
「だって私・・・兄貴と出会いたいから・・・この世界が例え兄貴の望んでいた世界だったとしても・・・この世界に居る限り、兄貴は私たちと出会うこと無いじゃん」
「・・・ココネ・・・兄貴の妹成ル!」
そこに居るのは、美空とココネという名前の少女というだけではない。
彼女たちこそ・・・
「兄貴と会って! 兄貴の妹になって! 兄貴の家族になって! グレン団になって! これからもずっと一緒に居たいから!」
「兄貴と一緒じゃないとヤダッ! コレからもズットズット一緒じゃないとヤダ!!」
彼女たちこそシモンの掴んだ明日なのである。
「そう・・・だな・・・お前たちが・・・お前たちこそが、俺が掴めた明日なんだな」
ああ、そうだ。
「ありがとう。二人とも」
それを今ようやく思い出せた。
「みんな、紹介するよ。この子たちが・・・・これこそが・・・・俺の掴んだ明日であり・・・・俺が今居る今日なんだ」
シモンは二人の肩を抱き寄せ、そして誇らしげに皆に告げる。
「ひゅ~~、すっかりお前も、リーダーってだけじゃなく、立派な兄貴になったじゃねえか」
「ふふ、そうかな?」
アニキに兄貴としての自分を褒められた。
それが何だかおかしくって、グレン団皆で大笑いしてしまった。
よく出来た夢だ。本当に皆は現実でも夢でも相変わらずだとシモンは思わず苦笑してしまった。
そしてそんな彼らと共に戦えた事は、やはり自分の誇りだった。
だから自信を持とう。
自分が信じる自分を。
彼らが信じる自分の道を。
「ほんっとーにアンタッてば、やる時はやる男だけど、心配掛けるときはどこまでも掛ける男ね。美空とココネも大変でしょ?」
美空とココネにヨーコは笑いながら言った。
「えへへ、まあ楽しいけどね~」
「ココネ、兄貴好キだからイイ」
「あらあら、可愛いじゃない」
美空とココネは、この中で唯一知るヨーコと久しぶりに会えてうれしそうにハニカンだ。
だが・・・・ちょっとおかしい・・・・
「・・・・・アレ?」
シモンが異変に気づいた。
「何で・・・ヨーコが・・・・美空とココネのことを・・・・」
「ん?」
「だってこの世界のヨーコは・・・・・・・」
そうだ、おかしい。
この世界に居るヨーコは、本来なら美空とココネと会っていない。
二人を知っているはずはないのである。
だからありえるはずはなかった。
しかし・・・
「何言ってんのよ。この世界もどの世界も私は私よ。何も変わんないわよ! 強いて言うなら・・・・私たちはね、いつだって繋がってんのよ」
「・・・・・・・・えっ・・・・」
ヨーコは何を今更と笑った。
更に・・・
「そーいうことですよ、シモンさん! 離れているようで、皆も俺たちもいつでも傍に居るんですよ!」
ギミーも・・・
「大体シモンさんの妹だからってグレン団の後輩に出来て、大先輩の私たちが出来ないわけ無いじゃないですか!」
ダリーも・・・
「そうよん! 私たちの絆わね~ん、隔絶宇宙でも阻めないのよ~ん! その人のことを思えば宇宙の果てだろうと夢の中だろうと自由自在なのよ~ん! ど~こでも現われてやるわ~ん!」
リーロンも・・・
「僕たちは僕たちです。自分を信じ、そしてあなたを信じる僕たちです」
ロシウも・・・
「み、みんな・・・まさか・・・まさか・・・」
最終更新:2011年05月13日 21:31