『PHASE 11:死に埋もれる大地』
午前1時のセイラン家にて、ウナトは首を回し、肩を揉みながら言った。
「さて……少し休むとするか」
とりあえず連合軍の艦隊は本当に撤退し、すぐに再戦を挑んでくる気配はない。
大変な一日であったが、どうやら無事終わったようだ。今日しなければならない処理は済んだ。
明日は明日で忙しいのだから休養はしっかりとっておかねば。
(下の階にいるユウナに声をかけておくか)
なにげなくそう思ったウナトは、階段を『降り始めた』、それが現在とる中で、最悪の行動であると気づきもせずに。
悲鳴がセイラン家に走った。しかし使用人もほとんどがシェルターに避難している今、その声を聞き取った者は二人だけであった。
「父さん!?」
ユウナはその悲鳴が父のものであることにすぐ気づき、立ち上がる。ウェザーもまた迅速に動いた。
「階段の方からだ!」
五秒とかからぬ距離にある階段へと走る。たどり着いたユウナは、目の前の光景に愕然とした。
「た、助けてくれ……!」
父、ウナトが気色の悪い緑色の物質に足を覆われていた。
緑色の物質は異様な速さでウナトの体を侵食していく。そして、
ボギリ
気持ちの悪い音を立て、腐った木が折れるようにウナトの右足が砕けた。上半身のバランスが崩れて階段から落下しそうになる。
「『ウェザー・リポート』!」
ウェザーはスタンドによってウナトの体を抱きとめ、階段の上に戻してそっと床に座らせた。
すると、緑色の侵食は収まる。
「父さん!」
「待てユウナ! 俺が先に行く!」
緑色の正体がわからない今、下手に行動するのは危険だ。そう考え、ウェザーは階段を上っていく。
「大丈夫ですか? ミスター・セイラン」
話しかけるが反応はない。どうやらショックで気絶しているらしい。
「パニックになるよりはましだが……」
砕けた足を見てみる。緑色の一部が付着しており、奇妙なことに出血はない。
緑色の下は肉が腐ったようにグズグズになっているようだった。
「この緑色はなんだ……?」
ウェザーはポケットからペンを取り出し、つついてみる。綿のような、埃のような物体である。見たところこいつは、
「ユウナ……どうもこいつは『カビ』らしい」
「カビだって?」
「そうだ……だが無論、人をこんな風に食ってしまうカビなどありえないはずだが……とにかく医者を呼ばねば」
ウェザーはそう言い、階段を下りようとした。
「むっ!!」
突如、ウェザーの右足からも緑のカビが噴き出してきた。
「うおぉぉぉ!!」
さすがのウェザーも焦りの叫びをあげ、足を階上に戻す。するとカビの噴出は止まった。
「だ、大丈夫かウェザー!!」
慌てて階段を上ろうとするユウナにウェザーが怒鳴る。
「来るなユウナ!! どうもこのカビは、下に下がると湧き出てくるらしい!!」
「な、なんだって?」
ウェザーは足を曲げてしゃがみながら、左手を下に伸ばしていく。そして、足よりも下に手が伸びたとき、手にカビが生える。
「やはりな。『自分の体より低い位置に下がるとカビが生える』」
「そ、それはわかったが……そ、それじゃあ父さんを病院に連れて行くこともできないってことじゃないか! いや、それだけじゃなく、君も下に降りられなくなってしまっている!!」
「そうだな……このカビが何なのかわからないが……まずい状況だ。しかも、このカビが現れているのは、セイラン家だけってわけはないだろうしな……」
ユウナもウェザーも、取る行動を決めかねていたとき、ユウナの部屋の電話が鳴った。
「なんだこんなときに!」
「こんなとき、だからかもしれん。このカビが外にも出ているのかも……」
ウェザーの言葉にハッとなり、ユウナはすぐに部屋に戻って受話器を取る。
「ユウナ・ロマ・セイランだ!!」
慌てたせいで乱暴な口調になったが、向こう側は気にしなかった。それどころではなかった。
「よかった、まだ生きていたか」
その声にユウナは聞き覚えがあった。ごく最近、話したばかりの声だ。
「スピードワゴン!?」
「憶えていてくれてありがとうよ。そう、お節介焼きの便利屋、スピードワゴンさ」
モルゲンレーテの使者として、ユウナをアカツキへと案内した男は、陽気な声をユウナの耳に届けた。
「なんだってあんたが……あ!! ひょっとしてカビのことか!?」
「カビのことはもう知っていたか」
「知っていたも何も、父さんが足を失くしてしまったんだよ!! なんなんだいあれは!!」
ユウナはやや恐慌に陥って叫ぶ。
「落ち着けよ、足だけですめばいい方だ。外はもうえらいことなんだぜ」
「……外にも、広まっているのか?」
「どんどん、な。だんだんカビが生える範囲が広がってきている。一般市民がまだシェルターにいるのは幸運だったが、外に出ている軍事関係者の被害は結構なもんだ。カビの襲う条件は」
「『自分の体より低い位置に下がるとカビが生える』だろう」
「もう気づいていたのか? ああ、ウェザーだな」
ユウナは自分では気づけなかっただろうと判断されたのかと、少し不機嫌になった。
たぶん、その判断は正しいから余計に。だが不機嫌になっている場合ではない。
「おかげでウェザーが下に降りれなくなってる。面倒な習性もあったもんだよ」
「珍しい習性じゃねえさ。俺は世界各国を渡り歩いていろんなものを見てきた。アフリカの珍しい動物だの、アジアの奇怪な植物だの、カリブ海の大木まで吹っ飛ばす竜巻だの、そして吸血鬼やそれ以上の化け物も」
吸血鬼? とユウナは疑問を覚えたが話を止めはしなかった。
「その中で昆虫なんかに寄生するカビも見たことがある。こうしたカビには、寄生した虫が『低い位置に移動』したときに繁殖し、虫を殺すものがいる。生息範囲を広げるために」
「広げる……って、どこまで!?」
「さあな。そこがまったく最悪なとこでね。下手すればこの島一つがカビの領域になっちまうかもしれねえ」
「一体このカビはなんなんだ? 連合の生物兵器か!?」
「いや……こいつは生物兵器なんかじゃねえ」
スピードワゴンが苦々しげに言う。
「モルゲンレーテでこのカビを分析してみたが……機械はカビの存在そのものを認識できなかった」
認識できない? これが幻だとでもいうのか?
「これは本物のカビじゃない……あんたならわかってるんじゃないか? あのウェザーを側に置いているあんたなら」
「……知っているのか?」
「スタンド、だろ? アスハ襲撃事件のとき、公表された情報に怪しい点があったんで、モルゲンレーテ社が調査したんだとさ。決定的なのは今回の戦での活躍だな。こっそりデータを取らせてもらったが、不自然な現象がウェザー機の周囲で発生していたようだったんでな」
つまり、モルゲンレーテ社はスタンド使いの存在を知っているということだ。
ユウナは話を聴きながら決断する。今は隠し事をしているときではない。この事態を一刻も早く解決しなくては。
「……そうだ。ウェザーはスタンド使いだ」
「決断が早いのは助かるぜ」
「そちらもスタンドを知っているようだが……いるのか?」
「ああ。とびきりの奴がな」
スピードワゴンが得意げな声を出す。
「モルゲンレーテにこの事態の解決を依頼されてんだ。今、相棒がこの事態の張本人の居所を探っている。すぐに見つかるさ。探し物にかけちゃ、奴ほどの能力はそうはねえ。ここは俺たちに任せてくれないか?」
ユウナは迷ったが、スタンドを知らない軍では対処できないだろうし、頼みのウェザーも動くことはできない。
ここは任せるしかないだろう。
「……餅は餅屋というわけだな。わかった。してほしいことはあるかい?」
「パニックにならないよう、統制をとって欲しい。正確な情報を伝えて、下手に動かねえように抑えといてくれ。あと、軍の部隊を動かせる権利がほしい。モルゲンレーテだけじゃ戦力が足りねえ」
「わかった。すぐに軍と連絡をとる」
ユウナは返事をしながら肝が冷えるのを感じた。今、父はいない。
下に下りるだけで死ぬという状況下では、連絡を取り合い、助けを求めることすら難しい。
この事態が解決するか否かは、自分一人の能力にかかっているのだ。
その不安を感じ取ったのか、
「なぁに、安心しな。俺はあんたより長く生きている分、多少はものを知っている。そんな知識から一つ教えてやるとだな」
電話の向こう側で笑っていると確信できる朗らかな声で、スピードワゴンは言った。
「悪は必ず滅びるのさ」
そして電話は切られた。
ユウナはしばらく言葉もなくたたずんでいたが、すぐに軍への連絡を取り始めた。
(まったくふざけた男だ。『本気』で言い切りやがった)
その自信に妙に腹が立っていたが、数秒前の不安は吹き飛ばされていた。不安であることが急に馬鹿らしくなったのだ。
(スピードワゴン……これが終わったらスカウトしてみるか)
「連絡はした。これで好きなように動けるぜ。あとは、お前の働き次第だ」
スピードワゴンは帽子を被りなおしながら、『相棒』に声をかける。
髪の毛を何本もの角状に固めた、奇妙な髪型の少年は答えた。
「わかってるど。今、言われた範囲内を重点的に調べているところだど」
「隠れている奴、妙に冷静な奴、とにかく怪しい奴を見逃すな。これ以上カビが繁殖したら俺たちも動けなくなる。この戦い、お前が頼りなんだからな」
言いながらもスピードワゴンの顔には笑みがあった。相棒の能力に絶大な信頼を寄せているがゆえだ。
少年の能力が絶対にカビのスタンドの本体を見つけ出すと、確信しているのだ。
「『収穫』を期待しているぜ。重ちー」
実質、90年以上の経験を持つ『黄金の血統』の永遠の友と、『黄金の血統』をして『無敵』と言わしめたスタンド使いは、ここに行動を開始した。
男は喜悦に満ちた目をギョロつかせ、目の前の光景をビデオカメラで熱心に撮影していた。
「くふふふ……よぉ~しよしよしよしよしよし、いい~~顔だぁ」
男の足元に転がるは、一人のオーブ軍人だった。まだ若いが、かつての大戦も経験した、筋金入りの戦士である。
とはいえ、今の彼はほとんど『生ける屍』であった。
その男への怒りや敵意も、身に走る苦痛も、仲間を殺した邪悪に対する正義も、すべて等しく、男を喜ばせる『観察対象』にすぎなかった。
「いい目だ。私が憎いだろう? さあ、もっと見てくれ。もっと見せてくれ。君が私を憎悪に満ちた目で見つめながら、死んでいくところを……このチョコラータに見せてくれ……!!」
周囲には仲間の死体が散らばっていた。不審者であるチョコラータを見つけ、問いただそうと階段を下りたとき、彼らの体からいっせいに緑のものが噴き出した。
防弾チョッキやブーツも食い破るように破壊して、オーブ軍人たちの体を蝕んだのだ。
「ぐ、が……ぐぐぐ……」
「お? お? 何か言いたいのか? 遺言かね? 興味深いな。聞かせてくれ」
はしゃいで顔を近づけるチョコラータに対し、オーブ軍人の生き残りは吐き捨てた。
「てめーも、くたばれ!!」
ドバッ!!
地に倒れ、鈍く蠢くことしかできなかった軍人の腕が、ここぞとばかりに俊敏に動いた。
腰のピストルが抜かれ、チョコラータの顔面に弾丸がぶち込まれる……ハズだった。
「え……?」
だがその弾丸はチョコラータの顔面に当たる前に、虚空にて弾かれ、男の寝転がるすぐ脇の床に着弾した。
穴の開いた床を横目で見つめ、軍人は言葉を失った。
「うわははははははは!! いいぞッ!! さすがは勇猛果敢なオーブ軍人!! 最後まで怨敵を討ち果たさんとするその執念!! 素晴らしいッ!!」
チョコラータはご機嫌に笑う。
対して軍人は目に涙を浮かべ、歯をカタカタと鳴らし、すべての勇気を失っていた。
(ば、化け物……!?)
もはや軍人に打つ手はなかった。それどころか、彼はもはや自分の国の未来を思い描けなかった。
(オ、オーブは終わるのか? このモンスターに、俺たちの国は消されてしまうのか……?)
希望を失った軍人を見下ろし、チョコラータは満足げに微笑む。
「うんうん。またまたよい顔だ……その絶望感……私は、絶望した奴を見下ろす時、本当に幸せだって感じる……ああ、君は実にいい観察対象だったよ」
チョコラータは感謝の証として、そろそろ楽にしてあげることにした。彼とてたまにはそれくらいの慈悲を与えることはあるのだ。
チョコラータは軍人が今撃ったばかりのピストルを取り上げ、軍人の頭に軽く撃ち込んでやった。
「さて、カガリ・ユラ・アスハはどこにいるのかな? 意識不明状態というところだから、動ける状態じゃない。たぶんシェルターに避難させられているだろうな。カビに犯されていないといいが」
かつての大戦の英雄の一人であり、国一つを背負って立つ少女。そんな特別な素材は、ぜひ目の前で死んで欲しい。
「楽しみだ。実に楽しみだ」
チョコラータは期待に胸を躍らせる。英雄はどのように死ぬのだろう?
威厳を保ち立派に死ぬのか。最後まで抵抗して死ぬのか。みっともなく命乞いをして死ぬのか。
「興味深いなぁ……それにコーディネイターの死に様ももっと見たいな。遺伝子調整を受けた超人!! やはりナチュラルとは死ぬのにも違いがあるのかねぇ?」
こちらの世界に来てからも観察はしていたが、コーディネイターと出会う機会はなかった。今回の仕事が終わったら、次はぜひプラントに潜入したいものだ。
それにしても、この世界に来れて本当に良かった。こんなにも多くの興味深い『観察対象』が溢れているのだから。
死。宇宙で最も公平な概念。生きとし生けるもの、あらゆる存在にすべからく訪れる終焉。
それを見つめることが、チョコラータのすべてであった。死は人生の集大成であり、死を知るということは、人生のすべてを知ることに等しい。
死を観察し、断末魔を聞くことで、自分は人類すべての上に君臨し、人生の真理を理解できると信じていた。
「それに何より『キラ・ヤマト』と『ラクス・クライン』!! 彼らの死は絶対に見逃せないな!!」
フリーダムを駆る伝説的なMSパイロット、キラ・ヤマト。前大戦を終結に導いた、平和の歌姫、ラクス・クライン。
話を聞いただけで、どんな風に死ぬのか、見たくてたまらなくなった。ジブリールに従う条件も、キラとラクスの最終的処分を自分に任せてもらうことである。
ただ状況によっては……自分は彼らの『味方』をすることになるかもしれない。
なぜなら、チョコラータは戦争を好まないからだ。
戦争による死も興味深い観察対象であるが、戦争が無いなら無いで、いろいろな観察はできる。
戦争で自分と関係ないところで多くの観察対象が死ぬことを思えば、デメリットの方が大きいだろう。
命は戦争などと言う下らないことで無駄遣いされるのではなく、自分の実験により価値ある消費をされねばならない。
(今はまだいいが……戦争が長引き、あまり戦火が拡大するようなら、私も手を打たねばならないな。反戦派と協力し、ロード・ジブリールなどの主要人物を効率よく殺すことで、戦争終焉の流れを導けるだろう。
それにジブリールたちの死に様も見てみたい……自分をあれだけ特別だと思い込んでいる人間の死はどんなものだろう?)
まったく興味は尽きない。何人殺しても、何千人殺しても、次から次へと殺す必要が出てくる。
戦争なんかで無駄に殺させてたまるものか。『死』はことごとく自分の物だ!
(ああ、ああ、まったく、なんて幸せなんだ私は!!)
チョコラータは、世界で一番幸せなのは自分であると感じていた。その幸せをもっと味わうために、彼は歩き出す。
もっともっと多くの死を見るために。
この国を埋め尽くすほどの人間を殺すために。
ぐじゅりぐじゅりと音がする。カビが人食う音がする。
夜の街を無数の小さな者たちが飛び交っていた。
それは子供の手のひらにも乗るような大きさで、丸っこいフォルムをしていた。
目と鼻のある人面に、2対の腕と1対の足が生えた形である。胴体はなく、蜂のような縞模様に彩られている。
せわしく駆け回り、キョロキョロと何かを探しているようだった。
彼らの名は『ハーヴェスト』。収穫を意味する名を持つスタンド。
やがて彼らのうちの一匹が、目的のものを発見した。
死体の溢れる闇夜の底で、嬉しそうにビデオの撮影を行う、見るからに怪しい人物を。
髪型にしても顔の模様にしても普通ではない。だが何より異常なのは、その顔に浮かんだ喜びの表情。
荷物を背負ったその姿は、遠足へ行く子供を連想させるほど楽しげであった。
そしてその人物の背後にうっすらと存在している、奇怪な人影。
その人影の顔はラバーマスクを被ったように目と口しかなく、頭頂部と背中に幾つもの筒が生えており、その穴から何かを噴出していた。
「ミツケタゾッ! しししっ!」
ハーヴェストは手柄を立てた喜びに笑う。
そして、一方的な殺戮は終わり、戦いの幕は上がる。
「見つけたどっ!!」
重ちーが声をあげ、デスクに広げられた地図を見る。
「この辺にいるど!」
指差した場所は、スピードワゴンがいる場所からそう遠くなかった。
「どうにかカビにやられる前に見つけられたな。どっちに向かっている?」
「う~ん……西に向かっているみたいだど」
重ちーのハーヴェストは遠隔操作型のスタンドである。重ちーの求めるものを探し集める能力を持ち、その数およそ500体。
一体一体がどこにいるのか感じ取れるし、周囲の状況だってある程度わかる。
「西か……よし。よくやったぞ重ちー」
「ししししししししーッ」
重ちーはスピードワゴンに褒められて嬉しそうに笑う。
日常生活ではあまり褒められることがないので、褒められるのは物凄く好きなのだ。調子に乗りやすいので褒めすぎるとよくないが。
「さあて、敵の居場所と進路がわかれば、どこで迎え撃つかだな」
スピードワゴンは地図を睨み、待ち伏せに適した場所を探す。敵の現在地から西に位置するのは……
「オーブ行政府……軍本部……いや、違うな……?」
目的地がわからず首を傾げていたスピードワゴンだったが、一瞬後、その疑問は氷解した。
「……シェルターか!!」
民間人が今も眠りについている避難場所。敵は民間人を人質に取るつもりだ。いや、人質だったらまだいいが……
「この異常性からすれば、虐殺しても不思議じゃねえな」
連合軍がそれを望んでいなかったとしても、この相手ならばそんな意向は無視するだろう。
スピードワゴンは状況から、敵がいかなるものか、理解していた。
こいつは、良心を持たない相手だ。
こいつは、悪の限界のない相手だ。
放って置けば、限りなく人を殺し続ける相手だ。
決して、自由にしていてはいけない相手だ。
その理解にスピードワゴンは吐き気を覚えたが、気を取り直して対策を思案する。
「……この大通りなら西に移動する以上、必ず通らなきゃならねえ。それに平地だ。ここに集められる限りの兵を集めてもらおう」
「おらのハーヴェストで一気にやっつけちまってもいいんじゃないかど?」
重ちーがこう言うのは驕りではない。
スピードワゴンが、落ちている小銭を集めながら生活をしていた重ちーと出会って、一年と七ヶ月。
様々なことがあったが、重ちーの能力と真っ向から戦い、勝てた者はいなかった。
その事実を目にしてきたスピードワゴンは、しかし首を振る。
「いや、この戦いは絶対に失敗できねえ。お前が負けるとは思わねえが、援護射撃ができるようにしとくにこしたことはねえ。ハーヴェストの力を発揮するのは準備ができてからだ」
それに、なんだかんだいっても重ちーはまだ子供だ。大人の意地として、子供に人殺しまではさせたくない。
少なくとも、戦いを任せて責任のすべてを負わせるようなことはしたくない。
(子供といやあ、あいつらもだな)
キラ、ラクス、アスラン、カガリ……見知った顔が脳裏に浮かぶ。
なんでもかつての戦いでかなり『ご大層』な手柄をたてたそうだが、スピードワゴンが見たところ、彼らはまだまだ人生を知らぬ、青二才にも至っていない子供にすぎない。
能力が高いとか、そんなことは関係ない……というか、なまじ能力が高いからこそ、ほっとくとえらいことしそうな気がする。
(だから、大人がしっかりしてなくちゃよぉ)
スピードワゴンは帽子を被りなおし、気を入れる。今ここにあの一族はいない。
ならば、この国は、この国の人々は、自分たちが護らなければ。
TO BE CONTINUED
最終更新:2011年05月21日 22:15