『PHASE 14:自由人の狂想曲』
「どういうことだァァァッ!!」
カガリがキラとラクスに対面し、放った第一声がそれだった。
確かに、まったくそれ以外に言うことはあるまいと、やや離れて見ていたヴェルサスは内心頷いた。
隣のンドゥールはこの作戦に参加しておらず、事態をよく知らなかった。
「どうしてアスハ代表は怒っているのだ? 救出作戦と聞いていたが」
「いや、オーブが戦争しようとしていて、それは間違っているからだそうだ」
ンドゥールの問いにヴェルサスが答える。
「んん……つまり、彼らはオーブが戦争をするのを止めたいのか?」
「そうらしい」
「それがなんでカガリ代表をここに連れてくることに繋がるのだ?」
「それなんだが……俺にもよくわからん」
二人が小声で話しているときも、カガリの怒りは続いていた。
「いきなりセレモニーにMSで乱入して、戦闘した挙句、国家元首をさらうなど、正気の沙汰ではないぞッ!! そろいもそろって頭脳がマヌケか!! 脳みそがクソになっているのかァァァッ!!」
「カガリさん、はしたない」
マリューが恐る恐るそう囁くが、ギラリと睨んだカガリの目に、言葉を失う。
「あなた方がついていながら、何ですか! 国際手配クラスの犯罪行為ですよ!? なんでこんな馬鹿げたことを!!」
「返す言葉もない……」
バルトフェルドは深く沈んだ面持ちで言った。バルトフェルドはこの行動に関わってはいない。
あれからずっとベッドの上で傷を癒しており、知ったのは作戦決行の真っ最中であった。怪我人に心配をかけたくないという配慮だったらしいが、余計なお世話だ。
(知っていればどうあっても止めたものを……)
マリューたちではキラたちを止めきれないとわかっていたのに。彼女たちはかつての戦争に巻き込んだという負い目もあって、自分よりキラたちに甘い。
その上ラクスの不可解に強い影響力が加われば、結果は明らかだったはずだ。
バルトフェルドは深く後悔し、反省したが、もはや取り返しはつかない。
「でも仕方ないじゃない」
今までになく激烈なる怒りを見せるカガリに、酷くあっさりとキラが言った。
「なんだと?」
「こんな状況で、カガリにまで馬鹿なことをされたら、もう世界中が本当にどうしようもなくなっちゃうから……」
キラは静かに落ち着いていて、自分はちっとも悪いと思っていない、むしろ絶対に正しいと確信していた。
「馬・鹿・な・こ・と? お前が言えた台詞かァッ!!」
だがキラにカガリの怒りなど効き目はない。
「今のプラントとの協力体制が、本当にオーブのためになると、カガリは本気で思ってるの?」
「思っているに決まっているだろう! 連合と同盟するわけにいかない以上、そうしなければかつてのように焼き滅ぼされる! 他にオーブが取れる道があるというのか!!」
「でもそうして……オーブさえよければ、それでいいの? もしもいつか、オーブが他の国を焼くことになっても、それはいいの?」
「よくはない! だからといって焼かれるわけにはいかん! 国民を死なせるわけにいくものか!」
「ウズミさんの言ったことは?」
「む……」
『このまま進めば世界はやがて、認めぬ者同士が際限なく争うだけのものになろう。そんなものでよいのか!? 君たちの未来は!』
憶えている。無論、憶えている。今やカガリは父のすべてを肯定はしない。現在、生きている国民を犠牲にしてまでも、未来を守らなければいけないのかとも思う。
だが、それでも父の言葉である以上、娘としては怯んでしまう。
「そうですわ、カガリさん」
その隙を突くかのように、ラクスは前に出て、悠然とした微笑でカガリに語りかける。
「ラ、ラクス……」
ラクスの静かな自信と清廉たる雰囲気は、カガリにはないものであり、苦手なものとなっていた。
だからなのか、それとも違う力によってなのか、カガリは急速にラクスのペースに引き込まれていった。
「確かにカガリさんのおっしゃるように、戦いを仕掛けられた以上、守るために戦わなくてはならないかもしれません。しかし守るため、と言っても、やはり人を傷つけることに違いはないでしょう?」
「それは……そうだが……」
キラに対して行えた強い言葉も、ラクス相手では出てこない。ラクスの声は甘く、脳に直接入ってくるかのように、抵抗を奪うものであった。
「プラントは、自衛権の行使と称して自己の正当化をしていますが、やっていることは連合と大差ない、戦争です。そんな戦争に、オーブが参加してもいいのですか?」
ラクスの目が、カガリの目をじっと見つめる。純粋に、無垢に、穢れの一つもない瞳が、カガリを見据える。
「う……うう……」
カガリはのけぞる。ラクスに威圧感を与えられているのではない。逆に威圧感などが何もない故に、こちらの気勢が受け流され、一方的に消耗してしまうのだ。
「だ、だが、参加しない、という選択肢はなかったんだ」
「選択肢が無いから、仕方ないから……そんなふうに諦めてしまっては、見つかる答えも見つかりません。それは、かつての戦いでわかったのではなかったのですか?」
そしてラクスの目に、責める光が宿り、カガリを刺す。その時すでに、カガリは思考力を失っていた。
そこまで話を聴いていたンドゥールは、訝しげに呟く。
「ヴェルサス……俺にはキラやラクスの言うことが、無理の押し付けとしか聴こえんのだが? 非難するばかりで具体案の一つも出さぬではないか」
「……俺に訊くな」
ヴェルサスは頭痛を我慢するかのような表情をしていた。
「でも……カガリさんだけを責めるわけにはいきませんわね。私もキラも、あなたを助けられずにいましたわ……」
「あ……」
カガリは唐突に与えられた『許し』に、心を開いてしまう。致命的に。
「ごめんね……カガリ」
キラも言葉をかける。駄目押しのように。
「でも……今ならまだ、間に合うと思ったから」
「間に……合う?」
カガリは痺れた脳でその言葉を鸚鵡返しにする。
「ぼくたちにも、まだいろいろなことがわからない。でも、だからまだ、今なら間に合うと思ったから」
「え、ええと……」
考えがまとまらない。反論することができない。疑問すら浮かばない。
「だからカガリ……一緒に行こう」
「……わかったよ、キラ」
ついに、ついにカガリは、頷いてしまう。
キラとラクスは安堵の笑みを浮かべ、そろってカガリに抱きつき、親愛の表現をなす。
「僕たちは今度こそ、正しい答えをみつけなきゃならないんだ。きっと……逃げないでね」
キラの言葉を聴きながら、カガリは現状が正しいと納得していた。キラたちの行動は正しいと認めていた。
(そう、こいつらの言うことは正しい……あれ? 何で正しいんだっけ? いや正しいから正しいんだけど。でも……あれぇ?)
一抹の疑問を抱えながら。
「……結局、何のためにアスハ代表をさらったのか、これから何をするのか、さっぱりわからんのだが?」
「……だから訊くなというのに」
ヴェルサスは疲れきった声で答える。彼は、改めてラクス・クラインという人間の扱いづらさを実感していた。
(ラクス・クライン。こいつの人を従わせる才能にもまして厄介なのは、こいつの在り方だ)
ラクスを観察していたヴェルサスは、彼女についてある程度の分析をしていた。
平和の歌姫と呼ばれ、現在人類におけるカリスマの頂点とされる彼女。しかし、彼女にはカリスマ性などはない。それどころか、彼女には何の実も無い。
人間、自分がまったく完璧であるという自信がある者はそうはいない。誰しも、自分に穢れや弱みがあると考えている。
選択を間違えて挫折し、傷ついたことがある。愚かな行いをし、自らを卑下したこともある。そいうものだ。
ラクスにはそれがない。口では自分を罪人だと言うこともあるが、それは無意識にとるポーズでしかない。
非合法的な行為についても、良い結果(ラクスの主観において)が出たのだからよいと考えている。
父の死さえ、悲しみの対象とはなれど、彼女自身の挫折とは感じていない。
何もかもうまくいってきて、誰からも褒め称えられてきた。だから、彼女は生きてきた中で、自分が間違ったことをしたと実感したことがない。
罪を犯したと痛感したことがない。深刻なる挫折を経験したことがない。
穢れの自覚がないから、周りからは穢れていないように見える。純粋なる聖女のように錯覚してしまう。
そんな周囲の認識は、彼女の人を操る才能の効果を、より大きなものにしているに違いない。
だが彼女の本質は、何もわかっていない赤子のようなものだ。
そしてだからこそ、ラクスは自分に向けられる闘志も悪意も、深く受け止めることもなく、あっさりと受け流す。試練を知らぬ弱き精神。
それゆえに、柳の葉のように力によって折れることも無い。
この奇妙な在り方が、どのようにして誕生したのか。
人を操ることで、周囲のすべてから賛同と賞賛を浴び続け、自らを否定されたことがない環境ゆえに培われたのか。
それとも、もともとそういう在り方の人間として生まれたがゆえに、穢れ無き聖女として崇められ、そのうちに人を操れるようになったのか。
おそらくはどちらも正しい。元々、彼女は二つとも持っていたのだろう。どちらか一方だけであったなら、すぐに消えてしまうような小さな資質を。
人を操る才能を持たなければ、挫折することもできただろう。挫折することがあったなら、彼女は聖女とならず、人を操る才能も大した効力を持たなかっただろう。
二つの小さな資質が、相互に強めあい、確固たるものとなってしまった。それが今の彼女だ。
(だが……こいつは人を操る力をコントロールしているわけではない。プッチは、スタンド能力と、相手に生きる理由と目的を与えることで、他者を従えていたが、それは奴の強い精神力が基盤となっていた。
ラクス・クラインは違う。自分を完璧と思い込み、挫折も過ちもなく、後悔も反省もせず、それをバネに成長することもなく、ここまで来た。こいつ自身の強さはほとんど無い。ただ無意識に、無自覚に、人を操るだけだ)
何もない最弱ゆえに持ちえた、最悪の力。
だが正体が割れた以上、もはや直接的恐怖の対象ではなかった。
意図的でないゆえに、影響力も曖昧。バルトフェルドやンドゥールのように、効き目が薄い人間もいる。
そして彼女の在り方を理解した以上、ヴェルサスも錯覚にかかることも無く、操られることはない。
だが油断ならないことは変わらない。意図的でないということは、誰にも、ラクス自身にも、才能の効果がどう出るかわからないということだ。
下手に動かれたら、ヴェルサスの意図などあっさり超えてしまうだろう。
また、何かの拍子でラクスが挫折してしまえば、彼女は聖女ではなく、ただの少女と成り下がる。
いや、ただの少女より遥かに脆弱な存在となる。そうなれば、ヴェルサスの望む組織の力も、維持できまい。
結局、これからもヴェルサスが頭を悩ませることになるのは、変わらないということだ。
「ふざけるな……」
ヴェルサスは己の運命に対し、力なく抗議した。
そして、ヴェルサスは割り当てられた自室で、ぐったりと椅子にもたれて座った。あの後、カガリは首を傾げながらも、こちらの行動を認めてくれた。
あとでまた納得いかなくなるかもしれないが、それはもう自分にどうこうできることではない。
やることといえば、逃げられないように注意しておくことくらいだ。今更逃げられて、オーブに自分たちの存在を知られるのは困る。
このアークエンジェルの警備システムを避けて逃げるのは至難の業ではあるが、念には念をだ。こっそりカガリの部屋にカメラや盗聴器をしかけておくべきか。
「むしろ、キラやラクスに仕掛けた方がいいかもな……何やるか想像もつかん」
滅入る気分を鎮めるため、彼はポケットから一つの箱を取り出した。結婚指輪の箱のように小さいその箱を、ヴェルサスは丁寧に開く。
箱の中身は、指輪や宝石などではなく、ほんの一握りほどの土だった。だがただの土ではない。この世界ではここにしかない土だ。それは『異世界の土』。
「『アンダー・ワールド』……」
ヴェルサスはその土を掲げながら、スタンド能力を発現させる。
形状は人型。頭部には目や口、鼻、耳、髪の毛などの部品はなく、代わりに階段の手すりのような飾りが張り付いている。
能力『アンダー・ワールド』。
『過去を掘り起こす』スタンド。大地は、過去の出来事をすべて記憶している。磁気テープのように、デジタルカメラのように。
父親に銃で撃たれた少年のことを、地面に墜落した飛行機のことを、原始人の石器に刺し殺されたマンモスのことを、凶弾に倒れた最初のコーディネイターのことを、突き立てられた無数のNジャマーのことを、友をかばって死んだザフトの赤のことを、すべて記憶している。
その記憶を掘り起こし、過去の出来事を再現することができる。
戦いともなれば、墜落する飛行機を掘り起こし、敵をそれに乗せてしまうことで、墜落に巻き込ませて殺すことができる。
また知りたい過去を掘り起こし、実際に何があったのかを見ることもできる。
そして今、彼はこの『異世界の土』の記憶を、掘り起こした。
浮かび上がったのは、一人の男の後姿。
黄金色の頭髪。
透き通るような白い肌。
男とは思えないような妖しい色気。
その首の付け根には星型のアザが見られた。
その顔の見えぬ男こそ、ヴェルサスの『父』であった。
『ディオ・ブランドー』
彼らを取り巻く運命、そのすべての始まりとなった存在。
「おお……」
ヴェルサスは恍惚の声をあげた。ただの過去の再現と、わかっていてもなお鳥肌が立つ。心臓が高鳴り、魅了されざるをえない。
プッチ神父から教えられた、彼の存在。彼が己の父であるということが、ヴェルサスの誇りのすべて。
ヴェルサスは己の記憶をたどり、あの日を思い起こしていた。
―――――――――――――――――――――
そこは古びた屋敷。スラム街の中にあり、今にも倒壊しそうであったが、そこに住む者は存在した。
夢も希望も持たず、ただ生きているだけの人間だった。何をすることもなく、死ぬまでこの世にいるだけの存在だった。その日までは。
「貴様が……DIO様の息子だと?」
盲目のスタンド使い、ンドゥールは敵意を込めて吐き捨てた。彼が宿としていた屋敷に足を踏み入れた者は、彼にとっての聖域にまで、足を伸ばしてきた。
「まあ落ち着いてくれ……」
その客人、ヴェルサスは当時、【一族】の組織に入り活動していた。
秘密主義の彼の組織に入ることは簡単ではなかったが、【一族】の方もヴェルサスの能力を高く評価していたらしく、利用できるうちは使ってやろうと判断したのだろう。
「俺がDIOの血をひいている。嘘ではない。嘘ではないが……信じる必要は無い。話したいことは別にある」
「たとえ本当であったとしても、俺には関係ない。DIO様の血をひいていようが、DIO様本人でなければ、意味のないことだ」
【一族】の中で働くうちに、偶然このンドゥールの情報を掴み、彼はンドゥールを味方に引き込むため、交渉を行った。
ンドゥールのことは、プッチ神父の昔語りから聴いていた。その能力も、彼がDIOの狂信者であることも。
「そのDIOのことさ。あんたは、『向こうの世界』でDIOが敗れたことを知っているか?」
突如、空気が変わる。
「DIO様が……なんだと?」
激情を押し殺そうとして、殺しきれなかった声が、ヴェルサスの耳を打つ。殺気だけで人が殺せるなら、ヴェルサスは十回は死んでいただろう。
「負けたのさ。ジョースター一行の手によって、その命を絶たれた」
そう言った途端、水のスタンド『ゲブ神』が、ヴェルサスを襲った。だがその一撃はヴェルサスが『掘り起こした』障害によって防がれた。
「あんたのスタンドの殺傷能力はかなりのものと聴いているが……さすがにこいつは切れなかったな」
組み立てられる前のMSの装甲である。
「おのれッ!!」
「落ち着けって」
なおも攻撃をしようとするンドゥールだったが、ヴェルサスが次に掘り起こしたものの前には、怯まざるをえなかった
床下を突き破って現れたのは、こちらに向けられたビーム砲の口。
「いくらあんたでも……冷静さを失った状態で、おれを相手に勝機はない。違うか?」
「くっ……」
「あんたと戦いに来たんじゃないんだよ俺は……交渉しにきたのさ。こっちの世界に、ポルナレフが来ているぜ?」
いきなりの言葉に、ンドゥールは呆然となる。
「ポルナレフはDIOの戦いで生き残った三人のうちの一人だ。残る二人はジョセフ・ジョースターと空条承太郎。花京院とアブドゥルは死亡した。こっちで確認されているのは今のところポルナレフだけだ。現在、ザフトにいる」
「……なぜそんなことを教える?」
「仇、とりたくないかい?」
ヴェルサスは、ンドゥールが話に食いついたことに喜びの笑みを浮かべる。
「あんたの心の支えであったディオ・ブランドー……ポルナレフはDIOの殺害に手を貸し、それからも生きていたんだぜ? 復讐するに値しないかい?
俺の力になってくれるならば……見返りにポルナレフとの戦いをセッティングしてやる。ザフトに所属している人間に、個人で挑むのは苦労するからな」
ヴェルサスの申し出にンドゥールはしばし黙っていたが、やがて口を開いた。
「貴様に乗せられるのは忌々しいが……この身はDIO様に捧げたもの。この命も人生も、DIO様なくして意味はない。この世界にDIO様がいない以上、せめてDIO様の敵を倒すことに命を使うのも悪くはあるまい」
そう言うものの、別に良いわけでもないのだろう。復讐したところでDIOが生き返るわけでもない。
だが、DIOを殺した報いを、受けさせないという選択肢もなかった。ンドゥールは酷く面白くなさそうに言い放った。
「ああ、実にいい答えだ。そうだ、もしも花京院やアブドゥルらの情報が入ったら、そっちも教えてやるよ」
「何? 奴らもいるのか?」
「それはわからないが……いないとも限らない。何せ、この世界には死者が集まっているんだからな」
ヴェルサスは解説を始めた。この世界のことを。死んだはずのンドゥールが、ここに生きている理由を。
ヴェルサスの他にも、DIOの息子はいた。ヴェルサスが知る限り、他に二人のDIOの血をひくものがいた。
一人の名はリキエル。熱を吸収する怪生物・ロッズを操る『スカイ・ハイ』を使うスタンド使い。
もう一人の名はウンガロ。彼のスタンド能力は『自由人の狂想曲(ボヘミアン・ラプソディー)』。その力は、創作されたキャラクターに命を与え、実体化させること。
「この『ボヘミアン・ラプソディー』が、俺たちの今の状況に深く関わっているのさ」
ボヘミアン・ラプソディーは、まずピノキオやミッキー、白雪姫、スパイダーマン、鉄腕アトム、ラオウ、女神ヴィーナスなどのキャラクターを、創作に込められたエネルギーを利用して現実世界に実態として生み出す。
そして、それらのキャラクターを好きな人間は、それを目撃したら『魂』をキャラクターの世界に引きずり込まれ、肉体と分離した『魂』は、その物語と同じキャラクターの結末を辿ることになる……。
「そこでだ。もしも、肉体をはじめから持たない『魂』……『幽霊』がキャラクターの世界に引きずり込まれたら、どうなると思うね?」
ボヘミアン・ラプソディー自体は、ウェザーの活躍によって倒され、その能力は完全に封印された。そして引きずり込まれた『魂』も、物語の中から肉体へと戻っていった。
しかし、戻る肉体を持たない『魂』はどうなる? 物語の中から、戻ってくることができるのか?
「その結果がこれさ。俺たちは今、『物語』の中にいるんだよ」
『魂』たちは戻れなかった。ボヘミアン・ラプソディーの能力が半端なところで中断したために、物語と同じ結末を辿ることもなくなった。
自我と行動能力を持った存在として、物語の中に存在するようになったのだ。
「では……我々はもはや生きていない偽りの存在だというのか? 空想上のキャラクターにすぎないと?」
「それはわからないさ。少なくとも、こうして俺たちは自由意志をもって生きている。それは確かだ。それに、俺たちが元々生きていた世界が、誰かの空想の世界でなかったなどと、どうして言える?
俺たちはひょっとしたら、二束三文のマンガ雑誌に書かれた登場人物にすぎなかったのかもしれない。 あんたとジョースター一行の戦いは、アニメとして誰かに見られていたのかもしれない」
「そんな馬鹿なことが……」
「スタンド使いの俺たちが、今更そんな常識めいたことを言うのもおかしいだろ? それにもしそうだとしても、俺たちがやることに変わりはない。生きていくしかないだろう?」
さしものンドゥールも、ヴェルサスの言う『真実』を受け止めることは容易ではないらしかった。
無理もない。今の自分が作り物の存在だなどと。その命も、DIOへの想いも、ただの『設定』にすぎないと認めるなど。
「……だが、お前はそのとき、生きていたのではないか?」
ひとまず答えの出ない悩みを棚上げし、ンドゥールは問う。話を聴けば、そのボヘミアン・ラプソディーが発動していた頃、ヴェルサスは生きていたはずだ。
「俺の能力『アンダー・ワールド』は過去を掘り起こす。死ぬ間際、俺は必死の思いで本能的に『ボヘミアン・ラプソディー』の現象を掘り起こすことができた。実際、大した偶然だったよ。いや、奇跡かな。それによって俺はこの世界に引きずり込まれた」
そのとき、同じく死亡していたウェザーの魂も引きずり込まれていたのだが、ヴェルサスもそれは知らなかった。
「もう一つ。なぜ、この世界にばかり引きずり込まれたのだ? 創作物は世界に多くあるではないか」
「スタンド使いは引かれあう、という性質のせいかもしれない。一人のスタンド使いの魂がたまたまこの世界に引きずり込まれ、それに引き付けられて、他のスタンド使いもこの世界に来た。
だが疑問点もある。こちらの世界に来ているのがスタンド使いばかりではないということだ。それから考えるに、DIOとジョースターの因縁にかかわる者たちが、その運命によって集められたのかもしれない……どちらにせよ想像にすぎないがな」
「ふん、まあいい。だがそうか……それで、花京院やアブドゥルもいるかもしれないと……」
「そういうことだ」
ンドゥールは頷き、
「よかろう。ジョースター一行の情報があればそれを教えろ。そして、この俺と戦わせろ。代わりに、お前の手足になってやる」
交渉は、成立した。
―――――――――――――――――――――
それから今に至る。
【一族】のもとで働き、ユニウスセブン落下にも手を貸した。グレーフライを探し出して雇ったのは彼だ。ンドゥールには情報を与えているが、彼とポルナレフを戦わせる状況はまだ作れていない。そして【一族】無き今、こうしてラクス・クラインを利用している。
だがそうは言っても無様なものだ。あんな小娘に頭を痛めている自分が腹立たしい。
「それでも……最終的には俺が勝つ」
ヴェルサスはDIOを見つめて誓う。
この世界に来る前に、死の間際で彼が掴んでいた一片の土くれ。それに刻まれたDIOの情報。
だが、再現できるのは後姿だけ。DIOの顔を見ることは叶わない。アンダー・ワールドの力が足りず、情報を掘り起こしきれないのだろうか。
それでも、2年前に比べれば、ほんの少しであるがこちらを向きつつある。
(目的を達成したとき、俺はDIOと向き合えるのだろうか)
DIO。ヴェルサスにとってあまりに遠い存在。
プッチ神父は言った。
『王の中の王』と。
ンドゥールは言った。
『悪の救世主』と。
だがDIOも元々はただの人間に過ぎなかったはずだ。それがこんなにも多くの人間の運命に関わり、巻き込み、犠牲にしてきた。
良心のブレーキがなく、目的のために手段を選ばないというだけなら、珍しくない。それだけなら、夜の街でやかましく騒いでいる、考えなしのチンピラも同じことだ。
だが、DIOの悪はあまりに巨大だった。
いくら好き勝手に悪をなすといっても、常人であれば殺人や略奪程度の、小さな悪で終わってしまうだろう。
だがDIOは世界のすべてを我が物にし、作り変えてしまおうとするほどに巨大だった。世界を狙えるという精神だけで、彼はすでに他を圧倒していた。
その比肩するものなき野心の巨大さゆえに、彼は『王の中の王』であった。
力があるゆえに自由すぎて安住の地を持てぬ者にとって、彼はより強い力で自由を奪い、繋ぎ止めてくれる『救世主』であった。
「この世界にも、世界すべてを変えようとした者はいたようだな……ラウ・ル・クルーゼ、パトリック・ザラ、ムルタ・アズラエル。それに今はギルバート・デュランダルにロード・ジブリール、そしてラクス・クラインか」
だがそれも、自分を正義と思ってやったことだ。正しさという後ろ盾なしに、大業をなせるほど、強い人間はそうはいない。
悪を自覚し、誇りや倫理、ご立派な大儀などなく、個人的欲望のために、世界を目指した者はこちらにはいない。
「俺以外はな」
やがてDIOの姿が消えていく。スタンドパワーの限界だ。
「俺は必ず、目的を達成してみせる……!」
この自分が。プッチ神父と出会うまでヘトヘトの人生を生き、それからも利用されて無惨な死を遂げた、この自分が。
今度こそ、この世界で幸せになって見せる。いや、幸せなんて本当はどうでもいい。だが目的を達成したとき、自分はより強くなれているだろう。
(結局のところ……俺は貴方と肩を並べる場所に立ちたい。それだけなんだ……!!)
そしてヴェルサスは眠りにつく。力を蓄えておくために。いまだ遠い『父』を夢見て。
TO BE CONTINUED
最終更新:2011年05月21日 22:18